原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

民法改正法案415条1項について

2016-03-24 | 民法的内容

【現民法415条】

債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行することができなくなったときも,同様とする。

 

【改正法案415条1項】

債務者が債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行履行が不能であるときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求を請求することができる。ただし,その債務の不履行が契約その他債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りではない。

 

1.債務不履行責任についての考え方と改正法の立場

 

なぜ,債務不履行があった場合に賠償責任が発生するのか。伝統的には,いわゆる過失責任原則で説明されてきた。すなわち,債務者の主観(帰責事由=故意・過失・信義則上これと同視すべき事由)を責任発生根拠として捉えてきた。

 

しかし,上の点については,近時,いわゆる契約責任原則へのパラダイムの変化があるのは,周知のところである。すなわち,責任発生根拠は,「契約は守られなければならない」という大原則から,債務者の主観以外の要素に求められる考え方が主流になっていった。

 

そうだとすると,債務不履行があれば「契約は守られなかった」ことになるから,債務者は常に責任を負うということになりかねないが,それは妥当な結果をもたらさない。債務者としてはいかんともし難い理由によって債務不履行を生ずる場合もあるからである。

 

そこで,改正法案は,債務者に常に責任を負わせる(無過失責任を負わせる)のではなく,「契約その他債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」がある場合には,債務者を免責することにした。なお,改正法案では,物の権利や契約不適合を理由とする売主や請負人の責任は,請負のみならず売買においても,債務不履行の一種として捉えられることになり,損害賠償に関しては,債務不履行の一般規定が適用されることとなった。

 

2.「契約その他債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」の解釈

 

かくして,債務不履行責任は,債務者の主観ではなく,「契約その他債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」の有無により判断されることになるが,この解釈は,例えば,当該契約当事者間で想定しうるリスクが現実化したのであれば,それでも「契約は守るべき」として契約を引受た債務者は責任を負うが,当事者間では全く想定できないようなリスクが顕在化して債務不履行が生じた場合には,債務者は責任を負わないということになろう。

 

この点,上のように解すると,いわゆる履行補助者に関する問題は,今後,観念しえなくなると考えられる。すなわち,現在,建築請負契約などでは社会通念上,一般的に下請の使用が認められていると解されるが,契約当事者間では,「下請の使用は認めるが,下請の不手際で債務不履行を招来したら,債務者(元請)が責任を負う」という黙示的な合意があるといえ,「契約その他債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」はないとの結論になると思われる。すなわち,従前,いわゆる履行補助者の故意・過失として論じられてきたことが,「契約その他債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」の解釈に吸収されることになろう。そうであるから,改正法案は,債務の「自己執行原則」を否定し,例外として,委任及び準委任のみ受任者の自己執行義務を定めている(改正法案644条の2第1項)。

 

<参考文献>

潮見佳男「債権法改正と『債務不履行の帰責事由』」(法曹時報第68巻第3号1頁以下)

 

 


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1 コメント

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民法改正法案415条1項について (けん)
2016-04-04 22:00:55
原先生、改正予定の415条の内容に詳しく触れていただきまして、本当にありがとうございます!

原先生の記事等を読み、色々と考えていましたら、私自身の理解力のなさが原因で、頭の中がかなりもやもやしております。


改正民法を前提に、例えば、売主Aと買主Bとの間に、甲車の品質や性能等について明確な合意等がない場合で、Bが「甲車を買いたい」とだけ言って、Aが「分かりました。」とだけ言って、新自動車甲の不特定物売買契約が成立したとするじゃないですか、その後、引渡期日に甲車をAがBにきちんと引渡しをしたのですが、既に甲車のエンジンの調子が悪くて、Bに何かしらの損害が発生した場合、BがAに債務不履行(契約不適合)に基づく損害賠償請求の可否の判断にあたって、「その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」の部分の解釈から、AB間の合意内容は噛み砕いていうとどのような内容になり、Aには帰責事由がある若しくはない、ことになるのでしょうか?

今の事例が、中古自動車のような特定物売買契約でも同じ事を思ってしまいます。


お忙しいところ、質問のようなコメントを投稿してしまい、申し訳ございません。
当然、勉強内容なので、無視してもらって構いません。

本当に、失礼しました・・。
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