★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

職域奉公論とか

2018-12-04 23:18:12 | 思想


今日は演習で、橘樸の『職域奉公論』(昭和17年)が話題になったから、ちょっと読んでみた。生活の協同化とか科学化とか、要するに、さんざ言われてきたように、戦時下の職域奉公論は伝統のある種のスクラップと国民の再組織、のエートスであった。主婦の職域論がとくにまあ面白く、これは人口政策ともからんで重視されている。しかし、橘の書き方も、「えーとまだ主婦層の複雑なあれをどうするかは難しいですねえ」といった感じであって、なぜかといえば、たぶん、女性は家に隠れてよくみえないからであり、特にホワイトカラーの男にとっては、教養の体系が異なる特殊な「プロレタリアート」に見えていたからである。総動員体制のためにはやっかいな代物であった。

そう考えてみると、今の、女性の「社会進出」論とか待機児童問題に関わる女性の働き方改革といったものの方が、一億総活躍とかいう全体主義へのステップとしてむしろ容易である可能性もあるのだ。ジレンマは、それだとあまり子どもを産んでくれなさそうだということに過ぎない。だから、声高に人口減少対策が単独で叫ばれることになるわけだ。

当時の文献を読んでいると、総力戦のためには、農民のマインドもある種の悩みの種だったことがわかるが、彼らの内実を分析するよりも「まあ彼らも労働者だから」という処理で乗り越えられているようだ。橘の場合もそうみえる……。

よく分からないが、橘という人はほとんど半生を中国で過ごした人であって、戦争中突然全体主義化したように見えるが、確か清水亮太郎氏によれば、橘にとって日本人はいい加減でない行動様式の錬成を結果していると見えていたわけで、而してその行動様式の「普遍化」のニュアンスを持ったアジア主義を志向することになったようであった。(記憶があいまいだが、そういうことをお書きになっていたと記憶する……)確かにそういうこともあり得るとは思うが、文章の書き手の問題として考えると、この時期の橘のものはどうも疲労という感が否めない気もするのである。アジア的なものを経験し尽くした後で、結局よくわからなくなったあと、ナチス流の全体主義を参考にあたふたしているのが、この頃の橘ではなかろうか。

デ★■◎思考とかいわれているものも、かなり昔から紆余曲折があった概念であって、その歴史をきちんと辿りなおして経験しなおさない限りただのポンチ絵推奨政策に墜落するであろう。ポンチ絵なんてのは、ただ、命令の形式を暴力的に見える化しただけのものであって、むしろやる気を減ずる効果があることはもう明らかである。

昔の全体主義もそうだったが、何十年も昔の輸入品を堂々と流行に祭り上げるなぞ、一言「恥を知れ」という感じである。何回、同じことを繰り返しているのだ。

「高輪ゲートウェイ」(笑)

さっきWBSを観ていたら、ビジネススクールの先生かなんかが、もう思い切ってネーミングライツでなんとかとか言っていた。そういう問題じゃねえんだよ、われわれの魂とか羞恥心とかセンスの問題なんだよ。

警告します。新しい元号が「絆bonds」になったら、私の授業のレポートを倍にする。