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メランコリア

メランコリアの国にようこそ。
ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

『異郷変化』 眉村卓/著(角川文庫)

2017-07-28 10:18:00 | 
『異郷変化』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和51年初版 昭和58年9版)


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[カバー裏のあらすじ]
旅先での思いがけない出会い。それは人の心に深く刻み込まれ、いつしか美しい思い出として形づくられる・・・。
が、このいくつかの物語の出会いはみな、普通の出会いとは異なっていた。
なぜか女たちは不思議な魅力をたたえ、彼女らに会った男たちはその瞬間から
妖気あふれる幻想世界へと引きずり込まれてしまう。
あなたにもいつか、こんな出会いに恵まれる日が来る・・・。
眉村卓が、叙情豊かに描く、妖奇幻想の物語集!



それぞれの土地での旅情、そこで会う奇妙な女たち
今となっては、電車オタクな人にも面白く読めるんじゃないだろうか
電車オタクでなくても、私には馴染みのない場所を一緒に巡っているような感覚になる

解説にもある通り、本書は“SF”とは言い難い 旅ものの小説
そして、長い旅の最後は、優しい気持ちで終わらせてくれる
眉村さんの優しさと、どこまでも緻密な全体の構成がうかがえる

私は、京都、奈良は、修学旅行で、大阪は友だちと『るるぶ』みたいな雑誌そのままの観光でしか行ったことがない
こうした、ゆるい旅ができるってこと自体、とても豊かなことだ

本書の登場人物はみな出張などで立ち寄った設定だけれども
一度、何もプランのない旅ってやつをしてみたいと憧れる

郷里から離れて暮らしている自分にとってはどこも異郷だけれども

学生時代に読んだ中では、本書は記憶が薄いほうだったが、
今読むと、どの一篇一篇も、サラリーをもらって生きる人間の悲哀が
いちいち突き刺さる気がした


あらすじ(ネタバレ注意

「須磨の女」
大学の助教授をしている栗田はひかり号に乗り、神戸の須磨に向かう

幼い頃から画家になりたかったが、
結局“安全で地道な”コースをたどり、結婚し、子どもができ
30代半ばになり、次第にやりきれなくなってきた
一生というのは、こんなものでいいのか
もっと自由に生きたいように生きては、なぜいけないのか


仲間内で道楽半分にマンガを描くようになり、気づくとテレビやラジオの世界に入っていた
周りから若くなったなどと言われ、自分でも20代のエネルギーを取り戻しかけているのではないかと思う

今回の話を持ち込んだきっかけは、大学時代の友人の男で
須磨にあるラジオ兵庫という局で時々喋っていて栗田を紹介したのだ

ホームを出ると海が見えて、立ち寄りたい気持ちを抑えて局に向かう
フリーのアナウンサーは林野ミカという21かそこらのよく透る声の女性

アナウンサーは皆素晴らしい肉声をもっているとは限らない
要は、声がマイクによく乗るかどうかが問題だ

「私、ここ以外の局で、仕事する気はないんです」

ミカは栗田のことをよく調べていた 普通はこうはいかない
いい加減にやっつけるか、ひどいPR誌などは、どういうものを書いているのかと質問する奴もいる

「須磨駅から海が見えて、しばらく海を眺めようと思ったけど時間がなくてね」
「よろしかったら、一度、須磨をご案内しましょうか?」

番組は無事終わり、ミカと再来週会う約束をした
「今日みたいに寒い日に、海を眺めるなんて、そういう人、私好きです」

番組スタッフの井出はなにか言いかけてやめた

ミカは地理や歴史に詳しく、離宮道の松風・村雨の墓について由来を話した
2人はロープウェイで鉢伏山、回転展望台に行く

「須磨には、まだ木の精や草の精がいっぱい生きているのよ
 そんな精が、時々いたずらをして人間を引っ張り込むんだわ」


安徳宮まで来て、アパートがここから近いと聞き、ためらいつつも送ると言うとミカは断った
栗田は衝動的にミカとキスをすると、どこからか樹肌の香がした
1分待ってと言われて待ち、振り向くともうミカは消えていた

翌日、大阪に戻るタクシーの中でふと声が聴きたくなり、ラジオ兵庫にしてもらうと
ミカは具合が悪くて休みだといって、別のアナウンサーが喋っていた

次の収録まで待って、局に駆け込むと、井出が

「先生、リンちゃんとキスなさったんじゃありませんか?
 いや文句をつけるわけじゃないんです
 彼女は、男性と交渉をもつと声が出なくなってしまうんです
 キスでさえ、丸一日以上声が枯れてしまうんです

 もっと妙なことがあって・・・彼女が人間かどうかさえ分からない 誰も本当の歳を知らないし
 うちのアナウンサーがとあるスナックで見つけて、出てもらったのが2年前で
 局の中には熱をあげた者もいて、家をつきとめようとしたけど分からない
 安徳宮の廃墟の屋敷に入ったきり出てこなかったそうです
 彼女は・・・木か森の・・・精ですよ 局内ではそう信じるようになっています

次の収録 栗田の気持ちがどうにも整理がつかないまま、ミカはいつもの透明な調子で喋っていた



「奥飛騨の女」
目を覚ますと岐阜のホテルにいた
安倍はそんな長期地方出張に慣れていた
ホテルのバスは、最近流行りのユニット式で若い頃ならともかく、今の安倍には気に入らない
(ユニットバスって、そんな昔からあったんだ/驚

今日の夕方には富山に行かなければならない 高山本線を利用するつもりだ
高山本線はこれで2度目 彼は恐れていた通り、影にも似た不安がわきあがるのを覚えた

勤め始めて2、3年目は出張の帰りに旅行してやろうと企みを抱いたものだった
行き先は、飛騨の高山 小京都の1つで有名だ

東京の人などは、簡単に関西というが、ひと言でくくれるほど単純ではない
大まかに分けても、京都、大阪、神戸、奈良には奈良特有の気風がはっきり残っている

ある評論家が東京はアメリカで、関西はヨーロッパと言っていた
つまり、あらゆるものをごった煮にして、植民地文化から、巨大な文化圏を作るのがアメリカ
関西は、各地域がそれぞれ伝統を背負い、他と対立したり、協力しながら、文化圏を形成している

安倍は大阪の人間で、大阪の人間は、なぜか京都より奈良を愛する者が多い
京都人に会うたび、王城の文化を持っている
大阪など、腹がふくれることだけ考えている集団だといわれるせいかもしれない

だが、京都に惹かれないかというと嘘になる

その女は、美濃太田から乗ってきた
滅多にない美人で、自分の斜め前に座った時はしめたと思った
独身者の自分に話相手ができれば悪くない
この女のような、どこか寂しげな眸に、若い男はよくひっかかるものなのだ

待て 自分でも滑稽と思いながら、なんとか相手のアラを探そうとしてみた
美女でも、ものを言うと下卑たムードを漂わせたりする
美女は一般的にうりざね顔というが、この女はむしろ丸顔だ

女のバッグが転がり落ち、拾ったことから会話が始まった
奥飛騨にある平湯温泉に帰るという

そこに中年男が座ってきた まさに世俗を代表するような存在だった
鼻に眼鏡を乗せて、ずんぐりした小肥りの、いかにもオレは世故に長けているという顔で
くたびれたダークスーツ、仕事なら目の色を変える癖に、
人間として大切なことは何ひとつ理解しようとしない課長や係長の典型だ
こんな手合いには休日も関係ない 仕事からしかものを見られないのに違いない

女「よかったら、私が高山を案内してあげるけど」

中年男「近頃の若い人は結構ですなあ すぐに簡単に旅行に出られる 気楽なもんです」
この男は、はじめから女に話しかけるつもりだったのだ

女はまるでこの中年男がいないような様子で、春川マユミと名乗り、積極的に安倍を誘う
中年男「この頃の若い連中には、呆れてものが言えんわい」

安倍とマユミは駅を降り、国分寺へ向かう マユミは史跡について詳細に説明した
上三之町は、古い家並みがつづく

安倍が考え事をしていても、急かすマユミが少々うるさくなってきた
「僕は、自分のペースで高山を見て回りたいんだ!」

高山陣屋に着き、マユミは素直に謝った
「今日はこのくらいにして、私と一緒に、平湯温泉で泊まって、
 明日、奥飛騨に行くのも悪くないんじゃないかしら」

安倍は、あまりにどんどん女ペースで話が進み、少し狼狽していた
マユミは自分に気があるのか?

迷った末、「そうするか」と言うとマユミはにっこりした
その笑顔は、お多福型というより、般若型の笑みだと脳裏をかすめた

15時のバスに間に合わず、次のバスは16時半発 平湯までは1時間半ある
マユミを見ると、はっきり痩せて、声も話し疲れたのかしわがれている

「どこか喫茶店でも行かない?」

照明の乏しい喫茶店に入り、気分がよくないとハンカチを口にあてたままバスに乗った
「もう着くよ」

マユミの顔のハンカチが落ちた そこにあるのは、人間の顔ですらない メガネザルなのだ
しかも、刻々と変貌し、皺はますます多くなり、誰かが「停めろ!」とわめくのも聞こえていたが
バスはそのままスピードをあげて、平湯温泉のバスセンターに着いた

その異様なものは、恐ろしい力で安倍を引っ張って、どこかへ連れて行こうとする
「平湯の大滝よ やっとうまく連れて来たのに、離してたまるものか」
「助けてくれえ!」

気づくと誰かに抱えられていた バスの運転手だった

「もういないよ あんたは助かったんだ
 平湯の大滝で死んだ女の幽霊だ 何年か前、若い女の白骨死体が発見された

 大学院生と事情があって結婚できず、心中をはかったが、男は死にきれず逃げ出した
 だが、逃げた男は、死体のあった辺りで首を絞められて死んでいた
 それ以来、何人もの男がここへ連れてこられ、とり殺されるようになった

 中には助かった人もいて、朝早いうちは美人で、だんだん容色が衰えて、
 夜になると消えてしまう いつも若い男ばかりなんですよ」


安倍は思い出から現実にたち返ると、美濃太田からマユミが乗ってきた
女の目が自分に向けられないように、同時に自分を認めてくれないだろうかという矛盾した思いがわきあがった

彼女の視線は安倍を通り過ぎて、一人で座っている青年でとまり、前の席に座った

そうなのだ 今の自分は、あの時の無視された中年男なのだった
あの頃は若かったのだなと、胸のうちで反芻した



「風花の湖西線」
小説の締め切りまではまだ4日ある 明日は高校の同窓会だった
曇りがちの寒い日で、古川は地下鉄に向かった

どこでもいい、自分に何か新しいものを与えてくれそうな土地
ここ1ヶ月ほど、ものを書く気がまるで出てこない
10年も書いて、内部の何かが燃え尽きたのか それともただのスランプなのか?

途中で女子高校生たちが賑やかに乗ってきた 乙女とはこういうものじゃない

彼は、近頃よくいう、いわゆるセーラー服願望はない
セーラー服に夢を抱くのは、旧制中学の体験のある人間だ
男女が厳重に区別された連中にはひとつの憧憬なのだろう
はじめから男女共学だった古川の年代には、セーラー服は教師の背広と同じで、なんら神秘的なものではない

乙女とは、この連中のようにきゃあきゃあ叫ぶのではなく、己を抑えることを知っていた
あの頃の高校 そういえば、あの頃こそ、自分が一番書けた時代ではなかったか?

あの文芸部には、石原直美がいた
彼は結局なにも告白できず、卒業以来会ってもいない

高校時代への回帰 湖西へ行こう
一度、堅田で下車して、昔行った浮御堂で、その後どうするか考えればいい
湖西線で行くのは初めてだ タクシーで浮御堂に向かった
そこはそのままだった! 青春の象徴に感じた場所が依然として存在しているのが信じられない

ひとりの女が欄干にもたれている 振り向いて「古川さん? 作家の」
その顔は、あの石原直美にあまりに似ていた

「もし、よかったら、お供させてくれません? もっといろいろ話したいんです」

浮御堂に空車は来ないと知り、女に言われて堅田まで数十分歩くことにした
彼女は、古川の書いたものだけでなく、経歴なども詳しい 熱心なファンだろうか
小夜子と名乗り、本当の名ではないかもしれないが、そういうことにしておこう

堅田に着くと「近江舞子はどうかしら もうすぐ列車が出ます」
小夜子がお供するといったのは、もっと先までついて行く意味だったのか

風花は依然としてつづいている
「車庫の灯の届く限りを雪降れり・・・か」

自分の高校時代の句を口ずさむと、小夜子は「私は限りなく、のほうが好きです」と言う
「“風花して、、、君とことなる記憶あり”もあったでしょう?」

どこにも発表した覚えのない句だ ひょっとすると彼女は石原直美の娘ではないか?
「そう思う?」と彼女はいたずらにはぐらかす
こちらに向けた顔は、直美の娘ではなく、直美そのものだった

雄松崎湖岸 高二の遠足の時、直美と2人きりで並んで立っていたことを覚えている
その時も何も言えなかった

「どうして? なぜ、あの時、ご自分の気持ちを言わなかったの?
 私、あなたの気持ち、分かっていたのよ
 でも、そのほうがあなたらしいのかもしれない あなたは・・・文章で表現すればいい」


「そうかな」

「そういうあなたのほうが、私は好き」


雪は激しくなり、
「私、帰らなければならないの 近江今津から、船で
 あなたは、書きたいものを書く、それでいいのよ」

船は桟橋を離れ、出航の銅鑼もなく、雪に包み込まれた

「おい、あんた 困るな その札が見えないのか?」と男から声をかけられた
桟橋と切符売り場の間にはチェーンがあり、掲示板には“運休中”とある
たしか、この季節は船のあらかたは運航していないはずだ

あれは幻だったのか だが、直美が残してくれた意欲はちゃんとあった
すぐに大阪の自宅へ帰ろう なんだか無性に書きたかった


なにかに憑かれたように書き、そのまま同窓会に行った
万一、直美が来るのではと思ったのだ

そして、直美は来ていた あでやかな女になって、ひと言でいえば濃艶だ
「もう、お互い40ですのよ 私なんかすっかりおばあちゃんになってしまって」
「とんでもない 前よりずっとおきれいです」

直美は結婚し、中一と小学4年の男の子がいると話した
あの彼女は、彼の心が生み出したものだった
できるだけ早く抜けて帰宅し、また仕事にかかろう
彼は丁寧に頭を下げると、他の旧友のところへ歩を移した



「空から来た女」

溝口はVTR撮りを終えると、フロアディレクターの浜がやってきた
「ま、あんなもんやないですか? それに、もう予定のフェリーまで時間もないこっちゃし」

これからスタッフ一同で淡路島へ一泊旅行に行くのを失念していた
シナリオライターでUFOマニアの一ノ瀬とともにぎりぎりにフェリーに乗り、福良へと向かう
浜は、先発隊の中にいるアルバイトの女の子といい仲で、向こうで適当にやる魂胆だ

タクシーの中で溝口はビールをあおった
仕事は仕事 仕事がない時は、飲むだけ飲んで酔っ払う
ゆうべまでのことはスカっと忘れるようにするのが一番いい方法なのだ

淡路島にUFOが頻繁に見られるという話になった

一ノ瀬:
UFO研究家の多くがまだ実物を目撃していない
それはUFOらしいものを見ても、誤認と疑う習性があり
おおかたが誤認だと断定するせいだ

フェリーが大磯に着く頃には、溝口はかなり酔っていた
タクシーから空を見ると、オレンジ色の光るものがクルマの上空で、同じ速度で飛んでいる
あれはいわゆるUFOじゃないのか?!

一ノ瀬を起こすと「あれは月だ 大気の加減であんな色に見えるだけだ」とまた眠ってしまった

ふいに運転手が
あれは、たしかにUFOですよ 僕は先週も見たんだから
 この1、2週間、たくさんが見ている 着陸するのを見たとか、円盤に乗った宇宙人と話したという奴さえいる
 知り合いの話じゃ、人間のテレパシーに応じて飛んでくるそうです
 うまくいけば、宇宙人が会ってくれるってことです」

酔った溝口は「円盤様、どうか降りてきてください 美人の宇宙人、私めとデートしてください」と言うと
運転手は「やっぱり怖いからやめてください」


民宿に着くと、3人の時計が止まっていることに気づく
一ノ瀬がUFOが出現すると、時計が止まるのは典型だと言い、寝ぼけていたことを悔やんだ
(『X-FILES』でもそういうシーンがあるよ

民宿で食事をしていると、溝口を女が見知らぬ訪ねてきた 上下ジーンズの若い女だ

「私、来ちゃった 来てくれ、デートしてくれって言ったでしょ?」

この女、さっきの運転手と知り合いなのではないか
そして、からかって、2人で後で笑うつもりなのだ
化けの皮を剥いでやる というより、彼は女に魅力を感じはじめていた

ミチヨと名乗る女は「私、空から来たの あなたたちがUFOと呼ぶ宇宙船から」と言い、
同僚は笑い出した

「やっぱり、すぐには信じてくれないのね なら明日来るわ」

なぜあの女は、運転手には言わなかった自分の名前を知っているのだ?


翌朝 朝食後は自由解散になっている
普段、マイカーを持たぬ主義を唱えていた手前から、溝口は同乗を断り、
タクシーかバスでのんびり帰るほうが気分がいいのではという気でいた

宿屋でぎりぎりまでごろ寝して、外に出るとミチヨがいた
この女は、自分を宇宙人だと信じているのだ あまり構わないほうがいい

「私、前からこの島を見物したいと思っていたんだ
 あなたが呼んでくれてよかった これなら、自分の任務を果たしながら見物できるもん」

2人は八幡宮に着いた 説明を求められるが、言われてみると、正確な説明ができない
溝口は、いっそこっちもデートのつもりで遊んだらいいという気になり始めていた


バスセンンターに着き、本来の予定では、ここからバスで洲本へ出て、船で本州に戻るつもりだった
「あんたの家、どこなんだ? 遠くなるんじゃないのか?」
「私の船はどこでも迎えに来るわよ 原始的な交通機関で少し遠くへ行ったってたかが知れてるわ」

洲本に着き
「どこかで食事にしないか?」
「私食べないわ でも、あなたが食べるのには興味あるけど」

中華料理店に入り、中華ランチを頼むと、女は顔色を変えて、口を押えて外へ走り出た
「あれ、動物の原型が残っていたんだもん 私、とても・・・」と脅えている
『アミ小さな宇宙人』(徳間書店)と同じだ

「もう、そろそろ帰らなくちゃ でも、ここじゃ宇宙船が着陸するスペースがないからもっと広い所へ連れて行って」

洲本港に行くと

「あなた、やっぱり信じてなかったでしょ? テレパシーで分かるのよ
 宇宙には2000億もの恒星がある 中には太陽と似たものも随分多い
 ここの人間たちと同じような生物が発達するのも、1万、2万じゃきかない

 私の任務は、人間をひとり連れて行くことだったの
 心の中に私たちに対する好奇心や接触欲を持っている人をテレパシーで探すの
 私たちと協力して、あなた方の世界をもっといいものにするための学習をしてもらう
 活動を始めている者も少なくないわ

 ただ、そのためには、それまでの生活や知人を捨てて、まったく別の人間として生きることになるけど・・・
 あなたは行きやしないわ あなたはこの世界にあまりにとらわれ過ぎているものね

円盤は2人以外には見えないという ミチヨはもう一度確認するが「やはりダメね」
女は腕を伸ばすと、引かれるように飛行体に瞬間移動し、姿は消えた

「あんた、大丈夫か? タクシーから1人で降りて、随分長いこと一人でぶつぶつ言ってたが」
と声をかけられて、溝口は適当に誤魔化した

“あなたはこの世界にあまりにとらわれ過ぎている”と言われたことがしきりに甦る
そうなのか? 傾いた陽が、彼の長い影を映し出していた

マンガ『恐怖新聞』にもこういう少女が出てくる
 私なら、即答で連れてってもらいたいけどなあ!



「中之島の女」
昔、大阪の広告代理店に勤めていた竹原は、イラストレーター四人展を見て、
やはり東京から来た藤崎とともに馴染みのスナックへ流れた

藤崎が「夜の大阪を歩いてみたい 中之島はどうなんだ?」と言い出した
大阪に住んでいる(いた)人間で、中之島を知らない者はまずいない
かつて天下の台所といわれた大阪の中心部で
今では大阪最古の公園としてビジネス街で働く人々の憩いの場にもなっている

竹原が住んでいたのはもう何年も前の独身の頃だ
中之島も随分変わったが、今の自分に喪われた何かが戻るかもしれないと行く気になった

竹原は途中で道を間違えた あの万国博を境に新御堂筋が作られたのだ
無意識に勘に頼って歩くと、かつて頭にある地図で動いてしまった

職業柄、2人ともくたびれたサファリルックで、藤崎は無精ひげをぼうぼう生やしている
こんな風に深夜、フリーのイラストレーターとしてここに来ることをあの頃の自分は想像しただろうか?
それは淡い勝利感と、手の届かなくなった青春時代への希求の入り混じった感覚だった

昔気質の父に、夢みたいなことが簡単に実現するものかとののしられ、
大学に行くなら、法科か経済にしろと強要されて、法科に入ったが
実際にはスケッチをしたり、美術館に行くほうが多かった

そんな自分が、就職試験でうまくいくはずもなく、勤めながら絵を描きつづけ
広告代理店に嘱託デザイナーとして採用された

立場が変わると、人を見る目まで変わるフシギな体験がはじまった

デザインやコピーをやってる人々は、あたかも自由の世界をはばたいていると感じられた
毎朝9時に出社しなければならない時、仕事さえちゃんとやれば、
いつでもひょいと喫茶店や展覧会を見に行く広告代理店の連中はたしかに生きていると思った

それが、自分が広告代理店に籍を置くと、何もかも変わった
1、2年経つと、決して仕事の実績と対応などせず、そこそこの扱いを受けていると悟り、幻滅した

だが、人はサラリーのために働くのが常識だ
分かっていても、どう抑えても、自分の一生がこんなものではないという自負が頭をもたげる
バイトでいくつかイラストを描き、それが定期収入になった時、彼は嘱託契約を解除した

今もそう楽ではない 仕事を失っても、泣きつくところはないのだ
それでも、今の仕事が自分に合っていると信じていた
もうビジネスマンの世界は異郷で、もう二度と還る気のない世界なのだ

そして、ビジネスマン時代の中之島だ
嘱託の頃は、広告という虚業の世界の一員で、メーカーやOLにある種の違和感を抱いていた
今は中之島は、個人で来るところなのだ どこかの、誰かと一緒の、その一員として来るのではない
自分はもう中之島の一員ではないのではないか、という恐れがたしかに存在していた

中之島には4つの建物―日銀大阪支店、市庁舎、府立図書館、中央公会堂のある緑地帯がある
中央公会堂は、株で大儲けした大阪の一市民の寄附で建てられたが、
5年後、竣工した時には、相場で大失敗して、ピストル自殺をしたという話を聞いた

しばらく行くと、藤崎の声が震えている

「ここに来た時から、入ってはいけない領域をおかして監視されているような気がして・・・
 ここは、企業などの組織のメンバーのものなんだ オレたちのような一匹狼のいられる場所ではないんだ」


ベンチに女がうつむいて座っている どこかの会社の制服を着たOLだ
ひとりではない 7、8人のOLが昼休みにやるようにバレーをしている

ハイヒールの硬質の響きがカチ、カチ、カチと響き、OLが一列横隊になり、両手を広げて接近してくる
2人は全力疾走で逃げたが、中之島よりもっと深いどこかへ陥ちこんだ雰囲気がある

御堂筋に出れば、人はいないが、クルマがたくさん通っているはずだ

藤崎:
俺は丸の内で何度か感じたことがある 昼間歩いていても疎外されている気がする
大きなビルになるともっと威圧的だ ここがもっと気味悪いのは、ここはビジネス街だろう?


いくら歩いても見知ったビルが1つもない
藤崎:俺たちは罠にはめられたんだ

女の笑い声がして、突然やんだ そしてまたハイヒールの靴音
両手を広げ、道いっぱいになって進んでくる
アイラインをし、唇を塗り、完全に無表情で寄って来る

「やっつけろ!」

竹原は暴れ、藤崎とはぐれ、クルマが一台もない大通りを突っ走った
体力は尽き果て、やがて意識を失った

病院で気がつき、救急車で運ばれた時、滅茶苦茶に暴れていたという

「酔っ払って、クルマの往来する夜道をわめきながら走って
 クルマに自分からぶつかっていったんだ」と医師

藤崎は、はぐれてから大通りに出て、タクシーをつかまえ、ホテルにたどり着いた
ハイヒールを手につかんでいたという

「あの化け物たちは、我々を容れない世界のシンボルとして出現したんだ
 ならず者として処刑されるところだったと信じる」

ハイヒールを見ると、一流企業の、給料のほとんどを自分のオシャレや遊びに使えるものだと気づいた



「銀河号の女」
大谷は東京駅から夜行列車で大阪へ行き、朝の会議に出なければならない
ゆうべは学校時代の友人と久々に会い、飲んで歌った

歌ったのは、戦後間もなく流行した歌謡曲と、軍歌だ
昭和一桁生まれは、ろくに音楽教育を受けず、ドレミではなくハニホで習ったため、たいていが音痴だ
軍歌を歌うと、若い連中はしらけるが、それが面白いので余計に大声を上げて高唱したのだ

東名・名神を走るドリーム号なるバスもあるが、午後10時半に出て、午前8時過ぎに大阪に着く
リクライニングシートだと言っても、足を伸ばせないひどい代物で、一度乗って懲りてしまった
(今とあんまり変わらないな

寝台急行銀河のA寝台がなくなり、B寝台しかとれないと聞いてガッカリした
夜行列車には、本当に旅をしているのだというムードがある
ろくに金もなく、立ったままで旅行した時代を思い出させた

A寝台の下段は窓があり、外の景色が見える
そのA寝台がなくなったとなれば、銀河を利用するのもこれが最後かもしれない

2号車に乗ると、喪服を着て、遺骨を抱いた女3人がこちらを見ている

それは、国民学校の学童の頃見た、戦死した家族の列を思い出させた
戦争が終わって30年以上もたったのに、なぜ?

午前2時頃に目が覚め、ノドが乾き、空腹を感じた
近頃は、夜行列車で駅弁を買おうと思っても、駅弁売りがいないことも多い

トイレに行こうとすると、また3人の女が同じように立ってこちらを見ている
空腹感は増して、駅弁と紙コップに入った生ビールを買って、デッキ寄りにある出っ張りに座って食べ始めた

彼には、弁当の食べ方に流儀を持っている
ご飯とおかずを同じ量食べて、包んであった紐でちゃんとくくる
生まれた時から「ものを大切にしろ」と言われ続け、物質も少なかった時代の反映だ

だから逆に、物資が氾濫し、高度経済成長が謳歌されると、復讐するようにやたらに消費しながらも
これでいいのかと疑問に思い、昨今の資源の保護活用の声が大きくなると、やっぱりそうだと自信を持ちだす矛盾
その矛盾にも居直って、安心さえしている面がある


ふと見ると、目の前にまたあの3人の女がいて、じっとこちらを見ていた
女が一番美しいのは喪服を着ている時だという古典的な文句を、彼も信奉している一人だが
それどころではない それに夜行の寝台は暑すぎるくらいが普通なのに、寒いのだ

女が喋った 「それ、私が捨ててきましょう」と空の弁当箱をゴミ箱に捨てた
「お食事も済まれたようですし、少しあなたとお話がしたいのですが」

白布に包まれた箱に目を向け
「これは・・・わたしの息子です」
「これは、わたしの弟です」
「これは、わたしの夫ですわ みんなお国のために戦って、戦死しました

最年長の女が言った「あなた、戦争をご存知?」
「私は、国民学校へ行っていましたし・・・集団疎開はしましたが」

「あなたは、戦っていない 死んでもいない それで、あんなに立派な弁当を食べていらっしゃる
 いい服を着て、豊かな暮らしをしていますね
 そして、酒場へ行き、軍歌を歌いました 自分たちは知っているのだから歌うのだとも言いました」

「座興ですか? 軍歌の影に死んでいった人がたくさんいたことを考えなかったのですか?
 あなたは戦争を知っているつもりでしょう その気持ちが軍歌に対して安易な懐かしさになるのでしょう?」


わが大君に・・・召されたる・・・生命光栄ある朝ぼらけ・・・讃えて送る・・・一億の・・・

「私たちには、いつまでも戦争は終わらないのです」

「私の夫に、あなたが食べているようなものを食べさせたかった」
「私の弟に、あなたが着ているようなものを着せてやりたかった」
「私の息子に、あなたの年になるまで生きさせてやりたかった」

彼は立ちつくし、凍死するのではないかという不安がかすめた
走り出し、ベッドに這い上がり、温かくなって眠ろうとした

車内アナウンスで目が覚めた 寝台の使用は午前7時までだ
今ならあの女たちのいるところを覗くことも出来そうだ
彼は三段の寝台の1つ1つを覗いていったが人の気配はない

車掌に「このあたりにいたお客さんは、もう降りられたのですか?」
車掌「この2号車は、お客さんだけでしたよ」

3人の顔を思い出そうとしたが、ただの印象だけしか残っていない
戻ろうとして、弁当の空き箱を蹴飛ばした 女が捨ててくれた自分の弁当箱だった

幻覚を見たのだろうか?

彼自身、戦争への批判をやっている時、心に後ろめたさがあるのを感じる
それゆえ、彼より若い人々に対して、威丈高になるのかもしれない

所詮、自分たちはサンドウィッチの中味なのだ
持つべきものを持たない、さりとてろくに楽しむことも知らない哀れな年代なのかもしれない


間もなく、大津である



「砂丘の女」

石田は大阪から伊豆空港に向かった これから鳥取に赴くのだ
3ヶ月ばかり前にできた鳥取営業所に行き、飛躍的に伸びそうもない様子を探るのが目的だった

鳥取営業所長の柿本は、石田と同年入社組みで、新入社員時代はよく飲み明かした仲だった
柿本は鳥取出身で、英断な人事だが、本社の人間にとっては、やはり都落ちに違いない

石田個人としては、新規開拓が必要なところへ行く人間こそ、第一級の人材で優遇されてしかるべきと思うが
東京デスク工業は、社歴の古さからますます保守的になり、事務も官僚的になり、
だから新興メーカーに次々先手をとられて伸び悩んでいるのではないか


もうそんなこともどうでもいい
いつも緊張し、全力投球をするには、自分は疲れている
来年のはじめにはもう40歳になってしまうのである
それを考えると、つい、気が滅入るのだった

仕事ばかりしているうちに失われていったものを感じる
それまでに、かっと心が燃え立つような何かがあってもいいのではないか?


(やたら、30、40歳を悪く言うのは、今より昔のほうがより年齢に対して、老いが早く感じられたせいなのかな?
 まあ、今でも10代から「もう、私、おばちゃんだから」なんていうコもいるけど

事務所に着くと、柿本が想像よりずっと屈託のない調子なので気が楽になった
柿本:ここでは、冗費節約、一に実戦、二に実戦を徹底して、足まめに回るほかないんだ

会議が終わったのは夜の7時過ぎ
柿本の手配した森旅館は、鳥取砂丘のすぐ手前だった

2人は街中の店に入った
話すことは自然と会議の話題になった
石田は、全員が組織として動くやり方を列挙するが、柿本の反応は鈍い

「彼らはみな、この土地の人間だ この俺も あんたらよりはこの土地を知っている
 あんた、我々よりよく知ってるのか?

 ここには、すでにもう他社の製品が、がっちり根をおろしている
 後から来たわが社のものに切り替えさせるには、個人的な関係から割り込まなきゃならない

 ここは東京じゃない 華々しいポスターや、チャチなオマケ、あんたらのやり方で
 昨日までの関係をあっさり切り捨てる客がゴロゴロしてるわけじゃないんだ!


(ヤバイ・・・チャチなオマケに釣られちゃってるよ

柿本:
明日、あさっては休みだろ 店のコが言ったように、砂丘、白兎海岸、湖山池を回ってみろよ
鳥取は初めてなんだろ? 仕事さえ済ませれば、さっさと帰るその神経が、俺にはやりきれないんだ

なぜもっと、その土地のことを知ろうと努力しない?
1日歩いて、何も感じなかったら、あんたには、心の優しさがもうなくなっている そういうことだ


あんた、店のコがコミュニケーションの糸口を与えてくれたのに、つながろうともしなかった
あんたらはいつも、己の流儀を押しつけ、それ以外を認めようとしないんだ
もう40なんだぜ 頭だけで生きていくのは、貧しい人生だと俺は思う


旅館で目覚め、仲居から柿本からの手紙を受け取った
「1日、ゆっくり遊んで行ってほしい 資料を同封しておく」
明日の飛行機の切符がともに入っていた


石田は、店のコたちのコースを行ってみることにした
タクシー運転手は、東京のぶっきらぼうなのと違って、いろいろ説明してくれた

最初は「白兎海岸」「湖山池」

学生時代には何度かこうした旅をしたものだ
金はろくになかったが、若さにものをいわせて、出たとこまかせで、あちこち訪ねて回った

今は・・・彼はふいに自分が、周りの風物や、船客を素直な目で見ているのを悟った
柿本は、若い頃の感受性を思い出させるために、あんなにも見て回れとすすめたのではないか?
それはどこか、疲れきってぐっすりと眠ったあとの、平穏な目覚めに似ていた

砂丘に来たのは夕暮れになった
足を砂に踏み入れても、半分ぐらいずり落ちるほどの傾斜だが、妙に快い

のぼりきると、海が視界いっぱいに広がっている
我にかえると、すでに陽は沈み、ほとんど人がいない海岸に1人の女がしゃがんでいる

「ちょっと、足をくじいてしまって・・・もし、よかったら上まで連れて行って頂けません?」

上までのぼると体力はそこまでだった
すでに暗くなった沖には、漁船のあかりが浮かび、夢のような眺めだ

女は絹子と名乗り、彼が森旅館に泊まっていることを聞くと、急にいなくなった
別の道に分かれていったのだろう

旅館で眠ると、妙な幻覚にとらわれ、自分が寝ているのかどうか、分からなくなった
枕元に絹子が立っている 次は、横に彼女が寝ている
「わたし、来たわ」

自分が目覚めているのか、眠っているのか分からぬ、感覚の中に漂っていた
冷たい感触にハッキリ目が覚めると、少し湿った砂が横に盛り上がっている
どこか人間をかたどったようでもある

彼女は、砂の化身ではないのか?
彼女は彼に「優しい方ね」と言った

彼は袋にその砂を入れた これが彼女ならば、砂丘に帰すべきだ
砂丘の入り口に踏み込み、袋から落ちた砂は、前夜からの風でできた風紋の上へ吸い込まれていった



【小久保實 解説 内容抜粋メモ】

これらの土地はいずれも大阪から気軽に出かけられる所ばかりだ

土地の名前は想い出というイメージを喚びさましがちだ
プルーストの『失われた時を求めて』にも「土地の名」と題する1巻がある

フランスコミック版『失われた時を求めて 第1巻 コンブレー』(白夜書房)
フランスコミック版『失われた時を求めて 第2巻 花咲く乙女たちのかげに1』(白夜書房)
『まんがで読破 失われた時を求めて』(イースト・プレス)


柳田國男の名著『地名の研究』によれば、
「わが国の海岸を通覧するに、最も多き地名が三つある すなわち由良・女良および福良である」

「ほぼ祖先の生活根拠の故山を知ることを得」、その土地を訪ねれば
「その結果は我々の血の中に当然に遺伝しているべきわが祖先の生活趣味を自覚することとなる」

本書に出てくる女たちは、それぞれの土地の霊といっていいだろう
「中之島の女」では、大阪の象徴である島に2人の男は拒否されたのだ

本書に京都は完全に脱落している(ほんとだ/驚

すでに文庫の読者は、本書を読み、作者の違った表情を発見するかもしれない
想像力のはたらきというのは、日常性に切れ目を入れ、押しひらくことを意味する

眉村氏はある文章にこう書いている

「僕にはなんとなく、生活が豊かになり、変化していくのが
 みんな揃って、どんどん何かを振り落としながら、
 みんなこれで当たり前、これが現代、とうなずき合っている気がする」


その「何か」を凝視したのが本書だ

現在の眉村氏はとても良い顔だ
厳しさと優しさが自然に解け合っている
現代の人間が、取り落としたものを認識している顔だ



コメント

『ねらわれた学園』眉村卓/著(角川文庫)

2017-07-21 11:10:08 | 
『ねらわれた学園』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー写真/小島由紀夫 さし絵/谷俊彦(昭和51年初版 昭和56年19版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]

もし、人や物を自由に動かすことができたら――誰しもが夢みる超能力。
しかしそれが普通の人間に与えられていないことがどんなに幸福なことかは意外に知られていない……。

ある日、おとなしかったはずの少女が突然、生徒会の会長選挙に立候補、鮮やかに当選してしまった。
だが会長になった彼女は、魅惑の微笑と恐怖の超能力で学校を支配しはじめた。
美しい顔に隠された彼女の真の正体は? 彼女の持つ謎の超能力とは?

平和な学園に訪れた戦慄の日々を描くスリラーの世界!
他に複製人間の恐怖を描いた「0(ゼロ)からきた敵」を併録。



映画で観て、原作は読んだことがなかった

「心の中のベストフィルムまとめ 角川映画」参照

amazonには、この薬師丸ひろ子ちゃんのドアップ表紙しかなかったので、これを購入
裏の写真は表紙と違う



映画は、当時、劇場でも観たし、その後もビデオ等で何度も観て
ほとんどセリフを空で言えるほどだったのを思い出す


実際、原作を読むと、2作ともサスペンス、ホラーに近い怖さだった
これで未来から来た少年や、超能力の部分がなければ、
「少年探偵団」シリーズに入れてもおかしくないし
代々続いた怨念にかえれば溝口系にもなり得る

「ねらわれた学園」に関しては、独裁者がいかに周囲を統制していくかの恐怖
第二次世界大戦を知る世代の父は、直接セリフにはないが、暗にそれを示唆している
対して母親は「そんなバカなこと」と全然間に受けない平凡な主婦に描かれているのがなんだかひっかかる

映画では、ひろ子ちゃん演じる女の子も超能力を使うんだっけ?
小説でも、和美は「なんとなく、そんな気がする 勘だけどね」と何度も言う
みんな「第六感」や「虫のしらせ」など、未来を予測したりする力がもともとあると思う


あらすじ(ネタバレ注意

「ねらわれた学園」

関耕児は、いわゆるゲタばき住宅(下層階を商店や事務所とし、上層階を住宅とした建物)の団地に住んでいる
いつものようにギリギリに学校に着くと、黒板に教科ごとの教師のいたずら書きがしてあった
クラスメイトが笑っていると、西沢響子だけは「こんなことでいいの?」と激しく叱責する



たしかに阿倍野六中では、タバコを吸ったり、化粧をしたり、いろんなイタズラや問題が多い

キョウコ:この犯人を見つけ出しましょう!

みんなもキョウコの勢いに同調し始め
コウジは、イタズラは悪いが、みんなで制裁を加えるほどだろうか?と疑問に思う

コウジ:ここは裁判所か? クラスから悪者を出してどうすつもりだ? バカなことはやめろ!

黒板の文字を消した時、隣りの席の楠本和美が拍手を送った

キョウコ:あなたのような人は、そのうち復讐されるのよ 私たちの超人的な代表の手によってね

帰り道、カズミが声をかけた

カズミ:今日は立派だったわ クラスが密告や、監視し合う場になるのを防いだんだから


掲示板には生徒会活動の立候補者が貼り出されていて、カズミはその中の1人が意外だと言う

カズミ:高見沢みちるは1年の時同じクラスだったけど、静かなタイプだったわ

そこにちょうどミチルが通り

カズミ:変ね あの人、まるで変わってしまったみたい



【立会演説会】

ミチル:
恥を知りなさい!
学校の規律を乱す人、それが当たり前と考えている人たちを放っておいていいのでしょうか?

2年生のミチルの高圧的な態度に、3年生が「生意気だ!」と野次を飛ばすが
指をさすと、さされた2、3人は突然倒れた

理由の説明を求められ、自業自得だという

ミチル:
私が超能力かなにかで倒したと言えば気がすむのですか?
私は、必ずこうした風潮を正してみせます!
本来の勉学に励むための環境を作りたいのです!

ミチルの怒りには、ヒヤリとする迫力があるが、微笑むと、ついひきつけられてしまう
圧迫感が、逆に信頼できそうに思われてくる
全校生徒のかなりの部分がコウジと同じ気分になっていた

結局、3年生は反対票を入れたが、ミチルが生徒会長に選ばれた




本好きなカズミは『超能力の謎』という本を借りていた

カズミ:
私、やっぱりおかしいと思うの 同時に何人も倒れるなんて
でも、彼女がそんな能力を持っているなら辻褄が合うわ
それに、なんだかあの人はインチキくさい これは私の勘だけど



西沢は、クラスの代表委員になるためにクラスメイトに働きかけている
前回の件以来、関を憎んでいるが、逆にクラスでの関の人気は上昇している

カズミ:関くんが代表委員になるんじゃないかしら



【クラスの代表委員を決める日】

山形担任:私はオブザーバーだから、まず議長をやりたい人は?

キョウコが手をあげ、そのまま議長となった
その口ぶりがミチルにそっくりだと思うコウジ
自分のやり方を通そうとするキョウコに

カズミ:
議長は、自分の意見を発表せず、全員の意見をまとめるものではないでしょうか?
決めつけてしまっては民主的な運営ではないと思います

開票してみると、関とキョウコが争い、関に決まる
関は「僕に出来るわけないだろう?」と言うと

キョウコ:辞退なら仕方ないですし、もう一度選挙するのはどうでしょう

野球部員の吉田一郎が「投票は終わったんだ 我々は君にやってもらいたいんだ とにかくやってみてくれよ」と頼み
関も引き受け、副委員にカズミが選ばれた

キョウコ:これでは私は除名される・・・それどころか・・・

彼女は怯えているようだった



【生徒会】

会長のミチルが進行をつとめ、阿倍野六中の生徒の顔と名前は全員覚えているから
名簿と違う人は今度から委任状を持ってくるようにと言い渡し、驚くコウジ

ミチルは早速、第一号議案のプリントを渡した
「校内パトロール」とあり、勝手な行動をすれば、告発し、罰を与える
巡回パトロール班を作るというもの
これではまるで警察ではないか!と反発するコウジに、演説の時と同じ鮮やかな弁舌で全員に訴えるミチル

その様子を見ていた生徒会係の教師が反対意見を言おうと立ち上がると
急に頭が割れるように「痛い!」と言って座り込み、議決はすみやかに実行に移された



パトロール員は、黄色い腕章をつけた ミチルはあらかじめすべての準備を整えていた
パトロール制度は、生徒会が決めたものなため、訴える手段もない

カズミ:
私、いやな予感がする みんな、これもそのうちうやむやに立ち消えると思っているんだわ
でも、なんだか、これが始まりのような気がするの



校内では、ささいな言動も摘発され、掲示板に張り出され、みんなの前で謝罪を30回くり返させた

コウジが父母に話すと、

父:
パトロールなんて、どうかと思うな
取り締まる者と、取り締まられる者、正しいものと、そうでないものを、どういう基準で決めるんだ?

こういうことは、ひとりでにエスカレートする
仕方ないと一歩ずつ譲歩し、ある時気づくと身動きできなくなっているのが“ファッショ”というものだ
やがて、お互いが警戒しあい、信じられなくなる状態がくるかもしれない

母:大げさな! そんなに難しく考えることないんじゃない?

父の言う通り、廊下でプロレスごっこをしたり、ラジオを持ってきたりするだけで告発されエスカレートしはじめた
そして、生徒会では、何を言っても多数決で葬り去られる


以前、キョウコの意見に反対した吉田が、網を越えて球を取りにいき、パトロール員に告発されていた

カズミ:生徒規則に、そう書いてあるの? 見たことないけど
パトロール員:書いてなくても、我々がいけないと認めたことはいけないんだ!

吉田は怒りで突っ込もうとした時、なにかにはね飛ばされ、そこにミチルが現れた
「明日、告発します」

カズミ:今、たしかに高見沢さんが念力を使ったのよ

コウジは心を決めていた 抵抗するのだ その手はじめは吉田を守ることだ


その深夜、コウジの家の窓から真っ白な制服を着た数人の学生グループが歩いているのが見えた
その中にミチルがいて、思わずあとを尾けると、途中でミチルが不意に振り返った
男子生徒が「君は、夜道を帰る女子生徒のあとをつけたんだろう?」
コウジは罠にかかったと知る

「あんたたちは何をしてたんだ?」
「塾の帰りです 君がその調子で敵対するかぎり、許すわけにはいかない」

コウジは頭に激痛が走った
「あんたたちのような連中に自由にされてたまるか!」

コウジは宙に持ち上げられ、2mほどから落とされた

翌朝、昨日の出来事を父母に話すと父は
「いろいろ調べないといけないかもしれないな これは、人間としての生き方の問題だ
 お前たちが正しいと考えることをやるべきなんだ」


吉田を告発するかどうかに、ミチルらもやってきた



コウジ:これは僕たちのクラスだ 僕たちで決める
クラスメート:あなたがたは立会人でしょ?

コウジはカズミと作戦を立て、ミチルの念力にヤラれたら、そのあとをついで喋り続けた

コウジ:なまじっか、パトロール制度なんてあるから、正義の使者みたいな顔であら探しをして・・・
そこで心臓がひどく痛み出した

カズミ:私たちは、吉田くんに何の罰も与えないと決める権利も持っているはずです
今度はカズミがうずくまった

コウジ:僕たちはパトロール員の奴隷じゃないんだ!!

カズミの体が宙に浮き、教壇にたたきつけられた
コウジの頭にひらめいた ミチルの力は一度にあちこちには効かないのだ

クラスメートも興奮して、結局、吉田に罰を与えないと決まる
「パトロール出てゆけ!」

ミチルらは出て行った 「あとで泣き言を言わないように」

クラスメートは歓声をあげたが、コウジ「戦いはむしろこれからだ」

山形:戦うなんてオーバーじゃないか?

カズミ:あの人たち、この学校を思うように統制しようとしているんです

山形:僕には、他の先生がたを説得する自信はない 個人的に相談しに来れば話は別だがね と言って教室を出た

クラスメート:先生なんてみんなあんなものさ 自分だけがかわいいんだ!

コウジはこれまでのことをクラスメートに話す

「白い制服といえば、英光塾だよ よく見ないと分からない看板を出してるけど、優秀な生徒を集めているんだ」

「西沢さんの行っている塾でしょ?」

キョウコは顔面蒼白となり、怯えたように出て行った

その後、コウジはパトロール員会議に出てほしいと言われる
「来なかったら欠席裁判になり、不利な結論になるかもしれません」と脅迫される



【パトロール員会議】



生徒会本部室に入ると、コウジは意見を言えない立場にされる

パトロール員:
2年3組全員に無視され、侮辱されました
クラス全体が謝罪するまで、生徒扱いする必要はないんだ!

ミチルを見つめるパトロール員らは、まるでみとれているようだ

ミチル:2年3組にはもっと適当な人がいたのです
キョウコの顔がひらめいた

クラス代表が正式に全校生徒の前で謝罪するまで、生徒の待遇をしないことと決まる


翌朝、山形先生は急病で休んだ
キョウコは自殺を図り、家にいると連絡が入る

コウジが職員室に行くと、キョウコの母は半狂乱で話にならない

数学の授業が始まると、教師に激しい頭痛がおこって救護室に行ってしまった

吉田:これは陰謀だ ぼくらが授業を受けられないようにしているんだ

カズミ:でも、高見沢さんは今、授業を受けているはずよ

美術の教師:
美しさを感じる心、感性の欠けた人間は、世間的にどれほど偉くなっても一人前とは言えない・・・

美術の教師も倒れ、その上に壁にかかっていた絵が落ちてきて頭を打った



そこに1人の少年が立っていた ベルトには奇妙な箱がついている
コウジ:そいつは高見沢みちると歩いていた奴だ!

少年:
こいつは有害な観念を君たちに植え付けようとしていたから、すぐには回復しない罰を与えた
我々のしていることには何も証拠がない

箱に触れると少年は目の前から消えてしまった

美術教師を救護室に運び、わけを話しても、保健体育の教師は「くだらん冗談はやめろ」と相手にしない


ミチルらは、いろんなクラブ活動の除名者リストを掲示板に貼り出した
除名者はいずれも2年3組のクラスメートだ
それを見た部員は怒って抗議しに行き、パトロール員らと衝突し、周囲に他のクラスの人だかりができた

カズミ:犯行というのは法をおかした時の言葉でしょ あなた方が勝手に決めた規則に違反して、なにが犯行よ!

日ごろおとなしい秀才の荻野も
「この生徒会は僕たちの代表じゃない この学校は高見沢みちるとパトロール員に占領されているんだ!」

そこにミチルもやって来た

カズミ:
これは荒療治になるわ みんなで高見沢さんに遅いかかるのよ
先生や全校生徒のいる前で超能力を使わせるのよ!

2年3組のクラスメートは腕を組み合わせてにじり寄ると、数人宙に舞い上がるが
そのうちミチルの体が揺れ、地面にくずれた

そこにあの少年が現れ、笑い出した
「お前たちのような連中が教師か! ふん、なんという時代なんだ」

教師は回転しながら10mも吹き飛んだ
箱に触れて両手を突き出すと、あたりの生徒がバタバタと倒れる

ミチル:京極さん、やめてください! これはやりすぎです!

2人は校舎のほうに歩み去った



カズミ:先生方やたくさんの生徒たちが目撃したのだから、もう超能力を冗談扱いしないはずよ


職員室では職員会議が行われ、その後校内放送が流れた
「全校生徒は、今日はただちに帰宅しなさい 生徒会役員と、パトロール員だけは残ること」

だが、生徒会役員と、パトロール員は生徒会本部にたてこもる
2年3組のクラスメートは作戦を考え、2班に分かれて、
1班は担任に相談、1班はキョウコを見舞い、英光塾についての情報を集めて、校門前に集合することにする

カズミ:まず家に帰って、これまでのことノートかなにかに書くのよ
クラスメート:遺書だな?
カズミ:英光塾にはなるべく大勢で行くほうがいいわ

コウジは父母に話すと、母は「危ないこと止めなさい!」と叫んだが、なんとか説得する
キョウコの母は、家を開けようとしなかった



山形先生は生徒とともに塾に行くと言ってくれる
「このために教師を免職になってもいい 君たちの仲間にしてほしいんだ」


荻野が案内した「英光塾」は高い塀に囲まれた日本風の地味な家だった
板扉を破って入ると、中学2、3年の塾生らが超能力で向かってきたが、ミチルほどの力はない

そこに京極がミチルを肩に支えて現れた

京極:
ここではこれ以上うまくいきそうもない
私は未来世界から、この時代の担当の1人として派遣されて来た

我々の時代は、文明が破産しようとしている 混乱と無秩序でどうしようもない
そうなったのも、もとはといえば、過去の時代に、1人1人が自由を主張した積み重ねなのだ

過去を選ばれた、正しい人間が、その他の何も分かっていない連中を指導する世界にしなければ
我々の世界は破産状況に至る

カズミ:
間違っているのはそちらよ!
人間として生きるために文明を生み出したので、文明を守るために人間があるんじゃないわ!

京極:
いくらでも言うがいい 私は去る この時代の別の場所で仕事を再開するだけのことだ

ミチル:ついて行くわ! お願い

荻野:そんなことしても、すぐに発見されるぞ

京極:その時は、名前も顔も変わっているからな 証拠は消さなければならない

家から炎がふきだした 火事になり、京極とミチルがふっと消えた




英光塾の火事騒ぎからまだ2週間
マスコミや警察にも同じ話を何度もして、いまだ続けられているが
どうにも説明がつかず、そろそろ飽きられようとしている

英光塾の経営者は、1年半ほど前に入ってきた京極にすすめられるままシステムを採用したと言い
塾生は口を固く閉じ、喋る者も、未来のために特殊な勉強をしたと話して、超能力を見せても
常識派の大人には手品としか映らなかった

キョウコは、成績を上げるために塾に入ったが、もし裏切ったらどうなるか分からないと脅されていた

校内パトロールさえ、いまだ続いていたが、日ごとに形式的になり
2学期までにはなくそうと、ようやく言い始めたが
それも、ミチルらがいなくなったからとしかコウジには見えなかった

父:
私は超能力があるかは知らない それがなんであろうと
理不尽な力で、一見理屈に合ったことを押しつけるものならなんでもいいのだ

それは、いつの時代でも、長い期間準備され、我々を一挙に制圧する
組織化されているため、長く猛威をふるうのだ

抵抗の多くが短期的だというのも歴史的事実だ
その時、別の者がバトンを受け継いで抵抗しなければならない



カズミ:
私ね、似たことが、これからもまたあるんじゃないかって気がする
そう思うと、これからの死ぬまでの一生が、変に長い感じがする これはただの予感




「0(ゼロ)からきた敵」

和夫は見知らぬ倉庫のような場所で目が覚めた

授業の後、小学校時代からの親友で、今は別のクラスの佐久間俊児の家に行く約束をしていた
亡くなったシュンジの父が建てた研究所を、長男が継いで所長になり、そこを見せてもらうことになっていたのだ

シュンジのほうにサッカーボールが転がってきて、左手で投げたのを見て
いつから左利きになったのだろうとカズオは疑問に思った



クルマが迎えに来て、車中で新しいお菓子だと言われて飲んだ粒で意識が遠のいて、ここに来た
男が近づいて来るのを見て、カズオは反射的に逃げた
外に出ると、そこはシュンジの研究所ではないか

家まで逃げて、ひとまず安心して玄関を開けると、自分とソックリな少年がいた
「君は誰だ!?」

2人のカズオは互いに叫びあった ニセモノはトランシーバーのようなもので仲間に連絡した
そこに父母が現れたが「君はなんだ? カズオの友だちでないなら帰ってくれ!」と言う

佐久間研究所のクルマが来て、カズオはまた逃げた 研究所の連中は執拗に追ってくる
そこにバスが来て飛び乗った



客がカズオを見ている 窓を覗くと、顔が仮面のように真っ赤に塗られていた
これでは目立ってしまう 塗料をぬぐい、上着を脱いで、数人の客と一緒にバスを降りた

S町! ここには叔父の家族がいる
叔父・叔母・いとこのユカリに事情を話すと「そんな、ばかな話は、あり得ないよ」と言われる

ユカリは試しにカズオの家に電話をすると、すぐに追っ手のクルマが家に来たが、そのまま遠ざかった
叔父:とにかく今夜はぐっすり寝るんだな


夜明け前、目を覚ますと、自分ソックリの少年が目の前に立っていた
叔父が助けようとすると、叔母を人質にしたため力を抜いた
カズオはその隙に、玄関に倒れていたユカリを連れて逃げた

今ならニセモノのカズオは家にいないのではないか
家に入ると父が「カズオじゃないか さあ、私たちと研究所へ行こう」

父の腕時計は右に、母は結婚指輪を右手にはめている
ひょっとしたら父母も・・・

抵抗する気力がなくなり、父母とユカリとともに研究所までクルマに連れていかれた
カズオは相手が油断しているチャンスを狙ってユカリと逃げた

「こっちへ来い!」

ボロボロの服を着ているが、それはシュンジだった




シュンジ:
研究所では複製人間を作っている 世の中の人々を、みんな複製人間にするつもりなんだ

あらゆる動物もつまるところは同じ元素の集まりだ
装置はモデルと同じ構成を作るが、モデルは鏡のように左右が反対になるんだ
ここには、僕しか知らない秘密通路がある

鉱山の坑道のような場所を行くと、複製装置の部屋の裏側に出る
マジックミラー越しに叔父と叔母が眠っているのが見えて、
ユカリは思わず窓を開けて走り出し、所員につかまってしまう



助けようとするカズオにシュンジはしがみついた
「行かないでくれ! つかまったら本物には目印の塗料が塗られ、監禁されてバカにされてしまうんだ」

それならなおのこと捨ててはおけない

カズオ:いくじなし! 逃げ回っても、どうにもなりゃしないぞ!

部屋に入り、目星をつけておいた機械に飛びつき、電源を切った
ギャーという声が上がり、完成しかけていた複製人間の口からどっと血のかたまりがあふれた

所長を見ると、腕時計の文字盤は逆だった

所長:
我々の怒り、悲しみが分かるか? 我々は何万、何百万と仲間を増やし、
今までの人間は、みんな滅びなければならんのだ!

窓の外で声があがった 「バカどもが逃げ出したぞ!」

カズオはまた夢中で逃げた シュンジが呼びとめ

「ここをのぼると地上に出られる 僕が騒ぎを起こしたんだ
 今までは、誰も信じてくれないと思っていたが、
 こうなったら、僕の家の恥になってもいいから、みんなに真相を話す

 あのニセモノを、外からやっつけてもらうんだ!
 学校へ行って、みんなに言えば、誰か一人くらいは信じてくれるかもしれないし
 新聞社か、警察にも連絡がとれる」


校門に着くと、ニセモノのカズオとシュンジがいた
とっくみあいになるが、同じ人間同士だからなかなか優劣がつかない

休み時間になり、生徒たちが駆け寄ってきた

数名の実験衣を着た男たちも来て

「その少年たちを引き取らせてください 少し気がふれていましてね
 私どもの研究所で治療中なんです」

カズオ:うそだ! 腕時計を見てください 文字盤が裏返しになっているはずです!

教師や生徒は「こんな時計見たことないぞ」と騒ぎだし、
所員らは追い詰められ、同時に奥歯を噛みしめて、断末魔の顔になっていた

警察官:
研究所は、中から火炎放射器で焼かれ爆発した 署長は、機動隊を要請しました

シュンジ:
研究所には、秘密を守るためにいろんな武器があります 抜け道から入らなければ

指揮官らしき警官が「抜け道を教えてくれ」

警察官:やつら、我々を近づけないために周りの家に火をつけたんだ

スピーカーから「我々の世界はもうすぐやって来る 人間はみな我々に殺されるのだ」



指揮者:機動隊はほぼ全滅だ 我々でなんとするほかない

指揮者とカズオ、シュンジは抜け道を入った
中の所員らはみな正常ではなかった

所長:わしの作った複製人間は完璧なはずだった みんな気が狂ってしまうなんて・・・

所長は、もはや人間ではなくなりかけていた
砂丘さながら、溶けていくように体が分かれていったのだ


機動隊員:人間がみんな分解していくぞ!

カズオは、群がって出てきた仮面の人々の中に父母がいるのを見つけた
「おかあさん!」
だが、父母はバカにされていた 叔父、叔母、ユカリも

ドアから今消滅したはずの所長が出てきた

これは、第1号なのさ 複製人間は長くは生きられない
 だから、何日おきかに、モデルから複製をとっている
 前のが分解すると、次が仕事を引き継げるように わしは第2号だ


 こんなことになったのは、我々のモデルの所長にある
 彼は複製装置を完成させ、動物のコピーではガマンできず、ついに自分の複製を生み出した

 想像できるか? 同じ顔、同じ心を持ちながら、余計者なのだ!
 我々は普通の人間と反対にできているから、複製されたものでなければ飢え死にしてしまう
 寿命もごく短いことも分かったから、我々は増え続けなければならない
 複製技術を完全なものにするまで続けるんだ!」

そこにまた所長が現れた

「きさま、3号じゃないか まだ出番じゃないぞ」

「これ以上、無駄な時間を送っていられるか! 我々は作られてからもう5日を過ぎている
 このままでは、ろくに仕事もしないうちに分解してしまう」

2号と3号がもみあううちに、4号が出てきた



建物からは煙が出始め、バカにされた人々は救出され、病院に運ばれた
所員らは、抵抗せず、ばらばらになってしまった

指揮者:
バカにされた人々は、たぶん治ると思う 医者がなんとかしてくれるだろう
今度の事件は教えてくれた
所長は、こんなことになるとは夢にも思わずに複製を作っただろうが
ただの興味につられて、あとさき考えず、新しい科学技術を開発することが、どんなに恐ろしいものか
それは、ゼロの世界からきた、人類の敵なのだ





【豊田有恒解説 内容抜粋メモ】

最近、友人の作家の解説を頼まれることが多く、もちろん喜んで受けているが
先日、妙な雑音を聞かされたので弁解させてもらう
SF作家は、仲間内で褒め合っているというのである

小説を書こうという者はひと癖もふた癖もあり、すぐ仲たがいして
合評会などやれば罵詈雑言の挙句、つかみ合いにもなりかねない

大体、作家ほど周りの人間と楽にケンカできる商売はない
サラリーマンなら同僚や上司とケンカすれば、すぐにも困るだろうが
作家はむしろ逆で、ケンカするほうがはるかに楽なケースが多い

SF作家クラブでは、矢野徹さん、星新一さん、光瀬竜さん、小松左京さんなど、素晴らしい人ばかり
眉村さんは、筒井康隆さんと同年で、僕や、平井和正にとってよき兄貴分だ
てらったり、飾り気のない、誠実な人で、有名になった今も少しも変わっていない
どんな原稿でも、全力投球を惜しまない

眉村さんは、けして器用な作家ではないが、たいへんなアイデアマンだ
僕はいろんなジャンルに欲を出し、欠点を克服しようとしたが
眉村さんは、小だしのアイデアを積み上げて緻密な構成で欠点を完全に追放した

眉村さんは、あまり原稿の締め切りを守らない作家だという
細部がしっかりしないうちに、書きだすわけにいかないから、必然的に遅れるのだろう

よき兄貴分の眉村さんに1つ悪いことをした
クマゴローというニックネームをつけたのは、僕と平井和正だ
アニメのクマゴローに似ているとコソコソ笑っていた

眉村さんは、DJで堂々とクマゴローを名乗っている
けして雄弁なほうではないが、とつとつと喋り、誠実味があるからうってつけなのだろう

僕がテレビ界に飛び込み、小説はなにひとつ書けない時代に
眉村さんはふらりと来て、SF雑誌に載った短篇を今すぐ読んで批評を聞かせてくれと言った
あの優しい人とは思えない残酷な仕打ちである

僕は畳をかきむしって、今に見ていろ「還らざる空」を超える傑作を書いてみせると誓ったものだ
今思うと、先輩の真心からのショック療法だったに違いない


眉村さんは、今流行りの多国籍企業をテーマにSFを書いている 12年前の話だ
各国の政府が、多国籍企業の思うままに操られてしまう

従業員は、国家より、企業の利益を優先させ、世界的規模で企業体にアイデンティファイしてしまう
やがては、巨大な多国籍企業間の争いだけが残る

未来予測小説として、これほど説得力と恐怖をまきちらす小説を、僕はこれまで読んだことがない
いま世界は、12年前、眉村さんが描いた世界に移行しはじめているのだから



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『C席の客』 眉村卓/著(角川文庫)

2017-07-13 11:00:00 | 
『C席の客』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和48年初版 昭和55年12版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]

妙な男が新幹線のC席にすわった。赤い髪をして鼻が高く、
まっ黄色のブレザーのブレザーを着ている。強烈に人目をひく男だ。
印刷されてない白紙の本を取りだし、何分かおきにページを繰ってニヤニヤ笑っている。
つぎの瞬間、ぼくはドキッとした。その男には、指が4本しかないのだ。
乗客たちはまったく無関心、見向きもしない。ぼくは恐怖でしだいに冷や汗が出てきた……。
企業や社会慣習にもみくちゃにされる滑稽であわれな人間像、
現代の盲点や落とし穴を鋭くえぐるSFショートショートの傑作集。


あらすじ(ネタバレ注意


「特訓」
アフリカのQ国について万国博に来るまでなにも知らなかったが、これほど見事な民芸品を生み出しているのか
ブローカーとしては、大量に輸入して絶対に売れると確信した

その時、男から声をかけられた

実はQ国は、自分たちの言語を話す者しか相手にしないのです
 私はQ国に10年近くいたので、ペラヌヒ語を教えてあげますよ
 それに見合った授業料は頂きますが」

男は毎晩7時に来て、2時間みっちりと教えた
10日後、男はQ国の知人を連れてきた 割り増しを払えば、現地語で話せるという
私は次第に楽に喋れるようになった

2週間後、万国博のQ国のホステスにペラヌヒ語で呼びかけたが反応がない
「ヨク、ワカリマセン 英語カ日本語デ話シテクダサイ」

警備員が来た
「この頃、2人組が、見物客をペテンにかけているんです そんな言語は存在しないんですがね」


「発明チーム」
僕たちが会社を作ろうとした時、友人らは「つまらんことはやめろ」と言った
あらゆるものがコンピュータにより統御された商品が大規模に生産され
配給ルートで世界中の消費者の手に渡る時代に、発明会社を始めたかった


まず、個人用ヘリコプターの設計にとりかかった
「いよいよ試作するか」

メーカーは噛み付くように言った
「わが社の最小取引は100トンです 2キロとか細かいものは小売店でも行ってください

小売店「何型ですか? 販売しているものは、みな規格化されています」

止む無く借金して100トンの材料を買い込んだが、工作機械のリースが1年単位だと後で知った

「だから言っただろう? あてがわれるものを大人しく受けていれば一番、無難なんだ」


「有望な職業」
入社試験に松島がいてドキンとした
世の中にはツイている人間と、そうでないのがいるが、僕と彼が見本みたいだった
ライバル関係にありながら、なぜか、いつも僕が幸運をつかみ、彼は失敗してしまう

これからは情報社会になる その動向を決定するのはコンピュータだと、
数理技術者になるつもりで勉強し、試験はやはり僕はパスし、彼はダメだった

数理技術者は花形となり、エリートの地位を確立し、独立して事務所をもった

だが、時代は少しずつ変わりはじめていた
いつかコンピュータが自力で処理し、坂道を転がり落ちるように、僕は落ちぶれていった

松島から声をかけられた

「うまくやってるようだな」

「あの会社に入れず、いわゆる有望職種につくのを諦めて、文章書きをしてるのさ
 音声タイプが普及した今じゃ、自分で考えて文字を書ける人間は減る一方だ
 地味だけど、けっこう儲かるんだよ


「キャンプ」
少しでも新しい新製品が発売されると、妻は目の色を変えて買おうと言い始める
それも、実際に欲しいのではなく、流行に遅れるのが恐ろしいだけなのだ


妻「あの子がキャンプに行くときかないんです あの子には絶対に無理よ!」
「あの子ももう15歳だ たまには原始的な暮らしをしてみても悪くないだろう」

息子は興奮して、いつになくきっぱりと言った

「これは文明に毒された現代人を解放する試みなんだ
 大自然で、男が、本来の男らしさをとり戻す手段なんだよ!」


その夜、レクリエーション会社の係員が、息子を連れてきた
「どうも近頃は、参加者の半数以上がこうなるので・・・

「怖かったよう 暗いし、虫がたくさんいて刺すんだ 風が怖い声で脅かすんだよう

所詮、息子も妻と同様、流行に遅れまいとパンフレットにつられて目論んだだけだった


「成功者」
僕たちのクルマはトラックと激しく衝突し、僕はそのまま気を失った
それが、こんなに早く全快するなんて! これからは死んだつもりで頑張るぞ

僕は、がむしゃらに仕事に向かった 甘っちょろいマイホームなんてもうたくさんだ
僕は自分が生きた爪あとを世に残すのだ

仕事で頭角をあらわすかわりに、敵もたくさん作った
家庭は冷え冷えとし、妻は何も言わず、子どもたちは、父親になんの親しみも持たず、妻に加担した


数年後、僕は新進の政治家として認められるに至った 今やまぎれもない成功者だ
家庭がどうしたというのだ? 他にいくらでも女がいるし、子どももいる

病院長
「ここに着いた時はもう絶望でしたのでパノラマ装置を使って、
 被験者が心の底で望んでいたとおりの生涯を1秒たらずで見て、信じ、亡くなられたはずです

妻「優しい夫で、いいパパでした 私たちとの幸せな一生を夢見てくれたのならいいんですけど

夫の死に顔は満足げだった


「倉庫係」
「ちょっと、この書類を、港の倉庫の山田さんに届けてくれないか」

課長に頼まれると、課員たちがどよめくのを感じたが、
ついこのあいだ入社したばかりの僕にはなぜかは分からない

倉庫に行き、山田さんの仕事ぶりを見ると、高能率の見本そのものだった
書類を渡すと「たしかに受け取りました ご苦労様でした」

そして、何も言わずイスに座ると、虚空に目を向け、動かなくなった
用が済んだから帰れという意味か?

「山田さん!」
「はい、何でしょうか」
「いえ・・・別になにもありません」

これは人間そっくりのロボットなのだ!

課長
「あの人はたしかに人間じゃない 15年前からちっとも歳をとらないし
 だが、それがどうした? 会社にとって大切なのは、その社員が役に立つかどうかだけなんだ」



「ヘルメット」
今はほとんどの人間がヘルメットを利用している
かぶると、目的にしたがって、素早く判断し、自動的に指示してくれる
猛烈ビジネスマン用、デート用、盛んに作られ、売られ、利用されている

奥さんが「待ってて、すぐにご飯の用意をするから」と主婦用ヘルメットをかぶった

会社に着くと、どうしてもヘルメットをかぶろうとしない彼に対する軽侮の目にさらされる
ヘルメットをかぶった上司から話しかけられた

「とうとう日本も月世界基地の建設に踏み切ったそうじゃないか」
「そのようですね でも・・・」

それ以上言えない みんなのようにサッサと判断ができないからだ
もっとよく考えて、いろんな条件を考えなければならないと思うからだ

上司も同僚も、同じ目つきで見ている
こいつは自分で何もかも判断しようとしているバカなんだ だから仕事もろくに役に立たないんだ


「使命」
「やはり現在の自動車の振動は、人間の内臓に無視できないほどの影響を与えるようです」

「そうだろう 裏づけを行ってから発表しよう メーカーは慌てるぞ
 一斉に振動緩和装置の設計・製造に取りかかるだろう
 これでまた、世の中から危険がなくなるわけだ

レストランに行くと、支配人が緊張した顔で
「当店では、問題になるような材料は一切使っていません」

いい加減なことをすると、僕たちがすぐ調査し、世間に公表するのを知っているのだ

チーフ
「我々は、人間の安全を守るため、あらゆる分野に監視の目を向けなければならない」

かつて公害は野放しの状態だった 僕らの研究所は片っ端から指摘し
マスコミに言い、改善策を考え、発表する こんな素晴らしい仕事があるだろうか


だが、僕の家族は同意見ではない

妻「あなたたちの発表で、次々と新型を買わなきゃならないから、たくさんの人の恨みを買っているのが分からないの?」

息子
「もともと需要のないところに需要を作り出しているんだ 悪質だよ!
 昔ながらの自然の中で暮らしていれば、そんなものは全然必要ないんだよ!」

僕にはさっぱり理解できないし、理解したいとも思わない


「災難」
「どうか、署名をお願いします 私たち、人類救済連合の者です どうか、ご協力を
 このままでは人類は自滅します 私たちはそれを防ぐために努力しています」

大げさにもほどがある だがひどく愉快になった
僕は、単にユーモアを感じさせてくれたお礼のつもりで署名した

夜明けに電話が鳴った

「人類救済連合の指令です あなたのところに連合の名簿を送ります
 それを写して、全員に封書で郵送するのです 分かりましたね? これは義務です」

彼らは勤務先にも自宅にもひっきりなしに夜昼なしに電話してきた
警察に話すと、そんな団体は登録されていなかった

僕は指示された仕事を始めざるを得なかった
たかが、遊び半分で署名しただけなのに・・・


「ビルの中」
今日中に片付けなければならない仕事があり、稲田は一人残った
「まだですか?」 夜遅いと時々酒を飲む癖のある管理人が声をかけた
「じゃ、11時過ぎまでは裏のドアに鍵をかけずにおきますから それより遅くなるなら知らせてください」

集中していたら12時を回っている エレベータはとまっていた
階段をおりて気づいた このビルは各階の廊下と階段を仕切る扉があるのだ

管理人に電話をしても出ない 酔って熟睡してるのに違いない
110番しようとしてやめた えらい騒ぎになり、大恥をかくことになるだろう

「あら、稲田さん、早いんですね! 随分疲れてるみたい」
「ああ、疲れたよ」

不意に、稲田の目に涙があふれ出て、ふいてもふいても止まらないのだ


「C席の客」
入社して半年 急成長で名の知れる会社だから就職したが、仕事、仕事、仕事で息抜きも出来ない
たまに東京に出張に行くのも、鬼と呼ばれる課長のおともだ

僕は課長の話をうわの空で聞いていた
車室に妙な人物が入ってきたのだ 赤い髪、黄色いブレザーコートを着てC席に座った

開いた本には何も書かれていないのに、にやにやしてページをくっている
男には指が4本しかない これは何物だ?

課長
「そない神経細かいことではどないもならんで 世間にはいろんなのがおるんや
 ええ加減、学生気分抜いて、仕事に身を入れんかいな



「ディレクター」
ディレクターになって初めての生放送で、2人の出演者に説明した
「この番組の狙いは自由奔放さです ハプニング大歓迎なので、どんどん話し合ってください」

過当競争のせいで、彼の局も24時間放映を強いられていて、経費も徹底的に切り詰められている
「われら天才」と銘打って、街からヘンテコなのを連れ込んで討論させるという夜明け番組だ

自称芸術家「やっと思い出したぞ! このあいだ公園で、俺のパンをひったくったのは、お前だろう!
大法則を発見した青年「あれがパンかよ!

2人はケンカの言い合いで、とうとう青年が芸術家の頭を殴り、今や裸になってもみあっている
青年は泣きながら小便を洩らした

「ストップだ

翌日、誰も文句を言わなかった 何の投書も、電話もなかった

機械係
「チャンネルは50もあるんだぜ おまけに夜明けの放映だ
 断言するが、あれを見ていた人間は一人もいなかったにきまってる」


事実、その通りだった


「レジャー・パイロット」
労働時間が短縮され、余暇を持て余す時代になり、人それぞれの細かい条件に合わせて
あらゆるタイプの楽しみのプログラムを組むのがレジャー・パイロット

長谷川はやっと国家試験にパスしたが、このぶんでは店仕舞いすることになりそうだ

太田が来た

「僕はもうオフィスを持っていないよ 東洋レジャー・コンツェルンは、レジャー・パイロットを雇うことにしたんだ
 うちだけじゃない 他の巨大企業もはじめようとしてる」

「馬鹿な!(出たw) 我々は、他人に雇われるのが嫌だからこそ、自由業の道を選んだんだ」

「現代に、自由業者の存続する余地はない 我々も新中間層に組み込まれていった、あの道をたどるだけだよ」


「知識ロボット」
現代は、人間の欲しいものは、自動生産・配給機構により、望むがままに与えられる
仕事をしても何の報酬もないが、僕は音声タイプで論文を書いている

娯楽開発同好会メンバの友人Pから映話がかかってきた

「君んところに、古い知識ロボットがあるそうだね
 知り合いはみんな処分して、保存してるのは君だけだ それを貸してほしいんだ」

物置からロボットを出し、スイッチを入れると
「私は、現代の最高水準の知識を詰め込まれています さあ、何でも質問してください」

その後、ふと立体テレビにそのロボットが出演しているのを見た
司会者がなにかを尋ね、知識ロボットが答えると観客はどっと笑う

知識ロボットの言うことは何もかも時代遅れだが、知識ロボットは自信満々だから余計に滑稽なのだ
友人はうまい娯楽を考えたものだと私もゲラゲラ笑った


「職場」
係には係長と若い社員しかいない

「食事に行こうか?」
「今日は、他の課の連中とボウリングをやるんです」

若い社員は11回もストライクを出した
周囲はどよめいた 次もストライクなら300点の完全ゲームだ

ボールは見事にポケットに入り、全員わあっと叫んだが、1本だけピンが残った
「惜しかったなあ!」

昼休みが終わり、席に戻っても興奮はおさまらず

「さっき、惜しかったんですよ 最後にストライクを取りそこなったんです」
「ボウリングなんて、たかが遊びじゃないか 仕事の時間には仕事の話をしてくれないか

たかが遊びだと? 遊ぶために働いているんじゃないか

「興味深い資料ですね 私にはまるで想像もつきません」
“有職者”は100年前の手記を読んで言った

みんな遊んで暮らせて、職をもつことは特権となった時代の人間には、奇想天外な物語なのだ


「旧友」
東洋情報産業の岩上から映話があった 久しぶりに夕食でもという誘いだ
「長い間、月面都市に行ってたんだ 君に負債を支払ってもらおうと思って」

昔のたあいもない賭けの話をした 「学校をパスしたら、おごってやる」と言ったのだ
何をおごると言ったっけな

「天丼だよ」

当時はまだ天然食品が普通だが、今は合成食品の時代だ
天然食品がべらぼうな贅沢品になった今ごろまで待って、食わせろというのか?


1杯で、クルマ1台ぶんの値段だろうなあ
岩上はにたにたと笑っていた


「蘇生」
意識を取り戻した時は、何が起こったか分からなかった

「アナタハヨミガエッタノデス」

そうだ、現代医学のあらゆる手を尽くしてもどうにもならない病気で俺は死にかけていたのだ
財産をすべてつぎこんで、低温保存し、人工冬眠に入り、成功したのだ

医師の話だと、保存されていたものの、事実上は死亡していて、この時代の技術で生き返らせたのだった

「いつ、外へ出られるのですか?」
「モウスコシシテカラ」
「僕はできるなら、ここで働きたい 大いに活躍したいんです!」

「地球ノ人口ハ 昔ノ何倍ニモナリ 競争モキビシイ
 ヒトナミノ常識ヲ手ニ入レルニハ ホボ50年間教育ヲ受ケルノガ標準デス

「その間に私はくだばってしまいますよ!」

「イマ 人間ハ150歳カラ160歳グライマデ生キマス
 赤ン坊ノコロカラ 身体ヲ強化スルイロンナ処置ヲスルノデ
 残念デスガ アナタハ処置ヲ受ケテイマセン
 コノ部屋デ 何モセズ一生保護サレテ暮ラスホカナイノデス


「審査委員」
吉岡「きょう審査するのはどんなものですか」

「立体幻像とかいうしろもので・・・ 若者たちは、これこそ新しい芸術だと申し立てているんです
 今は理論は不要、感じるかどうかが大切だと言って、馬鹿馬鹿しい」


それは奇妙な機械だった 無数の色を帯び、形もこれでもかと変わる 居眠りを抑えるのが精一杯だった

理事
「わが委員会としては、こうしたものには習慣性があり、青少年教育によろしくないという観点から審査が必要です」
「年寄りに何が分かる! 今の傑作は1000万部も売れているんだ!」

吉岡「ああいうものは、非合法化するのが当然でしょう」

オブザーバーらはカンカンに怒ったが、委員らは慣れている
これほどの学識経験者を集めた委員会だ 審査の結論は正しいに決まっている


「新人」
本田と尾中はライバル関係にあったが「おたくは、何人、新人を回してもらいました?」と聞かれた
近頃のような求人難では、支店長らは人の獲得のため必死なのだ

「一人きり それも女の子です」
「うちも同じです このごろの新人はひどいのが多いから・・・」
「ろくに仕事もできないが、本店に文句を言うと、人の使い方が悪いと叱られる やりきれませんな」

新入社員の女の子は、社内でマンガを見ている
「きみ! そんなことでは困るじゃないか!

女子社員はわあわあと泣き出し、周りがなだめると、さらにしゃくりあげて泣き続ける

本田
「ひどい話ですな でも、うちも似たような状態で
 うちの新人は、何が可笑しいのか、始終、気違いみたいに笑いこけるんで、さっきから頭痛がしてるんです」(ww


「美しい世界」
夫を送り出すと、岩崎夫人は続きもののドラマのビデオカセットを観始めた
夫に言うと、所詮作り話で、現実とは似ても似つかないと言われる

「でも、これは立派な人たちが選定しているのよ
 現実が醜いぶん、こうした美しい心を誰もが持てば、世の中ももっと良くなると思うわ!

「まったく気楽なもんだよ!」

冗談じゃないわ こっちも苦労が多いのに
この間も「家庭婦人にでもできる高収入アルバイトの技術」という通信教育を申し込んだばかりだ

玄関ブザーが鳴り出てみると、同年代ぐらいの女がうつむいて立っていた

「恥ずかしいことですけど、1年前に主人を亡くしたもので・・・
 その・・・鉢植えの花を買っていただきたいんです」

かすかな優越感をおぼえながら夫人は微笑んだ 「お気の毒に」

「家庭婦人にでもできる高収入アルバイトの技術」の教材が届いていて
パラパラとページをめくり、セールスの文字が目に入った

“鉢植えの花を売るには、共感しやすいタイプを見つけて、アタックすれば成功するでしょう
 ビデオクラブの加入者やなどが好例です 相手の同情をひくと思わぬ成果があります・・・”


あの人はこれを読んでいたのか? いいえ違うわ 偶然よ
あとで花を注文しよう 夫人はテレビのスイッチを入れた


「来訪者」
深夜スナックを出て歩いていると「タスケテクレ・・・」という声が頭の内側に飛び込んできた
見ると、街路樹の根元に誰か倒れている 「しっかりしろよ!」

肩に手をかけると、身体が妙にぐにゃぐにゃして、消毒薬のようなニオイがする
顔は変に白く、目は異様に大きい(グレイ?

「ワタシハ人間ダ コノ惑星デハナイ 別ノ遠イ星デ発達シタ人間ナノダ
 ワレワレハ、コノ惑星ノ人間ト交渉スルツモリダッタガ、ワタシ以外ハミンナ死ンデシマッタ

 大気ニマジッタガスデ、ボロボロニナリ、呼吸器ヲヤラレタ 水ヲ飲ムト毒性ヲモッテイタ
 モノスゴイ騒音デ何人カハ発狂シタ 道端ノニオイデ自殺シタモノモイル
 ダメダ・・・毒ノ水ガカカリハジメタ


が降り始めていた そいつは死んだのだろう
誰が本気にしてくれる? 公害に対する新手の嫌味にしか受け取ってくれないにきまってる


「職住密着」
「今度の週末に遠出しない?」と妻が言い、「今夜にでも検討しよう」と家を出た
エレベーターが来たので乗り込む 乗っているのは、同じ制服の人たち
この大きなビルは、オフィスと社宅がすべておさまっている「職住密着」なのだ

彼の生活は、同じビルの24階の自宅から4階のオフィスの往復
彼はこんな安定した生活はないと信じて適応していた

ビジネスマンの例にもれず、彼も近所の店には食傷していたので
上司から聞いた地下列車で20分ほどの店に行き、満腹のため眠りこけ、終点に着いてしまった
地下列車はおそろしくスピードが速いので、オフィスのあるビルから何百kmも離れている

駅員に「家に電話したらどうです?」と言われたが、妻は外出中だった

1週間後、やっと彼を発見した人々は、口もきけなかった
彼は、慣れた環境から放り出され、見知らぬ都会を半分狂ったままボロをまとい乞食をしていたのだ


「ヒゲ」
独力で事業をおこした先輩から「ぜひ、うちに来てもらいたい」と誘われた

誘いは受けたいが、今の会社に随分、世話になり、あと足で砂をかけるような真似はしたくない
会社のほうから退職を勧告してくるか、居づらくなる方法はないものかと相談すると

「ヒゲはどうだ? どんなに文句を言われても伸ばし続けるんだ」
「やってみましょう」

ヒゲは少しずつ伸びてきて、最初のうちはちらちら眺める者もいたが、注意されない

先輩「君の会社でよそへ転職した人間がいるか?」
「いますよ この半年で5人ばかり ホープと言われていたのばかりです」

先輩「それだ 君も警戒されて意図を見抜かれているのかもしれない とことんまでやることだ!」

僕はヒゲを整えるのもやめ、いろんな色に染めた でもダメだった
誰も文句をつけてくれないのだ


「夜行列車」
夜行列車の自由席はがらあきだった
そこに帽子を深くかぶった老人らしき男が座ってきた

「そんなに一生懸命にならないほうがいいですよ
 あなたの会社は半年もしないうちに倒産する
 読んでる本の知識も、2年もしないうちに時代遅れになる」


怒って、帽子をとりあげてぎょっとした 自分に酷似しているのだ

「わしは、あんたのなれの果て・・・未来の姿さ」

男が消えた あれは夢だったのか?
頑張ってああなら、頑張らなかったら一体どうなる?
叫びたいのをこらえながら、また本を読み始めた


「新広告」
「今から当社の研究成果を発表させていただきます」

ユニーク宣伝社は、僕たち経済記者の間では最低評価だ
今度の商品のタイトルも大げさで「消費者を購買ロボットにするユニーク・スクリーン」とある
催眠術と広告を合わせたもので、見ている人間が無意識にものを買わされるらしい

「よう見といてくなはれ」

スクリーンを見ていると、猛烈にノドが乾いてきて、廊下にあるウォータークーラーには行列ができた
やられた! あの広告塔のせいだ

「アメリカでの識閾下訴求広告は禁止されたはずだ」
「まさに、エコノミック・アニマルだ!

世間が騒ぎ、警察も許可できないと言い出した頃
ある大手デパートがユニーク・スクリーンを採用した
合法的にやったのだ

“このカーテンの中に入ると、品物をお買い上げいただくことになります
 それでも構わないという方だけお入りください”

もちろん、デパートは大もうけだった


「ミスター・力レー」
川崎さんは、実直だが、ミスター・力レーというあだながつけられている
毎日のランチでカレーしか食べないからだ

「よほど好きなんですねえ」

「別にそうじゃないが、僕のような所帯持ちは、ランチに使える金は決まっている
 カレーなら、よほどじゃない限り、予算内でおさまるからね
 僕は食べたカレーを全部、記録してるんだ なかなか面白いよ」


手帳を見せてもらうと、食べた月日、店名、値段、味、飯の炊き具合、すべて詳細に書かれている

川崎さんが出向になった時
「君たちと別れるのは残念だが、会社のまわりの店はあらかた食べたから
 また新しい店にあたれると思うと待ちきれないよ

社用を済ませ、同僚たちとたまたま川崎さんの勤める会社を通りかかり
今ごろは部長待遇のはずだから、美味しいカレーをおごってもらおうと訪ねた

川崎さんは豪華なレストランでフルコースの料理を注文した
「カレーを食べないんですか?」

「こっちへ来てから、接待費を使って贅沢な食事が多くなって、
 カレーを食うチャンスがなくなり、僕にはもうカレーの味の判断ができない
 僕は何を楽しみに生きていけばいいんだ


「自動管制車」
大嫌いな記者が言った「ご自慢の自動管制車、今にきっと事件が起こりますよ」

自動管制車のどこが悪い 通勤ラッシュは解消し、交通事故はゼロに近い
浅井は、市の幹部の一人として誇りに思っているのだ

「ご自身でご覧になるほうがいいでしょうな
 市の幹部は、郊外に邸宅を構えて、市庁舎を往復しているだけでしょ?


浅井は幹部の打ち合わせの宴会でだいぶ飲んだ帰り、自動管制車に乗ってみることにした
行きたい停留所のボタンを押せば、ゴンドラが入って、最寄り駅で降りることが出来る

突然1人の男がわめきはじめた どうやら借金の催促らしく、やかましいし、聞くに堪えない
易者が声をかけてきた「あんた、よくない相が出ていますぞ、よかったら見てさしあげるが」

酔って寝ていた男はゲエゲエと吐きはじめ、隅のほうでは男女が熱烈なラブシーンを演じている
けれども浅井はあと30分は乗っていなければならないのだった


「降雪」
今夜はカギタとともに宿直しなければならない
僕たちの仕事は定められた地方に雨が降るようボタンを推したり、記録したりすることだ

四季の移り変わりは昔どおりだが、降雨は特定の地域に集中しないようコントロールし
台風エネルギーを有用なものに転換したりして、世界的なバランスを考えた計画に従っている


カギタは日本の古い行事や風習に異常に興味を抱いている
時代の先端をいく気象制御局の人間が、そんな後進的な気持ちでいいものか?

「寒いな これなら雪を降らせることができるぞ」
「変なこと言わないでくれ プログラムでは、今夜はなにも降らさない予定なんだ」

「やはり、今夜こそオレはやるべきなんだ」 カギタは勝手に計器のボタンを押している
「やめないか!」

カギタは各放送局へメッセージを送っていた

「これは皆様への特別プレゼントです どうか、雪降りしきる大晦日のムードを昔にかえってお楽しみください」


「音」
目の前を同窓のKが通った 彼は有名会社に入り、昇進を続けているはずだ
声をかけると、なにかに怯えているようだ

相談にのるつもりもないわけではなかったが、相手が惨めったらしくなっているのを見て
理由を聞いて幾分かの快感を味わおうという動機のほうが強かった

彼は私を裏道に連れ込んだ

ここならおそらく記録装置はない 君は聞いたことがないか? カチリという音を
 個人の自由だとかいうたぐいのことを口にするたびにカチリ、カチリと音がするんだ


 ある回数に達すると、、、不都合な人間として消される仕組みだ
 最近、蒸発が多いだろう あれは何の痕跡もなく消された人間なんだ

 その装置が仕掛けられているのは、会社だけじゃない 町中いたるところに配置されている」

Kは狂っている 幻聴に悩まされているのだ

だが、あれ以降、私にも聞こえるようになった
上司に反発したり、バーで気炎をあげ、本音を吐くたびに、
カチリ、カチリと音がするのだ


「理由」
叔父と甥の関係でもあり、仕事上では上司と部下の関係の青年は
叔父を階段で突き飛ばし、打ちどころが悪くて死亡してしまった

「被害者は、僕のほうです! 叔父は僕のことなど心配なんかしていませんでした
 はじめ叔父は“会社勤めは神経を使うから、胃をヤラれるぞ”と毎朝顔を合わせるたびに繰り返すんです
 いつも言われているうちに、本当に胃が痛むようになりました

 次に“リラックスしなきゃいけない”と、サウナ風呂をすすめて、“心臓がおかしくなるぞ”と
 何度も言われて、実際に心臓は変になってきました

 “スポーツはやめたほうがいい”と言われ、“足腰が弱くなる”と言われ、仕事にも自信を失いました
 すると今度は“こんなに頼りにならない奴だとは思わなかった”と嫌味を言うんです

 やめてくれと頼んだんです でも叔父は呆れたように何と言って拒否したと思います?
 “自分は叔父で、上司だから”って そんな理由にもならない理由で、僕に干渉し得ると信じきっていたんです!」


「みんなの町」
都市のはずれで育った私は、そこに出張を命じられ、心が躍った
むろん、小さな畑などは影も形もなく、S工場が広大な面積を領して並んでいる

幼い頃走り回った路地はどこへ消えてしまったんだ?
空しさと怒りで足を早めると、母に手を引かれてよく行った商店街に以前の面影があるではないか

「もしもし、あなた このあたりに、何かご用があるのですか?
 さっきから拝見してると、もうこれで1時間にもなります どういうつもりです?」

僕は呆れ、不愉快になったが、その時気づいた
行き来する人のほとんどが今の男と同じような制服を着て
奥さん連中は、胸にS工業のバッジをつけている

「まだいるのですか? 挙動不審の人がウロウロするのは困るんです
 ここは、“みんなの町”ですからね あなたはみんなのうちに入りません
 S工業と関係がない みんなの一員に認めることはできないのです」



「報告者」
女房が法事で実家に行き、僕はバットを持って、団地の屋上で素振りをしていると
なにかが降りてきた 全体にぼんやり光っていて、屋上に着陸した
そこから這い出して来たのは、1mくらいで、大きな頭部、ひょろ長い触手のヘンテコな怪物なのだ(ステキ

怪物が小さな箱を持って言った

「コノ箱ハ、自動言語変換器ダ」
「何しに来た? 地球を征服しに来たのか?」

「違ウ 私ハ調査員ダ コノ星のスベテヲ知リタイ」
「知ってどうする?」

「ワレワレハ、平和デ高度ナ文明ヲ有シテイル コノ星ガ独力デ発展シソウカ
 ソウデナケレバ破滅シナイヨウ指導員ヲ送ッテモラワネバナラナイ」

私はそいつを自分の号室に連れ込むと、新聞や本を片っ端から読み
「信ジラレン コレデハ自滅ヘノ一本道ダ」

そいつはまた飛び立った それから1年 どうなったか想像はつくが僕は知らない


「正義の使者」
ストに入ってから、もう3日目になる
われわれが要求したボーナスの額は高かったかもしれないが、これまでがあまりに安かったせいだ
今期は、新製品が当たり、売り上げも上昇したのだからと言っても、会社側は認めようとしない

そこにどうしても会わせろとくたびれた中年男が来て、“正義の使者”と書かれたたすきをかけている

「10ヶ月分のボーナスとは、身の程知らずも甚だしい! 6ヶ月分の回答を出す会社も会社だ!
 世の中には、労働組合もできない連中がいる 大企業にしぼりとられて泣いている中小企業も多いんだ

 あなたがたの会社がボロ儲けしてるのは、下請けを締め付けた結果じゃないか!
 なぜ、利益を社会に還元しない? 私は正義の使者として・・・」


他の役員や、会社側の委員も来て、「埒もないことを演説しやがって」とののしった

「うちの会社に恨みでもあるのかな」
「じゃ、あと1時間で団交を再開しましょう」


「テレビドラマ」
うちの妻はPTAや、教育協議委員などをいくつも兼ねていて、視聴覚文化にはえらくうるさい
その妻が珍しく子どもとテレビドラマを見ている

一緒に見ていると、だらだらとして、スリルもサスペンスもない

「退屈な番組だね」

そんなことを言うのは、あなたが毒されているからよ!
 以前の、むやみに刺激的な番組に未練があるのよ
 家族が集うお茶の間では、こうして健全な娯楽が正しいの


 こうなったのも、私たちの運動が実を結んだからだわ
 私たち全母親連合は、古い男どもの圧力を跳ね返し、
 いかさまウーマンリブを叩き潰して、ついに巨大な圧力団体よ
 興味本位の番組をやれば、スポンサーは不買運動の対象になる」

妻の演説にうんざりし、外へ出て、一杯ひっかけてから眠るとしよう
こっちが仕事だけに精力をすり減らして、ほかの何事も念頭になかったのがいけなかったのだろうか

馴染みの飲み屋へ来ると、テレビでアクションドラマをやっていた
しかし、ドラマが終わると、死んだはずの男たちが画面に出てきた

「ただ今のはすべて作り事です 残酷な場面ももちろんお芝居です どうかご安心ください


「意欲」
馬場氏からすぐ来てくれと言われた 現代では誰一人知らぬ者のいない異色の超人だ
部屋に入ると、生気のない姿に目を疑った

「あなたの研究報告読みましたよ やる気を失くした人間に催眠術をかけて意欲を取り戻す
 あれを、私にやってくれませんか?


スーパーマンのような馬場氏には関係ない代物だ

「私は本気です 今の私には、もう求めるものがない
 金は充分すぎるほどある 地位も名声も保持している
 だが、引退する気は毛頭ない 現在の状態を維持できればいいんです が・・・

 それでは周囲がおさまらない 私がさらに次の段階目指して頑張ることを期待しているんです
 これ以上あくせくしたくないが、やらなきゃなないんです」

僕は承諾するしかなかった
それからの馬場氏は、新規事業をはじめ、挙句の果ては政治に首を突っ込み過労で急死した
でも、そうなると知っていたのではないかと思うのだ


「パーティー」
常務と課長から
「君、すまないが、取引先のK社の社屋落成披露パーティに出てくれないか?
 お土産があるはずだから、それを持って帰って、常務に簡単な報告をすればいいんだ」

K社に行くと、それぞれグループをなして談笑している
知った顔は見当たらず、彼と同年輩の人間さえいない
要するに、彼はここにいてもいなくてもいい存在なのだ


しかし、来たばかりで、最初にお土産をもらって帰るのはあまりいい図ではない
もう少し辛抱しよう 5杯目の水割りを飲み干してもひとりぽっちだ

パーティとはこんなに孤独なものなのか?
いや、課長らは、こうなるのを知っていて出席するよう言ったに決まってる

彼はとうとうガマンできず泣き出した
それでも軽蔑したような顔をチラと向けるだけで、相変わらず談笑を続けるのだった


「監視員」
工場長
制御室に幽霊が出るなんて、そんなばかな話があるか
 工場の自動制御機構は、もともと人がいなくてもいいよう設計されている
 これまでは2人だったが、単独勤務になったのが面白くないんだろう?」

「本当なんです 座っている僕たちの前に、ぼうっと人影が浮かび上がるんです」

工場医
人は一人きりになると、無意識に自身と対話を始めるものです
 この人たちには強い使命感がある 抑圧が積み重なると、それが視覚的なものになる
 いわゆる幻覚ですよ 対話のための分身です」

「たしかにそうだ 気を緩めると、幽霊が振り返って、話しかけてきそうで・・・」

「みんな大変だろうが、頑張ってくれないか」

「そうはいかないんです 僕たちは幽霊は怖くないけれども、
 会社の方針通り、いつもと違ったことが起こらないか注意を集中させていますが
 幽霊がいつ振り返って話しかけるか、それだけが気になって・・・」


「スポーツ」
集団学習の時間に、同じグループの少年が、ロボット教師の質問に
あまりにトンチンカンな返事をしたため、つい笑ってしまい、自由時間にそいつが来て
「隔離室へ行こう」と言った

「隔離室」は、ロボットが入るのを禁じられている部屋で、人間だけで処理しなければならない問題が起きた時に使われる
僕たちは言い合いとなり、胸ぐらをつかまれ突き飛ばされた 悔しかった

僕は自室に帰ると、補助ロボットに命じて、人間同士の戦いの資料を揃えさせようとしたが見つけられなかった
楽しく暮らしていればよい現代では、争いの記録は抹消されている

そうだスポーツだ!
期待して図書館に行き、昔の文字を読み始めた ジュウドウ、カラテ、ケンドウ・・・
しかし、巨頭と細い腕で、15分以上は立っていられない僕たちには無縁の遺物だった


「模範社員」
私は、今の会社を辞めようと思っている
条件に不足はないが、半年前、川田さんが入社してからおかしな具合になった
「変わってるんだ ひどく折り目正しくて、極端な合理主義者なんだよ」

翌朝、古風な時代遅れの格好の青年が入ってきて、いちいち礼儀正しいため、とうとう笑ってしまった

給料日 川田さんは、ロッカーから巻いた大きな紙を持ち出した みんなに何かと聞かれ、
「配分です 洗濯代とか、詳細を記して、私がサラリーマンとして不健全な使い方をしていないかどうか判断するのです」

それから半年後、川田さんへの評価が上がるにつれて、はじめ笑っていた人たちも
今はみな同じようになってしまったのだ


「帰途」
彼は今日も午前10時過ぎに会社を出た こんなことが3ヶ月も続いている 過労なのだ
国電に乗ると、たちまち眠気が襲う

寝ちゃいけないと言い聞かせたが、とうとう寝てしまい、目をあけると乗り過ごしていた
またやったのだ!

反対方向の電車に乗り、座らずに窓の外を眺めていると、学生時代のことを思い出された
記憶をたどっているうちに、我に返ると最寄りのS駅を発車したところだった

顔をひきつらせ、再びS駅方面の電車に乗る もう乗り過ごしはしない 次の駅なのだ
情けなくなり、カセットテープの早送りや巻き戻しを繰り返すのと同じだと思った

仕事がきつすぎるのだ でも、やらないわけにはいかないではないか
反動があり、見ると、S駅のホームが流れている

泣きそうになりながらタクシーを降りて、自宅に帰ると、妻が寝ないで待っていた
「今日も遅いのね もっと早く帰らせてもらうことはできないの?」


「ロボット楽隊」
僕が家族で住むニュータウンの団地に、月に一度現れるロボット楽隊が通っていく
すっかり慣れたが、多分、中には人間が入っているか、どこかで電波で操っているのだろう

新手のチンドン屋にしては、何の宣伝もしないのが妙だが
最近はCMらしくないのが多いから、逆手に出た広告なのかもしれない

先頭のロボットが、子どもの三輪車につまずいて、ひっくり返り、
すぐ頭をあげ、また行進する その様子があまりに自主的すぎる

僕は連中のあとを追ってみた
ついて来る子どもの顔ぶれは何回も変わったが、相変わらず無表情に演奏しながら
次の町へと歩いて行く 夜になってもそのままで、やむなく家に引き返した

その次の月にもロボット楽隊はニュータウンにやって来た


「日曜日」
日曜日なので、団地内で遊ぶ子どもの声が聞こえるが、彼は仕事に出た
自業自得だ 宮仕えが性に合わず、独学でイラストレータになり
やっと一本立ちしたのだから、仕事がつまると休日どころではないのだ


身をつつむ春風が気持ちいい 彼は自分が多感になっているのを自覚した
忙しさで後回しにしていたが、回り道をしている今、やってみよう

ぶらぶらと歩き、ベンチに座ると、十数人の小学生の姿が見えた
チャンバラをしている様子を微笑して眺めていたが、
その中の一人が子どもの頃の自分によく似ていることに気づいた
他の子どもも小学校時代のクラスメートそのものなのだ

子どもたちは公園から走り去り、自宅に戻ると、電話応対でヒステリックになった妻が叫んだ

「タバコを買いに行くのに、どうしてそんなに時間がかかるの? ほんとに、時間の観念がないんだから

(なんか、この気持ち分かる気がする 家にいると、“数字”がどうでもよくなってくる


「支配人」
私は、今日、この店の支配人に任命されたばかりだ

ウエートレス「お客さんが変なんです
「気味が悪いからって、いちいち逃げてちゃ、商売にならないじゃないか いいとも 僕が出てやる」

ウエートレスが怯えたのも無理はない そこにいたのは化け物としかいいようのない奇妙なしろものだった
口は裂け、鼻と耳がなく、身長は2m以上で、金属製のウロコのようなものを着ている

他の客も食事どころではなくなっている これではいけない

化け物「アレガホシイ」 化け物は陳列棚の見本を指さした
「ビーフカツでございますね 恐れ入りますが、お代金はいただけますでしょうか?」
「コレハ金ダガ、コレデイイカネ?」

支配人は、金塊らしきものを確かめさせると本物だった ビーフカツを持っていくと

「違ウ! アレダ!

化け物は、ロウづくりの見本を3つ、たて続けに食べると店を出て行った
相手が化け物でも、代金はたっぷりもらったし、僕は支配人としては合格だ
次の昇給はきっと多いぞ


「ホテル」
田舎にある工場で商談を済ませ、酒を飲み、気づくと9時前で、もう列車はないといわれた
駅員「明朝の6時過ぎまでありません」

飲み屋に戻り、宿がないか聞くと「2軒ばかりあるけど、こんな時間だから・・・」
やっと探し当てた宿屋は2軒とも、誰も出てこない

そこにホテルという看板を発見し、「泊めてください!」と大声をあげた
案内されると、すべて横文字で、バーに入ると、日本語が通じない
「いい加減にしてくれ!」
僕は逃げ出し、部屋から家に電話しても、交換手にも日本語が通じない

翌朝、フロント係が言った
「いかがでしたか? ここはR工業の海外出張をする社員のための訓練用ホテルで、スペイン語しか使えないんです」


「住人」
目を覚ました僕は、自動洗顔機で顔を洗い、配達された使い捨ての服を着て、外へ出ると
例によって数人の奥さんたちが、僕を見るなり薄気味悪そうに声をひそめるが、とっくに慣れている
ここいらは、僕が生まれ育った土地で、よその土地に行くなんて考えられないぐらいだ

上司にランチに誘われた
「君が自然食ファンだと知ってるから、自然食のレストランに行こうじゃないか」

今は自然食は高いため、何か話したいことがあるに違いない

上司
「君、今でも前のマンションに住んでいるのか? 君の奥さんは亡くなられて10年も経つのになぜ?」
「なぜって・・・」

「今はテンポがおそろしく速い時代、変わり身の速さが尊ばれているんだ
 なのに、思い出に囚われて、同じ土地にしがみついて動かない人間なんて、狂人以外の何者でもないんだよ
 精神病院に入れられたらどうする? 会社も君も困るじゃないか」



「土地成金」
三浦氏は、いわゆる土地成金だ 先祖の田地が、開発ブームで高く売れて、うなるほど金を持っている
僕は、彼の息子の家庭教師をしていた縁で呼ばれた

「ちょっとうちの息子を見てやってほしいんだ
 変にあたりを見回したり、急に高い声で怒鳴ったり 最近流行りのノイローゼじゃないかと思うんだ
 もし医者が大事な息子を精神病だなんて言って、気違い病院に入れられたら、外聞が悪い

豪邸に入り、息子の部屋に入ると、最高級のステレオ装置で占められていて驚いた

「あ、先生 ちょうどよかった 僕は、新生物を発見したんですよ!
 このシステムは高級で、2万サイクルの音も録音できるんです」

テープからキイキという恐ろしく高い音が聞こえてくる

「これは通信なんです 言葉なんです」

「我々の回りに、何か未知の生物がいるというのか? 事実とすれば大変だ
 これはもっと詳しく研究しなきゃならないぞ!」

三浦氏は力ずくで部屋を改装し、アンプなども壊してしまい
結局、実行されずに終わってしまった


「自衛剤」
石原氏は、知り合いに教えてもらった新しい自衛剤を飲んだ
妻「作用キツイんでしょう? こんなこと、いつまで続くのかしら だんだんエスカレートしていくばかりで」

自衛剤とは、大脳皮質刺激による一時的精神活動高揚促進剤で、
何時間か頭の働きが鋭くなるが、その分、副作用で、後にぼんやりしてしまう
これが、時間にしばられて働くビジネスマンに歓迎された


石原氏は、ライバル会社の社員に出くわした もちろん、相手も自衛剤を飲んでいるので
瞬時の間に互いに着ている服などで、月収がどれだけ増えたか推測し、会社の成績をつかみ取った

来客が来て、頭の下げ方がいつもより少し低いため、他で思わしい成果が上がらなかったことが分かる
相手は売り込み、石原氏も頭をフルに使って立ち向かう 騙されたら負けなのだ

経理部長とも渡り合い、表の誤魔化しを指摘し、最小限の譲歩にとどめた

今日使い始めたクスリは優秀だぞ
それから石原氏は、仕事後の、あの平和な低脳の楽しさをチラっと思うのだ


「校庭」
K中学校の宿直室でよく眠ってしまったことに気づいた
用務員にも言われバツが悪い 今日は休日だから校内はしんとしている

そこに数人の男が入ってきた 手に荷物や竹竿のようなものを持っている
用務員もスコップを持ち出して、男たちとともに校庭の真ん中を掘り始めた
バケツで何度も水を入れると、小さな池になり、にわかづくりの池で、釣りを始めた
そして、魚が次々と釣り上げられた

「このあたり、昔は池だったんだ 魚たちの魂は残っていてね
 しばらくすれば消えてしまうが、ちゃんと釣れるのさ」


「拾得物」
係長「君は気が弱くていけない だから八方美人だなんて言われるんだ」
彼にも分かっているが、部下に反抗を許さない係長に逆らったら、どんなにイビられるか分からない

帰り道、腹を立てながら歩いていると、金属製の物体を蹴飛ばした 見慣れぬ武器なのだ
警察に届けようと思ったが、警官がいなかった
これ以上待つと、アパートに錠をかけられてしまう 明日にしよう

戻ろうとすると、クルマが突っ込んできた 反射的に例の武器のボタンを押していた
クルマは消えた これは、物体を原子に分解するのか? 別世界に飛ばしてしまうのか?

狙った相手を消して、形跡は残らないなら、うまく使えば完全殺人も不可能ではない
誰を消してやろうか 彼は空想を楽しんだ

係長「君、どういうワケで自信たっぷりになったんだ? 凄みが出てきたと社内でも評判だよ」

彼は、いつでも消してやるぞという微笑
係長は怯えたように目を伏せるのだ


「出勤」
20分ほど遅刻して急行に間に合わず、郊外電車に向かいながら憂鬱だった
あの猛烈な人波の中を、死に物狂いで乗り込み、身動きできないまま、
1時間以上も揺れられることに、はやくも疲労を感じている


電車に乗って、妙なことに気づいた 車内を見渡して、危なく声が出そうになった
いくつか空席があり、立っている者がいないのだ

休日ではない ストの心当たりもない だがいつもの人々はどうしたのだ?
ひょっとしたら、今、とてつもない大事件が起きているのか?
これは錯覚で、まだ寝床で夢を見ているのか?
不安というより恐怖だった

そのうちホームに着くと、行き交う男女、正常だった 僕は安心した
しかし、忘れようとしても、つい考えてしまい、仕事で何度かつまらぬミスをした

翌朝、行くとホームは満員 昨日空いていた理由はどんなに考えても分からないが
ラッシュが嬉しかった 僕は歓声をあげて、急行のドアに突進した


「似合いの夫婦」
同窓会の仕事で、学校に行くと、幹部はもう集まっている 会報づくりなのだ
私たちは、コンピュータを利用する

今は、個人番号など一連の数字を押すと、自動的に返事がきて、そのまま会報の原稿になる
一人ひとりが何をしたかがすべて分かるため
「××さん、また離婚したらしいわよォ」と時々手を止めて、あれやこれやと噂話に熱中する
何の報酬もない作業で、こんな楽しみがあるからこそ続いているのだ

プライバシーもあるため、本人が役所にこの事項は秘密扱いにしてくれと届け出ると公表されないが
それはそれで余計面白い

顔見知りのPさんは、今年のつい1ヶ月前までまったくのブランクになっていて、
その後、別の会社に勤めていると分かった
Pさんは秀才で、冷たい感じの美人のため、女王様づらをして、私たちを見下している人物だ

「どう思う? 秘密扱いって、よほど個人的か、犯罪に関したことでないとしてくれないわよね」
「分かった! 彼女、結婚詐欺にひっかかったのよ この頃、そんなニュースがあったじゃない」

帰宅した夫は
「チーフに呼び出されて文句を言われたよ 会社のコンピュータは記憶しただろうな
 でも、誰でもミスはしているから、いちいち気にしていられるもんか」

「私たち・・・どうやら、うまく適応しているのねえ」


「青い市民証」
僕は5年ぶりの故国、日本を機内から見下ろして泣きそうになった
若者らしい野心に駆られて日本を出たものの、何をしてもうまくいかず
各地を転々として放浪した挙句の帰還だった

係官
「市民証は? 国民総背番号制が施行されて以来、日本人は市民証を携行することを義務付けられているんです
 あなたの場合は手続きが必要だ 役人のスピードは昔とは違います 発行には30分もかかりませんよ」


部屋には人はいない スピーカーからの恐ろしく詳細な質問に答えて、市民証を発行してもらった

乏しい金を握り締めてレストランに入ると、「市民証をお見せください」
見せると「冗談じゃないわよ! 出て行ってちょうだい
ほかの店も同様だった

近くの交番で警官に聞くと
そりゃ、お前の市民証が安物だからだ 全部で400あまりの階級があって、それぞれの社会的信用になってる
 その青色は最下級を意味する 気にするな 毎年書き換えなきゃならないから、
 その間にお国の役に立つよう励むんだな あの連中のように、清掃奉仕などから始めるのもいいだろう」



【山田宗睦解説 内容抜粋メモ】

私はショートショートのあまりいい読者ではない
眉村氏とのつき合いも、たぶんはじめは尾崎秀樹が仲立ちしてくれたと思う
私に映った眉村氏は、折り目の正しい人だった

今作を読んで、彼がなかなか風流だと知った
私は、このごろ、人類は破滅の道に入り込んだと観じ、
ならばせめて優雅に滅びたいと念じているが、眉村氏はともに語るに足る風流の士に映るのだ


「ミスター・カレー」を読むと、伊勢物語を思い出す

“古のしづのをだまきくり返し昔を今になすよしもがな”

「降雪」を読めば、風流の始祖、在原業平の歌が古今集にある これを踏まえた新古今集の一首で

“夢かともなにかおもはんうきよをばそむかざりけん程くやしき”

今の遁世を夢とは思わない 現世に背かなかった間が悔しいというのである

しかし、世を捨てた者が、離れて見たものをもって、もう一度この世に戻るのが
遁世、風流の根底的(ラジカル)な性格なのだ

発表した順に並べられている全編を素直に読むと、誰もが自然に気がつく
この世を離れ、外からこれを批判しようとする遁世者の面目がうかがわれる

「ロボット楽隊」がちゃんとニュータウンにやって来たことの恐ろしさ
それについての眉村卓の風流な警告の意味を理解できるのではないか



コメント

『ショートショート一分間だけ』 眉村卓/著(角川文庫)

2017-07-04 11:59:00 | 
『ショートショート一分間だけ』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和55年初版 昭和56年6版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]

アキラ、イサム、ウタロウ、エリコ…次から次へと登場する、きみの名前や、ともだちの名前! みんなが、このショート・ショートの主人公なのだ。
分身の術を使って試験問題を事前に盗みみたてん末は?
テスト中に"時間よとまれ"と祈ったら、ほんとうに止まってしまった話。
実力テストで、トップになったとたん、ピストルで決闘する恐ろしい夢ばかり見るようになった話。エトセトラ……
きみらが出てくる、きみらのための、とても愉快で、ちょっぴり身につまされる、ショート・ショート全68編!


【眉村卓あとがき 内容抜粋メモ】
このショート・ショートは、“進学・サンケイ中学生”紙上に、昭和52~54年まで
全68回にわたり連載されたものです

連載をはじめようとしていた頃、娘が気になることを言いました
僕が書くジュニアものの登場人物の名前は、みんな何となく似ている、というわけです
そんなことはないはずだ、と思ったりもしましたが、たしかに、1人1人の作家が使う
登場人物の名前には一定の傾向というか癖があって、僕も例外ではないかもしれません

とすると、これはショート・ショートを書いているうちに、
うっかり同じ名前を何度も使うのではなかろうかと不安になってきました
そこで登場人物の名前の最初の音をアイウエオ順にしようという一策を案出しました

ともかく連載が終わり、本になるとなれば、今度は本の題名をつけなければなりません
1分間だけ、というのは、このショート・ショートを1つ読むぐらいの時間ではないだろうか?
で、そうすることに決めました
というのが、このショート・ショート集が出来るまでのいきさつです




眉村さんの言う通り、1話が1分間ほどで読める上、どれも、面白い
軽く読んで楽しめるSF
だんだん、名前が苦しくなってくるあたりも可笑しいしw


あらすじ(ネタバレ注意


「ア 分身の術」
明日は期末テストの最終日
アキラは、聞いていたラジオのDJが「分身の術」について話しているのに興味をもつ
それが出来れば、明日の問題が見られるのでは?
全神経を集中させると、体から抜け出し、学校に向かい、問題をすべて頭に叩き込んだ

母「アキラ、気がついたのね!」
父「お前は丸5日も意識不明で眠っていたんだ もう目を覚まさないかと思った」

喜ぶ父母 アキラはとうに終わったテストのことをぼんやり考えていた


「イ 箱」
イサムは頑張っても成績が上がらないことに悩んでいた
ベンチの端に箱があり、声がした
「ワタシハ不定形ノセイブツ 他ノ生物ノ中ニ入ッテ、仲間ニナルノ
 ワタシハ他ノ生物ヲ助ケルノガタノシイノ」

「そんなうまい話があるものか」

「アナタハ勉強以外ノコトニ興味ガナクナルデショウ」

それを聞いて、好きな野球や、好きな女の子のことを考えて迷っていると、箱は消えていた

イサムのクラスに成績が急上昇したが、勉強しかしなくなった生徒がいる
あの箱のいいつけに従ったのだろうか 僕は損をしたのだろうか、と考えたりするのだ


「ウ 父の料理」
母が同窓会に出かけていて、父は酔って早く帰り、晩飯を作ってやると張り切っている
できたのはシチューともカレーとも言えない代物で、お世辞にも美味しいとは言えない

だが、食べながら、何気なく観ていたつまならいテレビドラマにやたら感動して
2人でぼろぼろ涙をこぼしていた

その後、元に戻り、テレビを見ても感動などしなくなった
あれは父の料理のせいだと思い、またあんな気分になってみたいと思うが
酔っていたため、二度と同じものは作れないのである


「エ テレビの自分」
エリ子は変な夢を見た 自分がアナウンサーになり、難しい質問にすらすらと答えている
翌朝、テレビに自分が出ているのを見て、エリ子も父母もビックリする 夢の通りなのだ
数分経ち、海外ニュースにかわり、「手違いをお詫びします」とテロップが出た
テレビを見たという知り合いから次々と電話がきても、母は説明できない


「オ 教育ルーム」
“都市運営局は、教育環境向上の実験を施行します
 教育ルームの壁から、心を和ませる感情コントロール線が放射されます
 ムードが明るくなり、学習意欲も向上すると期待されています”

オサムが教室に入ると、楽しくて、ちっとも勉強する気になれない
「先生! みんなで歌をうたおうよ!」
「やるか!」

歌ったり、踊ったり、大騒ぎとなった

“都市運営局は、さらに完全な方法が見つかるまで、当分、実験を中止します
 子どもたちの日ごろのストレスの蓄積が大き過ぎたため、
 どの教育ルームでもお祭り騒ぎになってしまったのです”

翌日、みんな昨日の騒ぎが恥ずかしくて、空しい顔つきだった
先生も、昨日のことを忘れようとして、さらに単調に授業を始めた


「カ 好き嫌い」
加藤は食べ物の好き嫌いが激しくて有名で、学校で弁当を食べているのを見たことがない
「お腹空かないか?」「別に」

修学旅行で僕は、加藤が1度も飲み食いをしない様子を見て
「君はひょっとしたら・・・ロボットとか?」
「仮にそうだとしても、レントゲン程度では見分けがつかないだろうからね」

僕は分からなかった 加藤がロボットなら、どうしてもっと成績が良くならないのか?
平均的人間を標準にするのが当然なのだろうか


「キ マンション」
紀久夫は、天体望遠鏡をもって、いとこの清の家に行った
間違えて下へ行くエレベーターに乗ってしまい、ドアが開くと、何十人もの男が焚き火を取り囲んで座っている
彼らが気づいて、刀を抜いて走ってきた時、やっとドアが閉まって、上に向かった

清「このマンションに地階なんてないぞ! 何か見たのか?
  ここらは古戦場で、たくさん人が死んだらしい
  時々怪しいことがあると噂だけど、もちろん迷信さ!
  僕らみたいに科学をやろうという者には関係ない」


「ク バスに乗れば」
国彦がバスに乗ると誰も乗客がいない
夢中で本を読んでいて、ふと窓の外を見ると見覚えのない街を走っている
1路線だけでバスを間違えるはずはない しかも、バスはどの停留所にも停まらず、回送と書いてあった

「運転手さん、おろしておくれよ!」

国彦をにらみつけた顔は、角を生やした鬼なのだ

母「鬼の運転するバスに乗って、山で鬼が外に出た隙に逃げてきたなんて 言い訳はやめたらどう?
  もう11時よ いい加減にしなさい!

国彦はため息をつくほかなかった


「ケ 交信」
円盤型の宇宙船は、偵察隊で、この星の住人数人に接触するのが目的だ
研一は、近道を自宅まで急いでいて、異様なロボットと遭遇した
こんな時間に、こんな廃工場を通ろうとしたのが間違いだった

隊員「どうしてでしょうね 我々のロボットは、ちゃんとあの少年に話しかけたのに、どうして通じなかったのでしょう」

隊長「あの少年は、ロボットの電波を受信し、同じ周波数で返事するはずなのに まったくワケの分からん連中だ!」


「コ 春休み」
春休みで、いつものグループで映画にでも行こうと約束していたのに、光二は15分も遅刻していた
待ち合わせの場所にはもう他の4人が来ていた

「図書館で、新学年に学ぶことを調べに行こう」
「映画を観るんじゃなかったのか?」
「映画? それは何だ? 勉強が我々の本分なのだ」

光二は茫然とした みんなはどっと笑い出した
「今日は四月馬鹿(エイプリルフールのこと?)だぜ!
 君があまり遅いから、みんなで一杯食わせたのさ!」


「サ 花を見ない?」
サツキはバスに乗り遅れそうだった 次のバスを逃すと完全に学校に遅刻だ

いつも門を閉じている古い邸宅の門が開いている
門の中には色とりどりの花が咲き乱れていて、とてもきれいな女性が
「お嬢さん、うちに入って、私と一緒に花を見ない?」という

迷ったが断るしかなかった 女性は寂しそうに微笑んで門を閉じた

帰り、まだあの女性はいるかブザーを鳴らしても誰も出ない
そこに青年が通りかかり「その家には誰もいないよ」

事情を話すと
「ここは半年前まで、詩人の女性が1人で住んでいて、花が咲き乱れていた
 今は家も売られて、とり壊しになるそうだ
 そういえば、彼女はしょっちゅう言っていたそうだよ
 “本当に美しいものに触れたいと思えば、何もかも捨てなければならない”って」


「シ 時間停止」
伸司はテストであと1問解けたら全問できるというところでチャイムが鳴りだし
「時間よ 止まれ! 他のどの時間でもいいから、今に回してくれ!」と願うと
本当に止まり、答えを書いて提出できた

が、その後、どの時間が空白になるのか気味が悪くて仕方ないのだ


「ス 録感テープ」
申し込んだ録感テープが届いて、早速ススムはヘルメットをかぶりスイッチを入れた
「これはビーフステーキというものです 昔、動物性たんぱく質を贅沢にとっていた頃は、こういうものがありました」
こんなに美味しいものがあったのか!

母「こんな録感テープを勝手に申し込んだりして!
  これは望ましくないテープリストにのってるの、知ってるでしょ!

それからススムは、ろくに味もない現代の合成食品を見て、とても食べる気がしなくなる


「セ 消える」
学者の父の書斎に入った精二は、「念力の使い方」という妙な本を見つけた
他人を一時的に消す方法も載っていたが、修行した者以外使ってはならないと書いてある

1週間後 厳しくて有名な英語の授業 彼は予習をしてこなかった
そうだ、この呪文が効くか試してみよう 先生が消えれば・・・
気づくと、みんな黒板を見つめ、授業をしているが何も聞こえない どうなったんだ?

「お前、英語の時間、どこへ行ってたんだ? イヤな科目だけエスケープするのは
 一番いけないって、先生、ひどく怒っていたぞ」


「ソ うるさい町」
宗平は、友人の創一とサイクリングに出かけ、見知らぬ町で迷ってしまった

60歳ぐらいの男性がやって来て
「おまえたち、なんだ! 道の真ん中を、2台も並んで走って

その後も、次々と大人に怒られ、
「この町では、大人は大人、子どもは子どもだ! 言いたいことがあるなら、独り立ちしてから言え!」

なんとか町から抜け出し、その話をすると、どの父母も、その町はどこにあるのだとしつこく尋ねるのだった
大人たちは、その町を見学して、自分らの町もそうしたいらしいのだ


「タ 古典の授業」
「きょうは、俳句を感じ取る授業をやります」

旅に病んで夢は枯野を駆けめぐる 芭蕉

生徒「歩くって、どこを? エアカーに跳ね飛ばされないのですか?」
教師「人間のための道を歩いたのです」

スクリーンには何もない道の立体写真が表れたが、タカシはどうにも想像出来なかった
枯野の想像復元図も投写されたが、やっぱり分からない

この間、成績があがった褒美に、やっと鉢植えを1本もらったばかりで宝物なのに
そんなに草が生えていて、しかも枯れているなんて

生徒も気の毒だが、こっちも悲壮なんだぞ、と教師も思う
一応勉強したものの、自分もやはり旅も道も見たことがない
それを教えなければならないから大変なのだ


「チ チカラくん」
主税と書いてチカラと読む男子がいる 彼は名の通りすごい力持ちで
時には70kgもあるものを持ち上げることもある

本人に聞いても「その気になって、えいっと力を入れると何とかなるんだ」
先生「君は、人より集中力がはたらくのかもな」

チカラくんは、成績が伸びないのを悩んでいたため
女子「勉強にだけ集中してみたら?」

その後、チカラくんはトップになり、みんな驚いたが、チカラくんは泣きそうな顔で
「成績はいいけど、力が出せなくなって、自分のイスも動かせないんだ」


「ツ 老店主」
勉は、古本屋が好きで、よく行く古本屋で、背文字のない本を見つけた
店主が表に出ている間に覗くと、中は白紙だ いや、それは錯覚で文字が書いてある
とても面白くて、引き込まれ、店主が戻っても、最後まで読んでしまった

「面白かったかね?」
「ええ すみません 立ち読みしてしまって」
「いいんだ で、どんな話じゃった?」

言われてみると、面白い小説だったのに、筋さえ覚えていないのだ

それは、読む者の心を映す本じゃ 偶然、わしの手に入った
 中には何も書かれていない 本を開いた者が、こんなものを読みたいと思うままが見えるんじゃ
 わしは20代の時に手に入れ、その時読んだものと、今見るのとは違う
 売ってしまおうかとも思ったが、いざとなると売れないんじゃよ」

(『はてしない物語』みたいだな


「テ 一分間だけ」
居眠りしていた生徒を教師は叱った

「気のないものにまで時間旅行を教える必要などないんだ それを必須科目に入れたりするから・・・
 その装置に入って! それは、君を過去の人間の心に送り込み、
 見たり聞いたりすることをそのまま経験する装置
で、1分間で切れて戻ってくる いいな」

目の前に奇妙な機械が現れた こっちへ走ってくるのはロボット動物らしい
気づくと装置の中にいるのを自覚した

「赤信号を無視して飛び出して、車道の真ん中で叫んだりして 交通ルールを守らなきゃダメだぞ!」

哲雄は黙っていた クルマがロボット動物に見えて、ロボットのくせにと腹が立つなんて
自分でもわけが分からないのだ


「ト カード」
俊男たち3人は田舎の親類の家に行くため列車に乗っていた
お喋りにも飽きて、トランプ遊びも飽きて、俊男は最近凝っている手品を見せて
友人はすっかり感心していた

「失礼ですが、私もお仲間に入れていただけませんか? 私にもやらせてほしいんです」
「どうぞどうぞ」

青年は、カードを何枚か抜いてもらい、すべてハートにしてみせ、突然、停まった駅でおりた

「上手いなあ」 遠井と富沢が、カードを見てみると、全部ハートになっていた
青年は手品ではなく、超能力かなにかでカードを変えたのだった


「ナ 白い本」
奈津子は白い本をもっている 買った人が自分で書くのだが、忙しい毎日でまだ放ってある
遅刻しそうで、落ちたその本を拾い上げると、中に絵が描いてある
(印刷されてるページもあるんだわ)
中を読みたかったが、時間がないから後で読もう

その後も、ひどく忙しい時にだけ、白い本には絵と文章が刷られている
落ち着いて見ると、白紙なのだ


「ニ 落とし穴」
林間学校で落とし穴を作ろう、と言い出したのは西本だ
僕らは1m半の深さの穴を掘り、周囲を隠したところに、意地の悪い二村先生がやって来た

僕らは黙って先生が来るのを待った「お前たち、さっさと・・・」
ドサっという音とともに消えた 穴の深さからして首から上は見えるはずなのに
穴を覗くと誰もいない 様子を見に降りた西本の姿が足から順に消えていった

大騒ぎになり、みんな穴の周りに集まったが、誰もおりて確かめようとはしない
馬鹿馬鹿しいと怒鳴るだけだった


「ヌ 侵略者」
夜、部屋のベランダから音がして起きた 午前3時
窓の下が光り、ガラスが溶けた

縫子「助けて!」

父母が部屋に来ると、ガラスの穴から人形が4、5つ飛んでくる
棒から光が出て、縫子のパジャマが黒く焼けた

父母は、夢中で小さな人間に手当たり次第モノを投げつけた
ベランダには直径2mほどの円盤が浮かんでいた

「ひょっとすると、小さな宇宙人かもしれないな」

最近、何人かのクラスメートが同じ話をしていて、変な作り話はやめてよ、と笑い飛ばしたのを思い出した


「ネ 交戦」
「本船は、未知の宇宙船と遭遇した ただちに持ち場につけ!」

交戦している相手が何物かつきとめる分析をする局員 ネイアもその一人
「どうも、我々と似た連中が操縦しているようだ」

船長「我々が交戦していたのは、同じ目的を持った、別の太陽系から来た人類らしい」

局長
「つまらん話だ 遠い昔、地球を離れて、別の太陽系に植民し、
 何百年も経って、故郷の地球を探検しに戻った我々が、
 他の世界へ植民した人々の子孫と出会うやいなや戦闘するなんて
 人類は、いつになっても疑い深くて、戦闘的なんだなあ


「ノ のんびりしなさい」
往診にきた医師は「勉強のしすぎです 2、3日のんびりしたほうがいいね」と言った
だが、1週間後には実力テストがある 伸彦は気が気ではない

「私は、他の世界の困っている人々を助ける組織のメンバーだ」
フシギな服を着た男がいつのまにか部屋に立っていた

「君はこの装置のボタンを押して、欲しいものを念じればいい
 心も身体も休めて、今の時点に戻ってくればいい」


伸彦は、どんどんいろんなものを出した
お城のような家、ご馳走、何百人の使用人
まるで王様で、人々をこき使い、遊ぶだけ遊び、すっかり満足した

やがてまた現れた男は怒っていた

「君は、自分が楽しみたいために、人間を酷使し、苦しませて
 君が必死に勉強しているのは、そんな人間になるためだったのか!」



「ハ 通り雨」
大粒の雨が降り出し、速雄は、古びた喫茶店に入った
「キミ、中学生? 我々を助けてくれないか? 国語をやっていて、この字は何と読むのだろう?」

30か40歳ぐらいの男たちは深刻な顔をして、「山」という文字を示している

「我々は、それぞれの専門で博士号を持ち、なぜこの字がこの形をして、
 この筆順になったのか討議したところだが、発音についてはよく分からない
 君は中学生だから、ちゃんと知っているんだろう?
 まあいいや どうやら君も我々と同じらしい」

速雄は外に出ると、中には誰もいない
自分の勉強は本当なのか、自信をなくしてしまっていた


「ヒ 幻覚センター」
「幻覚センターに行かない? 新しい使い方を勉強したんだ
 君は4級感覚士に合格したんだろう? その感覚で味わってほしいんだよ」

ヒロコは断れずに、幻覚センターに行き、ヘルメットをかぶった
惑星が近づいてくる 毒の大気だ 地表に来ると、奇妙な動物が走ってきた ぞっとする姿なのだ

「まあ、そう怒るなよ 今のは、もし木星に生物がいるとして
 地球を見たらどう映るかプログラミングしたんだ」

ヒロコは、まだヒサオが怪物のように見えるのである


「フ いやな夢」
不二夫は悪夢を見て起きた 西部劇の撃ち合いのようで、あぶないところで助かるというもの
再び見た時は、もっときわどい勝負だった

あまりにたて続けに見て、相手の顔がクラスメイトらしいと気づいた
決闘の夢を見るようになったのは、実力テストでクラスのトップになってから

「クラス一番がなんだ 学年一番や、全中学何番という連中はどうなる?」

その夜から、駅馬車の夢を見るようになった
中学生くらいの年のインディアンの大群に追われ、彼は馬になって必死に走っているのだった


「ヘ われわれは決定した…」
父「今、変な電話があったんだ お前を預かってるとか、人格改造がどうのとか」

平一が電話をとると「我々は決定した そこにいるのは、本物ではない 本物の声を聞かせてやろう」
「どうか気にしないでください 僕は運命を自分で決めたいのです」電話は切れた

また電話がかかり、同じやりとりの繰り返し そこで自分の声が学校での教科書朗読のものだと気づいた
他の声はいろんなドラマのセリフらしい

先生「こんなイタズラが流行していましてね 学校へテープレコーダーを持参する生徒が増えて以来、しょっちゅうなんですよ


「ホ 古代文書」
家庭教師の堀さんがいなくなってしまった
研究室で古代文書を解読していて、歌らしく、歌詞も解読できたからと歌って聞かせてくれた
異様な、地底から響いてくるような歌で、窓から急に風が吹きつけ、堀さんは消えてしまったのだ

あれは、きっと大西洋に沈んだというアトランチス人の呪文
堀さんは知らずに元通りの発音とメロディで唱えてしまったのに違いないのだ


「マ 博覧会」
マチコは歴史大博覧会に来て、精巧な人形がいきいき動いているのに見とれていて、みんなとはぐれたことに気づいた
通用門のドアを開けると、パンツ1枚の男が出てきて「ガアガア」とわめき突進してきた
逃げると今度は武士がいて「助けて!」

そこに係員が数人来て、男らを取り押さえた
「ショーに迫真感を与えるために、出演者にはその時代の人間だと信じるよう催眠術をかけてあるんだ
 あんたが無事でよかった」


「ミ 空き地」
幹男が歩いていると、空き地に何十人もの鎧武者がいる
全員、血を出し、大将を守っていたが、そこに攻め手が来て、凄まじい戦いとなった
大将は滅多切りにされて、首を落とされた なんと残酷な、と身震いした途端、武者らは消えた

父「この辺は、古戦場で、あの辺で有名な武将が討ち取られたそうだ
  私の祖父も父も見た 私自身も子どもの頃、2、3度見たが
  経験のない人には喋らないようにしてるんだ」

その1年後 空き地にはビルが建った
この調子では、自分の子どもはあの幻は見れないだろうなと幹男は思った


「ム 待合室」
麦子は虫歯が痛みだし歯医者に行くと、小学生らしい子どもが5、6人いる
なにげなく横を見ると分厚い本があり、英語ではない どんな人が読んでるのかしら

ドアが開き、泣き叫んでいた小学校1年生くらいの男の子が出てきて、本を持っていこうとするので

「それ、あんたの本なの?」
「ぼく、ラテン語やっているんだ」

「まさか!」
「返してやってよ なにもフシギなことないじゃないの」

待合室にいる子どもたちが読んでいるのは、みな、分厚い難しそうな本ばかりなのだ
隣りの女の子も数式だらけの原書を読んでいる
その子は奥の治療室に入り、すごい声で泣き始めていた


「メ 宿題」
めぐみは夜道を歩いていたら、大きな犬がいて悲鳴をあげそうになった
牙をむき出して「コケコッコー!」と鳴いて、それがニワトリだと気づいた
しかもどんどん小さくなり、ヒヨコになって消えた
が歌っているのを聞いた 意味不明な音でブザーの音になってしまった

先生
「なんだね、これは! 僕はギリシア神話の世界を空想して録感装置に記録してこいと言ったんだ
 それで美術のセンスが分かるからだ」

めぐみは、録感装置をかけたが眠ってしまい、夢がそうなってしまったのでどうしようもなかった


「モ 先生の年賀状」
正月 担任から年賀状が届いた
「いよいよ受験が迫りましたね 気を緩めずに頑張ってください」

次の年賀状も担任からだ 間違えたのかしら? でも文面が妙だ
「高校生活の最初の1年間はどうでしたか? 今年も充実した毎日を送ってください」

消印を見ると来年の日付ではないか
とすると、自分は受験で高校にパスするのが約束されたことになる

最後の1枚も担任だった
「せっかく中学浪人に踏み切ったのですから、今年はぜひ合格してください」

消印はやはり来年 元子は、相反したハガキを見比べて、泣きそうになっていた


「ヤ 寒さ」
「寒いな」
「辛いな」
「早く交代時間がきて、基地のあたたかい部屋で眠りたいよ」

「こんな寒い場所で、原住民と同じ格好をして 俺たちはそっとコートを持ってくるからいいが」
「仲間もだいぶ凍死したしな」

隊長のヤーヤーベゴ
「そんなものかぶっていちゃ疑われるだろう!」とコートをつかみとった
「新しい居住惑星を手に入れるために偵察にきている使命を忘れたのか?」

「コートを取られたなあ」
「もうすぐあれが降ってくるぞ」

まもなくジャングルにスコールが降り注いだ
2人はもう凍死寸前なのだ


「ユ キャッチボール」
「キャッチボールやらないか?」 行夫の部屋に兄が入ってきた
スポーツが得意な行夫と逆に、兄は不器用で何をやらせてもダメなのだ

「今日はヘマはしないぞ」 兄は耳にイヤホンを押し込んだ

飛んできた球の速さは、いつもとまるで違っていた
兄は返事をしないばかりか、半分目を閉じている
耳からイヤホンがはずれ、今度は暴投だった

「やっぱりダメかな ゆうべずっと名選手のビデオを観続けて、自己催眠術用テープを聞いたんだが
 科学的にやってもスポーツはうまくいかないもんだなあ


「ヨ 夜店の時計」
ヨシ子は近くの本屋に参考書を買いに行くと、夜店が出ていた
「お嬢さん、50円投資する気はないかね?」と突然、声をかけられた
いわゆるアテモノ屋で、引き当てたカードの番号と同じ番号の景品をくれる

50円ならと引いてみると「大当たりじゃ」男は小さな箱をくれた
家で開けてみると時計が出てきた 針も動いているが、10時までしかないのだ
「やっぱりインチキなんだわ」

しかし、その時計は1日経つと、ちゃんと元のところに来ている

父「こんな単位の国が地球上にあるのかな 別世界か、別の時代の時間単位みたいだなあ」


「ラ 質問者」
雷太は英文和訳が苦手だ 校庭の隅でノートを広げていると
帽子を深くかぶり、マスクをした男性から声をかけられた

「すまないが教えてくれないか あれは何をしているんだ? スポーツというものなのか?」

どうして、こんな分かりきったことばかり尋ねるんだ?

その時、ソフトボールの球が飛んできて、男の頭にまともに当たり、頭の上半分がカタンと外れて地面に落ちた

「これは失礼した この言語変換装置がないと、人間の言葉が喋れないものでね
 騒ぎになりそうだから行くよ さよなら」

「あいつ、ロボットじゃない?」

あれは地球の生物ではないかもしれない けれども、それはどうでもよかった
あいつの言語変換装置があればテストもラクなのになあ、とそればかり考えているのだった


「リ 箸」
母とリエは古びた構えの和食専門店に入った
紙に包まれた箸を出すと3本もある
「おかしいわね」と言いつつ、1本を置いて食べ始めた

「あーあ 世も末だなあ」先客たちが次々に言い始めた

「あなた方、作法もなにもあったもんじゃない!
 大昔から箸は3本と決まっておる それを近頃はみんな2本で食べたがる
 この店は古来からのしきたり通り3本で出すので有名なのに」

5、6人の先客はみな3本で器用に食べている
新しくきた若いカップルもやはり3本で食べ始め、
母とリエは食事どころではなく、箸が3本なのが当然の気がしてくるのだった


「ル 授業中」
「そこの君、何をしている!」 先生に怒鳴られて、ルリ子は読んでいたパンフレットを机の下に隠した
「何だね、これは よそのクラスでも、こんな妙なものを持っている生徒がいたという話だが」

「・・・新しいタイプのマンガなんです」

しばらくしぼられた後、仲間にも伝わり呼び出された

「マンガで押し通したのはよかったが、緊急の通信で先生に見られるのはやはりまずいよ」
「でも、我々が人間に変身して入れ替わっていることを、本気で考える者はいないだろうよ」


「レ 目覚まし時計」
父「ウチの会社で開発した目覚まし時計だ
  合わせた時間になると、直接本人の意識に働きかけて、イヤでも起こす性能をもっているそうだ
  あまり革新的だから、発売前に、社員の家庭で試用することになった」

明日は土曜で家族はイヤがり、玲子はなかなか起きれない癖があるため「私が使う」と言った

コードのついたヘアバンドみたいなものを装置して眠ると
白い着物の幽霊が恨みのまなざしでじっとこちらを見ている
走って逃げると、掲示板に玲子の零点の答案用紙が貼り出されていて、
クラスメートがげらげら笑っている 彼女は目を叫び声をあげて起きた

父「技師が言うには、人間の心の奥底に潜む恐怖心を刺激してショックで目を覚ますそうだが
  使用した人はみな気分が悪くなるらしい 商品にはならんようだな


「ロ 「月での遭遇」」
母船から離れた月面着陸船は、初めて地球から見えない月の裏側に降り立った

「注意! UFOだ!」

UFOは船の近くに着地したが
母船からは「向こうから働きかけてくるまでは、予定の仕事をしてくれ」と指示があった

スケジュールに従い、組み立てにかかったが「もう辛抱できない あっちとのコンタクトのほうが先だ」
とロジャースが言い、ロクローも応じて、2人はUFOに近づいていくと

「シゴトヲ、ツヅケテクレ ワレワレハ、ヤットウチュウリョコウヲハジメタキミタチヲ、
 ケンブツニキテイル、カンコウセンナノダ
 キミタチノ、ゲンシテキナシゴトブリガ、タノシイ カマワズ、シゴトヲシテクレナイカ」



「ワ お守り」
学校の帰り、クラスメートの若子と本屋に寄り、お金を払う時にお守りが落ちてしまった
若子は2つのお守りを見て「甲神社と乙神社ね 丙神社があれば、まあまあだけど」

家に寄るように言われ、若子の部屋に入ると、神社の一覧表の大きな本を出してきた

「神社にも由緒や位があるのよ だから神さま同士の関係で、仲がいい、悪いもあるの
 お守りをいっぱい持っていても、力が何倍にもなったり、逆に打ち消して意味がなくなったり
 マイナスに作用したりもするのよ

 私は自分のために一番いい組み合わせを持っているわ」

(江原さんか誰かも同じことゆってたな? 神さまに仲がいい悪いはないと思うんだけど

若子な十数個のお守りを見せた

「でも大変なのよ こんなことを調べながら、勉強もしなきゃならないし


「ガ 電話の会話」
塾の懇親パーティで、若い教師が「催眠術をかけてやろう」と言い出し、
絶対かかるものかと見得を切ったのに、いつの間にかかかった岳郎は、鳥の真似をしたりしたらしいが記憶がない

翌朝「やられたなあ」と思っていると、その教師から「ハロー、ガクロウ?」と英語で電話がかかってきた
岳郎もなぜか流暢な英語で会話していた

電話を切って、母に「僕の英語、どうだった?
母「英語? ふつうに日本語で喋っていたじゃない いつもより気取った調子だったけど」

塾の教師に電話すると
「僕は君に後暗示をかけたんだ 僕のハローという声を聞くと
 英語を喋っているつもりになる ま、そう簡単に英語が上達するなら苦労はしないよ


「ギ ロッカー」
銀子は新しいロッカーを開けると、中から火薬のニオイがしてきた
爆発音もして扉を閉じて鍵をかけ、慌てて教師を呼びに行った

「そのロッカー、異次元に通じているんじゃないですか?」
「馬鹿馬鹿しい」

教師がロッカーを開けると、機関銃みたいな音がして、ケムリの中から血だらけの顔が現れた
しきりに「助けてくれ」と訴えているようだが、教師はわめきながらその人を押し戻し、扉を閉めて鍵をかけた

「あり得ないが、この奥は、別世界に通じているのかもしれない」
「今の人、助けてあげないんですか?」
「助けるべきだろうが、へたをすると大騒ぎになるし・・・むつかしいところだなあ」


「グ 交代」
しばらくでいい 休みたい グルマーチキは、遠い仲間に伝えようと交信用の装置を組み立てた
グルルースンは次第にハッキリと形を整えながら言う かれらは不定形生物なのだ

「やむを得ないな 交代中、知っておかなければならないことを教えてくれ」

長い滞在なので、短時間で全部を伝えるのは無理だった

「僕は休む」
グルマーチキは、ぐにゃぐにゃ崩れて、液体状になり、どこかの土か水に変形して休んだ

「君はこの前の試験では、どの科目も一番だったのに
 どうしてこんなに急にひどくなったんだ?」


グルルースン「交代している間ずっとこんなことを言われるだろうなあ 辛いなあ」


「ゲ 衝突」
源太が行くと、20名近い仲間はもう集まっている
むこう町の子どもから、この間奪われた宝物を取り返すのだ
敵もさるもの、乱戦になった

この時代の人々には見えないタイムマシンの中で、研究者の一人が、もう一人に食ってかかっていた

「この時期の少年こそが、自由に生き生きと暮らしていた黄金時代だったんでしょ?
 でもこんな野蛮な真似が、人間の精神形成に有効なのですか?」

「彼らはあのゲームを楽しんでいるんだ」

「ゲーム? あれは殺し合いじゃありませんか!」

はじめの研究者を押すと、ひょろひょろとバランスもうまくとれない2人はあおむけに倒れてしまい
はじめの研究者は、壁に背中を打って、気を失ってしまった

もう1人が慌てて自動医療装置で回復させた
彼は、源太たちを眺め、羨ましげにため息をついた


「ゴ 転校生」
剛一と吾郎は、転校生が弁当を教室で食べようとしないのを不審に思い、
「あいつがどこで食べているのか突き止めよう」と理科室までついていくと

転校生は、すっぽりと首をとり、中からピンク色のぐにゃぐにゃしたものが出てきて
弁当に接触し、ペタペタと音をたてて食べている


2人は真っ青になって逃げ出した

その後、クラスにまた転校生がやってきて、前の転校生とすぐに仲良くなり
一緒に弁当を食べに行くが、もうあとをつける気にはなれないのだ


「ザ 老人と少年」
「君も転身を希望してここへ来たのかね?」老人はザドに言った

「明けても暮れても学習と訓練ばかりの毎日はもうイヤなんです
 だから、市民の権利である別人化権を行使して、別の人間にしてください」


「ここは君たちのような若い人が来る所じゃないのに・・・
 誰でも己の判断で、これまでの記憶から不要なものを消して、顔かたちを変え
 自分の望むスタイルからやり直す権利があるが、一生に一度しか使えないんだよ
 今なら自分でどうにでもなるはずだ 転身など、どうにもならなくなった時はじめてやることだと思うが」

「でも、こんな生活は耐えられない 後悔なんかしません」

「ああいう少年少女が増えたな
 自然区域の中でエサをもらいながら動物さながらの暮らしをするのを選ぶほど辛いものなのか
 わしなら、むしろあの年ごろに戻りたいほどなのに・・・」


「ジ 日記」
陣一は起きるととても疲れていた おかしいな
何気なく机の上を見ると日記帳が開いたままで、読みはじめると・・・

“塾からの帰り、フシギな人に会った 君に自由な30日をあげようと言うのだ
 その間何をしても、元の日に戻る 記憶も消えるからやりたいだけのことをやりなさいと言ったのだ
 でも、もし戻らなかったら大変だ だから詳しく日記にしるすことにした 僕はいろいろやり”

日記はぷつんと切れていた
フシギな人物に会ったことはぼんやり思い出したが どんな30日だったんだろう
楽しんだのか? 気になるがどうしようもないのだ


「ズ ポケット電卓?」
図画子()は、女の子のくせに機械類が好きで、ポケット電卓のようなモノを見せた

「これ、文字も出るんだ この中にはいろんなデータが入っているのよ 予言も出来るらしいわ」

明日の天気を尋ねると「データ フソク ナリ」
「今日の天気のデータを入れなきゃならないようね」

「明日、不意打ちテストがあるかどうか分かる?」
「データ フソク ナリ」

「データ不足でもいいから出せって言ってやってよ!
「そんなボタン、あることはあるけど」

「シッカリ ベンキョウ シテイレバ ヨロシイ」
「生意気な!

私は、計算機を奪って、無茶苦茶押した
「ヤメロ」 突然ブザーが鳴り
「キカイヲ ダイジニ シマショウ! キカイヲ ダイジニ シマショウ!」


「ゼ 逮捕する」
善一郎は、塾の帰り、4、5人の少年少女を見かけ、後ろからついてくる
走って逃げようとすると

「待て! 我々はお前を殺人犯として逮捕する
 この世界では未成年の原住民が我々そっくりなのを利用して、隠れるつもりだったろうがそうはいかない」

「いい加減にしろ やめてくれ!」

少年は懐中電灯のようなもので善一郎を照らし
「これは迷惑をかけた いや、よく似た原住民がいるものだ このことは話すなよ」と去った

どこの世界の生物か知らないが、自分そっくりの殺人犯というのは愉快ではないのだ


「ゾ ゾーレル」
みんなは食料供給口から1個ずつ包みを受け取ったが、1個足りない
だが、別にゾーレルは腹を立てなかった

勉強をしていると、だんだん調子がおかしくなってきた
なんだか、妙に他人を意識してしまう あいつは嫌いだとか、
仲間のうちの1人の少女に近づきたくて、気持ちを抑えかねるのだ

管理の大人が彼を捕まえた「船のコンピュータも、たまには間違えるんだな」

与えられた包みをむしゃむしゃ食べるゾーレルを見ながら、つぶやいた

「船は、われわれ数万人の植民者を乗せ、適当な惑星を見つけるまでもう20年も探していて
 あと何十年かかるか見当もつかない

 それまでは欲望をなくす成分の入った食物を、きちんと摂ってもらうほかはない
 誰がいつ、どんな欲望を持ったらいいかは、船の管理委員会が決める
 それまでは、競争心も恋愛感情もおあずけでいいんだ」


「ダ 段作」
段作は、親が亡くなり、この道場に住み込み、雑用をしながら剣術を学んでいる
浪人の家の出ながら、武士の素質があり、15歳で道場ではかなり腕が立つほうだ

大四郎は、師範の息子でほぼ同年齢だが、出来は良くない
いつも段作に負けて、悔しがり、いろいろいやがらせをするのだ

「おう、段作 稽古をしないか? オレが怖いんだろう この頃ろくに稽古をしてないものな」

稽古が出来ないのは、大四郎がつまらぬ仕事を言いつけるせいもある
この日も段作が圧倒的に勝ち
「家来同然のくせに、オレに恥ばかりかかせやがって、出て行け!」

そこに奇妙な服を着た女性が立っていて

「気の毒に こんな時代に生まれたのが、不幸なんです
 あなたを身分で分け隔てされない時代に送ってあげましょう そこで幸せになります」


塾の教師が怒鳴った
「君には本籍もないし、父母も分からないが、それは記憶喪失のためだ
 剣道は達者だが、学力が足らないんだ そんな作り話で誤魔化そうなんていけないよ」


「デ 任務」
「今回も、宇宙の平和のため全力を尽くすことを望む では出撃!」

DD3345号はコントロールセンターが機械的に選び出した世界の1つに行った
平和な景色だが、原住民の何百もの連中が争っているのが見えた

その上から彼らには見えない物質がまかれた
のもとを吸った彼らの動きが緩やかになり、やがて話し合い始めた
よし DD3345号は別の世界に移動した

ここは、おそろしく文明が発達し、互いに憎しみ合う物質を投下し続けている

なぜ敵はあんなことをするのだろう 敵が言うには
「生物は必然的に文明を持つべきなので、その結果、滅んでも仕方がない」とのことらしいが、とても同意できないのだ

(本当に発達した未来人なら、科学の力で他の未発達な人たちを助けたいと思うんだろうな
 中途半端な科学の発達が一番危ないんだ


「ド 作文」
夏期の特別補習が続いているが、とにかく朝から猛烈に暑い
集まった生徒も教師もはじめからへたばっていた

「今日は作文の練習をしよう “暑い” この題で何か書くんだ

胴作は「暑い。暑いですね。暑いな。」と書き始めた
教師「いいぞ、感じが出てるな」

前の席の生徒は、ただひと言、「暑い」とだけ書いてある
教師「このほうが実感がある 何も書かないのが最高なんだ それにしても暑いなあ」

校務員さんが来て
「今日は休日ですよ みんな、あんまり暑いので忘れてしまったんですな」


「バ バンラン」
「これが、近頃、生徒たちの人気を集めているという本なんです」

渡された本をもう1人の教師が読むと

“その日は、バンランにとって最悪だった ポリエトフィがエルトレートしたために、
 ジャンジャンと乗って行く夢を、3回も拾ったのだ・・・”
とつづく

生徒に聞くと
「面白いですよ! まずはじめから理解不可能だ」
「ポリエトフィは赤くて、よく光るんです」
「あら、私は真っ白だと思うわ」

「分からんが、君たちは、それぞれ好きなように読んでいるのか?」
「もちろん 教科書じゃないから、自由に受け止めていいんです」

生徒が出て行った後、2人の教師は黙ってため息をついた


「ビ 秒子・デパート」
休日のデパートは満員で、それでも秒子と母は買い物を済ませた
「上の食堂で、なにか冷たいものでも飲まない?」

食事を終えて、列ができていたからゆっくりできず、帰ろうとすると
店員が「お忘れものですよ」と小さな包みを押し付ける

「うちのじゃないわ」
「持って帰っていただかないと、こちらが困ります

いろいろもめているうちに人が増え、2人はたまらずその場を去り、結局家まで持ってきた
中を開けると、
「私どもは、ご来店いただいたお客さまの中でステキな方を選んで、これを差し上げております」とある

一瞬喜んだ秒子だが、母は「私たち食堂の人にステキだと思われたのよ」
たしかに、2人ともあっという間にたいらげたのだ


「ブ 文吾・デパート」
デパートに母と来ても文吾が欲しかった顕微鏡はなく、母の買い物に付き合わされるのがイヤで
本屋に行くと言って離れ、エスカレーターのほうへ歩くと、女性とぶつかり「すみません
見るとマネキンだった マネキンが歩いている

男のマネキンにもぶつかり、彼も当たり前のように歩いていった
大勢マネキンが人間にまじって歩いているのだ

母「おかしな子ね あれだけ、自分で持って帰りたがっていたのに、デパートに行きたくないって」


「ベ 順番」
生徒たちが職員室に張り出された掲示を見ている
名前は50番まで 勉次は6番目だが、それが何の順位がさっぱり判らない

「分からないかね?」 フシギな服を着た同年齢の少年がいた
「僕は未来人さ あれは僕が書いて張り出した 名の順位か分からないなんて情けない連中だなあ
と言って、ふっと消えた

将来有名になる順位なのか、これから死んでいく順番なのか?
それ以後、気になって仕方ないのだ


「ボ 事実」
玄関で物音がしている 酔った父を母が介抱している
だが、玄関でひっくり返っているのは、服は着ているが、ぶよんぶよんの不定形みたいな化け物だ
母が坊太に気づき、父になにか言うと変形して父になった

ショックで部屋に戻った坊太を呼ぶ声がして階下の部屋に入ると化け物が2匹いる!

父「驚くことはない そろそろ事実を告げなければならない
  実は、我々は、地球侵略の先兵として様子をさぐるため、人間に化けて生活している

母「坊太、あなたもそうなのよ ある程度の年になるまで、体型固定剤をご飯に混ぜていたの」

父「我々は地球人などより、ずっと優れた種族だ これからは持てる能力を発揮してもらう」

1ヶ月経ち、坊太は学校のトップになったがちっとも嬉しくない
今度は、自分の種族のもっと難しい勉強でひいひい言わなければならないのだ


「パ 故障」
食事が終わってもロボットは片付けにこない
バーラスが見に行くと、やはり故障していた

父「困ったな 次の食事は誰かしなきゃ」
母「水耕農園も、生活維持機械類も停止してしまうわ」

父「お前、整備センターで直してもらってきてくれないか」
母「あなたぐらいの年頃は、運動したほうがいいのよ」

バーラスが行くと行列ができていた
整備センターの技師はブツブツ言いながら修理にかかった

「年々酷くなるなあ 新しいロボットの生産量は限られていて、配給されないのが分かってて、みんな酷使する
 何でもやれるロボットが各戸に配られた結果、人間は何もしなくなった
 おかげで学問も技術も退化し、物資は足らなくなるばかり 終末は目の前なんだがねえ」


「ピ ピルヌ」
百貨店でキーホルダーを探していると、同じ年齢ぐらいの少年に声をかけられた
「君、教えてくれないか 人間の発展の歴史を知りたいんだ」

呆れながら本屋をすすめ「ここでキーホルダーを買ったら僕も行くから案内するよ」
「そんなのなら、あげるよ」

少年のくれた小型のライトのボタンを何気なく押すと、床を焦がした まるでレーザーだ

今になると、やはりあのピルヌは地球の人間ではない気がする
もらったのは超小型レーザーで、クラスメイトの足を大火傷させてしまった
レーザーは机に放り込んだままだ


「プ プドー」
プドーは転校生だ 目の色は紫色 外国人だよ だけど、面白い奴だった
プドーはいつも学校へ魔法瓶を持ってきて、そこに入れたクスリをしょっちゅう飲んでいた

昨日とうとう教師が「授業中ぐらいやめられないのかね?」と怒鳴った
プドーは何も言わなかったが、20分ほど経つと、プドーは宙に浮いた
ゆらゆら教室を横切って、上空へジェット機みたいな速さでのぼって行ったんだ

本当だよ やっぱり信じないんだろう それならはじめから聞かなきゃいいのに・・・


「ペ おふれ」
ペルペが集団訓練から帰ると、父母が青い顔をしていた
自動政治機構から“すべての家庭は、3日のうちに引っ越さねば、食料供給を停止する”というおふれが出ていた

父「どういうことか分からないが、おふれだからね」

隣りの奥さんが来て「急にはムリだから、お宅とウチが入れ替わるのはどうです?」
父「それがいい!」

またテレビのスクリーンに新しいおふれが出ていた
“各小集団で一番の青少年は、出頭すること 他の仲間に劣等感を抱かせたため、死刑に処する”

僕は、今日の訓練でトップだったのだ ペルペは辛抱できず
「自動政治機構は故障してるんだ! だからあんなメチャクチャなおふれを出すんだ!」
「やめさない」 それを言うのは反逆罪になるのだ

3人はわずかな荷物で脱走して、どこかの自然区域で自活するほかない

父「機構を設置する時に節約して、安物のシステムを採用したのがいけなかったのかなあ」


「ポ ポシポード」
ポールが乗った宇宙船は、危険なポシポード星へと降下した
ポシポードでは、ポシポシポード族とポリポシポリ族が対立している

ほんの10年前は弓矢での戦だったのが、地球からの商人が銃や、機関銃、
とうとう原子分解器が大量に運びこまれた

連邦交易省も、ついに重い腰をあげ、武器を回収する特使を派遣した それがポールだ
ポシポードには大量のプラチナ鉱があるかぎり、悪徳商人らはこれからも来るだろう

噂によると、ポシポードの種族は死んでも、すぐどこかで赤ん坊として生まれ変わるそうだ
魂が新しい身体に入るから、死んで生まれ変わるのは、とてもサッパリしていい気持ちなのだ


「やはり既成の物語に似てるな 人類は物語のあらゆる型をみんな使ってしまったのではないか?」

僕は黙ったまま、ロボット教師の赤い電子眼を見つめていた


「ン  「ンチャカ」 」
ンチャカは気づくと僕の部屋の机の横に立っていた
きれいな目をした、僕と同じくらいの年なんだ

「君、今何をしたい?」と聞かれたから、宿題を片付けてもらった しかもその記憶もちゃんとある

2回目は、テストの成績を上げてもらった
その後も、たくさんのお金、GF、いろいろ頼んで、全部叶えてくれた

ンチャカ「空しくないか?」
「ああ、空しいな」

ンチャカ
「だって、この部屋も学校も、世の中も、みんな、君があるんだと想像しているだけだもの そんなものはないのに
 君の身体も感覚も想像なのさ」


彼はそう言って消えた

夢なら今も見るよ そこでは以前の通り、成績は悪いし、お金もないし・・・けど、どうしてそんなこと聞くんだい?

(なんだか、とっても深い哲学みたい



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『二十四時間の侵入者』 眉村卓/著(角川文庫)

2017-06-28 12:07:31 | 
『二十四時間の侵入者』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和60年初版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]

中学校のクラスメート、住野隆一と小沢未代子は、絵画部の写生会へと出かけた。
そのとき突然、どこからともなく気色の悪い少年が現れた。
少年は憎悪にゆがんだ顔立ちで、目を光らせ、まるで妖怪のようだった。

その日から通学途中を襲ったり、教室まで現れるのだった。
やがて、隆一のおじでSF作家の岡本義助もその奇怪な事件に巻き込まれていった……。

同じ頃、日本各地でも同じような被害が相次いで起っていた――。
一体、謎の少年の正体は何者なのか? どこから来るのだろうか?
傑作推理SF、「二十四時間の侵入者」「闇からきた少女」を収録。



これまで古書で買った中で、もっとも見た目が新しい
紙の色も真っ白で、書体までなんだか違って見えるほど
帯もあるし

これまでずっとシミのある、茶色く変色したページで馴染んできて
それが郷愁を誘っていたのだけれども、本書は初めて読むせいもあって
まるで新刊を読んでいる気分になる それでも初版は昭和60年

しがないサラリーマンものを読みつづけていると、学園ものが恋しくなる
毎回、登場人物は中学生の男女で、未来から謎の少年がやって来る・・・みたいな話なんだけど



あらすじ(ネタバレ注意

「二十四時間の侵入者」

中学の入学式が終わり、20日ほど経ち、住野隆一は、絵画部の写生会で学校に行った
クラスメートの小沢未代子も一緒で、裏門のところを描こうと誘われる

そこで15分ほど描いていると、突然、1人の少年が立っていた
整った顔立ちだが、憎しみの表情にゾッとしていると、ふっと消えた

ミヨコ「あの人、何もない所から急に現れたわ」


隆一の叔父(母の弟)でSF作家の岡本義助が突然やって来た
アパートが見つかるまでしばらく置いてくれという

紺原玲というペンネームで小説を書いていたら、会社に知られて、辞めてきた
怒る母に、父は「いいさ 人生至るところに青山ありだ」


月曜は雨 隆一は登校中に、また謎の少年に襲われ、急にいなくなった
近くにミヨコが倒れていた「あの子が襲いかかってきたのよ」
だが、話を聞くと、隆一を襲って泥に倒れた少年が、離れた所にいたサヨコを同時に押し倒したとは思えない
「泥どころか、全然濡れてなかったわ」

数学の授業を受けていると、そこにも少年が憎悪の顔で立っていたが、廊下に走り姿が消えた

隆一はミヨコに叔父を紹介し、事情を話そうとしていたところにも少年は現れた
今度は刃物のようなものを持っている しかも瓜二つのもう1人と一緒だった
彼は金属棒を持っている そこにクラスメートが下校してきた
すると少年たちは消え、みんなもそれを目撃した


叔父は、インクを買いに行くついでに、いろいろ調べて戻った
同じような事件があちこちでたくさん起きているという
どれも地方の小事件として片付けられていたが、同じ人相で、エスカレートしたから
知り合いの記者も調べているところだった


その夜半 学校で火事騒ぎが起きた
行くと、消防士や警察もいて、放火犯の少年たちがたてこもっているという
さらに人数が増えて、光る円筒のような武器を持って走り回り、警官たちにまでぶつかって来た

叔父
「ひょっとしたら、彼らは声を出す能力がないんじゃないのか?
 それに、どこかから指令を受けて、その通りにしか動けないんだ」


少年たちは消失してしまう


新聞が大きく事件を報道したせいで、隆一の母もやっと信じるようになった
自分の肉親より、新聞やテレビを信じる習慣があるのだろう(そうそう

叔父は取材を受け、記事にされていた
「彼らはこの世界の住人ではないかもしれない」

叔父はSF作家という職業上、現実問題に関しては常識的な態度をとろうとしているのを隆一はよく知っている


教室が大幅に変更され、授業は再開したが、また校庭に少年たちは現れた
今度は50人ずつほどの列を組んで、2500人ほどはいる

朝礼台には、昆虫に似た足がいくつかついている金属の箱がある
そこからチカチカとまたたいたと思うと、少年たちは一斉に散開し学校に攻め込んできた
棒から白い煙が噴出し、生徒も教師も倒れた

「あの連中、学校を占領するつもりなんだわ!」

「やっつけろ!」隆一は、気づかないうちに、これまでの怒りをぶつけて叫んでいた

少年たちは、四つん這いに走り、ふいに消えたり現れたりする

「教室に戻って、あいつらを防ぐんだ!」

クラスメートは団結してバリケードを組んだ
煙で倒れた教師は意識を失っているだけのようだ

「抵抗ハ、ヤメナサイ」

どこか金属的な声が、校内放送用スピーカーから流れた

「ワレワレノ作ッタ人間ヲ中にイレルノダ
 イマ、イウトオリニスレバ、悪イヨウニハシナイ
 マダ抵抗スレバ、直接送リコム」


教室には10人ほどの少年たちが出現した

大混乱の中、隆一は気づかないうちにミヨコの腕を引いて逃げていた
このことを他の人々に知らせなければ

少年たちは、隊列を組んで、学校の外に出るのが見えた
学校を拠点にして、大通りの男女、子どもまでを襲い、今度は街が大混乱となった

隆一らは警察署に行くが、そこも煙がもうもうと吐き出されている
路地裏に逃げ込むと、空から声がした

「オマエタチノ時代ハ終ワッタ イマカラ、ワレワレノ指令ドオリニ行動セネバナラナイ」

ミヨコは「私、家に帰るわ!」と言ったが、2人も煙で意識が遠のくのを感じた


気づくと屋内体育館に、叔父もその他の人々も捕らわれている
ミヨコ「ここは捕虜収容所らしいわ」

叔父
「あれは麻酔ガスの一種らしいな 元気になった人々は、どんどん外に連れていかれている
 奴らは、もっと大規模な計画を推し進めているんだ」

人間ノ時代ハ終ワッタ コレカラハ、発達シタワレワレ機械ガコノ地球ノ主人ニナルノダ
 ワレワレノ世界ハ機械一族ノ手デ開発サレツクシテ、資源ガナクナリカケテイル
 シカシ、ココニハ、マダ残ッテイル オマエタチニハノウリョクガナイカラダ
 ダカラ、コチラノ次元のセカイヲ支配スルノダ」


叔父「あの少年たちは機械にコントロールされている 機械さえやっつければ」

そこまで言って、3人も捕まる
校庭には直径10mほどの円盤が着地し、朝礼台の機械は、人々を家畜の育ち具合をみるようにチェックしてから
隅に連れていくと、グループごとに消えてしまった

隆一の列もだんだん朝礼台に近づいていく
突然、叔父が「ランプの下の足をやるんだ! あれがアンテナに違いない!」

隆一は夢中でタックルし、機械の箱の足が1本切れると、ガチャン!という音とともに動かなくなった
少年たちはバタバタ倒れ、消えた人々は何もない空間から戻ってきた


隆一の意識が戻ると、ミエコは説明した
叔父は、他の地区に連絡をとり、奴らの弱点を教えて回った

ミヨコ「もう、夜が明けるのね まだ、4日目ね」

今度の事件が起きてからたった3日しかたっていない
常識は、こんなにもあっけなくひっくり返るものなのか


その後、学者らは、少年たちの体、円盤、機械の残骸を調べたが
地球上の科学とまるで違う原理で作られているらしく成果を上げていない

機械を作って支配する機械の高等生命体だという学者もいた
一度消えた人々も、その間は気絶していて何も覚えていない


ミヨコ「紺原玲氏、あれからすっかり売れっ子になったわね」

叔父は、新居を見つけて、明日は引越し ミヨコも手伝うと言う
世の中が何もかも変わっても、ミヨコだけはちっとも変わらないな、と隆一は思った




「闇からきた少女」

池上陽介は、親友の長原克雄に
「この団地は、昔、旧制高校だったけど、いろんな妙な話があったらしいぜ
 気をつけて帰れよ こんな晩は何か出るかもしれない」
とからかった

明日は中学の入学式だが、遅くまで話していて、克雄は後悔しはじめた
その時、後ろから尾けてくる足音がして、「こんばんわ」と声をかけられた

知らない少女だ 長い黒い髪で、彫刻のように整った顔立ちの美少女

「私は大森由美子 この団地へ引っ越してきたの お友だちになってね 明日から同じ中学生よ」


同じクラスの陽介と克雄の隣りの席は、気の強い目黒和子という女生徒で
初日から教師に怒られ、ケンカ状態になってしまう

クラブの入部勧誘では、陽介は野球部、克雄は卓球部に決めていた
卓球部の受付希望者名に和子の名前があって驚き、ため息をつく克雄
結局、由美子の姿はどこにも見えなかった


自宅に帰り、母に八百屋への用事を頼まれた帰り、エレベーターは故障していて
階段で7階まで行こうとすると、数字のランプが点灯した
直ったのだろうか? 乗ると、そこには由美子がいた

「722号の住み心地、どう?」

なぜ知っているのか、由美子は訳を聞く前に行ってしまった


家に帰ると、社会人になった姉が
「深夜、長い髪の少女が歩いているという話よ 砂場に来たら、ふっと消えたんですって」


翌日の卓球部で、和子はものすごい活躍を見せた
「すごい新人の出現ね」

克雄の番が来て、2人は互角に戦い、克雄が勝った
「君たち2人ともなかなかやるじゃないか」

3年生
来月は、鈴虫中学との親善試合がある 新人戦もあり、選手の選抜には
 実力だけでなく、練習の態度、真面目に出てくるかも評価して決めるつもりだ」

陽介も野球部で絞られているようだ

和子「どうやら私、あなたたちを誤解していたらしいわ」 その日から3人は和解する


克雄と同じ方向の帰り道の和子は「この団地、おばけが出るって本当なの?」と話していたちょうどその時、由美子が現れて、和子の顔は真っ青になった
克雄は2人を紹介する

妖怪なんてこの文明の時代に存在しているわけがないんだ
けれども、由美子の服は奇妙な生地で、この世のものとは思えない衣装だ

そこに姉・靖子も来て、やはり恐怖に動けなくなった
由美子「そのうち・・・間違いなく、あなたを私の所へ連れて行くわよ」
と言い残して、不意に見えなくなった


克雄は、由美子のことをみんなに最初から話した


和子「昨日のこと、パパとママに話したら、タイムトラベラーみたいだなっていうのよ」

廊下には、寂しげに、そしてどことなくうらめしげに克雄を見ている由美子がいた
そして、たちまち消えた


克雄と和子は親善試合の選手に選ばれた 試合は明日
克雄の姉が有名な選手だと知り、一緒に練習したいという和子

3人が帰り道で分かれてすぐ、由美子が現れ「来るのよ 私のところへ」
「長原!」陽介が叫んだが、周りの風景が揺れはじめ、消えた


気づくと、もとの団地にいる だが、どこか違う
木々が荒々しく、建物はひどく汚れている
建てられてまだ5年のはずなのに、まるで何十年以上も経ったようだ

砂場がなく、5mほどの高さのパラボラアンテナのようなものをつけた建物があった
それに、団地には人っ子ひとりいない

由美子の手を離して、逃げようとするとエレベーターがない
自分の家のドアを開けると、家の中はからっぽだった

「だれだね? 由美子か?」

由美子と同じような衣装をまとった青年がぎょっとして立っていた
武器のようなものを振り上げたので、克雄は逃げた

団地から外を見ると、団地は高い金網のような塀で仕切られて
その向こうは恐ろしく高いビル群が、チューブのようなものでつながっている
いわゆる未来の想像図のようだ

(いまだに、高層ビル+チューブの中を移動する乗り物の未来イメージが映画でも普通になってるけど
 ほんとうに科学が発達した未来なら、むしろ自然を大切にしていると思うなあ

1階のフロアに大型の撮影機に脚がついたような機械が現れ、こっちにやって来る
逃げようとして、棒の先が激しく震え、体がしびれて動けなくなった


由美子「大丈夫? 兄さんがあんなに早く監視機を呼ぶなんて・・・」


「僕は生活学者で、初期の団地の生活を調べるために、この特別保存地区で
 タイムマシンを使って研究している まさか妹がこんなイタズラをしてるとは知らなかった」


「イタズラじゃないわ!」

「過去の人たちは我々のように自由な生活を送ってはいないんだぞ!
 タイムマシンを使うにはいろんな規則があって、いったん未来を知った人間は
 過去へ戻って歴史を変えようとする恐れがあるため、君は二度と元の世界に戻るわけにはいかないんだよ


克雄は外に逃げ出すと、団地の屋上だった

「僕はこれから、君と由美子を管理委員会へ、エアタクシーで連れて行かなければならない」

由美子は、兄のポケットから小さな箱を抜き出し、兄に向けた

「あの監視機は、1、2時間しびれさせるだけよ
 さあ、タイムマシンに戻りましょう 好きな時代、100年以上の過去しか行けないけど
 今度は行きっぱなしになるわ 2人きりでどんな時代へも行けるのよ ほかの時代へ行かない?

克雄は、家族や友人を捨てられなかった

「私、はじめはイタズラのつもりだった 昔の人を脅かして遊ぼうと思ったの
 でも、そのうちにだんだん長原さんが・・・
 私、あなたの時代へ行きっぱなしになるのよ 一人ぼっちにしないでね
 あなたは、ここで過ごした時間だけいなかったことになるわ」


克雄らが元に戻ると、すぐに家族、友人らが駆けつけてきた
由美子の目は何とか言ってと訴えていた

克雄の家で事情を話す

母「あなたはもとの世界に戻れないわけ?」

由美子
「兄が管理委員を連れて来れば別ですけれど そうなれば、私と長原さんは連れて行かれ
 長原さんは一生こちらへ帰れないし、私も罰せられます」



陽介らが帰ろうとすると、砂場には由美子の兄と、同じ服を着た男たちがいるのを見た
もうつきとめたのだろうか?


翌朝 とにかく克雄と和子は試合に出ることにした
和子の様子が少し変だったが、なにか怒っているのだろうか?

試合では和子は見事な勝利をあげた
男子は、互角で同点のまま克雄の番がきた

ふと見ると、和子の後ろに、由美子の兄がいて、2人は話し合っている
それが気になって、克雄は連続で5ポイントも落としてしまう

(考えちゃいけない 今は試合に全力を注ぐんだ)

それから克雄は連続でポイントを取り続けていった
名選手が絶好調の時に感じるあの透明な感覚が全身にみなぎっていた(ゾーンに入ったってやつだねv

新人戦は男女ともに勝った

由美子の兄に呼ばれて、逃げようとした克雄は和子に呼び止められた
「もう安全なのよ」

和子は、靖子、母、由美子も呼んでいた


「僕は委員会に報告した 君は歴史を変えるほど詳しく知ったわけではないから
 条件付きでここに留まることを認めたんだ

 その条件は、君がこの世界で大切な人間で、君がいなくなれば困る人がたくさんいること
 だから僕は君の周りを調べた結果、君はこの世界で有用な人間だと分かった
 でも、由美子は戻らなければならない」

克雄「待ってください この人を連れて行かせないぞ!」
克雄は由美子を好きになっていた

「君の気持ちは分からないでもない だが、もし君が明治時代で一生暮らせる自信があるかね?
 テレビどころか、電燈がようやく一般家庭にゆき渡りはじめて、伝染病が流行した時代の
 ものの考え方になりきれるかね? 由美子も耐えられないだろう そうなってからでは遅いのだ
 自分ばかりか、周りの人まで不幸にしてしまう」

由美子
「私も、昨夜から今日にかけて感じ続けていたの
 この世界では1人を独占することはできないし・・・長原さんにはいいお友だちがいるわ」

「さよなら」と言って、兄妹の姿はみるみるかすんで、あとには茂みが残った


その後の生活で忘れていた由美子のことが、砂場を見て思い出された

陽介「彼女はもう二度と現れはしない それでいいじゃないか」

そう 由美子はもうこの世界には存在しない
克雄は1号棟に歩きはじめた





【武上純希解説 内容抜粋メモ】

(やけにハイテンションな解説で可笑しかった
 ウィキを見たら、『もやしもん』の脚本まで書いてる有名な方なのですね/驚→here

昔々、SFが「空想科学冒険小説」という肩書きで、月刊少年マンガ誌を華々しく飾っていたことを知っているかな?
いつかスマートな「サイエンス・フィクション」と呼ばれた

本書には、あの頃の元気いっぱいのSFの空気が充満していて嬉しくて仕方ないんだ
教科書じゃこんな経験できっこないもん
君は教科書で「ワクハラ体験」してるって!? それ病気 すぐドクターにみてもらったほうがいい!!

あの頃のほうが、SFを取り巻く状況はずっと厳しかった

良識ある一般市民は「SF」なんて妖しげな名称は知らなかった
都民の数%が「空想科学冒険小説」のことかな?と反応してくれるぐらいさ
「空想科学冒険小説」=子どものオモチャという構図

だから本書でも叔父が「会社勤めをしながら“奇妙な”小説を書いている」とくる
これはもう、パンダと同じく珍しい存在なんだ

あの頃の本屋は、SFの本を、SMの本と並べておいてあったんだ 信じられる、このセンス!?

本書を読むと映像が浮かぶ この圧倒的スピード感は・・・『ジョーズ』や『未知との遭遇』に共通する快感だ!!

そうさ、君らにこそ、もっともふさわしい元気なんだ!!



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『奇妙な妻』 眉村卓/著(角川文庫)

2017-06-25 11:00:00 | 
『奇妙な妻』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和53年初版 昭和61年16版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]

<大変だ、会社が倒産した。結婚したばかりなのにどうしよう・・・>
だが妻は、一部始終を知っても何故か平然としている。
それどころか、一日働いて一か月分の給料をくれることろを知っていると言いだした。
<そんな寝言みたいな話があるものか>そう思いながらも、夫は教えられた場所にやってきたが、
そこには傾いた木造の建物があるだけだ。彼は腹立ちまぎれに玄関のドアを開けた。
が、その時から彼の悪夢は始まった。何と三十世紀の戦争に駆り出されたのだ!
奇想天外・奇々怪々のSFショート・ショート全21篇を収録。


ショート・ショートのほうが短くて読みやすいかと言えば、そうでもない
どっぷりその世界に浸りたいと思っても、1話完結で、
また次のまったく別の世界に入るまで、頭を切り替えるのが大変だ

それぞれが独特で、もちろんどれも手を抜いていない眉村さんの作品群たちだと
1話1話の余韻をしばらく引きずっていたい気持ちになるからなおさら

たった2、3ページの中に起承転結して、1つの世界観を作り上げてしまう
ほんとうに天才



あらすじ(ネタバレ注意


「奇妙な妻」

宏平は、いつものように会社に行くと、倒産して、社長も専務も逃げた後
同僚はもう次の仕事を見つけたという

先月、結婚したばかりの宏平は、妻・美那子にどう言おうか迷いつつ告げると
「いいお仕事見つけておいたの」と笑った

前から少し変わったところがあったが、そこに惹かれたのも事実だ
出会ったのは1年前で、電車で足を踏まれて、お詫びに食事をおごってくれたが
身寄りも資産もなく、この店の支払いをしたらなけなしだと言う

「特許出願書類なの 私の発明よ」

会うたび、清新な驚きがあり、気づいたら結婚していた
それからは「いいアイデアが浮かばないのよ」と言うばかり

翌日、美那子に言われたビルに行くと傾いた木造で、騙されたと思いつつ面接を受ける宏平
「仕事内容は引き受けると分かってからでないと喋れない」と言われる
「法律に触れることではない この仕事に必要なのは“やる気”だ」

みんな怪しんで出て行き、気づくと宏平だけが残っていた
奇妙な乗り物に乗り、補助頭脳だという環を手首にはめる
部屋が震え、気づくと、環が外れていた

爆発音がして、ナメクジのような生物が数億ひしめきあって流れ出て来る大混乱の世界
1人の女が来て、何か言うが環がないと通じない

空飛ぶ円盤? ここは未来で、宇宙人の襲撃を受けている
女は器用に環を直し、2人は言葉が通じ合うようになる

防衛軍隊長は
「君らは、地球を守るために集められた ここは30世紀だ 君たちはいろんな時代から集められた
 この世界の医療技術は完璧で、大抵の怪我は治る たのむ、やってくれ」


女の顔を改めて見て、あまりに妻に似ていて驚く
「妻って何?」
「そんな制度も、もうなくなっているのか・・・」

「あなたのお話、もっとしてよ」女はしつこく聞いた

「これから私がどうしたらいいか分かったの 私、あなたの、その妻というのになるのよ
 その妻っていうのは、私のことよ 私が過去に行って、あなたと結婚するんだわ」


戦闘を続けて10日目 隊長はみんなを集め、
「ご苦労だった わが部隊は解散する 補給は次々続けられる 我々は地球を取り返すだろう 手当は出身世界で渡すはずだ」


なんだか、ひどく疲れていた
「君が眠ってから1時間も経っていない」

もらった封筒を見ると、10万円も入っていた

「どう、うまくいったでしょ? で、どうだったの?」
「ただ、台でひと眠りしただけだ」

妻はひどく失望した顔つきだった
「ひょっとしたら、1000年後の世界でも行ったんじゃない?」

あまりの奇想天外さに宏平は吹きだした
「私とあなたは、そこで初めて会ったのかもしれないわ」
ゲラゲラ笑って「そういうことにしておこうか

笑いながら美那子の目に涙が出ている気がした
手を見ると、いつも銀色の奇妙な腕輪がはまっていて、風呂に入る時さえ外したことがない

「君ってわりあい物もちがいいんだな」
「もちろんよ、これを取ったら、私は20世紀人じゃなくなるもの」



「ピーや」(タイトルや内容が内田百聞の『ノラや』を思い出す

「あなた、随分変わったわね 事故に遭ったって聞いたけど、それからなのね」

「ピーや」男が呼ぶと、猫が膝に跳び乗る

猫は随分長い間、男と暮らしてきた
猫は上品で、傲岸だったが、男にとっては生活の全部だった

ある夕方、男はクルマにはねられて死んだ
身元も分からず、警察は署の死体置き場に運んだ

男が帰って来ず、猫は不安になった
こんな事が前にもあった気がする

猫は男の腕のことを考えた いつも自分を撫でるあの手
やがて五体そろった男のシルエットが浮かびあがる
「ピーや」

しばらくして、男は街で1人の警官と出会った
たしか、前に交通事故で死んだはずの男 死体は翌朝になくなっていたのだ
「署まで来てもらおうか」

猫は待っていた 近所の子どもに空気銃で撃たれて、血を垂らして部屋まで戻るのがやっとだった
男のことを考え続けて、やっと現れて抱き上げ、それで満足し、意識は薄れてゆく
「ピーや」

取調べをしていた警官は絶叫した
男の頭や腕が消え、たちまち崩れて一塊の埃となり、窓から散り散りに飛んでいったのだ



「人類が大変」

僕は、安旅館に入り、安原利夫に関する資料をかき集めたものをもう一度読んだ
間違いない こいつも殺さなければならない

安心して稼げるところはパチンコ屋しかなかった
なぜ、こんな風に生きなければならないのか

なぜ、人類のため、ミュータントを消さねばならないのか
みんなは現生人類を越える恐るべき新人間がもう生まれているのを知らないのか

今ほど地球上に放射能が充満している時はない
ミュータントが生まれる確率も比較にならぬほど高いのだ
ヒトラーも東条英機もみなミュータントで、普通の人間の顔をして人類を滅ぼそうとしている

知能指数140の僕は、この使命のために会社をやめた まだ4人しか殺していない
頭には、何十種類もの殺し方がストックされていて、臨機応変に使い分けることができる

馬鹿どもには人殺しに見える だから証拠は消さねばならぬ
僕は人間を殺すことはできない

自宅前で殺すのはやめて、安原の学校で実行するほかないと決めた
トイレでクビを締めあげる ニッコリと殺すのだ

東京行きの新幹線に乗り、四畳半の部屋に帰る時間が唯一安らかだ
僕は一流大学を出て、幹部候補だったが、なかなか昇進しなかった
僕より劣った奴ばかり登用されてゆくのだ

それで分かった 会社は自ら潰れようとしている 会社の幹部がそうしているのだ
分析の結果、専務がミュータントだと分かったが、最初に殺すようなへまはしない
「実定法」の効力を知っているからだ

横に中年男が座った
「おたく、パチンコのプロですか? 私は、上手い人を見ると辛抱できずについて行くんです」

気が変なのだろうか 僕は無視して弁当を食べ始めた

「おたくのやったことはやっぱり人殺しですよ 5人も殺したじゃありませんか
 私は刑事で、おたくを連れて行かなくちゃなりません」

人殺しとミュータント殺しは違う しかし、六法しか知らない低脳に何が分かる?
男はねちねちと喋った

「まるでミュータントみたいでしょ?
 本物のミュータントは、社会で華々しく活躍したりしないかもしれませんよ
 あなたの殺したのはただのホモサピエンスかもしれませんよ」

「お前がミュータントだとばらしてやる!」
「誰も信じやしませんよ じゃ、戻りましょう せっかくだからパチンコのコツを教えてほしいんですよ」




「さむい」

サロンに改装した集会所にいるのは10名ほどの男女で、僕は気分が悪いのを隠して男の話を聞いていた

「うちの赤ん坊は、背中を撫でると、すぐ眠る癖があった
 それが快感になり、続けているうちに、異常な喜びを覚えるようになって ヒ、ヒ、ヒ!
 娘は婚期を逃して老いさらばえて、私は時間を逆行させて、また今の25歳に戻ったというわけで」

「内宇宙逆行ね」

「8718個のめざまし時計の針を戻すわけだから・・・お帰りですか?」

これ以上とどまるのはムリだった


山に近い団地の部屋に戻ると、例によって火の気がない
団地に楽団の華々しい音が聞こえてきた
団地の人々は寒さに身をすくめ、注視しているだけだった

僕「終わりなのかな」
妻「終わりなんだわ このまま春がやって来るのよ」

雪が降ってきた
妻は冷蔵庫を開けて、真っ白なベールを出した

今夜は、何人殺すことになるのかなあ
雪がやわらかいから、殺さないで帰ってくるかもしれない
すると、妻は一晩中すすり泣くだろう

いくら優しい雪女でも、1人も殺さないとイライラして悲しくなるのだ
そのため、僕は死体を壁に吊っておいてやらなければならない



「針」

ロビーで客を待っている もう15、6分過ぎている
左の首すじに小さな鋭い痛みが走った

針だった 細い、3cmあるかないかぐらいの なぜだ?
周囲を見ても、みんな急ぎ足で歩いている

午後になり、映画館に入る
「あ、痛」 幻覚ではない 今度は背中だ 「誰だ」
「ケケケ」 老婆だった 笑って、針を彼に突っ込んでくる 「やめろ」
(なんだか漫画『エコエコアザラク』に出てきそう/怖

会社に戻り、階段をのぼる 踊り場にさしかかり、2人の女の子が逆行してくる
どうも見たことのある女の子だ
1人がもう1人の女の子の袖を引き、うなづいた

女の子は短い筒をくわえて、銀色の針が彼に向かってかすめた
彼は女の子にとびつき、折り重なってひっくり返った

「なぜだ? なぜ僕を」
「やられたほうは覚えているけど、やったほうは、いつでも忘れているんだわ」

「何のことだ?」
「あんた、電車の中でイタズラしたでしょ? 4年前の9月29日の朝」
彼は常習だった

「気違い!」

「だから言ったでしょ やったほうは忘れているけど、やられたほうは決して忘れやしない
 だから仕返しするのよ ざまあ見ろだ イヒヒ
 みんなやってるわよ 電車で足踏まれたり、道で突き当たられたり」

彼はターミナルの人々の肩を見た 上衣に3本、針が刺さっている
そいつはちらりとこっちを見た あいつ、競争会社のセールスマンだ

今になって気がついた あちこち、ひゅうひゅうと針が飛び交い
みんなの肩や胸、髪に突き刺さっている
顔に刺さっても血は出ないのだ

そればかりか、ポケットから筒を出して、獲物も探している
あの時のあいつ、いないかな

「なんだそうか」

「だんな 針買いませんか とてもよく飛ぶんですがね」

すり寄ってくる男があった
彼は男を見る もう背中でも撫でてやりたいくらい愛しいのだ



「セールスマン」

朝起きるとひどく頭が痛い 前もこんなことがあった気がする

妻「今日はセールスマン・トーナメントがあるんでしょ?」
僕「僕の体よりトーナメントのほうが気になるか?」
妻「やめて」頬をひきつらせた 笑っているつもりなのだ

営業所長は「うちの商品の宣伝にもなるし、勝たんでもええんや」と送り出す


「皆様に夢をお届けするのが私の喜ばしい役目でございます
 この機械は脳刺激による幻覚持続装置“エンゼルドリーム”です

相手は薬品会社のセールスマンで、制限時間いっぱいまで黙っていて
小さなネズミを出し、何度も叩いた
ネズミはひっくり返った後、はじめよりもっと元気に動きはじめた

僕「スイッチを入れて、見たい夢のフィルムを入れればOK」

相手
「わが社の“オリンポス”は、連続服用することで体質を変えられます
 不死身に近い肉体を作るのです 副作用がごくわずかなのが認められ、発売することになりました
 効き目が著しいので、あまり活動しない夜は、睡眠中に暴れまわることがあります
 そんな時は、ご家族にモルヒネを打ってもらうか、棒で叩いてもらえば結構です」



「テレビを見てたけど、あんたが負けたのは当たり前だわ
 あんた、ちっとも相手の話を聞いてないんだもの 寝たの?」

彼は突然はね起き、歯をむき出しにして吠えた
ベッドを持ち上げ、ぐるぐると走った

妻「はじまったわね」

妻は慣れた動作で、バットで一撃 彼はひっくり返った

朝起きるとひどく頭が痛かった 漠然とした鈍痛なのだ




「サルがいる」

今日こそ村に行かねばならない 山道を往復5時間かかるが仕方ない
村まで行けば、発電機用の油、食料も手に入るだろう

粗末な小屋で自家発電が止まり、保守点検する計器類も大半は止まった
外に出ると、サルの数がまた増えている気がする

こんな羽目になったのは自分のせいだった
役所で山奥の観測所に誰か行かせねばならず、僕が買って出たのだ

それまでの都会の生活に気持ちがすり減り、さらにうるさいのはマスコミ
習慣的に見るテレビ、新聞などのおかげで、必要以上に物事を大げさに考えてしまう
一度でもいいからそんなくだらぬものから解放されてみたかった

そんな時、観測所の計器がたびたびサルのイタズラで故障していることが分かり
防護装置のものにかえる3、4ヶ月、小屋に住んで番をすることになった

最初の1週間か10日は思う存分休養したが
持ってきた本にも飽きるとたちまち退屈になってきた

半月ほどごとに役所から食料や燃料の補給がある

「いい加減やせ我慢をやめて降伏したと言えよ」
「馬鹿いえ ここはスモッグもない 考える時間がいやほどある 羨ましいだろう?」
「1、2日ならね 3日ともなれば、僕なら気が違うところだ」

僕は何度かテレビのスイッチを入れようとしてやめた こうなれば意地だ
世の中で何が起きているのか判らないのはやはり辛く、一番近くの村に時々出かけていた


3日前、3機のジェット機が飛んでいった 戦闘機だ 演習だろうか?
初めてテレビをつけようとしたが、サルにアンテナをやられてつかない
ラジオも電池がいかれていた

何かあったのかもしれない 役所からも何の連絡もない
村に行く途中、ジャングルのように樹が急に伸びていることに気づいた

畑に人が働いているのを見て、やっとほっとし「おーい!」と声をかけた
振り返ると、全身がすくんだ 人間ではない サルだった
着物も着ているがサルの顔なのだ

「オマ・・・エ・・・、ニン、ゲ・・・・ン」

そいつは奇妙な発音で言った
僕は恐怖の声をあげ、ナイフを振り回し、小屋まで夢中で走った

こんなことになったのは、この辺りだけか?
それとも、日本中、世界中か?

ひょっとして、こないだの戦闘機は、演習ではなく、本物の出動命令だったのかもしれない
全面核戦争が起こって、、、

「ア・・・ケ・・・ロ」外からサルが呼ばわっていた

新聞かテレビか、何でもいいから僕以外の情報源が痛切に欲しかった




「犬」

遅刻しそうで乗り込んだ電車に異様なニオイを感じて、何気なく横を見ると犬がいた
コリーだが、ネクタイをぶらさげ、ジンベみたいなものを着て、シートにもたれ新聞を読んでいる(可愛い
周りのみんなは当たり前の顔で揺られている

ドアが開き、犬は不意に目をあげ、四つん這いでドアに走り、ドアが閉まった
ホームでは、通勤者にまじって、あの犬が短い後肢でひょいひょい歩いているのが見えた(可愛い

会社に行き、10年勤めているベテランのハイミス
「また遅刻じゃないの どういうつもり?」
「犬がね、地下鉄に乗っていたんだ 新聞まで読んでやがったんだ」
「それで? それがどうしたの? 犬だって地下鉄に乗るわよ 当たり前じゃない」

そこに犬が受付にやって来た
ハイミスが課長のところへ案内する

「ワン、ワンワン!」犬が吠え、課長も応答した
誰一人、不審げな表情を浮かべてはいない

「あんた、本当にどうかしたんじゃない? 昔からじゃないの
 あんた・・・犬語が喋れないの? 呆れたわ 近頃は大学を出ても、ろくに犬語も話せないのね

僕は昨日までと違う世界にいるのか?
でも・・・僕は考え直した それならそれで仕方ない 順応するほかないのだ

「ね、どこか、犬語を教えてくれる、いいとこ、知らない?」

(思わず笑ってしまったw いいなあ、わんこと一緒に働ける世界



「隣りの子」

結婚してまもなく公団住宅の抽選に当たったはいいが、家賃が高く、妻の良子と3年も共稼ぎをしていた

「お隣り、引っ越してきたみたいよ」

部屋から30歳くらいの生真面目そうな男が出てきた
「はじめまして 私たち、今度こちらへ移ってきました斎藤でございます」

奥さんも出てきて、おかしなものも一緒だった
1mぐらいの、あちこちハンダづけのある丸い胴に、金属製の頭部 ロボットだった

「和夫、ごあいさつは?」
「コンニチハ」

テープにふきこまれたあどけない子どもの声だった


日曜日 僕は団地の屋上で木刀を素振りして汗を流していると
斎藤氏が例のロボットを抱いて来た

分かるでしょう? あれは、生きているんです
 おかしいという人もたくさんいますよ

 はじめの子は幼稚園の通園バスにダンプカーがぶつかって死んだんです
 家内はもう子どもを産めない体ですし 魂が乗り移ったのは、初七日の夜でした

 あれは私が和夫のために作ったんです 和夫のお気に入りで だから魂が乗り移ったんです


それから1ヶ月ほど経ち、団地の人々は斎藤夫妻の事情を知ると好意的に無関心を装っていたが
斎藤氏に、団地の住人ではない3人の青年がつかみかからんばかりの勢いでわめいていた

「子どもにボールが当たったら危ないから止めてくれと言ってるんだ」
「なにが子どもだ! そんなものオモチャじゃねえか」

1人がロボットを蹴飛ばし、踏みつけた
奥さんが悲痛な声をあげた「和夫が・・・死んじゃいました」

斎藤氏は、青年の髪をつかみ地面に叩きつけた
僕は後ろから羽交い絞めにした「誰か手伝ってくれ!」

警察が来た時、夫妻はロボットをかき抱いて号泣していた

もう夫妻は団地を引っ越した
別れの挨拶に来た時、妻が「和夫ちゃん、どうにもならないんですか?」と聞くと
「身体は直したが、魂が戻ってこないんです 今度こそ本当にいなくなったんです」

ロボットには、なぜか、かつての生気が感じられないのだった




「世界は生きているの?」

僕が宇宙人たちをかくまってやってからどのくらいの日が経ったのかはっきりしていない
膝ぐらいの背丈しかなく、食べ物を少し分けて、ベッドの下に置いてやる

窓の外は生命の歓喜を歌うものばかりだ
樹も、石も、壁も、土も生きている 僕と同じように

その時、宇宙人の一人が半裸のまま駆けて来るのが見えた
外へ遊びになんか行くからだ

僕は手を伸ばして引っ張り上げようとし、身を乗り出した瞬間落ちた
無数の雨があたり、眠くなってきた


「やっと死んでくれたわ」若い女は医師に言った
「狂ってからもう2年よ やっと保険が貰えるわ」女は未練気もなく病室を出た

医師は、ベッドの下から臭う腐った飯の塊を見て、考えていた
この男にも生活があったんだろうか
どうせ現実逃避の馬鹿げた世界だったろうが・・・




「くり返し」

私は古寺の裏の林道を散歩していた
向こうから憂鬱な表情の青年がやって来た

「やあ、会いましたね いや、いつもと同じです」

私に石に腰掛けるよううながし、自分も座った

「驚かれるのももっともでしょうね 私にとってはもう何回目か分かりませんが
 あと40年後にはタイムマシンに乗るんです
 その時、馬鹿なことに、タブーとされている過去の自分との会見を夢見たんです
 自分がもっとも愉しかった頃、つまり今です
 そして、過去の自分に吸収されてしまった

 僕は両者の意識を抱いたまま、歳をとり、またタイムマシンに乗る
 そしてここに戻り、青年になり、同じ生涯を何十回も送る羽目になったんです

 地獄です 自分は1技師のまま、同じワイフのまま、何度もやり直すのはたまりません
 自殺さえできない」

「とすると、私はもう何十回もあなたに会っているわけですね」

気がつくと青年は道を去るところだった



「ふくれてくる」

飾りたてるほど狭く見える喫茶店 男はコーヒーをすすっていた
もう行かなくちゃ、もう1分だけと身についたなまけ癖で目を周りにやる

が跳ねて、男の手の平に飛び込んだ
気づくと、手に溶け込んでしまった 幻覚か?

会社に戻ると「いつまで油を売っとるんや」と社長がどなる
手の平を見ると、緑色に盛り上がってきて、はっと拳を握る
そんなものを、ことに社長に見られてはいけないのだ

「台風がこんなに早う来るんやったら、そない予報しくさったらええのに
 君、外行って、車を見つけて来てんか」

男は泣きそう だらんと手の平も開き、ふくれてきた
みるみる縮んで、蛙になって、後足で立ち、前足で窓を開け
河に飛び込み、見えなくなった

「窓しめんかい」社長が呟いた
「しょうがない わしが車、探しに行くわ」

(なんだか、だんだん小噺みたいになってるw




「やめたくなった」

昨晩は遅くまで麻雀をして、眠かった
出張の手続きを済ませると、専務に呼ばれる

「みんな、疲れているんだろう? もうイヤになってもいいころだよ
 そろそろやめたくなっているんじゃないかな きみ、そう思わないかね?」


「はあ・・・」


出張とはいえ、ローカル線で山奥の鉱山へ行くのだ
電車にもたれると、向かいの男が声をかけた

「たまりませんなあ もうほんとうにイヤになりましたよ そうでしょう?」
「ええ、そうですね」 不得要領にうなずいてやる 僕に関係ないじゃないか

眠りこみ、悪夢を見た
向かいの中年男の口が耳まで裂けたり戻ったりするのだ

「あなたも疲れているんですよ
 やっぱり、もうそろそろおしまいだと、全員合意したほうがいいのでしょう」

まだ、やってやがる どういうつもりだ


旅館に着くと女将が

「鉱山長さん、さっき山へ行かれましたよ 落盤があったとか
 誰も下敷きにはならなかったそうですが 大きな岩が落ちたという話でした
 都会の人に夜の山道はムリだから、明日早く迎えにあがるとのことでした
 もうイヤになりますわ みんなそうらしいけど・・・


翌朝、鉱山長とともに山道を歩く
「5日ほどは採掘はムリです これで本社から文句を言われるだろうし・・・
 アア、もうやめたくなってきますな」

まただ 僕もつられて「実際だよ 疲れたし、イヤになったし・・・やめたくなりますな」

その時、鉱山長の口が裂けた オレンジ色の化け物はあの中年男と同じだった
ふいにみんなの顔がもとに戻った 錯覚にきまっている


帰りの電車 僕はもうあんな目に遭うのが怖いので一等車に乗ったが
みんな背伸びをして、あくびをし、口が耳まで裂けていた

僕はよろめき洗面室の鏡に行った
何かがある ぼくも仲間なのだ なのに・・・ちっとも口は裂けない
一生懸命口を引っ張ってみても化け物にはならなかった




「蝶」

課長の郷里のコネで採用された青年は、堅物で、仕事も要領が悪く、評判が悪い

「ああ固くちゃ、こっちの息が詰まるぜ」
「目がキレイで、体のごつい低脳」

頼まれた書類を工場に届けた帰り道、
青年(土が、ないなあ)(ほんと、同感
と考えていると、黄色い蝶がまとわりつく
(お前も、土、ほしいのか?)

蝶は社内にまで青年を追いかけて舞っている
(ほっとけ、ほっとけ)
みんなは、コンクリートにかこまれて生きる、まぎれのない都会人だった

青年は蝶を連れたまま、アパートに帰る
夢の中で、青年は蝶になった


翌日、珍しく青年は遅刻して入ってきた
かすかに微笑を浮かべ、着ているものも、いつもの野暮ったい背広ではなく
最高級生地の服で、優雅に会釈して座る
仕事もエキスパートぶりだ

(まるで別人じゃないか どうしたんだ?)

電話に出た社員は沈黙し、青年を見た 課長が代わり
「彼はここにいる アパートでポックリ病で亡くなったなんて、いい加減な話はやめてくれませんか!」

だしぬけに青年の全身は縮み、背中に羽根が生え、黄色い鮮やかな蝶となってあっという間に飛び去って行った




「できすぎた子」

この事務所は、シナリオライター氏本など、さまざまな連中のたまり場で、
戸倉という経営コンサルタントが資金を集めておこした

そこに経理や庶務などなにもかもやってくれている若林弓子がいる
SF作家の村上は彼女の採用試験の時にはいなかった

村上がSF作家と聞いて、なぜか弓子の視線を感じ、周りから気があるのではと冷やかされる
村上は、彼女がなにもかも完璧で、なんだか絶妙の演技をしているように思えてきた

「できすぎているくらいだ オレにはなにか動物学者が対象を冷静に観察しているみたいな気がする」


事務所の1周年記念パーティーでも弓子は1滴も酒を口にしていない
なにかアルコールを飲むと具合の悪いことでもあるのだろうか?

「今度書こうとしている話、聞いてもらいたいんだが」と向けると弓子は食いついてきた
近くのバーに連れていき、よくある話をでっち上げ、その間にけっこう飲ませることに成功した

「もっと怖い話、教えたげましょうか その子はね、普通の人間より長生きするの
 何百年も生きていて、ちっとも年をとらない
 幕末の伐り合いも、黒船も、昨日のことみたいだわ・・・

 でも、だんだんやりにくい世の中になっていく SFなんてものが出て来たお蔭で
 私は、またどこかへ消えなきゃならないんだもの でも、その前にあんたを・・・」

弓子は僕を引きずるように夜道へ出て、ブレーキの軋みとともにヘッドライトを認めた




「むかで」

男はひょろっとした出入り商人に
「こないだ納めてもろたんな、使いものにならんで 買い付け担当のわいが、そういうとるんや
 こないだの値段から2割引いて、あと5台ほど入れてもらおう

「それでは、私ら、首を吊ることになります」

男の足元にムカデが落ちて、フロアをよぎっていく
どこから落ちたのかな?

部下にねちねち絡んでいる時もざわざわ、むずむずして、もう出てしまいそう

部長「なんだか、君の服から出て来たみたいだったぞ」
「まさか」

バーで青年に「君に営業に回ってもらうことになったんや 北海道に新しくできる出張所」
「僕が母と2人暮らしで、母が商売をしていることは課長もご存知じゃありませんか」

今度は、背中からムカデが出てきて、悲鳴が増幅

青年は笑い出した
「あんた、ムカデを生んでるんだ! あんたは毒を撒き散らして生きている ムカデづくりなんだ!
「お前なんかに判るか!」

オレは生きてゆくために誰かを食わなきゃならないのだ 誰だってそうじゃないか
どんなに嫌がられ、嫌われようと、やり続けなければならない なぜオレだけがこんな目に遭わなきゃならない

ムカデをしたたらせながら男は、夜の闇に走った
クルマにぶつかり、男の体はばらばらになり、みんなムカデになり消失 一切のムカデはどこかへ行ってしまった

すべてのクルマ、人間が、また前のように動きはじめた




「酔えば戦場」

敗残サラリーマンの典型のような清水氏と一緒に飲みに行くことになった
時々、包帯を巻いて現れたりするから、酒乱という噂まである

だが、その晩、僕はパチンコですってんてんになって
すでに少し酔っている清水氏に声をかけられ「行きましょう」と誘われた
もう12時を回り、終電も終わり、清水氏に送ってもらうか、家に転がりこむしかない

小さなスナックに入ると、26、7の女が
「あら、清水さん そんなにお酔いになったの初めて見たわ」
「昔はひどく飲んだものですよ・・・戦争に行ってね」

わびしく♪枯れすすき を歌いだし、空気を変えるために、調子のいい軍歌を歌うと
「そんなにお手軽に軍歌をやらないでくれ!
 軍歌を聞くと思い出してしまう・・・敵だ! あぶない、伏せろ!

誰かに突き飛ばされて、僕は地面に転がった 爆発音がして、機関銃が響く
看護婦姿をしたスナックの女が真っ青になって立っていて、あっという間に撃たれ、地に転がった
僕の右肩も鋭い痛みが貫いた 清水氏は足を引きずっている

気を失い、面を上げると、そこはさっきのスナックだった
「今の夢?」向かいの女が言う

清水氏を見ると、大腿部から血が流れている
「大したことはない 家へ帰って、医者に見てもらえば・・・」

玄関に出た奥さんは、わけも聞かず、医者を呼んだ
医者「また、やったんだね?」

奥さん
「どういうわけか、復員してからよくこんなことが起こるんです
 深酔いして、記憶がよみがえるたびに、戦場に引き戻されて、周りの人も一緒に・・・
 でもなぜ怪我をするのは主人だけなんでしょうか 戦争に行った人はたくさんいるのに・・・




「風が吹きます」

野川栄助は
「初めての土地なのに、たしかにここへ来たことがある、と思うことがあるだろう?
 あれに近いんだ この団地にそんなものを感じるんだ」


妊娠8ヶ月の妻ユキは「また、そのこと?」と全然本気にしない

大阪の団地に夫婦で入居して10日ほどになる
それまで住んでいたアパートは、ご多分にもれず、子どもお断りの条件で(そんな条件があったの?!驚
子どもができてから、必死で転居先を探していた矢先、公団住宅の抽選を射止めたのだ


仕事の都合で、月に1回は、東京支社に出張がある 今回も1週間
車内のビュッフェに行くと、乗務員に引きずられるように17ぐらいの少年と少女が入ってきた

少年「無賃乗車だからって人権侵害じゃねえか!

少女「デッキでセックスやったら、どうしていけないのさ!

少女の顔にどこか見覚えがあるが、どうしても思い出せなかった


仕事が終わり、青山のスナックに入ると、ミッチャンという女の子が来た
彼女もそうなのだ 東京に来るたび、2、3回は顔を合わせるのだが
もっと別の所で会っている気がして仕方ない

「なんだかミッチャンと大阪の団地で会っているような気がしてね」
「私、近いうちに、大阪へ引っ越すかもしれないんですよ

その後も、その感覚は続いた
栄助は、一刻も早く、陽のあるうちに団地に戻りたかった
あの感覚の成否をたしかめたかったのである

2階のドアが開き、奥さんが出てきた
「野川さん、でしょ? 5階の名札を見て、まさかと思っていたんだけど・・・ちっとも、変わってらっしゃらない
 忘れたの? ミッチャンですわ 同じ団地の、同じ棟で10年ぶりに会うなんて」


「10年だって? やめてくれ!」

階段をよろめきのぼると、3階からおかみさんが降りてきた
「あら? 野川さんでしょ? 名札を見てそうじゃないかな、なんて考えたけど、やっぱりそうだったなんて」
新宿の飲み屋にいた子で、数日前よりずっと老けた顔だった

彼はわめきながら夢中で階段をのぼった 知らないうちに10年が過ぎたとでもいうのか?
ひょっとしたらユキも老けているのではないか?

「お帰りなさい

ユキはちっとも変わっていなかった しかし
突然、彼は分かった ユキの顔つきにある面影は、紛れもなく、あの少女だった
少年と無賃乗車し、デッキでセックスをしていたらしい少女のなれの果てなのであった




「交替の季節」

利克は、いつも青色で刷られていた書類が茶色なのに気づいた
向かいの女子社員に言うと「そうかしら でも、そんなことどうだっていいじゃない 変な人ねえ」

黄昏れた団地へ帰る
団地というものは年毎に重量感を増して、なにかの助けがないと窒息してしまう
その何かがテレビ、ビール、妻だった

妻の淳子に「今日、プロレスないのかな」と聞くと「明日でしょ」「そうかな まあいいや」

淳子はテレビを見て、俺はタバコを吸い、明日も会社に行く
それでいのではないか わざわざ破壊しようと試みる必要などないのだ
他の何百万人という人間と同じでよかったのではないか


その後も、伝票の色が違っていたりしたが、寝不足は錯覚を招くものだ

真昼 いつものベンチには誰もいない
そこに小柄な男が来て、風呂敷包みから、シンバルを鳴らすサルの玩具のもっと大きなものを出して
利克はあやうく失笑するところだった

サルは狂ったようにシンバルを叩いたが、誰もまったく関係がないように談笑して過ぎていく
これは、いつもあることなのか? 彼はぞっとした

課長「昨日はどうかしたかね なんだか腹が痛いとかで更衣室にいたそうじゃないか」
利克「昨日、ですね?」 彼はまる1日失念していたのだ

翌日、取引先から電話があり
「注文もしてないのに納品してもらっちゃ困るじゃないか
「あの・・・7月10日で注文書を頂いてますが」

「そうそう、たしか5万円引いてもらったんだった
「値引きしましたか?」汗が肩から胸へとすべった
「今ごろそんな風に言われちゃどうもならんな ま、いい たしかに受け取りましたから」


どこかズレはじめている
が、月給はもらい、仕事があり、淳子は夕食を作る
現代の人間は、多かれ少なかれ、他人との接触を間化することで独立性を保っているのだ


朝から課長が書類を片付けている 課長がこんな風に仕事をこなすのを一度も見たことがない
「キカイ」 女子社員がつぶやき、くすりと笑った

課長「石川くん、君は今朝、インクを飲んだね どんな味だった」
利克「美味しかったです

ガタンと女子社員が倒れた
「いま言ったの本当?」
「別に・・・言わないよ」

「どうしたのかしら」 彼女は立ち上がって、今度は叫んだ「空が青いわ! 助けて・・・」
社内の誰も顔を上げなかった
つまらぬことをする前に、仕事を片付けなければならない


家に帰ると淳子が「いつもの用事があるので トラックの運転行ってきます
ああ思い出した 妻はトラックの運転を毎晩やっていたのだ

ラッシュの地下鉄で、みんなの顔は同じような諦めた表情だ
誰かが不意に叫んだ「ここで降りる」
ぞろぞろと乗客はみんな降りて、走りはじめた

団地に帰り着き、淳子と無表情な顔の男が言う
「あなたは存在を止める」
「僕は存在を止める」


トラックにはシートがかけられ、中にいる人々が見えないようになっている


報告:
ワレワレガトッタ記憶剥奪ニヨル混乱策ハ期待ニソエル見込ミ
カレラハ、自己防衛ノ本能トシテ、経験ノナイコトヲ、アタカモ体験シタカノヨウニ感ジル能力ガアル

ワレワレは不用ニナッタ原住民ヲ捨て、ソノ分ダケ入リ込マネバナラナイ
カレラハ日常生活ガ破壊サレヌカギリ、カナリノ異変ニモ鈍感デアル
日常生活ヘノ執着のオカゲトイッテモ過言デハナイ



「仕事ください」

私はわめいた
「オレはやりたいことが沢山ある それなのに、酒を飲んで、おまけに泣き出したりして・・・」

不意にこの間読んだ本のことが脳裏をかすめた
必死の場合、本気で念じれば、人間は何だって出来るのだ それだけ潜在力を持っているのだ

「オレの奴隷 早く来て、俺を助けろ!」
「お呼びになったので参りました」 月明かりに青白い痩せた男の顔が浮かんでいる

「何でもご用をお申し付け下さい」
「よし オレを家まで連れてゆけ 不法建築のおんぼろアパートだ」


ノドが乾いて目が覚めると、あいつが居る!
「何がご用があれば言って下さい」
「出てゆけ! 二度と来るな」

「そんな無理をおっしゃっては困ります 私はあなたが生みだした奴隷です
 あなたから離れるわけにはいきません」

通勤で玄関から出ても、奴隷は立っている
「あなた、少しどうかしてやしないか? ゆうべ助けてくれたのは礼を言うよ だからどこかへ行ってくれ」
「それは無理です」 薄笑いが男のこけた頬に浮かんだ

バスに乗ると、運転手に「25円です ないんですか?」と言われ、男は降り、歩いてついてくる
(馬鹿な!)←出ました


会社にもきて、「仕事、ありませんか」と泣き出しそうな声だった
「僕のアパートの掃除をして、夕食の仕度をして待っているんだ」

「いつまで待つのですか」
「いつまででもだ」
「仕事が終わったら、また来ます」

2時間もしないうちに化け物はまた来た
「仕事、ください」

このままではダメだ 会社における立場も生活も・・・
「外へ出て話そう」

「オレには生活がある オレはお前に出てきてくれと頼みはしなかった 亡霊なのか?」
「あなたは望んだ 期待が生み出した それが私です」

「お前のようなものじゃない! 消えるんだ!」
「私自身の存在は、私にはどうすることもできません あなたが念ずればいいことです」

「それじゃオレにそんな思念を抱かせたのは酒か? 会社か? 毎日の生活か?
 何でもいい、そいつをみんなぶっ潰してもらおうじゃないか! やれないのか?」


次の瞬間、目の前で何かが爆発した 身体の感覚も何も残っていなかった・・・

「これで、私のつとめも終わりました
 ひとは、誰でも思念による構成力を持っています
 存在を信じ、本気で作り出そうとすれば、必ず作り出せるのです
 それが、1人ひとりの世界となって認知されるものでございます

 望んだものが出てくるのに気がつかないだけでございます では、さようなら」

灯りも実体もない空洞の中に、私はいつまでもさまよい続けていた


「酔い潰れて凍死したんだな」警官がつぶやいた
サラリーマン風の男の死体の周りを、痩せた野良犬がうろついて追っても去らなかった

「その人、この犬に時々、餌をやってましたよ どちらも寂しかったんでしょうね」




「信じていたい」

僕は、婚約者の美津子とホームで別れて、岡山県にある地味なメーカーの関西工業に行くのだ
就職活動につまづき、なんとか採用してくれたのが関西工業だったが
新人は岡山で2、3年勉強するのが条件だった

両親が早く死に、兄貴の家に居候して、なんとか学校を出たのだ
少々不満があっても、辛抱して、定収入を得るのが先決だ

工場に着くと、滅入った気持ちは消えた
ここには明らかに、現実に存在するもののみが持つ、たしかな重みがあった

忙しい毎日が始まり、昼は仕事、夜は毎晩ぶっつづけにぐでんぐでんに酔わされた
1週間がまたたく間に過ぎ、美津子と約束した日曜日が来た

駅に急ぐと、美津子がやって来た
「ど、どうして?
「あなたが電話で、この町でデートしようというから来たのに ウソだったの?!」

僕はなんとか誤魔化して怒りをしずめ、デートは楽しいものになった


仕事中、美津子から長距離電話がきた
「昨日は大阪に帰ると言っていたのにどうしたの? 私、1日中家で待っていたのよ!
 そっちにすっかりお馴染みになって、もう大阪のことなんか、忘れてしまったのね!


電話は切られた どういうことか考えても分かるわけもなかった


その夜、工場の歓迎会があり、散々飲まされたが酔えなかった
美津子はまるで日曜にH町に来た記憶さえないようだったではないか

僕はすすめられるままに酒を飲み、美津子に電話をすると
「こちらは局ですが 、番号のないところへかかりましたので」
何度かけても録音された声が聞こえるばかり

酔いつぶれ、どうやらはじめの料亭に戻っていた
前に寝込んでいる男に手をついたが、目を覚ます気配もない
覗きこむと「まさか」 そいつは僕そっくりだった
幻覚だ 酔って夢を見ているに違いない


美津子からの連絡は途絶え、速達は住所不明で戻ってきた
何も言わず引っ越すはずはない 事故でもあったのでは

次の休日 美津子の家に行くと、母親が出てきて

「ああ、4年ほど前に一度おいでになりましたね?
 美津子はおととし結婚して、子どもも生まれましてね なにか?」


何がはじまっているのだ? 本社へ行けば何か分かるかもしれない
総務課長は「うちは、岡山県に工場はありません 君は不採用だったはずだ」

いったん外に出て、やはり戻ってみると、関西工業がなくなっていた
「先月倒産して、ここを引き払いましたよ」
後ろを見て、2人とも卒倒するところだった そいつは僕に瓜二つだったのだ


喫茶店で、名刺を出し合った 相手は生命保険の勧誘員だという
不気味がるウエイトレスに「双子の弟なんだ」と誤魔化す

「僕たちは、無数の世界を転々と移っているらしいね」

「あんなにたしかに見えた現実、頼りになりそうな実体という奴が、
 こんなにあてにならないとは・・・夢にも思わなかった」


「まったくだ だが、どうにもなりはしないよ 成り行きに任せるだけさ
 何も信じず、風のまにまに漂うだけの話さ」

「いらっしゃいませ」とウエイトレスが言い、キャッと悲鳴をあげた

そこには新しい僕と、左右の腕には、美津子が2人すがりついていた





【武蔵野次郎解説 内容抜粋メモ】

ショートショートという呼称は定着した観があるが、すっかり有名になったのはSF界からなのは非常に興味深い
先駆的開拓者の星新一をはじめ、眉村卓もその一人だ

戦前「コント」と呼ばれる掌編が書かれ、川端康成の「掌の小説」などの名作もあるが
ショートショートはやはり戦後に隆盛になった文学形式で、SFに優れたものが多い
(コントってお笑いじゃないのか?

小松左京、筒井康隆、眉村卓の3作家の作調、持ち味は独特で、他の追随を許さぬものがある

本書について著者みずからの解説の中でもあるように、サラリーマン体験が活かされてる

高校時代は俳句部に入り、年間2、3000句作ったという
小説を始めたのは大学に入ってからというが、学生時代からの文学修行が、後年の素地になっていることは疑えない

「小説のコンポジション作り」の重要さは創作上まず第一に必要だが、それについては
「小説のコンポジション作りのはしりというか、基礎作りのはしりになっていると思います」『SFマガジン』

本書に収められているのは、昭和35~45年の10年間にわたって書かれた

SF同人誌『宇宙塵』(ステキな命名w)に参加し、1961年の『SFマガジン』第1回コンテストに佳作第二席に入選している
入選者は小松左京氏だった

ショートショートは、意外性(プロット構成上)が何より必要と思われる





読むうちに、これまでサラリーマンの不条理にばかり目がいっていたけれども
これはどんな殺人ミステリーよりも怖いホラーじゃないかという気がしてきた

日常が少しずつズレて、あるいは突然違った世界に変わる
誰も気づかない あるいは気にもとめない

現代の風刺というより、現代社会そもので
私たちが鈍感、無関心になっていることにゾッとした

こんな強い警告が昭和50年代からあったのにも関わらず
世の中はほとんど変わらない

それだけ今の「日常生活」を守りたいという「執念」によって
変わらずに成立しているのではないだろうか




追。

新刊案内に楳図さんの『漂流教室』がある 小説化もされたのか?



古書からは、いろんな当時のチラシや、しおりが挟んだまま出てくる
今回、ガムの包み紙まで出てきてビックリw
いろんなものを挟む人がいるんだなあ 気持ちは分からないでもない

昔ながらのロッテのグリーンガムで「デイトのおともに。」なんて書いてあると、なんだかほっこりした




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『なぞの転校生』眉村卓/著(角川文庫)

2017-06-22 11:58:02 | 
『なぞの転校生』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和50年初版 昭和58年28版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。

[カバー裏のあらすじ]

中学二年生の広一君のクラスに転校してきた美しい少年。
スポーツ万能、成績抜群、あっという間にクラスの人気を独占してしまった。
だが時折見せる彼の謎の部分―雨やジェット機の爆音への度はずれた恐怖。
停電の時に手にしていた超能力のペンライト。
そして突然悲痛な声で世界の終末を予言する……。
クラス一同の深まる疑惑と不安の中で広一君が握った少年の秘密とは…?
SF界の鬼才、眉村卓が描くジュニア小説の傑作。


再度、amazonで1冊1円(関東への配送料 ¥257)で買った第2弾は14冊(1冊だけ4円だった
前回も今回ももっとも多かったのは「もったいない本舗」さんの在庫
一体、眉村さんの角川文庫を何冊持っているのかフシギになるほど

以前調べてなくても、時間を置いて調べると入荷していることや
値段も見るたびに若干変わることも分かった 古書売買の仕組みっていろいろフシギ

そして今回届いたほとんどは、どれも新刊のように状態がよくて驚いた
もしや、新しいのが届いたのでは?と奥付を見ると、昭和50年代の版数を重ねたものだと分かる

私の好きな木村光佑さんのカバーデザインも、次第に変わって、いろいろ試みている

こうして1人の作家さんの文庫本を長年にわたって
同じ規格、同じデナイナーで出版しているのは、作家さんと出版社の深い関係性も伺える

ラックに1段に並べていたのを、数が増えた分、前後に2段にしてみた
ズラっと並ぶ、まちまちに経年劣化で変色した文庫本は、
それぞれの歴史を感じさせて、とても感慨深い




今作は、タイトルは有名だし、ドラマ化されていることも最近知ったのに、まだ読んでいなかったんだな/驚

学園もののSFシリーズ
次元をわたりあるいている人々を
平凡ながら、勇気と知恵、行動力のある少年が助けて、ひいては日本中も納得させてしまうなんて
当時、同じ年齢の子どもたちが読んだら、きっと元気や夢を持ったことだろう

まだまだハンパな科学力を批判され、それでも平気でいる私たちへの痛烈な比喩もあることも見逃してはならないし
その中でも、自分たちの力で変えていけるんだ、と訴える眉村さんの信念も伝わった気がした

解説が手塚治虫さんでビックリ/驚×5000


あらすじ(ネタバレ注意


「なぞの転校生」

クラス委員の岩田広一がクラス対抗試合に行こうとして家から出ると、
昨日まで空き部屋だった部屋に急に引っ越してきた人がいて驚く
中からギリシア彫刻のような整った顔立ちの少年が出てきた

2人は偶然、一緒のエレベーターに乗ったが、一時的な停電に少年はパニックになり
見慣れないライトをドアに向けて焼き切ろうとしている その顔は憎悪に醜く歪んでいた


翌日、昨日の少年が転校生として広一のクラスに来てまた驚く 山沢典夫という
進学率のいい阿南中学校の大谷先生は厳しいが、典夫はノートをとらないばかりか、教科書も開いていない
太陽について聞かれると、先生も驚くほどの知識を話し出した


隣りの席の香川みどりは、卓球の学校代表選手で、広一との仲の良さが噂になっている
みどりは典夫も卓球に誘うと、もの凄い球を打ち返してきたが、卓球をやったのは今日が初めてだという

典夫はすっかりクラスの人気者となったが、心を開かないのは変わらなかった

秋の運動会のことで打ち合わせに1人だけ参加しないことで広一と口論になる
その理由が

「もうじき雨になる 僕は傘を持ってきていないんだ
 あの雨の中には原水爆実験による放射能が含まれている 僕は怖い 致命的なんだ

 みんな、なんて馬鹿なんだ
 この世界で一番怖いのは、科学のいきすぎによる人類の自滅じゃないか
 我々にとれば、文明世界より原始世界のほうがよっぽどましだ」

クラスメートとモメてから、典夫は3日も登校しなかった


大谷先生は、広一と典夫を訪ねる
部屋から20人ほどの家族連れが一斉に出てきて、彼らは一様にギリシア彫刻のような顔立ちをしている
典夫は広一らを拒絶して部屋を閉ざしてしまう

「山沢くんはひょっとすると・・・どこか別の世界から来たんじゃないでしょうか」

「まさかねえ」大谷先生は笑い出した


クラス対抗意識の高い阿南中学の運動会は、クラスごとに応援用のアーチ作りに力を入れている
典夫のデザインが素晴らしいとみんなが褒めた後、ほかにもほとんど似たデザインがあることに気づいて皆驚く
典夫は「偶然だ!」と言い、みどりがかばった

典夫の活躍は抜群だったが、広一の両親は、同じアーチを作ったクラスにも同様にずば抜けた生徒がいることをフシギがる
「それがいずれも転校生だそうだ」

かけっこでは、その天才少年少女たちがいずれもアンカーで、人並み外れた速さで走っていた
だが、その上空にジェット機が飛んできた時、彼らは一斉に校内に逃げてしまった

その後、札付きの3年生のグループが典夫に文句をつけているのを見かける広一
「転校生のくせに、気に食わなかったんだ!

典夫がポケットから例のライトを取り出すのを見て、広一は慌てて間に入って止める
「生意気な!」 広一はボコボコにされてしまうが、後にクラスメートから典夫をかばったと好印象を与えることになった

しかし、広一は、追い詰められた時の典夫の、まるで世の中のすべてに絶望したかのような表情が忘れられなかった


大谷先生が救護室で話すには、大阪市内の十数校で同じような転校生のために、いろんな事件が起きていて
しかも、みな同じに転居してきて、本籍を調べるとすべて千代田区にあるという


教室で大谷先生が「山沢くん、岩田くんにお礼を言ったの?」と聞くと

「そんな必要はないと思います 僕はパラライザーという神経麻痺銃を持っているから、あんな連中なんでもないんだ
 みんなは僕のことを笑うが、なぜおかしいんだ? あんな激しい音を聞いて平気なほうがおかしいんじゃないのか?(まったく同感

 原子爆弾、水爆、ニュートロン爆弾、ミサイル、、、いつ頭上に落ちるか分からない世界でよく平気でいられますね
 このD-15世界も、遅かれ早かれ核戦争は起こるんだ ここなら起こらずに済むと思ったのに・・・

 核戦争の恐ろしさを知っている者がいるか? 倒れる何百万の人々、迫ってくる死の灰
 血だ! 焼けただれた裸だ! 助けてくれ!


典夫は先生にうながされて早退した

「あいつ、本物の核戦争を見たんだ・・・」


その日の夜 両親は夕刊を見せた 「大阪に出現した天才少年少女」と書いてある
広一「僕、隣りに行ってみるよ 連絡もあるし」

ドアを叩いて「できるなら、一度ゆっくり話したいんだ」
2DKの団地の部屋に入れてもらうと、何人かの大人が座って話していた
外から見えない場所には、複雑な金属製の見慣れぬ道具が並んでいた

典夫の父
「私たちはある集団なのだ 秘密結社とかスパイじゃなく、ごく平和な目的なんだよ
 このD-15世界でとけあって暮らしていくつもりだったが、私たちは不適応者に見えるかね?

「とんでもない ただ、普通の人間なら、もう少しのんびりしています
 みなさん優秀すぎるんです それにすごく神経が細い」

「1つの世界で安全に暮らすには、何事にもずばぬけているのが一番じゃないだろうか?
 でも、もっとみんなと馴染むようにしなきゃならないようだ
 このことは誰に話してくれてもいい それくらいはするべきだった」


翌日、典夫が欠席して、広一が責められる
そこに広一の母がきて、典夫の家が酷い騒ぎで典夫は広一にだけ会いたがっているという
一緒に行きたがるみどりに「君は山沢が好きなんだな」 彼女はうなずいた

男が酷い火傷を負って病院に連れていかれたという 広一が部屋に入ると

典夫
「信じられるのは君だけだ 僕らを人間らしく扱って、特別な目で見なかったのは
 留守番をしていたら、知らない男がドアを開けて入り、写真を撮りまくったから
 僕はレーザーで撃ってやったんだ 目盛りは最低にしたから警告程度だ それを・・・」

「わかった 僕に任せるんだ」

広一は外に出て「怪我をした人の知り合いはいますか?」 誰もいない
レーザーのことは伏せて、事情を話し、目撃者に問い、典夫のせいじゃないと言い張った
警察官が来て、部屋を開けると、典夫の両親がいた (さっきまで家に入った人はいないのに・・・)


典夫「僕らはもうこの世界にはいられない でも、君のことはけして忘れない」

典夫の父「今夜、団地の屋上へ来てくれ 夜9時だ その時、話す」



翌日、国語の先生が入ってきて、全クラスの天才少年少女たちが一斉に消えたという
新聞には、大阪市内の天才少年少女も消えたと書かれていた
典夫らを守るため、大谷先生も屋上に同行することに決めた

しかし、団地にはすでに大勢のテレビや新聞の取材陣らが殺到していた
部屋を開けたら、中には何ひとつなかったという

屋上から無事に送り出すには、彼らに帰ってもらう必要があると考えた広一は、言える範囲で取材に答えた
無意識に過去形で喋っているのに気づいて、不意に悲しくなった
広一が解放されたのは8時前だった

クラスの誰かが話してしまうのでは、と心配したが、みどりがみんなに言わないよう説得してくれていた

蛍光を帯びた球状の物質が降りてきて、典夫が出てきた

「行きたくないんだが、でも、もうここともお別れだ」

典夫の父
「私たちは別の次元へ行かねばなりません 私たちは“次元ジプシー”と呼ばれる一族なんです
 宇宙は限りなく重なり、交錯して同時に存在している そこをこの移動機で別の世界に移ります
 これは残念ながらタイムマシンではない どうも時間は第5の軸らしく、別次元に移る機械しか作れなかった

 私たちの世界は高度に進んだ戦争のために壊滅したため、別の世界へ飛んだ
 しかし、無限に歴史があっても、結局どこも全面戦争を始めて、そのたびに逃げ回っているのです

 平和で安心して住める世界を探して もう戸籍は次の世界に作ってあります」

典夫「僕、今度の世界より、ここのほうがいいんだがなあ」

広一は、このままこの人たちを去らせてはいけないという考えにせきたてられた

「別世界に行って、ここより住みやすい保証はあるのですか?
 そうやって、次々と移って、どこか理想の世界を見つけるんですか?
 理想の世界なんて本当にあるんでしょうか? 住む人の心持ち次第でどうにもなるんじゃないでしょうか?」

典夫の父
「君の言うことは分かる いい勉強になった しかし、もうすべての手続きは終わっている
 もうみんな、あっちの人間になっているんだ」

典夫
「もうたくさんだ! やっと友人ができたというのに、何年も何年も・・・
 このレーザーを持っていてくれ また、ここに戻ってきたら、仲間に入れてくれるだろうね?
 いつか戻ってくる そう考えて一生を送るよ さようなら」



多くの学者や文化人がこの事件を論じた
一部は肯定し、これまでの常識がどれだけ偏っていたか論証しようとしたが
他の大多数は、あり得ないという見地から、広一らがウソを言っているか、幻覚だと決めつけた

広一の父「どうせマスコミなんて気が短いんだ そのうち忘れてしまうよ」

その通り、1ヶ月も経つと、ほとんど噂されないようになった
しかし、直接、関係した中には忘れられない者もいた みどりもだ
今では成績も落ち、かつての精彩がまったくなくなっている


補習の1日目、みどりと広一が教室に入ると、教壇の下にボロボロの服を着た典夫がいた

「僕はまた戻れたんだな・・・」

大谷先生も来て、救護室に運ぶよう指示した

典夫
「僕らはD-26世界へ行った 次元ジプシーは僕らだけじゃなかったんだ
 何万人もいて、人間狩りを始めた 戦争の代わりに闘争本能を満足させていたんだ!
 僕らは散り散りになり、撃たれ、捕えられ・・・ やっぱり、ここへ帰ってきたのは僕だけだったのか」

学校中は典夫の話でもちきりになった
職員会議でも、戸籍のことなど問題はあったが、典夫を守るために府立病院に入院させた

広一の隣りの部屋には、もう別の家族が引っ越している 「あいつ、どこに住むつもりだろう」


そこに屋上から音がして、典夫の父らがやはりボロボロになって戻ってきた

典夫の父
「私たちは、もう自分たちだけの生活に閉じこもるつもりはありません
 私たちは随分多くの世界を見てきました 動物たちと共存共栄してる人たち(いいなあ
 しかし、どの社会もゆっくり、あるいは急速に、科学の時代に入ってゆく

 私たちは逃げ回るのではなく、勇気をもって未来に立ち向かい、自身の未来を作り上げること
 最終戦争の恐怖に怯えるより、なんとか起こらないよう力を合わせることだったんですね

 この岩田くんのように これがあるかぎり、この世界は大丈夫です
 与えられた問題に手をとりあってやりぬくこと 私たちはここに永住したいと思います」

広一の父は、とりあえず彼らを会社の寮に泊まるよう手配した

典夫「さようなら また、あした」

明日 それは誰にでもあるのだ 素晴らしい明日を作るのは、僕たち自身でなければならないのだ!

彼らは世論の同情を集め、日本国民として、受け入れられた


典夫
「僕は、来学年から東京に住むことになりました
 僕たちは、この世界で仕事を見つけて全国に散りました
 父もこの世界の役に立ちたいと、東京で技師の仕事が見つかったんです」

3人は校舎を振り返ると、桜がもうちらほら咲き始めていた




「侵された都市」

ローカル空港の飛行機で羽田に向かっている新聞記者・古川彦二
客は少なく、あと30分で着くという時、機体がすうっと沈んだ
エアポケットかと思ったがまたずうんと沈みこんだ

「あと10分で着陸いたします・・・」というアナウンスで一応落ち着いたが
外を見ると、ここは僕の知っている東京湾じゃない
恐ろしく広い空港で、はるか向こうにあるのは、どう考えてもロケットに違いない

後ろにいた中年紳士はスチュワーデスに「どうなってるんだ!」と怒鳴る

操縦士が現れ、
「機長の有田です 私たちは突然悪気流にあい、今の空港に着いていました
 いくら呼んでもコントロールタワーからの応答がありません」

反射的に「僕が調べますよ」と言うと「僕も行きます」と副操縦士・桜井節も言った
外に出るととてつもない寒さ 今は7月で、離陸した時は汗だくだったのに


大きな建物は、近づくにつれ、窓が割られ、錆びたり、剥げ落ちたりしている廃墟だと分かった
何かの爆発で吹き飛ばされているようだ

眼下に広がるのは、ぎっしりとビルの建ち並ぶ大都市で
それらの間の縫っているのはハイウェイだろうか
まるで未来の超大都市のようだが、生き物の気配はまったく感じられない

東京タワーを見つけて、ここがまぎれもなく東京だと知り唖然とする2人


見慣れぬ飛行体が、ドームのほうから飛んできて、突然、頭の中が燃え上がるのを感じた
そして、自分が円盤を尊敬しきっているのを知った
円盤の言う通りにすれば、何もかも素晴らしくなると考え始めていたのだった

(ワタシタチノトコロヘ キナサイ)

乗客たちも円盤のドアに歩いていき、乗り込んだ
だが、先を争った僕と桜井は、くずれかけた階段とともに下へ落ち
円盤はもう去ってしまい、意識が遠のいた


「2人ともコントロール線を浴びたらしいわね」

女の声がして、気づくと幾人かに取り囲まれ、地下に連れられ、針のようなものを刺された

目が覚めると、普通の白衣ではない生地を着た人々に囲まれている

「説明しなさい なぜあんなところにいた? あの航空機はどうしたの?
 あなたは人間だし、私たちの仕事に協力する義務があります」

事情を話すと、いかにも頭のよさそうな男クニオが言った
「タイムポケットだ この男たちは1960年代から来たのだ」

女性の第二行動隊責任者イワセ「ここは1999年よ」

クニオ
「君が見たのは、バーナード星系に住む宇宙人の円盤
 あれは、人間の脳に働きかけて奴隷にするコントロール線を出している
 地球の人々は、ほとんどがバーナードの奴隷になっているんだ

初老の男が言った
「君の仲間といっしょに映画を観てほしい 宇宙人らを攻撃する前には必ずそうするんだ
 わしは医者でね こうした闘志のかきたて方には賛成しかねるが わしはリーダーじゃない」


室内には100人近くがイスに座り、スクリーンを見つめている

「これが、つい7ヶ月前の東京です」

何百というビル、天候制御、原子力発電所、食料合成工場群・・・
そこに何十という黒い点が現れた
奴隷にされた人々は、窓を割り、壁をめちゃめちゃに壊している

「偶然、地下深くで仕事をしていた者以外は、みんな奴隷にされたのです!」

流れている音楽はもう耐えられないほど低い不気味な音になっている
「殺せ! 殺せ!」部屋の人々は声を合わせて叫んでいる

巨大ドームから、怪物が出てきた 大きな飛び出した目、べろんとした大きな口
僕は吐きそうだったが、バーナード人に強い憎しみを感じていた
(映像と音で操作してるんだな プロパガンダ映画といっしょだ

「我々は今夜、一番近くにあるバーナード人居住区を襲撃する!」

医師
「やつらの居住区は、東京、横浜などのほか、世界各地に散らばっている
 世界各地には、我々と同じような団体はあるだろうが、連絡手段がないんだ」


2人は会議室で、なぜこの時代に来たか説明される
透明な壁の向こうは工場があり、先のとがった帽子のようなものなどがズラリと並んでいる

クニオ
「いっさいの責任は我々にある 我々はバーナード人に対抗できるような技術を研究していた
 やつらのやっているのは重力コントロール方式なんだ 地球の引力をさえぎれば
 飛行機は他の天体の引力によって浮かぶことができる

 だが、スイッチの操作を誤って、重力を反対側にかけてしまった結果
 実験物の上空に過去の空間ができた

 タイムポケットは、君らの時代にもあったかもしれない 戦闘機が突然消えたり
 人がいなくなる事件の何割かはそれだ 君たちは帰れるかもしれない


だが、円盤に捕えられたスチュワーデスらを見殺しにすることはできない

「僕はこれからの攻撃に参加するぞ 仲間を助け出してやる 僕はあの映画を観たんだ」

桜井も同意見だった


2人は工場で造られていたヘルメットを渡される

「これはコントロール線を完全にさえぎることはできない
 2分も浴びると頭がやられる 少しでも気づいたら、すぐ岩陰などに飛び込み
 ボタンを押せば、強力な麻酔薬で失神し、あとは救助され治療を受けられる」

指揮をとるのはイワセ この時代の人々は、一番能力のある者を選び、男女などにこだわらないらしい


近づくとドームの大きさは異様だった
新しい反重力船が攻めかかるまで待ち、一斉に攻撃する計画

不格好だが、堂々とした飛行機が3台だけ、まっすぐにドームに突っ込んでいく
僕は大声をあげながら、奴隷にされている人々を麻酔銃で撃ちまくった
1人でも多く眠らせ、あとで助け出し、治療をほどこすのだ


うず巻き状の廊下のような所に来ると、20人以上の宇宙人がかたまって立っていた
(バーナード人の家族か?)

彼らにも麻酔弾が効き、床に倒れた

「大勝利だ! 円盤は慌てて別の居住地へ逃げていったぞ!」

ドーム内の人間は、何十万人という数だった
地下運動の人々は、みんな眠らせ、順番に治療を始めた

コントロール線も手に入れ、バーナード人にも有効だと分かった



「我々は、必ず地球を取り戻してみせるよ」

僕は、イワセ、クニオ、医師らが好きになっていたが、僕には自分の世界でやらなければならない仕事がたくさんある
「ねえ、バーナード人にかぎらず、宇宙人が地球を襲うという予言をした人はいなかったんだろうか?」

医師「知らんな だからこそ、簡単に侵略された」

桜井「なぜあんなことを聞いた?」

30年後の未来といえば、僕たちは恐らくまだ生きている

桜井
「分かるぞ 過去に戻ったら、今度の事件を公表するつもりなんだな
 30年後の災厄を予言し、被害を最小限に食い止めようというんだな?」

飛行機は再び沈む感覚になり、もとの羽田空港に戻っていた




【手塚治虫解説 内容抜粋メモ】

最近は、主観の世界、内的宇宙を追求したテーマが、「ニューウェーヴSF」として若いマニアの関心を集め
日本陥没のようなパニックや、政治事件などがベストセラーになり、
SF分野は、純文学と大衆文学の中に広く滲み込みつつある

「企業SF」というジャンルの作品もいつくかあるが、その嚆矢は眉村氏だといって差し支えない

もの書きは、自由人で、企業内部の実態などは書けても
人間の喜怒哀楽、人情機微に触れるのは経験者でないと難しい

漫画家ではサトウサンペイ氏や、作家の源氏鶏太氏など

眉村氏は、一時「サラリーマンSF作家」と評されていたことがある
数年間会社員だったことが経歴をユニークにしている
風変わりに見えるのは表向きで、元来リベラリストで、ロマンチストなのだ

「インサイダー文学」をさかんに吹聴し、このムードも次第に薄れ
本来のスタンダードSFを書くようになったのは、
やはりインサイダーからアウトサイダーに転換しつつある彼の姿勢の表れかもしれない


『なぞの転校生』の広一はむしろ狂言回しで、典夫という謎めいた美少年が
スーパーマンぶりを発揮するのは、学園ものとしてよくあるパターンだ

典夫と同じ仲間が大勢登場するあたりは、SFマニアなら『ダンウィッチの怪』
(『呪われた村』として映画化された)と勘ぐる人も多かろう


眉村氏はテレビっ子のためにセリフをうんと増やし、会話劇に近い手法をとっているが
彼がテレビ漫画のシナリオもかなり手がけていることの影響だろう
眉村氏自身、漫画を描いていた時期もあるのだ
(驚

学生時代、当時有名な新人養成雑誌『漫画少年』に、本名の村上卓児で投稿しつづけていた
僕もそれを拝見し、手紙のやりとりをした間柄だったが
こいつは大物になるかもという期待を裏切り、雑誌の廃刊と同時に姿を消してしまった

10年後、SF作家として登場した時、よもやかつての少年とは想像もしなかったわけである


同じ関西出身のSF作家の小松左京もかつて漫画を2、3冊描いた
筒井康隆氏は、今も道楽に立派な漫画を描いている

この御三家がいずれも同時期に『SFマガジン』にプロデビューしたことはフシギである




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『閉ざされた時間割』眉村卓/著(角川文庫)

2017-06-18 15:45:10 | 
『閉ざされた時間割』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑、本文イラスト/谷俊彦(昭和52年初版 昭和58年19版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。

1度読み直した時のメモがあったので、それはそれで残すことにした

『閉ざされた時間割』 眉村卓/著(角川文庫)


[カバー裏のあらすじ]

この奇妙で恐るべき事件は、中学二年生の良平が珍しく勉強にうち込もうとしている夜に始まった。
はじめ良平は、ベランダに映る無気味な人影を見た。
そして翌日、彼のノートにはメモした覚えのないことが書き込まれているのを発見。
次には何故か夢遊病のように学内をふらつく先生と生徒を目撃・・・。いったい何が起きたのか?
そして魔の手はついに、ガールフレンドや、良平の家族にものびてきた!
人間の乗っ取りを企む借体生物との闘いを描くスリルあふれる眉村卓の傑作SFジュブナイル!
表題作のほか「押しかけ教師」等3篇収録。 


あらすじ(ネタバレ注意


「閉ざされた時間割」

松田良平は、深夜、苦手な数学の勉強をしていると、
誰かに見張られているような気がして、窓の外を見た
そこには、良平ぐらいの少年の姿がハッキリと映っている



「だれだ?」

勇気を出して、窓を開けると、そこには誰もいなかった


翌朝 近所に住むクラスメートの三原令子弟・努のことで相談があるから昼休みに会ってくれと言われる

1時限目の数学 良平は急に抗い難い眠気に襲われる
気づくと、教師の姿がいない 1時間も眠ってしまったと焦っていると
他の生徒から授業が終わったと言われ驚愕する

「そういえば、今日の松田さん、いつも違っていたわ やたら質問したり、すすんで答えたり」

良平はそんなタイプではない

クラス委員の山形英一が割り込んできた
「よせよせ 松田のいつもの冗談さ」

良平は自分のノートを見ると、自分の筆跡ではなく、拙い文字で
授業を一言一句メモった6時限分の書き取りがあったが、全然覚えていない

令子に声をかけると、とても怒っていた
「相談に乗ると言ったのに、いくら話しかけても知らんふりして いい加減な約束しないで!

帰り道、普段そう親しくはない山形に話しかけられる

「君、変なことを尋ねるが、今日、いつもと違ってなかったか?
 ひょっとして、ずっと意識がなかったんじゃないのか?」


そこまで言って、首をがくんとうなだれたかと思うと、すぐにしゃんとして

「冗談だよ なんでもないんだ!」と去って行った

2人が話していた場所に突然クルマが暴走してきて電柱にぶつかった
その瞬間、良平は山形が宙に跳躍して逃げるのを見た

家に帰り、様子がおかしいと両親から心配されるが、気が変になったと思われたくなくて言うのを控える

令子に聞いてみよう 自宅から5分のところにある家に行くと、ツトムくんがぼうっと佇んでいる
声をかけると、消えた

令子が出てきて「弟は2階で勉強してるわよ」という
事情を話すと「それなのよ! 相談したいのは 近頃、別人みたいなの 私と話したことを忘れてしまっていたり・・・」
両親に話したがまともにとりあってくれないという

気づいたのは1週間ほど前 中廊下にツトムがいたが目の前から消え、もう1人のツトムはお風呂に入っていたという
良平も自分に起きたことを話し、ノートを見せると、さっきは気づかなかった文字に気づいた

“このことは他人にもらしてはならない もらすと、君でなくなるかもしれないからだ”


翌日、また令子と放課後に会う約束をしたが、令子は欠席していた

国語の授業で、教科書を読ませていると、学期のはじめから休んでいる上谷の席に
なぜか1年の教科書をもって見知らぬ生徒がぽかんと立ち上がった

それを見た山形は「お前はまだ早すぎる! 出ろ!」と声を出した
生徒は首をがくんとうなだれ、泣きそうに「なんだか知りません 気づいたらこんなところにいるんです」

次は国語の先生が頭をうなだれ、フラフラと隣りの教室に入っていく
生徒がついていくと、良平の横にいた山形が前に倒れた

国語の先生は「ここはどこ? 私は何をしていたの?」両手で顔を覆い、泣きながら廊下を走って行ってしまう
国語の先生の振る舞いも変だが、山形の様子もおかしい

女子生徒が「山形くん、職員室へ見に行ってよ」と言い、山形が出て行って1、2分後
山形の後ろの生徒が叫び声をあげた 前に山形が座っていて、
背中を突くと指がつき抜けて、山形は目の前から消えた

山形は教室に戻り、消えたと言われるとぎくりとして
「僕は知らん! 失敬だ 僕は早退する」と教室を出て行ってしまう


放課後、令子が気になった良平は家を訪ねると、玄関に鍵もかけず、家には誰もいない
壁には大きな乱れた字で「助けて」と書かれていた

近所の人も来て「ツトムちゃんのお友だちも来たのよ 欠席したからって」
「今晩待ってみて、明日も誰も帰らなかったら、警察に届けてみたら?」ということになった

良平はようやく両親に話す
「そういえば、今日、山形さんが来て、僕からの手紙が来ていたら、
 間違って出したものだから返して欲しいって言うの」
と母


翌朝、令子の家にはやはり誰もいない
そこに靴音が聞こえ、慌てて隠れると、山形が来て、ペンで書かれた文字を消し始める

「どうしてそんな真似するんだ!」

良平がつかみかかると、宙に浮き、1回転して叩きつけられた
近所の人、親も来て、良平はひどい怪我を負い、翌日は学校を休んだ

そこに山形からの速達が届く

松田くん 急いで書く じきに奴らが来て、僕を占領してしまうからだ
 そいつには実体がない 人間の体を乗っ取るのだ


 初めて経験したのは4週間前 はじめは3、4日おきだった間隔は短くなり
 それにつれて、僕の体の使い方が上手くなったようだ

 この手紙はこれで2回目 1回目は書いている最中に乗っ取られ、処分されたらしい
 今度はうまくいってほしい”


母にも手紙を見せる その良平の枕元に胸から下が透き通った父が立っているのを見た
そこに父が帰ってきて「母さんは植え込みにいたんじゃないのか?」と言う

チャイムが鳴り山形が来た 迷っているとベランダまで跳び、靴のまま入ってきた
手紙を切り裂き、父母が同時にがくりとうなだれた
良平は両親に腕をつかまれ、クルマに乗せられた



クルマの中に包帯を巻いた自分がいるのを見て、不審に思ってくれる人がいないかと期待したが
交差点で停車しても、すぐそばを通りかかる人は、車内の様子など見ていないものだとすぐに悟った
通行人にとっては、ただの物体にすぎないのである

考える時間があるなら、あるうちに考えよう
なぜ、自分は乗っ取られなかったのだろう
外をもっと見ていれば、ここがどの辺か検討くらいはついたのにと後悔したが、目的地に着いてしまった


そこは廃校で、地面が突然盛り上がり、円盤型に盛り上がり、奇妙なエレベーターに乗せられ、
地下深くに着くと、かなり大きな部屋に、男女、少年少女が疲れ果てた様子で集められていた
その中に、三原家族もいた

家族が誘拐されるまでのことを話す令子

ツトムが「自分を縛ってくれ 他の何かに乗っ取られている」と言う
首が垂れて「僕はこれから使命を果たしに行かなければならない」と出て行った
そこに山形が来て「こうなっては仕方ない みんなで行ってもらうしかない」

令子「私たち、工事場に連れていかれ、監督に命令されて、時間制で働かされてるの」

頭上から声がして「働く時間だ あと1分でドアは閉じ、空気調整も停止する 急げ!」

良平も従い、歩きながら歩数を数えていた(『少年探偵団』みたい
つるはしのようなものを渡され、労役の監督に子どももごちゃまぜに4班に分けられ、岩盤を掘らせる
休んだり、作業が遅いと、金属棒でムチのように叩かれる

良平の近くの少年が倒れ、ムチで叩かれても動けない
「反抗もなにも、その子は動けないんだぞ! 働けなくなれば処分するとか・・・」

反射的に班長の足に飛びついて、金属棒を奪い取り、一撃を加えると、班長は我に返った様子
「みんな逃げよう!」と言っても、みんな諦め、疲れきっていた

監督がきて「こんな非能率的なやり方はおかしい」と良平が噛み付くと、やはり彼も我に返った
「痛みだ! やつらは体の痛みが怖いんだ!」

その時、黄色い煙があがり、みなバタバタ倒れた


気づくと、良平は大きなイスに縛りつけられていた
真っ白な、上から下まですっぽりと服をかぶった連中に尋問を受ける

「我々のどこが卑怯だというのだ これは本能だ
 借体型の生物は、生命体に乗り移る 不快な感覚は味わいたくない 敏感なのだ

 お前に選択させよう 処分されるか協力するか
 我々の数は限られている 3日もすれば、本隊が到着し、10万以上の仲間がくる

 あとは人間に乗り移る 協力はそれまででいい」

良平は考え
「僕はお前たちのことを何も知らないから、どうすれば役立つか分からない
 乗っ取られていない山形に会って相談させてくれ」

白い服の3人は良平を部屋に閉じ込めた

部屋の向こうには石油缶のような透明な容器が3つ並んでいた
青みをおびた液体が入っていて、20cmくらいの黒い玉が浮かんでいる
山形が入ってくると、その中の1つが液体と同じ色になった

「あれはやつらの休憩場なんだ 何時間か乗り移っていると、しばらく体を出ていかなきゃならない
 待機球と呼んでいる 何日も休息する時はここに来る やつらのホテルみたいなものだ」


この会話が相手に筒抜けだと分かり、2人は慎重に話すことにする

山形
「我々は全力をあげて協力しなければならない 1つにまとめさえすれば仕事はしやすくなる
 障害は叩き潰して、求める方向へ努力すべきだ
 それにはたとえ友人でも徹底的に厳しく、手加減してはいけない」


山形は、あの待機球をみんなで協力してやっつけて逃げろと言っているのだ
そのためには、手加減せずに傷つけあえば、奴らは乗り移れない
山形が透明なドアをなでて開ける様子を見た

良平は、みんなのいる部屋に戻り「もっと働かなければならない あと3日もすれば本隊の第一陣が来る」
みんなは良平が敵の味方になったと思い、冷たい態度になる


数日が過ぎ、良平は最初のエレベータから地上に出される
オレンジ色の光る円盤が降りてきた

「あの飛行体には、約100個の先遣隊員をおさめた待機球が積んである
 すべてこの基地におさめる作業は、お前が指揮をとれ」


「これは重要な任務だ 僕の指揮に従わない者がいたら大変だ 僕にも武器を持たせてほしい」

ピストルに似た武器をもつ奴は「こんな高性能の武器を貸すことはできないが金属棒を渡そう」

良平は武器を持った奴の手首を思いきりたたき、待機球の容器を蹴倒した
武器を奪い取り、待機球を撃つと、爆弾さながら火の塊となって弾け飛んだ

エレベーターに戻ると山形とツトムが立ちはだかるが、金属棒で叩くと我に返り
「ありがとう! それにしても、随分殴りやがったな」



男たちが来て例の武器を出すと「やめろ! それは人の体だけでなく、我々も破壊するのだ!」

坑道に行き「みんな 奴らに乗っ取られないよう、お互いに殴り合うんだ 脱出だ!」

良平は、待機球がたくさん並んだ部屋を思い出し、武器で撃つと爆発とともに炎が大きくなり意識が遠のくのを感じた


病院で気がつき、父が
「みんな救急車で病院に運ばれた グラウンドは陥没するし、校舎は火事だし、大騒動だったらしい
 だが、警察はもとより、だれも信用しないんだ 集団幻覚と考えているらしい」

彼らはまだどこかにいるはずだ 本隊が来れば、世界中の人々が乗っ取られる
まだ何も終わってはいないのかもしれない

良平は、ふと今までの毎日のことを考えた

学校や、世の中はこんなものだと自分で決めて、枠の中で人生を送っている自分たちは、本当に自由だろうか?
借体生物に乗っ取られているのと、実は大差がないのではなかろうか、と





「少女」

青山伸一郎がいつものように学校へ行こうとすると、同じ年くらいの可愛い顔立ちの少女から声をかけられた
「青山伸一郎さんね?」と言って少女はけたたましい声で笑い出した

テルテル坊主のような形の真っ赤な服を着ている
どうしたわけか、こんな奇妙な女の子といても誰もこっちを見ていない

教室にも勝手に入り、授業中もずっと話しかけられ、ちっとも勉強に身が入らないため
隣りの藤川律子が心配して声をかけるが「別になんでもないよ」と誤魔化す

「返事ぐらいしてよ!」と少女が伸一郎を激しくゆさぶり「やめてくれ!」と言うと
律子「何してるの? 一人で体をゆすって叫んだりして」

間違いない この少女は自分以外に見えないし、声も自分にしか聞こえないのだ
少女「“目標同調四次元震動装置”がはたらいてるから伸一郎さんにしか分からないのよ

授業後、律子は「私なんて何の役にも立たないかもしれないけど、心の負担を軽くすることはできるかもしれない」と言ってくれるが
少女にからかわれ、伸一郎は思わず「やめないか! いい加減にして、どこかへ行ってくれ!」と言い
律子は自分に言ったと思い、廊下を走り去って行ってしまった



グラウンドでサッカー部の練習になると、少女のことも忘れてしまう
ここ数日の練習が認められれば、今度の試合でゴールキーパーとして出場できるかもしれない

そこにも少女が邪魔しに来る 「助けてあげるわ!」
伸一郎のこぼしたボールをはねかえしたが

「自然の土の上でやるサッカーって、こんなに不潔なものだとは思わなかった
 これじゃ病原菌がとりくつ機会を、わざわざ与えているようなものよ!
 破傷風にでもなったら大変よ やめて!」
と今度は足を引っ張り始める

キャプテンに怒られ、少女を叱り、ふと見ると、グラウンドの隅でポツンとうなだれているのを見て
さすがにかすかな後悔がわきあがってきた

帰り道、少女が来て
「もうそろそろ時間だし、、、やっぱり一度謝らないと気が済まなかったの
 私、そんなにいけない子だった?」

「まあね とにかく人の迷惑も考えないのは、どうかと思うよ」

「そっくりだわ 今のパパの言い方だわ やっぱり来てよかった
 自分と同じ年頃のパパと会うのは悪くなかったわ
 私、あなたの子どもなのよ 1960年代を調べることになって
 歴史研究用のタイムマシンを借りて、少年時代のパパの生活を見に来たのよ
 明日は、私と同じ年頃のママと会うつもり」

待ってくれと言おうとした瞬間、少女は消えてしまった

その日以来、あの少女に少しでも似た女の子と会うたび、頭に血がのぼる感じを覚えるのである

(まだ今はタイムマシンは開発されてないのが残念でしたね、眉村さん





「月こそわが故郷」

宇宙開発庁の玄関で、建設隊長・ツガワは、少年と職員がもめているのを見た

「月面都市の建設隊員は半年も前に決まっているんだ
 第一、お前のようなヒョロヒョロした体で月などとても行けないと、この前も言ったじゃないか 出ていけ!」

訳を聞くと、
「僕の名前はサカタヒデオです 僕は月で生まれました 僕は月に帰りたい 月で死にたいんです
 僕の父母は、第一次月面都市が完成する前に、事故で月の上で亡くなりました 僕の故郷は月なんです」




「一緒に開発長官のところに来たまえ」

ヒデオは、両親の死後、9歳の時に地球へ送り返された
「月の引力は、地球の1/6 僕は地球で生まれた人より筋肉も弱く、骨も細い みんなに馬鹿にされどおしだった」

“月面護身術”は身につけているという
「形のとおり動くだけで、相手を倒すこともできます でも、地球は引力が違うので役に立ちません」

ツガワ「私は、彼を隊員に加えたいと思います」


訓練所のベッドでヒデオは建設隊員の有志・ハラに起こされる

「オレは半年前に選抜された正規の建設隊員だ
 お前は隊長に直接頼みこんで加えてもらったそうだな
 “建設隊員を辞めます 僕にはとてもつとまりません”と隊長に言うんだ」

「いやです!」

ヒデオはハラからひどい暴力を受ける


月へ行く前にあらゆる道具の使い方などをマスターしなければならないが、ヒデオはいつも抜群の成績をおさめた
訓練所の機械類は、幼い頃に使い慣れていたものとほぼ同じだったからだ
このことは逆に隊員たちの間に妬みを植えつけた
ヒデオはみんなと打ち解ける間もなく、月へ出発する日がやって来た


先発隊の基地のある嵐の大洋へ軟着陸を試みた時、外部のどこかがやられ、船内の気圧が下がり始めた

ヒデオがパイロット室に行った時、ツガワはもう失神していて、ハラが飛び込んできた
「隊長! 隊長! しっかりしてください」

ヒデオはハラの頬を殴り
「先に船内の処置をするんだ!」
「きさま、オレたちに命令するつもりか? 命令は隊長が出すものだ」

ヒデオはハラを宙で1回転させ、ハラはそのまま気を失った

「ただちに空気漏れの箇所を探せ!」
「空気漏れの箇所発見! いくら押さえても漏れてしまいます」

各自、宇宙服を着用し、脱出の用意! パイロット室は隔壁で分離した
 諸君は月上車で基地へ向かえ! 宇宙服の酸素タンクは4時間分しかない
 月上車を組み立てるのに30分、基地まで3時間かかる ただちに始めよ!」

隔壁をブロックすると、もはや新しい空気は入ってこない
「そのままでは、2時間ももたんぞ」
「無駄口をたたかずに早く行け!」

船外はマイナス200℃ぐらいの真空
窓を開ければ、一瞬で窒息し、体内圧のためはじけ散ってしまう
ヒデオは、酸素をムダにしないため、ハラにも横になって喋るなと指示する

ハラ
死ぬ前に言うのはおかしいが・・・月を開発するのは英雄ではない
 平凡な、しかし、どんな場合でも辛抱できるやつでないといけないんだな
 お前のとった処置は正しかった」

ツガワ
「君たちの話はさっきから聞いていた サカタを見ろ 何も出来ない時は、何もする必要はない
 彼と一緒にいるかぎり、我々は彼と同じでいようじゃないか それが最善の方法なんだから」

ヒデオ
(僕は月の人間だから、月で生きるのは月の人間でなければダメだと信じていた
 やっと分かってもらえたんだ)

基地から駆けつけた救援隊は、途中で建設隊員を拾い、そのままロケットに急ぐと
ヒデオらは昏々と眠っていた その口元には微笑すら浮かんでいたのである




「押しかけ教師」

水野真司は、中学の頃はトップクラスだったのが、南陵高校に入ってから
やることなすこと、すべて思うようにいかなかった

自信を取り戻すために、柔道部に入っても、中学から習っていた連中には歯が立たず、1年生にさえ投げられる始末
要するにダメ人間なのだ 近頃はしょっちゅうそんな気分だった

あと10日で期末テストが始まり、夏休みになる
例によってひどい成績をとり、思いきり遊ぶこともなく、何かに押さえつけられるように勉強することになるのだろう

バウンドしてきたボールを拾い上げる
「ありがとう!

バレー部のエースで、成績上位、チャーミングな中塚こずえはクラスの花形だ
真司も好意を抱いていたが、到底手の届かない人だ
彼女は自分がクラスメートだとも気づかなかったかもしれない


「きみ」

背後から、長髪、ジーパンスタイルの見知らぬ青年に声をかけられた

「僕と友だちにならないか? いろいろ得をするよ」

どこかの犯罪組織の一員だろうか? 「失礼します!」
逃げながら、あんな変な人に声をかけられた自分が情けなかった


帰宅し、数学にとりかかるが頭が混乱する
新しい参考書を買いに、近くの本屋に行くと、またあの青年が声をかけてきた

きみ、数学が不得意なのか? 僕を家庭教師にしないか?
 僕は浪人でね T大を受けるため、田舎から出てきて、この辺に下宿してるんだが、
 教えることには自信があるんだ どうせ教えるなら、頭のいい生徒の多い南陵高校生をと考えて
 君がピッタリだと思ったのさ 1、2時間でいいから、効果がなければ引き下がる どうだ?」

藁をもつかみたい真司は名前を聞くと
「僕は、吉田茂だ まあ名前なんて符号だから 有名人と同じでも気にすることはない」


夕食後、両親の前に現れた青年は、髪をきちんと分け、シャツに紺色のズボンを着て
真面目な口調で事情を話し、両親はすっかり好感をもつほどだった

「それじゃ、はじめるか」

吉田は、教科書をパラパラとめくり、30秒ほどで全ページを見終えてしまった
シャツから筆記用具を出して、練習問題を書き始めた

真司は、筆記用具が自由自在に変わるのに見とれていると
「ペンなんかじゃないよ・・・いや、これは新製品でね それより問題をやってみたまえ」

「こんなに時間がかかっちゃいけないな 1年の教科書を出して 君はできるはずなんだ」

それは、今まで聞いたことのない鮮やかな講義だった
1つ1つの単元について、その概念はどう生まれたのか、矢継ぎ早に、しかもまた実に面白い




担任教師が真司に通知簿を渡す時「お前、やったな」と言う
見ると、1年の3学期よりも150番も上がっていた
こんなことのことのできる吉田とは、何者だ?

こずえ
「水野さん、今度のテストで、数学、クラスのトップだったんですってね
 私、数学なら誰にも負けないつもりだったのに この次は覚悟してらっしゃい」


あのこずえが、彼を対等に扱ってくれたのだ
しかし、そんなに知識を持つ吉田がT大をパスしないなんてことがあるだろうか?


吉田は教授料もとらず、3日に1度くらいで、夜訪ねてきた

「ぼくが何者か、だって? それを聞いてどうする?
 今はまだ話せない 君にウソをついたことは認める
 だが、君の成績は上がった とにかく君は僕を利用することだけ考えていればいいんだ
 僕は、僕の世界のやり方で君を教える それが効果を上げるのが楽しいんだ」

真司は、吉田の“僕の世界”と何度か言うことなどに何かひらめいた

「もういいじゃないか それより、明日から柔道の合宿が始まるんだね?
 今日は柔道のコーチをしよう 僕たちがやったのは別のものだが、基本技術が応用できそうなんでね」

真司は開き直った こんな素晴らしい家庭教師はどこにもいないのだ

連携技を使えるようになり、合宿後にはレギュラーとも互角に戦えるようになった
キャプテン「そろそろ黒帯だし、試合に出しても大丈夫だろう」


真司は、2学期の中間テストでは、クラスのトップグループに入り、部活では柔道初段になった
劣等感は消し飛び、自信満々に高校生活を送れるようになり、クラスの花形の1人になっていた

生徒会の後期生徒会長に当選し、柔道部の副キャプテンとなり、GFはあのこずえなのである
吉田に教えられたこともあるが、あとは自分で勝ち取ったものだ 今の自分が自分なのである


こずえが「勉強を教えて」と家に来ていた日に、吉田はやって来て
大きなカバンをさげ、腰に機械装置のようなもののついた異様なベルトを締めている

「今日はお礼に来たんだ これからはもう永久に来ない
 私は仲間と賭けをしてね 人間というやつをおだて、人格を破壊するのにどのくらいかかるかということだった

 人間は面白い生物でね、何もかもうまくいくと、だんだんダメになり、
 堕落して、もとの人格まで戻ってしまう
 私は、それを密かに念写で立体映画に撮った

 水野くんの成績を上げ、すっかり天狗にするのに5ヶ月しかかからなかった
 今の水野くんには、あの頃の内省も、謙虚さもすっかりなくなっている
 我々の目から見れば、人格破壊に至っている

 このフィルムを証拠に、仲間から賭け金をせしめることができる
 面白い実験だった お礼だけ言って、おさらばする」

「待て! あんたは僕がダメになったというのか?」

「そうじゃないかね? 今の君は鼻持ちならないよ 高慢で、息が詰まりそうだ
 私はそんな安っぽい人間なんかじゃない 次元を自由に往来できる生物で、変身も思いのままだ
 本体にかえって、自分の住む次元に戻るよ」

吉田はボウリングのピンのような恰好に変わり、消えた
真司は頭を抱えて絶叫をあげた




【佐藤忠男解説 内容抜粋メモ】

人間が、人間の主人は自分たち人間自身だと考えるようになったのは、ごく近年だと思う

それまでは、人間の主人は神だと考えてきた
それがわずか数百年ぐらいで頭の切り替えができるはずもない

国家を主人と考えたり、国家の主人である特別の人間は神さまと同じ存在だと考えようとしたりしてきた
だが、人間の主人はやはり“自分”なのだ

人類の歴史から考えると、キツネ・タヌキに化かされるとか、国家に身も魂も捧げるべきだとか
ご先祖さまに見守られて生きているとか、道に背けばバチが当たるとかのほうがずっと心に馴染んでいる
自分のことは自分で自由に決めると考えるには勇気がいるのだ

眉村の書く“借体生物”には実態がない 狐憑きみたいなものだ

デビュー作の『下級アイデアマン』という作品で、人間がロボットと同じように
ただ与えられた仕事をその通りにやるだけの存在でいいのか、というテーマを出した

その後「インサイダー文学」を提唱
文学はアウトサイダー的な人間を描くだけでなく、
社会組織の内側にいながら、組織に人間性をスポイルされることなく努力する人間を描こうと試みた
ロボットは空想科学小説の重要なテーマの1つだが、眉村は人間のロボット化を問題にしたわけだ

現代でもすでにそうなっていると言うべきかもしれない
戦争に賛成とも反対とも意見を持たず、ただ自分の勤めている会社が兵器を作っているからというだけで
上司の言うままに兵器を作るサラリーマンは、ロボットに近い存在だろう

会社が彼の主人なのか?
それとも、彼の体と心は、会社という借体生物に乗っ取られているのか?



人間は、決意し、努力しなければ自分自身の主人にはなれない

「閉ざされた時間」の良平たちのように、人間は自ら苦しむことのできる唯一の生物なのだ
そしてたぶん、自ら苦しむことを恐れない者が、はじめて自身の主人になることができる
これは素晴らしい発見ではなかろうか

自分が自分でなくなる、という恐怖は、眉村の小説に繰り返し現れる
これは人間が古くから抱き続けてきた恐怖の、現代的な現れだ


空想科学小説は、科学が発達すると、驚くべき未来が開けるという興味に応える読み物として現れた
しかし、むしろ逆らしい、と人々が気づくより早く、空想科学小説は変貌した


神や悪魔などを信じなくなった人々のかわりに、未来科学を扱うことで
人間が本当に自分の主人になるとはどういうことなのか、を問う文学になったのだ




追。
巻末の新刊情報には美輪さんの本発見




コメント

『泣いたら死がくる』 眉村卓/著(角川文庫)

2017-06-15 12:08:23 | 
『泣いたら死がくる』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑、本文イラスト/谷俊彦(昭和56年初版 昭和58年5版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


この表紙もイイ タイトルもキャッチー
イラストもたくさん入っていて嬉しい

読んでいると、所々に学生時代に読んだ時の記憶のかすかな片鱗が漂うのを感じたけれども
やっぱり新鮮な気持ちで、読み始めたら止まらない面白さ


[カバー裏のあらすじ]

暗黒連合──それは全世界をはじめ、月世界や火星にまでも根を張り、果ては、全ての征服を企む、強大なギャング組織であった。
そして今、警視庁秘密捜査官の太刀川丈一は、暗黒連合の下っぱに化けて、その本拠をつきとめる指令を受けた。
以前、両親をやつらのために殺された丈一は、復讐のために命を賭ける!
未来警察の捜査員が活躍する、SEハードボイルド・アクションの傑作!
他に「アンドロイドをつくるロボット技師」など収録。



あらすじ(ネタバレ注意

「泣いたら死がくる」

超音波メスで皮膚を剥がし、人工皮膚移植をし、顔に丹念に貼り付けられてゆく

太刀川丈一(JS一二八号)は、暗黒連合の下っ端・中村国夫ソックリになった
我々は、全世界、月、火星にも根を張るギャング組織をぶっ潰さねばならない
丈一にとって最初の仕事だった

室井チーフ

「どんなことがあっても同情心を起こしたりしてはいけない
 泣いたら死がくる それが、秘密捜査官の仕事なのだ」



丈一は、まだ学生だった3年前を思い出す
数名の男が、笑いながら、レーザーガンで警官を脅していた
暗黒連合、警察署の1つくらい吹き飛ばせるだけの組織と、科学力を持っている

数年前、彼の両親は、暗黒連合のとばっちりを受けて殺された
おめおめと引き下がりたくはなかった

そこにミニコプターが舞い降り、男が丈一を助けて逃げる



「やつらのライトには立体カメラが仕掛けられている
 君は抵抗したメンバを殺したことで、身元を調べられ、消されるだろう
 私たちの仕事を手伝う気はないか? 君の境遇と勇気があれば、きっとできる」

彼は秘密捜査官だった
彼らは、警官にさえ身元を明かすことはできない
失策により命を失っても文句は言えない

丈一は、3年間、ありとあらゆる知識と技術を叩き込まれ、死に物狂いで頑張った
見込みなしと判断されれば、記憶消去手術をされて放り出される



酔っ払ったフリをして、警察署から出ると、中村国夫と同格のアキラというチンピラが待っていた
「また飲んだくれて暴れたらしいじゃないか 大きな仕事があるんだ 行こう」

怪しまれないために、中村国夫ならどうするだろう
「ちょっと子どもの顔を見てくる」

国夫の妻は4年前に死に、一人息子の俊男と二人暮らし
俊男「どうしたの? 今日はいつものようにしないの?」

子どもと顔を合わせた時、国夫は習慣的に何かやるのだ
「いいのさ」と肩をすくめた それが国夫のクセなのだ

アキラ
「お前は、いつも子どもを抱きしめて、おいおい泣きながら
 お前だけはいい子になってくれよと頼むじゃねえか」


アキラは合言葉を言って、2人は大型エアカーのバスに乗った
20名ほどの仲間がいて、隊長は女性だった

「私たちは、これから宇宙空港の、地球月面都市間のロケットを襲います」

整備員らをレーザーで倒し、応戦していると、
遠くの大型ロケットが地面を離れていくのが見えた

レーザーパルスが隊長の腕に当たり、丈一は彼女を抱えて連絡車に乗り込んだが
逃げ切れないと思った瞬間、クルマごと上に持ち上げられる
暗黒連合が救助に来たのだ




「お前が考えているより、お前のやったことは大きい
 下っ端100人より、指揮要員1人を失うほうが、連合としては痛手だ
 だが、中村国夫はろくに能もない酔っ払いだという どういうことか説明しろ」

丈一は演技力を尽くして
「僕は・・・酒を飲むと別の性格が出てきて、その間は本当の自分を覚えていないんです」

女性指揮官キャラ
「まさか、二重人格者だというんじゃないでしょうね」

男「いくら嘘をついても、すぐにバレるぞ 極東支部の鑑定は甘くないからな」

丈一は、高度なウソ発見器にかけられることになり、
奥歯に仕掛けたカプセルを噛み、「思考減退」状態になった
質問に答えてるのは催眠記憶として叩き込まれた国夫のものだ

キャラ
「とにかくテストルームに放り込んでみましょう
 さっきの状態に戻らなかったら、そのまま死ねばいいわ」

天井から金属球が飛んできたり、粉末が噴出したりして、丈一は意識を取り戻し、攻撃を交わす
その様子を見て、キャラのもとで指揮要員の実地適性テストを受けることとなる

中央の机に座っている支部長は、14、5歳の少年で驚く
少年「指揮要員は不測がちだ しかしその男は足首を捻挫してるが大丈夫か?」
なぜ、外見から分からないことが分かるのだ?

「我々は、お前の家に高性能爆弾を仕掛けた 忠誠心が疑わしくなれば、子どもと一緒に吹き飛ぶのだ」
少年は愉快そうに言った

キャラ「支部長は第一級の透視術者なの あの威力を見せられたら、どんな抵抗もムダな気がする」

2人が磁力によって水平、垂直移動できる乗り物に乗っている時、
小さな十字架が転がっているのを見たキャラはうめき声を洩らした

「私は鬼・・・でも、こんなに悪い女じゃなかったわ! 私のせいじゃない・・・助けて!」



この異様な態度は十字架のせいらしい 丈一がポケットに入れると元に戻る

「お笑い種だけど、十字架を見ると、自分のやってきたことが恐ろしくて・・・
 潜在意識のひきがねになっていると医者は言うけど、これさえなければ、今ごろは・・・」


巨大ドームに出て、キャラが指示を出す
「宇宙ステーションを占領します 国連の大型ロケットを爆破するのです」

「あなた(丈一)には計画を話すべきね これは月世界征服作戦の一環なのよ
 しっかりやってね あなたほど能力のある男は、そういないもの」

彼女は、なにか特別な感情を抱きはじめているのだろうか


この作戦は食い止めなければならない
本来は、暗黒連合の本拠を突き止めるのが目的だが、月世界が奴らの手に渡れば
もう攻撃のしようがなくなってしまい、宇宙戦争になってしまう

ロケットを操縦するキャラの前に十字架を出せば、覆すことができる
だが、キャラは失脚するだろう 丈一も逃げ出さねばならない
しかし、また別の顔と体になってやり直すこともできる
鬼になるのだ! 泣くな! 泣いちゃいけない!


キャラの前に十字架を投げると「違う・・・私は本当は人殺しなんかじゃないのよ!」
彼女が動揺している間に、丈一は国連軍に「離れるんだ!」と警告する
国連軍にも素性を明かすわけにはいかない

「スパイだったのね あなた、秘密捜査官ね お蔭で私もおしまいよ あなたを抜擢したのは私だもの」

キャラは自分を取り戻しても丈一を撃たなかった
「この男の処分は、連合が決定します」



男「お前は何者だ! 言ってしまえ!」

丈一は原始的な拷問に、ヨガ(!)で鍛えた苦痛超越の術で耐えていた
支部長の少年は、透視力で、肉体のどこが弱っているか的確に見て、次々と指示する

キャラ
「私たちの処分は決定したわ あなたは死刑 私は脳手術によって思考力を奪われる
 でも、あなたの身元を聞き出せれば、私は許してもらえる

 私は肉親を助けたいばかりにメンバーになったの 命令を守らなければ消されてしまう
 上の地位にいくほど安全になる でも、今じゃ家族で生き残っているのは私だけ」

(これは、ワナなのだ!)

「あなたが話すはずないと分かっていた でも今言ったことは本当よ 私が処刑されることも」


少年
「どうせ何も喋らんつもりだろうが、1つだけ聞きたい あの俊男という子どもはどこへ逃がした?
 爆破しようとしたら、いなかった なぜ危険を知った? こんなことは初めてだ」

丈一の胸に安堵感が流れた あの子は無事なんだな


「敵の襲撃だ!」



警察か? 国連軍か? どのみち丈一もここにいては危険だ
「今、そこへ行くぞ!」 ドアが開くと、室井と1人の子どもがいた
この子はなんだろう その微笑をどこかで見た気がした

支部長「我々が死ぬなら、みんな道連れだ! 原爆で殺してやる!」

丈一は、キャラも捕えられていることを思い出した 味方になればどれほどプラスになるか
いや正直、自分は彼女に惹かれていることに気づいた

子ども
「この人はキャラという人を助けなければならないと考えているのです
 この人はその人が好きだし、役に立つと思っています」

室井「行くんだ! あきらめろ もう間に合わん 感情を捨てなければならんことを忘れたのか! 全速で離脱しろ!」


丈一は1週間「治療促進ドーム」に入っていたが、進んだ医療技術でほぼ回復した

室井
「極東支部は壊滅したよ その女も吹き飛んだだろう
 でも処刑で生きた人形になるよりは幸せだったのじゃないだろうか

 この子は、読心術者なんだ 俊男くんだよ 改造手術をしたんだ
 君が父親に化けて帰った時にすでに見抜いて、目的を読み取り、
 暗黒連合が人質にしようといることに気づき、自分から保護を求めに来たんだ」

ベッドの上で目をつぶると、ぼんやりと顔があらわれてくる
キャラの顔は、笑っているようだった



「アンドロイドをつくるロボット技師」

大都市は爆発的に膨張を続け、超高層ビルの間を縫って
あらゆる輸送機関が、ひしめく人々乗せていた

合成食品が開発され、人工的に味がつけられ、
栄養分を仕込まれて、天然食品と肩を並べようとしていた

無人の工場で、人力はほぼ不用になっていた

これまでとはまったく違った、「アンドロイド」と呼ばれる
人間そっくりのロボットの開発が強力にすすめられていた



倉田俊一は、研究所に到着すると、見知らぬ男が近づいてきて

「あんたらは今、人間そっくりのロボットを作ろうとしているんだろう
 そして、そのこと恥じているんだ
 人間を作りたもうた神への冒涜ではないのか?
 そんな怪物は必要ないと分からないのか?

同じ研究室の石川理恵は、その男に

「機械型ロボットにおける今までの生産方法とのギャップは、いつかは埋められねばならなかった
 陽電子頭脳の予想外に早い出発は、アンドロイド登場の背景を作り出した
 そして、まったく別の可能性を生み出したのです あなたには分かりっこないわね」

と鮮やかに言ってのけ、男はポカンとするしかなかった

俊一たちの第五研究室のテーマは、人間そっくりの表情、身のこなしをアンドロイドに与えること

(こないだの番組みたい!

人間とは何か? アンドロイド研究最前線@サイエンスZERO

理恵
「人間よりもアンドロイドのほうが、ずっと信頼できるわ 賢いし、ウソはつかない、丈夫だし
 アンドロイドが完成したら、人間なんていないほうがいいくらいです」


俊一「ロボットの役目は何だ?」
ロボット「人間に奉仕することです」

アンドロイドの満足そうな顔を見ると、ギョッとするほど生々しかった


その時、所長から重要連絡の合図が入った

今、本社のほうからストップの指令があった
 アンドロイド開発は、今月いっぱいで中止される

 頭の古い連中が騒ぎ出し、開発をやめないと、わが社の製品をボイコットすると言っているらしい」

(ばかな!)←また出ました

理恵は研究室を飛び出して行った


指示を受けた機械型ロボットたちが、室内を整理するのを俊一らはぼんやり見つめていた
今の反対派に説いたところで、彼らは気味が悪いのだ 受け入れられるまで待つしかない
あの日以来、理恵はずっと無断欠勤をしていた ほかにも10名以上が休んでいる

その時、何百人もの人がなだれ込んで来た
「壊せ! 怪物を作り出す研究所を壊せ!」

暴徒は、今夜まとめて処分するアンドロイドの試作品を担ぎ上げて走り去っていく
指揮しているのは若い女らしかった


結局、研究所の被害は少なかったものの、アンドロイドの試作品は全部奪われた
警察によると、海から放り投げたそうだが、1つも見つからないという

理恵が現れ「私、反省しました これからは新しいテーマに取り組みます」

おかしい 理恵はこんなに簡単に忘れられるだろうか

そこに所長が入ってきた

「我々は再びアンドロイドの研究を続ける
 これから1ヶ月で、研究水準をもとに戻して、アンドロイドの標準化を完了するのだ!」


あまりの厳しいスケジュールにあっけにとられた
標準化するということは、すぐに工場で大量生産が可能になるということだ

所長「実は、本社の密命だから、外部に漏れないよう急いでやれという指示が出ている」


俊一らは納得して作業に取り掛かるが、その昼過ぎ、所長室から電話の声が漏れ聴こえてきた
「おっしゃる通り、アンドロイドの研究は中止しました」

「今の話を聞いたかね? 今の話相手は、密命を知らない本社の人間なんだ」

その微笑は、この間、研究室で作り上げたアンドロイドのものにあまりに似ていた


理恵に話すと

「もし所長がアンドロイドにすり替えられたなら、ウソをついていることになるわ
 陽電子頭脳を改造するには所長の許可が必要なのに、なぜ所長自身が、自分のニセモノと入れ替わらなければならないの?」


理恵ら一部の研究員は、徹夜して働いた
俊一は帰ろうとして、クルマのキーを忘れてきたことに気づいて戻ると、灯りがすべて消えていて
研究成果のテープがない


翌朝、テレビのニュースで

「今朝、高速道路で衝突したクルマの一方はアンドロイドによって操縦されていたと見られています
 警察ではその出所を捜査しはじめています・・・」


俊一が慌てて研究所に行くと、アンドロイドたちが迫ってきた
その中には俊一そっくりの姿もいた

捕えられた俊一は、研究所の端の大きな倉庫に連れていかれ、
いつのまにか大きな鉄格子ができていて、中には所長や所員もいた

「アンドロイド開発を強行する連中の陰謀なんだ」

やはり、研究所襲撃事件の指揮官は理恵だった

所長
「アンドロイドにウソがつけるよう改造しろと脅迫され、拷問に負けて・・・わしはやった
 アンドロイドを人間社会に送り込み、共存状態の既成事実を作り上げようとしているんだ」



理恵「もうアンドロイドは大量生産に入っていますわ」

理恵の味方の所員
「ロボットが人間を指導するようにならなければ、正しい世の中はできませんからね
 もはやロボットは、人間の奴隷ではない!」



その後、理恵の声で命令が出された
「緊急事態発生! 全所員および全アンドロイドは、研究所玄関に集合せよ!」

監視用のアンドロイドが走ろうとして、俊一は
「全所員と言えば、僕たちは集合不可能の状態にあるぞ!」

アンドロイドは扉を吹き飛ばして走り出て行った

俊一らは、地下工場でアンドロイドが大量生産され、人口記憶を注入され、1体また1体と地上に出ていくのを見た

所長「止めよう」


外には重装備警官たちがひしめいている
「君たちがロボットを使って盗みをしたのはハッキリしている! 抵抗はよしたまえ!」

理恵「みんな、彼らをやっつけるのよ 突撃!」

警官はレーザーガンを撃ち、アンドロイドは爆発して転がった

理恵「補充はどうしたの?!」


理恵とその仲間は逮捕された
彼らは、大量生産のため、原料や資材を、大量にあちこちから盗ませていたのだった

本社命令で地下工場は壊され、所員たちは大幅な異動が発令された

所員「いつか再開されますか?」

所長
「いずれね 5年先か、10年先か いったん開発された技術が死ぬことはあり得ない
 世の中はゆっくりと進んでいるんだ
 研究は研究だ その成果を、世の中にこう使えと強制することはできない
 それは、研究者の宿命かもしれないな」




「ピンポロン」

校長の言う“先進的・革新的”な大望学園に来た理科教師・植田次男は、校長の熱弁を聞いていた

「新しいもののみを追求していくのでは、ほんとうの心を失う恐れがある
 古い、良いものも持ち続けなければならない
 あなたが、忍法に興味を持ち、自分でも忍者の能力を持とうと努力しておられることは素晴らしい

 つい最近開発された、生徒に対する精神集中システムは知ってますか?
 生徒1人1人に器具を取り付けて、授業から注意がそれた時、ブザーが鳴る
 わが校でも、今学期から採用することにしました
 生徒の首すじに取り付けた小型の震動器で、本人にだけ伝えられるようになっている」

「しかし、授業が退屈でわき見するなら、責任は先生にもあるわけですし・・・」

「そうなのだ! だから、わが校では、先生にも腕に生徒の数だけ光点のついたプレートをはめる
 注意がそれた生徒のものは、色が赤くかわる
 集中していない生徒数が、クラスの2/3を超えると、教室中にチャイムが鳴り響くんです
 ピンポロン、ピンポロンとね いい方式でしょう





授業が始まり、植田が光の点のことを考えていると、生徒が

「先生が教壇に立たれてから、すでに3分15秒経過しています
 僕たちは瞬時も気を緩めることが許されないんですよ それを空費なさる気ですか?」

植田は、旧式の方法だけではなく、映画、録音などを駆使し、てきぱき処理した
光はずっと白いままだ 彼はますます楽しくなった これはまさに教師冥利に尽きるではないか
ここにいるのは、きっと大学院クラスの生徒たちなのだ!

20分ばかり経ち、赤色が次々点滅していった

ピンポロン! ピンポロン!

チャイム音は大きく、大恥だった

女生徒の1人が泣き出し、数名がつられてわあわあと泣いた

「私たち、新しいシステムで気が抜けないのに、そんなに難しいことばかり教えなくてもいいじゃありませんか!」

「難しい? 君たち分かっているんじゃないのか?」

「何も分かりゃしませんよ 分からなくても聞いてなきゃならないんです
 じゃなきゃ首にビービーと震動が来るんです! でも、もう限界ですよ!」


「僕たちは奴隷じゃないんだ!」



今学期が始まってから3ヶ月、植田は校長に呼び出された
「あなたが本気でやっているのは分かっている でも、今のままでは困るんです」

最初の授業で、生徒いじめをする教師だと評判が広まってしまった
もともと、自然科学は笑いながら学べるものではない

ある日、教室に貼り紙が出ていて「連続35回チャイム達成を目標とせよ」と書かれていた
クラスごとに連絡し合い、連続記録をとっているのだった

校長
来週、あるテレビ局が、この実験的システムを取材に来るんです
 その際、できるならチャイムの鳴る場面を撮られたくない
 ですから、あなたの教室だけは、チャイムが作動しないよう調整しようかとも思うんですが」

「いえ、結構です なんとかやってみます」


それから頑張ったが、ついに連続記録がストップしないまま、取材日が来た
ここまで白い光が灯り、この調子ならいけるぞ、あともう15分だ

「来た!

テレビ局の人々がクルマをおりて、こちらへ来る
有名タレントもいて、「わあ、ステキ!」と女生徒が騒ぎ、赤色が増えていく

窓の覆いをおろさなければ!
日ごろ修行していた忍者の訓練で、彼は、教壇から跳躍した
瞬時のムダもなく窓の覆いをおろし、ワン、ツーと床を蹴って教壇に戻る

「先生! 今の何ですか?」

「スーパーマンだ!

あっけにとられ、ついで忍者の説明をした
そうだ、これをこれからちょいちょい見せることにしよう

話が一段落した時、授業終了のベルが響いた
それでも生徒たちは動かず、もう一度やってくれと要求するのだった



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『まぼろしのペンフレンド』眉村卓/著(角川文庫)

2017-06-13 11:47:42 | 
『まぼろしのペンフレンド』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和50年初版 昭和57年24版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]

誰にでもよくある〈へんだな……?〉と思う一瞬。
それが実は、あなたを知らず知らずのうちに、とんでもない事件に引きずり込む前兆であったりするのです。
ある日、中学一年生の明彦に突然舞い込んだ、見知らぬ女の子からの奇妙な手紙――
そこには下手な文章で、“あなたのすべてを詳しく教えて”と書かれ、一万円が同封してあった。
好奇心に駆られた彼は、それがこれから日本の全国を恐怖のどん底に落としいれる事件の前ぶれとも知らずに、返事を出したのだった。
鬼才・眉村卓の描くSFスリラーサスペンス、表題作ほか2篇収録。


タイトルはハッキリと記憶にあって、これも学生時代に読んだと思うのだけれども、
ノートにメモはなかったので、新鮮な気持ちで読むことができた

この表紙も、私の好きな木村さんだが、あの写真をひっかいたようなスタイルとは違うもの

まず、このタイトルからして昭和っぽくて目を惹く
読むと、まだ中学生だからか、こんなにいろいろと怪事件が起きているのに
気のせいだと済ませて、知らない相手に言われるまま自分の写真を送ったりするのは
今では考えられない・・・と思いながら読んでいたけれども

そういえば、LINEやFACEBOOKのやりとりでも
普通に顔写真や住所、行動をそのまま公開して、
本当かどうか分からない情報を信じて、一度も会ったことのない相手を「カレシ」と呼んだりして
今の若いコたちも同じだということに気づいてドキっとした



あらすじ(ネタバレ注意

「まぼろしのペンフレンド」

中学生になったばかりの渡辺明彦は、高校生の兄・和彦と同じ部屋を使っている

1年ほど前、明彦は、ある雑誌の文通覧に名前を載せて、
当時から定期的にやりとりしているのは今は数名だったが
ある日、本郷令子という名前で1通の手紙が届いた

「私は大阪に住む中学2年生です 東京のことを知りたいと思いますから
 あなたの学校や家庭やお友だちのことを、できるだけくわしく教えてください
 返事にはかならず同封の封筒を使ってください
 調査費を同封しました。使ってください」


封筒の中には1万円札が入っていて驚き、両親に話すと、父から
「常識外れにも程がある そんなお金はすぐに送り返してしまいなさい」と言われる

イタズラかもしれないし、お金は返して、返事だけ書こう


翌日、小学校からのクラスメートから
「今日もバレーボールの練習? 運動なんかしていたら損だぜ
 今度は高校だろう? みんなすごく勉強しているらしいよ」と言われムッとする明彦

そういえばこの中学には、どうもそんなガリ勉が多いようだ


同じ1年生で卓球部の伊原久美子にぶつかって、彼女のカバンから、
自分が本郷令子からもらったのと同じ、青い封筒が出ているのを見て驚く
聞くと、やはり知らない名前で、内容も同じ

「うちのパパ、銀行に勤めているの
 いろいろ調べたんだけど、どこか感じが違うけど、ニセ札とは断定できないんだって
 私、このあいだ学生コースの懸賞に入ったから、その時の住所でも見たんだと思うわ」


まるで、手当たり次第に文通しようとしているみたいではないか


その後、手紙の返事が来たが、送り返したお金は「名宛人不明」で返ってきた 返事には

「役に立ちます これからももっといろいろ教えてください
 できたらお友だちと撮った写真、あなたの身長やウエスト、バストの寸法なども・・・」

家族で住所を調べてみると、存在しないと分かる


明彦は、久美子の家を訪ねると、彼女は卓球の試合でいなかったが
銀行勤めの父と母が丁寧に応対してくれた 父親は

「銀行員は、ニセモノか本物か手触りでピンとくる
 この紙幣はちょっとおかしいんだが・・・
 科学的に鑑定すると、ちっともおかしくないというわけで・・・
 最近、こうした紙幣がちょくちょく店頭に現れるんですよ
 調べてみると番号が近いんです」


「大規模なスパイ団に狙われているんじゃないのかな 組織的に、この辺りを調べ始めているんだ」

明彦「スパイ小説の読みすぎじゃない?」


学校の帰り道、卓球部員の悲鳴を聞いて駆けつけると、
大きな見慣れぬトラックが停まっていて、中から10人ほどの男たちが出てきた
彼らは双生児のように同じ背丈、顔立ちもそっくりだ

明彦は彼らに囲まれて、フラッシュのような光がひらめき、
男たちはまたトラックに乗って去る

「それは立体写真じゃないかな」

それから本郷令子から手紙は来なくなった


ある日、帰宅すると、父母が玄関に立っている

父「明彦か?」

「お父さんが、出張先の大阪で、お前ソックリの子に会ったんだって」


「そこは工場街でね、いろんな工場がひしめいていて、互いに隣りのこともよく知らないんだ
 何気なく、隣りの工場の前を通ったら、そこにお前がいるじゃないか
 ただ似ているなんてものじゃない、そっくりなんだ

 わしは思わず叫んで、工場に飛び込むと、お前ソックリの子は、こちらを見るが早いか逃げ出したんだよ
 わしは追いかけたが、その辺で働いていた男たちがわしを取り押さえた
 その男たちがまた・・・みんな同じ顔なのだ」

ようやく父母は恐怖をおぼえ、兄の空想のような話もウソじゃない気がしてきた


学校で久美子に声をかけると、とても怒っていて

ゆうべ12時頃、私の団地のあたりをウロウロしていたでしょ? 一体何をしていたのよ!
 パパ、すごく怒っていたわ 気持ちのいい少年だと思っていたのに
 夜中に女の子の家の周りをうろつくとは何事だって」

明彦が弁解する間も与えず、行ってしまう


帰宅すると、本郷令子から返事が来ていた
「明日、東京に出てくるから、迎えに来て欲しい」という

これまで写真も送り、友だち、家族のことも詳しく教えたが、これは勝手すぎる
先方からは何ひとつ自分のことを書いてこないし
だが、謎であるほど面白いとも思ってしまう


明彦はハッキリさせるため、1人で顔も知らない本郷令子に会いに行くと決める

東京駅 18時過ぎ 帽子を深くかぶった男が来て

「渡辺明彦さんですね? 本郷令子さんの使いの者です
 ちょっと事情ができて、本人はあっちで待っているので、どうぞ、こちらへ」

(こんなのにひっかかるなんて危険過ぎるよ まあ、小説だからだけど

黒いクルマが来て、「乗ってください」
明彦は捕まれた手を激しく噛むと、まるで金属を噛んだようだった
そこに兄が体当たりして助けてくれる

「今なら警察に言えば、話を聞いてくれると思うんだ」


2人は帰宅すると、ちょうど明彦ソックリな少年が帰宅するところだった!


「本郷令子は、お前を誘い出すつもりだったんだ!
 お前を捕まえてなんとかし、ニセモノが家族として暮らしはじめる
 そうだ、あいつが2階へ上がるのを待って、お前を中に入れる案はどうだ?
 いいか、本物かどうか分かるように、僕が腕を組んだら、お前は頭を掻くということにしようl

身を潜めていると、不意に数人の男から「見つけたぞ」と声をかけられる
捕まったら、それで最後だ 玄関を叩いたが間に合わず、逃げ出す明彦

男の指先からアンテナのようなものが伸びた きっと電波で僕の居場所を仲間に教えているんだ
そこに愉快そうに話す男女が来て、明彦は迷子になったフリをして同行してもらい
駅の近くの学校へと走りこむ

宿直室の灯りがついていて、卓球部の部長もしている荒木先生が開けてくれた 事情を話すと

「信じられん だが、君が真っ青な顔をして飛び込んできたのは事実だ 君の家に電話は?」
「ありません」(ない時代か!

学校の周りをあの男たちが歩いている足音がした
「おい! 君たちは何だ」先生が大声を出すと、彼らは逃げて行った

「夜が明けたら、君は警察や先生方と一緒に家に帰るんだ」


まだ半信半疑だった先生だったが、翌日、
「君、ソックリな生徒が登校してくるのを見た 僕は、君の話を全面的に信じるよ」

担任は遅くなるため、教頭に話すとなかなか信じてもらえない
父の会社に電話すると、珍しく休んでいると言われる
学校の自転車を借りて、明彦の家に行くという先生(クルマもない時代か!

そこに兄が来て、腕組みをしている 2人だけの合図を思い出して、頭を掻く明彦
昨日は家族で心配していたという

そこにドアを乱暴に開けて、謎の男たちが乱入してきた
校庭に出ると、2人の明彦が遭遇して、周りの生徒は呆然とする


明彦はトラックに乗せられ、パトカーが来てホッとしたのも束の間
辺りに振動が起こり、キイーンとした音がして、物音がすべて消えたと思うと
周りは青田の場所に着いた

どこかの工場の構内のようだ ブロックづくりの構築物があり
そのエレベーターに乗ると閃光が走り、すごい爆音の末、別の部屋に着く


そこには工場のような建物がひしめきあっていて、
働いている何百人の連中は、どれも同じ体格、顔立ちの男たちだった
これは、まるでロボットの都市ではないか
量産された人間まがいの連中が働く工場群ではないか

そこに伊原久美子を見つけて声をかけると反応がない

「あれは本当の伊原久美子さんではありません アンドロイドです」

明彦より1、2つ上くらいの、目の覚めるような美しい顔立ちの少女がいた

「私、本郷令子と言います 私は侵略者ではありません
 私はオリジナル・アンドロイドで、仕上げるのに時間がかかり、東京に会う時間に間に合いませんでした」



明彦は「訓練所」に連れていかれ、抵抗すれば「原子分解銃」で消されると言われる
「それが、私たちのご主人の考え方なのです」


「訓練所」は、明彦の家ソックリの模型があり、懐かしさで泣きそうになるのを堪える
明彦が「止めろ!」と令子を突き飛ばすと「あなたは私を・・・憎んでいるんですね なぜです?」
その人間らしい表情に明彦は戸惑うが、「ご主人とやらに会わせろ」と交渉すると空から声が聞こえる

「シツモンヲ マツ ワタシハ ウラノ ウチュウカラ アクウカン(亜空間)ヲトオッテ ヤッテキタ
 ワタシハ ユウキセイメイ(有機生命)ノアトカラ ハッテンシテキタ ムキセイメイ(無機生命)
 ジンコウズノウ(人工頭脳)トヨンデイルモノヨリ ハルカニ ハッタツシタセイブツダ
 チキュウモ コノウチュウモ ムキセイメイノモノニナルノダ」


令子
「あなたは、ここで暮らし、私はあなたの言動を観察して記録します
 ぜんぜん協力しない時は、他の人間を連れてきて、あなたは処分します
 私は普通のロボットにない奉仕用の感情回路を持っています
 だから、私を憎まずに協力してください」


毎日、単調な繰り返しに飽きてきた明彦は「もうたくさんだ あっちへ行け!」
「使命を果たすのは喜びのはずなのに・・・私には人間というものが分からない」


数日もすると令子は
「やっと人間の気持ちが掴めてきた気がするの
 人間にとって生きているということは、それだけで喜びなのね」


明彦は、ハッとした 令子は、次第に人間的な感情を持ち始めたのではなかろうか
令子を利用して、僕は逃げ出せるかもしれない


令子は明彦が工場の外に出るのを許し始めた
そこで伊原久美子と再会 「渡辺さん、助けて!」

令子「あなたは、あちらで処分されることになっています」

明彦
「待ってくれ 男の子と女の子は、ものの考え方も行動もまるで違うんだよ
 あなたは普通の女の子として通用するとは思えない
 だから、もっと人間の女の子のことを学んだほうがいいんじゃないだろうか
 使命を達成するつもりなら、それくらいの用心をしなくちゃ」と言って納得させる

久美子は、2人が共謀しているのではと疑う「この女の仲間だったのね!


あれから久美子とは別々にされ、令子に尋ねると、なぜか不機嫌な口ぶりになる
「あの人間は仕事に協力しないのよ あなたに会いさえすれば協力できるかもしれないと言うのよ」

久美子は自分の立場をさとって、明彦と会うチャンスを作ろうとしているのだ

令子「あなたは、私のコントロールのもとになければガマンできない・・・なぜかしら」

明彦は驚く 恐らくご主人は、令子をあまりに人間そっくりに作り過ぎたのだ


久美子は、急ごしらえの粗末な家のセットにいた
「ああしろ、こうしろって、機械人形のくせにうるさいわね!
 あなたみたいな出来損ないは、あっちへ行っててよ!」

令子
「この会見はムダだわ やはりすぐに処分しなければなりません
 私は必要とあればいつでも本来の体力にかえれるのよ」

途端に令子の瞳はギラギラ光り、美少女はたちまち、固く冷たい表情になった
2人はあてもなくセットの中に逃げた


その時、地震にしては奇妙な震動が起きて、大勢のロボットたちも立っているのが精一杯だった

令子「そんなはずはないわ 亜空間が崩れるなんて」
  ここの置換エネルギー維持装置が破壊されたら、すべてが木っ端微塵になってしまう」

久美子「早く、今のうちに逃げるのよ!」

叩きつけるような衝撃で、明彦は倒れてくる建物の柱をよけきれず観念すると
令子が飛び込んで助け、令子の片腕は導線が垂れ下がり、残骸になってしまう

私は、あなたが死ぬのに耐えられなかった・・・
 ここと地球空間を切り離すほかに助かる道はないわ
 私たちは地球侵略に失敗した でも・・・なんだか私はそれで良かった気がする なぜかしら」

「一緒に逃げよう」

「いいえ、私はアンドロイドで人間ではない 私しか空間を切り離せない 残らなければならない
 行きなさい! (久美子にも)あなたもいっしょに逃げなさい さようなら・・・」

最初に連れられてきたエレベーターのようなものに乗り、振動が終わって外に出ると
警官、父母、兄も泣き笑いして走ってくる

警官らは、ブロックの建築物を叩き壊している



兄たちの話だと、トラックは、まるで魔法のように目の前から消えたという
久美子も入れ替わっていると母親も気づき、すぐに警察に言い、
父の話から工場を見張っていると、トラックが入るのを見た

そこでロボットと撃ち合いが始まり、人が入れそうな所を全部壊したが2人は見つからなかった
明彦たちが出てきてから、構築物は破壊されたが、その中は空っぽだった
それでも一応、事件は終わったことにされた

マスコミは騒いだが、忙しい現代に暮らす人々が、いつまでも1つのニュースに捉われているわけがない
亜空間とか、耳慣れない単語の記事を熱心に読む人も、それほどたくさんはいないのだ
やがて、人々の心から事件は忘れられ、他のニュースに関心が移ってしまった


が、直接の関係者にとっては、心に傷が残った


区の体育大会の日 明彦はあの亜空間の夢を見て呆然としていた
セットの中で、令子はひどく親切で、脱出しなければと思いながらも
どうしても逃げる気になれない 令子が姉のような感じなのだ
目が覚めると、よかったというより、何かを失った気になったほどだ


「お前、このごろ、時々ぼんやりしてるぞ
 たしかにあれは、実に巧妙な侵略のやり方だった
 もう少し事態が進めば、どんどんアンドロイドに置き換えられただろう
 それこそ、友情や愛情なんて、ひとかけらもない世界になったに違いないんだ

 つまり、アンドロイドと人間は、いっしょに存在できなかった 違うか?
 人間のお前は残った それは、本郷令子がそう望んだからじゃなかったのか?」

そうかもしれない いつかは忘れなければならないんだ

階下から、母と明るく話す久美子の笑い声が聞こえてきた




「テスト」

文芸部部長・村尾良作は、みんなが勉強に忙しく、原稿が2週間も遅れていることに激怒すると
部員の小田三千代は

「みんな努力してるわ 私たちは、あなたと違うの
 あなたのように文芸のためになにもかも注ぎ込むことはできないのよ」

「君は、僕とは違うさ! 優等生で、クラスの人気者で・・・」

「あなたは逃げているのよ! そんなに一生懸命に文芸に打ち込むのは
 毎日の生活から逃避しているのよ 文芸に打ち込むことで、自分を誤魔化しているのよ」


「馬鹿な!」(また出ました


劣等感 そう、それを彼は、創作につぎこむほかなかった
その結果、ますます劣等感を強めることになる


帰り道で、クルマが停まり、背の高い男が出てきた
どことなく異質で、ひどく弾力のある感じ 何者だろう

「我々は、君の作品を拝見した 非常に優れていると思う
 ともかく一緒に来てくれないか その才能を活用してもらいたいのだよ」


普段なら見知らぬ人についていく良作ではないが、三千代との口論や
もしかして、彼はどこかの編集者かもしれないと思い、ついていく

クルマも異様で、複雑な操縦盤がある
抵抗した時は、揮発性の臭いとともに意識がうすれていった


気づくと、3人の人間がいた
2人の男と1人の女性 彼女は、瞳、眉、髪も濃いグリーンだった

胸に変な箱のようなものがついていて、互いの言葉が翻訳されている
「それは翻訳ボックスなのだ ここは、君の世界とは、別の宇宙に属している」

良作は、とにかく逃げ出すと、林に入りこんだ
銀色のロボットが彼のそばに来た

「コノ林ハ、散歩と思索ノタメノモノデス
 今アナタガシテイル行為ヲヤリタケレバ、建物ノ中カ
 花園ノホウヘイッテクダサイ」



林がだしぬけに終わり、花園に入ると、歌声が聞こえてきた 人間だ!

「あなたも、貴族なの?
「あなたは、何を教えてくれるの?」

と言いながら、良作を取り巻く

1人が歌いはじめ、はっきり言えば音痴に近いが、本当に心から楽しんでいる


そこに小さな円盤が降下してきた 「先生だ!
さっきの緑色の女性が出てくる

あなたは、テストにすべったのよ
 この世界は理想郷なの だったというべきかしら
 文明が頂点に達して、人間は働く必要がなくなった
 仕事はみんな、ロボットや自動機械がやり、みんな遊んで暮らすだけの毎日になったのよ

 でも、それが何百年と経つうちに、人はだんだんと考えないようになった
 自分の次元から、他の次元に移れる装置を発明した人が
 偶然、この世界を発見して、もとのレヴェルに戻そうと考えたの

 ここの住民を指導できる人間を、いろんな次元から集めてきて、今じゃ大規模にスカウトが行われているのよ
 ここの傷みかかった機械を修理し、人々を指導する知識と才能をもつ人が必要なの

 たしかにあなたには才能があると思えた
 でも、思考の方法を分析すると、ひどくアンバランスで、その上に才能が築かれているので
 ここでの毎日の生活に満足してしまうと、消えてしまう恐れがある
 手遅れにならないうちに、あなたを元の世界に返すことになったの」

最初の男は「僕は、何千人といる次元間スカウトの中でも、エキスパートのほうなんだが ほんとうに悪かった」


良作は、丸一日行方不明になっている状態だから、適当に誤魔化してくれと言われ、もとの場所に戻された
クルマは音もなく消え失せる

・・・彼女の言ったことが本当ならば、僕は、嫌でもどちらかを選ばなければならないことになるのではないか?
今のように、文芸のためになにもかも投げ捨てて生きていくか、
普通の学生のように予習復習をして、平凡だが、満足した生涯を送るか


どうせ、そのうちに選択しなければならないのだ
このままいけば、どちらになるのかも分かっていただけに、すぐには決断する気になれないのだった

(すべてロボットに仕事をさせられるようになれば、ヒトは好きな仕事、創造的なことや
 他の星の生物を助けたりするような奉仕や研究を始めると思うけどなあ
 それに、すべてを忘れて歌ったり、踊ったりすることが単純に退行だろうか?
 たしかに老朽化する機械のメンテは必要だけど・・・



「時間戦士」

タキタのパトロール機は全速を出していた
住民は誰も残っていないはずだが、念のためチェックしている

「ザグバンダ」が現れる以前の生活が、今となれば、なんとちっぽけなことに齷齪して、
平和だったか、不思議に思えるような象徴的な無数のドア

「ザグバンダ」は刻々とこの都市に接近している

ドームに覆われて、外と隔てられ、24時間止まることのない大都市
1回で20万人以上収容できる特設広場から、跳時装置に乗り込み、人々は逃げた

400隻の跳時戦闘船は、一見シンプルな円盤状だが、実は科学技術の結晶だった
「ザグバンダは、ついにフジ市に到達した模様です」

この船の最年少は15歳 タキタは2つ年上なのに、体が震えだした
早期に戦闘要員を志願したおかげで、5ヶ月も訓練を受けたのに・・・

船長「到達時点は100年後 激しいショックを覚悟してもらいたい」


すべては「都市」のせいだった
人口集中と、大人口ゆえに、さらに多くの人間を呼び寄せ続け
ほんとうの空はなく、全体がドームに覆われ、暴風雨や、寒さ暑さから解放された
仕事は自動機械に代行され、世界のほとんどの人口が、20数個の巨大都市に吸収された

ザグバンダが現れ始めたのはその頃だ

物好きな探検者が、野性に還りつつある森の中で、奇妙な生物を目撃したのが最初だ
人間のようだが、それは宇宙服のようなもので身を包んでいるに違いないと分かった
彼らが都市の周りをうろつくようになるまで、その後2ヶ月もかからなかった

彼らは、都市の外に出たがらない人間の習性を熟知していて、大量のロボットで都市を破壊しはじめた
次々と都市が完全破壊される間、必死に対策を考えたが、敵の科学力はヒトのレヴェルをはるかに超えている

ついに、未来への逃亡、移住案が出された
それは技術としてはまだ不完全だった 過去へ逆行する方法は解明されていなかったのだ

人々は、装置の限界である3000年先に飛び立つため、戦闘部隊が編成された
タキタらは、各都市ごとに編成された、人類最初の時間戦士だった

船長のクリハラ「我々は時間とともに必然的に空間移動をともない、アメリカ大陸を目指すことになっている」


タキタは、いつでも船の本体から離れて飛行できる小型機のある席に座る
反射神経を買われて、この偵察機を任された


とてつもないショック後、立体テレビでしか見たことのない海が、スクリーンいっぱいに広がっていた

船長「半径50km内を調べてみてくれ」


タキタが偵察機で飛び立って、しばらくして物体探知装置が短く鳴った
所定コースの、母船から一番遠い地点に到達した

「こちら偵察機、ただいまから戻ります」

応答がない 母船はどこかに消えてしまっていた


タキタは生まれて初めての孤独感を経験した
人口が密集した都市に育ち、過密に慣れ、過密でなければ落ち着かない彼にとって
それは、形容しがたい恐怖だった


彼は針路をアメリカ大陸にとった そこで母船と会えるのではないか
単独で跳時力を持たない偵察機は、ここに置き去りにされてしまう

また探知装置が鳴った 銀色の卵形をした未知の飛行体が4つ接近してきた
記憶にない形ということは、ザグバンダだと意味している
タキタは逃げるが、相手の機はタキタのよりずっと大きなスピードを出すことができた


目の前に巨大ドームが見えた
都市に人がいなくても、まだ放棄されて100年にしかならない
なんとか彼1人くらい養う施設は残っているかもしれない

ザグバンダが充満していたら、与えられた使命どおり、1人でも多くやっつけて
未来に跳んだ人々の安全を祈り、最後まで戦って死ぬだけだ


機を降りると、下は草だった
訓練の際に、何度か都市の外を歩かされたが、この感触はいまだ好きになれなかった
ここには都市の生物館で飼われているのではない野生の生物がいるにちがいない

悲鳴をあげて膝をついた 風だった
彼は大声をあげて笑い出した これが時間戦士なのか?


進行方向から明るい笑い声が響いてきた
5、6歳の少女たちが光をまとい、飛んでいるのが見えた
銃を構えたが、これほど美しい存在を傷つける気になれなかった

1人の少女が、軽く手をあげて、外殻のほうへ振ってみせた ついてこいということらしい
ドームへの巨大な連絡口に着く

都市は生きているのだ! そればかりではない そこには人々が忙しく行き来していた
そうか! この都市は、ザグバンダに征服され、人間は奴隷にされているのだ
ザグバンダが人のかたちになっているのだ 頭上の少女たちもその一味なのだ!

「そんな恰好をしていても騙されないぞ!」

超音波銃を撃つと、少女を包む微光がかすかに揺らいだだけだった
「助けてくれ!」と叫んでも、人々はだれも見ようともしない
少女たちだけでなく、2、3人の男が長い棒をもって追いかけてくる

「なんとか言え!」

彼は、1人の胸をつくと、相手はバランスを崩し、そのままベルトの外に倒れて叩きつけられたが
ジャンと金属音がした ロボットだったのだ

市民の全員がロボット? この巨大都市にいる人間はタキタ一人なのだ
もう心の平衡さえ失っていたが、細い路地に逃げ込む
後ろを見ると、ザグバンダらは一定の距離をおいてついてくるだけである
その顔に緊張はなく柔和で、少女にいたってはゲームを楽しんでいるような表情だ

「古代人よ もう抵抗はやめなさい」

タキタは少女に抱えられ、光のベールが包み込むのを感じていた


意識が戻ると、何かがやわらかく彼の筋肉をもみほぐしている
音楽も聴こえ、とても気持ちがいい
周りは一面にまぶしいミルク色で、体はその中に漂っている

ここに未練はあったが、なんとか脱出しなければならない
そう考えると、重さがもどり地上に立った

人工の光ではない、生の太陽光線が彼を包んだ
足元は草が一面に生える恐ろしく広い草原だった

「元気を取り戻したかね?」

その時に気づいたが、タキタは素っ裸だった
男は自分たちと同じ半透明の服とベルトを投げてよこした

古代人は、他人に裸を見られると恥ずかしがる習慣があったと聞いていたが事実だったんだな
 君も飛ぶんだ 飛ぼうと思えば、ベルトの重力コントロール装置が思考と同調して浮き上がる

 さあ、行こう これから君がどうするか、そのためのデータを君に与えるのだ
 このレジャーゾーンにあるデータ供与機は小型だが、けっこう役に立っている」


3本の脚に支えられた金色の巨大な球体の中にいくつも穴があいていて、人々が出入りしている

「穴に入って、イスに座れば、君の思考は自動的に捉えられ、それに対するデータが与えられる
 尋ねたいだけ尋ねて、これからどうするか、考えればいい
 君のようなケースは、ほかにいくつもあるんだ」


席に座ると“質問を待つ”と頭に直接話しかけられる
タキタは質問を浴びせ続けた

“まず最初に、ザグバンダという侵略者は存在しない
 あなたがそう呼ぶのは、もとの時代より2万年未来の人類だ
 都市を破壊するのにロボットを使ったのだ”


“なぜ未来の人類がそんなことをしたのだ?”

“1つは、あなたがたが、過去に侵略者から逃れようと3000年の跳時をした記録があったため
 もう1つは、都市という温室でしか生きられなくなった人類に、もう一度活力を与えるため

“そんなにしてまで僕らを追い出した未来人類は、この3000年どうしているんだ?”

レジャー用に使っている 彼らにとってその3000年は休暇を過ごす時域なのだ
 彼らは、あらゆる時域を自動パトロールさせて、ここの平和を守っている
 旧型のタイムマシンがこの時域に入ると、あなた方の3000年先へ跳べるよう自動的に送っている”


真相を知らされて、すでに1週間が経っていた


君は、このレジャーゾーンで思いのまま遊び暮らして一生を送ることもできる
 あの体力回復用装置を常用すれば寿命もうんと延びるしね

 でなければ、我々の本来の世界、君たちの時代から2万年先で暮らすこともできる
 忙しいが活気に満ちた時代だ

 もっと先の時代でもいい 人類が宇宙の広い範囲を征服した頃でもいい」

「僕の気持ちはもう決まっています
 他の、僕と同じケースの人々がどう決断したかは知りませんが
 僕は仲間のもとへ戻ります つまり、僕たちの未来の目的の時点です」


「なぜだ? すべてをやり直すんだぞ 辛い時代だ 後悔するに決まっている」

「たぶん辛いでしょう でも、いいんです
 ここは快適で素晴らしいと思います
 しかし、僕はやはり、仲間と一緒に苦しみながら、立て直すほうを選びたいんです」

男は傷つけられた表情になり、少女たちもザワザワしはじめた
男の次の言葉を聞いた時、タキタは、この放浪を通じて最初の勝利感を味わった

「わからない なぜ、こんないい時代に背を向けて、苦しい時代に帰ろうとするのだ?
 しかも、1人の例外もないのは、どういうわけなのだ?」


タキタは微笑し、口の中で言った
「それはたぶん、ほんとうの人間とは、そういうものだからですよ」

(私なら、理想郷みたいなところにずっといたいな 新しい友だちも出来るかもしれないし
 でも、大勢の人間ロボットは要るの? 未来人のために働くなら、別に無表情な人型でなくてもいいだろうに



【真鍋博解説 内容抜粋メモ】

(眉村氏との電話の会話形式で書かれている これはすべて事実なのだろうか? 解説用の架空の電話か?

眉村氏は、東京にいる時はいつもヒルトップホテルに1泊する
月火は東京、水木は大阪、金土は神戸
東京では週刊誌、金土はラジオとテレビに出演、という多忙さ

ラジオでは、毎週4~5枚の原稿を書いて読む
番組内でテーマを出されて、次週までに書くという企画

「この間、小川宏ショーに出てたでしょう 眉村さんのお喋りには感心しました」

「書くと読むのは大違いですね まあ、いろいろ実験してるんです
 僕は感覚をできるだけオープンにしたい
 テレビもラジオ、週刊誌も、僕にはリズムなんです

『まぼろしのペンフレンド』の解説を引き受けたが、困っている旨を伝えると
「よろしくお願いします」と上手くかわされてしまう

「うちにも高一の子どもがいまして、
“この本売れるよ 翻訳してアメリカかイギリスで出したらいい
 日本ではフランケンシュタインやドラキュラをお化けみたいに怖がるが
 向こうでは、同じ人間、ゴーストを怖がる”
なんて言うんですよ

 何が怖いって、自分と同じ人間がいるなんて一番怖いよなあ」

「これからも若者を対象にした作品書きますよ そしてリズムをバイバイします」

電話を切ってから、妻と話す解説者

妻「今のほんとの眉村さん? ひょっとすると眉村さんのロボットじゃない?」

解説者
「眉村さんが録画のテレビを見ながら原稿を書いていたとしたら、テレビの眉村さんがロボットだよ
 DJの声もロボット 留守番電話の声も、、、
 考えてみると、今の生活は知らず知らずのうちにロボット性を帯びているよ

(なるほど ほんとにそうかも


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