白樺小舎便り(しらかばごやだより)

北信濃の田舎暮らしの日々

年賀状

2024年01月02日 22時00分21秒 | 日記
昔から年賀状を書かないヒトだった。
もらってもこちらからは出さなかった。
そんなことが続くと、次第にもらう枚数も減ってきた。
何も儀礼で出す必要もないし、年明けにすぐ会うような人に出しても仕方がない。
そんな中で、こちらから出さなくても毎年必ず年賀状をくれる人が数人いた。
根負けしてその人たちだけには出すようになった。
それも書くのは年が明けた後だ。
箱根駅伝を見終わった後、昨日休業していた温泉に行った。

今年は辰のタオル。
毎年干支のタオルがもらえる。

お正月仕様の天ぷらうどん。
これを食べるのが恒例。

夜、年賀状を書いた。
おめでとうと掛ける状況ではなくて、工夫がいった。
昨日の能登の大地震。
今日の羽田の航空機事故。
新年に立て続けに起きた。
どんな年になってしまうのだろう。
『心配し過ぎない。頑張り過ぎない。自分にできることをやる。』
これらをコンセプトに文面を作った。
紛争や戦争は人間が止められるけれど、自然災害はどうしようもない面がある。
ちっぽけな人間がいくさなどしている場合ではなかろう。強く思う。

追伸
昨日の45年目の飯縄登山の件。
実は一年前、43回目の飯縄登山という記事を書いていた。
ん?計算が合わない。
半世紀近い昔の事で、遠い記憶なのだが、始めた年齢だけは確かなので、去年数えたのは初めの年を飛ばして次の年から『1年、2年、・・・』と数えてしまったせいで、1年少なくなってしまった。
年齢を数える時のいわゆる『カゾエ』でなければいけなかったのですね。
だから、45回目が正解です。
記録を残すという習性があまりないので、こんなことが起きてしまうのです。
いまさら治そうとも治るとも思っていませんが。
その時その時を真剣に生きる。それでいいのだ!




45年目の飯縄登山

2024年01月01日 20時19分27秒 | 日記
 年明け早々の大地震。びっくりしました。
被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
明けましておめでとうとはとても言える状況ではありません。
当地でも、緊急地震警報が突然鳴り響き、ややあって振幅の大きな横揺れがしばらく続きました。為す術もなく固まっておりました。

今年で45年目になる飯縄登山に行ってきました。







例年になく積雪が少なく、比例するように人影も少なかった。
標識の飯の字がやっと出ているのが普通だったのに、暖冬、温暖化もここまで来たかとこれからの地球を案じざるを得ませんでした。
お地蔵さんの前掛けも2枚取り替えてきました。

下山後恒例の温泉に行きましたが、今年は31日、1日と休業。
少し前サウナ小屋が火事になってしまったことも影響しているのかも知れません。

明日明後日は箱根駅伝の観戦。
終わった後は自分でもできるだけ動こうと思っています。

あまり大きくない隠し湯的な温泉で、干支のタオルと甘酒をサービスしてくれていたのですが残念です。
天ぷらうどんもこの時だけ桜エビが入っていました。これを食べて帰るのが何十年も続いた元日の慣例でした。
経営されたいる方もかなり参っているのかなと思いますが、早く立ち直って欲しいと思っています。