「詩客」自由詩時評

隔週で自由詩の時評を掲載します。

自由詩時評 第99回 伊武トーマ

2013年06月27日 | 詩客
いま、言語という名の眠れる虎 ―― その鋭い爪先である“詩人”であるということ


はじまりのとき、
 人間と動物のあいだには、
 ちがいはなかった。
 その頃はあらゆる生き物が地上に生活していた。
 人間は動物に変身したいと思えばできたし、
 動物が人間になることもむずかしくはなかった。
 たいしたちがいはなかったのだ。
 生き物は、ときには動物であったし、
 ときには人間であった。
 みんなが同じことばを話していた。


(「インディアンの言葉」ミッシェル・ビクマル編/中沢新一訳 紀伊國屋書店)
                          ※以下「  」内、同上の続き

 いまはインディアンとはいわない
ネイティブアメリカンという

 ニワトリが先か?
 タマゴが先か?
 人間であるのか?
 動物であるのか?
 いや
 そもそも人間は動物ではなかったか?

 もちろん“はじまりのとき”なんて
誰にもわからないだろう
 でも、いま、ここに生きている、そのかぎりにおいて
私たちは“はじまりのとき”からずっと
命の火を継いで来ているのだ…。

 そして詩人はいつの時代も
樹々の話し声を聴いている

 詩人は、声なき声に耳を傾け
見えなければ見えないほど
ますます顕在化する
非在の者たちと語り合っている

どんなときも自然の摂理
変化の痛みとともにあり
生き物はときには動物であり
ときには人間であったあの
“はじまりのとき”
みんなが話していたことばを詩人は
全身全霊で受け止めている…

その頃は、ことばは魔術であり、
 霊は神秘な力を持っていた。
 でまかせに発せられたことばが
 霊妙な結果を生むことさえあった。


 詩人が
自然の摂理と向き合い
変化の痛みに完膚なきまで身をさらし
全身全霊で受け止めていることばを
ネイティブアメリカンは魔術と呼び
霊として捉える…

このネイティブアメリカンの言葉と
私が最も敬愛する詩人
ヨシフ・ブロツキイの言葉が
鮮やかに共振する

他の人たちはともかく、
詩人は俗に“詩(ミュ)神(ーズ)の声”と呼ばれるものが
実際には言語の命令であるということを
常に知っているからなのです。
つまり、詩人が言語を
自分の道具にしているわけではありません。
むしろ、言語の方こそが、
自らの存在を存続させるための手段として
詩人を使うのです。


(『私人』ヨシフ・ブロツキイ/沼野充義訳 群像社 ※以下『 』内は引用)

 ネイティブアメリカンのことばは続く

ことばはたちまちにして生命を得て、
 願いを実現するのだった。
 願いをことばにするだけでよかったのだ。


さらに共振が強い共振を呼ぶ
私の全身を“詩神の声”が駆けめぐる
“はじまりのとき”から命とともに
継がれて来た詩人の血が目覚め
ふたたびブロツキイの言葉が
私の胸に深く突き刺さる

 『この文章を書いている私もいずれ死ぬでしょうし、
これを読んでいる皆さんもいなくなるでしょう。
しかし、この文章を私が書くために使っている言語、
そしてこれを皆さんが読むために使っている言語は残ります。
それは言語のほうが人間より長生きするから、
という理由のせいだけではありません。
それは、言語のほうが
変化によりよく適応する能力を持っているからでもあります。


 魔術であり
霊であり
口にするだけで
たちまち生命を得て
願いを実現することば…

“はじまりのとき”から
変化の痛み
自然の摂理とともに
森羅万象を貫き
雨を呼び
風を呼び
“言霊”と呼ばれ
畏れられ
敬われていたことば…

 常に人間より年長であり
巨大な遠心力を持つ
言語という名の眠れる虎…

その息こそ
“詩神の声”であり
その息こそ
ネイティブアメリカンがいう
“ことば”であり
その息こそ
雨を呼び
風を呼ぶ
“言霊”であり

 詩人を
 その鋭い爪先として使役する、おお
 言語と言う名の眠れる虎よ

 本来、無限の誤謬に一つひとつ終止符を打って行くだけの科学を万能と盲信させ、個々人の身体
をターゲットに快適さと快楽を追求する文明。IPS、ヒトゲノム、脳死、臓器移植、クローン…す
べての変化の痛みを払拭し、死さえ克服しようとする文明。その文明に群がり、熾烈な競争を繰り
返す企業。企業が生み出す金に群がる政治。政治が動かす警察、法、国家というシステムによって、
もはや変化の痛みにさらされることもなく、死を受容することもなく、次第に身体の感覚を麻痺さ
せて行く人間…高度にバーチャル化して行く文明とは裏腹にその五感は悉く退化し、樹々の話し声
を聴くことも、声なき声に耳を傾けることも、見えなければ見えないほど顕在化する者たちと語り
合うこともなくなった人間は、核と原子力、自身でも抑止しきれないプロメテウスの火を捨てられ
ずいまや怪物と化し、やがてこの惑星のすべてを破壊し尽くしてしまうだろう…

ニワトリが先か?
 タマゴが先か?
 人間であるのか?
 動物であるのか?
 いや、
 そもそも人間は動物ではなかったか?

 こんな問いなど無意味な
人間という名の
無痛の怪物ありきの時代…
 
このいま
言語という名の眠れる虎
 その鋭い爪先
“詩人”であるということ ――

 最後に『私人』の解説より、印象的な「文学裁判」の一幕を記して締め括ろう。

1963年12月、ブロツキイは定職につかない有害な「徒食者」と逮捕され、レニングラード
(現:サンクトペテルブルク)で裁判にかけられた。以下が、その裁判記録の一節である。

 裁判官「いったい、あなたの職業は何なんです?」

 ブロツキイ「詩人です。詩人で、翻訳もします」

 裁判官「誰があなたを詩人だと認めたんです?誰があなたを詩人の一人に加えたんです?」

 ブロツキイ「誰も」(挑発的な態度はなく)「じゃあ、誰がぼくを人間の一人に加えたっていうん
です?」

 裁判官「でも、あなたはそれを勉強したんですか?」

 ブロツキイ「何を?」

 裁判官「詩人になるための勉強ですよ。そういうことを教え、人材を育成する学校に、あなたは
行こうとしなかったでしょう…」

 ブロツキイ「考えてもみませんでした…そんなことが教育で得られるだなんて」

 裁判官「じゃあ、どうしたら得られると思うんです?」

 ブロツキイ「ぼくの考えでは、それは…神に与えられるものです」



(2013年6月27日)


自由詩時評 第100回 「悲しみ」はどこから? 網谷厚子

2013年06月24日 | 詩客
 詩を書くということは、〈溢れる思い〉を外に飛ばすことである。〈受け手〉が〈共感〉というミットで受け留めてくれない限りは、大気中を漂う〈塵〉のようなものとなって、消えていくしない(あるいは始末に困る〈紙ゴミ〉として残ってしまう)。〈共感〉の中でも〈悲しみ〉は、心揺さぶられるものの一つである。
 私は「万河・Banga」という同人誌を平成21年から沖縄で発行している。全国の多くの同人誌と交流しているので、最近の同人誌・雑誌から、「〈悲しみ〉はどこから?」というテーマで作品を選んでいきたいと思う。
 人は〈老い〉、そして生き続ける。そのこと自体が悲しいと言えるかもしれない。      
           
ここにいます
松原 敏夫

自律神経がこわれた〈私〉という生物が
ここにいます
蛇の口で錆びた夢を洗い
内蔵を洗うように食器を洗い
首吊りしていたのを助けたゴーヤーを刻み
味つけをこだわる音符のように酢をかけ
誰もいないフーチ館バーに腰掛けて
よもぎ酒をスプーンで飲んでいます
流れ、流れて、ここに
います
心臓の高鳴りに悩んで
誰かの役に立たずに
います
午前六時に
新聞受に新聞を取りに行き
手書きの〈受〉という字を〈愛〉と勘違いし
思えばそれと反対のことばかりで
六十五年間
流れ、流れて
ここにいます       
                    (「アブ Abu」第13号・2013年5月)

 〈高齢化〉は、ものすごいスピードで進んでいく。個人の問題としては、せめて〈幸せな〉老後を願うばかりである。まだ、「ここにいまい」と言える〈生々しい〉〈初老〉は、一人で生きることが十分可能である。そのうち、「ここにいるかもしれない」「ここにはいないだろう」「ここにいるはずがない」という存在の、立派な〈予備軍〉である。〈ゆっくり〉とやってくる、その時間を、せめて味わいたいものである。
 渡辺武信の「祭りのあと」(「現代詩手帖」2013年4月号)には、

わたしたちは祭りのあとに生きている
平穏に見える私たちの日常は
過ぎし日の歌が
光芒を引いて遠ざかる
その遙かな旅路の長さだけ
深まった感情の容量に耐えている


というフレーズがある。生き続けることは、たくさんの〈記憶〉の重さを引きずることでもある。そうして、やがて来るべき〈死〉を、イメージ・トレーニングしている。森原直子の「春 静止画像のように」(「多島海」23号・2013年5月)にも、

弔いを終えて
夕暮れの街に出る
東西を貫通する大通りの向こう
路面電車のカーブする辺り
春の夕陽が沈んでいく
雲ひとつない薄暮の空に
しんしんと
亡くなった人の足音のように
落ちていく


とあり、自らの〈死〉もまた、そうして静かに人々に受け入れられていくのだろう。柏木勇一の「その坂をおりて」(「へにあずま」44号。2013年3月)は、老いた母の詩である。

百年近く生きる母に
おだやかな人生だったとは言うまい
荒海で生まれ 泥土に帰る
冬の花火 夏の吹雪を楽しんでいるのだろう
口元を動かした 頬がゆるんだ
苦しいのか 笑ったのか


親しい肉親、しかも母親は特別である。老いて生き、いつまでも〈意思疎通〉できることが最良と思われるが、そうともいかないのが宿命である。 
 重たい〈記憶〉の中には、大戦の〈記憶〉もある。星雅彦の「何もないシマ」(「花」第57号・2013年5月)には、

いま世(ゆー)に生きて イビ(神の降臨する場所)に酔うこともなく
風と緑のかぐわしさ 頬ずりして
ああ 遺骨代わりの戦場の小石たちよ
遠い石の心 語り合うそのひととき
喝を入れられ 一陣の突風 あれは幻影か
神女(のろ)の白衣が蝶のように
ひらひらと駈けて行った


とある。安倍政権が迅速なる遺骨収集を決めたが、なによりも遅すぎるし、ただの〈無名〉の遺骨ではなく、〈名ある〉遺骨の収集でなくては意味がない。24万人を超える死者を出した沖縄は、まだ〈戦時中〉と言えるかもしれない。その〈悲しみ〉は、〈声の届かない〉〈悲しみ〉である。〈無神経〉な人々が〈声高に〉叫ぶ〈悲しみ〉である。
 一昨年の東日本大震災後、まだ10万人を超える〈文明の難民〉(俳人の星利生の言葉を借りれば)がおり、一向に進まぬ瓦礫処理、放射能漏れ等、全国民の〈悲しみ〉はもはや〈怒り〉に変わっている。
  大瀬孝和の「漁港風景―二行詩」(「間隙」第34号・2013年2月)には、
 
         漁港・秋
媼はひっそりと濡れ縁で秋の日差しを繕っている
かなしみは満ち潮のように扇形を(ママ)ひろがっている
     

とあり、齋藤貢の「魂」(「白亜紀」139号・2013年4月)は、

ひとりぽっちの
暗くて重い。

憤怒の魂よ。

あなたは
真夜中の海に
瓦礫のように浮いたままで。

水の沈んだ下半身は
クラゲのように
もうこんなに透きとおってしまって。
もうこんなに冷たくなってしまって。

  
と漂う〈戻れない〉死者に思いをはせる。長久保鐘多の「地上の紅い月」(「龍」141号・2013年2月)では、

悲しい癖がついてしまった
職場に出勤するとき
大震災前は大時計の時刻を気にしながら正門をくぐっていたのだが
今では本館脇の放射線量計の数値の方を必ず見るようになってしまったのだ


という日常が描かれる。澤田和子の「いきものたち」(「の」76号・2013年3月)では、

自然の多くのいきもののなかにいて
ひとりぼっちではない絆があるからと…
数十年学んだことが一瞬で消えたあの日
あの激しい怒り 大地の炸裂
太古の神々の激怒の形相 石像の前に立つ
「生き残りましたが これからわたしは何をして行けばいいのですか」


と問い返す。〈生死〉の分かれ目は、偶然でしかなく、私たち同等に与えられている〈試練〉である。佐々木久春の「地動海嘯」(「詩と思想」2013年3月)には、「だったのさ ああ あのひとも あのひとも あのひとも/いった いったさ いってしまった」という、激しい〈喪失感〉が歌われている。最終連は、

されば 船は沈む 幻を 君浮き上がる現実に
明日という日を ほんとのあしたに


で結ばれている。アグレッシブに生きることを選択しようとする〈強さ〉がある。

和歌山の暖かい海へ
いつでもきてください


岡崎葉「禍福」(「Moderato」第39号・2013年5月)


と、私も「沖縄の海へ」と語りかけたい思いである。
 
かなしみって耳をそよぐことよね
ひとりごとを言う少女は
かおも忘れたひとをしのんでいる
退(ひ)いていくものは
モルタルの壁に沿うから
鮮やかな色を増す

斎藤 恵子「百日草」(「どぅるかまら」13号・2013年1月


 人の〈悲しみ〉への〈共感〉は重い。まだ21歳の詩人・松井拓海の「恐竜時代のグランジ・スター」(「琉球新報」2013年3月9日)には、

昨日の先にいつか作る僕だけの明日を迎える
せめて君に笑われないように僕は泣こう


 私たちが忘れた〈甘酸っぱい〉恋の〈記憶〉を喚び覚まされる。人が生き続ける限り、〈悲しみ〉への〈共感〉の〈つぼ〉は増え続けていくのだろう。 

自由詩時評 第98回  深夜のランプ・シェード――和合亮一『廃炉詩篇』を読む 田中庸介 

2013年06月18日 | 詩客
 和合亮一さんの新詩集『廃炉詩篇』(思潮社)は、深夜の電気スタンドの明かりを思わせる佳篇である。自分以外にだれもいない「やみ」の中に、うす白く、ほの白く、丸い硝子のランプ・シェードが光っている。「やみ」とは、死の世界だ。永遠に孤独が続いたらどうしようかと考えると、小さいころ、いつも眠れなくなった。この詩集には誰も他人らしい他人が出てこない。アポカリプスの無人の荒野。そんな病的なほどの孤独感が、福島で被災し国民的な詩人になった和合さんの震災前後の詩の中核を形成している。

静かに麦の慚愧を発酵させたウィスキーの一滴がある (「終わらない遠近」)

時は燃えあがるような夜明けの珈琲である (「逃亡」)

というような詩句は、深夜から夜明けにかけて徹夜したときの様子を描写しているとも読める。詩人が眠れないのは、西東三鬼のパロディを通じて震災へのトラウマを述べているように、

枕元に/ガバリと寒い海が来るかもしれないから (「深夜に大型バスがもはや頭の中で横転したばかりだ」)

だし、さらに、

しだいに明るくなる/夜の廃炉が終わったのだ (「廃炉詩篇」)

残酷なわたしたちの頭脳を白い川が流れてい/く (同)

狂った一直線はいつも真っ直ぐにある/頭の後ろで/南半球の風車が/燃えながら回っているから/回っているから もうじき朝が来るのだ/光の波 (同)

闇の中を 捕鯨船団が横切っていった それぞれの (「無人の思想」)

などというのは、あまりの睡眠不足のために生じた幻覚から発想したものであるとも取れるのである。作者は、

闇は偽らない/この世界の黒色の絶望を私たちに示すから (同)

というが、その実、

全ては闇に隠されたままだもンなー ンアア (同)

などと、ぼやきもするのである。ここのところの肉声が一番ぐっと来た。
 震災前後からこのかた、日本の詩のことばが痩せてきているという印象がある。これはもうどうしようもない変化である。それでも、わたしどもは恐怖に向かって、力強く行くよりほかはない。
後半になって良かったところは、

「太陽がいっぱい捨てられている」/そう呟いただけで//転校は即刻のうちに/転校させられていく (「僕が転校してくる」)

観念の特急列車が 意味を失ったまま (「滅茶苦茶赤いボールペン」)

俺は//赤いボールペンになりたいのだ なったのだ (同)

何という//言葉にできない寂しさだろう 絶滅については人類の乱獲が原因だという その魂が 風/に吹かれながら木と葉とを揺らそうとしているから (「ロンサム・ジョージ、ロンサム・ジョージ」)

朝に架けられる/夜の橋の設計図は/大切にしたほうが良い のです (「○○町から××町への橋が無い」)

それを折りたたんでみると/鹿の鳴き声が聞こえるのです (同)

嗚呼/人から/人が落ちる/嫌だ/恐い (同)

というような箇所であり、やはり夜の闇と夜明けの光の描写が秀抜である。
 和合さんの詩は別にとくに老成しているわけでもないし、むしろ言葉は年齢に比して若々しい。近代から現代の詩歌からの多くの引用の痕跡はあるが、それはすべてブラック・ユーモアとして処理されている。それでいて、これまでの詩集のように、過剰な意識がことばになってあふれている感じがないのが、非常に清々しい。怒りや苦しみや悲しみを超越している。
 この憑き物が落ちたような静けさは、いったい何なのか。
 そう考えると、この詩集は、深夜の電気スタンドであるとしか言いようがない。
 そんな静かな明るさをかもしだす詩人が、同世代にやっとあらわれたことを、私は心の底から喜びたいと思うのである。

自由詩時評 第97回 現代詩の猫 岡野絵里子

2013年06月06日 | 詩客
 6月2日、日本現代詩人会主催の日本の詩祭2013では、H氏賞、現代詩人賞の授賞式と共に、シンポジウム「越境できるか、詩歌」がひらかれ、興味深かった。穂村弘(短歌)、奥坂まや(俳句)、高橋睦郎(現代詩)、野村喜和夫(司会)が三詩型それぞれの成り立ちと韻文文学の境界について語り、越境というテーマに私たちが惹かれる理由を改めて考えさせてくれた。
 現代詩という我が子を、家の中だけで育てていると、親も子どもも視力が悪くなってしまう。だが、子どもを外に出して、他の詩型の子どもたちの集団で遊ばせると、その子の性格や能力がよく見えてくる。子どもも他者と接することで、世界と自分の境界がわかり、自分の輪郭がくっきりと確立されてくる。
 遊んでいる子どもたちの個性は際立って輝く。越境したいものだと言いながら、決して交じり合わない美しい輪郭を確認し合っているかのようだ。だが、境界とか辺境という場所は、魔の領域であって、無性に入って行きたくなるのである。恋愛のようなもので、現代詩という子どもは、どちらも大好きだ。この境界線は、どうも現代詩の側から越えられていくような気がする。

「この猫は毒があるから気をつけて」と猫は喋った自分のことを

 高橋睦郎氏が、現代詩への批評の歌と解釈した穂村弘氏の作品である。確かに毒を持つのが詩であり、自称してやまないのもまた、詩の特徴だ。しかし、慈愛の心を持つやさしい猫だって少なくない。そんな本を何冊か読んだばかりなのである。
 陶原葵「中原中也のながれに 小石ばかりの、河原があって、」(思潮社)。あとがきの「・・・・高校時代は、旧全集の完結(昭和46年)直後という時期だった。麻表紙の本を一巻ずつ買い足しながら・・・・」には、私も同じ全集を集めていたので、胸が熱くなった。中高生にとっては、少なくとも私にとっては、大変高価な本で、一度には買えなかったのである。高校二年になって、私は中原中也から現代詩人たちに興味が移ってしまったが、陶原氏は中也の忠実な読者であり続けたようだ。丹念な取材や明解な論考も貴重に思うが、一人の詩人の詩を求め続けたことに感じ入る。作者は優しい姉のように、時に嘆息しながらも、中也の全てを肯定する姿勢を崩さない。陶原氏自身の詩的な細やかな文体にも魅了された。
 網谷厚子「詩的言語論 JAPANポエムの向かう道」(国文社)では、「助詞<て>の働きを中心に」における助詞の詩的役割への考察に感服した。

妻はしきりに河の名をきいた。肌のぬくみを引きわけて、わたした
ちはすすむ。

みずはながれる。さみしい武勲にねむる岸を著(つ)けて。これきりの眼
の数でこの瑞の国を過ぎるのはつらい。
                        
                      荒川洋治「水駅」

 「一連目の「肌のぬくみを引きわけて」は(中略)「て」が、前の状態に一つの区切りを与えながら、後の状態に、それぞれが風を切りながら進む等といった特別な意味合いを与える働きをしている。二連目の「さみしい武勲にねむる岸を著けて」は、倒置法になっているが、ここでの「て」は、今度は<切れる>ことに意味がある。「みずはながれる」という映像を、差し出し、際限なくゆったりと流れる水の様子を読者に思う存分思い浮かばせた後、それに一つの<枠組み>を与え、より焦点化させていく。」 原文では、七連の散文詩を全行引用しており、全篇に渡って、様々な抒情的効果を考察している。ここでは全てに触れられないのが残念。
 網谷氏はまた、短歌における接続詞「て」が、時間的隔たりや小休止となって、読者の理解を助けること、更に、結果や状態を示しながら、その先へ、作品世界を豊かにする詩的役割を果たすことを教えてくれる。
 そして、「「て」は、散文では、文を<繋ぐ>役割であり、極めて存在感が薄いと言えるが、韻文では特別な意味がある。」との示唆に、散文と散文詩の境界線が浮かび上がる。
 網谷氏は、名詩の条件の一つとして、<解釈>の入り込む<隙間>がなく、<周辺>を巡ることしかできないが、<語りたくなる>ものだとも述べている。学生たちに詩を語る網谷教授の姿が彷彿とするが、考えてみれば、この熱意のこもった本も、語る著作と言えなくもない。
 岡島弘子「ほしくび」(思潮社)は、5年ぶりの詩集。前詩集、「野川」では、詩人の傍らを流れる実在の野川と生物たち、詩人自身のいのちと悠久の記憶が融合する、優れた詩的到達を見た。第1詩集以来、水との親和性のなかに、数々の名作が書かれてきたが、この度の詩集には、水滴、一滴、つゆ玉、いちにち、川といった、今までの詩集中のキーワードがさりげなく盛り込まれている。スターたちが、フィナーレの舞台でもう一度顔を見せるように、言葉たちが最後に別れの挨拶をしに来てくれているのだろうか。水というテーマをしめくくる、作者の新しい出発が想像される。これから詩人はどこに行くのだろう。
 「トンネルをぬける」では行分け詩と詞書のような散文詩が交互に現れる。

からだがうごかない
縛られている
おぶいひもで叔母の背中にくくりつけられている
その叔母ごとはこばれている
貨車ではこばれている
貨車は鉄路を疾走している
 (中略)
泣き叫ぶ 泣き叫ぶ 泣き叫ぶ
続く闇 はてしない闇


 時空を越えて、刺さる幼い声。大人の女性の穏やかな言葉が、幼子をいたわる用に、自分自身を抱きしめるように、包んでいく。遥かな癒しのために、詩行はこの形であったのだと思われた。
 

 ・・この文を書き終え、中原中也全集を取り出して、価格を見ると、詩の巻で1200円、研究篇の別巻で2400円だった。なんと遠い場所に来てしまったのだろう。あの、トタンがセンベイ食べた春の日の夕暮から。