藤沢周平の名作「蝉しぐれ」のドラマ化。
東北の小藩の貧しい下級武士・牧文四郎を翻弄するあまりにも過酷な運命・・・。
それでもなお、強く、美しく、そして気高く生きる。
非業の死をとげた父のかたきを討つため、権力闘争の渦に巻き込まれる青年藩士の孤独な戦い、
そして幼なじみで初恋の人・おふくとの悲しい別離と再会。
封建体制下の青年たちの物語。
演出のこと佐藤幹夫(演出家)
演出のことば…佐藤幹夫(演出家)
三十代の頃、藤沢作品に出会ったが、その頃の私には狭い人情世界で、
窮屈に生きる登場人物たちが肌に合わず、感銘を受けることが出来なかった。
そもそも、江戸ものの時代小説はセセコマシイ感じがして嫌いだったのである。
六十代に近づき、「蝉しぐれ」の演出で藤沢作品と再会することとなって、
「権力者の不条理な仕打ちに耐え、自らの人間性だけを矜持にして生きる主人公」に、
素直に感情移入してしまった。
不況が続くこの時代のせいなのか、それとも私自身の境遇の変化なのか。
父親を切腹させた権力者への単なる復讐劇ではなく、
人間の業や権力構造そのものへの諦念を、人間としてのリアリティを持ちながらも、
なおも自分の人生を肯定しようとする「牧文四郎」の、
ビルディング・ストーンの格調の高さに、ある「救い」さえ感じたのである。
どんな境遇でも肩肘張る必要はないが、もっと背筋を伸ばして生きられるのではないか。
そんな藤沢さんの声が聞こえた。