原作は1895年(明治28年)『文芸倶楽部』に掲載された泉鏡花の短編小説。歌舞伎役者・坂東玉三郎の映画初監督作品で、高貴な夫人と青年外科医の秘めたる恋を描いたロマンス。明治時代。満開の桜が咲き誇る小石川植物園で、画家の清長は回想していた。友人の外科医・高峰は、貴船伯爵夫人の手術を執刀することになったが、夫人はその時になって“手術をやめたい”と言い出す。麻酔をされると、うわごとで秘密を口走ってしまうというのだ。驚く周囲をよそに、高峰は手術を行う。胸を切り開いた途端、夫人は高峰にすがりついて絶命する。それは9年前、清長と高峰が学生時代に訪れた夫人との出会いから始まった。
冒頭の「外科室」というタイトルが満開の桜をバックに出てきますが
ここで、ラフソナの1楽章のイントロがこの物語で悲劇的な結末を
暗示しているかのように流れます。
カメラが満開の桜の花びらがひらひらと散るさまを、写していくのですが
レンギョウの黄色と桜のコントラストがとても美しい。
吉永小百合は伯爵夫人を演じています。
この伯爵夫人が小石川植物園の満開のツツジを夫・家族と見物にきますが
ここで医学生高峰(加藤雅也)とすれ違い、お互い一目ぼれしてしまう。
9年後に伯爵夫人が胸部の手術をすることになる。
執刀医は高峰。
麻酔をかけなきゃならないが夫人はこれを拒絶。
夫人は
「私はね、心に一つの秘密がある。ねむりぐすりはうわごとを申すから、それが恐くてなりません」
と語る。
麻酔をかけられれば、自分がうわごとで
高峰を9年間も恋焦がれていたことをしゃべてしまい、皆に知られるのが恐い。
知られるぐらいなら死を選ぶ。
麻酔なしでの手術が始まり、高峰が夫人に問う。
高峰:「痛みますか?」
夫人:「否(いいえ)、(手術しているのが)貴方だから、貴方だから」
このあと夫人は突然身をおこし、メスを自分の胸にさして
高峰に抱かれながら自害する。
このシーンからラフソナ3楽章の後半の3連符からが流れます。
手術室でのシーンのあとは9年前の二人の出会い回想場面がずっと続きますが
小石川植物園の新緑の緑とツツジのコントラストが本当に美しい。
吉永小百合も加藤雅也も台詞は意外に少なく
お互いがじっと相手を見つめあうシーンがアップで写されます。
一度目をかわしただけでお互いが恋に落ちた医学生と伯爵夫人。
9年後に執刀医と患者という立場で再会するのですが、
この恋をおたがいが口にすることもなく恋に殉じる、という物語。
冒頭の「外科室」というタイトルが満開の桜をバックに出てきますが
ここで、ラフソナの1楽章のイントロがこの物語で悲劇的な結末を
暗示しているかのように流れます。
カメラが満開の桜の花びらがひらひらと散るさまを、写していくのですが
レンギョウの黄色と桜のコントラストがとても美しい。
吉永小百合は伯爵夫人を演じています。
この伯爵夫人が小石川植物園の満開のツツジを夫・家族と見物にきますが
ここで医学生高峰(加藤雅也)とすれ違い、お互い一目ぼれしてしまう。
9年後に伯爵夫人が胸部の手術をすることになる。
執刀医は高峰。
麻酔をかけなきゃならないが夫人はこれを拒絶。
夫人は
「私はね、心に一つの秘密がある。ねむりぐすりはうわごとを申すから、それが恐くてなりません」
と語る。
麻酔をかけられれば、自分がうわごとで
高峰を9年間も恋焦がれていたことをしゃべてしまい、皆に知られるのが恐い。
知られるぐらいなら死を選ぶ。
麻酔なしでの手術が始まり、高峰が夫人に問う。
高峰:「痛みますか?」
夫人:「否(いいえ)、(手術しているのが)貴方だから、貴方だから」
このあと夫人は突然身をおこし、メスを自分の胸にさして
高峰に抱かれながら自害する。
このシーンからラフソナ3楽章の後半の3連符からが流れます。
手術室でのシーンのあとは9年前の二人の出会い回想場面がずっと続きますが
小石川植物園の新緑の緑とツツジのコントラストが本当に美しい。
吉永小百合も加藤雅也も台詞は意外に少なく
お互いがじっと相手を見つめあうシーンがアップで写されます。
一度目をかわしただけでお互いが恋に落ちた医学生と伯爵夫人。
9年後に執刀医と患者という立場で再会するのですが、
この恋をおたがいが口にすることもなく恋に殉じる、という物語。