負けるな知的中高年◆本ときどき花のちコンピュータ

「知の崩壊」とかいって、いつの間にか世の中すっかり溶けてしまった。
「知」の復権に知的中高年よ、立ち上がれ!

『四畳半襖の下張』筆写事件にも首謀者説があった

2005年03月01日 | 詞花日暦
草木に偶然変り種が出るように、
いかなる世にも奇人の出ない事はない
――永井荷風(作家)

 昭和十九年に起筆された永井荷風の『来訪者』にはモデルがいる。もしそのふたりが『四畳半襖の下張』に関係するといえば、興味が湧くだろうか。『四畳半襖の下張』は、同二十三年、秘密出版として警視庁に摘発され、同四十七年にも雑誌「面白半分」に掲載されて裁判になった。
 荷風は公表する意思がなかったが、昭和十五年に筆写されて門外に漏れ、さらに同二十二年に活字本となって流布した。筆写事件の首謀者がふたりのモデルである。『来訪者』で悪しざまに書かれたひとりは平井呈一。後の小泉八雲、アーサー・マッケンなどの名翻訳者である。
 同氏最晩年の十年近く、懇意にしていただいた。が、一度として荷風のことは訊けなかった。精緻な荷風研究家・秋庭太郎の平井犯人否定説をよしとするだけである。昭和十年前後に荷風の前に現れ、超俗の奇人と高く評価され、戦時中に忽然と消えた平井は、ふたつつの顔を持つ「奇人」になった。真相を告げずに他界したが、人の一生は語りつくせぬものがある。