背寒日誌

2019年7月12日より再開。日々感じたこと、観たこと、読んだことなどについて気ままに書いていきます。

気になる女優、ダニー・カレル

2005年10月20日 22時10分18秒 | フランス映画
 映画を見た後で、それもずっと後になっても、妙に印象に残って気になる女優がいるものだ。私の場合、フランス映画ではダニー・カレルがそんな女優の一人である。カレルは50年代半ばの短い期間に活躍した女優で、この頃のフランス映画のファンなら知っているはずだと思う。かく言う私はリアル・タイムのファンではなく、後年になってテレビやビデオでこの頃のフランス映画を見た者なので、大それたことは言えないのだが、その辺はお許し願いたい。
 ダニー・カレルが出演した映画でいちばん有名なのは、ジャン・ギャバンとフランソワーズ・アルヌールが主演した「ヘッドライト」である。長距離便のトラックの運転手が給油所で働く若い女の子とのっぴきならない関係になる話で、アンリ・ヴェルヌイユ監督の傑作だった。この映画でカレルは中年運転手ギャバンの娘役で出ていた。陰影のある映画で、単調な人生に疲れたギャバンと物憂げなアルヌールがとても良いのだが、良い映画というのは脇役も光るものだ。ギャバンの古女房がいかにも所帯やつれして見るも哀れなのだが、この言葉少ない暗い家庭で長女のカレルだけは減らず口を叩き、明るく振舞っている。父親ギャバンに小言を言われながらも反抗しモデルのバイトをやろうとしている。カレルが登場する場面で特に印象に残るのは、愛人アルヌールから来た手紙の内容を両親の前で暴露するところだ。まるで鬼の首でも取ったかのように父親に読んで聞かせるのだ。愛人に子供をはらませたこともバラしてしまう。父親にぶん殴られ、そばに居た母親の悲しい顔を見て、娘のカレルは我に返る。そして、出て行った父親を追っていく。このあたりのカレルが実にいいのだ。
 もう一つ、ダニー・カレルの出演した映画で名作と言えるのは、ルネ・クレール監督の「リラの門」である。これは名優ピエール・ブラッスールと人気歌手ジョルジュ・ブラッサンスが共演した映画で、パリの下町人情を描いた、いかにもクレールらしい作品だった。この中でカレルは居酒屋の女給役で、どこにでもいそうなポーッとした可愛い女の子を演じている。昔トランジスター・グラマーという女性の形容があったが、カレルにはこの言葉がぴったりあてはまる。つまり、小柄だが胸が大きく、なんとも色気があるのだ。飲んだくれでろくでなしのブラッスールは優しいカレルに岡惚れなのだが、否応なしにかくまった手負いのギャングに彼女がそそのかされて、大金を奪われてしまう。そんな話なのだが、カレルは危険な遊びに心をときめかす生娘役を見事に演じていた。いや、見事というより、これがカレルの地なのかもしれないと思ったほどだった。
 他に、ダニー・カレルは「奥様ご用心」にも出演していた。この映画はもうずいぶん昔にテレビで見た記憶があるが、その内容はあいまいである。今度また見てみようと思っている。また、カレルは60年代終わりに復帰し、「パリ大捜査網」でジャン・ギャバンと共演したという。この映画も見たとは思うが、残念ながら印象に残っていない。

ジャック・レモンの変装

2005年10月20日 12時14分47秒 | アメリカ映画
 ジャック・レモンは変装の名人だった。彼ほど変装して巧みに登場人物を演じた俳優もいなかったのではないかと思う。そして、その堂に入った変装ぶりは、見る者を楽しませてやまなかった。
 マリリン・モンローと共演した「お熱いのがお好き」ではトニー・カーティスと共に女装して、ドタバタ劇を演じる。この三人の掛け合いももちろん面白いが、女になったレモンがヨボヨボの金持ちの紳士(ジョー・E・ブラウン)に口説かれるシーンのおかしさといったら、もう笑いが止まらないほどだった。同じくビリー・ワイルダー監督の「あなただけ今晩は」では、イギリス人の紳士に成りすまし、パリの娼婦に入れあげる。娼婦役がシャーリー・マクレーンで、「アパートの鍵貸します」に続いての共演だった。この二人のコンビは絶妙である。「あなただけ今晩は」では、レモンは警官から始まって、失職した後、娼婦のヒモと常連客の紳士という二役を同時に演じる。この映画は一風変わった純愛映画で、娼婦の操(?)を惚れた男が守ろうとする話なのだ。私はテレビの日曜洋画劇場でこの映画を初めて見たのだが、今は亡き淀川さんの熱心な解説を懐かしく思う。きっと淀川さんの好きな作品だったのだろう。
 そして、「グレート・レース」は、レモンの変装が極致に達した映画だった。監督は「ティファニーで朝食を」で名高いブレイク・エドワースで、共演はトニー・カーティスとナタリー・ウッド。助演者には刑事コロンボで人気をとる前のピーター・フォークが出ていた。作品的には傑作とは言えないが、私には思い出深い映画である。中学1年のとき渋谷東急でロードショーでやっているのを小遣いをはたいて見たからだ。そして、ジャック・レモンを見た最初の映画だった。そのとき、なんてアクの強い演技をする俳優なのだろうと思った。大変滑稽な悪役なのだが、表情も声色も大げさで、けたたましい笑い声が妙に耳についた。だからジャック・レモンというとこの第一印象がつきまとい、しばらく離れなかった。その後、「おかしな二人」「幸せはパリで」と見ていくにつれて、徐々にイメージは変わっていった。
 ジャック・レモンは素のままでも十分味のある俳優だった。ユーモアとペーソスが自然とにじみ出る、得がたい個性の持ち主だった。普通に演じてもアカデミー賞くらいはとれる実力派の俳優でもあった。しかし、根っからの役者魂がうずくのか、あるいはエンターテイナーとしての資質からか、彼はそれだけでは満足しなかった。そこがレモンという俳優のすごいところだと思う。突然変異的に奇抜で派手な演技をして、われわれを喜ばせてくれたのだ。このギャップがまた面白かった。レモンは変装に徹するが、観客にはその正体を明かしての上で、である。映画の中で彼の正体は決してバレない。バレそうになることもあるが、うまく誤魔化して急場を乗り切ってしまう。この馬鹿馬鹿しさが、たまらなく可笑しく、観客は彼の熱演に拍手喝さいを惜しまなかった。