Naked Heart

その時々の関心事をざっくばらんに語ります

失望しても絶望しない

2007年07月03日 02時34分17秒 | 時事・社会
丸岡受刑者が2審で逆転敗訴・名誉毀損訴訟
 1986―87年の三井物産マニラ支店長誘拐事件に関与したと報じた読売新聞
記事で名誉が棄損されたとして、日本赤軍の元メンバー丸岡修受刑者(56)が
読売新聞社側に約1600万円の損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、
東京高裁は28日、105万円の支払いを命じた一審東京地裁判決を破棄、請求
を棄却した。丸岡受刑者側は上告する方針。
 吉戒修一裁判長は判決理由で、日航機がハイジャックされたダッカ事件など
で丸岡受刑者は無期懲役が確定し、服役中であると指摘。「受刑者の社会的
評価は既に低く、記事が評価を低下させて名誉を棄損したとは言えない」と
述べた。〔共同通信 2007.6.28 23:00〕


宮澤喜一元首相が亡くなった日にこのような判決が出たことに、暗澹たる思い
を抱いています。「一時代の終わり」を通り越して「終末」を予感させるような
ニュースです。
政治家や著名人だと黒い噂が絶えない人でも高額の慰謝料を勝ち取る一方、
権力に逆らう者や弱者は泣き寝入りせざるをえない。しかもこんなあからさまな
犯罪者差別を裁判所がするようでは・・・。

先週の教会学校、今週の礼拝と続けて、ルカ福音書18章の「やもめと裁判官」
のたとえを学びました。不利益を蒙っていた一人の寡婦が、人を人とも思わず
神をも畏れない不正な裁判官に、しつこくしつこく訴え続けて、自分のために
裁判をさせたという話です。(当時女性の人権は認められておらず、弁護する
夫を持たない寡婦の訴えが通ることはまずありませんでした。)
これはたとえ話であり、「まして神は」というレトリックで信仰者に希望を持ち
続けるよう説くお話であって、直ちに現実社会に結び付けうるものではないの
かも知れません。
でもだからといって、世の中の不義不正に目を閉ざし、心の平安と来世の希望
だけを説くのは本当の福音ではありません。実現不可能に見えても、それに
関わることで迫害を受けても、現実の中に身を置き、いと小さき者の側に立ち、
神の正義の実現を信じて諦めることなく訴え続けていく。それがクリスチャンの
あるべき姿だと思います。

でも、そうは言ってもねぇ。こんなニュースばっかりで・・・。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿