原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

遺産分割と「相続させる」遺言について少し。

2011-01-25 | 民法的内容
先週で刑事裁判修習を終えて,昨日から家庭裁判所修習。現行の修習カリキュラムだと,家庭裁判所修習は5日のみ。家事・少年事件に興味のある人は,選択修習の中でさらに修習できるという仕組みになっています。5日間と短い期間なので,傍聴予定も少年2件,家事2~3件と少なめ。今日はさっそく,離婚調停を傍聴して参りました。訴訟とはずいぶん違う雰囲気です,調停。傍聴の時間以外は何をしているのかといえば,記録検討,それから講義が多いです。すでに,少年法,家事事件手続(人事訴訟法・家事審判法),遺産分割についての講義がありました。

さて,表題の点を。このあたりは,しっかりと勉強する人は少ないでしょう。もやもやしたまま,という人も多いかもしれません。短答で問われる可能性は高く,また,論文でも平成20年に出題されているので,しっかりと理解しておくべき分野です。では,本論。

人が死亡すると相続が開始します。相続開始の時点で,遺産は共有状態となります。遺産分割とは,その共有状態を分割する,特殊な共有分の分割です(この点はスタ短特訓で強調しましたね)。

で,ここで誤解している,あるいは誤って理解している人が多いと思う点が,遺産分割とは,全ての遺産を分割するものではない,ということです。「未分割の」遺産を分割する,それが遺産分割です。

この点を理解すると,「一般に金銭債権(普通預金をイメージしてください)は,可分債権であり,法律上当然に分割されるから遺産分割の対象にならない」(最判S29.4.8)が理解できると思います。金銭債権(普通預金)は,相続開始と同時に当然に分割されて,すでに各々の相続人に帰属しているのですね。ですから,「未分割の」遺産ではなく,言葉を変えると,すでに分割されてしまっているので,遺産分割の対象にならないのです。現金についてはどうか?これは遺産分割の対象になります(最判H4.4.10)。ここは,何だか釈然としない。裁判官は「遺産分割の謎」と言っておりました。「預金のままだと遺産分割の対象にならないが,現金なら遺産分割の対象になる」という奇妙なことになってしまうのですね。しかしまぁ,現金は可分債権ではなく,動産に近いものだと捉えればそうした結論も導けるかな,と。これは,そういうもんだと思ってください。不動産や株式などはいずれも可分債権ではなく,遺産分割の対象となります。分割しないと分けられないですよね。

では,果実はどうか?この点が,平成20年の論文で問われた点です。最判H17.9.8は,相続開始後(かつ,遺産分割前)に遺産中の不動産を賃貸して発生した賃料債権が遺産に属するかどうかが問題になった事案であり,最高裁は,「遺産とは別個の財産と言うべきであって,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得し,その貴族は後にされた遺産分割の影響を受けない」と判断しました。これ,解説すると次のようになります。まず,遺産分割の対象は,相続開始時に存在した財産である必要があります。賃料債権は,相続開始時(被相続人の死亡時)には発生していないのですね。そうすると,可分債権かどうかを考える前に,遺産(遺産分割の対象)を構成しません。では,不動産(賃貸物件)はどうか。これは,被相続人が死亡した時点で,遺産を構成し,分割される前は相続人による共有状態になります。ですから,賃貸不動産を共有している場合に発生した賃料債権の帰属の問題と置き換えることが可能になります。賃料債権は可分ですので,原則通り,個々の共有者(相続人)はその持分(相続分)に応じて,分割単独債権として取得する,というわけです。この理屈は押えておいた方がよいでしょう。

そしてそして,多くの受験生がもやもやしているであろう,「相続させる」遺言の問題。「遺産分割方法の指定」という結論のみを暗記している方も多いかもしれません。詳しく説明します。A(被相続人),B(妻),C(長男),D(次男)の家で,Aが死亡。Aには,現金と土地があった。で,「土地は長男Cに相続させる」という遺言あり。こんな場面設定で考えます。

まず,そもそも何が問題なのか,という点ですが,この「相続させる」というのは,遺贈なのか遺産分割方法の指定なのか,という点こそ出発点です。遺贈は,相手方が誰でもよい特定承継。遺産分割は,相続人に向けられた包括承継。ですから,赤の他人であるEに対して「相続させる」という遺言があったら,これは遺産分割方法の指定と捉える余地はなく,遺贈と捉えるほかありません。ですから,相続人に対して「相続させる」という遺言であった場合,はじめてこの問題になります。で,遺贈(特定承継)か遺産分割方法の指定(包括承継)かどうかで変わるのは,相続債務も承継するか,という点です。特定承継であれば,「相続させる」と言われた人は不動産をもらうだけなのですね。

結論に行く前にもう一点。遺産分割方法の指定には,「純粋な遺産分割方法の指定」と「相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定」の2種類があります。不動産の価格がCの法定相続分を超える場合,被相続人は,①相続分の指定(変更)をしたうえで,②不動産をCに,というように具体的な分割方法の指定をしている,と捉えられます(相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定)。他方で,不動産の価格はCの法定相続分を超えないという場合は,①法定相続分は変えず,②不動産をCに,という遺産分割の方法のみ指定している(単純な遺産分割方法の指定)と捉えられます。ここは,具体的な場面に応じて考えなくてはいけません。

で,判例はご存じのように,当該遺言は「遺産分割方法の指定であって,遺産分割を経ることなく当該相続人が所有権を取得する」旨を述べます。A(被相続人)が分割してしまったのですから,不動産はもはや「未分割の」遺産ではないのですね。

短答,論文の対策のために,このあたりまでは理解しておくとよいでしょう。

<補足>

遺産分割というのは,確定した相続分を前提として,ではどのように遺産を分割するか,という手続です。分割の余地のない場合,例えば,遺産が普通預金(遺産分割の対象にならない)のみだった場合は遺産分割ということにはなりません。相続人が3人(いずれも子)いて,遺産は1億円の不動産が3つ(A不増産,B不動産,C不動産)の場合,各相続人は1つずつ不動産をもらえばいいではないか,遺産分割をする必要はないではないか,と思ってしまうかもしれませんが,誰がどの不動産を取るかという点で,遺産分割が必要になります。普通預金(遺産分割の対象にならない)と不動産でもって遺産が構成される場合,普通預金部分は各相続人に分割して帰属し,不動産について遺産分割を行うことになります。

<参考文献>

・リークエ「民法Ⅳ(親族・相続)」(有斐閣)
・岡口「要件事実マニュアル5(家事事件・人事訴訟・DV)」(ぎょうせい)


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