読書の記録

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あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた

2019年06月29日 | サイエンス

あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた

 

著:アランナ・コリン 訳:矢野真千子

河出書房新社

 

 

これはこれは衝撃的な本だった。サイエンス本でこんなに興奮したのは久しぶりである。自分の身体がこれまでとまったく違って見える。

つまり、我々の体には4000種、100兆個の微生物が棲んでいる。これはヒト由来ではない。これらの微生物はほとんど単細胞生物=細菌である。したがってタイトルの通り、細胞の数でカウントすると、「体の9割は細菌」なのである。人間の体は微生物の生態系なのである。

衝撃的なのはここからで、ということは微生物の生態のありようが、宿主である人間本人の健康・行動・精神状態をあるていど決めてしまうということである。

具体的にいうと、肥満もアレルギーも自閉症もうつ病も微生物のなせる技というのが本書の主張である。

本書はオカルト書でもトンデモ書でもなくて、けっこう調べもしっかりしたサイエンス書だから、実験過程の説明や、さまざまな留保条件までいろいろ書いてある。それだけに衝撃が半端ない。

 

人間は数万年に渡ってこれら微生物と共生してきた。盲腸、小腸、大腸という腸環境は、微生物群を住まわす世界なのだ。共生ということは人体が微生物に与えるだけでなく、微生物からの恩恵を人体も受けていたのである。その影響度はバカにならない。数万年来の旧友ないし戦友といってよい。脳の活性化も、脂肪のエネルギー代謝もみんな微生物がからんでいる。

つまり、「人体」というのは、「人体由来の細胞」+「100兆個の微生物」で、ひとつのシステムとして成り立っていると思ってよいのである。遺伝子だけにこだわっていてはいけないのだ。

肥満やアレルギーや自己免疫疾患や自閉症は、「100兆個の微生物」のほうも大きく原因に関与しているのである。本書はそれを詳しく説明している。そして驚くことに肥満や自己免疫疾患や自閉症の人に、微生物を移植すると、状況が改善することがあるというのだ。それどころか、その究極の方法として、健康な人の糞便を、治療者の腸内に移植することで劇的な改善がみられるという。

 

要は体内の微生物生態系、平たく言うと腸内細菌のバランスが問題なのである。腸内の細菌が多様性に満ちていることが肝要らしい。抗生物質の服用いかんによってはその多様性を一掃させてしまったりする。経膣出産ではなく帝王切開で生まれた赤ん坊は、膣を経由しなかったことで多様な細菌を取り込む機会を逃し、それが後々影響を及ぼす(最初が肝心なのだ!)。

幸か不幸か、細菌は、胃や心臓と異なって簡単に出し入れできる。それどころか勝手に遷移する。

同じ家の中で同じ食べ物を食べていれば、家族の微生物生態系は似てくる。驚くべきことに帝王切開で取り出された赤ん坊に、すぐさま母体の膣内に生息した細菌を赤ん坊の顔になすりつけるだけで、子どもの免疫力が違うのだそうである。微生物は皮膚からも経口からも入っていく。

アトピーもちの人が、とある国のとある森の中をはだしであると治ったという記事があって、なんだそのオカルトはと思ったのだが、あながち的外れではなかったということになる。それどころか「やつの爪の垢でも煎じて飲め!」という慣用句や、「触るな! バカがうつる!」なんていじめネタが、荒唐無稽とも言えなくもなる。なんとしたことか。

 

本書では、健全な微生物生態系を体内で維持させるために、

①抗生物質をやたらと摂取しない

②赤ん坊は自然分娩で生んで母乳で育てる

③食物繊維を摂取する

ことを奨励している。つまり「昨日までの世界」ということなのだ。まさかあの本とここでつながるとは思わなかった。テクノロジーはますます進歩してホモデウスの未来になりつつあるが、10000年の人類史で培ったものもむげにはできないのだな。

 


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