鉄道-廃線-海外旅行

海外の時刻表を読む“Virtual Travel in Euriope”が始まりで,表題の通り雑多な鉄道趣味です.

坐骨神経痛

2012-10-18 11:13:29 | メディカル
こんなに痛いものとは知りませんでした.家に入る階段を上るのが辛い.近くの整骨院の先生に往診して貰っています.京浜急行京浜第一国道(国道15号線)の踏切がいよいよ無くなり,箱根駅伝は楽になるでしょう.京王の調布周辺はもう8月18日から運行しています.小田急下北沢周辺もいよいよ大詰めとは思いますが何時という発表はありません.

前立腺

2009-09-28 00:46:27 | メディカル
9月4日に発売認可になった薬を約20日間服んだ。6ヶ月で効果がはっきりするそうであるが,今でも少し良いかなと思っている。

メタボリックシンドローム

2007-07-01 07:37:49 | メディカル
昨日はメタボリックシンドロームの講演会を聴いてきました.
高血圧に対してアンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬ARB(プロプレス,ディオバン,ニューロタン,ミカルディス, オルメテック,アバプロなど)による早期治療がドミノが進行するのをくい止めることになるようです.食後の運動が良いようです.朝食抜き,夜遅く食い,直ぐ寝るというのが最も悪いと言うことです.小児の肥満は持ち越すし,寿命を縮める.逆に粗食はあらゆる動物,ミジンコの寿命まで延ばすそうです.腹八分目では駄目で腹六分目が望ましいとのことでした.

ピアノ練習と筋萎縮,頸の前屈姿勢

2007-05-14 15:01:08 | メディカル
15歳の頃ピアノを練習しすぎて,左手の筋肉が萎縮した患者さんを診ました.頚部のMRIを撮ったら,第6ー7頸椎間の椎間板が左側で突出して頚髄を圧迫していました.平山病と言われている状態です.頸の前屈姿勢を長時間取りすぎたための病態です.今後パソコン,ゲームなど頸の前屈姿勢を続けることが多くなりそうですから,若い人はとくに気を付けて下さい.

大学医局の功罪,今後は都道府県の責任で

2006-10-20 05:47:37 | メディカル
医療をめぐるニュースは多く,種々雑多です.
そのうち医師不足をめぐる話題について書きます.
そもそも日本の病院は,税金や公費でまかなわれるものは医学教育の為と赤十字も含めて軍隊のための病院しかなかった.その他には結核療養所も含めた伝染病対策としての病院です.庶民のための医療というのは全く民間にまかされていた.つまり医師個人の経営する病院や診療所で対応していたと言うことです.戦後陸軍,海軍,軍属のための病院が国立病院と共済病院となりました.それから地方自治が少し発達したこと,医療が複雑になり医師個人経営の範囲を超えてきたことなどにより,多くは伝染病院を改組して自治体立病院となりました.
その中にあって医師を大学の医局から派遣するという形が取られてきました.派遣される方の医師から見れば,医局が関連しているので,転勤して地位が上昇する可能性と,だんだん遠ざけられスピンアウトする可能性がありました.しかし経営母体は様々ですから,転勤の度にやっとテレビが買えるか買えないかくらいの退職金を支給されました.医師は所得がよいと言われますが,30台くらいではやや高給ですが,40台では銀行など他へ行った友達と給料は逆転します.かつて私が努めていたある公立病院では,薬局長やレントゲンの技師長が課長待遇なのに,50台の医長が係長待遇でした.私は人事委員会へ提訴してあらためさせました.勤務医はサラリーマンの範疇に入るものであるのに,世間では誤解があるようです.まして退職金は勤務期間が細切れなので,他の職員には及びません.
ところが新しい研修医制度が始まり,医局の枠に入る医師が少なくなったものですから,従来のように医師を各病院へ派遣することが困難になったのです.
ひるがえって,警察官や公立学校の教師などが,採算を求められることもなく,身分も一貫しているから,僻地の学校や派出所にも教師や警察官が行くのです.
病院が幾らか収入があるからと行って,救急など明らかな非採算部門まで混ぜこちゃにして,さらに小さい病院や診療所の人事を孤立させたらうまく行くはずがありません.今迄大学の医局が何とか回わしていたものを,難しくさせたのですから,
都道府県などがその中央病院に多数の医師を確保して,都道府県の責任でローテーションでも組んで貰うしか方法はないでしょう.
都会の病院でも予約で月に一度の診察しか受けられないことが多いのですから,無医地区では,週1回の巡回診療で手当てするしかないと思います.あとは道路整備と救急車の運用でまかなうべきです.

終末期医療に関するガイドライン

2006-09-24 00:39:04 | メディカル
厚生労働省が終末期医療に関するガイドライン(たたき台)を公表し意見を求めています.このような基準を出されたらますます混乱しそうなので以下の様な私の意見を提出しました.
患者の意思の確認ができない場合について
ここに示された内容の通りにしようと思うと,会議ばかり開かなければならなくなり,非常に時間がかかることになる.まさに現場を知らない机上論と言うことになる.それを避けるために結局誰もが言い出さず,とことん人工呼吸をして,IVHもやってと言うことになるだろう.誰もこの辺で栄養を絞ろうとか人工呼吸を止めようなどと言い出して憎まれ役をかったりすることは避けたいのは当然である.今までもあうんの呼吸で行われていたことを一部の人間が内部告発のような形で公表したために問題視された場合も少なくない.今のような事態になって来れば誰も言い出そうとはしなくなる.また本人の意思が確認できない時,家族の誰かがここでうち切ってくれと言うようなことを言い出せば,あとで直接関与していない遠縁のような人から攻められてトラウマとなることも十分に考えられる.むしろ最初に終末期医療はどうあるべきかという規範を示すことが必要ではないかと考える.
1) 悪性腫瘍の末期 手術,放射線療法,抗腫瘍剤による治療など積極的抗腫瘍療法終了後2ヶ月以上経過して有効と考えられる治療法が無い状態で,意識がなくなった場合
2) 脳血管障害,頭部外傷などにより意識の確認が出来ない植物状態となり6ヶ月以上経過した場合
挿管による人工呼吸を行わないのを原則とする.但し重要な近親者が到着していないなど,あるいは本人の意思表示がある場合などを含めて人工呼吸などの処置を禁止するものではない.
また急性期あるいは慢性期であっても経過中諸種の事情により人工呼吸が行われるようになった場合には,脳死判定の基準により脳死と診断された場合はそれ以後の治療の中止を原則とする.たとえ脳波などの診断装置が無くても脳死の状態にあること(別に臓器移植を前提としない脳死の判断基準を定める必要がある)を複数以上の医師が診断し,家族が同意した場合に限られるのは当然である.
この様な原則を提示して,医療従事者あるいは家族の誰もが,無理に生命を短縮したというような罪悪感を持たせない,すなわちトラウマとならないような原則を立てるべきである.医師としても,一部の狂信的な思想の持ち主から告発されるような状態があれば,すべて無難にたとえ無駄な医療費であると思っても加療を続けざるを得ない.そしてその後無駄な医療を続けた儲け主義であるというような非難を浴びることもあるのである.
補足説明
意思が確認できないと言うことは意識がないと言うことを前提にしています.精神膝下のことは考えていません.人工呼吸をしないというのは自発呼吸がない場合のことです.呼吸が困難で苦しいというような場合は補助呼吸であり,苦しいと言うことは意識があると言うことです.植物状態とは端的に言えば意識はないけど自発呼吸はある状態です.私の「吉村昭さんの死」の記事も参照にして下さい.
普通の生理的呼吸は胸廓が開いて肺の中が陰圧になり外気を吸い込むのですが,器械的人工呼吸の場合は陽圧で酸素などを押し込むので,数日間も続けると全身の浮腫傾向が強くなり,終いには顔貌も変わってしまうこともあります.

吉村 昭さんの死

2006-09-07 22:11:13 | メディカル
吉村昭さんが亡くなった.何かチュ-ブを自分で抜いたとか伝えられているけど,詳細が分からない.いろいろなチュ-ブやカテ-テルが俗にスパゲティー症候群と揶揄されるくらいあるので何が起きたのか分からない.
それに関連して安楽死などについて某雑誌に書いてあるので,言葉の定義をはっきりしておきたい.脳死と植物人間の区別もはっきりしていない人たちが勝手なことを言っているのは事態を混乱させるだけである.積極的安楽死とは故意に生命を短くすることであり,現在はどんな事情があっても許されない.殺人罪になる.消極的安楽死に相当するのは,栄養の補給を絞ったりして,ある程度死期を早めるような方法をとることである.また鎮痛剤の投与もこの範疇にはいるが,現在は疼痛を我慢させるのは野蛮な行為で,むしろ緩和医療として正当化されている.これに引き換え気管内チュ-ブを抜いたり,人工呼吸を停止することを消極的安楽死と書いてあったが,これは間違いである.これは自発呼吸もなく,客観的に証拠がない場合もあるかも知れないが実際は脳死状態にあるのに,無理して死亡を遷延させているのを中止するだけのことである.つまり実質的には既に死亡しているのを確定するだけである.自発呼吸が停止して,脳死状態になり人工呼吸だけで心臓が動いている場合は,一週間以上経過すると解剖をしても脳が軟化して両手でうまく受けなければ流れ落ちてしまうような状態になっている.これが脳死である.一方ペースメーカーが入っていると,完全に死亡状態になっていても心電図がフラットすなわち一直線にならないので心臓がいかにも動いているように見え家族に納得させるのが難しい場合もある.どういう場合でも家族の承諾を取ると言うことは,必ずしも全員が一致せず,とくに末期に立ち会っていなかった一部の親族などがあとで非難することもあり,精神的トラウマを生む.医療担当職員のトラウマが無用な告発をしたりして混乱を招くこともある.脳死という言葉が移植を前提にしていたので誤解されている面もあるが,無駄な延命操作を中止させるための脳死判定の基準を策定する必要があるのではないかと考えている.客観的基準に基づくものであれば,精神的トラウマを避けることが出来る.勿論それまでの事態では本人の意思を尊重すべきである.