原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

「故意」と「中止犯」

2010-07-09 | 刑法的内容
スタ論の添削・採点をしていて気付いた、「よくある間違い」です。【スタ短特訓】「刑法①」の「論文ブリッジレジュメ」に掲載しようかと思ったのですが、少し簡単かなと思いボツにしたものです。復習としてご利用ください。

仮想事例を使って説明します。

<仮想事例>

甲(25歳・男)と乙(25歳・男)とA(25歳・女)は、小学校の頃からの幼なじみ。甲と乙は高校も同じで、ともに野球部で甲子園を目指した仲だった。甲は20歳のころからAと交際しており、「そろそろ結婚も…」と考えていた。ところが、ある日、Aが乙と浮気しているのではないかと思うようになった。真相を確認しようと、甲は乙を呼んで話をすることにした。なお、この時、甲は刃渡り25センチの包丁を携帯していたが、親友である乙にその包丁を向ける気はなかった。甲が乙と面会すると、乙は甲がそのような疑念を抱いていることに立腹し、激しい口論になった。まともに話ができないと考えた甲は、その場を立ち去ろうと決めたが、これまで中の良かった2人の関係がこのようになってしまったことに落胆し、振り返って乙の胸を思い切り包丁で刺した。我に返った甲は、「大変なことをした」と思い、乙の止血作業をし、救急車を呼んで、病院に搬送した。その晩、甲は乙に付き添った。翌朝、甲は帰宅し、その後、乙は意識を取り戻した。乙は安静が必要であったが、病院を抜け出し、それが原因で症状が悪化し、死亡した。

かなり、強引な事例ですが、お許しを。

1.故意について

こういうケースで、「親友である乙にその包丁を向ける気はなかった」という記述に反応して、あるいは、「何となれば乙を刺してもかまわない」などという記述があればそれに反応して、「未必の故意」を論じてしまう人がいます。しかし、これは、「確定的故意」が認定される場面であり、そもそも大きく問題にならない点です。

故意の有無は、「行為時」に判断されます。殺意であれば、「今まさに刺す」というときに、死の結果を確定的に認識・予見していれば確定的故意、そのまでの認識・予見はないがその蓋然性を認識・予見していれば未必の故意です。

本件では、①刃渡り25センチの包丁で、②若い男性(甲)が、③思い切り胸を刺しているのですから、死の結果を確定的に認識・予見しているといえるケースです。ですから、未必の故意と認定するのは不適切です。

2.中止犯について

「『大変なことをした』と思い、乙の止血作業をし、救急車を呼んで、病院に搬送した」という部分に反応して、中止犯を論じてしまう人がいます。それは誤りです。中止犯は、未遂の場合、結果が発生していない場合のもの。刑法43条の書き方からそれは明らかです。ですから、結果が発生してしまった場合は、論ずる余地はない。

本件では、甲の行為(刺す)と乙の死の結果の因果関係は肯定されます(最決H16.2.17参照)。刃渡り25センチの包丁で胸を刺すというのは、それ自体、死亡の結果を生じさせるに十分な危険ある行為なのですね。判例的思考をするならば、因果関係は認められます。そして、甲は確定的殺意があるわけですから、甲の行為は殺人罪の構成要件該当行為で、結果も発生している。中止犯の余地はないわけです。

とすると、上記の事案、実は故意と中止犯に関連して論ずることはとくにないケースです(因果関係が一番の問題であり、殺意の有無も少し問題になる)。結論としては、甲は殺人罪。

基本的理解の重要性は、こういう部分にも現れます。規範が正確に出てくるか、ということだけではないのですね。

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6 コメント

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Unknown (Hi)
2010-07-09 23:24:23
DVDクラスでお世話になっております。毎回、有意義な講義をありがとうございます。

この設例の点、見事に間違って理解しておりました。大変、参考になりました。今後も、このような設例を随時出していただけるとありがたいです。

話しは変わりますが、私の親戚(慶應SFCの学生)が、何と先生に教わっていたそうです。彼も言っていましたが、先生の講義は「かゆい所に手が届く」というか、「すっと入ってくる」というか、どうしてそのようなことができるのでしょうか?

質問ではございませんので、受け流してください。今後の講義も期待しております。よろしくお願いします。
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Hiさん (はら)
2010-07-10 04:29:30
ご受講、ありがとうございます。

「かゆい所に手が届く」と言っていただけると大変嬉しいです。なぜ…??私が受験している時に、「かゆい所」がたくさんあったからでしょうか(笑)あるいは、予備校講師ばっかりやってるからでしょうか(笑)

慶應のSFCというと、おそらく小論文クラスのOB・OGですね。誰だろう…。SFCは、たくさん合格してくれるので…。

こちらこそ、今後ともよろしくお願い致します。
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Unknown (Yu)
2010-07-11 14:59:06
すみません,確認なのですが,この事例で仮に因果関係が否定される場合(例えば乙が病院を抜け出した後,交通事故で死亡した場合)は,死亡結果が発生していたとしても甲は殺人未遂であるから中止犯は成立すると考えて正しいでしょうか。
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Yuさん (はら)
2010-07-12 05:50:25
そうですね。Yuさんの挙げた例の場合、「乙は甲の行為では死ななかった」ということになります。「病院を抜け出したが、(すぐ交通事故に遭ったのではなく)随分と長生きして死んだ」という例と同質の事例ですね。

因果関係が否定されるとしても、結局、乙は死んでおり、死の結果が発生しているのだから中止犯は認められないだろう、と考えるのは誤りです。

刑法的評価は、構成要件該当行為を基軸として考えられます。繰り返しになってしまうのですが、因果関係が否定されるということは、「当該行為からは構成要件的結果(死)は発生しなかった」ということになります。乙が直後に死のうが、「甲の行為からは結果不発生」なのです。だから、刑法43条にいう「これを遂げなかった」場合にあたるのですね。

①殺そうと思って切りつけたが傷害にとどまった、これが典型的な未遂(「これを遂げなかった」場合)。

②殺そうと思って切りつけたが、とんでもない介在事情があって、乙は死んだものの因果関係が否定された、これも未遂。因果関係が否定される場合というのは、甲の行為からは死なず(①と同じく「これを遂げなかった」)、介在事情から死んだ、と評価されるわけです。

だから、43条は「これを遂げなかった」という1つの表現でもって完結しており、かつ、それで足りるのです。

グダグダした説明になってしまいましたが、参考にしてください。
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Yuさんへ補足です (はら)
2010-07-12 05:54:08
グダグダ編で説明した通り、

「死亡結果が発生していたとしても」

という表現は若干不適切ですね。少し誤解があるかもしれません。

さらにグダグダしてしまいました(笑)
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Unknown (Yu)
2010-07-12 22:58:17
原先生ありがとうございます。とても参考になりました。
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