大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

ひじ傘雨 第七章 15

2013年05月11日 | ひじ傘雨
 「おい、そっちの若い御坊様よ、飯でも食っていかないかい」。
 とんだ偽の僧侶に、朝っぱらから大層な願いを申し込まれ迷惑だが、折角来たのだ。朝餉を共に摂ろうと、安芳が申し出る。
 「ですが、その。晃仙さん、これはまいないにはなりませぬか」。
 海軍省からの賄賂となっては、吉永久一を懲らしめるに差し障りはないかと案ずるのだった。
 「気に入った。御坊様よ。たかが飯ぐれえで恩を売ったりはしねえよ。こちとら江戸っ子でい」。
 「その江戸を終わらせた、超本人が良くぬかす」。
 「だったらよ、いち早く徳川を裏切って、会津へ攻め入ったのは、どこのどいつでい」。
 「あんたが、江戸を守る為に会津を売ったんだろうが」。
 「おや、聞き捨てならねえな。そのお陰で藩知事になれただろうが」。
 もうひとつの、戊辰戦争が始まりそうであった。それが、睨み合い、互いに剣呑な表情なら未だ良いのだが、どうにもにやにやしながらの二人が気味が悪い。
 「勝様も、晃仙さんもお止めください。本日はそのような話し合いでは、いえ、愚痴り合いではございません」。
 「違げえねえ。さあ、飯だ。そっちの大名崩れの偽御坊も食うかい」。
 「無論。有り難く頂戴しよう」。
 合掌をする直明だった。
 「なあ、勝とは、肩の凝らない相手だっただろう」。
 そう言われても、どうにも一触即発かといった状況に肝を冷やし、何を食べたかすらも覚えていない瑾英。
 「晃仙さんと勝様は、あのように遠慮のない間柄なのですね」。
 少しばかり、いや大いに言葉を飾ったつもりだったのだが、ぎろりと睨んだ直明。
 「あいつが大っ嫌いなんだ」。
 「ですが、気の置けない間柄に見えました」。
 「それでも嫌いなんだよ」。
 やはり直明は、幼き頃より憧れていた晃仙とは別の人格が顔を出しているとしか思えぬ瑾英だった。






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