原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

【判例紹介】最高裁平成27年4月9日(親権者の民法714条1項の責任を否定した事例)

2016-03-24 | 民法的内容

第1 事案の概要

 1 H16.2.25,少年Y1(当時11歳11か月)が小学校でFKの練習をしていたところ,蹴ったボールが小学校の門を越え,折から自動二輪車で走行中のA(当時85歳)が,ボールを避けようとして転倒した(以下「本件事故」という。)。

 2 Aは,本件事故により左脛骨骨折等の傷害を負い,入院中のH17.7.10,誤嚥性肺炎により死亡した。

 3 そのため,Aの妻であるX1,Aの子であるX2らは,Y1及びY1の両親であるY2らに対し,損害賠償の支払を求め,提訴した。

 

第2 主たる争点

 責任能力なき少年がサッカーボールを蹴って他人に損害を与えた場合において,その親権者が監督義務者(民714Ⅰ)として責任を負うのはいかなる場合か(義務を怠らなかったとして免責されるのはいかなる場合か)

 

第3 原々審の判断

 

< 原々審(大阪地裁平成23年6月27日)>

 

 1 請求

 

 (1)Y1及びY2らに対する民709に基づく請求

 

 (2)Y2らに対する民714Ⅰに基づく請求

 

 2 判決内容の要旨

 

 (1)民709に基づく請求

 

    本件事故当時,11歳11か月のX1には責任能力なく,民709に基づく請求は認められない。

 

 (2)民714Ⅰに基づく請求

 

    X1は,ボールの蹴り方次第では,ボールが道路に飛び出す位置でFKの練習をしていた。X1は,このような位置でボールを蹴るべきではなかったのであり,Y2らは監督義務者として賠償責任を負うべきである。

 

<原審(大阪高裁平成24年6月7日)>

 

 1 主たる争点に関する判断

 

   原審の判断を維持。

 

 2 損害の認定

 

   *症状固定 H16.7.24

 

    入院   491日(症状固定以降死亡まで含む)

 

 (1)治療費 88万6929円

 

 (2)入院雑費 63万8300円

 

    1日あたり1300円。

 

 (3)付添看護費(付添交通費込) 245万円

 

    1日あたり5000円。

 

 (4)葬儀費用 150万円

 

 (5)休損   なし

 

    趣味でみかんを作っていただけのため。

 

 (6)死亡逸失利益 343万0161円

 

    年金収入241万8400円,生活費控除率6割,平均余命4年。

 

 (7)入院慰謝料 350万円

 

 (8)死亡慰謝料 2000万円  合計 3241万0390円

 

 (9)過失相殺 3割

 

    Aは,近所に住んでおり,サッカーボールが飛んでくることを容易に予見できた。

 

(10)素因減額 3割5分

    脳病変等の既往症が,結果に寄与。 合計減額率 6割5分

 

第4 判旨

 

 1 主文内容

 

   破棄自判。

 

   原告らの請求を棄却する。

 

 2 判決要旨

   「本件ゴールに向けてボールを蹴ったとしても,ボールが本件道路上に出ることが常態であったものとは認められない。」,「X1が殊更に本件道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない。」,「本件FKの練習は,上記各事実に照らすと,通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。」,「責任能力のない未成年者の親権者は,その直接的な監視下にない子の行動について,人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があると解されるが,…(略)…親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は,ある程度一般的なものとならざるを得ないから,通常は人身に危険が及ぶものとは認められない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能であるなどの特別の事情が認められない限り,子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。」,「そうすると,本件の事実関係に照らせば,Y2らは,民法714Ⅰの監督義務者としての義務を怠らなかったというべきである。」

 

第5 判決の意義・射程・問題点

 

 1 判決の意義

 

   親権者が監督義務者(民714Ⅰ)にあたることは明らかであるところ,「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」(同項但書)の一場合について最高裁が判断したところに意義がある。

 

   この点,従来は,「当該加害行為をすることについて監督を怠らなかったでは足りず,責任無能力者の行動について一般的に日常の監督を怠らなかったことを立証しなければならない。したがって,この立証は通常は極めて困難とされている」(我妻・有泉「コンメンタール民法<第2版追補版」(日本評論社)1358頁以下)が,本判決は,かなり簡単に「監督義務を怠らなかったとき」の認定をしている。

 

 2 判決の射程

 

   具体的な規範が立てられたわけではなく,本判決は,事例判断である。ただ,本判決がかなり簡単に「監督義務を怠らなかったとき」の認定をしたのは,「本件FKの練習は,上記各事実に照らすと,通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。」ことが大きく影響しているものと考えられ,仮に責任無能力者の行為(加害行為)が,「通常は人身に危険が及ぶような」行為であった場合,日常一般の監督も不十分であったことが事実上推認されるであろうから,そうであってもなお,「監督義務を怠らなかった」ことを立証するのは難しいだろう。

 

 3 問題点

 

   本判決のように,監督義務者は監督義務を怠らなかったと認定すると,被害者としては,損害賠償請求を断念せざるを得なくなる。本件について,他に考えられるのは,小学校を設置・管理する今治市を被告として国賠2条に基づく国賠請求をすることであるが,小学校の校庭が通常有すべき安全性を欠いていない限り,請求は認められない。

   被害者には現に損害が生じているにもかかわらず,損害賠償の請求それ自体ができなくなる。その妥当性は,問題であろう。


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