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重要文化財 江川邸
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江川家は清和源氏の流れをくみ、源満沖の二男・宇野頼親を家祖とし、宇野姓を名乗っていた。 六代親冶が保元の乱(1156)を避けて、その孫・親乗信が従者
十三人と伊豆の韮山に定住したと伝えられる。 この十三人の子孫は、現在でも江川家住宅周辺の金谷地区に居住している。 親信の子・冶信は、この地に流罪と
なっていた源頼朝の平家に対する挙兵(1180)に応じて参戦し、江川庄を賜ったといわれる。
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2016.08.12 撮影 2016.08.18 投稿 ↓ 表門
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母屋・玄関
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棟札箱 (むねふだばこ)
土間から屋根裏を見上げると、一番高い位置に木箱あ有るのが見える(この画像では確認は出来ません)。 この箱には日蓮上人
直筆の曼荼羅(まんだら)が棟札として納められていて、その霊験により江川邸は今日まで火災にあったことがないと伝えられてい
る。
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土間と屋根裏
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土間にある釜戸
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母屋内の玄関より表門を見る。
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生き柱(いきばしら = 画像左のネーミングが有る木)
江川氏がこの地に移り住んできた時、生えていたケヤキの木をそのまま柱として利用したとされる柱で、下記画像の「生き柱」の地下
部分に埋まっていた部分です。
生き柱
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西蔵
南米蔵(画像左)と北米蔵(画像右)
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