獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

佐藤優の研究方法とその胡散臭さ(その2)

2023-12-16 01:09:20 | 佐藤優

田氏の死去に伴う各誌の記事を読むと、論者の意見はおおむね、池田氏の死去によって創価学会の組織は弱体化し、公明党の存在も危うくなるだろうということで一致しています。
ただ、一人の例外を除いて。
それは、これまで創価学会寄りの評論を多数にわたって執筆し、『池田大作研究』(朝日新聞出版)という本まで書いた佐藤優氏です。

なぜ佐藤氏は、創価学会側の発表を鵜呑みにしたような稚拙な論を、恥ずかしげもなく発表できるのでしょうか。

佐藤氏の研究方法をさぐるには、『池田大作研究』を読んでみるのがいいでしょう。

今回、この資料を引っ張り出して、第1回の分を読み込んでみました。


池田大作研究
世界宗教への道を追う 第1回
AERA 2019年12月30日-2020年1月6日号

創価学会の内在的論理
捉えることから始めたい
池田大作。その名は著名ながら、実像を知る人は少ない。
急激に世界宗教化を進める創価学会。
その巨大組織のトップに立つ人物の深部に迫る。

作家・元外務省主任分析官
佐藤 優

(つづきです)

仏教を再確立した日蓮
基点に人間を救済する

仏教は釈尊(ガウタマ・シッダールタ)から始まったというのが常識的理解だ。筆者が同志社大学神学部で1回生のときは、上座部仏教の思想であるアビダルマ、2回生のときは中観、3回生のときは唯識というインド仏教の思想を学んだ。そのため無意識のうちに仏教に関しては、釈尊を基点にすべきと考えていた。
しかし、創価学会の思想を学ぶうちにこのアプローチでは不十分と考えるようになった。
仏教の目的は人間の救済だ。現在は末法の時代であるという時代認識が重要になる。キリスト教的に言い換えると現在は危機の時代であるという時代認識だ。この危機の時代に仏教を再確立したのが日蓮(1222~1282年)だ。日蓮を基点にしなくては、現実に存在する人間の救済はできないというのが、創価学会の基本認識だ。だから、日蓮自身が仏である (日蓮本仏論)という立場を創価学会は取る。〈末法の御本仏日蓮大聖人は、法華経の肝心 であり〉という短い文言で、創価学会の時代認識と救済観を明確に示している。続いて、牧口と戸田の関係についてこう記す。

〈初代会長牧口常三郎先生と不二の弟子である第二代会長戸田城聖先生は、1930年11月18日に創価学会を創立された。創価学会は、大聖人の御遺命である世界広宣流布を唯一実現しゆく仏意仏勅の正統な教団である。日蓮大聖人の曠大なる慈悲を体し、末法の娑婆世界において大法を弘通しているのは創価学会しかない。ゆえに戸田先生は、未来の経典に「創価学会仏」と記されるであろうと断言されたのである。牧口先生は、不思議の縁により大聖人の仏法に帰依され、仏法が生活法であり価値創造の源泉であることを覚知され、戸田先生とともに広宣流布の実践として折伏を開始された。第二次世界大戦中、国家神道を奉ずる軍部政府 に対して国家諫暁を叫ばれ、その結果、弾圧・投獄され、獄中にて逝去された。牧口先生は、「死身弘法」の精神をご自身の殉教によって後世に遺されたのである。
戸田先生は、牧口先生とともに投獄され、獄中において「仏とは生命なり」「我、地涌の菩薩なり」との悟達を得られた。戦後、創価学会の再建に着手され、人間革命の理念を掲げて、生命論の立場から、大聖人の仏法を現代に蘇生させる実践を開始された。会長就任に当たり、広宣流布は創価学会が断じて成就するとの誓願を立てられ、「法華弘通のはたじるし」として、「大法弘通慈折広宣流布大願成就」「創価学会常住」の御本尊を学会本部に御安置 され、本格的な広宣流布の戦いを展開された。戸田先生は、75万世帯の願業を達成されて、日本における広宣流布の基盤を確立された〉


弟子から師匠が学ぶ
キリスト教より民主的

創価学会は師弟関係を重視する。この点もキリスト教に似ている。
キリスト教では、イエスの弟子を使徒(ギリシャ語でアポストロス)と呼ぶ。ただし、使徒はペトロやマタイなど、イエスによって直接選ばれた者以外も含まれる。例えば、生前のイエスを知らなかったパウロも使徒と呼ばれた。パウロによれば、復活した主イエス・キリストの証人であることとイエス・キリストによって弟子として召されたことが使徒の条件だ。
牧口は獄中死している。池田は生前の牧口を知らない。しかし、池田は戸田と師弟関係であるように牧口とも師弟関係にある。同様に池田と直接面識のない創価学会員も池田と師弟関係に入ることができるのだ。
創価学会では、師匠と弟子が一体であるという師弟不二が重要な概念になる。すべての創価学会員が池田と師弟不二の関係で結びついている。これが創価学会の強さだ。ちなみにキリスト教徒にとってもイエス・キリストは、「道であり、命である」。すべてのキリスト教徒はイエス・キリストの弟子だ。
ただし、創価学会とキリスト教の違いもある。師弟不二の関係にある創価学会では、弟子から師匠が学ぶことがある。師匠である池田は弟子である学会員からも多くを学んでいる。これに対して、キリスト教では信徒はイエス・キリストに服従することが一方的に求められる。キリスト教よりも創価学会の方が民主的なのだ。
会憲では池田についてこう規定する。 
〈第三代会長池田大作先生は、戸田先生の不二の弟子として、広宣流布の指揮をとることを宣言され、怒濤の前進を開始された。
日本においては、未曾有の弘教拡大を成し遂げられ、広宣流布の使命に目覚めた民衆勢力を築き上げられた。とともに、牧口先生と戸田先生の御構想をすべて実現されて、大聖人の仏法の理念を基調とした平和・文化・教育の運動を多角的かつ広汎に展開し、社会のあらゆる分野に一大潮流を起こし、創価思想によって時代と社会をリードして、広宣流布を現実のものとされた。会長就任直後から、全世界を駆け巡り、妙法の種を蒔き、人材を育てられて、世界広宣流布の礎を築かれ、1975年1月26日には、世界各国・地域の団体からなる創価学会の国際的機構として創価学会インタナショナル(SGI)を設立された。それとともに、世界においても仏法の理念を基調として、識者との対談、大学での講演、平和提言などにより、人類普遍のヒューマニズムの哲学を探求され、平和のための善の連帯を築かれた。池田先生は、仏教史上初めて世界広宣流布の大道を開かれたのである〉

ここで重要なのは、池田の主導で創価学会の世界宗教化が始まったという指摘だ。日蓮仏法の思想を普遍的なヒューマニズムの哲学に転換するというアプローチを池田は取り、今日に至っているのである。
(文中敬称略)

 


解説
創価学会とキリスト教の違いもある。師弟不二の関係にある創価学会では、弟子から師匠が学ぶことがある。師匠である池田は弟子である学会員からも多くを学んでいる。これに対して、キリスト教では信徒はイエス・キリストに服従することが一方的に求められる。キリスト教よりも創価学会の方が民主的なのだ。

何の根拠もなく、「師匠である池田は弟子である学会員からも多くを学んでいる」と、佐藤氏は述べていますが、これはどうなんでしょう。
池田氏から離反した側近幹部の著書などを読むと、池田氏はけっして他人の意見を聞こうとはしかなったといいます。
しぶしぶ周りの幹部の意見に従っても、そのことを後々まで恨みに思って、やり返す機会を窺うような執念深いところもあったようです。

日蓮仏法の思想を普遍的なヒューマニズムの哲学に転換するというアプローチを池田は取り、今日に至っているのである。

これは、成功したのでしょうか。
私は、不勉強なのか、よく分かりません。

 

獅子風蓮