読書の記録

評論・小説・ビジネス書・教養・コミックなどなんでも。書評、感想、分析、ただの思い出話など。ネタバレありもネタバレなしも。

カゲロボ (ネタバレしてないような、でもネタバレ)

2019年06月12日 | 小説・文芸

カゲロボ (ネタバレしてないような、でもネタバレ)

 

木皿泉

新潮社

 

なんとなく「世にも奇妙な物語」っぽい雰囲気を醸し出した連作小説だ。どの話にも、なんか機械仕掛けめいた不思議なやからが登場する。その不思議なやからが登場人物の心を救う。よどんだ心を浄化させる。

 

この世の中というのは不条理で理不尽なことに満ちている。

 

実は世界は公平ではない。何の罪のない善良な市民がたまたまのめぐりあわせで凶悪な事件に巻き込まれたりする。そんな事件の報道を聞くたびにこの世には神も仏もないのかと思う。

そんな理不尽に我々は耐えられない。なんとかして事件の被害者や被害にあった理由に因果を見つけようとする。もともと素行の悪い奴だった、警戒心に欠ける奴だった、悪どくお金儲けをする人だった、などの物語を見つけようとする。これを世界公正仮説という。因果応報みたいな見立てだが、ときとしてこれは暴力にもなる。被害者にはなにか被害にあうだけの理由があったのだ、ということを見込み捜査的に思い込もうとするからだ。たとえば被害者が実は風俗で働いていたとか、前科があったとか、日本人ではなかったとか、そういうことを暴き立てる。「だから被害者はあんな被害にあったのだ」と思おうとする。自分とは違う生い立ちであることを見つけて安心する。自分はあんな被害にあわないと思えるからである。

ワイドショーでさんざんにとりあげられながら実はまったくのデマだった例もある。

 

なんの落ち度もない人がある日事件や事故に巻き込まれることがある一方で、悪いことをするやつがなんの罰も報いも得ずに済んでしまう理不尽もある。近所の住人から歴史上の人物まで、この例はかなりたくさんある。

そして。こんなにがんばったのに、気をつかったのに、誰もわかってくれない。気づいてくれない。評価してくれない。そんな理不尽もまたたくさんあるだろう。

この世の中はちっとも公平ではないのだ。

 

そんな理不尽に、昔の人はこう言って慰めたり、戒めたりした。

「誰も見てなくても、お天道さま(おてんとさま)はあなたのことを見ている。」

 

生きていく上で私たちの心は常に清らかではない。濁りのようなもの、闇のようなものがふっと降りてきたり、あるいはじくじくと溜まってくることだってある。後戻りできないくらいの戦慄的な思考にとらわれてしまうことだってあるだろう。覚えのない言いがかりにどうしようもない哀しみをみることもあるだろう。

でも、お天道さまはあなたのことをみている。理不尽も不条理も、それに翻弄されるあなたも、お天道さまはちゃんと見ている。だから大丈夫、なるようになるから。決してお天道さまに顔向けできないことだけはしてはいけない。

 

長らく忘れていた「お天道さま」だが、ぼくがこの小説読みながら、真っ先に思い出したのはこれだった。

本当にお天道さまが見ていてくれたら。どんなに私たちの心は救われるだろう。

だけれど、案外に「お天道さま」は馬鹿にならないんじゃないかと思う。世阿弥に「離見の見」というのがあるが、自分が何をしているかを遠巻きにみるもう一人の自分というものを意識すると、人はそうやけっぱちにならず、おだやかになれるのではないか。自分がやった良いことも悪いことも、他人はわからなくても自分はわかっている。嘘をついたことは他人は騙せても自分は騙せない。あの時逃げたことは誰も知らないけれど自分は知っている。誰も見てなかったけれど、あのとき私はちゃんとやったことを私は知っている。

自分で自分を知ることが、自制と自信と自愛への第一歩である。

お天道さまというのは、もうひとりの自分でもあるだろう。お天道さまがみるということは、自分で自分を大事に見るということである。カゲロボも機械仕掛けのやからも、お天道さまなのである。

 


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 輸血医ドニの人体実験 科学... | トップ | あなたの体は9割が細菌 微... »