以前、大江健三郎賞記念対談の中で大江健三郎が「しばしば日常的な言葉でありながら、小説をはるかに超えた規模で、人間の核心に突き刺さるものが詩だと考えています」と語っていたその言葉を、強く実感する二人の詩人に出会った。一人は小柴節子、もう一人は左川ちか。
きっかけは『現代詩手帖』の詩誌月評でカニエ・ナハさんが採り上げていた詩。小柴節子「Wind」。
さようならで始まり
さようならで終わる物語を
思い出を聞くように聞いている
さらには
樹々の葉脈が
ふるえる舌の音のように聞こえてくる朝もある
何気ない導入部分をぼんやりと目で追っていて「樹々の葉脈が/ふるえる舌の音のように聞こえてくる朝もある」という箇所でどきりとした。夥しい数の樹の、その無数の葉の一枚一枚に這い巡り分岐した葉脈が、全身に走る血脈と同期する。樹々の葉脈、神経細胞の樹状突起、軸索、シナプス。それは微小な「ふるえる舌の音」のようだという。身体全体が研ぎ澄まされていなければ感じ取れない音だ。そして次の一連で詩人が「寝室」にいることが明らかになる。
寝室にはあちこちで拾ってきた
あるいは捨ててきたものたちが
血を流し
狂い咲いている
行きつくところまで
行かなければならなかったのに
行けなかった
「行きつくところまで/行かなければならなかったのに/行けなかった」。悔恨とも諦念とも受け取れる独白。詩は続く。
わたしはいつか
みうしなった耳になるかもしれない
ぬきさしならない存在を
蝸牛にみたてて
孤独の坂をくだってゆくが
辿りつけない
「みうしなった耳になる」とはどういう状態だろう。はっきりとはわからない。言葉では説明できないが、私の細胞はわかっている。蝸牛という渦の中をらせんに流れるリンパ液のように、暗いところを生ぬるく独り下ってゆく感覚が。
四連目では「かすかに声の残っている下着」「胎内にいたはずのいのち」「死体を焼く臭い」というモチーフが出て来て、詩人の回想とも受け取れる部分だが、そこにも死が漂っている。そして五連目は「四十年めの夏がきて/てのひらのなかに/死の国が宿っていることに/気づかされる」と、間近に迫った死の存在が描かれ結末を迎える。
日付は無限にあとずさり
還ろうとする道には
さようならの風だけが
こっちへおいでと手招きしている
小柴節子「Wind」(「蒐」5号)より
「帰」ではなく、あえて「還」という字を使ったのは自らの生を無と位置づける覚悟なのか。日付が無限にあとずされば、自らの誕生さえも超えて全ての無へ通じる道だけが現れよう。そしてそこで手招きしている「さようならの風」は、冒頭部分へと響きを返す。あの「物語」は作者自身のものだったのだと気付く。詩人は既に己れを突き離していたのである。考えてみれば生の連鎖は死の連鎖でもある。小柴節子という詩人の遺稿となった作品だ。自らの死を受け入れながらのこの冷徹な眼差しは一体どこから来るのか。小柴の所属していた詩誌「蒐」に発表された作品を見てみたい。(北海道から発行されている「蒐」は2013年創刊)
(…)
正しい名前で
わたしを呼んではならない
魂の内壁に潜む声で
わたしに語りかけてはならない
わたしは更に
わたしを生きてしまうに違いないから
生まれ落ちた瞬間から
人は死に向かう生を生き
生に向かう死を
死ななければならなかった
(…)
小柴節子「落下」(「蒐」4号)より
この詩の「生に向かう死を/死ななければならなかった」には何度も立ち止まってしまう。「生に向かう死を死ぬ」は輪廻転生のことを言っているのではない。「死を死ぬ」のだ。生から死への必然、生物学的な死とは別に、「わたしを生きる」意思に対して決着をつけること、つまり精神的に死を受け入れる覚悟を言っているのだ。
この「魂の内壁に潜む声」は次の詩の中では、ある予感として描かれている。
呼ばれていた
その声には聞き覚えがある
いつ どこであったか
さだかではないにしても
確かに聞いたことがあると思った
(…)
盛り上がった誘惑に
風はすばやく入り込み
未遂のように川は流れる
ふるえる昆虫が
星の悲しみを伝えにくる
気がつくと
呼んだはずの声は
聞き取れないほど遠ざかり
わずかな疲労感だけが
わたしに残った
渺々とした薄が原に
ひとり立ちすくむわたしは
いつか
男の喉にすみついた
斑猫のことを思い出していた
小柴節子「わたしを呼ぶ声」(「蒐」創刊号)より
呼ばれた声も呼んだ声も遠ざかって「男の喉にすみついた斑猫」という無音の残像を残す。人が近づけば逃げ、着地しては後ろを振返る、道教えという別名を持つ斑猫。色のない薄原に、一点の天鵞絨のような躰。金属発光体のような躰に集められた色彩、青・緑・赤・白。そして次の詩ではやや輪郭を濃くして「届かないはずの声」として登場する。
見えないものが
ふと見えてしまう瞬間がある
届かないはずの声が
うすく耳朶をふるわせることがある
(…)
淵はにごりを帯びた
苔色の内景を晒し
どこまでもつづく落下を生きている
足を浸すと
近づけそうな気がした
わけへだてなく
いのちの昏みを
共有できる気がした
火ぶくれの舌でわたしを苛む
日月からも遠くはなれて
(…)
小柴節子「淵」(「蒐」3号)より
いのちある故に痛みを感じる火傷。火ぶくれの舌で苛まれる月日となったとしても、いのちは美しいものの比喩(生への肯定とも言えようか)でなければならない。
(…)
火傷はまた
美しいものの比喩でなければならなかった
そうでなければ
これほど痛むはずがない
破棄された約束に
これほど陶酔できるわけがない
(…)
小柴節子「火傷」(「蒐」2号)より
舌の音、昆虫、声、耳、火、落下、ふるえ。音ではない声、見えないもの。これらのイメージに導かれて小柴の詩に近づき、その心の底に触れようと淵を覗き込む時、まだ近づくなと言われている気がする。だが今はそれでいい。いつか彼女の詩がすとんと胸に落ちる日がくるとわかっているからだ。
カニエ・ナハさんは小柴節子「Wind」を採り挙げた翌月、遺作「血脈」を挙げ、「もし左川(ちか)が生きのびて、そして六十代半ばで(…)声を発したとしたら、このような詩になったのでは」と書かれていた。私はカニエさんが言われる左川ちかの「生死の淵源から響いてくるよう声」を聞かずにはいられなくなった。手にしたのは「左川ちか詩集」(昭森社1936年刊)である。
まず「昆虫」という詩に摑まれた。
昆虫が電源のやうな速度で繁殖した。
地殻の腫物をなめつくした。
美麗な衣裳を裏返して、都会の夜は女のやうに眠つ
た。
私はいま殻を乾す。
鱗のやうな皮膚は金属のやうに冷たいのである。
顔半分を塗りつぶしたこの秘密をたれもしつてはゐ
ないのだ。
夜は、盗まれた表情を自由に回転さす痣をのある女を
有頂天にする。
左川ちか「昆虫」
「昆虫が」と始まるこの詩。繁殖した昆虫、女のように眠る都会の夜、昆虫となったワタクシ、顔半分を塗りつぶした秘密(誰の?)、摩訶不思議な痣のある女を有頂天にさせる夜、と、次々と主役の変わる回転劇場のよう。斯くもシュールな言葉の円舞。昆虫と化した無機質な「私」の描写はどこか戸川純の「蛹化の女」を思い出させて、かなり好きな世界だ。
次に「青い馬」という一篇。
馬は山をかけ下りて発狂した。その日から彼女は青
い食物をたべる。夏は女達の目や袖を青く染めると
街の広場で楽しく回転する。 (…)
左川ちか「青い馬」より
馬の首をかき抱き発狂したニーチェ。この馬から想を飛ばしてタル・ベーラは「ニーチェの馬」を撮った。もちろんこれらの事とこの詩には何の関連もない。しかしどこかあの馬のその後の行動と想像に遊んでしまう。「馬は山をかけ下りて発狂した」このワンフレーズはこの詩の全てであり、瞬きも息継も許さぬ速さで読者を射貫く。その後、シュルレアリスム的なシーンを引き連れながら最後に「海が天にあがる」と「青」のイメージで結ばれるのだが、どこにも馬は青かったとは書かれていないのである。馬の発狂を契機に海が天にあがったとき、全ての「青」が完成する。
一般的に青は空の色、海の色の象徴として使われる。だが読み込んでいくと左川ちかが使う時の青は死のイメージを伴っていることに気づく。小柴の、どちらかと言えば埋火のような赤とちがって、かなり明度と透明度の高い色だ。死をこのような明度で捉えた表現者はかつていただろうか。
料理人が青空を握る。四本の指跡がついて
――― 次第に鶏が血をながす。ここでも太陽はつぶれ
てゐる。
たづねてくる青服の空の看守。
日光が駆け脚でゆくのを聞く。
彼らは生命よりながい夢を牢獄の中で守つてゐる。
刺繍の裏のやうな外の世界に触れるために一匹の蛾
となつて窓に突きあたる。
死の長い巻髪が一日だけしめつけるのをやめるなら
ば私らは奇蹟の上で跳びあがる。
私は死の殻を脱ぐ。
左川ちか「死の髯」
詩人にとって外の世界は「刺繍の裏のやう」だという。表面の美しい模様、規則正しい針の運びと相反して、滅茶苦茶に色彩が交差し、切られた糸の端々がおぼつかなく立ち上がり、ある部分は色という色を重ねて厚く、一方ある部分は小さな甲虫が止まることさえ宥せぬほど過敏だ。わたしたちは特に意識しなければ、表面だけの世界の内側に身を置くことで安穏と日々を終え、敢えてその裏側まで踏み出すエネルギーを失っているのではないか。詩人は生の本質に食い込んでモノを見ることを欲しているのである。見せかけの美しさの裏にあるもの、生動している世界の混沌に触れるため、詩人の精神は一匹の果敢な蛾となり窓を突き破ろうとする。この蛾の姿は、速水御舟「炎舞」の、あの螺旋に昇っていく焔と交わりながら、しかし決して焼かれることのない冷たさを湛えた白い蛾と重なる。
「死の髯」に現わされたモチーフは次の詩でも繰り返される。
髪の毛をほぐすところの風が茂みの中を駈け降りる
時焔となる。
彼女は不似合な金の環をもつてくる。
まはしながらまはしながら空中に放擲する。
凡ての物質的な障碍、人は植物らがさうであるやう
にそれを全身で把握し征服し跳ねあがることを欲し
た。
併し寺院では鐘がならない。
なぜならば彼らは青い血脈をむきだしてゐた、背部
は夜であったから。
(…)
左川ちか「眠つてゐる」より
死の長い巻き髪、その髪をほぐす風が焔となったとき、外の世界、生の混沌へと飛び出した彼女は、己の生命の循環を「金の環」として空中に放擲するのだが、それがいくら回転しても受け入れられることなく「寺院では鐘がならない」のである。そしてここでもまた「青」が出て来る。誰もが眠っている夜の出来事は生者からも死者からも承認を得られない。「青い血脈」を持った彼らとは、詩篇「前奏曲」の中で「樹木は青い血脈をもつてゐるといふことを私は一/度で信じてしまつた」と語られ、樹木のことだったと知る。
左川ちか。明治44年2月12日北海道余市町生れ。昭和8年上京。昭和11年1月7日胃癌のため世田谷区の自宅で死去。享年24歳。左川ちかの兄と伊藤整は友人であり、伊藤整の「若い詩人の肖像」の中に川崎愛子という名で出て来る左川ちかは、伊藤に翻訳を見てもらいジェイムズ・ジョイス詩集『室楽』の翻訳を刊行している。ジョイスの用いた<意識の流れ>の技法はちかの詩の端々に見られる。その一種オートマティックなイメージの連鎖が、今読んでも全く古さを感じない。普遍性ゆえなのか、或いはその登場が早すぎたのか。「窓の外には鈴懸があつた。楡があつた。頭の上の/葉のかげで空気がゆつくり渦巻いてゐるのを私は見/てゐる」と始まる詩「暗い夏」も詩人の天賦を感じさせる<意識の流れ>を見ることができる。
(…) すべてのものは重心を失つて
室内から明るい戸外へと逃げる。其処は非常なすば
やさでまはつてゐる。私は次第に軽くなつてゆくの
を感ずる。私の体重は庭の木の上にあつた(…)
家は入口をあけはなして地面に定着してゐる。スレ
エトが午後の黒い太陽のやうに汗ばんでゐる。私は
それらのものをぼんやり見てゐる。私は非常に不安
でたまらない。それは私の全く知らないものに変形
してゐるから。(…)
目が覚めると木の葉が非常な勢でふえてゐた。こ
ぼれるばかりに。窓から新聞紙が投げ込まれた。青
色に印刷されてゐるので私は驚いた。(…)
杖で一つづつ床を叩く音がする。空家のやうに荒
れてゐる家の中に退屈な淋しさである。階段を昇つ
てゆく盲人であらう。(…) そして私は昨日見
た。窓のそばの明るみで何か教へるやうな手つきを
してゐる彼を。(盲人は常に何かを探してゐる) 彼の
葉脈のやうな手のうへには無数の青虫がゐた。私は
その時、硝子に若葉のゆれるのを美しいと思つた。
左川ちか「暗い夏」より
同じく<意識の流れ>の手法で書かれた左川ちかの、最も長く、そして最後の作品と思われる「前奏曲」だが、それまでの詩と変わらず淡々と流れるように書かれていながらも、生の果てに意図せず早く行き着いてしまったかのような驚きと諦念の溜息が聞き取れる。「雨漏りのあとのついた黄色な天井」「鋲で到るところに小さな穴がある壁」のある部屋に横たわっている詩人の言葉の次々。
(…)
私はなにかしら逃してはいけないものを失つたや
うな気がする。子供が紛失したものをいつ迄も諦め
きれずに、めぐり合はせを待つあの時と同じやうに。
それからまた捕へてみたいと思つてもそこは湯のや
うに生温いだけで再び戻つて来るものはない上半身
が急に軽くなつたやうな気がすると、何事も思ひだ
せなくなつて、もはや過ぎ去つたといふことがそん
なに魅力をもたなくなる。
「本を読むことも煙草を吸ふこと/も出来なくなつた」詩人は「一本の樹に化して樹立の中/に消えてしまふだらう」と自らを予感し、「私は今まで生きてゐると思/つてゐただけで実は存在してゐないのかも知れない/のだ」と思索を巡らす。終日樹木を洗った雨と地上との二重奏を聴きながら。
(…) 楡は裸になつた。ここでは時間は葉
が離れる方へ経過してゐるやうに思はれる。誰しも
心では年齢を欺きつつ 一つの輪は賑やかな日の記
念であり、過去へ続く鎖ともなるから。色褪せたす
べては空中に散乱して最後の歩調を待つてゐる。段
々近づいてくる空しい響き、それは樹間をさまよふ
落魄の調べであらうとは。自然の転移、また定めら
れた秩序が唇の上で華やかな夢を望むのか。
左川ちか「前奏曲」より
詩そのものの才気から詩人としての才気へ。この「前奏曲」からは、左川ちかの生への悔恨を感じ取ってしまう。小柴のように突き抜けた静けさがないのは、その死が若すぎたからか。
小柴節子と左川ちかが同じ北海道の隣町に生まれた(小柴節子は倶知安町生まれである)と知ってから、いつしか雪のイメージを持ちながらの二人の詩を読んでいた。最後に左川ちかの「冬の肖像」を挙げる。
(…)空を支えてゐる木たちがその重
さに耐へられないやうな時に雪が降るやうに思はれ
る。
(…)
其処は夢の中の廊下のやうに白い道であつた。
触れる度に両側の壁が崩れるやうな気がする。並木
は影のやうに倒れかかつて。その路をゆく人影は私
の父ではあるまいか。呼びとめても振り返ることの
ない背姿であつた。夜目にも白く浮かんでゐる雪路、
そこを辿るものは二度と帰ることをゆるされないや
うに思はれる。幾人もの足跡を雪はすぐ消してしま
ふ。死がその辺にゐたのだ。人々の気付かぬうちに
物かげに忍びよつては白い手を振る。深い足跡を残
して死が通りすぎた。(…)
風であつたのか。戸を叩くやうな音で目が覚める。
カアテンを開けると窓硝子が白い模様をつけて、そ
の向ふでははげしく雪が降つてゐる。
左川ちか「冬の肖像」より
物かげに忍び寄って振られた「白い手」は、小柴の「さようならの風」の「手」と同じ手だ。今、左川ちかの遺された数少ない詩を読んできて改めて小柴節子の「Wind」を読み返してみると、なんという温かさだろう。全てを静かに肯定した心を覆うふわりとした雪のような温かさ。ああ、やはりその通りだった。初めから抱いていた一つのイメージ。それは図らずもジェイムズ・ジョイスの『DUBLINERS(ダブリナーズ)』の『The Dead(死せるものたち)』における最後の場面だ。二人の詩人の原風景の中の雪が全てをリンクさせていたのだ。
螺旋に落下してくる小柴節子の雪、勢いよく回転しながら中空に留まっている左川ちかの雪。私はこの冬、これらの雪を、窓越しに見ることができるだろうか。
カサカサッと窓ガラスを打つ音がして、窓を見やった。また雪が降り出している。
(略)
雪がかすかに音立てて宇宙の彼方から舞い降り、生けるものと死せるものの上に
あまねく、そのすべての最期の降下のごとく、かすかに音立てて降り落ちるのを
聞きながら、彼の魂はゆっくりと感覚を失っていった。
ジェイムズ・ジョイス「死せるものたち」(柳瀬尚紀訳)