原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

医療と法

2011-06-27 | 民法的内容
先日,臓器移植法違反で医師が逮捕されたという報道がありました。養子縁組制度をあのように使うのは許されないのは言うまでもありません。こういったことが起こらないように,現在,多くの病院が,弁護士をメンバーに含む倫理委員会を持っています。新しい(もうそんなに新しくない?),法律家の活躍の場ですね。

このニュースをきっかけに,ちょっと「医療と法」について考えてみました。興味を持ったテーマが医師の説明義務。従来,説明義務として論じられてきたのは,①患者の承諾を得るための説明義務(いわゆるインフォームド・コンセント),②薬の飲み方などの療養に関する説明義務,です。ここらあたりは,診療契約上の直接の義務として肯定されています。①については,自己決定権も絡む話ですね(エホバの証人輸血拒否事件)。

では,③事後に治療行為の内容や顛末を報告する法的義務はあるのか?さらにいえば,患者が死亡した場合,遺族に対して死因などを説明する法的義務はあるのか?

よく考えると,難しいんです。治療が終了すれば,診療契約も終了するはずなので,診療契約が終了したにもかかわらず事後的な説明義務が残るというのは何だか気持ち悪い。遺族に対する説明義務となると,もっとやっかい。診療契約の当事者は医師(病院)と患者本人であるはずで,契約当事者ではない第三者たる遺族が説明を受ける権利を有するということはそもそも観念できないのではないか?さらに言うならば,診療契約は準委任契約と考えられるところ,準委任契約は委任者(患者)の死亡によって終了している(民法653①)のだから,遺族に対して死因などについての説明義務を課す法的根拠は全くないのではないか?

こうした問題意識から,説明義務を課すとしても,その根拠は条理とか信義則とかになる,という見解もあるようですが,現在の学説は,診療契約上の義務として事後的な説明義務も認めるようです。どういう論理構成かといえば,診療契約は準委任契約であって,そうであれば,受任者(医師)には,事務処理の結果報告義務がある(民法645),というもの。患者は,医師の経過・結果報告まで含めて診療契約を結ぶのであるから,事後的な説明義務も診療契約に含まれる。また,患者は,自己が死亡したら遺族等に説明を望むのが合理的意思であって,そうすると,遺族への説明も診療契約上の説明義務に含まれる。そして,準委任契約に基づく報告義務として事後的な説明義務が課されるなら,それは患者・遺族を感情的に納得させる義務までは課されず,診療経過や死亡した場合はその死因につき,客観的事実を誠実に報告する限度での説明義務がある,というように考えるようです。

このあたりにつき,裁判例の判示は以下の通り。

①甲府地判H16.1.20

「医師は、診療契約を結んだ患者に対し、診療内容の報告・説明をする義務を負う(民法645条)。患者が診療行為に伴い死亡した場合、説明を求める主体としての患者はすでに亡いが、人の死という重大な結果が発生した以上、患者の遺族がその経緯や原因を知りたいと強く願うのは当然のことである一方、診療経過を最もよく知っているのは担当医師であるし、また、その専門的な知識をもとに死亡の経緯や原因について適切な説明をすることができるのも担当医師しかいない。したがって、自己が診療した患者が不幸にして死亡するにいたった場合、担当医師は、患者に対して行った診療の内容、死亡の原因、死亡にいたる経緯について、その専門的な知識をもとに、説明を求める患者の遺族に対して誠実に説明する法的な義務があるというべきである。」

②広島地判H4.12.21

「医師の基礎的な医学上の知識の欠如等の重大な落度によって、患者の死亡の経過・原因についての誤った説明が行われたような場合には、この点について医師に不法行為上の過失があるとし、医師は誤った説明によって遺族の受けた精神的苦痛が法的に見て金銭的な賠償を相当とする程度に重大なものである場合における慰謝料を支払う義務がある。」

少しばかりアカデミックなことを書いてみました(笑)

<参考文献>

「説明義務・情報提供をめぐる判例と理論」(判タ1178号227頁)
「説明義務・情報提供義務をめぐる判例と理論」(判タ1178号230頁)
判タ814号202頁以下
判時1848号119頁以下

最新の画像もっと見る

コメントを投稿