加賀藩の所領加賀、能登、越中の魅力、海越しに観る山々、風光明媚なシーサイド・ラインの風景・出来事を写真で紹介する。
金澤・能登立山シーサイド・ライン



臨港道路富山新港東西線「新湊大橋」


内川は新港大橋をくぐると、放生津潟を切り開いて開港した富山新港にとつながる
昭和43年4月に開港してから約40年がたち今、再び橋によって東西が結ばれようとしていいます。日本海側最大の斜張橋ということもあって近くで見ると圧倒されます。
 国土交通省のホームページには平成20年度前半を予定しておりとありました。開通が楽しみです。
国土交通省のホームページ臨港道路富山新港東西線 
こちらのホームページで工事の進捗状況を見ることができます。





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二の丸橋



内川に架かる橋の中で平成19年に架け替えられた新しい橋だ。デザインは地元の小学生が放生津城をイメージした高欄が採用されている。放生津城は放生津小学校のグラウンドに碑を残す。(グランド周辺の盛り土は土塁ではないようだ。)また、二の丸橋、放生津橋周辺にはたくさんの桜が植えられていて、富山県の桜の名称に指定されている。(写真は4月7日のものでまだ蕾だった。)







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中の橋

 

橋の欄干には新湊出身の画僧 牧侑恵さんの描いた、三昧画、橋の由来を描いた墨絵など8枚が左右4ヶ所ずつパネルに装飾されている。

 

中の橋

 

 この橋は、山王橋、西橋と共に300年の歴史を持つ古い橋の一つで、山王橋と西橋の間に位置していたのでこの名がついたそうだ。現在はその間に西新橋・中新橋などが架かる。



人 心

夢 愛

上左:中の橋から西新橋方向を見る
上右:中の橋に設置された墨絵パネル“だいじょうぶ だいじょうぶ いつも にこにこ みてござる”
下右:中の橋に設置された墨絵パネル“もらおう心 くばろう心 いいことは あたたかい”
下左:中の橋に設置された墨絵パネル“中の橋略由来 この中の橋は旧専念寺跡・・・・・”


 




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川の駅

川の駅インフォメーションパネル
 かぐら橋と山王橋の間に新しく出来た川の駅。この写真を撮影した時にはまだオープン準備中だったため、中は見ることが出来なかった。次回は館内を見てみたい。
 川の駅というくらいだからここから遊覧船の乗降が出来るのかと思ったがそうではないようだ。

 新湊内川物語 川の駅オープン案内>>>

 また、この建物の向かい岸には憩いの空間が設けられている。 
 山王橋、かぐら橋を見ることが出来、夕日を見ながらひと時を過ごすには良い場所かもしれない。

 

 





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かぐら橋

 

かぐら橋
 高欄にステンドグラスがはめ込まれているかぐら橋、光が斜めからさ差し込む朝夕がステンドクラスをきれいに見せるだろう。
 ステンドグラスを通すやわらかな光、水面に映る陽が幻想的な世界を醸し出す。ここに暮らす人ののみが体感できる感動の世界だ。


 ステンドグラスは72枚、新湊市(現在射水市)出身の工芸作家、大伴二三弥氏の制作で旧新湊市の木「松」、花「ケイトウ」、「曳山」、「カモメ」などが描かれている。


かぐら橋




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湊橋と内川湊橋


 内川と奈呉の浦につながる処に位置する湊橋そしてその奥には奈呉の浦大橋が見える。また、この橋を正面に見る場所には新湊を題材にしたアートが描かれていて、『内川アート』と名付けられ内川の橋、町並みの風景、祭りの山車など〃見ていても飽きない。天気の良い日にはテーブルを置いてオープンカフェにしても良さそうだ。(ここに住んでいる人におこられそうですが?)特に放生津八幡宮の祭礼には特等席で祭りと新湊の味覚を満喫してみたいですネ!


湊橋と内川アート湊橋についての説明は新港観光船ホームページより
 1821年3月28日の放生津大火は、瞬く間に1150戸を焼き払い、湊口に逃げた住民は橋がなかったため、48名も焼死しました。この地獄絵さながらの光景は加賀藩検視役人の同情を呼び、長さ30間(55メートル)、幅9.5尺(2.9メートル)の板橋が架けられ、俗に「おたすけ橋」と呼ぶようになりました。古新町と奈呉町を結ぶ唯一の橋となりました。明治28年「湊橋」と改称しました。
 10月1日の放生津八幡宮の秋の祭礼に、13本の曳山がこの橋を渡る様は、勇壮そのものです。
 今から約400年前、この湊橋付近は富山湾内漁業の中心地でした。内川を根拠とした天然の良港は、北前船・能登通いの基地としても機能していました。
 また、諸国従来の舟も停泊したり、いろんな舟の出入りも多く、物資の交易市(いち)・魚市も盛んなところでした。

湊橋と内川アート 湊橋と内川アート







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新西橋にたてられた金属造形作家・蓮田修吾郎氏がデザインしたモニュメント

新西橋



 橋の両側には文化勲章受章者の金属造形作家・蓮田修吾郎氏がデザインしたモニュメントが建てられている。
新西橋にたてられた金属造形作家・蓮田修吾郎氏がデザインしたモニュメント 三本の四角い支柱が上部でお互いに連係して何かを表現している。見る方向によっては手を合わせる人のようにも見えたりする。
 見る人の心、また時間によって様々に変化する。

 

 このモニュメントが新西橋に斬新なイメージを与えている。




新西橋





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放生津橋

 

新学期も始まり近くの小学生が写真を撮る私の横を『こんにちわ!』と挨拶をしながら通り過ぎてゆく。奇妙な形に何を意味するのかと説明を読んでいるが分からず、ちょうど通りかけた子どもに『これは何の形?』と聞いてみる。
 あっさりと『分かりません!』と流されてしまった。『知らない人に声をかけられてもお話をしちゃダメ!』と教育されているのか?それとも本当に分からなかったのか足早に通り過ぎてい行く。

 

ネットで調べてみると下記の様な説明が見つかった。
 “史実を広く市民に知ってもらおうと高欄には戦いに赴く足利善材や上京する様子を描いたパネル、また、室町幕府10代将軍足利善材をモチーフにした4つの像(「義材の騎馬姿」・「海と波-太陽と波」・「義材の坐像」・「坐像の抽象-出世兜」)が据え付けられています。両側の歩道は波をイメージしたカラー舗装になっています。”

 

室町幕府10代将軍足利善材をモチーフにした像 室町幕府10代将軍足利善材をモチーフにした像
室町幕府10代将軍足利善材をモチーフにした像 室町幕府10代将軍足利善材をモチーフにした像
義材の騎馬姿」・「海と波-太陽と波」・「義材の坐像」・「坐像の抽象-出世兜」







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 シーサイドラインを高岡市街地に入らず国道415号線を走ると射水市新湊の街の中に入ります。ここ新湊にはとてもすてきなところがあります。それは概成市街地のに中にある内川で、一見小樽の街を思わせる様な空間です。


 内川に架かる東橋


 富山新港(かつての放生津潟)から新湊の街の中を流れる役2.5キロメートルの内川。この内川に15本の橋が架かっています。中でも11本の橋は個性的でおしゃれな橋で、それでいてめたたず、川と街の風景に溶け込んでいます。
 東橋は一枚の絵を見ているようです。
ここを訪ねたのは桜のつぼみが開きかけたときです。水面を渡る風は心地よく『春風駘蕩』とはこのような状態をいうのでしょう。



さくらとうららかな東橋
東橋:歩行者専用の橋で渡るだけでなく、立ち止まり、時を過ごす憩いの橋として両岸を結びつける詩的な風情を醸し出しています。基本設計は、スペイン生まれのセザール・ポルテラ氏です。(射水市公式観光サイト[きららか射水観光NAVI]より)




射水市公式観光サイト[きららか射水観光NAVI]







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越中国分駅と桜 氷見線の越中国分駅を過ぎると車窓はがらりと変わります。高岡駅を出て住宅街を抜けてきた氷見線はここ国分駅を過ぎると富山湾が一面に開け、青い海、雨晴(あまはらし)海岸の島ゞをを見ることが出来ます。


 うららかな春霞の中満開の桜、静かな海にうっすらと見える能登半島、ここシーサイドの時間はのどかに過ぎていくようです。



越中国分駅;

前回の氷見線紹介2007.09.19
   ヒストリー 氷見線のSL2006.03.18

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