もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』はこれからも戦い続けます。

【みんな生きている】横田めぐみさん・大澤孝司さん[訪米]/UHB

2016-06-04 16:18:32 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!「救出する義務と責任」 横田めぐみさんの弟が国連で訴え》

北朝鮮による拉致被害者を「どんなことをしてでも、救出する義務と責任がある」と、横田めぐみさんの弟が国連で訴えました。
横田めぐみさんの弟・横田拓也さんは

「今を生きるわたしたちには、どんなことをしてでも、救出するための努力を具体的に行う義務と責任があります」

と話しました。
拉致問題等、北朝鮮の人権侵害をテーマにしたシンポジウムは日本政府主催で毎年行われ、5回目の2016年は初めて国連本部で開かれました。
横田拓也さんは、

「家族も高齢化しており、一日でも早く拉致被害者が帰国できるよう、力を貸してほしい」

と訴えました。
また、拉致の可能性が否定できない特定失踪者・大澤孝司さんの兄・昭一さんは、

「被害者に、自由な空気を吸わせてあげるために、力を貸してください」

と協力を呼びかけました。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■救う会道南HP
http://www.satoukenji.jp/sukuukai_dounan/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015

[集会のお知らせ]
「北朝鮮人権侵害問題啓発集会&国民大行進in九州」
◆日 時:平成28年6月5日13:00~
◆場 所:福岡市役所15階講堂
福岡市中央区天神1-8-1
http://www.city.fukuoka.lg.jp/
◆参加費:無 料
◆登 壇:家族会より飯塚繁雄代表他5名参加予定。救う会全国協議会の西岡 力会長も参加予定です。
◆主 催:北朝鮮に拉致された日本人を救出する九州連絡協議会
◆後 援:福岡県、福岡市、佐賀県、鳥栖市、熊本県、長崎県、大分県、宮崎県、日本会議福岡ほか多数予定



◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)
(拉致被害時13歳)
※This person was Abduction by North Korea
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)
※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」
(横田哲也さん。拉致被害者・横田めぐみさんの弟)
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■あさがおの会HP
http://www.asagaonokai.jp

《特定失踪者・大澤孝司さんについて》
◆氏名:大澤 孝司
(おおさわたかし)
(Takashi O'sawa)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年2月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年6月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆当時の身分:新潟県佐渡農地事務所勤務
◆失踪場所:新潟県佐渡郡新穂村

【失踪状況】
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。
当時事務所には50人~60人が勤務、うち15人~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。
失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我ひとみさん母子と違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。
事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。
元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。
北朝鮮製と思われるマッチが寮の前あたりに落ちていたという。
平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。
■大澤孝司さんと再会を果たす会HP
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
■大澤孝司さんと再会を果たす会・巻高同窓会HP
http://www.makiko-doso.jp/osawa/profile.html

◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:石岡 亨さん(To-o-ru Ishioka)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
被害者:松木 薫さん(Kaoru Matsuki)
(拉致被害時26歳)
※This person was Abduction by North Korea
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■熊本県警HP
http://www.police.pref.kumamoto.jp/

《特定失踪者・吉田雪江さんについて》
◆氏名:吉田 雪江
(よしだゆきえ)
◆失踪年月日:昭和42(1967)年1月28日
◆生年月日:昭和24(1949)年2月18日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:北海道釧路市
◆当時の身分:電話交換手
◆身長:156cm
◆体重:55kg
◆特徴:中肉
◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】
当日夜、同僚の結婚式があり、午後8時半頃、「新婚旅行への出発を見送りに行く」と時刻表を指して時間を確認して出かけたまま帰らず。
警察の報告では駅で見かけた人はいなかった。
荷物も持っておらず、社内預金もそのままだった。

《特定失踪者・紺屋淑子さんについて》
◆氏名:紺屋 淑子
(こんやよしこ)
(Yoshiko Konya)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年9月16日
◆生年月日:昭和37(1962)年2月16日
◆性別:女性
◆当時の年齢:23歳
◆当時の身分:理容・美容専門学校学生
◆当時の住所:北海道釧路市鶴ヶ岱
◆身長:157cm
◆体重:52kg
◆特徴:
1)中肉
2)頭髪パーマ
3)近視で眼鏡使用
◆失踪場所:北海道釧路市。当時居住していたアパート

【失踪状況】
9月16日、当時見習いとして働いていた勤務先に「仕事を休む」と電話連絡あり。
9月18日、学校より欠席の連絡があり失踪が分かった。
2日後釧路警察署に届け捜査行われる。
室内に他人が入った形跡なし。
洗濯物は干してあった。
眼鏡もそのままなので、16日夕方に近くの大衆浴場へ行きその途中で拉致された可能性もある。
失踪したときの貯金には全く手が付けられていない。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

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【みんな生きている】横田めぐみさん・大澤孝司さん[訪米]/AKT

2016-06-04 16:14:40 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!「救出する義務と責任」 横田めぐみさんの弟が国連で訴え》

北朝鮮による拉致被害者を「どんなことをしてでも、救出する義務と責任がある」と、横田めぐみさんの弟が国連で訴えました。
横田めぐみさんの弟・横田拓也さんは

「今を生きるわたしたちには、どんなことをしてでも、救出するための努力を具体的に行う義務と責任があります」

と話しました。
拉致問題等、北朝鮮の人権侵害をテーマにしたシンポジウムは日本政府主催で毎年行われ、5回目の2016年は初めて国連本部で開かれました。
横田拓也さんは、

「家族も高齢化しており、一日でも早く拉致被害者が帰国できるよう、力を貸してほしい」

と訴えました。
また、拉致の可能性が否定できない特定失踪者・大澤孝司さんの兄・昭一さんは、

「被害者に、自由な空気を吸わせてあげるために、力を貸してください」

と協力を呼びかけました。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■秋田県警HP
http://www.police.pref.akita.jp/
■救う会秋田HP
http://sukuukai-akita.com/
■救う会秋田facebook
http://ja-jp.facebook.com/sukuukaiakita/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015

[集会のお知らせ]
「北朝鮮人権侵害問題啓発集会&国民大行進in九州」
◆日 時:平成28年6月5日13:00~
◆場 所:福岡市役所15階講堂
福岡市中央区天神1-8-1
http://www.city.fukuoka.lg.jp/
◆参加費:無 料
◆登 壇:家族会より飯塚繁雄代表他5名参加予定。救う会全国協議会の西岡 力会長も参加予定です。
◆主 催:北朝鮮に拉致された日本人を救出する九州連絡協議会
◆後 援:福岡県、福岡市、佐賀県、鳥栖市、熊本県、長崎県、大分県、宮崎県、日本会議福岡ほか多数予定



◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)
(拉致被害時13歳)
※This person was Abduction by North Korea
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)
※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」
(横田哲也さん。拉致被害者・横田めぐみさんの弟)
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■あさがおの会HP
http://www.asagaonokai.jp

《特定失踪者・大澤孝司さんについて》
◆氏名:大澤 孝司
(おおさわたかし)
(Takashi O'sawa)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年2月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年6月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆当時の身分:新潟県佐渡農地事務所勤務
◆失踪場所:新潟県佐渡郡新穂村

【失踪状況】
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。
当時事務所には50人~60人が勤務、うち15人~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。
失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我ひとみさん母子と違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。
事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。
元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。
北朝鮮製と思われるマッチが寮の前あたりに落ちていたという。
平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。
■大澤孝司さんと再会を果たす会HP
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
■大澤孝司さんと再会を果たす会・巻高同窓会HP
http://www.makiko-doso.jp/osawa/profile.html

《特定失踪者・木村かほるさんについて》
◆氏名:木村 かほる
(きむらかおる)
(Kaoru Kimura)
◆失踪年月日:昭和35(1960)年2月27日
◆生年月日:昭和13(1938)年8月27日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:秋田県秋田市中通
◆当時の身分:日赤秋田高等看護学校3年生
◆特徴:
1)中肉中背
2)色白でいつも微笑みをたたえ優しい感じ
◆失踪場所:秋田市内

【失踪状況】
戸籍上は「かをる」だが、日常は「かほる」としていた。
看護学校の卒業式を10日後に控えていた。
「ちょっと出かけてくる」と寮の同室の友人数人に言って出て行ったきり戻らず。
平成16年9月29日、青森県八戸署に告発状を提出。
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/

【歌集『いもうと』のご案内】
木村かほるさん(昭和35年秋田で失踪)のお姉さん、天内みどりさんがこのたび歌集『いもうと』を上梓されました。かほるさんへの思いが綴られた多数の短歌が掲載されています。

◆「お姉ちゃん」と呼ぶ声のして目覚めたり昨日も今日もそしてあしたも
◆平壌にゐると言はるる妹に会ふこともなく弟逝きぬ
◆再調査に思ひめぐらせ浜梨の香る道ゆく海眺めつつ

また、本書の冒頭にはお父さんが手帳に書き留めていた短歌も掲載さいれています。その一つは次のようなものです。

◆今ははや生きてあらじとあきらめて帰り行く父あわれと思へ

天内さんによれば「亡くなった父の遺品を整理していましたら今から56年前、すなわち妹が失踪した年の手帳が残されていて、中を覗いたら妹を捜しにいった日の夜書いた短歌六首が書き残されていたのです。短歌とは無縁の父が、極限の悲しみを短歌に詠んでいたのです」とのこと。
私の余計な解説は無用だと思います。本書は近代文芸社刊、本体価格1,800円です。書店でお求めになれます。
天内さんの思いは他の特定失踪者ご家族も共有しているものです。多くの方がその思いの一端に触れていただければ幸いです。
(荒木和博・特定失踪者問題調査会代表)

《特定失踪者・薩摩勝博さんについて》
◆氏名:薩摩 勝博
(さつまかつひろ)
(Katsuhiro Satsuma)
◆失踪年月日:昭和48(1973)年1月
◆生年月日:昭和24(1949)年10月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:秋田県山本郡八峰町(旧峰浜町)
◆当時の身分:農業・牛乳販売店勤務
◆農閑期の勤務先:東京都杉並区
◆失踪場所:秋田県峰浜村(現八峰町)の実家から能代市に向かったのが最後

【失踪状況】
失踪当時は農閑期だったため、勝博さんは出稼ぎで東京都杉並区の牛乳販売店に勤めていた。
そこを頼っていった同じ村落出身の女性(能代市居住)としばらく同居していた。
二人は結婚の意思を固め、失踪前夜に勝博さんの実家を揃って訪れるが父や親戚に反対される。
その夜は実家に泊まり、翌朝「彼女を能代市内に送ってくる」と行ったまま戻らず。
車も発見されていない。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

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【みんな生きている】横田めぐみさん・大澤孝司さん[訪米]/SAY

2016-06-04 16:10:34 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!「救出する義務と責任」 横田めぐみさんの弟が国連で訴え》

北朝鮮による拉致被害者を「どんなことをしてでも、救出する義務と責任がある」と、横田めぐみさんの弟が国連で訴えました。
横田めぐみさんの弟・横田拓也さんは

「今を生きるわたしたちには、どんなことをしてでも、救出するための努力を具体的に行う義務と責任があります」

と話しました。
拉致問題等、北朝鮮の人権侵害をテーマにしたシンポジウムは日本政府主催で毎年行われ、5回目の2016年は初めて国連本部で開かれました。
横田拓也さんは、

「家族も高齢化しており、一日でも早く拉致被害者が帰国できるよう、力を貸してほしい」

と訴えました。
また、拉致の可能性が否定できない特定失踪者・大澤孝司さんの兄・昭一さんは、

「被害者に、自由な空気を吸わせてあげるために、力を貸してください」

と協力を呼びかけました。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■山形県警HP
http://www.pref.yamagata.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015

[集会のお知らせ]
「北朝鮮人権侵害問題啓発集会&国民大行進in九州」
◆日 時:平成28年6月5日13:00~
◆場 所:福岡市役所15階講堂
福岡市中央区天神1-8-1
http://www.city.fukuoka.lg.jp/
◆参加費:無 料
◆登 壇:家族会より飯塚繁雄代表他5名参加予定。救う会全国協議会の西岡 力会長も参加予定です。
◆主 催:北朝鮮に拉致された日本人を救出する九州連絡協議会
◆後 援:福岡県、福岡市、佐賀県、鳥栖市、熊本県、長崎県、大分県、宮崎県、日本会議福岡ほか多数予定



◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)
(拉致被害時13歳)
※This person was Abduction by North Korea
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)
※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」
(横田哲也さん。拉致被害者・横田めぐみさんの弟)
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■あさがおの会HP
http://www.asagaonokai.jp

《特定失踪者・大澤孝司さんについて》
◆氏名:大澤 孝司
(おおさわたかし)
(Takashi O'sawa)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年2月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年6月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆当時の身分:新潟県佐渡農地事務所勤務
◆失踪場所:新潟県佐渡郡新穂村

【失踪状況】
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。
当時事務所には50人~60人が勤務、うち15人~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。
失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我ひとみさん母子と違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。
事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。
元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。
北朝鮮製と思われるマッチが寮の前あたりに落ちていたという。
平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。
■大澤孝司さんと再会を果たす会HP
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
■大澤孝司さんと再会を果たす会・巻高同窓会HP
http://www.makiko-doso.jp/osawa/profile.html

《特定失踪者・小谷幸夫さんについて》
◆氏名:小谷 幸夫
(こたにゆきお)
(Yukio Kotani)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年7月21日
◆生年月日:昭和22(1947)年2月13日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:東京都練馬区
◆当時の身分:大学4年生
◆身長:170cmより高め
◆体重:55kg~56kg
◆失踪場所:山形県飯豊連峰・飯豊本山付近

【失踪状況】
拓殖大学4年生在学中の夏休み、北海道へ帰省する途中に、飯豊連峰に登山中行方不明に。
19日に上野駅を出発し、翌日郡山を経て8:30に磐越西線山都駅に到着。
バスで登山口の一ノ木登山連絡所に行き、9:30頃に登山者名簿に記録を残す。
そこから飯豊山(2,205m)へ向かい、同日は手前の小屋に止まる。
21日朝3:30に同宿した4名とともに飯豊山を目指し、4:40頃に飯豊山着。
ここからガスがかかりだしたことから、同行の4人は引き返したが、小西さん一人御西岳に向かい、そのまま行方不明。
地元警察などが捜索を行ったが遺留品など一切なし。
その後2年にわたって捜索が続けられたが全く手掛かりがなかった。
同泊した登山者の話では、小谷さんは「北股岳を通る」「朝日連峰にも登りたい」と話していたという。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・布施範行さんについて》
◆氏名:布施 範行
(ふせのりゆき)
(Noriyuki Fuse)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月
◆生年月日:昭和29(1954)年2月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市北区
◆当時の身分:アルバイト(プレハブ工事現場)
◆身長:180cm
◆特徴:痩せ型
◆失踪場所:不詳

【失踪状況】
3月に「沖縄に行く」と書いた手紙が妹にあり、4枚写真が同封。
3カ月前に実家で会ったときとは別人の様相。
「2カ月で帰る」とあったがその後連絡なし。
預金通帳、印鑑も一緒に妹に送付。
昭和53年2月までは実家に電話、手紙あり。同年1月頃、家族に電話で中華風の料理をしてみたいと言っていた。
失踪後、半年か1年後、女性の声で「範行さんいませんか」と電話が2回あった。
平成17年1月31日、山形県警に告発状提出。
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■沖縄県警HP
http://www.police.pref.okinawa.jp/

《特定失踪者・齋藤 武さんについて》
◆氏名:齋藤 武
(さいとうたけし)
(Takeshi Saitou)
◆失踪年月日:昭和58(1983)年10月30日
◆生年月日:昭和20(1945)6月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:39歳
◆身長:168cm
◆当時の住所:神奈川県横浜市
◆当時の身分:会社員
◆特徴:子供の時、凍傷で左手親指の爪が欠落。
◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】
昭和60年1月にアパートの大家から家賃未納の手紙が届き、失踪していることが判明した。
家人が会社に問い合わせたところ、昭和59年10月で退職し、以後行方不明であるとのことであった。
失踪者の部屋の様子は衣服にカビが生え、缶詰は錆び付いているなど数年間も住んでいなかったような感じで、荷物もそのままの状況だった。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

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【みんな生きている】横田めぐみさん・大澤孝司さん[訪米]/MIT

2016-06-04 11:16:47 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!「救出する義務と責任」 横田めぐみさんの弟が国連で訴え》

北朝鮮による拉致被害者を「どんなことをしてでも、救出する義務と責任がある」と、横田めぐみさんの弟が国連で訴えました。
横田めぐみさんの弟・横田拓也さんは

「今を生きるわたしたちには、どんなことをしてでも、救出するための努力を具体的に行う義務と責任があります」

と話しました。
拉致問題等、北朝鮮の人権侵害をテーマにしたシンポジウムは日本政府主催で毎年行われ、5回目の2016年は初めて国連本部で開かれました。
横田拓也さんは、

「家族も高齢化しており、一日でも早く拉致被害者が帰国できるよう、力を貸してほしい」

と訴えました。
また、拉致の可能性が否定できない特定失踪者・大澤孝司さんの兄・昭一さんは、

「被害者に、自由な空気を吸わせてあげるために、力を貸してください」

と協力を呼びかけました。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■岩手県警HP
http://www2.pref.iwate.jp/~hp0802/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015

[集会のお知らせ]
「北朝鮮人権侵害問題啓発集会&国民大行進in九州」
◆日 時:平成28年6月5日13:00~
◆場 所:福岡市役所15階講堂
福岡市中央区天神1-8-1
http://www.city.fukuoka.lg.jp/
◆参加費:無 料
◆登 壇:家族会より飯塚繁雄代表他5名参加予定。救う会全国協議会の西岡 力会長も参加予定です。
◆主 催:北朝鮮に拉致された日本人を救出する九州連絡協議会
◆後 援:福岡県、福岡市、佐賀県、鳥栖市、熊本県、長崎県、大分県、宮崎県、日本会議福岡ほか多数予定



◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)
(拉致被害時13歳)
※This person was Abduction by North Korea
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)
※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」
(横田哲也さん。拉致被害者・横田めぐみさんの弟)
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■あさがおの会HP
http://www.asagaonokai.jp

《特定失踪者・大澤孝司さんについて》
◆氏名:大澤 孝司
(おおさわたかし)
(Takashi O'sawa)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年2月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年6月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆当時の身分:新潟県佐渡農地事務所勤務
◆失踪場所:新潟県佐渡郡新穂村

【失踪状況】
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。
当時事務所には50人~60人が勤務、うち15人~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。
失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我ひとみさん母子と違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。
事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。
元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。
北朝鮮製と思われるマッチが寮の前あたりに落ちていたという。
平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。
■大澤孝司さんと再会を果たす会HP
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
■大澤孝司さんと再会を果たす会・巻高同窓会HP
http://www.makiko-doso.jp/osawa/profile.html

《特定失踪者・鈴木正昭さんについて》
◆氏名:鈴木 正昭
(すずきまさあき)
(Masa-aki Suzuki)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年8月30日
◆生年月日:昭和27(1952)年5月29日
◆性別:男
◆当時の年齢:25歳
◆当時の住所:千葉県千葉市
◆当時の身分:団体職員
◆出身地:岩手県一関市
◆失踪場所:千葉県千葉市

【失踪状況】
失踪当日、前の職場の同僚が自宅アパートを訪ねていったところ、路上で女性と話し込んでいた。
以後情報なし。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・坂川千明さんについて》
◆氏名:坂川 千明
(さかがわちあき)
(Chiaki Sakagawa)
◆失踪年月日:平成12(2000)年3月7日
◆生年月日:昭和51(1976)年10月7日
◆性別:女性
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:岩手県九戸郡洋野町
◆当時の身分:ガソリンスタンド勤務
◆身長:150cm
◆特徴:右にえくぼ
◆失踪場所:岩手県

【失踪状況】
退勤後帰宅途中失踪。
翌日、警察から岩手県九戸郡種市町の高家漁港に車が放置してあると連絡。
車の中には財布、携帯電話等すべて残っていた。
高家港は職場から家とは全く反対の方向で、夜は真っ暗。地元の人もほとんど近寄らない小さな港。
車は港の端に海に向って停まっていた。
入水自殺してもすぐ死体があがってくる場所。
車の中には高家港の丘の上にあるコンビニでビールを買ったレシートが残っていたが、そんなところでビールを買うことは考えられない。
失踪当時車のガソリンを入れていた。走行距離からすると、勤務先のガソリンスタンドから久慈市を回って高家港の距離と一致する。

《特定失踪者・吉田賢光さんについて》
◆氏名:吉田 賢光
(よしだけんこう)
(Kenkou Yoshida)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月12日
◆生年月日:昭和15(1940)年5月2日
◆性別:男
◆当時の年齢:36歳
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆当時の身分:無職(前年11月まで団体職員)
◆特徴:小柄で細身
◆特技:
1)特別上手ではないが、スポーツは何でもこなす
2)登山も少しはする
◆失踪場所:東北本線白石駅

【失踪状況】
体調不良のため次の転居予定地である大阪へ向かう前に約3ヶ月間、宮城県にある伯父の寺へ居候。
実家である岩手へ墓参りがてら帰って来いといっても来ず、居候先の伯父の話では何か連絡を待っている様子だったと話したと聞いている。
失踪前の住所は神奈川県川崎市。
■宮城県警HP
http://www.police.pref.miyagi.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による吉田賢光さん失踪事件の解説】
◆共通項は「大阪へ行く」
吉田賢光さんは昭和52年(1977)3月12日、「大阪に行く」と言って東北本線白石駅で妹さんが見送ったのを最後に行方不明になっています。ご本人は町役場の職員から社団法人の職員になり、失踪前年退職していましたが曹洞宗の僧籍を持っていました。
また、日高信男さんと早坂勝男さんに共通しているキーワードの一つに「大阪」がありました。
日高信男さんは失踪直前鹿児島の実家に「印刷会社を退職し、大阪で働く会社が決まった」旨の手紙を送付していました。一方会社の同僚には「大阪で仕事を探す」と伝えていました。
早坂勝男さんはお兄さんに「大阪に行って印刷の勉強をしてみたい」とも話していたことがあり、アルバムの中からも大阪市の住之江公園で写した写真が出てきました。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

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【みんな生きている】横田めぐみさん・大澤孝司さん[訪米]/OX

2016-06-04 10:46:34 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!「救出する義務と責任」 横田めぐみさんの弟が国連で訴え》

北朝鮮による拉致被害者を「どんなことをしてでも、救出する義務と責任がある」と、横田めぐみさんの弟が国連で訴えました。
横田めぐみさんの弟・横田拓也さんは

「今を生きるわたしたちには、どんなことをしてでも、救出するための努力を具体的に行う義務と責任があります」

と話しました。
拉致問題等、北朝鮮の人権侵害をテーマにしたシンポジウムは日本政府主催で毎年行われ、5回目の2016年は初めて国連本部で開かれました。
横田拓也さんは、

「家族も高齢化しており、一日でも早く拉致被害者が帰国できるよう、力を貸してほしい」

と訴えました。
また、拉致の可能性が否定できない特定失踪者・大澤孝司さんの兄・昭一さんは、

「被害者に、自由な空気を吸わせてあげるために、力を貸してください」

と協力を呼びかけました。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■宮城県警HP
http://www.police.pref.miyagi.jp/
■救う会宮城facebook
http://ja-jp.facebook.com/sukuukai.miyagi
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015

[集会のお知らせ]
「北朝鮮人権侵害問題啓発集会&国民大行進in九州」
◆日 時:平成28年6月5日13:00~
◆場 所:福岡市役所15階講堂
福岡市中央区天神1-8-1
http://www.city.fukuoka.lg.jp/
◆参加費:無 料
◆登 壇:家族会より飯塚繁雄代表他5名参加予定。救う会全国協議会の西岡 力会長も参加予定です。
◆主 催:北朝鮮に拉致された日本人を救出する九州連絡協議会
◆後 援:福岡県、福岡市、佐賀県、鳥栖市、熊本県、長崎県、大分県、宮崎県、日本会議福岡ほか多数予定



◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)
(拉致被害時13歳)
※This person was Abduction by North Korea
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)
※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」
(横田哲也さん。拉致被害者・横田めぐみさんの弟)
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■あさがおの会HP
http://www.asagaonokai.jp

《特定失踪者・大澤孝司さんについて》
◆氏名:大澤 孝司
(おおさわたかし)
(Takashi O'sawa)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年2月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年6月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆当時の身分:新潟県佐渡農地事務所勤務
◆失踪場所:新潟県佐渡郡新穂村

【失踪状況】
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。
当時事務所には50人~60人が勤務、うち15人~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。
失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我ひとみさん母子と違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。
事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。
元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。
北朝鮮製と思われるマッチが寮の前あたりに落ちていたという。
平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。
■大澤孝司さんと再会を果たす会HP
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
■大澤孝司さんと再会を果たす会・巻高同窓会HP
http://www.makiko-doso.jp/osawa/profile.html

《特定失踪者・岩佐寅雄さんについて》
◆氏名:岩佐 寅雄
(いわさとらお)
(Torao Iwasa)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年12月20日
◆生年月日:大正15(1926)年12月8日
◆性別:男
◆当時の年齢:35歳
◆当時の住所:神奈川県鎌倉市
◆当時の身分:魚屋の店員(板前も出来た)
◆身長:170cm
◆失踪場所:神奈川県鎌倉市の魚屋から
【失踪状況】
勤めていた店の人に黙っていなくなった。その後、横須賀のいとこが四方八方探し回ったが消息はつかめず。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/

《特定失踪者・早坂勝男さんについて》
◆氏名:早坂 勝男
(はやさかかつお)
(Katsuo Hayasaka)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年4月頃
◆生年月日:昭和19(1944)年1月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:東京都墨田区石原
◆当時の身分:印刷会社社員
◆宮城県加美町出身
◆身長:156cm
◆体重:55kg
◆血液型:A型かO型
◆特徴:印刷の仕事で指を怪我し、親指と人さし指がやや変形している
◆失踪場所:東京都墨田区

【失踪状況】
墨田区の下宿先から失踪。
正月に兄弟とその家族7人で過ごしている。別の兄の話によると2月か3月にケガで入院した。
失踪後数ヶ月して、会社から本人の友人に荷物を引き取ってくれと電話ある。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・日高信男さんについて》
◆氏名:日高 信夫
(ひだかのぶお)
(Nobuo Hidaka)
◆失踪年月日:昭和41(1966)年9月29日
◆生年月日:昭和19(1944)年11月27日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:東京都新宿区
◆当時の身分:印刷工
◆身長:155cm
◆体重:50kg
◆特徴:印刷機による事故のため、右手人指し指第2関節と右手中指第1関節欠損
◆失踪場所:東京都台東区上野駅

【失踪状況】
勤務していた東京都新宿区の印刷会社を9月25日退職し、29日に大阪に向かったまま失踪。
実家には『大阪で新しい職場が決まった』と手紙を出しているが、実際に大阪で就職したことは現時点で確認されていない。
平成18年11月6日、警視庁に告発状を提出。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による早坂勝男さん・日高信男さん失踪事件の解説】
◆共通項は「大阪へ行く」
早坂勝男さんと日高信男さんに共通しているキーワードの一つに「大阪」がありました。
早坂勝男さんはお兄さんに「大阪に行って印刷の勉強をしてみたい」とも話していたことがあり、アルバムの中からも大阪市の住之江公園で写した写真が出てきました。
日高信男さんは失踪直前鹿児島の実家に「印刷会社を退職し、大阪で働く会社が決まった」旨の手紙を送付していました。一方会社の同僚には「大阪で仕事を探す」と伝えていました。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

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