みんながいつも笑顔でありますように

私と家族と脳腫瘍G4の姉と

最近の姉

2011-02-17 | 病気の話 

水曜日に無事、抜糸も終え、傷の状態も大変良いみたいです。

テモダールは傷が完治するまで服用できないのですが、

かれこれ、もう半年近く、薬らしい薬を飲んでいません。

 

そこで、最近の姉ですが、

記憶障害が以前よりひどくなっているように思います。

1分前のことも覚えていられないほど。

ただ、病気前の記憶はほとんど失われていないのです。

そして、言語障害も以前よりひどくなっています。

ほとんど文章で話すことができなくなっています。

単語の羅列、その単語もうまく発音できなかったり。

でも、これに関してはそんなに困っていません。

なんででしょうね。

同じ空間で生活し、同じものを食べて、そして何十年も家族だったからでしょうか。

特に母とはツーカーの仲で 

 

そして、トイレの失敗が少々気になるところです。

でも、しっかりと覚醒している日中の失敗はないのが幸いです。

夜中は2時間、3時間置きに起こしてトイレへと行っております。

それでも時々失敗してしまうのですが・・・ 若い成人ですから、尿の量も半端ありません。

失敗してしまうと、尿取りパットもオムツも布団もベットの分厚いマットレスも通り越して

下までいってしまいます・・・。

看護士さんもこればっかりは本当に大変みたいでした。

 

 

これらは

「脳のむくみ」

が原因であるらしいです。

その「むくみ」を取るには、ステロイドの服用が一番なのですが、

ステロイドはムーンフェイスと血糖値の異常値を引き起こします。

そうなると、食事制限が出てしまいます。

 

そこで先生は、ステロイドを服用せずに

むくみをとれないか、何とかできないかと、、、、

で、テモダール以外の抗がん剤を提案されました。

 

でも、その薬、、、、異常に高いらしい・・・・

保険もきかない・・・・

まだ少しお話を頂いただけなのですが、

体重によって服用する量がかわり、それによって値段もかわる。 

たとえば、体重50kgの人だと、1クールで25万円 ・・・・

・・・・

でもその薬は、ステロイドなしで大丈夫だそうです。

今までは脳にむくみが出た場合は

「テモダール + ステロイド」

という組み合わせで、結果的に血糖値が上がってしまって、食事制限がありました。

またテモダールは副作用がたくさんあるのですが、それが少ないと。

先生はなんとか、食事制限なしに姉に美味しいものを食べてもらいたいと考えてくれていて。

それには母も同意見で。

 

来週、また通院で、傷の具合を診てから本来の治療に戻る予定です。

その時にまた詳しい説明があるそう。

「むくみ」を取ったら、また少し達者な姉に戻るかな。

戻って! と願うばかりです。

 

そして

知能的な面以外は、とても元気にしております。

足取りもしっかり、食欲もばっちり

明るい笑顔


無事 退院しました

2011-02-09 | 4度目の入院

ご心配頂いてありがとうございます。

本日2月9日水曜日の午後に退院致しました!

またまた 急で ビックリです…

感染症の疑いもなく、傷口のくっつき具合もよろしいらしく

先生方も婦長さん、看護士さん達も

「良かったねぇ 退院できるよ!」 と。

 

午後の点滴を早めに済ませてくれて 夕方5時過ぎに帰宅致しました

午前中、雪がちらついていたのですが、午後には陽も差しまして車の運転も問題なく。

 

急な退院でどうしようかと思いましたが、

嬉しさのあまりに、母はお寿司を注文! 

今、みんなでお寿司を頂いて和やかに笑いの多い賑やかな夕食でした 

    

お豆ちゃんも久しぶりのお姉ちゃんに、 (と言っても1週間ぶりか 

いつも自分の遊びに集中しているのが

最近マイブームの人差し指で  お姉ちゃんを ツンツン ツンツン

楽しいひと時でした。

 

これからも色々とあると思うけれど、、本当に色々あると思うけれど、

やっぱり頑張ろうと思います。

 

これから3連休、日本列島は大荒れの天気と言っております。

皆様、お怪我、風邪 気を付けてくださいね。

 

いつもありがとうございます 


無事 手術終了

2011-02-08 | 4度目の入院

8月の手術の傷がくっつかず、少し穴が空いている状態だった所を

放射線を照射していない部分の皮膚をずらして、縫い合わせるという手術でした。

昨日 お昼頃

無事に手術が終わりました。

姉もすぐに覚醒し、少しの間 ICUに入ってすぐに一般病棟に移りました。

 

この間の入院と違い、自分の意思で色々な事をしたり、テレビを見たりしており、

粗相をして布団を汚すことなく、食事も自分でできて

毎日病院に行っている母もとても明るいです。

 

感染症の兆候がなければ、今週の連休を前に退院できそうです。

抜糸は来週中、通院しながらにしてくれるみたいで。

 

いつもいつも、我々の気持ちを第一に考えてくれる先生に感謝です。


入院生活

2011-02-05 | 4度目の入院

母は美容師免許と調理師免許を持っています。

美容師免許は高校卒業してから

調理師免許は料理好きが高じて、

乳がんを患ってから50歳手前で

昼間働いて、若者と一緒に夜間コースに通って取得しました。

とても大変そうだったけど、楽しそうでしたよ~

学校終わりに若者と飲みに行ったりもしてて

 

いい資格だなぁ~といつも思う。。。。 

私もそうすれば良かった。。。と今は、思う。

あ、今からでも遅くないかな?

どこでも生きていけそうな。

そう、オーストラリアもこの2つの内のどちらか1つでも資格を持っていれば

永住権の申請ができるし。

 

いつもいつも美味しいご飯が食卓に並びます。

 

そして、姉の髪の毛も自宅で切ってあげました。

 

ショートヘアにしたことのない姉は髪の毛を伸ばしたいかな、と思って

2年半前の手術の時から伸ばしっぱなしにしていたのですが、

 (それでも、やっとこさ、耳が隠れるくらいの長さで おでこは放射線の影響で髪の毛がなく…)

やっぱり揃えた方が良いかしら、と母が先日切りました。

すると、むかーーしの内田有紀ちゃんみたいな可愛らしいショートヘアになっていて

とてもサッパリとしておりました。

病院ではいつも可愛らしいパジャマを着ています。

年齢よりもだいぶ若く見えるみたいで、

時々20代と間違われることもあります。

そう言えば、、、

学生の頃、同じ美容院に行っていた時、いつも私が言われてました。

「妹さんが先日来てたわね~」

と…。

「私が妹なんですよ~」

なんて。 結構、色々な人に言われてました。

 

今までの入院生活の中では一番しっかりしているみたい、と母が言っておりました。

良かった。

それだけでも ホッとします。

 

高次脳機能障害で洋服もきちんと着れないし、一人での食事もままならないし、

ちょっとした日常の何てことない当たり前のことがほとんど出来なくなってしまった姉が一人で病院にいることを思うと

本当に幼い子供を一人病院に置いて来てしまっているような そんな切なく胸が締め付けられる思いですが、

幾分かでもしっかりと過ごしていると聞くと本当にホッとします。

 

今日も母と姉はお豆ちゃんのために絵本を選んでくれました。

 

そう、腫瘍が悪化したわけではない姉はソコソコ元気で

リハビリも兼ねて母とよく色々と歩き回っているみたいで (笑)

ホッとしています。

 

でも、お豆ちゃんの名前は覚えることができません。

でも、お豆ちゃんが妹である私の子供であることは分かっているし、自分がおばちゃんであることは分かっています。

ゴビーの名前も 以前まで居たビーグルの「ファンキー」という名で呼んでます。

でも、ゴビーがファンキーでないこと、私たちがオーストラリアから連れて来たことは分かっています。

だから、何度も何度も同じことだって説明します。

理解力が衰えたわけではなくて、記憶の機能が病気で少し低下してるだけなんだから。

 

この間もお豆ちゃんが一緒にいて危ないから電気ストーブは使わないでね とお願いしたのですが

1分もしない内にゴソゴソと電気ストーブを出してきて点けます。

それを何度も何度も繰り返しました。

でも最終的には完全に理解し、記憶してこの繰り返しの顛末もおさまりました。

これでいい ですよね。

 

明日はお豆ちゃんと夫さんとで訪ね、お昼御飯に外出します。

今回は外泊は無理だったので、せめてランチね。

手術は月曜日です。

2時間くらいで終わるみたいです。

そして、うまくいけば、3、4日で退院もできるらしくて!

来週の今頃は家で安心してお母さんの隣で眠れますように ・・・ 


4度目の入院

2011-02-01 | 4度目の入院

今週の金曜日に入院することになりました。

昨年8月に手術した傷口がいまだに治らないんです。

放射線を最大限、照射した所だったので、どうしても治りにくく、傷口がくっつかないらしいです。

でも感染症にはならずに済んでいますので、まだ良い方なのかな、と先生も仰っております。

 

姉は、、元気、、だと思います。

ただ、、昨年12月25日頃から、ちょっと所々で体の不自由さを見ます。

特に夜の排泄がうまくいかなくなってしまっていました。

少し、足の動きがギコチナクなったり、ボーっとしてしまうことが増えていました。

 

そんな姉のことを、、ブログに書く気持ちになれず、今に至っております。

なんて書いていいか分からなかったのもあるし・・・

うーーん

それよりも、私たちは、

姉がこの恐ろしい病気になり

高次脳機能障害になってからの2年半という月日で

少しずつ変わって来ているのかな、と思いました。

今はうまく言い表せないけれど。

 

良い意味で変わって来ているのかな、と思います。

 

仕事をバリバリやり、あまり愚痴も言わず

栗色の艶々した髪を丁寧に手入れし

可愛らしい洋服を着て東京に通っていた

どこにでもいるOLだった姉の姿はもうどこにもないけれど

 

それを思い出すともちろん苦しく、病気を憎らしく、悔し涙も出るけれど

でも それよりも

力強く 今の姉を見つめて共に生きようという思いの方が強くなったような

そんな 気がします。

 

それが意識してするようになったわけではなく、自然になったような

 

でもそれでも これから きっと色々な気持ちの変化があるんだろう と思うけれど

今、この一瞬 一瞬が姉にとって 楽しい笑いのある時となりますように

 

そして、

姉は今は何とかまた元に戻りつつあります!!

そんな事になっても、この1カ月、母は毎朝の散歩を欠かさず行っておりました。

 

元旦も 雪の日も 

 

夜も、なるべくオムツを履かせたくない、という母の強い思いで

3時間ごとに姉を起こしてトイレへ連れて行き、時々粗相はありますが、でも女性らしい下着で過ごしています。

私はオムツでも良いのでは なんて思ったけれど

でも こうして自分にも 小さいですけれど娘ができて、母の気持ちが分かるようになりました。

 

そうですね。

お姉ちゃん、きれいな下着をつけたいよね。

 

腫瘍の方は

実は昨年の8月の手術以来、治療らしい治療をしていないのですが、

あまり変化はないようです。

少し白いモヤモヤが見えますが、これも壊死したものだろう、ということでした。

今回の傷口の再生手術が無事に終わったら

またテモダールを再開します。

半年以上ぶりのテモダールですから、よりまた強く効いてくれるのではないかと期待しています。

さらに、テモダール以外に、副作用が少ないという新薬も出たらしく、

それも試してみようか という将来の展望もあり、

我々は少し明るく、少し希望に満ちています。

 

昔の姉はどこにもいないけれど 

こんなに若くてこんなにひどい病気になってしまったけれど

でも明るく笑顔に満ちた毎日を送ろうと

改めて思っています。