限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

沂風詠録:(第314回目)『良質の情報源を手にいれるには?(その19)』

2019-06-30 14:00:01 | 日記
前回

AB.ギリシャ・ローマ古典百科事典

ギリシャ語やラテン語を読んでいると当然のことながら、知らないことが数多く出てくる。そのような時、ギリシャ・ローマ古典に関する専門の百科事典をチェックする必要がある。私は未見ではあるが、最近日本語で読める『西洋古典学事典』(全 1675ページ、松原國師、京都大学学術出版会)が出版されたので、今後はギリシャ・ローマに関することを調べるにも敷居が低くなることだろう。

以下に、私が普段使っている事典を紹介したい。

AB-1 dtv, "Der Kleine Pauly"

近代ドイツの詩人のゲーテは敬虔なキリスト教徒でありながら偉大な人間になるにはギリシャ人に学ぶべきだとの強い信念を持っていたようだ。弟子のエッカーマンが書きとめた『ゲーテとの対話』には次のようにその重要性を強調する。
 過去の偉大な人物にこそ学ぶべきだ。…何よりもまず、古代ギリシャ人に、一にも二にもギリシャ人に学ぶべきだよ。

ゲーテの生きた「啓蒙時代」にはドイツに限らず全欧的にギリシャ・ローマ、両方の文芸が愛好された。西欧諸国ではギリシャ語やラテン語の辞書の充実とともに、西洋古典に関する百科事典が競って作られた。独仏英の大国だけでなく、オランダ、イタリア、スペインにおいてもそれぞれ非常に浩瀚な古典百科事典が作られた。その中でも、ドイツ語で書かれた Pauly-Wissowa 、正式に
Realencyclopaedie der classischen Altertumswissenschaft
と呼ばれる百科事典は全部で84巻もあり、ギリシャ・ローマ古典に関することはこの本に全て網羅されていると断言していいほどの充実ぶりだ。一項目についての記述が一冊の単行本に匹敵するだけの内容があると言われている。私も京都大学に奉職している時に、文学部の地下の書庫で何度か目にしたが、「この本から単に書き抜きをするだけでも立派な論文が何本も書ける」という噂が充分真実味を帯びて感じられた。



しかし、これだとあまりにも大部であるので、5冊に圧縮した『Der Kleine Pauly』(Lexikon der Antike in fünf Bänden)が戦後になって出版された。全体で4124ページしか(も?)ないので、確かに情報量は少なくなっているが、逆にその分、情報を探しやすい。この本はドイツ語で書かれているので日本では一般的にはあまり読まれることはないであろうと思われる。しかし、私は個人的にはこの本は非常に優れていると思っている。というのは、10数年前にこの本を手に入れてから、何度も引いたが始めは多少引きにくかったが、慣れてくると、内容に不満を覚えることはほとんどなかったからだ。

本体の Pauly-Wissowa は現在、英語への翻訳が完了して
Brill's New Pauly: Encyclopaedia of the Ancient World
というタイトルで28巻本として出版されているようだが、小型版の『Der Kleine Pauly』はまだ翻訳されていないようだ。

AB-2 Artemis, "Lexikon der Alten Welt"

『Der Kleine Pauly』を使っていると、人名や歴史的な事物に関しての情報は多いものの、庶民生活に関するいわば「背景情報」ともいうべき点に関してはほとんど載せられていないことに気付いた。それは、項目の選択基準が specific になっているためだと私には思える。Der Kleine Pauly を使いだしてから 5年ぐらいして、その欠点を補う事典として、ドイツの有名な古典籍専門の会社 Artemis 社かこの Lexikon der Alten Welt が出版されていることを知った。



この本もドイツ語で書かれていて、全体で 3523ページある。一ページ当たりの字数が多いので、総体としては Der Kleine Pauly と質量ともに匹敵する内容である。Paulyと違う点といえば、図や王家の系図など、図がかなり多く入っていることである。例えば上に示したように、 Ornament(装飾品)のような日常品を図解入りで説明してくれている。元来、この事典は高校生(Gymnasium)用に編纂されたということが図を多用する背景にあるといえる。ギリシャ・ローマのように馴染のない事物が多くある時には、こういった図解は非常に助かる。

AB-3 Oxford, "The Oxford Classical Dictionary"

ギリシャ・ローマの事柄を調べる時には、上で述べた Lexikon der Alten Welt を引いて大枠の内容を理解したあとで詳細を知るために、Der Kleine Pauly を参照することが多い。この2つで足りない時は英語の百科事典を使う。いづれ説明するが、Encyclopedia Britannica の 11th version はギリシャ・ローマの古典に関しては専門の事典顔負けの充実した記述がある。それでも足りない時には、ここで紹介する The Oxford Classical Dictionary を参照する。



この本の総ページ数は1592ページと上の2つに比べると半分程度である。それだけ、項目を厳選しているともいえる。内容的には、部分的には上記2冊の本を補完するものの、概して、説明が不足している感は否めない。それだけでも事典としては点が落ちるのだが、― 私の個人的感覚から言うと ― 更に悪い点は、紙の表面がコーティングされていて、てかてか光り、鉛筆が滑ることだ。事典にメモをしない習慣の人には無関係なことだが。。。

それで、私はこの事典はめったに使わない。しかし、ドイツ語が読めないとするとこの事典か、冒頭に紹介した日本語での事典が命綱になることだろう。こういった観点から、もし、ギリシャ・ローマの古典をしっかり読もうと思うなら、ドイツ語の学習は避けることができないのではないか、と私には思える。

続く。。。
コメント
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