THE WAY

生命の声を聞く者からのヒーリング日記

差別から性同一性障害へ 問題のすり替え

2019-05-05 18:31:25 | スピリチュアル

何年も前になるが、ある30代の男性が私の元に訪れた。

彼は、自分が性同一性障害で、男性が好きなのだと言った。

 

性同一性障害は、DNAの中のY染色体が壊れかけ、

もともとの原点のX染色体に影響を受けるというのがひとつの見解である。

 

セッションを行う私が常にコッミットしていることは

ニュートラルであること、中立であること。

何の偏見も意見も持たずにエネルギーを見ること。

 

通常なら、彼の言うそのままを受け取り、セッションが始まるのだが

私にはどうしても彼の言うひとつひとつがひっかかり

何かが違う。としか思えなかった。不自然なのだ。

 

不自然であるということは、彼自身が自分の本心を隠しているか

歪んだ心理状態を無意識に性同一性障害に当てはめて

自分の存在を確定させようとしているということだった。

 

性同一性障害で、男性に好かれたい。ここまではよかった。

ところがセッションを進めていくと

出てきたものは性同一性障害ではなく

女性に対する異常な差別意識だった。

 

特に母親に対して、存在さえも絶対に認めないという強い怒りだった。

人は自分ではこれが問題だと思っていることが問題ではない場合が多い。

問題が深刻であればあるほど、問題から目をそらずために

違う問題にすり替えて自己を確定させる。

 

彼の場合は、異常な性への抑圧が

差別を生みだし、性同一性障害にすることで

自己を安定させなくてはならなかった。

そうでもしなければ罪悪感で

自己を消去したいと思う、生存に関わってくるからだ。

 

本人がこの内面の無意識への葛藤と本気で向き合わない限り

偽の問題をつくり続ける。

 

大抵は無意識の問題までいきつくかわりに、作り上げた問題にトライしようとする。

人は問題を解決したいと思っていても、解決に至らないのには理由がある。

 

あの時、私はそれを伝えたが、複雑に絡む心理を理解しようとは思わなかった。

解決するかしないか、癒されるかは、クライアントが決めていて

その時、深く心理へのアプローチをしなかったのは、準備ができていないため

それを私から引き出さなかったにすぎない。

でもヒーラーである私は、それを超えている必要がある。

 

いつでも想い出すのは「ホークリトルジョン」のことだ。

原点である彼を想う時、心理学もリーデイングもカルマさえも超えた何か

大いなるスピリットとしかいいようがないものに包まれる。

このフィーリングに包まれた瞬間、すべては浄化され純粋な意識に還る。

 

何も影響を受けない、カルマさえもひきつけない完全なる威厳を持った神聖さが呼び起こされる。

すべての問題は溶けて流れていく。

私はヒーラーだ。

心理学者でも、カウンセラーでもない。

私は常にこの領域、ブッダフィールドに存在している必要がある。

人間でありながら、すべてに触れながら、風の中で戯れるのだ。

 


新天皇陛下のお言葉と日本の集合意識

2019-05-03 00:59:59 | スピリチュアル

2019年、令和元年5月1日

新天皇陛下が即位され、新しい時代が幕を開けた

 




天皇は以前からブログにも書いているように

国民の平和と国の発展、そして世界平和を祈る神事を行うシャーマンである


昭和天皇が時代の変化を引き受け、すべての責任を負う覚悟と

命を捧げられたお姿

その責任を引き受けつつ、平和を守りぬいた平成天皇


私が捉える天皇とは、自分の人生のすべてを国民のために捧げる覚悟と

意思を全うすることを決意し、行動に起こした完全なる愛と無私(利他)の人生を

引き受けた存在であると思っている


愛と平和へのご意思は、いついかなる時もどんなものにも影響を受けることはなく

一貫として、常にどんな時も国民の幸せを思い祈る

このあり方が、私達の日本人のエッセンスとなっていることは間違いないだろう



天皇は日本国、日本国民統合の象徴である通り

日本そのもの、そして、私達日本人の集合意識と一つである



新しい幕明けと共に、日本人の魂に強く刻み込まれたのは

新天皇のお言葉の「自己の研鑽」というお言葉だ



自己に向きあい、調和とバランスをかくことなく

日々、自己の研鑽に励むという真摯な態度を貫くという決意が

新しい年号に変わり、新しい風が私の意識の中にも根付いたのを感じている



真摯さとは、自分を偽ることなく、素直に受け止め、

自己を鍛錬していく決意に似ている



時が時代を進め、大いなる流れに従って

私達は変化を遂げていく



いづれもどこへ向かうかは

すべてのものは、始まりの源泉、源へと回帰するように

セッティングされている



存在するすべてと私達は、始まりの瞬間である源泉から

壮大な無限の可能性へと解き放たれた源そのものであり

旅を始めた大いなる意識が、

自由と呼ばれる完全なバランスと調和の中で共同で生み出されていく

宇宙創造の原型そのものだから



今回私は、長い間身につけた自分のやり方、あり方を修正し

新しいあり方へ鍛錬を積んでいく必要があることに気づいていた

人生が思うようにいかないのには理由がある

 

古いバージョンを新しいバージョンに更新しなければならないのだ

 

すべての結果は自分が選択した結果である

どんな状況も、どんな感情も

自分が選択した結果の責任をとる必要がある



自己を研ぎ澄ましていく時に出てくる第1の障害は

自己否定からスタートする

変化しようとする時に出てくる感情は

抵抗という形でやってくる

 

今までの自分がまるで間違えていたかのように思う

頭では理解できても、感情はそのように働く

 

歳とればとる程に、まるで自分の人生が全部否定されたかのように感じる

変化に適応できなくなるのには理由がある

長い間、頑張って生きてきた自分とお別れを告げるということは

それは死に近いからだ

自己が消滅していくのを、誰も理解されず、見向きもされず去っていくような感じだとしたら

それはとても悲しく、痛い体験だろう

 

人は痛みを避け、快楽を求めて生きる基本的な反応を持っている

これが、私たちが変化を嫌う原因である

 

自分を進化させていくということは

多少なりとも、やはり痛みの中に入って超えていく必要があるのだ

 

自己認識、自己分析とは、真摯さを伴わなければできない作業である

 

私が私を認識するとき、それは考えもしないところから気づきは始まった

 

一昨年から始めたギターを弾くという

ギターへの取り組み方が、私の人生のすべてのあり方の原点になっていたことだった

 

ギターを弾くうちに、美しい思うような音がでない時の取り組み方

そして一曲をマスターするまでにかかる時間と労力にかける根気と柔軟性

気づいたことは、私はひとつひとつ丁寧に確実に取り組むのが苦手で

先が見えないと、逃げてしまい、おおまかに捉えて形を整え、さもできたかのように

自分を誤魔化す癖を持っているということだった

 

通常、見たくない自分に気づいたときは、見ないようにするか

正当化して、そのまま放置しておく

又は他者に投影して、その状態を認識することから遠ざける

 

これが第1段階の変化への抵抗だ

 

第2段階は、真摯な態度を貫くという意思によって

自己の見たくない影をそのまま認識する

素直に受け入れるという段階に来て初めて

新しい自分を鍛錬していくのだ

 

第3段階は変化を自分に許す

どこに向かうのか、どのようにするのか

責任を持って生きることを決意して進むという段階に入る

色々な修錬が待っているだろう

 

素直さ、柔軟さ、固い決意、真摯さ、一貫性

すべてに気づく繊細さ

古い自分の感情と向き合い、解放していく努力

 

第4段階は新しい自分と世界との統合、融合だ

 

「自分が本当に望んだものは、すべて与えられる」

それを本当に望んでいるならば、シンクロが起きてくる

次は目標を絞ってひとつひとつアクションを起こしていく必要がある

 

新天皇が即位され、私たちの世界は大きく変化していくだろう

 

私という個人から日本、世界という集合意識に

この大いなる愛と平和の意思が刻み込まれ

私たちは日々、自身を深く掘り下げ、至高へと極めることだろう

 

完全なる無私のお姿と強いご意志と祈りによって

私たちの根源が愛と平和に根ざされたものであることを

模範となる原型として、手本を示し続けておられることを

心にとめ進んでいこうと思う

 

 

 

 

 


自己責任をとるということ スピリチュアルの罠

2019-02-16 13:44:28 | スピリチュアル
「誰も本当の真実を知りたくはない。人は自分が信じたいものだけを見ることで、自己が安定する」

長い間、何万人もの人と関わってきて分かってきたことは

人が信じて歩いている道を、修正することの必要がないことを知ることだった


それは、時には孤独で悲しい現実でもあり

私は発信することを止め、自分にこもっていった



そして私の意識は、いつのまにか、感情や他の人との交流を遮断して

宇宙のスペースという名で語られる自己の中に閉じこもり

世界と心から繋がる手段を絶ってきた



ひきこもりというやつだ




ところが3年前から東京にきて、昨年お店をオープンさせてから

否が応でも人と関わらずにはいられない状況になり

私の周りは、クライアントさんという人間関係ではない

新しい様々な人々との交流が始まった


ヒーラーとしてではない交流は私を自由にしてくれた


時に私はあどけない子供のように

お母さんのように

何も知らない少女になることが

新鮮だった


誰の期待にも応える必要がなく、自分を明かさないで生きることは

まるで隠れんぼのような

つかの間の遊びのようだった


幅広い年齢層と様々なジャンルの人との関わりの中で

多くの影響を受けることになる人物と何人も出会ってきた


その中でも飛びぬけて面白い関係性は

自己主張、自己顕示欲が強く、ストイックで負けず嫌い、

感情に脆く、率直でストレートな人との関係性だった


私がその頃強く求めていたのは

目利きの青山二郎のような人物だった


一瞬にして人の本質を見抜き、それを隠さずストレートな物言いで

その人の魂を引き出してしまう天才

見抜かれた人はみな衝撃を受けて魅了されてしまうような

本質に生きているというエネルギーを私は求めていた


この人はそこまで完成されてはいないが、純粋さとずる賢さを合わせ持ち

全くの無防備さと、強い防御の相反する両方が

あまりにも強い反応として現れることに

面白さを感じていた


天才的な頭脳を持っているのに、戦略的にコントロールをしているかと思えば

それさえも、実は戦略的ではなく、ありのままの自己の感情に従うことしかできない

何とも言えない霊的な純度を持っている


「抵抗しがたい魅力」

すべてをあからさまに生きている姿は、そう表現するに相応しい


これを無防備といい、バカと表現したい


バカとは、もしかしたら、ものすごく人間らしく魅力的で

心の奥くにある自我が目覚めるパッションの源なのだと思う



ずっとひきこもりだった私の、バランスという名の受容からの脱却は

こんな言葉だった

「発信しつづけることを止めてはいけない。どんな状況でも発信しなければならない」


すべてのモヤが晴れていくようだった


それは師が放った「スピリチュアルになるんじゃない!人間になるんだ!」という


言葉にある私が強く求めていたエッセンスだった




発信には必ず批判がつく

批判とは、その人の環境や考えに基づくものであればまだいいが

大抵はその人から発信されるものでない大衆への帰属による防御によって無意識に語られる


まあ、これはどうでもいい

私の人生は他の人が責任をとってくれる訳ではないからだ

発信した自己の責任はとる必要がある

誰かに責任をとる必要はない

私に対して責任をとるのだ




殆どの人は意識的に生きていないので、自分が発信した言葉について

そんな感情や意味が含まれているかの責任をとらずに投げる

私に投げられる言葉の中に、こんなことは教えてもらってなかったとかいう人が時々いるのだが

発信を受信できなかったにすぎない


この業界を深く探求するのであれば

心を純粋に保ち、どの言葉の中にも

深い意味を見つけ出さねばならない


それができないのは、求めていないということと、

準備が整っていないにもかかわらず

焦って結果を求めようとする浅はかさが

人のせいにしようとする姿となって

直接的な言葉ではなく、間接的に語られる言葉の中に

織り交じられ投げられるのだ



霊的な道はスキルや新しい情報に捉われて

あたかも知っているような感覚になり、誰かよりも優れたいというエゴの中に

身を落とす

こうなると、もはや霊的な道ではなくなる


どんなマスターでさえも、神々でさえ、エゴを持っている探求者を救うことはできないという



長い間、私と関わった生徒の中に

自分のエゴを見続け、その度に自分を責め、

瞑想しても何の成果も見つけることはできず

それでも、神と関わった存在がいる


彼女は人間として自分の感情の責任をしっかり見続け

その感情に飲み込まれそうになりながらも

自分としてあるべき道を歩こうとする真摯な姿を

私に見せてくれていた


生まれてくる孫のことを思い

深い祈りを、毎日40日以上も行い続けたのだ

祈りの中で起きた香りの話をすると、

彼女は泣きながら、祈りが神に届いていることを感謝していた




その崇高な泣き顔と微笑みの美しさは

まるで聖母マリアのように、繊細で慈愛に満ちていた


こんな風に純粋な魂が、霊的な探求を行う者の中に

はたしてどれくらいいるのだろうか・・・


神と繋がるということ

これがどれだけ重要なのか

スキルや情報に捉われている人にはわからないだろう


どの世界もそうだが

分かる者にしか分からない真理の領域があるのだ


それを体験できる者は一握りにすぎない



日本の古神道とシャーマニズム 自分のルーツを知る

2019-02-08 13:18:41 | スピリチュアル
東京に「禅」というお店を出したが

なぜ「禅」という名前なのか、よく分からない



導かれたとしか言い様がないからである



ここのところ、縁の深い人たちと繋がり始めているのを感じているが


面白い現象は

ライブハウス状態になっていることだ

生のギターを演奏して、みんなが歌を歌って繋がる


カラオケではない


小さなお店だからこそできる深い繋がりができつつある





そして、もう一つ面白い現象が起きている


日本の古神道の霊能者が、すごく近くにいたのだ









私のすべてを読むことはできないが


十字の光をみたり、マリア様の置物に反応したり


この店は居心地がよく、霊的によく考えられて色々なものが


配置されていると言っていた





そして、お互いが霊的だと分かると


神道の造作や、八百万の神々の話をして情報をくれるようになっていった





通常、日本系の神々や、やり方に対して、まったく興味を持っていなかったのだが


この方を通して、様々な情報を得ることになった




とくにお稲荷さんに対しての扱いについて得意だというからびっくりだ




妹が、とあるお稲荷さんに関わっていて、大変な状態になっていたからである





きつねや、霊たちは、大変お酒が好きだということで


日本酒を一升あけてしまうのではないかと思う勢いで飲んでいた


日本酒を彼らにあげるのだと言っていた




日本の神様も、日本酒が好きらしい


そして違う存在が入るとお酒の味が苦くなるそうだ




私の魂はインディアン系であり、宇宙や地球のガーディアン、精霊たちとコンタクトをとるのが得意で


日本の神々や神道における霊的な知識は、あまり興味がないため、


正確な情報を与えられないでいたのだが


こうして解決に向かうとは思ってもみなかった





通常、違う異質な霊性を持ち合わせると、喧嘩するか、


又はお互いをひどく避けるのが通常なのだが


交流することで、とある除霊に関わる案件に関わることになっていったのだった






除霊をしなければならない女性は、お店の常連さんで


私が東京に来て、最初に関わったクライアントの男性と付き合い始めた





2年前、この男性のクライアントを最後まで見ることはできず、私は2年間もひきずっていた



癒すことが出来なかったと、2年間も考え続けることはあり得ないのに



とても深い案件だったため、私の中で終了させたくなかったのだ






彼自身の魂は大きく目立つ存在で、有名人で芸能人だったということもあり



闇は彼を覆い、闇の存在たちは集合して塊をつくり、彼を覆っていたのだった







私にはまだ準備ができていなかったとは思えない


彼の準備が整わず、闇の存在が私に近づけないようにしていたのか


私を守る存在たちが私を守ってしまったのか


それは分からない





その終わらない案件が、彼女を通して、私が再び関わることになろうとは


そして、神道系の霊能者と共に光へと連れ戻すことになろうとは


どう考えても、人間技ではない





なぜ、2年前に彼と関わらなければならなかったのか


そしてその後、1年間も闇の体験をしなければならなかったのか


全部のパズルがピタリと当てはまっていくのだった





結局私が関わっているのは、彼とか彼女とかというクライアントではなく


その背後にある大きな闇の存在だった






「その領域にいる者にしか、その領域を見ることはできない」


そしてその領域を超えている者にしか、それを超えることはできない





「その領域にいる者にしか、その領域を見ることはできない」とは


何を意味するかというと



宇宙には、善と悪は存在しない


幽霊が誰かに憑くという現象は


ある人にとったら存在し


ある人にはまったく存在しない世界なのだ





キリスト教は天使を創った瞬間に悪魔ができた


日本に天使や悪魔という風習はない


でもない訳ではない


ある人にとって存在するということは


「ある」


ということなのだ





それは想念帯の領域、波動領域にいるかいないか


何を信じるか信じないかで


実際の世界が変わるということを意味する




自分の波動領域の世界に存在する


神道系の波動領域は、私には存在しえない世界だったはずだ




ところが、実は私が3歳で親に捨てられ、育った場所は


神道系の教会なのだ




そして過去生を辿っていくと、仏陀と共に存在し


肉体意識は神道にも深く関わっていたことがある



神道に興味を示さないのは、育った教会で、十分エッセンスを身につけ

マスターしてしまったからだった



今、私が体験しているのは、様々な転生の全部を


まるで、今回の人生でまとめあげているようなことなのだ


イスラムのスーフィズムや、シャーマニズム


これは私の魂の色と似ている波動領域に存在するからだと思う





再び、神道系のエネルギーと関わることになるのには

今後、色々な意味があると思っている



それにしても、どの波動領域にも同じことが言えるのは


身代わりになるとか


影響を引き受けるということだったりする


そして大抵、この道をゆく者は


何度も死にかけて助かっているということだ




いづれにしても、面白い展開が待っていそうだ



今年は様々な意味で「統合」というキーワードの年になっていくのだろう

シンクロニシティ

2019-02-08 12:53:42 | スピリチュアル
昨年の長い闇をくぐり、12月25日に少しずつ自分を取り戻しはじめた私に

次々と起きるのは、シンクロニシティだった


シンクロニシティとは共時性と言っているが

思ったことが、すぐに目の前に現れ、

エネルギーの繋がりがはっきりと分かるのが面白くなっていた


大体その日、私が出会う人は、私の頭の中に先に訪れて

姿を現すのだった


そしてテレパシーといった現象もひどく強く現れている


送受信の両方が、同じエネルギー波動にいないと

難しいが、自分にそのような能力がないと思っている相手だと

なお楽しい


相手の思いを私が受信したのか
相手が私の思いを受信したのか

分からないぐらい、お互いの思いがぴったりと合わさるのだった

きっと古来のアトランティスの時代は

こんな風にコミュニケーションをとっていたのだろうと思う


4人の子供のうち、一番下の子のねねちゃんが

今年成人式を迎えた


これで子育て終了







孫娘のゆあちゃんも着物を着せて

大好きなお姉ちゃん(正式には叔母ちゃんだが)と一緒に写真を撮ってご機嫌!




成人を迎えた彼女は今もなお、抱きついてくる

小さくて、いつも誰にでも抱きついていってしまうあの天使は、今もなお変わらず

天使のまま・・・

お腹にいるときに私の霊的な光の体験をしたのは

きっとこの子の影響もあるのだろう


私をお母さんにしてくれてありがとう




パートナーシップに起きる出来事 ツインソウルの関係

2019-01-06 12:29:40 | スピリチュアル


パートナーシップで起きる出来事には

普通では考えられない意味がある

パートナーシップが深くなればなるほど

二人の間の境界線がなくなる


お互いの波動域が一緒なので

同じ瞬間に、同じ思いが行き交うため

テレパシーで会話をしたり

電話をかけるタイミングが一緒だったりする


個々の人生の課題をクリアするため

相手をそのまま映し出す



例えば自分が、行動派で、考えていることを行動に移さないと

気が済まないタイプだったとする


パートナーは元々、とても慎重派で、新しいことを取り入れるのに時間がかかる

すぐに落ち込むが、忍耐強く同じことを何年も繰り返すことができる


大体、パートナーシップを組むのは、同じタイプは一緒にはならないので

こういう組み合わせができあがる


親密さが増すほど、不思議なことがおきる

それは、お互いの部分がまったく逆バージョンになって

行動派が慎重派になり、慎重派がどんどん行動的になるという現象だ


自分にない部分が統合されていくためだが


それ以上に不思議なことも起こりえる

どちらかが得をし、どちらかがそのために犠牲になる

この犠牲というのは、自らの意識が、相手の問題をクリアするために

自ら進んで、それを行うというものだ



これは極端な話だが、

自分のパワーや、持っている徳、よきカルマを

相手に渡すことで、問題をクリアにする


これがツインにおいて、起きてくる出来事の中で

大変な問題になる


相手の問題が片付くと、自ら選んだ犠牲者を終了させ

お互いに遊べる領域に入る

この統合の関係になると、他の人に影響を与えるパワーを持つ

二人の関係が、周りにインスピレーションを与え変化させていくのだ


もし、パートナーシップで、自分がとんでもない体験をし、

相手が人生をうまくやっていけているという体験をしていたら

それはツインソウルの関係かもしれない


勿論、お互いが自分の問題をクリアできていれば

このように大変な出来事をどちらかが引き受けるということは起きないが・・・


私達が考えている問題は、単体で自分の問題だと思っているが

実は家族や家系、パートナー、集合意識による問題に関わっているということに

殆どの人は気づいていない


集合無意識と呼ばれる場所では、すべては同じ存在であり

源のフォースから、それぞれという個が解き放たれた

しかし、個は常に繋がっている集合体に影響される


集合意識がどのように私達個に影響するかは、

法則のようなものが存在する

これについては、今年始めていく、ある媒体で発信していこうと思う





人生の傍観者を止める

2019-01-01 20:07:43 | スピリチュアル
2018年はスピリチュアルの枠を外れ

長い時間をかけて構築してきた世界、自分の地位を捨て

自分の存在する場所を離れた


まるで、生まれて初めて世界を見たようだった


様々な領域にいる人たちと触れ合うことで

自分がヒーラーであることや

こういう人間だという定義から自由になり


そこで世界を捉えていくことは

ある意味、新鮮でもあり、そして混乱の連続でもあった


自分の居場所もなく、自己を見つけることができず

すべてのものを失くすという体験を

自らに課すことは


自分の身を守ることなく、大海に掘り込まれて

どう反応するかを楽しんでいるようにも思える


ゼロになること

無になること

これが私の2018年の達成だったのだろう

いや、達成さえもどうでもよく

自分の思うがままに

無限の可能性に広がり続ける大いなる意思の意図のままに


私は自然であり、風の流れの中に

揺れながら

どこに流れつくかも分からない不確定さの中に

身をおいてきた



よく精神が破壊しなかったものだ

いや、何度も破壊したかもしれないし、

破壊寸前で、救われてきたのかもしれない


年々、未来を確定することが不可能になり

何が起きるかが、予測不可能になっている


通常の私達の意識は、

予測することで、備えをし、

自己を確定することで、自我は守られている

成功哲学と世間で呼ばれている思想は

目的を作り、それを達成することで

自己を確認する

これが自我の安定と呼ばれるものだ


この自我の安定ができなくなるような

突拍子もないことが起きていくのが

今後の世界である

世界は不確定さの中で、自我を固定することはできなくなる


子供達はそれをいち早く取り入れている

子供には、自分はこうだという概念も

こうしなければならないという執着もなく

柔軟にすべてを受容し、そこで生きることができるからだ


私の2番目の師にあたる彼女は、私を世界に押し出すときにこう言った

「悪いものを手放そうというのは誰でもそう思し、そうしようと思う。でもよいものも手放しなさい。すべてを手放し今に生きるのです」


大海で起こる出来事をかまえるのではなく、恐れることを恐れず、

完全に今に存在するのです

これが2019年に問われていくことになるだろう


2018年は「禅」で多くの人との交流があった

様々な仕事に関わる人と、ヒーラーとしてではなく

一人の人間として関わり、話をしてきた


色々な人の噂も聞いた

色々な知識を持っている人もいた


でも人はどんなに知識を持っていても

それを生きていなければ、ただの傍観者にすぎない


惹かれるのは、知識ではない

泥臭い、人生体験だ


人間らしい感情

弱さを隠さず、攻撃的でありながら

保守的な部分をそのまま表現する

どんな瞬間も自分のまま


人を傍観して他人を評価する人ではなく

人生を一生懸命に生きている人がいい


私の道を行くのだ

2019年新年明けましておめでとうございます

2019-01-01 09:53:43 | スピリチュアル


いつもの空が広がり、同じように世界は流れていく・・・

違って見えるのは、2019年の年明けという自分の意識が

空を創りだしている

光は窓から部屋全体に広がり

ギターの音色が、遠い異国の空気に触れさせる


潮の匂いの街の賑わいに

大昔に自分がいたであろう光景が

一瞬にして目の前に広がる


この肉体を通して

過去から未来へと続く時空を

永遠に旅している


自らの内側に宇宙は広がり

無限の可能性に向けて解き放たれた存在である私達は

意識を通して様々なものを信じ、様々な定義をつけ人生を生きている


何かを見るとき、それは私達の中で真実となり

世界を見せてくれる



ネガティブになってはいけないという人達は

ポジティブに変換をし、自分の闇を否定し続けていくだろう

変換し続けていけばいくほど

苦しむことになる




肉体というDNAの存続意識の制約の中で

世界を創っていく人間体験は

2019年は、制約を超えて

多くの人が目覚める年になる


今まで信じてきたものを変化させ

新しいものを受け入れていく

自然の法則に逆らわず

委ねていく意識・・・

おてあげ意識が

次の移行をスムーズにさせていく


シンプルに生きること

今まで絶対無理だと思っていたことが

自分の中で諦めていたことが


何の努力もなく、あっという間に

まるで魔法にかかったように

形になって目の前に現れるかもしれない


そんな年になるだろう



今までも常に

私達は世界を創造してきた


これからは創造の仕方が変化していく


年々、錬金術が可能になっていくのは

人々の意識が、シンプルになっていくからだ


1500年代の錬金術師であるセントジャーメインは

今も生きている


私達の中の細胞の一つとして

新しい幕開けは毎瞬訪れている


イマジネーションこそが、創造の源だ


私という存在の意識はすべての意識と繋がり

人生を織り上げている


織り上げる集合意識は不思議は方程式があるのだ


なぜこんな人生を歩いているのだろう

なぜこんな感情を感じているのだろう


自分では到底コントロールできない領域で

私達は繋がっている


無意識、集合無意識という場所において

そしてそれらを超えたところで

何か偉大なものに出会う


この法則、方程式の中に無限の意思を見ること

最終的には方程式さえも当てはまらないものに出会う

それを伝えていきたいと思う

2019年元旦





ペットボトルのトマト

2018-12-24 14:30:26 | スピリチュアル


ペットボトルのキャップの上に植えた、黄色のトマトの種が

こんなに大きくなった


お店を始めたばかりの頃に、

UFOキャッチャーでとってきたからあげると

お客様にもらった種


芽が出て、葉がなり、大きく育っていった


何度も枯れそうになりながら

寒い冬に耐え、とうとうトマトの実がなった





「禅」はこのトマトのように、

何度も危ない道を渡り、少しずつ店らしくなってきた


たぶん、黄色くなったら、かわいすぎて食べられない(涙)



今日はクリスマスイブ

メリークリスマス


すべての人の中に愛と喜びが訪れますように・・・・








魂の聖なる暗闇

2018-12-23 23:20:31 | スピリチュアル
アセンションが近づくと、今まで生きてきた私が消える

そして自分が何者か思い出せなくなる



通常、人間は生き延びるために90パーセント以上もの

殆どのエネルギーを費やして、自我が消えないように

脳が自動的にセットアップされている



「これが自分だ」というものを認識できるため

精神が破壊せず、狂うことなく生きることができる


一度セットアップしてしまうと、脳はずっとそれを維持しようとするため

「これが自分だ」というそこに固定しようと

様々な意味づけと条件づけをしようとする


それによって、自我が安定するからだ




通常、人の一生のうちでの変化は

その固定された場所から、さほど大きな変化をすることはない

どんなに人生は変わった、自分は変わったと思ったとしても

少しの変化で止まるようにできている




このパーソナリティエゴ(自我)は、変化してしまうと危険だからだ

何百回転生しても、ここが変化をするのは、少し変わったという程度なのだ




ところがアセンションが近づくと、変化に伴う自我の喪失は


一度死ぬくらいの変化で済まない領域で行われる




魂の目的は、すべての領域と無限の可能性の表現を観察することだが

生き抜く肉体をもった私達の意識は

ドット(始まりの瞬間、創造の始まり、すべての意識体とも呼ばれる)原型を保ちながら

無限の創造の世界を広げていく



世界は破壊がなければ、創造は成り立たない

それが自然、宇宙の摂理だ


無限の創造は、完全なる無から生まれる


人間という肉体を超えて、どこまでもいくためには


どうしても通らなければならない道中がある


それが魂の聖なる暗闇と呼ばれるものだ



とある意図の下に・・・


そして意図を超えた意思によって


暗闇は訪れる




暗闇はすべてを覆い、先が見えず

何もかもうまくいかず

一人ぼっちで地獄へ放たれたように感じる

すべてから切り離されたような分離と孤独が

次々と襲ってくる

何のために自分が生きているのか

存在意義を見出すことができず

混乱と恐怖の中で

死が訪れる



この状況に耐えられない精神は

完全に破壊され、打ちのめされた後

肉体の死を待つか

精神の死を待つ


この状況で大事なのは

手をあげ

完全に降参すること


完全に身を放りだし

ただ漂うのだ・・・




やがて静かに訪れる


光は常に照らされ

どんな瞬間でさえも

けしてひとりぼっちになることはなかったということを知る時が・・・

死から再生した時


二度生まれし者になる


そして、魂を生きることになる


魂のバイブレーションは、自己と共にあり

自己と世界に境はなく

自己を確認することなしに

予測なしの不確定の世界に身をおきながら

瞬間に生み出される音の中に

創造という光をなげかけていく


だから、暗闇の期間を「魂の聖なる暗闇」という


光と暗闇は等しく

同等に私達の中に存在する

宇宙というもの、意識というもの、存在というもの

そのものは、光とも闇とも定義できない

両方を含んでいる


ベートベンやシェークスピアのように

暗闇を見た者が、創造のすべてを包含する



覚醒、黄金比、すべての意味

2018-10-25 13:25:12 | スピリチュアル
出会いは偶然か、必然か

不思議な出会いが沢山ある

その中でも、その人に会うと

何か不思議と力が湧いてくるとか、

人生が変化していくという人がいる



それは、その人が持つエッセンスの中に

自らの神聖さが映るからだ


私の師の一人がこう言っていた

「相手の完全なる鏡として自らを差し出す」

この意味が、全然分からなかった

物事は、ある時、ふっと理解できるようになっているのだと思う


ニュートラルでいればいるほど

大自然の一部として機能し

「相手の完全なる鏡として自らを差し出す」ことになる



そういうニュートラルさを持つ人に会えるのは

人生の中でもそう多くない


昨晩は、そういう出会いが訪れた



ずっと私に会わせたかったと

その人を紹介してくれた友人も

かなりニュートラルな人だが

友人とその人が話す内容は、

まるで覚者が対話をして

じゃれあっているかのようだった


話の中で面白かったのは、

私が光の体験をしたそのままの話に

近い話だった


信号機の赤を見たとき、

その赤があまりにも美しく、「赤だー」と言って

青になると「青だー」と言って

感動して走り出したというものだった


そして話は続いて、十字がどうして十字なのか

その形の意味も、説明できないが分かったと

話していた

まったくの共感だ


一昔前は、スピリチュアルのツアーでも

よく行われていた、幻覚キノコを使った

人工的な覚醒である

日本では許されないが、海外のとある場所で

それを使うと、一時的に覚醒する

そして、すぐに普通の状態に戻るが


体験があまりにも凄すぎて、

鮮明に記憶される

私の光の体験は、薬やキノコではなく

インドのサイババによる恩窮によるものだ


一度、そのような体験をすると、

魂が呼び覚まされ、

その領域の人を見つけることができる


そして、それは言葉の領域を遥かに超えた

テレパシーだったり、魂的な言語を交わすことになる


私達は自然の中に溶けていて

黄金比の数字的な神秘さや

すべての中にある本質的な意味を知る


そして覚醒といったら、

彼女を抜きに考えられない


孫娘のゆあちゃんだ


彼女はきっと、私達大人が見失った世界を

そのまま見ている一人だろう





四歳のお誕生日おめでとう




バドルソドル ポアとお経

2018-10-11 21:40:48 | スピリチュアル
10月9日の夕方、娘の父親が急死した。

彼は脳卒中で、ばりばり働いていた仕事を辞めざるおえない状況になり
身寄りがないため、生活保護をうけながらある施設でお世話になっていた。

意識不明が何日も続き、命は助からないと言われていたのだが
回復し、話ができるようになり、食事も食べることができるまでになっていた。

その後、何度も誤嚥性肺炎で、施設から病院へ入退院を繰り返していた。

病院では、看護士がオムツをかえてくれないと、文句を言っては我侭とみなされ
相手にされなかった。

施設では、とてもよくしてもらっていて、穏やかだった。

最期は、誰もいない一人部屋で、施設の人が見回りにいくと
亡くなっていたそうだ。

前日、娘は、なぜか父親のところに行かなきゃと思っていたと言っていた。

虫の知らせなのだろう。


私は急遽、東京から金沢に帰り、手続きをしてあげなくてはならなかった。

紹介してくれた葬儀社の方は

生活保護の方の亡くなった後のことを、丁寧に教えてくれた。

葬儀はできないし、お坊さんを呼んでお経をあげることもできない。

市で厳しい取り決めがあるそうだ。


彼は生前、日蓮宗で、熱心にお寺に通い、忠実に教えを守り、何かあればお伺いをたてていた。

だから、彼の意思は知っていたし、彼の望む形で見送ってあげたかった。

唯一、85歳の彼のお姉さんが、心配して、戒名とお墓や、お経のことを聞いてきたが

無理なことを伝えるしかなかった。


11日が焼き場で遺体を焼くということは決まった。

死後3日間は、肉体意識が肉体の中に留まるため

焼いてはいけないということは、授業でも伝えていたし

ちゃんとポアして、肉体から意識を抜いてあげるためには

どうしてもお経が必要だった。


11日、彼の遺体を焼き場の火葬炉に入れるために、お棺と共に歩いた。

お棺の中の彼の中には、まだ肉体意識があった。

困ったな~。でもなんとなく、心配いらない気がしていたが

現実にはまだ意識が抜けていない。


火葬炉の前の天上は円形になっていた。

私はもう願うように、彼の肉体から意識が抜けることを祈っていた。


すると、どこからかお経が聞こえてきた。

このお経の声は私にしか聞こえない。

神戸の山の上にあるお寺の、彼がお世話になったお上人の声だった。

ああ~。

よかった~。

85歳のお姉さんが、神戸のお上人にお願いをして、お経をあげてもらったのだと思った。

「お別れの時です」火葬場の人が炉にお棺を入れる前だった。

天上に、すう~と意識が抜けていった。

お迎えがきたのだ。


すごい!


ほんと、よかった。


彼の生前からの意思、「骨を拾ってくれ」

結局そうなるのよね。

初七日まで、毎日、お経を上げてくれるそうだ。


85歳のお姉さんの弟を思う強い意思が

すべてを超えて、彼を救ったのだった。


人生は有限だ。

そしてどの人生も、どの瞬間も神聖な時間であり

一人の存在は、すべての人の中で守られ愛されている。


多くの人の心と手によって、愛され、お世話され

そうやって私達は繋がっている。


感謝のフィーリングが私を包み、娘のねねちゃんが

久しぶりに私にまとわりつき、

なんだか大きなクスクスが私を再び神の元に連れ戻したのだった





人間の再生能力

2018-10-07 08:06:58 | スピリチュアル
一つ一つのお料理に
手を抜かず、感覚を研ぎ澄ます

きっと私は日本のどこかで、
料理人だった事があるのかもしれない

どの仕事も、全体を把握しながら、
今の作業に集中する

素材との対話

時間配分
段取り
空調の調整
居心地よさ

見えない音、声を聞いていく

天気における感情の揺れ
体調
すべてのものを極限まで
研ぎ澄ます


自分の感情が及ぼす影響を減らし
自然の流れの中に身をおく


店をオープンして分かったのは、
どの仕事も、根本は同じ

すべての瞬間に集中し、
そしてすべての瞬間に力を抜き
身を委ねる

この2つの相反することの統合が禅ということになるだろう

調子を崩すというのは、感情なのか、体調が悪いのか、
日々のバランスが大幅に狂う時に
事故や事件、病気に発展する

不調和という

すべてはタイミングだというけれど
タイミングとは、宇宙の流れのシンクロニシティ(共時性)が
あるかないか、流れに乗れているか、いないかということである

波が来ない時は、来るのを待つ

波が来て溺れそうな時は、力を抜き、静かにする

溺れ、水を飲んでしまったら、慌てない

やがて、静かになるまで待つのだ


バランスを崩した時に私はよく怪我をする

店をオープンさせてからは火傷が多い

そして、接客中は、火傷に集中していられないのである


ところが切り傷や火傷も、ケアをしないのに、次の日には、殆どと言っていいくらい
よくなっている

3日もあれば、消えてしまう

あまりの再生の早さにびっくりしてしまうが

本来なら、水ぶくれが起きそうな火傷も

赤みが消え、痛みもなく

治癒しかかっているのを見ると驚く

どうも意思に肉体が反応して、白血球が多くなり

治癒を促しているらしい



水ぶくれになるところが、3日目には、赤みが消えつつある



とかげのしっぽのように切っても、本来は生えてくるのが

自然の治癒らしい

医学的には、ガンは治らないといっているが

ガンは実は3ヶ月以内には治ってしまうものなのだが

日本の医療は、医学会による医療産業になっているため

薬づけにしてしまい、本来の生命力を奪ってしまう


このことは、実際に医学会に出席した友人に聞いた話である


イルミナティによる洗脳は、巧みに行われる

日本人は特に、自分で調べるということをしないので

他者に委ねてしまう


本当に自然に還る必要があるのだ







叶うと信じて疑わないこと

2018-10-05 18:33:37 | スピリチュアル
ランチを始めた私は、早朝6時に起き、仕入れに走り

仕込みを終えると、激動のランチラッシュをやり終える

すぐに夜の仕込み、お店が終わり、家に帰るのは1時


合間にセッション、そして講義と電車での移動

なんとか睡眠時間を確保している


こんな毎日をすごしている


東京は9月中雨に見舞われ、

10月に入り、ようやく天気になり街がオレンジに輝く

それもつかの間、又、雨模様


人生がうまくいかないときは、静かに、できることを丁寧にきちんとして

一瞬に集中する


一人ひとりの出会いが楽しい


引きこもりで、誰にも関わりたくなかった私なのに

けっこう、この生活を楽しんでいる



10月は私の誕生日と孫娘の誕生日


娘からのラインで、誕生日は、ディズニーに行きたいと言っていたのに

風邪を引いて仕事をお休みしたから、お金が大変だから

東京には行かないよって連絡だった


そしたら、隣で孫娘の「ゆあ」が

「ゆあはお金持ってる」

「だから、ばあばとディズニーに行く」

とニッコニコの返答だった


小さな買ってもらったばかりのお財布の中に

100円が入っているのだ

そして彼女は本当に東京に行って、ばあばとディズニーにいけると

思い込んでいる


その純粋さが、私のハートをくすぐり

私は涙が止まらなくなってしまった


大人になった私はいつのまにか現実に浸かり

子供の頃の、なんでもできるという思いを無くしてしまっていた


「ゆあ」は私の魂をまんまと掴み、

一緒に空を飛ぼうよと言っているかのようだった


しばらく声をあげて泣いた私は、自分があと何年生きられるかを考えていた

人生は有限だ


私は、私のやりたいように、生きたい道を生きる




願いは叶う


信じきるということがどういうことなのか


私は孫娘に教えられていた


彼女は私の天使だ


しばらく忘れていたディズニーの夢の世界を


空を飛びながら見ていた





























2018年秋分の日

2018-09-24 21:32:43 | スピリチュアル
穏やかな空に美しい光が差し込んできていた

久しぶりの夕陽



秋分の日はお彼岸と呼ばれるが、向こうの世界とこちらの世界のベールが薄くなり

繋がれる日でもある


19日の火曜日、霊的な夢の中で、すべての闇は終わりを告げると言っていた



この時期、ライトワーカー達は体調を崩し、病気や怪我、そして精神的な闇を体験する


地球のすべての集合意識と共に生きることで、変容を促すことだからだ



溜まりに溜まった垢落としは、バケツに濁った水の中に、聖水を入れていくように

ゆっくりとおこなわれ、美しい水に変わるまで、待つしかない


そのため、自らのエネルギーを注いで、集合意識の浄化のプロセスに関わることになる


あまりにも、大きな変容のため、ライトワーカー自身の肉体や精神がとても辛い状況を経過することになる


でもこれは、すでに決められていたことだ

お彼岸前に終了して、間に合ったといった感じだ


これから訪れる光が、ほんの少し見えはじめた