もう一昔半も前のことから
7つ道具のデジタル愚行記
――その1 携帯電話とPDA
もうはるか昔のことになった。当時、なんと愚かな人間だったろうと、中年の自分を振り返ることがあった。まずいつも上着のポケットに入っていた携帯電話。月7千円程度の料金を払いながら、使用頻度が少ないのに持ち歩いていた。
よせばいいのだが、仕事で少しは必要だし、固定電話からの開放感が際立っていた。一通話いくらになるか、きっと大そうな料金になっていただろう。
携帯電話のメールは、送信も受信もきわめて少なかった。中高年の人からのメールは、皆無に等しい。それにあの小さなボタンを押して文章を書くのも面倒。i-modeの情報もダウンロードできる音楽も、中年にはこれはという魅力がなかった。
無用の長物めいているが、世間の人にはまるで不可欠な道具になっていた。持っているのが当たり前と思われ、「えっ、携帯、ないんですか」と蔑むように嘆息されてしまう。ビジネスからパーソナルまで、最大限に活用されていた携帯電話だが、八面六臂の社会生活にもまれていない私には、それほど緊急を要する情報のやり取りがなかった。
別のポケットには、PDA(個人情報端末)が収まっていた。アメリカ製PALM(パーム)OSの純正機で、電子手帳みたいなものだ。毎日のスケジュール、住所録、メモなどが入っていた。むろんパソコンと連動して、赤外線でデータのやり取りをした。紙の手帳でいいのに、なぜかポケットに忍ばせていた。
最初期の頃、携帯電話とつないで、メールやインターネットの利用を試みたが、まったく役立たずだった。有用な用途は電子手帳だけである。外出先でスケジュールやメモなどを確認したり、書き込んだりするのにずいぶん便利だった。英語の辞書、ゲーム、地下鉄の案内図などが入っていたが、たまに役に立つだけだった。(つづく)
7つ道具のデジタル愚行記
――その1 携帯電話とPDA
もうはるか昔のことになった。当時、なんと愚かな人間だったろうと、中年の自分を振り返ることがあった。まずいつも上着のポケットに入っていた携帯電話。月7千円程度の料金を払いながら、使用頻度が少ないのに持ち歩いていた。
よせばいいのだが、仕事で少しは必要だし、固定電話からの開放感が際立っていた。一通話いくらになるか、きっと大そうな料金になっていただろう。
携帯電話のメールは、送信も受信もきわめて少なかった。中高年の人からのメールは、皆無に等しい。それにあの小さなボタンを押して文章を書くのも面倒。i-modeの情報もダウンロードできる音楽も、中年にはこれはという魅力がなかった。
無用の長物めいているが、世間の人にはまるで不可欠な道具になっていた。持っているのが当たり前と思われ、「えっ、携帯、ないんですか」と蔑むように嘆息されてしまう。ビジネスからパーソナルまで、最大限に活用されていた携帯電話だが、八面六臂の社会生活にもまれていない私には、それほど緊急を要する情報のやり取りがなかった。
別のポケットには、PDA(個人情報端末)が収まっていた。アメリカ製PALM(パーム)OSの純正機で、電子手帳みたいなものだ。毎日のスケジュール、住所録、メモなどが入っていた。むろんパソコンと連動して、赤外線でデータのやり取りをした。紙の手帳でいいのに、なぜかポケットに忍ばせていた。
最初期の頃、携帯電話とつないで、メールやインターネットの利用を試みたが、まったく役立たずだった。有用な用途は電子手帳だけである。外出先でスケジュールやメモなどを確認したり、書き込んだりするのにずいぶん便利だった。英語の辞書、ゲーム、地下鉄の案内図などが入っていたが、たまに役に立つだけだった。(つづく)