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「詩客」自由詩時評

隔週で自由詩の時評を掲載します。

自由詩時評第157回 中家菜津子歌集『うずく、まる』(書肆侃侃房)の詩篇(や歌)について 高塚謙太郎 

2015年07月08日 | 詩客
 そもそも詩とは豊かな韻律のことだとすると、例えば「意味のわかる」ことを振り払おうとする豊かな韻律を持った詩篇や短歌なんかを楽しめばいいはずだ。
 中家菜津子の歌が評価されるとき、「意味がわかる」や「共感」から成されたものが多いとするなら、それは中家にとって一つの不幸であるかもしれない。


はるじおん はるじおん はるじおんの字は咲き乱れ、銃声がなる


 これなどは結句がやや狙い過ぎだが、楽しい調べと文字上での遊びがあるだろう。そこに何ほどの「意味」や「共感」もないようにみえる。


木漏れ日の椅子にこしかけこすもすをひねもすゆらす風をみおくる


 韻律上の豊かさを優先したら、たまたま爽やかな像につつまれました、ということだが、像のもたらすある種の鮮やかさや複雑さと「意味」や「共感」は九割がた無関係と思える。


やわらかな月のゆばりを浴びるのはひばりの声をさえぎった窓
うす紅に春のまなこはおかされてさくら、さくらんしているの



 他にもこんな感じでやり過ぎ感はあるものの、いやだからこそこれは歌なのだ、と思わせてくれる。高く評価されるべき歌だと思う。
 もちろん次のように念のいった本格的な絶唱もある。


黒髪が夏至の夕日に燃えるから馬を名のってわたしは駈ける
夕立にシフォンブラウス透きとおり乳房のためのあたらしい皮膚



 これがその価値に見合うだけの高い評価を受けるとするなら、それは「意味」や「共感」を擬態する技術の高さに裏付けられているからだと思う。皆、いいようにだまされて遊んでいたらいい。それが歌の価値になる。
 さて本題、中家菜津子の詩篇の話に入ろう。
 「意味」にとらわれて、実験そのもののダイナミズムではなく、その「成否」や「目的」しか意識に上ってこない、そんな「さもしい感じ」しか持ち合わせていない人には決して読めない詩編として、中家菜津子の作品を紹介したいと思った。歌集『うずく、まる』に収められているいくつかの詩篇から一つだけ読んでみたい。


かさなりあった花びらのうちに渦まいている微(び)や裸(ら)の音が
みどりがかった五月の空の一隅(ひとすみ)を微かに震わせる
一度も衣服をまとったことがない素裸の耳に届くとき
それは大瑠璃、夏鳥のうた



 「散緒」という詩篇の第一聯。「四季」派の詩を想起させる。「」や「」という「」に「」や「」の字をそえているのは、音に意味のようなものを添わせて、一つの美しさを音韻の美しさとして意識させるためではないか、と考えると楽しくなる。もちろん「」は「微か」と、「」は「素裸」と響き合わせているのだろう。もう一つ。ここでは意味上の混乱が仕組まれてもいる。「花びら」の内部に響いていた音が、いつのまにか「夏鳥(大瑠璃)」の「うた」になっている。この手口が「四季」派っぽさと思う。
 二つ目の聯をみよう。



ばらばらになったあばらを海原にばらまけば
渦潮
しばらくは未来にしばられる
一度も晴れたことのない素晴らしい闇に浮かぶ
銀河
そのまばらに散った青い星の上に
荊の蔓を渡るバランスであなたは立っている
散緒(ばらお)が切れるまでのあいだ




 「ばら」という音韻が十二回も出てくる。しかも歌仙を巻くような像の移りゆきが鮮やかであるため、その過剰さが気にならない。
 第三聯にいこう。


かさなりあった花びらのうちに渦まいている美や羅の色は
一度も苦悩したことのない粘膜のもの
泣いているのは予め美醜が定まっていると嘘をつく器官
宇宙ひとつとひとしくつりあう蝸牛が花びらを這い
あなたの顔で微笑んで
まだ蠢いている碧羅(へきら)の春を押し潰した




 「」「」の文字が「」「」になっている。ただ今度は「」ではなく、「」である。そして「美醜」「碧羅」と文字上で響き合っている。


たちこめる花の匂い
五月雨が来る
崩れるときにはあたりを巻き込みながら
あなたと裏返ってゆくはずのばら

その最初の黒い一点に



 これが最終聯。いうなれば春の気配を残しながら初夏を迎えつつある景を単に美しく言いさしただけの詩篇だが、でも詩篇なのだからそれでいいのだ、と信じている。指摘した音韻上の試みは目に見えるものに限られるが、見せつける試み以外のところで流離な韻律が機能しているからこそ、中家のこの詩篇は詩篇たり得ているのだと思う。そこを信じていると私は言っている。ただ、ありもしない「リアル」や奇妙な「気風」を負っているつもりの意識高めの人には思いも及ばないことかもしれない。
 中家はもっと存分に遊べる人だし、現に遊び惚けている。そこをごまかさないようにする能力を持っている、と思う。

※引用市中丸括弧はルビです。

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