城の北東、北堀に架けられた一の橋を渡り、大手門を潜るといよいよ城内だ。一の橋は擬宝珠を設えた太鼓橋で、御三家の威厳を持つ。大手門は1909年(明治42)に倒壊、1987年(昭和52)に復元された。門は典型的な高麗門で、両袖に土塀が続く。高麗門の奥には二の丸の石垣が見える。
こんちらは城内側。背後のビルは市庁舎か、すごく立派。
<慶蔵坊の復元工事報告 第5弾>
中ノ御門の復元工事は、一時中断の模様。今、進められているのが宝隆院庭園の池の浚渫、整備だ。庭園は1863(文久3)年に最後の藩主慶徳が若くして未亡人になった先代藩主夫人の宝隆院を慰めるため、新たに造営した扇御殿に付属する庭園として設けた。1971(昭和46)年に復元、整備されて以来、約50年ぶりの整備だ。後方の石垣は、二の丸の高石垣だ。
復元された中ノ御門の隅部分を見ると、きつねの慶蔵坊の頭の上2個目、3個目辺りが少し膨らんでいるように見える。一直線に積み上げられるものと思っていたので、少し残念だ。