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宇宙の歩き方

The Astrogators' Guide to the Charted Space.

トラベラー40年史(3) 新時代、そして暗黒時代へ…(1993~1997年)

2017-09-04 | Traveller
【1993年】
「フランクが最初にコンピュータウイルスのアイデアを述べた時の皆の反応は、『不可能だ。今はウイルス保護ソフトがあるので、ウイルスで〈帝国〉が滅びるのはありえない』だった。しかしそれでは『自分が見ていない・理解できないことは起こり得ない』というのと同じことだ。そうだ、我々は『Signal GK』という冒険をしていたのだ……」
(デイビッド・ニールセン)


緊急速報 緊急速報 緊急速報

セスタオ(レフト宙域 1301 A120675-C アンバー)発   1130年312日付

 デネブ領域海軍は、領域境界を即時無期限で封鎖すると発表しました。今後デネブ領域への侵入を試みる者は誰であろうと捜査、押収もしくは発砲の対象となります。通信は全て拒否されます。
 繰り返す、デネブ領域は直ちに応答を停止す。我々は文明の炎を守る。さらば。以上通信終了。

緊急速報 緊急速報 緊急速報

全TNSデータノードを対象

 ウイルスは通信に乗って宇宙船で運ばれるものと判明。Xボート網とトラベラー・ニュースサービスも既に感染しており、これを読むことでウイルスがそちらのデータシステム内に広まる可能性も考えられる。
 唯一の対処方法はあらゆる通信を遮断することである。全システムを落とし、通信を受けるな。更なる報 告 告 ................. . . . . . . . . . . .m1√0TUT .... ... .. äE@>]K0√0√... ......A%aÜcƒÅ...HX'ö"(...a¯...J@-ÇíÄD...'δ) R_CËâ*‡Δ 1ÄP...Cr=!D....±?2ìA0'F(Ñ(Ê(íΔä ...â" Ç...HBÄx√)|...... ...... . . . ±√årT'â JÖ@AÇå Fä1«q«0√
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 凶王ルカンが創らせた「超兵器」コンピュータウイルスは、そうとは知らないデュリナー大公によって奪取され、宇宙船間通信によって帝国全土に拡散しました。自殺衝動を組み込まれていたウイルスはあらゆる人を、建物を巻き込んで破壊の嵐を引き起こし、恒星間文明は瓦解しました。一方で、いち早く事態を察知したデネブ領は境界を封鎖してウイルスの侵入を何とか食い止め、文明の炎を守りました。
 「大崩壊(Collapse)」から約70年後、オールド・エクスパンス宙域の人類は友朋種族ハイヴらと共に文明再建の第一歩を再び宇宙に踏み出しました。しかし彼らの前に立ち塞がるのは、より進化してロボットや宇宙船どころか知的生命をも支配下に置くウイルスだけでなく、荒野星域に取り残された人々に蔓延する「技術恐怖症」、そしてそんな人々を扇動して貴重な技術の独占を目論む組織の暗躍だったのです……。

 そんな帝国暦1201年、改め「新暦元年(New Era 1)」を舞台とする新作『Traveller: The New Era』(通称「TNE」)は、設定だけでなくゲームシステム自体に全面変更が施されました。当時のGDWは自社製RPGのシステムを、『Twilight: 2000』第2版に改良を加えた「ハウス・ルール」に統一を進めていました。これには一つのルールに習熟すれば他のゲームの習熟も容易となり、全体として売り上げが増えるであろう、そして新ゲームを出す際にも開発費を削減できるであろうという(よくある甘い)目論見があったようですが、従来から掛け離れたシステムへの移行と宇宙設定の激変への反発は強く、中には「The New Error」と陰口を叩かれる始末でした。一方で熟成を重ねたゲームシステム自体に対しての評価は高く、この年付のオリジン賞(Best Roleplaying Rules部門)を受賞もしています。

 そしてもう一つ、TNEで加えられた重大な変更点に「スラスター駆動の廃止」があります。ジャンプ航法・反重力といった『トラベラー』の根幹を成す「大ボラ」は残し、残る部分は現実的な物理法則に則って装備品や輸送機器のルールが再構築されたため、もはや反重力は「重力を打ち消す」だけで推進力を持たず、宇宙船だけでなくエア・ラフトに代表される反重力機器すら燃料の残りに神経をすり減らすようになりました。地表からジャンプ可能となる距離への到達にも数十時間、下手すれば百時間越えと、従来と同じ宇宙とは思えないほどです。
(※スラスター駆動には「燃料が続く限り無限に加速できかねない」という物理的に見過ごせない問題点があったために、今回の変更となったようです)

 そんな『The New Era』と『メガトラベラー』を繋ぐ本として『Survival Margin』も発売されています。皇帝暗殺以降の全ニュース(に加えてルカン、デュリナー、ストレフォンの回想録付き)や「When Empires Fall」を再録し、「新時代」の大まかな解説とさらに『メガトラベラー』のキャラクターを『The New Era』のシステムに合わせて変換するルールを載せています。

 『Fire, Fusion, & Steel』は設計に特化した本で、車両や宇宙船だけでなく武器も緻密に設計可能です。また、様々なものに事細かく動作理論や科学的根拠が示されているのも特徴です。ちなみに『トラベラー』では扱われないワームホール航法やスターゲート利用、『2300AD』のスタッターワープ航法どころか「超能力駆動機関」の宇宙船すら制作できてしまいます。

 『Brilliant Lances』は『メイデイ』の系譜に連なる艦船戦闘ゲームで、TNEの世界観に合わせて武器や燃料関係などのルールが調整・精密化されています(反重力のない『2300AD』に合わせて出された『Star Cruiser』(1987年)での進化を踏まえた、とも言えます)。

 『Traveller: The New Era Deluxe Package』(※資料により商品名にかなりの表記揺れがありますが、現在はこの名前で出されています)も発売されています。これは本体ルールブックに『Fire, Fusion, & Steel』と補助カード類、そしてスピンワード・マーチ宙域図(帝国暦1130年版)を同梱したもので、箱絵はかつての『Deluxe Traveller』の内側からTNEが破り出て来る、という構図でした。ちなみにこの商品は、当初は『Brilliant Lances』を同梱する計画でしたが、価格面を考慮して『FF&S』に差し替えられた、という裏話があります。

 「Reformation Coalition Manual」シリーズの第1弾『Path of Tears』は、プレイヤー・キャラクターが基本的に所属する〈再建同盟(Reformation Coalition)〉の歴史、組織、加盟星系それぞれの文化、友朋種族シャリィ(Schalli)の解説、同盟の誇る「スター・ヴァイキング」の作戦行動の対象となりうる星系の設定などなど、様々な設定が収められています。
(※この『Path of Tears』は資料ごとに発売時期のずれが有り、1994年初頭の発売だった可能性もあります)

 ちなみに本体ルールブックは12月に、『Fire, Fusion, & Steel』は翌年1月に誤植修正や微調整が施された「Mark 1, Mod 1」版が発売されています。この版の『FF&S』には『Upgrade Booklet』という小冊子が付属しており、初版の本体ルールブックを「Mark 1, Mod 1」版に合わせるために必要でした。

 激動の新時代とは別に、『Luna: Travellers Guide』という小冊子がStar Quest Gamesというところから出ています。これは1984年にマーク・ミラーが雑誌『Dragon』第84号に書き下ろした原稿の単行本化で、表題通り惑星テラの衛星ルナについての設定が記されたものです。
 また、ドイツのIBR Productionsというところからは『The Traveller's Aid Society Alien Encyclopedia』が200冊限定で出版されました。これは『トラベラー』時代のエイリアン・モジュールの総集編で、全てに製造番号とマーク・ミラーのサインが入っていたようです。


【1994年】
 「Reformation Coalition Manual」シリーズでは『Smash & Grab』『Reformation Coalition Equipment Guide』『Star Vikings』が発売されました。
 『Smash & Grab』はTNEで新たに導入された遊び方「一撃強奪(Smash & Grab)」を解説するもので、少人数のスター・ヴァイキング精鋭部隊(つまりプレイヤー)が強襲をかけ、短時間で目標を襲撃もしくは対象の奪取を図ります。そういった作戦任務シナリオ数本と追加装備品が収録されています。
 『Reformation Coalition Equipment Guide』はその名の通り装備品集です。〈再建同盟〉に限らず、〈旧帝国〉の遺産や荒野星域の低TL世界で使用されるもの(といっても戦車や対空ミサイルも十分「低TL」の範囲ですが)も収められています。
 『Star Vikings』は『トラベラー』史上初と言ってもいい、人物像に主眼を置いたNPC集です。頼もしい味方から憎らしい敵まで、様々なNPCが収録されています。後に明かされたことですが、一部の重要人物は「砂漠の嵐」作戦に参加した実在の軍人の顔と性格を取り入れているとのことです。
(※余談ですがこの縁が巡り巡って、後に『熱砂の進軍』(トム・クランシー、フレッド・フランクスJr.著)の参考文献に『Command Decision』が加えられることになります)

 チャドウィック作のウォーゲームは2作品が出されています。『Battle Rider』は、一艦船単位の戦いだった『Brilliant Lances』をさらに小艦隊単位にまで拡大させたゲームで、艦隊戦を再現するためにカードによる戦闘解決ルールが導入されています。
 『Striker II』は、同じくチャドウィック作で1986年度H・G・ウェルズ賞(Best Miniatures Rules部門)を受賞した傑作ミニチュアゲーム『Command Decision』を、TNEの世界観に合わせて(といっても懐かしの「第4518反重力化歩兵連隊(リジャイナ公直属部隊)」など、旧帝国時代の部隊編成も付録で収録して)改良したものです。『Command Decision』は小隊規模の地上戦ゲームでしたが、こちらは旧『Striker』と同じく1車両・1班規模に縮小されています。また、『Fire, Fusion, & Steel』で設計した車両を登場させることも可能でした。

 他に『World Tamer's Handbook』が発売されていますが、これには詳細な探査活動ルールや上級星系作成ルールに加えて、経済面も含めた入植ルール、大規模戦闘ルール、シナリオ2本、さらに「黒色火薬」銃器の設計ルールやデータを収録しています。

 ちなみに『Star Vikings』発売の後、TNEの公式グッズとしてTシャツ(大きさはLとXLのみ)が発売されたのですが、その図柄はTNE最大の秘密である「ブラック・カーテンの内側」をイメージしたもの、ということが後に明かされています。おそらく今後の展開を睨んでの伏線だったのでしょう。

 『Traveller Chronicle』誌も第5号からTNEへの対応が進みます。リーヴァーズ・ディープ宙域の解説記事も帝国暦1201年を舞台とするようになりました。


【1995年】
 この年から〈再建同盟〉だけでなく、ウイルスを瀬戸際で食い止めたデネブ領域の〈摂政領(The Regency)〉を扱う「Regency Manual」シリーズが始まり(※その存在自体はルールブックや『Survival Margin』に記されています)、『Regency Sourcebook』と『Regency Combat Vehicle Guide』が発売されます。前者はデネブ領域の全UWPデータや各知的種族の設定などが収められ、後者はその名の通り〈摂政領〉で使用される戦闘車両のデータ集です。
 〈摂政領〉は従来のファン向けに基本的にウイルスとは無縁の旅が可能なように設定されていますが、それでもゾダーン人難民の受け入れに伴う超能力解禁や、Xボート網を廃止してより情報伝達を効率化した「Xウェブ」の導入など、「大崩壊」から70年を経た変動は避けられませんでした。

 〈再建同盟〉側の資料集としては、知的種族ハイヴなどを解説した『Aliens of the Rim』、「Virus Redux Epic」と銘打たれた新キャンペーン・シナリオの第1部『The Guilded Lilly』、そしてTNE最大の謎と敵であるウイルス自体を解説する『Vampire Fleets』が発売されました。
 他に、『トラベラー』初の公式小説『Death of Wisdom』『To Dream of Chaos』が発売されています。これらはTNE設定の3部作構成の物語でしたが、この時は未完に終わっています。

 HIWG-NZによるファンジン『Meshan Saga』が創刊され、彼らの管轄だったメシャン宙域などについて設定を掘り下げています。1999年までに全10号が発行され、2007年には(主要会員のマーティン・レイト(Martin Rait)が経営する)FSpace PublicationsからCD-ROMに収録されて再販されています。

 しかし、『Challenge』誌が第77号をもって休刊となりました。季刊から始まり、隔月刊化を経て1991年には月刊化もされた雑誌でしたが、1993年には季刊に戻っていることからその衰退ぶりが伺えます(※しかし1995年から再月刊化する計画だったようです)。ただし第78号の予告は誌面に掲載されていたので、発行後に休刊の判断があったのでしょう。また、ローレン・ワイズマン本人が「1995年に失業した」と語っていることから、休刊に合わせて編集者たちは皆GDWを退社したと思われます。

 低迷を続けていたGDWの業績はこの年も回復せず、それどころか10月~12月期は突如35%も急落します。決断の時が、迫っていました。


【1996年】
「市場が失敗したのではない、我々が市場で失敗したのだ。我々は変化に適応しなかった」
(フランク・チャドウィック)

 2月29日、資金繰りに行き詰まったGDWがついに事業を停止します(※声明発表は1月5日でした)。予告されていた『Reformation Coalition Player's Handbook』『Regency Starship Guide』は当然ながら発売中止となりました。
 ミラーは「皆が燃え尽きていた」と当時を振り返っています。会社に郵便や電話で押し寄せる質問への対応が追いつかず、昼食時間を削って対応するよう指示が出されたほどでした。

「GDWでの最初の1年は週77時間働いていた。2年目は78時間働き、3年目は79時間働いた(それ以降は数え切れないぐらい悪化した)。結果として、私は離婚した」
(デイビッド・ニールセン)

 それでいて末期のGDWは売上不振が社員の解雇を呼び、それがまた売上不振を呼ぶという悪循環に陥っていました。最後の社員は、社長のチャドウィックの他に経理担当のもう1人だけでした。

 事業が行き詰った理由は、まず、1991年の『Desert Shield Fact Book』の大成功を受けて同年春に刊行した『Gulf War Fact Book』が、その年の後半には大量の返本に遭って逆に大損してしまったことです。GDWは流通取次への返本代金を支払えず、書店への販路も失われました。

 加えて、1993年に発売された『Magic: the Gathering』に始まるトレーディング・カードゲーム(TCG)の世界的大流行により(※余談ですが、マーク・ミラーは1994年に『Super Deck!』なるTCGを出しています)、縮小を続けていたRPG市場にとどめの一撃が加えられたことですが、アニメ原作で軽妙さが求められた『Cadillacs and Dinosaurs』に重くて現実的な「ハウス・ルール」を載せてしまったように、GDWの打ち出す施策自体がファンどころか市場にも受け入れられていませんでした。
 ただし、別の見解を持つ者もいます。

「『The New Era』に移行した本当の理由は“混沌”を導入することだった。宇宙全体が混沌としていれば敵と戦って勝利することができ、プレイヤーは盛り上がれる。しかしその実装が成功しなかったのは、第一にGDWの制作陣が混沌よりも秩序を好み、混沌を深めようとしている時でも混沌を減らそうとする物語を書いていたからだ」
(マーク・ミラー)

 そしてもう一つは、「RPGの父」ゲイリー・ガイギャックスを迎えて1992年に大々的に発売した『Dangerous Journeys』が、『Dangerous Dimensions』からの題名の変更(略称がDDとなるので)や、広告で「これは『AD&D』第2版ではない!」と再三連呼する労力をかけたにも関わらず、結局『D&D』のシステムの権利を持つTSRから訴えられて、1994年の和解で販売を停止するはめになったことでした。在庫分の金銭は得られたものの、将来の利益は永遠に失われました(ガイギャックスによると、ようやく軌道に乗ってきた矢先の和解だったようです)。

 しかしGDWは最後に「ゲームの版権をデザイナーに譲渡する」という英断を見せます。これにより、『トラベラー』全シリーズの版権はマーク・ミラーに帰属することになりました。また、声明では『2300AD』『Twilight: 2000』『Dark Conspiracy』の版権は当初チャドウィックに帰属していましたが(後ろ2つはチャドウィック作なので当然です)、販売か何らかの事情でこれらもミラーが持つことになりました。
(※『Dark Conspiracy』の版権は直後にDark Conspiracy Enterprises社に売却され、ミラーはGDW版の販売権のみを持つ形になっています)
 その後、『Space: 1889』などの版権を得たフランク・チャドウィックはミニチュアゲーム作家として活動を続けながら、版権管理会社Heliographを設立します。2009年には『Volley & Bayonet: Road to Glory』でオリジン賞の候補作にも選ばれています。

 さて、GDWの解散を受けてミラーの取った動きは素早いものでした。2月には早くも『トラベラー』シリーズの新作制作に着手し、4月には『トラベラー』などの著作権管理会社「Far Future Enterprises(FFE)」を自宅のあるイリノイ州ブルーミントンに設立しています。そして8月頭には新作ゲーム『Marc Miller's Traveller』(通称「T4」)の完成に驚異的な早さでこぎつけているのです。
(※加えてミラーは、この年1月から地元の反人種差別運動の広報担当に就き、2月からは児童音楽学校Pratt Music Foundationの主宰を務め、3月には妻が経営するHeartland Publishing Servicesの副社長にもなっています)

 ここでケネス・ホイットマン(Kenneth E. Whitman Jr.)について語らねばなりません。彼は1989年に最初の会社を興してRPG業界に参入し、2つ目の会社が1994年に買収された後はゲーム大会Gen Conの役員としてTSRに雇われ、RPG業界内に多くの知己を得ることになりました――その中にはマーク・ミラーも含まれます。
 やがてTSRを退社したホイットマンはミラーと合流し、1996年2月にImperium Gamesを共同設立します。ただしホイットマンは特段『トラベラー』をやりたかった訳ではなく、「自分が経営する」RPGの出版社で「何か」をやりたかったものの、様々な所に持ち掛けた交渉が上手く行かなかっただけであったことが関係者の証言で明らかになっています。

 そしてミラーは、船出したばかりのImperium Gamesの出資者として映画会社Sweetpea Entertainmentとの提携にこぎつけます。経営者にして映画監督(※ただし監督デビュー作はこの4年後です)のコートニー・ソロモン(Courtney Soloman)は当時『D&D』の映画化権を持っていましたが、加えてテレビドラマやMMORPGの題材になりそうなSF作品を欲していました。両者の思惑が合致し、『トラベラー』の映像化権とImperium Gamesの株式と引き換えに、Imperium Gamesに資金が投じられました。

 共同経営者ながら、ミラーがゲーム開発に専念したために社長となったホイットマンは、持てる人脈を駆使して執筆者を集めました(正規雇用ではなく個人契約ですが)。元GDW社員として『Traveller: 2300』『2300AD』の開発や『Challenge』誌の編集に参加し、1989年にTSRへ移籍すると「Ravenloft」や「Dark Sun」の設定制作に関与した経歴を持つティモシー・ブラウン(Timothy B. Brown)。同じく元GDW社員で、TSR移籍後に開発したトレーディング・ダイスゲーム『Dragon Dice』でオリジン賞を受賞したレスター・スミス(Lester W. Smith)。後に『Dragonlance Campaign Setting』を執筆するドン・ペリン(Don Perrin)など、自ら「ドリーム・チーム」と称するほどの陣容でした。
 特に表紙絵には小説『ファウンデーション』や『レンズマン』などの表紙や、映画『エイリアン』で宇宙船デザインを手掛けた巨匠クリス・フォス(Chris Foss)を、挿絵には『D&D』や『Magic: The Gathering』で名を成して2000年にオリジン賞殿堂入りするラリー・エルモア(Larry Elmore)を起用するなど、気合の入ったものでした。ただしエルモアは基本ルールブックのみの参加に留まり、クリス・フォスは従来の宇宙船デザインとは掛け離れた独自の絵のタッチだったので、残念ながらシリーズの好評価には繋がりませんでした。

 『Marc Miller's Traveller』制作の驚異的な早さの裏には、ブラウンは異星人について、ペリンは宇宙船、ホイットマンは超能力、と、「ドリーム・チーム」が完全分業制で自分の仕事「のみ」を完遂したことが挙げられます。彼らは2月に一度集合して会議を行うと、それ以降はインターネットと電話ですり合わせを行う程度で、次に顔を合わせたのは最終作業に入ってからでした。全ては8月14日から始まるゲーム業界の一大商戦である「Gen Con 19」に間に合わせるためです(※広告では8月1日発売になっていましたが、印刷所から納品されたのは8月2日でした)。確かに短期間での制作にはこの体制は合理的でしたが、試遊や推敲をする時間は全くありませんでした。そして編集を担当したホイットマンは、ローレン・ワイズマンのような優秀な編集者ではなかったのです。
 かくしてT4は、またしても大量の誤植を誘発してしまいました。単語の打ち間違いや文法ミスに始まり、時間短縮のために過去の『トラベラー』から転写された文章が不整合を起こしていたり、挙句の果てにはISBNコードや価格表記すら取り違えていました。

 T4はゲームシステムにも大きな変更が加えられました。『メガトラベラー』までは、技能レベルと能力値(修正値)にサイコロの出目を加えて目標値を上回るかどうかで判定する「上方ロール」でしたが、T4では能力値+技能レベル+修正値以下を難易度で定められた数のサイコロの合計値が下回るかどうかで判定する「下方ロール」となりました(※TNEで採用されたハウス・ルールも下方ロールです)。しかし失笑を買ったのは下方ロールへの移行自体ではなく、難易度によって振るサイコロの数に小数点以下が存在する、つまり6面体サイコロと「3面体サイコロ」を併用するという不格好な発想でした。
 ちなみに、初代『トラベラー』を指して「Classic Traveller」と表記したのは、このT4ルールブックが最初だと思われます。

 予告では翌月からすぐさまサプリメント展開が始まるはずでしたが、第1弾の『Starships』が出るまでに間隔が空いてしまいます。この時期、事務所をウィスコンシン州レイク・ジェニーバ(※ちなみにここはTSR創業の地であり、Gen Con発祥の地です)からカリフォルニア州ビバリーヒルズに移転させていた影響もありますが、一番の問題は売上金をImperium GamesとSweetpea Entertainmentのどちらが使っていいのかが不明確だったことにつきます。これにより完成した原稿を印刷に回すことができなかったのです。発売計画の遅れは財務面での不安を呼び、Sweetpea側が原稿料の3割削減を命じてくるなど混迷は深まりました。その頃、社長のホイットマンはインターネット(のメーリングリスト)上で、発売の遅れに苦情を申し立てた顧客への「まあ落ち着けよ!(GET A GRIP!)」発言で批判の矢面に立たされていたのですが、加えて会社の会計に使途不明金を発生させたことで早くも辞任に追い込まれます。
 Sweetpea側はImperium関係者が持っていた株式を買い取る形で再建に乗り出し、後任の社長にティモシー・ブラウンを据えました(同時にImperium Games唯一の正規社員となりました)。

 かくして11月になってようやく発売された艦船設計ルール集の『Starships』でしたが、内容の6割がデッキプランなのはともかく、美麗だが内容とは特に関係のないクリス・フォスによるカラー挿絵が1割強も占めていました。
 それは置いておくとしても、Imperium Games作品全てに言えることでしたが、GDW時代と比べてT4の本はページ数が減った上に価格はむしろ高くなっており、商品の魅力を更に損なっていました。

 その後は遅れを取り戻すべく、異星人(ただし母星の位置をあえて特定しない「汎用の」)設定集『Aliens Archive』、追加装備集『Central Supply Catalog』と立て続けに出版されました。しかし、編集力の無さが年末発売の『First Survey』『Milieu 0』(およびハードカバー合本版『Milieu 0 Campaign』)でまたも露呈します。T4が扱う新設定である「帝国暦0年代(Milieu 0)」の解説、という重要な役割を担うこの本で、収録した9宙域約4000星系分のUWPデータを全て誤る(※政治形態コードと治安レベルの数値が皆同じ)というとんでもない失敗をしてしまったのです(偶然合ったものもあるかもしれませんが、確認する術はありません)。後の有志による正誤表作成でもこの本だけは匙を投げられ、「存在自体が誤植」との不名誉な烙印を押されてしまいました。
 一方で好評だった作品もあります。前述の『Central Supply Catalog』と、復刊された『Journal of the Travellers’Aid Society』です。特に新JTAS誌は旧JTASとの継続性を示すべく「第25号」と銘打たれていました。

 一方『Traveller Chronicle』誌の第10号からは、元HIWG会員のハロルド・ヘイル(Harold D. Hale)による新企画「Children of Earth」が開始されています。これは「新時代」のソロマニ・リム宙域を解説し、GDWが全く触れなかった空白地帯を埋めるものです。これは事前にデイビッド・ニールセンの査読を受けてから発行されているので、扱いとしてはほぼ公式と言っていいでしょう(※ただし、フランク・チャドウィックは「Virus Redux Epic」の結末をテラ方面で迎えさせる構想を持っていたそうなので、実際に続いていた場合は「設定の衝突」が起きたはずです。またニールセンも、〈再建同盟〉とテラ共和国が復興と拡大を続けた場合、両者の対立でTNEの主軸(ブラック・カーテンとの戦い)がぶれることを懸念していました)。
 大崩壊後に成立した「ガブリール教(Gabreelism)」を拠り所にソロマニ党との激しい内戦を経て復興を果たした「テラ共和国(Terran Republic)」や、暗黒時代以来の復活となった「ディンジール連盟(Dingir League)」、知的種族ヴェガンの設定や、変わり果てたソロマニ・リム宙域全星系のUWPデータ、シナリオなどが掲載されていきました。

 またこの頃、Traveller Mailing List(TML)上で作られていた「摂政領文化教育学会文書(RICE Paper)」と呼ばれるTNE設定などをまとめた『B.A.R.D.(Bureau of Aggregate Reference Data)』がウェブサイト上に公開され始めています。

「新しい『トラベラー』の持続的な発展のために、ブリテン島(British Isles)と合衆国(United States)が共に手を取り合って働けることを嬉しく思う」
(マーク・ミラーが贈った序文)

 1993年にDGPやSGSが撤退して以来、久々のサードパーティとしてBritish Isles Traveller Support(BITS)がこの年から参入します。BITSは1995年に結成され、イギリス国内で『トラベラー』のゲーム大会を開催するなどで普及に努めている団体です(後に法人化されますが、これは米国内で製品を販売する際に必要だった措置で、形式上は今もアマチュア団体です)。
 BITSが最初に出版事業に乗り出したのはキャンペーン・シナリオ『Long Way Home』で、これは9月に行われたEuropean Gen Con 1996に合わせ、T4普及のために制作されたものです。制作にはHIWGでグシュメグ宙域の設定を起こしていたデイビッド・ワイズ(David Wise)や、『Signal-GK』誌のジェイ・キャンベル(Jae Campbell)、レイトン・パイパー(Leighton Piper)らの協力を得ており、会場で実際に販売された140部は非常に好評をもって受け入れられました。
 そしてこの『Long Way Home』の刊行には、新設された団体「CORE」を宣伝する目的も持っていました。COREはHIWGに並ぶアマチュア執筆者集団を目指して、BITSの会員に加えて外部から様々な国籍の執筆者が集いました。そんなCOREは10月には、代表作となる「101シリーズ」の第1弾として『101 Cargos』『101 Plots』を発表します。
 この「101シリーズ」は、様々な遭遇・異星生物・貨物・団体などを101個ずつ収録したものです。これらはT4対応で出されましたが、全『トラベラー』シリーズで利用可能な汎用性の高さが魅力です。COREは早くも翌1997年には訳あってロゴだけ残して解散状態となるのですが、それでも残った会員らが1998年にかけて集中的に7作品を出し続け、2001年以降に発売された3作品は初めから「トラベラー汎用」資料集として出されています。

 もう一つ、この年は重要な出来事があります。1995年末から新生Digest Group Publicationsのロジャー・サンガーは動きを活発化させていました。各方面にDGPの復活を宣言する文書を流し、DGPの過去作品をまとめたCD-ROMの販売を約束します。それどころか、あの『A.I.』だけでなく新作SF-RPG『Infinite Earths』『Interstellar』『MetaSpace』の発売計画も発表しました。全ては、10月のマーク・ミラーとの直接会談の結果次第でした。
 しかし交渉は決裂します。新生DGPがT4のサプリメント本を「版権料なしで」出す用意があることを告げ、旧DGP書籍の版権を数十万ドルという法外な価格での購入を求めたため、当然ながらミラーに拒絶されたのです。
 かくしてサンガーは、貴重なDGPの版権を抱えたままRPG業界から姿を消しました。最後にサンガーは11月になって、DGPが起こした設定について今後の利用を妨げない声明を発表しましたが、あくまで口約束にすぎないため、膨大で極めて質の高いDGP設定は「無視もできないが触れもできない」デリケートなものとなってしまっています。ましてや、電子復刻の可能性はほぼ皆無です。
 ロジャー・サンガーがこの後どうなったのか、今どこで何をしているのか、誰も知りません。


【1997年】
 ところで、1997年に入ってから発売されたT4製品には「Edition 4.1」という表記が入っています。これはImperium Gamesが早くも誤植修正と微調整を施した「第4.1版」ルールへの移行を進めていた証であり、BITSの書籍には「第4.1版」の判定システムが記載されていましたが、結局11月に計画されていた「第4.1版」の発売は幻に終わりました。会社の状況が、それを許さなかったのです。

 Imperium Gamesからはこの年だけでも、資料集『Emperor's Arsenal』『Emperor's Vehicles』『Psionic Institutes』、設計ルール『Fire, Fusion, & Steel』、デッキプラン集『Naval Architect's Manual』、シナリオ本『Anomalies』『Missions of State』『Long Way Home』『Gateway!』『Annililik Run』、小帝国運営ゲーム『Pocket Empires』『Imperial Squadrons』と、驚異的な速度での刊行が続きます。この間、Imperium Gamesは個人の執筆者と次々と契約を交わし(その中には後の『トラベラー』を牽引するマーティン・ドハティ(Martin J. Dougherty)も含まれます)、中には外部団体のBITSから原稿そのものを入手してまで刊行を急ぎました。
 これにはSweetpeaから出資を受ける際に交わした契約が関係しており、Imperium Gamesは毎月1冊以上の新刊発行を義務付けられていたのです。製品の質は二の次でも、彼らは本を出し続けるしかありませんでした。原稿の執筆体制自体には決して無理はなかったのですが、売り上げは上向くことはなく、続々と出るはずだった新JTAS誌も刊行が早くも第26号で停止していました。

「Imperiumの関係者は良い人ばかりだったが、全体的に私の印象はひどいものだ。彼らの製品の多くは『トラベラー』を知る者が書いておらず、『トラベラー』の基本設定すら守られていなかった(例えば、通信をした4~5日後に宇宙船がやって来るなど)。編集に関しても誰かがスペルチェッカーで何も考えずに置換していたらしく、スペルチェッカーが知らない単語は文意が通らなくなるように改悪されていた。どうやら最終校正をする者はいなかったようだ」
(マーティン・ドハティ)

 しかし彼らの努力に原稿料で報いることができないほどに、この年に入ってからのImperium Gamesに余力は残されていませんでした。会社の資金は明らかに欠乏していたのですが、訳あってSweetpea側からの支援は先延ばしにされていました。というのも、当時のSweetpea Entertainmentは大逆転の博打のために資金が必要だったのです。
 それは、あのTSR社の買収でした。『トラベラー』に加えて『D&D』をも手に入れ、その強力な知名度を活かして映像化やコンピュータゲーム化など知的財産ビジネスに打って出ようとしました。

 しかし1997年4月10日、あの『Magic: the Gathering』のWizards of the Coast社がTSRの買収を発表します。Sweetpeaは入札に敗れていたのです。すぐさま『World of Darkness』シリーズで名高いWhite Wolf Publishing社の買収も目指しましたが、これも失敗に終わりました。
 これら買収の失敗で余計に資金は失われ、もはや打つ手はなくなりました。7月にアジア通貨危機が会社を直撃し、8月のGen Conの頃にはImperium Gamesは死の淵に瀕しており、その後は細々と在庫処分が続けられました……。

 1998年3月31日、マーク・ミラーはTMLにて公式にImperium Gamesの閉鎖と、Sweetpea Entertainmentに与えた『トラベラー』ライセンスの失効を宣言します。T4に関する版権は全てFFEに戻され、こうして短かったT4の時代は終わりました。最後の製品は、3月にByron Preiss社から出されたばかりの小説『Gateway to the Stars』でした(これも物語としては未完に終わっています)。
 予告されていて発売されなかった「Nobles」「Aliens, Volume 1」「The Vilani Hypothesis」以外にも、1997年夏の段階で企画されていたT4製品は多数に上りました(とはいえ企画した本人が原稿料の遅れに悩まされていたので、実現したかどうかは怪しいですが)。マッシリア宙域を舞台にしたシナリオ、再接触や大裂溝探査をテーマにした資料集、ジュリアン戦争や融和作戦の解説本、太古種族や遺跡に関する設定集……、さらに新展開として「帝国暦200年代(Milieu 200)」、つまりアスラン国境戦争時代のダーク・ネビュラ宙域やソロマニ・リム宙域の設定集、年代に関係のないものとしては主要種族や人類の設定集、追加経歴部門、都市や宇宙港の解説本、等々……。
 特に「The Vilani Hypothesis」は、0年代と200年代と400年代を繋ぐ3部作キャンペーン・シナリオの序章として設計され、まずこの話で学者の調査に協力して「ヴィラニ仮説」の証拠を集め、第2部「The Solomani Hypothesis(ソロマニ仮説)」で学者の子孫がヴィラニ仮説の隠蔽された真実に迫り、第3部でソロマニ仮説を証明すべくテラに探検に赴く……という展開でした。

 そもそもT4は「30万年前から宇宙の熱的死まで」を扱うという壮大な構想を掲げて旗揚げされました。帝国暦0年代を前提としていた本体ルールでも、帝国暦1105年を舞台にするあの懐かしのシナリオ「Exit Visa(出国ビザ)」を収録していたほどです。しかし掲げた理想の天文学的な大きさに対して、制作の現実があまりにお粗末だったことが製品の寿命を縮めてしまいました。彼らは、過去にGDWが犯した失敗から何も学んでいませんでした。

 他社の方でも『Traveller Chronicle』が第13号で休刊しています。この第13号からハロルド・ヘイルに編集長が交代し、第15号までにTNE誌から総合『トラベラー』誌への転換が宣言されていた矢先の出来事でした。翌1998年には出版元のSword of the Knight Publicationsが閉鎖されます。

 そして最後にHIWGについても記しておきます。元々HIWGは〈帝国〉の歴史と地誌を編纂するための団体でしたが、1991年の『ハードタイムズ』、そして1993年登場のTNEによって〈帝国〉自体が滅亡してしまい、存在意義を無くしてしまいました。
 会としては存続したものの目的を失った影響は大きく、次第に求心力が失われていきます。HIWG-UKとHIWG Australiaは1995年の時点で休眠状態となっていました。会員はそれぞれの道を歩みます。TNEに協力した者(会員の起こした設定の一部は公式に採用されています)、個人の活動に切り替えた者(「Children of Earth」や『Signal-GK』など)、単純に離れていった者……。
 現時点で残されているHIWGの活動記録は1999年9月末が最後です。末期のHIWGは恒星間戦争時代の設定を細々と起こしていました。

 こうして『トラベラー』20年の歴史は幕を閉じました。皮肉なことにこの年、オリジンズにて『トラベラー』がオリジン賞殿堂入りを果たし、『Adventure Gaming』誌の創刊20周年企画でも殿堂入りしています。まるで一つの時代に終止符を打つかのように……。
 しかしそれは新たな20年の幕開けでもあります。そう、『トラベラー』は終わってなどいなかったのです。

「これは我々とファンが長く、長く待ち望んでいたことだ。我々はついにそれを実現できてとても嬉しく思う。とりわけ、『トラベラー』を偉大にした人々と共に働けることに」
(スティーブ・ジャクソン)





 その後のSweetpea Entertainmentですが、コートニー・ソロモンは念願叶って2000年に『Dungeons & Dragons(邦題:ダンジョン&ドラゴン)』で映画監督デビューを果たしたものの、評価は散々でした。それでも諦めずにプロデューサーとして2005年には低予算映画ながら第2作、2012年には第3作を公開し、翌2013年には劇場から法廷に舞台を移してWizards of the CoastやHasbroとの戦いを始めました。2015年に訴訟が解決した後は、製作中の『D&D』最新作映画のプロデューサーとして参加しているようです。

トラベラー40年史(2) 反乱と苦難の時代(1987年~1993年)

2017-08-08 | Traveller
【1987年】
「ある意味では、この10年でやったことは全て試遊に過ぎなかった」
(エド・エドワーズ)

 10年前のあの夏の日と同じように、7月2日からメリーランド州ボルチモアで行われた「オリジンズ'87」の会場で、『MegaTraveller Box Set』は公開されました(※この会場では、ウィリアム・キースによるSeeker社製の『トラベラー』10周年記念ポスターも出展されています)。箱の中にはやはり同じように『Players' Manual』『Referee's Manual』『Imperial Encyclopedia』の3冊のルールブックと、10年の時を経て微妙に変化した「スピンワード・マーチ宙域図」が収められていました。


 Digest Group Publications(DGP)のフューゲートとトーマスが『MegaTraveller』の制作で採った手法は、過去の全『トラベラー』ルール・データの「総集編」でした。ゲームルールの核には自分たちが練り上げた共通判定書式(UTP)を採用し、過去に発表された上級キャラクター作成ルール、スクエア制戦闘ルール(『Snapshot』や『アザンティ・ハイ・ライトニング』)、改定貿易ルール、ライブラリ・データなどを全て盛り込み、『トラベラー』10年間の集大成として仕上げました。確かに『Mega』を冠するに値する分量であり、それでいてルールは緻密で、これはファンや市場が求めていた物と製作期間の最大公約数を取れば妥当と言える判断でしたが、裏を返せばルールや表の肥大化を招き、詰めの甘さが散見される仕上がりとなってしまいました。
 そして最大の問題点が「誤植の多さ」でした。これはDGPとGDWが当時使用していたワードプロセッサ・ソフトウェアの間にデータの互換性がなく、DGP側が仕上げた原稿をGDW側が印刷のために「手作業で」入力し直していたことに起因しています。これにより、GDWは8頁もの正誤表小冊子の発行(ただし1990年9月になって)や、『Challenge』誌でのサポートに追われることになりました。誤植が取れ切るのは1992年発売の第3刷までかかっています。

「この10年間でレフリーもプレイヤーも、宇宙のどこに何があり、どのような危険があるか知ってしまったはずだ。スリルのあるゲームを楽しむためには、何か劇的な変化が必要だったんだ。それが『メガトラベラー』なのさ」
(マーク・ミラー)

 さらに、前述したストレフォン皇帝一家暗殺事件によって宇宙設定にも大幅な変動が加えられました。突然の暗殺で1100年の歴史を誇る〈帝国〉は分裂し、諸勢力が相争う時代となったのです。兄の不可解な死体の上に皇位を継承したルカン、暗殺を決行しながら〈帝国〉を掌握できなかったイレリシュ大公デュリナー、両者の皇位継承を認めない貴族が担ぎ出した先々帝の血を引くマーガレット、自領防衛のためにルカンの命令を拒み独立を選んだワリニア公クレイグと〈新ヴィラニ帝国〉、中央から切り離されて自活を迫られたデネブ大公(を領内安定のために詐称した)ノリス、大裂溝の淵で決起した「本物の」ストレフォン、〈帝国〉を見限ったアンタレス連盟、に加えて、空前の大混乱に乗じて侵攻を続けるヴァルグル海賊やアスランやソロマニ連合……と、〈帝国〉全土が戦場と化しました。『Challenge』誌のトラベラー・ニュースサービスは毎号「反乱(Rebellion)」の推移を報じ、同時にショートシナリオや新設定の公開などにより、第五次辺境戦争以上の戦乱の宇宙がレフリーとプレイヤーに提供されました。

 最終的に『MegaTraveller』は総出荷数26642セット(※加えて、後に単品売り版が各9000部前後出荷されています)を数えるヒット作にはなりましたが、かつてと比べれば、業界自体の勢いの陰りを示すようでもありました。

 マイケル・ミケシュ(Michael R. Mikesh)と、1984年~1985年にかけて全11号が発行されたファンジン『Working Passage』の編集者であったエド・エドワーズ(Ed Edwards)によって「History of the Imperium Working Group(HIWG)」が結成されました。HIWGはDGPと連携し、〈帝国〉に限らず既知宇宙全ての歴史や設定を起こしていくための団体で、最盛期には全世界で200名を越えた会員の中にはクレイ・ブッシュ(Clay Bush)、ドン・マッキニー(Don McKinny)、ジオ・ジリナス(Geo Gelinas)といった重要人物が含まれています。後に下部組織としてHIWG-UK(イギリス)、HIWG Australia、HIWG-NZ(ニュージーランド)も作られました。
 またパソコン通信のGEnieやTML、会報『Tiffany Star』『AAB Proceedings』『Starburst』『Starport』『Kfan Uzangou』などで会員同士の交流や情報交換、設定公開が積極的に行われました。

 このように『メガトラベラー』は、アマチュア(実質セミプロ)団体HIWGが起こした設定をサードパーティDGPが拾い上げ、システムやシナリオに組み込んだ物を原作者マーク・ミラーの下で製造元GDWが販売する(逆にミラーからHIWGに要望を出すこともありました)、というRPG業界でも稀有な体制で制作が続けられました。この三者協調は初めは非常に上手くいっていましたが、しかし作品世界を動かす権限を終始GDWが握っていたことが、彼らの関係を徐々に歪にしていったのです。

 ファンジンでは『Jumpspace』(全6号)、『Security Leak』(全5号)、およびジオ・ジリナスによる『Traveller Times』が創刊されています。特に『Traveller Times』は、途中『Terra Traveller Times』と名を変えて1991年まで存続しました。紙としては全43号が刊行され、以後電子化がなされましたが現在では全て消失しています。

 なお余談ですが、この頃ジョー・フューゲートは公式設定にある単語や文法を用いて、まるでヴァルグルのように喋ることができるようになりました。ただし喉に非常に負担がかかり、日頃の練習が欠かせないようです。


【1988年】
 GDWから『Rebellion Sourcebook(反乱軍ソースブック)』と『Referee's Companion』が発売されました。前者は反乱の経緯や各反乱勢力の解説、後者はボックスセットに収まり切らなかった各種設定情報(エイリアン・モジュール総集編など)やルールが詳述されています。

 DGPからは車両データ集『101 Vehicles』、入手困難だった「グランドツアー」第1話~第4話をまとめた単行本『The Early Adventures』、レフリー・スクリーンに加えて(ザルシャガル宙域を舞台にした唯一の)シナリオ小冊子が付属した『Referee's Gaming Kit』、宇宙船運用ルール・設定集『Starship Operator's Manual Vol.1』が発売されました。

 『Challenge』誌が季刊から隔月刊に移行しました。また、第34号から誌面内の『Traveller』表記が『MegaTraveller』に切り替わり、第35号からはGDW製に限らないSF-RPG総合誌として再編されました。これはかなり異例なことではありますが、意図としては他社ゲームのファンをGDW作品に引き込むことが推察されます。自社製RPGを優先的に扱う方針に変化こそなかったものの、相対的に『メガトラベラー』の地位が低下したともいえます。

 日本では『タクテクス』第58号から「グランドツアー」の翻訳連載が開始されています。年末には『トラベラー・アドベンチャー』も発売されました。


【1989年】
 GDWから『COACC』が発売されました。惑星の大気圏と低軌道を守る「空軍」に焦点を当てた初の資料集で、解説と様々なデータが収録されています。
 製品番号から推測すると、この『COACC』の次には『Flashback: Historical Adventuring in the Imperium's Past』というシナリオ集が計画されていました。PCは冷凍睡眠による時間旅行者となって、恒星間戦争、暗黒時代の始まり、帝国建国、内乱の始まりと終わり、超能力弾圧、ソロマニ・リム戦争といった歴史的事件に立ち会い、最終的に帝国暦1300年の未来から「過去」を俯瞰する、という構成だったようです。この企画は1992年に再浮上したようですが、結局この時も立ち消えとなりました。

 DGPからは『World Builder's Handbook』が出されました。これは『トラベラー』時代の資料集『Grand Survey』『Grand Census』(1986年~1987年)を合本して調整を施したもので、半分は偵察局による惑星探査活動の解説や追加装備、残りの半分はかつての『偵察局』や『メガトラベラー』搭載の上級星系作成システムよりも詳細な、星系の文化や宗教観にまで踏み込んだ作成のできる改定ルールが収められています。

 『Challenge』第39号に「Special Supplement: The Hinterworlds」が掲載されました。ヒンターワールズは中立星系や小国家群が多くを占める宙域で、〈帝国〉の反乱から離れたい人々(と新規入門者)に向けて掲載されたようです。宙域の歴史や小国家の解説、かつての『Supplement 3: The Spinward Marches』と同等の宙域内全UWPや星域情報が収められています。
 そしてこの号から後、チャールズ・ギャノン(Charles E. Gannon)によるヒンターワールズ宙域を舞台にしたショートシナリオが少しの間掲載されるようになります。

 Paragon Softwareが『トラベラー』初のコンピュータゲーム『MegaTraveller 1: The Zhodani Conspiracy』を開発しました(販売はMicroproseから)。『メガトラベラー』のルール自体を(簡略化しながらも)そのまま取り込んだことに称賛の声が挙がったものの、一方で戦闘システムの作りがまずく、『Computer Gaming World』誌では「歴代4位の酷いゲーム」と(1996年発売の第148号にて)評されてしまいました。
 ちなみにこれは、『メガトラベラー』を冠しながらも反乱以前の時代を描いた唯一の作品です。

 パソコン通信GEnieに、ジョー・フューゲートが『Atlas of the Imperium』を基にした膨大な量のUWPデータを公開しました(DGPからフロッピーディスクで販売する予定でしたが、実現しませんでした)。1994年にGEnieのFTPサーバーであるSunbaneに転載されて広まったことから今では「Sunbane」と呼ばれるこの標準世界書式(UWP)集は、欠けた部分を補う手法の違いで幾つかの派生版を産みましたが、現在にまで至る既知宇宙設定の根幹を成す最重要資料となりました。ただしデルファイ宙域のUWPに「10043」が多発したり、マッシリア宙域にTL16世界が乱立したりしたのは、当時から問題視されていました。

 日本では『タクテクス』誌の「グランドツアー」連載が第6話をもって事実上打ち切られ(ただし第6話として掲載されたものは本当は第7話です)、佐脇洋平による『メガトラベラー』紹介連載に切り替えられました。また、ホビージャパン版『トラベラー』としては最後のサプリメント『トラベラー・ロボットマニュアル』が発売されています。日本でもいよいよ『メガトラベラー』時代の到来となるのですが、諸事情により発売までは随分と待たされることになります(その間は細々とTNSの翻訳記事が掲載されました)。

 一方で、Diseños Orbitales社からスペイン語版『トラベラー』が発売されました(※1987年の段階でミラーが言及しているのでかなり遅れたようです)。内容は1977年版の翻訳らしいのですが、表紙も含めて再編集が行われ、チャート小冊子やスペイン語版のスピンワード・マーチ宙域図、珍しいものとしてはペーパーフィギュアが付属していました。
 その後は『Suplemento 1: 1001 Personajes』『Aventura 1: Kinunir』『Libro 4: Mercenario』が発売されたものの、そこで展開は途絶えました。


【1990年】
 GDWから艦船データ集『Fighting Ships of the Shattered Imperium』、キャンペーン・シナリオ『Knightfall(ナイトフォール)』が発売されました。後者は反乱激戦区のマッシリア宙域で行方不明となった貴族の謎を追う話なのですが、日本語訳された際に随所に訳者から指摘が入るという穴だらけの展開と、まさに労多くして功少なしな締め方は、各地で数々の悲喜劇を生んだようです。実はこの作品は「太古種族の秘密」に代わる新シリーズの序章に過ぎなかったのですが、続きや結末が明らかになることは結局ありませんでした。
 ちなみに『Knightfall』以降のGDW製品は、全て発行部数が5000部に減らされています。『トラベラー』時代は1万部を切ることがなかったことを考えると、寂しい数字ではあります。

 DGPからはまず、ヴランド宙域を舞台にしたキャンペーン・シナリオ集『The Flaming Eye』が登場しています。前述の『Knightfall』もそうですが、DGPが提唱した「ナゲット・システム」によるシナリオ進行が特徴です。
 そして『メガトラベラー』版エイリアン・モジュールである「MegaTraveller Alien」シリーズの刊行が『Vilani & Vargr: The Coreward Races』から始まりました。その質は極めて高く、特にヴィラニ人に関する設定資料は現時点ではこの本だけという貴重なものです。そして翌年には第2弾の『Solomani & Aslan: The Rimward Races』も発売されています。

 雑誌『Travellers' Digest』の方では、第21号をもって「グランドツアー」が(作品内で)12年間に及んだ長旅を終えて遂に完結し、翌年発売分からは『MegaTraveller Journal』に改題して主にデネブ領域の設定掘り下げに特化しました。
(※なお日本では『タクテクス』第74号において、「グランドツアーの面々も、ダイジェスト誌11号以後は崩壊した帝国での冒険を続けています」との情報が流されましたが、最終話は帝国暦1112年なので当然崩壊はしていません。問題の第11号から対応システムが『メガトラベラー』に移行したことによる勘違いと思われます)

 この年からAdjutantという(自費出版同然の)ところから『Striker』用の車両・航空機データ集が、翌年まで全10冊が刊行されました。
 また、RAFM社からは28mmサイズの宇宙船メタルフィギュアの製造・販売が始まっています。最終的に30種類ほど制作されたようです。

 『Challenge』第43号から編集長が交代し、長年編集長を務めたローレン・ワイズマンは副編集長に退きました。
 また、『Far & Away』誌が創刊されています。キース兄弟が記事や表紙に参加し、雑誌広告も打つなど華々しくデビューしましたが、発行はわずか第2号で潰えたようです。ファンジン『Coreward』も創刊されました(これも全2号でしたが)。


 年末、日本語版『メガトラベラー スターターセット』がホビージャパンから発売され、それを受けて『RPGマガジン』第9号にて特集記事が組まれました。(日本語版全てで)翻訳は佐脇洋平が、表紙絵は漫画家・山田章博が手掛けています。しかし原文由来の多くの誤植に加えて日本語版固有の誤植も抱えてしまい、その訂正は有志がパソコン通信上で行った上で、1993年発売『RPGマガジン』第39号~第41号掲載の「メガトラベラー正誤表」まで待つことになります(そしてその後、正誤表を小冊子として添付した単品売り版が販売されました)。

 また、富士見書房から小説『トラベラー(1) 戦乱のアウトリーチ宙域』が発売されましたが、これは前述の「Not in Our Stars」を佐脇洋平が和訳したものです。翌年には『逃亡の惑星(Become the Hunted)』も刊行されましたが、展開はそこで途絶えました。
(※解説文を寄せた安田均が「(著者は)いまは“メガトラベラー”小説に取り組んでいる」と記しているのは、「別の出版社(※New Infinities Productionsのこと)」から出された「同じシリーズ」の数を「二冊」としていることから、1988年に既に発売されている『Tales of Concordat, Book 3: Revolt and Rebirth』を指してしまっていると思われます)

 余談ですが、Steve Jackson Gamesのスティーブ・ジャクソンは自社紙『Roleplayer』第19号において、1981年発売の第2版が絶版になって以降幻となっていた『Triplanetary』の復活を宣言します。「オリジンズ'89」の会場でマーク・ミラーと交渉して後に権利を得たこと、1991年に発売の見込みであること、単なる復刻ではなく自社のGURPS Spaceとの連携も企図した改定がなされることが明かされました。
 ……が、後に追信として、当時のSJGはかの「合衆国シークレットサービス強制捜査事件」の渦中にあったこと、また試作はなされたものの社外での試遊は行われなかったことが記され、結局『Triplanetary』が復活することはありませんでした。


【1991年】
 この年はGDWにとって、様々な意味で転機となる年となりました。まず8月発売予定で制作が進んでいたシナリオ集『Rebels’ Tales』が4月に中止され、製品番号に2つ目の欠番が生じました。これは元々「Rebellion Sourcebook 2」として企画され、帝国暦1125年までの反乱の推移とその時代のショートシナリオ数本を収める予定でした。しかしマーク・ミラーは、そもそもこの本の必要性には懐疑的だったと伝えられています。

 そしてそのマーク・ミラーが、この年GDWを退社しています。彼は当時副業で保険代理店を営んでおり、そちらに専念してGDWから給与を受け取ることをやめたのです。依然としてミラーはGDWの大株主であったので会社に対する影響力は保持していたものの、彼の退社に前後して『メガトラベラー』に、そして目をかけていたDGPに重大な影響がありました。

 実のところ、GDWは売上不振から1990年の段階で事業閉鎖を考えていました。ウォーゲームは全盛期の2割に落ち込み、『Twilight: 2000』はまだまだ現役なものの、不振だった『2300AD』や『Space: 1889』は前年で新製品の投入をやめてしまいました。
 SF-RPG界隈も大きく変わっていました。特に1988年発売の『Cyberpunk』(R. Talsorian Games)が火付け役となった「サイバーパンク」の隆盛はスペースオペラを過去のものとし、一方でそのスペースオペラもWest End Gamesの『Star Wars』(1987年)に大きく侵食されていました。

 しかし、1990年8月に起きたイラクによるクウェート侵攻がGDWの転機となります。1991年1月初頭にフランク・チャドウィックが書き下ろした『The Desert Shield Fact Book』が、同月17日のアメリカ軍による「砂漠の嵐作戦」開始によって大ベストセラーとなったのです。ニューヨーク・タイムズ紙による売上ランキング1位を獲得し、ある意味GDW最大のヒット作と言えるかもしれません。この本で得た多額の資金で息を吹き返したGDWは、社員や設備を増強して反転攻勢を狙います。

 ミラーに代わって『メガトラベラー』の担当となった新規雇用者デイビッド・ニールセン(David Nilsen)が9月末に初出社した際に見たものは、数枚の「崩壊した帝国」図を含むイラストと、表紙原稿のコピー、そして倉庫にあった5000部分の完成した表紙カバーでした。そして彼に与えられた仕事は、来る出版のために原稿を編集することでした。
 実はGDWはミラーの退社前にチャールズ・ギャノンを中心にして、従来と異なりDGP関係者を一切使わずに(※一部のHIWG会員は関わっています)この『Hard Times(ハードタイムズ)』を、そしてそれに続く2作品を書き上げさせていたのです。

 ミラーやDGPはそれぞれ、(少なくともミラーは1988年の段階で)帝国暦1125年時点での反乱終結の構想を持っていました。ミラーは、ストレフォンとマーガレットの滅亡、ソロマニ占領地の中で孤立したヴェガ自治区と〈帝国〉中央を繋ぐ1本の「スター・レーン」というアイデアを持ち、一方DGPは、ダイベイの陥落、デュリナー=マーガレット同盟とソロマニ連合との停戦合意、アンタレスの超新星爆発による滅亡、といういずれも「小国分裂による現状維持」を思い描いていました。
 しかしギャノンがミラーに提示したものはそれらよりも遥かに過酷で現実的な、〈帝国〉が軍事的ではなく経済的に自壊するというものでした。ミラーはそれを認めて自身の「1125年停戦」構想を取り消し、『Rebels’ Tales』の発売中止に至ったと思われます。

「マークはどんな構想に対しても寛大で、私の創造性を抑え込んだりもみ消したりするような職権は決して用いなかった」
(チャールズ・ギャノン)

 この『Hard Times』によって、設定は反乱の最中の帝国暦1122年から一気に1128年に進み、もはや反乱勢力の誰も〈帝国〉の再興は望めない、荒廃した「苦難の時代」が描かれました。国家に代わって個人(つまりプレイヤーが)が英雄となりやすくなることを企図した激変でしたが、これによりDGPは深刻な打撃を受けます。これまでのミラーを間に入れたGDWとの協調体制を反故にされただけでなく、発売を準備していた資料集・シナリオが路線変更によって出版する機会を逸してしまったのです。

 1990年の段階で、DGPは以下の作品の出版計画を持っていました。

『Campaign Sourcebook 1: The Black Duke』:
1989年末発売予定。イレリシュ宙域を舞台にした『トラベラー・アドベンチャー』型の商人キャンペーン・シナリオで、前述のデュリナー=マーガレット同盟締結の話にも触れられるはずでした。1990年に入って『Rebels’ Tales』との入れ替えでキャンセルされたようです(※この時に同時に、『Knightfall』や『Solomani & Aslan』とも絡めたDGP側の反乱終結構想も立ち消えとなったと思われます)。
『Manhunt』:
キャンペーンシナリオ「Onnesium Quest」三部作の第1部で、Gen Con '90(1990年8月)で発売予定でした。銀河で最も希少な物質「オンネシウム118」が多く眠るとされる伝説の小惑星帯ははたしてどこに? そして、鉱脈を見つけたと言い残した宇宙鉱夫はどこに消えたのか? 第2部『Antares Down』も1990年秋発売予定だったようです。
『Robots & Cyborgs』:
1990年夏発売予定。ロボット作成ルールの改定と人体の機械化ルールの追加、『101ロボット』相当のロボット型録を収録する予定でした。ロボット作成ルールに関しては2011年に草稿が発掘され、有志によって『MegaTraveller Robots: Shudusham Concords Revisted』として編纂されました。
『Grand Explorations』:
1990年夏発売予定。深宇宙探査や植民地化の解説、未知世界用に調整された星系作成システム、探査シナリオに向いたフラニ宙域の設定と新知的種族、4つの探検シナリオが収録される予定でした。
『Starship Operator's Manual Vol.2』:
1990年秋~冬発売予定。ジャンプドライブや宇宙船整備についての解説、宇宙船の入手について、宇宙船の駆動方式について、100トン偵察艦の派生型等々が盛り込まれる予定でした。

 他にも「Alien」シリーズの第3~5巻である『Zhodani & Droyne: The Psionic Races』『K'kree & Hiver: The Exotic Races』『Humans & Nonhumans: The Minor Races』、反乱の主役たちのインタビュー記事を中心に構成した総集編『The Best of the Travellers' Digest』が1991年以降の発売予定で計画が組まれていましたが、これら全てが「時期外れ」となってしまいました。これら未発売作品の原稿料などによって、DGPの財務は大きく苦しめられました。結果的にDGPから出たサプリメント本はこの年発売の『Solomani & Aslan』が最後となり、その後は『MegaTraveller Journal』の発行に専念しつつ、裏でとある企画を動かしていました……。

 この年、SeekerがSeeker Gaming Systemsに社名変更しています。SGSは1985年の創業以来『Research Facility』『Empress Marava』『Gazelle Class Close Escort』といった、『メガトラベラー』(や『2300AD』)向けに様々な建物や艦船のデッキプラン(兼ミニチュアゲーム用ゲームボード)を提供してきました。また、表紙にウィリアム・キースを起用するなどキース兄弟とも近く、彼らが版権を持つ「スコティアン・ハントレス号」シリーズなどの復刻も手掛けています。
 しかし翌1992年に活動を停止してしまいました。

 『メガトラベラー』の広報紙『Imperial Lines』がGDWから発刊されました(実質HIWG制作ですが)。8頁の中に設定や追加装備、ショートシナリオが収録されています。また、スピンワード・マーチ宙域に隣接する「フォーイーヴン宙域」の設定作りを個々のレフリーやプレイヤーに正式に委ねた、後の「Free Sector宣言」に繋がる重要資料も掲載されています。
 なお、第2号も年内に公開されたものの、1992年6月発行予定だった第3号は延期され、第3/4号合併号として仕切り直して同年11月発行に向けて制作が続けられましたが、結局幻となりました(第5号の計画もあったようです)。

 日本では9月に『反乱軍ソースブック』が発売されています。また、『RPGマガジン』ではキャンペーン・シナリオ「ガシェメグの嵐」が連載されました(全9話)。シナリオの舞台となる「ガシェメグ宙域」はマーク・ミラーの許可を得て日本独自設定での展開がなされ、簡素ながら一部の星域図・UWPの公開もされています。
(※ちなみにこの「ガシェメグの嵐」では“「本物の」ストレフォンはクローン”説が採用されていますが、一方HIWGではエド・エドワーズが“「本物の」ストレフォンはクローンだが、暗殺されたストレフォンも実はクローン(オリジナルは10年前に死亡)で、ルカンに捕殺されなかったクローンがあと1人行方不明となっている(しかも超能力者)”という設定を起こしています。そしてGDWは……)

 ドイツ語版『トラベラー』最後の作品『Splitter des Imperiums』が発売されました。これは『トラベラー』と『メガトラベラー』の橋渡しをする独自編集本で(といってもJTAS誌の翻訳記事も多いですが)、ルールの変更点の解説、デッキプラン、異星生物などが収録されています。
 ドイツでは(と言うより日本以外では)『メガトラベラー』は翻訳されなかったため、ドイツでの『トラベラー』の展開はこれで一旦途絶えることになります。

 マーク・ミラーによると、1991年末以降の発売予定で『トラベラー』初の公式小説が企画されていたようです。ヒューゴー賞受賞の大物編集者が携わり、大手出版社から様々なテーマ(太古種族、第五次辺境戦争、反乱等々)の小説が出るようでしたが、結局何一つ発売はされませんでした。

 コンピュータゲーム第2弾である『MegaTraveller 2: Quest for the Ancients』が発売されました。前作の反省を活かしてシステムを刷新し、またマーク・ミラーが直接製作に関与しています(前作では資料提供のみ)。今回は上々の評価を得られ、直接の続編である『MegaTraveller 3: The Unknown Worlds』の制作も予告されましたが、1992年に製作元のParagonがMicroproseに買収されたのが響いてか、結局発売されることはありませんでした。


【1992年】
「我が社の製品名がこれから起こることを不気味に暗示していた。『苦難の時代(Hard Times)』『荒れ狂う波(Troubled Waters)』『危険な旅路(Dangerous Journeys)』『異議あり(Challenge)』と……」
(デイビッド・ニールセン)

 『ハードタイムズ』時代としては初の(そしてGDWとしても初の二つ折り判の)シナリオ集『Assignment: Vigilante』が発売されます。荒廃したディアスポラ宙域を征く星間傭兵ヴィジランテの活躍を描いたこの作品ですが、著者のはずであるチャールズ・ギャノンは「自分の原稿の大部分が削除され、『劇的に』書き直された」と後に語っています。同じく発売された宙域設定集『Astrogator's Guide to the Diaspora Sector』についても「希望の兆しを示すはずだった」と振り返っています。

 というのも、ギャノンはまず『ハードタイムズ』で反乱を事実上終結させ、その後の200年に及ぶ復興期を新作「Surveyor」で描く構想を持っていました(『ハードタイムズ』本文中にもその伏線が伺えます)。また、フランク・チャドウィックが1990年頃から開発を進めていたものの発売中止となったミニチュアゲーム「Star Viking」は、その中間の帝国暦1130年頃に位置付けられることになっていたようです。これにはGrenadier社との提携も見据えていた上に、ギャノンによる小説執筆の契約もされていました。
 ギャノンの構想では、サーベイヤー(探査者)たちが傭兵スター・ヴァイキングと共に、かつての『リヴァイアサン』のように未知と化したも同然の危険な宇宙の荒野に飛び込み、海賊らと戦って人々を助け、やがて復興と成長を遂げた彼らの前に機械の体で永遠の命を得たルカン率いる「暗黒帝国」が立ち塞がり、イリジウム玉座の奪還を目指す戦いが始まる……というものだったようです。

「イリジウム玉座への帰還は新たな帝国を象徴していただろうし、“短い夜”の終わりを明示したことだろう。もっとも、それが良い企画だったかどうかは全く別の問題だが……」
(チャールズ・ギャノン)

 しかし、ギャノンのGDWでの仕事はミラーの退社とともに終了しています。なぜなら1991年から開発が始まったとされる新作“Traveller: Take 3”は、彼が全く想定していなかった「新時代」を舞台としていたからです。

「事実、JTASやChallenge誌の一番人気はトラベラー・ニュースサービスだった。彼ら(GDW)のファンは彼らが築いた宇宙を熱愛していたのに、その歴史を根本的に終わらせて別のものとして再開させるのは、それに至った議論は理解するにしても決して理解できない商売上の決定だったと思う」
(チャールズ・ギャノン)

 9月発売の『Challenge』第64号に、突如として「When Empires Fall」という8頁の記事が掲載されます。その内容は、何かを示唆した詩、「帝国暦1130年、〈帝国〉は滅んだ。」という衝撃の一文から始まる文章、そして人工知能や宇宙船の自動応答装置(transponder)に関する設定が記され、最後に『Twilight: 2000』第2版由来のゲームシステムを搭載した『Traveller: The New Era』が1993年2月に発売される(※実際は6月までずれ込みました)という予告が載りました。

 こうして反乱は、そして『メガトラベラー』は事実上の終焉を迎えたのです。この路線変更がミラーの退社後に行われたのは間違いありません。これがミラー主導なのかGDW主導なのかははっきりしていませんが、ギャノンの証言の中でミラーが以前から“Traveller 3rd Edition”を準備していたくだりがあるので、ミラー退社後にGDW側で“3rd Edition”が“Take 3”に差し替えられた可能性は高そうです。また、HIWG会員は1991年末の段階で路線変更のことを知らされています。

「ノリスに伝えてくれ。すまなかった、と――」
(皇帝ストレフォンの遺言)

 GDWが制作した最後の『メガトラベラー』作品である『Arrival Vengeance: The Final Odyssey』は、ノリス大公の特命を受けて3年間に及ぶ航海に旅立ったライトニング級巡洋艦アライバル・ヴェンジェンスの軌跡を体験するシナリオ(の概要)集です。かつての「グランドツアー」とは奇しくも逆回りに、ある「重要人物」と共にデネブ領域を出てアスラン領を経由し、ワリニア公クレイグやデルファイ公マーガレットといった反乱の当事者と会見し、荒廃した帝国中央を突っ切り、最後は「本物の」ストレフォンに「託されて」大裂溝を踏破してデネブに帰還する……という、来るべき「新時代」に向けての地ならしと伏線張りの要素が強く感じられます。また、長らく秘密にされてきた「本物の」ストレフォンの正体が明かされるという意味でも重要な資料です(とはいえ、今さら明かされてもどうにもなりませんが……)。

 日本では『ナイトフォール』が発売され、『RPGマガジン』にてリプレイ『サイオニック・バスターズ!』が連載開始されました(全6回)。反乱とは距離を置き、超能力者PCたちが同じく超能力を駆使する宗教団体への潜入任務を行うという派手さを求めた、ある意味「邪道」(本文より)な話でした。
 そして、このリプレイ連載終了と共に『RPGマガジン』での記事掲載は散発的となり、翌年発売の第44号の記事と『ハードタイムズ』の発売をもって日本における『メガトラベラー』は終了します。構想では日本独自のレフリー・スクリーン、「ガシェメグの嵐」の単行本化、『Referee's Companion』や『The Flaming Eye』の翻訳が挙げられていましたが、全て幻となりました。


【1993年】
 Sword of the Knight Publicationsから『Traveller Chronicle』誌が創刊されました(刊行数は年2~4)。掲載された重要資料としては、かつてFASAが展開していたファー・フロンティア宙域の設定紹介や、チャールズ・ギャノン自らが執筆した「Astrogator's Update to Diaspora Sector」、リーヴァーズ・ディープ宙域の幻の設定集「A Pilot's Guide to the Caledon Subsector」が挙げられます。

 米国のヘビーメタルバンド「The Lord Weird Slough Feg(現Slough Feg)」は、文字通り『トラベラー』を主題としたアルバム『Traveller』をリリースしました。「The Spinward Marches」「High Passage/Low Passage」「Vargr Moon」といった曲が12曲収められています。各地の批評を見る限りでは、音楽ファンから非常に好評をもって受け入れられたようです。

 前号から1年振りに発行された『MegaTraveller Journal』第4号には、ウィリアム・キース書き下ろしの大規模キャンペーン・シナリオ「Lords of Thunder」が丸々収録されました。これは元々SGSから発売する予定だったものを買い入れた、という経緯があります。旅の舞台はゲイトウェイ宙域に(Judges Guildのものに上書きして)設定され、これまで距離的事情から絡みの少なかった知的種族ククリーが大きく関わってきます。
 ちなみにこの「Lords of Thunder」が、長らく『トラベラー』を支え続けたウィリアム・キースにとって最後の作品となりました。その後、ウィリアムは以前から平行して手掛けていた小説業に専念して数々の作品を残します。

「『Traveller: The New Era』の登場で、我々は『トラベラー』のサポートをやめることにしました。これには多くの理由がありますが、最も重要なのはゲームの針路を自分たちで決めたいという望みです」
(ジョー・フューゲート)

 そしてこの第4号は、DGP最後の出版物でもありました。いえ、彼らはこれを最後にする気はなかったのです。彼らは『A.I.』という超未来(もしくは超過去)の「サイエンス・ファンタジーRPG」を計画し、着々と準備を進めていました。当初予定では1991年10月の発売で、それから遅れに遅れてはいたものの雑誌やイベント会場で広報活動を念入りに行い、華々しく発売させるはずでした。DGPの悲劇は、優れたゲームシステムや設定をいくら作り出しても、ゲームの「針路」自体を自分たちで決められずに翻弄されたことにありました。自社作品の『A.I.』なら、それができるはずだったのです。

 しかし、信じがたいことに『A.I.』の原稿を収めたハードディスクが破損する事故により、出版は頓挫してしまいます。この話が本当かどうかはさて置いても、『A.I.』を出せずに借入れ金を返済する見込みがなくなったDGPは、いくつかの原稿料遅配トラブルを抱えつつ、ジョー・フューゲート1人だけの債権整理企業として消えていきました……。

 ……が、まだDGPをめぐる物語は終わりません。1994年にフューゲートのもとをロジャー・サンガー(Roger Sanger)なる者(※といってもHIWG会員だと思われます)が訪れ、DGPの資産(版権や商標を含む)の買収を持ち掛けます。9ヵ月間に及ぶ交渉の末、数千ドルでDGPはサンガーの物となりました。その後のフューゲートはゲーム業界から身を引き、趣味だった鉄道模型の世界で活躍しています。
 そして1996年、サンガーとDGPが歴史の表舞台にもう一度だけ現れるのですが……その前に「新時代」について語らねばなりません。「新時代」がもたらしたものは、反乱以上の混乱と凋落だったのです。

「もうよせ、報道を止めても無駄だ。全てが終わったんだ」
(帝国暦1130年243日付TNS記事より)



トラベラー40年史(1) 黄金の時代(~1987年)

2017-07-22 | Traveller
 1947年に生まれた「彼」は、14歳で『D-DAY』(Avalon Hill)と出会い、これが彼にとってのゲームの原体験となりました……が、実際にはルールを理解できずに棚にしまわれました。
 イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(UIUC)に進学した彼はそこで政治学の「ロールプレイング」と「シミュレーション」を学び、やがて陸軍に入ってベトナム戦争に砲兵として従軍しました(実際には防空任務の需要がなかったので、司令部勤務だったそうです)。
 1972年に24歳で軍を除隊した彼は、偶然イリノイ州立大学ゲーム同好会(Illinois State University Strategic Games Club)に出会います。この会はフランク・チャドウィック(Frank Chadwick)とリッチ・バナー(Rich Banner)が設立・運営しており、ここでようやく彼は棚に収められたままだった『D-DAY』をちゃんと理解して遊ぶ機会を得られました。ゲーム同好会の常連となった彼は深夜まで様々なゲームにのめり込み、やがてチャドウィック、バナーと共に自分のゲームを制作するようになりました。
 こうして彼は『Triplanetary』というゲームを作り上げるのですが、同時に彼と仲間たちはゲームに可能性を感じ、大学にゲームデザイナーとして雇うよう働きかけます。1973年1月、彼とチャドウィックとバナーは「Simulation Research Analysis and Design(SIMRAD)」を立ち上げて、学内で使用されるシミュレーション器具を受注して制作する仕事に励みました。しかしSIMRADへの大学の資金提供が1年半で打ち切られたため、彼らは創業に打って出ます。社長にはチャドウィック、彼が副社長となり、バナーはアートディレクターに就きました。また、創業時に新たにローレン・ワイズマン(Loren K. Wiseman)と、『Triplanetary』をミラーと共に作り上げたジョン・ハーシュマン(John Harshman)が加わって、1973年6月22日、最初の商業ゲームの発売と共に「Game Designers' Workshop(GDW)」の船出が宣言されました。最初の「本社」は、ミラーとチャドウィックが住むアパートに置かれました(後にイリノイ州ノーマルに社屋を移転)。
 GDWは当初、市場人気の高い第二次世界大戦ものに限らず数々のウォーシミュレーションゲームを産み出しましたが、1973年の段階であの『Triplanetary』を商業生産するなど、SFゲームへの関心を失ったわけではありませんでした。
 1974年、ゲーム業界に大革新が訪れます。ゲイリー・ガイギャックス率いるTSR社が『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』を発売し、「ロールプレイングゲーム(RPG)」という新たなジャンルがやがて社会現象をも引き起こしました。当時のGDWでも仕事を忘れて迷宮探検に没頭していたようです(そのため「勤務中は厳禁」とする社則が設けられました)。GDWも遅れ馳せながら、1975年にチャドウィックらが銃士もののRPG『En Garde!』を開発して流れに乗ってきます。
 1976年、彼はその頃の市場で空白となっていた「サイエンス・フィクションRPG」を作りたいと仲間に告げ、了承を得ると制作に没頭します。彼は若い頃に触れていたE・C・タブの『デュマレスト・サーガ(Dumarest of Terra)』、アイザック・アシモフの『ファウンデーション(The Foundation)』、H・ビーム・パイパーの『スペース・ヴァイキング(Space Viking)』、ラリー・ニーヴンの『ノウンスペース(Known Space)』、ジェリー・パーネルの『連合国家(CoDominium)』、ポール・アンダースンの『惑星間協調機関(The Psychotechnic League)』といったSF小説から着想を得て、チャドウィックやワイズマンやハーシュマンの助けも借り、それはやがて「キャラクター作成と戦闘ルール」「宇宙船に関するルール」「世界作成ルール」と形になっていきました。軍隊「出身者」が冒険の旅に出るというゲーム構造は、ミラーらの経歴から発想されました。彼の仲間たちはそれを使って冒険を堪能し、楽しんだだけでなく良質のゲームだと判断しました。原稿は後に「Little Black Book」と呼ばれる5.5✕8.5インチの本3冊にまとめられ、サイコロ2個とともに箱詰めされました。リッチ・バナーが別の仕事で忙しかったので、箱や表紙は黒一色となりましたが。
 そのゲームの表題は『Traveller』とされました。購買層を考慮して「スター~」「スペース~」といった題名を避け、米国英語では普通使われない「ll」の綴りを商標保護のためにあえて用いました。

「プレイヤー・キャラクターが何をすべきかを、我々は表題で喚起したかった」
(ローレン・ワイズマン)

 彼の名は、マーク・ウィリアム・ミラー(Marc William Miller)。『トラベラー』の歴史が、ここから始まります。


【1977年】
こちら自由貿易商船ベオウルフ号、誰か応答してくれ……
メイデイ、メイデイ……我々は攻撃の中にあり……主機関が破損した……
第一砲塔も反応がない……メイデイ……船室の気圧も失われた……
誰か応答してくれ……頼むから助けてくれ……
こちら自由貿易商船ベオウルフ号……
              メイデイ……

(『Basic Traveller』の箱に書かれた一文)


(CC BY-SA 4.0)
 1977年7月22日、ニューヨーク市のスタテン島で行われたゲーム見本市「オリジンズ'77」にて、『Basic Traveller』ボックスセットは先行発売されました(※小売店での一般販売は9月頃になったらしいですが、はっきりしたことはわかりません)。この『Basic Traveller』は評判が評判を呼び、最終的に12刷64320セットを出荷する大ヒット作となって、『D&D』『ルーンクエスト』と並ぶ古典RPGの「ビッグ3」と称される地位を築きます。

「2000部売れればと思っていたら、1万部台に達してしまった」
(マーク・ミラー)

 実のところ、『トラベラー』が最初のSF-RPGというわけではありません。Flying Buffalo社の『Starfaring』やTSR社の『Metamorphosis Alpha』が既に1976年中に発売されています。しかし1977年5月に映画『スター・ウォーズ』の公開でSF、特にスペースオペラの大ブームが巻き起こり、その直後に発売された最初のSF-RPGだったのです。大きな注目を集めるのは必然だったと言えるでしょう。

「映画館からの帰りの車中で、マークと話をした。詳しくは忘れてしまったが一言だけ覚えている。『ローレン、トラベラーこそスター・ウォーズなんだ』。そして彼は正しかった」
(ローレン・ワイズマン)

 ゲームシステムの面でも、16進数を用いる能力値表記や星系データはSFの雰囲気をよく出しており、『D&D』に代表されるクラス制ではなくスキル制をいち早く導入したのは革新的で、星系間貿易ルールどころか「人生の機微すら感じられた」キャラクター作成ルールすらソロプレイに向いていました。またリアリティ重視の観点から、キャラクターは他のゲームと比べて負傷に対して極めて脆弱であり、「人間はそう簡単に成長しない」とばかりに経験値による成長システムを廃したのも大きな特徴です。そして星系データや異星生物の作成ルールによって、冒険の舞台を誰もが想像力が尽きるまで用意することができました。
 ちなみに独特の「キャラクター作成時にキャラクターが死亡する」というルールは、テストプレイの際に「経験豊富で金持ちな年老いたキャラクター」ばかりを作られた(※成長の機会が作成時のみなので無理もありませんが)ことから対抗策として設けられたもの、と後に語られました。

 またこの年、ミラーは『Imperium(インペリウム)』を発表します(初版はConflict Game Companyから。2年後の再販分からGDWに移管)。宇宙の彼方からやって来た〈帝国〉軍と地球軍の戦いを描いた戦略級SFウォーゲームで、これ自体は1973年から開発に入っていたものですが(試作段階では『Star Fleet』という題名で、当初は拡張マップ『Twilight』との連結も構想されていました)、後に『トラベラー』史に大きな影響を与えることとなります。


【1978年】
「私が見た『トラベラー』の最初のレビューには、『これは素晴らしいが、私はシナリオのないRPGをやらない。背景設定も欲しい』とあった。同時に彼は編集後記で『私は特定の背景設定に縛られてプレイするようなゲームをやらない』ともしていたので、だから私は双方の消費者の態度に対処しなくてはならなかった」
(マーク・ミラー)

 GDWは当初、単独で完結している『トラベラー』の拡張を考えていませんでした。彼らは購入者が(自分たちと同じように)自分自身の宇宙設定を作り、NPCを生み出していると思っていました。しかし多くの人にはそうするだけの暇がないことに気付きます。

 この年、GDWは『Supplement 1: 1001 Characters(1001人のキャラクター)』『Book 4: Mercenary(傭兵部隊)』のサプリメント本を発売しました。他社に大きく先駆けて「特定の職業を掘り下げていく」本を出したこと以上に、特に重要なのは、『Mercenary』は文中に〈帝国(Imperium)〉という用語が登場した最初の本だということです。
 実は前年発売の『Imperium』とは別に、ミラーたちは1975年~1976年にかけて〈帝国〉というSFウォーゲームを練っていました。地球周辺20光年を舞台に様々な異星種族が軍事や経済で覇を競い合う内容で、アスラン、ハイヴ、ヴァルグルといった後の異星種族の原型が既に存在していました。ミラーはこれを銀河系規模に拡張して設定を創り上げていくのですが、しかし、〈帝国〉の全貌が明らかになるのはもう少し後のことになります。

「私はこの未来社会を、解りやすく親しみやすいものにしようとした」
(マーク・ミラー)

 また、『Mercenary』は最終的に23刷103849冊という、記録が残っているものの中では歴代最高の印刷数を記録しています(発行10万部以上は、この他に翌年発売された『Book 5: High Guard(宇宙海軍)』のみです)。

 そしてこの年、宇宙戦闘ゲーム『Mayday(メイデイ)』が発売されました。この時点では『トラベラー』とは独立した「シリーズ120」(120個の駒と12頁のルール、120分で遊べることを目指した入門者向けウォーゲーム)の一つでしたが、『トラベラー』との連携は初めから考慮されていたようです。『Triplanetary』譲りのベクトル移動ルールが特色の『メイデイ』は、この年付のチャールズ・ロバーツ賞(Best Fantasy / Futuristic Board Game部門)を受賞しています。

 Metagaming Concepts社が発行していたSFゲーム誌『Space Gamer』第15号から、『トラベラー』の記事が登場します。ただし毎号のように記事が掲載されるようになるのは第32号(1980年10月号)以降で、丸2年の空白期があります。
 他にもTSRの『Dragon』誌(第18号~第120号)や、Chaosiumの『Diffrerent Worlds』誌(第9号~第46号)、Games Workshopの『White Dwarf』誌(第9号~第82号)、Judges Guildの『Dungeoneer』誌(第9号~第19号)といったRPG雑誌にも『トラベラー』の記事が掲載されるようになりました。


【1979年】
 「Book」「Supplement」に続く新たなシリーズとして、ようやく冒険シナリオを収めた「Adventure」シリーズの刊行が始まります。第一弾はとある巡洋艦をめぐる物語の『Adventure 1: The Kinunir(キンニール)』で、この年付のH・G・ウェルズ賞(Best Roleplaying Adventure部門)も受賞しています。
 Supplementシリーズでは『Animal Encounters(異星生物との遭遇)』『Citizens of the Imperium(帝国市民)』も出ましたが、中でも重要なのが『The Spinward Marches(スピンワード・マーチ宙域)』です。星域単位の簡単な解説ながら、『キンニール』で示されたリジャイナ星域以外の全貌が明らかになったことで、旅の舞台は大きく広がりました。
 また、艦内戦闘ゲーム『Snapshot』も発売されています。これも「シリーズ120」ながら『トラベラー』との連携は意識されており(そもそも命中判定が『トラベラー』と同じです)、1マス1.5m四方のデッキプラン上での戦闘ルールとして機能していました。

 ローレン・ワイズマンを編集長に据えて、季刊誌『Journal of the Travellers' Aid Society』によるサポートも開始されます。第1号の特集は(いまだに)謎の宇宙船「アニック・ノヴァ(Annic Nova)」。ショートシナリオ「アンバーゾーン(Amber Zone)」、各地の異星生物や装備品の紹介といった定番コーナーも創刊当時に出来上がっています。そして『トラベラー』を特徴づける「トラベラー・ニュースサービス(TNS)」の掲載は第2号から始まり、これによりゲーム内の「歴史が動く」というリアルタイム性が当時の人々を更に惹きつけました。
 ウィリアム・キース(William H. Keith Jr.)とアンドリュー・キース(J. Andrew Keith)の「キース兄弟」が登場したのは第4号からでした。弟アンドリューが黎明期のJTAS誌に(ゲーム代を浮かせるために)投稿を始め、兄ウィリアムも「自分の方が上手くできる」とそれに続いたことで両者がワイズマンの目に留まり、デビューの運びとなりました。その後の彼らは、初期『トラベラー』の宇宙観を深める原稿や美麗なイラストを多数手掛け、無くてはならない存在となります。その活躍ぶりは、様々な仕事を「John Marshal」や「Keith Douglass」といった数々の偽名を使い分けてこなしていたことからも伺えます(後に熱心な読者に語彙分析で指摘されて白状しています)。
 ちなみにJTAS誌は、H・G・ウェルズ賞(Best Magazine Covering Roleplaying部門)を1979年、1980年、1981年の3度受賞しています。

 この年からGDWはライセンス提供を行い、『トラベラー』のサプリメントを自社以外も開発・販売できるようにしました。そこでまず参入したのが『D&D』などのサプリメント本を出していたJudges Guild社で、レフリー・スクリーン、ログブックといった小物から、『Dra'k'ne Station』を皮切りとしたシナリオ集・設定集、デッキプラン集を次々と出していきます。


【1980年】
 Adventureシリーズでは『Research Station Gamma(研究基地ガンマ)』に加えて、この年付のH・G・ウェルズ賞(Best Roleplaying Adventure部門)を受賞し、名作と名高い『Twilights Peak(黄昏の峰へ)』が発売されています。この作品では従来の単発シナリオと異なり、複数の冒険を繋ぎ合わせた「キャンペーン・シナリオ」の形式が提唱されました。
 また、Adventureシリーズの亜種として「Double Adventure」シリーズが始まります。これは20頁程度の小規模シナリオを1冊に2つ収めたもので、1960年代のSF小説の出版形式を模したものだそうです。この年は『Shadows / Annic Nova(シャドウ/アニック・ノヴァ)』『Across the Bright Face / Mission on Mithril(焦熱面横断/ミスリルでの使命)』が販売されています。
 Supplementシリーズでは『76 Patrons(60人のパトロン)』『Traders and Gunboats(商船と砲艦)』が販売されました。前者は「偶然の遭遇」による冒険の端緒を60人分と「傭兵チケット」を16種類収めたもので(※日本語版ではこの部分を分けて収録したのでタイトルが変わっています)、後者は各種艦船の解説とデッキプランが記されています。
 前年に発売されたばかりの『Book 5: High Guard』には、早くも改訂版が登場しています。旧版の購入者向けには、JTAS第6号~第8号にて変更部分が全て公開されました。

 関連ウォーゲームでは『Azhanti High Lightning(アザンティ・ハイ・ライトニング)』『Dark Nebula(ダークネビュラ)』発売されました。前者は『Snapshot』を転用した艦内戦闘ゲームで、この年付のチャールズ・ロバーツ賞(Best Fantasy / Science-Fiction Board Game部門)を受賞しています。後者は『Imperium』を「シリーズ120」に合うように簡略化し、無作為に組み合わせ可能なゲームボードが特徴となっています。加えて『Mayday』は第2版となり、包装が袋詰めから箱に変更されました。『トラベラー』とは直接の関係はないですが、ボードゲーム『Asteroid(アステロイド)』が発売されたのもこの年です。

 そして『Different Worlds』第9号にて、ついに〈第三帝国〉の設定が明らかになりました。自社誌のJTASではなくわざわざ他社誌を選んだ理由は不明ですが、この5頁の記事により既知宇宙(Charted Space)の全体像や、『Imperium』をも取り込んだ宇宙史が示されたのです。
 さらにGDWは、サードパーティ各社に「開拓認可状(Great Land Grants)」を出し、これを受けて既知宇宙各地の「開拓」が一斉に開始されます。Judges Guildは早くも年内に『Ley Sector』(およびその中の星系を解説した『Tancred』)、翌1981年には『Crucis Margin』『Glimmerdrift Reaches』『Maranantha-Alkahest Sector』を矢継ぎ早に発売し、Paranoia Pressは1981年に『Beyond』『Vanguard Reaches』を、Group Oneも同年『Theta Borealis Sector』を、FASAも同年『High Passage』誌(全5号)を創刊してオールド・エクスパンス宙域を、翌82年には(編集社を契約解除して新創刊した)『Far Traveller』誌(全2号)でリーヴァーズ・ディープ宙域を、シナリオでは『Sky Raiders』三部作や『Uragyad'n of the Seven Pillars(砂漠の傭兵)』『Rescue on Galatea(ガラテア救出作戦)』を1981年~1982年にかけてファー・フロンティア宙域で展開するなど、宇宙観は爆発的に広がりました。これら会社間の設定の調整には、ジョン・ハーシュマンが飛び回りました。
 GDWも1980年中にトロージャン・リーチ宙域を舞台にした『Adventure 4: Leviathan(リヴァイアサン)』を発売し、Games Workshop制作ゆえに設定に若干の齟齬はあるものの、長く愛される作品となりました。余談ですがこの本には、ゲームブック『火吹山の魔法使い』で名高いイアン・リビングストン(Ian Livingstone)が編集に参加しています。

 後に『Battletech』や『Shadowrun』で名を馳せるFASA社は、ジョーダン・ワイズマン(Jordan Wiseman)らによってこの年設立されたばかりでした。そんな彼らの企業としての第一歩は『トラベラー』用のデッキプラン『I.S.P.M.V. Tethys』でしたが、この頃のFASAにはイラストレーターがおらず、単純で稚拙な線画しか掲載することができませんでした。
 そこでジョーダン・ワイズマンは、マーク・ミラーの紹介で面識があったキース兄弟に白羽の矢を立てて招聘します。彼らを得たFASAは高品質の製品を作ることが可能となり、またキース兄弟もGDWとFASAの双方で自分たちが望むように『トラベラー』宇宙を開拓していきます(ちなみに前述の『I.S.P.M.V.』シリーズも後にキース兄弟によって手直しされています)。
 またこの年は、Judges Guildからの独立組で創業されたGroup Oneも参入しています(が、刊行点数こそ多かったものの翌年に解散し、従業員の多くはJudges Guildに出戻りました)。
 そして記録上ではこの頃には、Martian Metals社が『トラベラー』のメタルフィギュアの販売を開始していたようです。1982年とされる事業終了まで、最終的に車両も含めて40種類以上のフィギュアが制作されています。


【1981年】
TNSニュース速報

リジャイナ/リジャイナ(0310 A788899-A)発   1107年187日付
 リジャイナ公は家令を通じて緊急会見を行い、本日午前12時01分をもって帝国とゾダーンが公式に戦争状態に入ったと発表しました。家令によると、昨晩遅くにゾダーンのシュタービフリアシャフ大使から宣戦布告書を手渡されたとのことです。家令はこれ以上の情報は現時点では無いと述べて、記者陣からの質問には答えませんでした。

 JTAS誌に掲載されるTNSではきな臭い報道が続いてきていましたが、第9号掲載分でついに「第五次辺境戦争」が開戦となりました。この年発売された製品も、戦略級ウォーゲーム『Fifth Frontier War(第五次辺境戦争)』、ミニチュアゲーム『Striker』、艦船データ集『Supplement 9: Fighting Ships(戦闘宇宙艦)』と軍事色の強いものがずらりと並んでいます。『High Guard』で作り上げた自慢の艦船を一定のルール下で存分に戦わせられる『Trillion Credit Squadron(一兆クレジット艦隊)』や、シナリオ『Expedition to Zhodane』も発売されました。

 また1981年はルールブックが新版に移行した年でもあります。基本ルールであるBook 1~3の記述は各所が改められ、より〈帝国〉設定との結び付きが強まりました。またこの3冊に加えて『Book 0: An Introduction to Traveller』『Introductory Adventure: The Imperial Fringe』や「スピンワード・マーチ宙域図」を封入した『Deluxe Traveller』ボックスセットも発売されています。特にBook 0は、ロールプレイングゲームとはなにか、レフリーやプレイヤーのやり方、キャンペーン・シナリオの組み方などRPGの入門書としての役割を担っていましたが、遊び方の見本として「トム(レフリー)、ディック、ハリー、グロリア」の4人がどう発言したかを戯曲の台本のように表記した……つまり今で言う「リプレイ」が掲載されているのが注目点です。

 キース兄弟制作の『Double Adventure 5: The Chamax Plague / Horde』は、1981年7月のゲーム大会「GenCon East」にて行われた競技シナリオを含めたシナリオ集ですが、これは「フォーイーヴン宙域」を舞台とした数少ないGDW「公式」出版物です(※現在では「Free Sector宣言」によって、フォーイーヴン宙域を舞台にした公式出版物が出されることはありません)。

 カナダの『Adventure Gaming』誌第6号に、マーク・ミラー書き下ろしのシナリオ『Stranded on Arden』が掲載されました。これは後に「出国ビザ型」と呼ばれる、官僚機構という名の迷宮を右往左往させられる『トラベラー』独特の型式のシナリオの元祖です。この作品は1993年になってStar Quest Gamesから復刻単行本が発売されたものの長らく幻となっていましたが、2001年にようやく『Double Adventure 7』に収録されました。

 Games Workshopは前述の通り、自社誌『White Dwarf』にて『トラベラー』の記事掲載を行っていましたが、自社製品としてはこの年にデッキプラン集『IISS Ship Files』や『Personal Data Files』『Star Ship Layout Sheets』といった小物を展開しただけで終了しました。
 Marischal Adventuresからは、キース兄弟がGDWで没とされたシナリオ『Fleetwatch』『Flight of the Stag』『Salvage Mission』や、『Space Gamer』誌に掲載した「スコティアン・ハントレス号」シリーズの『Flare Star』『Trading Team』『Periastron』『The Newcomers』が単行本化(といっても1冊が4~6頁という代物でしたが)されました。そしてこのシリーズのもう一つの作品『Night of Conquest(侵略の夜)』は、翌年に『Double Adventure 6』に収録されてGDWから発売されています。
 そのキース兄弟の助力を得たFASAは、デッキプランに加えて『Ordeal by Eshaar』でシナリオ集にも参入し、特に翌年にかけて発売された『Sky Raiders』三部作は、初期シナリオの中でも傑作巨編として知られています。

 この年発売された『Double Adventure 3: Death Station / The Argon Gambit(デスステーション/アルゴン・ギャンビット)』『Double Adventure 4: Marooned / Marooned Alone(逃避行/単独逃避行)』は従来のスピンワード・マーチ宙域ではなく、新たに「人類の故郷」ソロマニ・リム宙域を旅の舞台としていました。翌年には『Supplement 10: The Solomani Rim』『Adventure 8: Prison Planet』、さらにその翌年には『Adventure 9: Nomads of the World Ocean(海洋世界の遊牧民)』『Adventure 11: Murder on Arcturus Station』と立て続けにそこを舞台にした書籍も発売されるなど、スピンワード・マーチ宙域と平行して新宙域の整備が続きました。
 ちなみに描く時代こそ違いますが、帝国軍による地球侵攻をテーマにしたウォーゲーム『Invasion: Earth』も発売されています。

 現在確認されている最古の『トラベラー』ファンジン(ファン制作の雑誌)である『Alien Star』が、この年創刊されました。当初は英国ドーセットにある中等教育校(Grammar School)での会報として制作され、ゲーム大会や『White Dwarf』誌を通じて販売されました。後に大学進学などの事情で編集権はD.W.Hockham社に譲り渡され、1982年の第8号まで刊行されています。

 そしてこの年付で、マーク・ミラーはチャールズ・ロバーツ賞の殿堂入りを果たしました。また『Games Magazine』誌は「Games 100」に『トラベラー』を選んでいます(その後も1982年、1983年、1984年、1991年に受賞)。

 5月20日にGDWは、Edu-Ware Services社との訴訟で和解に至っています。Edu-Wareは1979年に『Space』『Space II』というコンピュータゲームを出したのですが、これをGDWは『トラベラー』の著作権侵害だとして訴えていたのです(事実、『トラベラー』の模倣としか言いようのない代物でした)。その結果、GDWは和解金の支払いと引き換えに2作品の著作権と全在庫を譲渡されました(つまり流通を停止させることができたのです)。

 ところで、Chaosium社からファンタジー小説原作の『Thieves' World』が発売されたのですが、これは当時としては珍しい「汎用RPG設定集」でした。様々なRPGに対応させるためのルールや図表が盛り込まれていて、その中には『トラベラー』も含まれていました。『Thieves' World』自体が世界初のシェアード・ワールド小説なので、その精神が反映されたとも考えられます。

 出版点数や出来事から振り返ると、この時が『トラベラー』の絶頂期とも言える年でした。なおこの年、GDWは社屋をイリノイ州ブルーミントンに移転しています。


【1982年】
 1981年版のBook 1~3を加筆修正し、シナリオ『Shadows(シャドウ)』『Exit Visa(出国ビザ)』、既知宇宙やリジャイナ星域の解説などを全て160頁のペーパーバック1冊にまとめた『The Traveller Book』が発売されました。RPG市場は成熟が進んでもはやLBBでは店舗の棚で目立たないので、判型の大型化と表紙のカラー化という改良が施されたのです。
 Adventureシリーズでは傭兵シナリオ『Broadsword(ブロードソード)』が、Supplementシリーズでは前年発売の『Library Data(A-M)』に続いて『(N-Z)』が発売されました。この『Library Data』は単にライブラリ・データを集めただけでなく、帝国皇室やメガコーポレーションに関する情報、スピンワード・マーチ宙域の歴史、ソロマニ・リム宙域の政治力学など興味深い情報も収められています。

 『Imperium』などのGDW製ウォーゲームをホビージャパンが輸入し、日本国内で和訳ルール付きで販売を開始しました。また、創刊されたばかりのウォーシミュレーションゲーム専門誌『タクテクス(TACTICS)』第3号では、海外の動きとして初めて『トラベラー』を紹介する記事が掲載されました(本格的な紹介記事は、翌年第5号の「宇宙をたずねてみませんか? ロールプレイングゲーム“トラベラー”の世界」(高梨俊一)を待ちます)。

 メタルフィギュア製造のCitadel Miniatures社が参入し、1983年にかけて『Adventurers』『The Military』『Ships Crew』『Civilians』『Aliens』の5種類のボックスセット(1箱20個入り)を販売します。これとは別にブリスターパック版も存在し、『Adventurers』『Military』『Aliens』『Law Officers』『Robots』が販売されています(基本的に箱版の再構成ですが新造されたフィギュアも封入されています)。
 また北米市場でCitadel製品を販売していたRAFM Companyもビニール袋入りで5セットを販売し、後に『Striker』向けに再構成した11セットを出しています。

 スティーブ・ジャクソン率いるSteve Jackson Gamesが参入しますが、この時はペーパーフィギュア『Card Board Heroes』の販売のみに留まりました。ただし同社が1980年の独立開業と同時に得た『Space Gamer』誌で、『トラベラー』のサポートは続けられました。
 この会社が『トラベラー』史における重要な役割を担うのは、まだ先のことです。


【1983年】
 前年発売の『The Traveller Book』を「Rules Booklet」「Charts and Tables」「Adventures」に三分割し、サイコロなどを封入したボックスセット『Starter Traveller』が発売されました。ただし収録シナリオは『Shadows(シャドウ)』と『Mission on Mithril(ミスリルでの使命)』に変更され、設定紹介は割愛されました。製品の位置付けとしては、従来ファン向けの完全版である『The Traveller Book』に対して、新規入門者向けの『Starter Traveller』だったようです。

 『トラベラー』最大の(記述量の)キャンペーンシナリオ『The Traveller Adventure(トラベラー・アドベンチャー)』が発売されたのもこの年です。表紙はカラーイラストで、ページ数も160頁弱であることから、前年発売の『The Traveller Book』と対になるように作られたのだと思われます。また、これを皮切りに『The Traveller Alien』『The Traveller Encyclopedia』『The Traveller Fleet』『The Traveller Soldier』という製品が予定されていましたが、発売は中止されています(一部は形を変えて発行されました)。
 さらに、Prentice Hall Trade社によって5月頃から『The Traveller Book』の書店流通が始まっています。ただし書店流通版は判型こそ大判化されているものの、ハードカバーの表紙はLBBと同様の黒一色に戻されています。上記の『The Traveller』シリーズは書店流通も睨んだ製品と思われますが、実際に販売されたのはこの『The Traveller Book』のみでした。

 他には4年ぶりのBookシリーズの新作『Book 6: Scouts(偵察局)』が、Supplementシリーズでは最後の作品『Forms and Charts(トラベラー書式集)』『Veterans(ベテラン)』が発売されています。また、それに代わって新しい刊行形態「Moduleシリーズ」が始まります。従来の書籍形態ではなくボックスセットで販売することで、図表の封入など表現力を高めた展開が可能となりました(また『The Traveller Book』の時と同様に、店舗で目立つことも意図しています)。その第一弾として、一つの星系を徹底解説した『Tarsus』が販売されています。

 『Mayday』第3版、『Dark Nebula』第2版、『Asteroid』第2版が発売されました。それぞれ箱絵が変更されています。

 メタルフィギュアにはGrenadier Modelsが参入しました。『Imperial Marines』『Adventurers』『Alien Animals』といったフィギュアセットを(ショートシナリオを封入して)発売し、翌年には『Alien Mercenaries』と独自設定シナリオ『Disappearance on Aramat』を展開しています。

 FASAが『Star Trek: The Role Playing Game』発売のために『トラベラー』関連の製品展開を打ち切ります(複数作品が発売されずに幻となりました)。『Far Traveller』第3号も発売されず、キース兄弟は自らが持つ『トラベラー』関連の版権を(Marischal Adventuresの物も含めて)Gamelordsに移しました。
 1980年創業のGamelordsは『トラベラー』に参入したのは前年発売の『Lee's Guide to Interstellar Adventure』が初という新参でしたが、キース兄弟が権利を持っていたリーヴァーズ・ディープ宙域を舞台にした、『The Undersea Environment』を皮切りとするEnvironmentシリーズや、シナリオ『Ascent to Anekthor』『Duneraiders』『The Drenslaar Quest』、星域設定集『Pilot's Guide to the Drexilthar Subsector』をこの年から翌年にかけて発売していきます。


【1984年】
 Adventureシリーズは『Safari Ship』『Secret of the Ancients』の2冊が発売されました。特に後者は、『黄昏の峰へ』から続く文字通りの「太古種族の秘密」に迫る重要なキャンペーン・シナリオです。
 Moduleシリーズでは小惑星帯を舞台にした『Beltstrike』も出ていますが、この年は何と言っても『Atlas of the Imperium』の発売でしょう。帝国(とその周辺合わせて35宙域)を網羅した宙域図集として期待を集めましたが、実際の中身は宙域図は宙域図でも「座標と宇宙港クラスと高人口世界と水界やガス惑星や基地の有無がわかるだけ」という残念な代物でした。とはいえ、サードパーティ各社がそれぞれ展開していた宙域設定が(Judges Guildを除いて)GDW公式設定として取り込まれた、という意味では画期的でした。
 そして「Alien Module」シリーズが開始されます。この年から順次、アスラン、ククリー、ヴァルグル、ゾダーン、ドロイン、ソロマニ、ハイヴ、ダリアンと、1年で3作のペースで刊行が続きます。

 日本語版『トラベラー』の展開がついに開始されました。この年は7月に『スタートセット』、12月に『研究基地ガンマ』が発売されています。日本語版の特色としては、全ての製品がボックスセットであり、その美麗な箱絵は画家・加藤直之が手がけていることです。またGDWからの発売順での訳出に拘らず、レフリーやプレイヤーの習熟具合を見計らって同系テーマの本を一箱にまとめて発売する方式を採っています。一方で安田均による翻訳は、訳文の正確さよりも直感的な理解を優先させたために当時でも賛否が分かれていたと聞きます。
 なお、『スタートセット』は前述の『Starter Traveller』を丸ごと翻訳したものですが、本家には入っていない「スピンワード・マーチ宙域図」が付属しています。
 また、雑誌『タクテクス』第18号では『トラベラー』大特集が組まれ、日本におけるロールプレイングゲームの時代の幕開けを告げる記念碑的な号となりました(ただし、安田均による連載「ロールプレイング・ゲーム入門」はそれに先駆けて第17号から開始されています)。その後は、JTAS誌の翻訳記事である「ジャーナル・コーナー」も定期掲載されました。

 ジェファーソン・スワイカファー(Jefferson P. Swycaffer)が小説『Not in Our Stars』をAvon Booksから発表します。これは彼が身内で遊ぶために制作したキャンペーン世界〈アーカイヴ機構(The Concordat of Archive)〉を舞台にしたもので(※『Dragon』第59号(1982年)掲載の「Exonidas Spaceport」に小説の登場人物がNPCとして既に登場しています)、非公式扱いながらも一応初の『トラベラー』小説となります(※ゲーム内用語の使用は許可を得ていますし、出版の際にはJTAS誌で紹介もされています)。その後彼は1988年まで2つの出版社から合計7冊の〈機構〉設定小説を刊行していきます。
(※日本語版ではThe Concordat of Archiveの訳語を〈公文書機構〉としていましたが、Archiveとは〈機構〉の首星名のようなので修正を施しました)

 GamelordsがRPG市場の縮小により活動停止に追い込まれます。『Grand Survey』『A Pilot's Guide to the Caledon Subsector』という製品が印刷を待っていたと伝えられていますが、発売されることはありませんでした。しかし後者に関してはその原稿が1994年に『Traveler Chronicle』誌で発表され、2009年には電子版ながらも「書籍」の形で発行されました。
 なおキース兄弟は活動拠点をFantasy Games Unlimited社に移しながらも、その後も変わることなくGDWのJTAS誌やエイリアン・モジュールなどに携わります。中でも特に『K'kree』『Hiver』は、兄ウィリアムの元衛生兵としての解剖学的知見が存分に発揮された作品として名高いです。

 JTAS誌は第19号から年3回発行になり、年1回の恒例だった総集編『Best of the JTAS』も第4号をもって廃止されました。ちなみに、JTAS第20号にて約3年に及んだ第五次辺境戦争が停戦しています(※正式に休戦するのは翌年発行の第22号です)。

 余談ですが、この年に発売された傑作コンピュータゲーム『Elite』は、随所に『トラベラー』の色濃い影響が指摘されています。マーク・ミラーも「話を聞いてやってみて、『トラベラー』のクローンかと思った」と語っていますが、製作者本人は噂を再三否定しています。ただし発売当時の雑誌記事の中に、製作者が「『トラベラー』を遊んでいた」という記述も存在します。


【1985年】
 前年にジョー・フューゲート(Joe D. Fugate Sr.)とゲイリー・トーマス(Gary L. Thomas)によって設立されたDigest Group Publicationsが、季刊誌『Travellers' Digest』を創刊しました。目玉は何と言っても「Grand Tour(グランドツアー)」でしょう。記者アキッダとその仲間たちが、スピンワード・マーチ宙域を飛び出して古都ヴランド、帝国首都キャピタル、人類の故郷テラ、そしてアスラン領へと数年間に及ぶ旅を続ける、という全21話の(当時のRPG業界でも最大級の)壮大な各話完結キャンペーンシナリオで、シナリオの舞台となった(これまで全く設定のない)星域のライブラリ・データも併せて掲載されるなど、『トラベラー』宇宙をさらに深掘りする大人気連載となりました。そして創刊号から第3号にかけて掲載されたロボット作成ルールは、その完成度から翌年にGDWから『Book 8: Robots(ロボット)』として単行本化されました。
 また、初期のダイジェスト誌では「共通判定書式(Universal Task Profile)」の試作改良が続けられました。これは『トラベラー』に欠けていた統一的な判定システムを導入するものでしたが、この完成形が後の新作の核となるのです。

「ダイジェスト・グループの『トラベラー』製品についてどう思うかって? 君が『トラベラー』に本気なら、彼らの製品を入手すべきだと思うよ」
(マーク・ミラーによる宣伝文句)

 『Book 7: Merchant Prince(豪商)』が発売されましたが、これは元々JTAS第12号(1982年)に『Special Supplement 1』として掲載されたものに加筆して単行本化したものです。Moduleシリーズでは、第五次辺境戦争の総集編である『The Spinward Marches Campaign』が出ています。
 そしてAdventureシリーズとしては最後の本、『Adventure 13: Signal GK』も発売されました。ソロマニ・リム宙域を舞台に冒険が繰り広げられるのですが、このシナリオの存在が後にとんでもない出来事を引き起こすとは当時は知る由もなかったのです……。

 日本では3月に『メイデイ』、7月に『宇宙海軍』、12月に『黄昏の峰へ』が発売されました。さらに『インペリウム』『アステロイド』の日本語版も発売されています(これらも加藤直之が箱絵を担当し、『インペリウム』にはアニメを元ネタにしたジョークユニットが追加されています)。
 また、Fantasy Productionからドイツ語版『トラベラー』シリーズも発売開始されました。ドイツ語版は独自のカラー表紙が目を引く装丁となっています。


【1986年】
 エイリアン・モジュールやこの年発売のシナリオモジュール『Alien Realms』など、GDWの稼ぎ頭である『トラベラー』自体の展開は続いていましたが、TSRの『Star Frontiers』(1982年)やICEの『Spacemaster』(1985年)などの追い上げを許し、もはや『トラベラー』がSF-RPG界を独占しているわけではありませんでした。草創期を支えたサードパーティ各社も1984年を最後に全て離れ、入れ替わるように1985年に参入したDGPとSeeker(とドイツ語版のFantasy Productionsと日本語版のホビージャパン)だけが『トラベラー』を支えている有様でした。
 ただし、これは無理もない面もあります。製品の出来自体はともかくとして、サードパーティにとって『トラベラー』ですら『D&D』ほどには本が売れなかったのです。実際、いち早く参入して精力的に展開を行ったJudges Guildは、最終的に倉庫に30✕50✕高さ6フィート(※デッキプランの60マスに高さ1.8メートルまで本が積まれていると考えると目安になります)もの在庫を抱えてしまったそうです。やり過ぎた例ではありますが。

 1984年11月にGDWが発売した軍事RPG『Twilight: 2000』(フランク・チャドウィック作)は、初版1万セットをすぐに売り切る人気作となりましたが、ある意味これが「トラベラーの黄金時代」の終わりを告げることになりました。サポート誌JTASも1986年発行の第25号から刊行形態を変更してGDWのゲーム総合誌『Challenge』となり、JTAS自体は「誌内誌」扱いとなりました(第33号までは表紙にその名を残していましたが……)。

 そんな中、マーク・ミラーが『Challenge』第27号にて新作『Traveller: 2300』を発表します。発売から10年近くが過ぎて古さが否めなかった『トラベラー』を世界観から(『Twilight: 2000』より続く未来史として)全面刷新し、DGP製の共通判定書式を搭載(ただし10面体ダイスを使用)するなどゲームの近代化を目指した作品でした。スペースオペラとは別の柱としてハードSF路線も打ち立てる狙いがありましたが、『トラベラー』の要素を何一つ残さなかったのに『Traveller』を「SF-RPGの代名詞と自認して」冠したのは確かに紛らわしく、市場の評価は今ひとつでした。結局第2版(1988年)以降は『2300AD』と改題され、全くの別ゲームとして存続することになります。
 この失敗を受けてかミラーは、『Book 8: Robots』以来目をかけていたDGPのフューゲート、トーマスらに書簡を送り、『トラベラー』の正統後継作の制作を依頼します。彼らの実力を高く評価していたのもありますが、GDWとしては『Traveller: 2300』に専念できる利点もありました。しかしその開発期間は、あまりにも短かったのです。
 ちなみに、そのDGPからは『101 Robots(101ロボット)』『Grand Survey』が発売されています。

 日本では6月に『傭兵部隊』、12月に『第五次辺境戦争』が発売されました。

 ルールやコンポーネントを改定した『Imperium』の第2版が発売され、この版から『トラベラー』と連動した小冊子「History of the Imperium」(恒星間戦争史)が同梱されるようになりました。

 ファンジン『Imperium Staple』『Third Imperium』誌創刊。特に後者は毎号トロージャン・リーチ宙域の設定を公開し、現在にも影響を残しています。
 DGPも含めてこういった小規模出版が活発になったのは、コンピュータの低価格化により出版までのハードルが下がったことが挙げられます。


【1987年】
 『トラベラー』としては最後のモジュール『Alien Module 8: Darrian』が発売されました。この後も「イレリシュ宙域を舞台にした貿易取引・海賊行為のモジュール」や「『Striker』と『アザンティ・ハイ・ライトニング』の良い所取りをした新戦闘ルール」といった新モジュールの予定はあったようですが、全て中止されています。特に前者は付録にイレリシュ宙域図が付属するようだったので惜しまれます。
 なお、DGPからは『Grand Census』が発売されています。

 カタログ上ではHobby Products Miniaturen社が、この頃から1990年にかけてメタルフィギュアを6セットほど展開していたようです。

 7月1日、トラベラー・メーリング・リスト(TML)の開始が宣言されました。80年代からGEnieなどパソコン通信内でファン同士の交流が続けられていましたが、その舞台をインターネットに移したことになります。

 日本では6月に『砂漠の傭兵』、10月に『レフリー・アクセサリー』、12月に『アザンティ・ハイ・ライトニング』が発売され、また、この年の終わり頃には安田均による連載をまとめ、シナリオ『侵略の夜』を翻訳収録した『トラベラー・ハンドブック』が発売されています。

 第五次辺境戦争休戦後は大きな事件もなく細々と続けられていたTNSでしたが、この年から季刊に戻った『Challenge』第27号で帝国暦1112年142日付を掲載した後、第28号ではとうとう休載となりました。しかし、『トラベラー』10周年記念号である第29号で拡大復活したTNSは、衝撃のニュースを伝えていました。

キャピタル/コア(0508 A586A98-F)発   1116年132日付
 ストレフォン・イーラ・アルカリコイ皇帝陛下が本日1517現地時に、キャピタルの皇宮宮殿・謁見の間にて暗殺されました。続く銃撃によってイオランス皇后陛下、イフェジニア皇女殿下の他、アスランのイェーリャルイホ氏族大使や12名の近衛兵、多数の列席者も殺害された模様です――

 それに併せて誌面上で、後継作『MegaTraveller』の発売がミラー自身から予告されました。7月発売の『Travellers' Digest』第9号でもフューゲートが『MegaTraveller』について言及し、皇帝暗殺当日のキャピタルを追体験する『メガトラベラー』初のシナリオ「Lion at Bay(窮地のライオン)」が掲載されています。
 時代は、激動の反乱(Rebellion)に向けて突き進んでいました――





【ライブラリ・データ】
オリジン賞 Origins Award
 毎年夏に行われる、Game Manufacturers Association(GAMA)主催の「オリジン・ゲーム・フェアー(Origins Game Fair)」(※2006年以前はOrigins International Game Expo)にて、前年発売のゲームの中から優秀なものにAcademy of Adventure Gaming Arts and Designから贈られる賞です。この賞の源流は、1975年のオリジンズから表彰が行われた「チャールズ・ロバーツ賞(Charles S. Roberts Award)」で、当時は優秀なシミュレーションゲームを称えるものでした。
 1977年度からは新ジャンルであるロールプレイングゲームを表彰する「H・G・ウェルズ賞(H. G. Wells Awards)」が新設され、そしてチャールズ・ロバーツ賞が1987年にオリジンズから独立して以降は「オリジン賞」として再編されて現在に至ります。
 また、極めて優秀と認められた個人や作品には、後に「殿堂入り(Hall of Fame)」の称号が贈られます。なお、1986年度までにチャールズ・ロバーツ賞の殿堂入りを果たした12名は、オリジン賞の殿堂入りとしても扱われます。
(※文中に登場した者では他に、ゲイリー・ガイギャックスが1980年、スティーブ・ジャクソンが1982年、フランク・チャドウィックが1984年、ジョーダン・ワイズマンが1994年に殿堂入りしています)

40周年記念企画:『通信機』で見るトラベラーの40年

2017-05-16 | Traveller
 『トラベラー』が誕生した1977年から2017年までの40年間で大きく進化したものの一つに通信技術、つまり電話が挙げられます。今や小型化して「携帯電話」となっただけでなく、同じく大きく進化したコンピュータと一体化して「スマートフォン」と呼ばれる存在となり、生活のあり方すら変えてしまいました。SFというのは未来を予測する分野ですが、その予測が一番難しいのも事実。人間、自分の知識の範囲内からの延長線上でしか想像できませんから、1977年の段階で今のようなスマートフォンを想像しろ、というのは無理があるでしょう。

 さて本題です。『トラベラー』は「第三帝国」というある程度固定された世界観を持っていながらも、ファンタジーと違って未来を舞台としている以上、その認識は「今現在の」技術に影響されてしまうのは仕方ないことです。私自身、かつては情報収集に「図書館まで出向いて端末を叩く」という行為に何ら疑問を抱いていませんでしたが、今なら極自然に「宇宙船のコンピュータから星系のネットワークにログインして情報検索」ぐらいのことはするでしょう。
 ということで今回は、過去40年間に発売されたルールブックの中から『通信機(Communicator)』に関する部分が、時代の変化に合わせてどのように変遷していったかをまとめてみました。

(※下記解説文は一部文章を省略している場合があります。各単位は特記がない限り、重量はキログラム、容積はリットル、価格はクレジット、距離はキロメートルです)


Book 3: Worlds & Adventures(1977年)
 初代Little Black Bookの通信機(Communicator)には特に解説文はなく、しいて言えば(当然とはいえ)無線が使われることと、軌道上の艦船と通信するには長距離通信機が必要であることがわかる程度です。この頃の通信機は、音声トランシーバー以上でも以下でもありません。

 TL重量価格有効範囲
短距離通信機310010
中距離通信機520030
長距離通信機15500500


Adventure 2: Research Station Gamma(1980年)
 この『研究基地ガンマ』では、基本ルールブックには存在しない「個人用通信機(Personal Communicators)」が初登場します。TLの記載がなぜかありませんが、後の設定から逆算してTL8~9程度の物品と思われます。

個人用通信機 Personal Communicators
 長寿命のバッテリーを備えた小型のイヤホン型短距離通信機です。重量は無視できるほどで、一般の者にはまず気付かれません。
 有効距離:開けた場所なら10km、水中なら1km未満。価格:1個Cr.100。


Double Adventure 2: Across the Bright Face(1980年)
 邦題は『焦熱面横断』。記録媒体がTL11なのにも関わらずテープなのが時代を感じさせます(※TL11光学ディスクが最初に登場するのは『The Travellers' Digest』誌第5号(1986年)が最初だと記憶しています)。『Double Adventure 5: The Chamax Plague』(1981年)でも同じ装備が登場しますが、なぜか価格だけが2倍になっています。

無線送受信・録音機 Radio Receiver, Recorder, Transmitter
 音声または無線を受信し、記録し、その情報を連続的に送信することができる小型電子装置です。送受信は標準的な音声通信帯域で行われます。従ってこの機器は信号を受信して再送信したり、事前に記録された音声を継続的に送信したりすることができます。
 テープの長さ:10分。送信範囲:視界(建物や山などには遮られる)。TL11。寸法:25✕50✕50mm。基本価格:Cr.400。


Book 3: Worlds & Adventures(1981年)
 改訂版Little Black Book(雷鳴社版はこれが基になった)では、簡素ながら解説文と、TL7の軽量版通信機が追加されました。

短距離通信機(Short Range Communicator):ベルトに装着される無線機で、有効範囲は10kmです(地下や水中ではより短くなります)。
中距離通信機(Medium Range Communicator):ベルトに装着もしくは肩掛けで運ばれる無線機で、有効範囲は30kmです。
長距離通信機(Long Range Communicator):背嚢で運ばれる無線機で、有効範囲は500km。加えて軌道上の艦船と通信ができます。

 TL重量価格有効範囲
短距離通信機510010
0.310010
中距離通信機1020030
0.520030
長距離通信機15500500
1.5500500


The Traveller Book(1982年)
 1981年版LBBを合本し、記述や編集を大幅に見直したこの本から通信機の項目が「個人用装備(Personal Devices)」から独立して再構成され、更に解説文が詳しくなりました。なおこの記述は翌1983年発売の『Starter Traveller』(ホビージャパン版はこちらが基)でも踏襲されています。
 ここでは短・中・長距離に加えて大陸間距離(Continental Range)が追加され、無線到達距離の区分けも変更されています。文を見てわかる通り「データ」の送受信も可能となっています。またTL10~13の「未来の」通信機も追加されましたが、運用の仕方は依然として「双方が受信範囲内に居る」トランシーバーを前提としているのは否めません。
 ところでなぜかこの版(と83年版)のみ、軌道上の艦船との通信に必要な能力が中距離に変更されています。50kmでは地球なら成層圏までしか届かないのですが…?

通信機 Communicators
 通信機は内部電源で作動する無線送受信機の組み合わせと定義されます。携帯用なので供給電力に接続する必要がありません。これは音声とデータを送受信することができます。軌道上の艦船と通信するには最低限中距離用が必要です。

 TL重量価格有効範囲
短距離通信機202255
0.1755
中距離通信機7075050
100.425050
130.125050
長距離通信機1501500500
1.2500500
140.5500500
大陸間通信機300150005000
1.550005000
12150005000


Megatraveller: Imperial Encyclopedia(1987年)
 邦題は『メガトラベラー:帝国百科』。従来の通信機とは別に「通信機(動画)」「通信機(レーザー)」が追加されたのが特徴です。通信機の項目からは「軌道上の艦船との通信」に関する文が消え、レーザー通信機にその用途が移されたように読めます。
 TL10で登場する貼付式通信機の「コムドット(Comdot)」がルールブックに登場したのもここからです。これは耳の裏と喉仏に貼り付けられる超薄型のイヤホンマイクですが、送受信範囲が1メートルなので通信機の子機として専ら使われます。通話で手が塞がれないのが大きな利点です。

通信機 Communicator
 (上記1982年版の解説に追記)0.2リットル以下のものは耳に装着でき、一般の者には気付かれません。
(※これは『研究基地ガンマ』に登場した「個人用通信機」の設定が取り込まれたと思われます)

TL容積重量価格有効範囲
40202255
1407075050
3001501500500
600300150005000
0.20.1755
2.41.2500500
31.550005000
100.80.425050
122110005000
130.20.125050
1410.5500500

通信機(レーザー) Communicator, Laser
 レーザー通信機は視線の通る地域間距離(500km)以内を結ぶ機器です。この距離ともなると地平線までの距離がまず有効範囲を制限するので、地表ではほとんど必要とされませんが、軌道上を周回する艦船との通話の際に利用されます。レーザー通信機の主な利点は、収束光によって秘話通信を確保することにあります。
 複数のレーザー通信機ではしばしば「連携」通信網が構築されます。地平線や地域間の距離を置く基地局から基地局へと再送信することによって、世界中に通信を即座に伝えることができます。

TL容積重量価格有効範囲
1051.52500500

通信機(映像) Communicator, Video
 映像通信機は、500km(地域間距離)の範囲に音声と二次元映像を送信します。この機器はポケットに入れて運んだり、ベルトに掛けられるほどに小さいです。通信機には入力用のマイクとビデオカメラ、出力用の小型スピーカーと高透過性キュプロタリウム(polylucent cuprothallium)ディスプレイが内蔵されています。ディスプレイは使用されない時には本体内に格納され、ビデオカメラは必要に応じてスイッチを切ることができます。機器がベルトに装着されているなら、コムドットで話したり聞いたりすることができます。
(※ちなみにこの型の通信機(に加えてコムドットやレーザー通信機)の初出は『Grand Census』(Digest Group Publications, 1987年)で、そこでは大きさは「15cm✕10cm✕3cm」とされています)

TL容積重量価格有効範囲
140.450.2500500


Traveller: The New Era(1992年)
 解説文は上記の『メガトラベラー』のものを大筋で踏襲していますが、機種の整理統合、一部説明文の簡素化、容量・重量・有効距離の変更がなされています(※MTとは逆に重量が容積の倍の値になっているのですが…?)。あと、コムドットはこの新時代には残らなかったようです(笑)。

TL容積重量価格有効範囲
通信機501002253
10020075030
150300100003000
102025030
0.10.2753
12500300
102050003000
101225030
121250003000
140.10.2500300
通信機(レーザー)1081611000300
通信機(映像)140.40.81000300


Reformation Coalition Equipment Guide(1994年)
 軍事ゲームの色が強いTNEの装備品ガイドなので、ここで紹介されている通信機も軍用装備ばかりです。通信機の変遷という今回の企画意図から大きく外れるので紹介は割愛しますが、後にも先にも「メーザー通信機」のデータが有るのはこれだけのはずです。


Marc Miller's Traveller(1996年)
 基本設定の変更(帝国暦0年)に伴い、TL12が最先端技術扱いです。また「Comm」という略語が正式名称となった初のバージョンです。
 これまでの設定が統合されて、通信機一つで「手帳・時計・携帯テレビ電話」を兼ねるようになりました。そして低TL版通信機の存在が見当たりません。ここへ来てようやく、現代では常識の「通信機が基地局を経由して遠方の他の通信機に接続する」方式が登場して利便性が向上しています(逆に基地局のない低技術世界では使い物にならなくなってしまいますが)。

通信機 Comm
 通信機は、個人的な手帳、時計、携帯テレビ電話の機能を持つ通信機器の一形態です。一般的には男性用腕時計程度の大きさですが、首飾り、サングラス、折り畳み大画面の搭載、もしくは音声のみの耳輪にすることもできます。TL12の暗号化技術を利用して盗聴を防止した送受信が行われます。
 個人用通信機には所有者に関する基礎情報が入力されており、音声などで動かすことができます。一般的には所有者の名前・住所から親族・友人・仲間の通信コードのリストなど、所有者が持ち運ぶのに重要であると考える様々な情報が収められています。通信機は後に検索可能な少量の音声・動画、およびデジタルデータを受信して格納することができます。記憶容量は限られていますが、低品質のビデオカメラとして使うことができます。
 多くの星系では法令執行のために上書き命令(override command)ができるようになっています。これは火災や暴動などが発生した際に、警察本部から地域内全ての通信機に放送をするためです。
 電子機器の進歩に伴い、通信機は電力消費低減の代償に近隣に基地局を必要とするようになりました。人口密集地域や主要な旅行先では問題になりませんが、田舎や辺境ではブースターが利用されます。これは財布程度の大きさの増幅器で、通信衛星を介して相手まで通じるのに十分な強度で通信信号を送信します。衛星回線の利用は若干高価です。
 通信機は安価な物ならCr.50から、高性能の物ならCr.200で販売されていて、重量は0.1kg以下です。通信機はコンピュータ/1と同等です。


GURPS Traveller(1998年)
 T4が先進的過ぎたのか、1977年版LBBと同様の通信機像に差し戻されています。ただしなぜかTLは8に引き上げられました(※誤植ではないようです)。ここでは割愛しましたが「TL8デジタルカメラ」が別に存在することから、画像撮影の機能もなくなったと思われます。
(※GURPSルール下ではTLの刻みが従来と異なるため、この項目では独自に変換を行っています)

通信機(短距離)(TL8) Communicator, Short-Range
 しばしばヘルメットに組み込まれている、小型の双方向無線機です。基本有効範囲は10マイルで、TL9ではその10倍に、TL12では50倍となります。Cr.50、重量は無視できるほどです。価格を1割増しで腕時計や耳飾りに偽装できます。

通信機(中距離)(TL8) Communicator, Medium-Range
 手の平に乗る大きさの無線機です。基本有効範囲は100マイルで、TLによる拡大は上記と同様です。表示画面の追加はTL8なら価格が2倍となりますが、TL9なら無料で追加できます。Cr.200、重量1ポンド。

通信機(長距離)(TL8) Communicator, Long-Range
 書籍程度もしくは背負われる大きさの機器です。基本有効範囲は1000マイルで、TLによる拡大は上記と同様です。Cr.600、重量10ポンド。表示画面はTL8ならCr.100で、TL9以上なら無料で追加できます。

GURPS Traveller: First In(1999年)
 偵察局や探査活動を解説するこの本ではレーザー通信機と、コムドットと同等性能の「隠密行動通信機(Covert Action Communicator)」が登場します。TL15相当の装備とされたお陰か、有効範囲が単体で50マイルと広がり、低軌道上の艦船との直接通話も可能とされています。
レーザー通信機(TL8) Laser Communicator
  屋外用レーザー通信機は、無線通信が傍受される恐れのある際に探査隊が使用することが多いです。レーザー装置は頑丈な三脚に取り付けられており、狙いを維持しやすくなっています。有効範囲はTL8で10マイル、TL9で100マイル、TL12以上で500マイルですが、障害物によって妨げられます。連続送信で1時間稼働します。Cr.650。重量5ポンド。


Traveller20: The Traveller's Handbook(2002年)
 こちらもTL7以前の通信機はLBBを踏襲した上で、新たに「TL8個人通信機(Personal Communicator)」を登場させています。文面からすると、この段階では音声のみの携帯電話に相当する物でしょう。

長距離通信機 Long Range Communicator
 背嚢で運ばれる無線機で、有効範囲は500kmもしくは軌道上の艦船までです。TL7では重量が1.5kgに減り、ベルトまたは肩紐に装着できます。

中距離通信機 Medium Range Communicator
  最大30km圏内に対応できる、ベルトもしくは肩紐装着式の無線機です。TL7では重量が500gに減ります。

短距離通信機 Short Range Communicator
 10km圏内(地下または水中では更に短くなります)で利用できるベルト装着式の無線機です。TL7では重量が300gに減り、片手で持てるようになります。

個人用通信機 Personal Communicator
 携帯型の、単回線通信機器です。TL8以上の世界では、個人用通信機が世界の衛星通信網に接続し、有料で他の通信機に連絡することができます。回線は秘匿されていますが安全ではなく、一部の世界では監視される場合があります。通常、各星系の宇宙港ではわずかな料金で通信網への接続手段を手配できます。TL7以下の世界では個人用通信機は動作しません。

 TL重量価格有効範囲
長距離通信機15500500
中距離通信機1020030
短距離通信機510010
個人用通信機0.3250解説参照


Traveller Hero(2006年)
 長中短の各通信機については「無線トランシーバー」と簡単な解説、というより定義があるだけです。TL9装備になった分だけ軽量化がされています。

携帯型レーザー通信連絡器 Portable Lasercomm Relay
 地表から軌道上への通信に利用されます。無線ではなく収束光で送信するため、秘話通信が可能です。

通信機(映像) Communicator, Video
 ポケットやベルトで運べるぐらいに小さく、音声や二次元映像信号を最大500km送信できます。

 TL重量価格有効範囲
長距離通信機1.5500500
中距離通信機0.520030
短距離通信機0.31003
携帯型レーザー通信連絡器101.52500解説参照
通信機(映像)100.81000500


Mongoose Traveller: Main Rulebook(2008年)
 ここでは音声のみのTL5トランシーバー(Transceiver)、通話に画像送信も含めたTL8の通信機(Comm)、超小型イヤホンマイクなTL10コムドット(Commdot)の3種類に分けられました。コムドットはともかくとして、トランシーバーも通信機も「TLが高くなるほどコンピュータとしての機能も向上する」のが特色です。マングース版ルール下ではコンピュータの性能値以下のプログラムを実行することができるので、主な用途としては〔翻訳(Translator)〕や〔熟練(Expert)〕(※知力・教育度関連技能判定の支援を受けられる)を走らせることが想定されます。

トランシーバー(TL5) Transceiver
 トランシーバーは単独運用される通信機器です。確立された通信網の存在に依存する通信機と異なり、トランシーバーは自らの電力で直接送受信することができます。ほとんどのトランシーバーは無線またはレーザーで通信が行われます。中間子トランシーバーも実現可能ではありますが、一般的には簡単には利用できません。確実に軌道上まで届かせるためには、500kmの有効範囲が必要です。

TL重量価格有効範囲特記
無線トランシーバー
Radio Transceivers
20505
21005
125050コンピュータ/0
121500500コンピュータ/0
13110005000コンピュータ/1
レーザー・トランシーバー
Laser Transceivers
1.5100500
110.5250500コンピュータ/0
13500500コンピュータ/1

通信機(TL6) Comm
 個人用通信機は、かさ張った送受話器(handeset)から薄型腕時計まで様々な大きさの携帯型電話兼コンピュータ兼カメラです。比較的大型の通信機は物理的な制御盤(※キーボードなど)と画面を持ち、小型のものは近くにデータや制御表示を投影したり、折り畳み式の画面に表示したり、サイバー化機器に接続(※人工網膜への投影?)したりします。通信は短距離の送受信機能しか持っていませんが、技術的に進んだ世界の多くでは惑星全体を覆う通信網を持ち、利用者がどこにいてもメッセージを送信してデータに接続できるようになっています。

TL価格送受信内容特記
50音声のみ 
150音声・映像コンピュータ/0
10500様々な種類のデータコンピュータ/1


Traveller5: Core Rules(2013年)
 様々なMakerによってあらゆる物を設計することが前提のT5ですが、さすがにそれではすぐに遊べないので、見本がいくつか掲載されています。

通信機 Comm
 一般的な通信機は容積0.2リットルの手持ち可能な機器で、有効距離は1000kmです。デザインには無数のバリエーションがあります。

通信機(改良型) Comm, Modified
 一般的な通信機の高技術版です。

通信機(最先端) Comm, Advanced
 帝国で製造された最高級の通信機です。これは何年ものの激しい使用に耐えるよう作られています。その「壊れない」電子基板は、人間工学に基づいたケースに収められています。ケースは改造防止機能を備えており、バッテリーには緊急用の内部ブレーカーが装備されています。

通信機(据え置き) Comm, Installation
 惑星間通信に用いられるような大規模通信アレイです。

通信機(長距離) Comm, Long Range
 携帯型通信機の優れたバージョンです。

通信機(豪華版) Comm, Luxury
 この通信機は非常に優れた物です。例として「ナアシルカCX-5700」は、信頼性の高いナアシルカ社製電子技術と優れた安全機能で知られています。この通信機は一般的な物と比べて25グラム軽い以上に、驚くほど軽く感じます。このクラスの通信機ともなると、天然素材の使用、個人に最適化された執事ソフトウェア、高度な侵入防止プログラム、衛星誘導機能(※俗に言うGPSです)など、様々な注文生産が可能となっています。

通信機(高耐久型) Comm, Ruggedized
 典型的な高耐久型通信機は、危険な任務を前提に設計されています。例えば10メートルからの落下にも耐えて、それでも機能します。内蔵された動画または静止画カメラのために、優れた雑音除去や逆光軽減などの機能が備えられています。「T-Del C10r」のような通信機は、真空や腐食性大気の中でも短時間耐えることができるため評価されています。

通信機(車載) Comm, Vehicle
 車載通信機は軌道上(500km)まで通信できます。

無線機 Radio
 容積1.5リットルのトランシーバー、もしくは携帯電話のことです。

無線機(試作段階) Radio, Experimental
 「SCR-300」は、有効範囲5kmの人が運べる大きさ(容積15リットル)の試験的通信機です。

 TL重量価格
通信機0.21000
通信機(改良型)100.2500
通信機(最先端)150.2500
通信機(据え置き)1500000
通信機(長距離)140.25000
通信機(豪華版)110.1755000
通信機(高耐久型)100.241750
通信機(車載)5050000
無線機1.5100
無線機(試作段階)151000


Traveller: Liftoff(2014年・未発売)
 装備品リストの中にはないですが、「誰もが持っている物(Stuff Everyone Has)」の中に「スマートフォンと同類の個人用通信機(A personal communicator similar to a smartphone.)」の記述があります。


Mongoose Traveller: Core Rulebook(2016年)
 第2版ルールに移行したマングース版『トラベラー』ですが、記述自体に変更はありません(通信機(Comm)が携帯通信機(Mobile Comm)に変わった程度)。トランシーバーにいくつか機種の追加と変更があります。旧来のルールと比べて欠落していた部分の穴埋めとバランス調整でしょう。

TL重量価格有効範囲特記
無線トランシーバー202255
7075050
1501500500
300150005000
7550
500500
50002500コンピュータ/0
10250500コンピュータ/0
121100010000コンピュータ/0
132501000コンピュータ/1
145003000コンピュータ/1
レーザー・トランシーバー1.52500500コンピュータ/0
110.51500500コンピュータ/0
13500500コンピュータ/1


Cepheus Engine: System Reference Document(2016年)
 建前上は『トラベラー』ではないですが系列ゲームですし、一応「最新」なので紹介します。Open Game Licenses下にあるT20(厳密にはSciFi20?)を踏襲、というよりデータ面は全く同じですが、T20にはなかった解説文が追加されました。

通信機 Communicators
 物理的に隔てられたキャラクターは、時に会話を維持する必要があります。これらの通信機器はその要求を満たします。これらの機器の日常的な利用には技能判定は必要ありませんが、混信を解消しようとしたり他の目的で使用する際には〈通信機〉技能判定が必要です。


【まとめ】
 この40年の「通信機」の変遷を見てきたわけですが、ゲームのルールとしての後方互換性の確保(や大人の事情)もあって、「通信機」の解釈も行きつ戻りつしているように感じます(T4が意外にも飛び抜けて先進的な通信機像を提示しましたが)。とはいえ、今更「スマホすらない未来社会」という世界観を提示するのは無理があります。ならば、これまで記されてきた数々の設定を「美味しいとこ取り」して「均していく」必要があると思います。

 まず、『Liftoff』で提示された「誰もが個人用通信機を持っている」という設定は採用の価値があるでしょう。また同時に、T4やマングース版の「高TLの通信機はコンピュータと同等」という設定もありです。通信機としての全体的なバランスではマングース版がいいとは思うのですが、TL13のトランシーバーなんて需要あるか?という疑問はあります。反重力車両がやがて船舶や航空機を駆逐したように、TL10~11ぐらいで全てが個人用通信機に統合されてしまっても良いのではないか、と思います(まあ軍隊のことを考えるとそうもいかないのかもしれませんが…)。

 そして「個人用通信機」(略称はパーコムでしょうか、モバコムでしょうか?(笑))の設定も考え直してみます。未来デバイスですから音声操作は当然としてホロ(三次元)画面の一つも採用したいところですが、『メガトラベラー』設定では「Pocket Holovideo」(T5設定だと「Personal Holovideo」)なるものはTL16の産物とされています。帝国では家庭用三次元テレビはあってもモバイル環境で立体映像は見られなさそうです。
 個人用通信機にホロカメラ機能を搭載するのも問題です。『メガトラベラー』設定ではホロビデオ技術の確立はTL10、手持ち型ホロカメラ(Hand Holocameras)がTL13です。前述の「Pocket」や「Personal」が何を指しているかがあやふやなのが困るところですが、録画機能も含めた意味でのことだとすると、個人用通信機にホロ動画撮影機能が搭載されるのはTL16以降ということになります。

 こうなると、TL8~9のスマートフォンと見かけは大差ない(といっても中身のコンピュータは進歩した)物をTL12以降の旅人も携帯している、というあまり夢のない結論が出てしまいそうですが、「公式」設定を崩さないようにするにはそうせざるを得ないでしょう、残念ながら。まああまり進歩しすぎた未知のデバイスをプレイヤーに想像させるのもなかなか難儀なことですし…、眼鏡や腕時計などのウェアラブルな方向へ進化させるのが妥当な落とし所でしょうか。いずれにせよ現代のレフリーは、キャラクターがどこにいてもライブラリ・データを検索し、仲間と連絡をつけることに対して心構えが必要なのは間違いありませんね。

 なお、本稿の作成にあたり各方面に多大なご協力を頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。


星の隣人たち(5) 接触!ソード・ワールズ人

2017-04-07 | Traveller
「ソード・ワールズにいるのは、オトコと、オトコオンナと、オトコと…」
―― 帝国人の冗句 


(※厳密に言えば「ソード・ワールズ人」という種族は存在しません。言うなれば彼らはソロマニ人のソード・ワールズ族という民族集団ということになりますが、便宜上ここではソード・ワールズ人という用語を使用します)

ソード・ワールズ人の身体的特徴
 帝国で語られるソード・ワールズ人の印象と言えば、筋骨隆々の大男と豊満な美女というのが定番です。もちろん皆が皆そんなわけはなく、ソロマニ人入植者の子孫に過ぎない彼らと帝国人の間にさほど大きな身体的差異はありません。
 初期入植者がだいたい同じ民族集団であり、その後もヴィラニ人を含めて他の人類とあまり交わらなかったソード・ワールズ人は、一定の外見傾向を示します。彼らはたいていコーカソイド(白人)で、目は茶色か暗青色、髪は金色です。男女共通の遺伝的傾向として酒皶(しゅさ。鼻や頬の皮膚が炎症を起こして真っ赤になっているように見える)が挙げられます。

ソード・ワールズ人の食事
 彼らも人類である以上、栄養源として果物、野菜、肉、穀物といったものが全般的に必要です。中でも彼らは蛋白質を好み、焼かれたか燻製された肉類は伝統食として特に愛されています。また、実用主義の彼らにしては興味深いことに、砂糖や加糖食品に全く目がありません。厳しい社会から一時でも現実逃避したいかのごとく、彼らは甘味料を飲み物に加えて甘ったるくし、日々の食事には必ず甘いデザートを付けるのです。
 もう一つ、彼らが祖先から受け継いだビール類の味は、グングニル産の1本数百クレジットもする「ランビック・レッズ(Lambic Reds)」からティソーン企業の大衆向け量産品まで、宙域内でも一級品です。ソード・ワールズ人の男性にとって、ビールは食事の際の唯一の飲料です。

ソード・ワールズ人の言語
 現在の連合公用語「サガマール(Sagamaal)」は、帝国暦-900年代に古アイスランド語を基に作られた「古サガマール(Old Sagamaal)」が変化したものです。古サガマールはヴァイキング期の言葉にそれ以降の新語(航空機など)を含めて時代に対応したもので、文化復興の風潮に乗って北欧地方の人々が母語として使うようになりました。ソード・ワールズの入植第一世代の8割がこの古サガマールを第一言語としていたため、その後も入植者間の公用語として広まり、アングリックは廃れてしまいました。
 そして入植から1500年も経過した今、古サガマールは大きく変化しています。入植者たちの様々な出自を反映してノルウェー語に代表されるゲルマン語派言語やヴィラニ語からの多くの影響や借用語があり、文法は簡略化されました。また、各星系ごとの方言も存在します。
 他では、商人や政府官僚は銀河公用語(ギャラングリック)を理解し、一部の高官はゾダーン語も話せます。

ソード・ワールズ人の名前
 ソード・ワールズ人は古代スカンジナビアの伝統に則って命名を行います。名前の後に父の名から取られた「父称」が付属し、それは本人が男性か女性かで語尾が変化します。例えば、アンスガル・ブラエルソン(Ansgar Braelsson)に息子エマヌエルが生まれた場合、子の名はエマヌエル・アンスガルソン(Emanuel Ansgarsson)となります。
 更に、上流階層(※社会身分度9+)ではその後ろに「家門」が追加される場合もあります。イングリド・ロルフドッティル・レイヴン(Ingrid Rolfsdottir Ravn)は、レイヴン家の令嬢で父はロルフであることがわかります。この家門は主に一夫多妻の家庭において父方の家の血統を表し、それが子に引き継がれていきます。
 基本的に姓まで付けて呼ばれる(記載される)のは公的な場で、私的な場では名前のみで呼び合います。

ソード・ワールズ人の人生
 幼い頃から目上への服従が教育されたソード・ワールズ人は16歳で成人とみなされ、軍国主義的社会ゆえに男性には防衛義務が(民兵などに加入することで)課されます。多くの男性は就職前に鍛錬を兼ねて正規軍に入隊します。男性は社会で責任ある仕事を行い、女性は(危険の少ない)家庭で家事と子育てに専念します(家族経営の商店の手伝い程度は許容されます)。「伝統的役割」に固執しない女性は「男性のように」社会進出していますが、逆に「女の仕事」をする男性というのはこの社会では許されないようです。
 肉体の全盛期は20歳~55歳ぐらいで、その後は衰えていき、寿命は100年ほどです。もちろん周囲の環境が悪ければもっと短くなります。
 彼らは基本的に数世代に渡って同じ土地に住み続け、近隣住民と強い縁故関係を結びます。その友好関係は今の社会身分に左右されないのが特徴で、例えば数々の勲章を得た陸軍士官が幼馴染の下層階層の清掃人と生涯の友情を結び続ける、というのはおかしなことではありません。むしろ、生まれついての身分や現在の地位で交友関係が分断される帝国社会の方が奇異だと感じています。
 彼らにとって、暖炉(husenbrandt)はとても大切なものです。どんなに貧しい集合住宅であっても必ず自宅には暖炉があり、家の女性が火を絶やさず守ります。暖炉は家の中核であり、夫が謙虚に妻の助言を聞いて誓いを立てられる神聖な場です。仕事に疲れた男性は、家に戻って暖炉の前でようやく一息つけるのです。
 ちなみに、ソード・ワールズでは伝統的に一夫多妻でしたが、現代では一夫一婦も広まっています(※設定を繋ぎ合わせると、上流階層に一夫多妻の傾向があるようです。ただ、男性過多の社会なのでGURPS版設定では一妻多夫家庭の存在も示唆されています)。

ソード・ワールズ人と性差
 ソード・ワールズ社会の最も大きな特徴が、男女の性差です。男女同権が確立された帝国(※とはいえ星系自治が大原則なので、伝統文化であれば男女格差は許容されます)では理解し難いことですが、ソード・ワールズは軍国主義的で男性上位の社会です。男性は能動的で積極的、女性は受動的で受容的で、ほとんどの例外なく官公庁や企業や軍の高い身分は男性で占められていて、女性は家庭に入るのが当たり前です。女性の社会進出が認められていないわけではないですが、「男性の」職に就いている女性には「男性的な」態度と振る舞いが求められています。そしてそんな女性ですら結婚や出産を期に職を辞すのが当然とされているので、女性が長く働いて栄達するのは困難となっています(※その「抜け道」として家政婦の雇用などで仕事と家庭の両立も図れますが、必然的に「栄達する女性は富裕層」という図式が出来上がります)。
 この男性上位社会は植民初期に由来があります。その頃、多くの危険を冒す仕事を担った者ほど人々の信頼を集め、人々を指揮する地位に就きました。同時に女性は人口増産の必要性から家庭や菜園などの極力安全な仕事に回され、結果的に男性を上位とする社会が出来上がったのです。
 男性上位の社会は男女の産み分けにも影響しています。初期入植の時点で男性の方が多かった影響もありますが、現在でも女性100に対して男性が114という比率になっています。

ソード・ワールズ人と名誉
 ソード・ワールズ人は誇り高き人々です。彼らは数々の苦難を乗り越えて星々を開拓した先祖を誇りに思い、自己の業績も誇りにします。それが故に彼らは弱者や他種族を見下してしまう傾向もあります。帝国人は前世代の遺産で遊び暮らす怠け者、ダリアン人は欠点を技術で補うしかない平和ボケ種族、夫が妻に操られているアスランは嘲笑の対象ですし、ゾダーンですら内心の秘密を尊重できない「心の盗賊」とみなしています。とはいえ彼らは、自らの誤りを認めて自分たちに敬意を払う者に対しては取り引きに応じ、友人として迎え入れる用意があります。
 彼らにとって、仲間内での評価は最も大事です。今の評判を保ち、より高めようと彼らは常日頃から努力を怠りません。彼らの社会はアスランほどではないにしろ帝国よりは形式張っていて、特に男性は自分に敬意を払わない相手には激しく対応します。そのため、帝国人を含めて他の種族からソード・ワールズ人は癇癪持ちに見られ、逆にソード・ワールズ人の視点では他種族は臆病者に見えます。
 名誉を重んじる姿勢は社会の隅々に渡ります。ソード・ワールズでの名誉毀損罪は非常に重く(逆に適用も厳格です)、特に報道機関は帝国よりも慎重な取材で二重三重に確認を経てから公表を行います。弁護士は殺人事件の弁護の際に、被告がいかに被害者に名誉を傷つけられたかという証拠を持ち出して減刑を嘆願します。冗談ですら、他人を傷付ける可能性があるなら人々の口に上ることはありません。
 決闘は多くの世界で禁止されていますが、些細ないさかいや軽犯罪を解決する手段としての決闘は今も行われています。

ソード・ワールズ人と責任
 帝国での「責任」とは多くは「自己責任」のことですが、ソード・ワールズでは自分の指揮下、そして周囲の人々全てに対する責任のことです。確かに彼らは独裁的ですが、報酬に見合った大きな責任を負っているからこそ支持と賞賛を得られているのです。
 経営者は生命保険の受取先を会社にします。飛行機の設計者は試験飛行の際に必ず操縦士と共に乗り込みます。建築家は自分の設計した建物の最初の入居者となります。ソード・ワールズの物語で最大の「悪」は、ヴァルグル海賊でも帝国の侵略者でもなく、責任逃れをする臆病なソード・ワールズ人です。
 ただし臆病とは安全策を取ることではありません。警官は銃撃戦になることがわかっていれば当然防弾服を着ますし、軍人は補給もなしに無謀な突撃をしたりはしません。彼らにとって臆病とは、仕事を引き受けておきながらその責任から逃げ出すことです。

ソード・ワールズ人と信仰
 ソード・ワールズでは古代テラの北欧神話を基にした、自然崇拝の多神教であるアース信仰(Aesirism)が広く信じられていますが、現実的な無宗教者も多いのが実情です。アース信徒は、最も信仰の篤い旧アース同盟の星系で人口の4割、他の旧ティソーン帝国領やサクノスでは2割弱、その他の星系では5%程度です。しかしそれに反して、グラム、ナルシル、サクノスの上流階層でアース信徒が多いのも事実です。
 信者であるなしに関わらず、アース信仰の道徳的戒律はソード・ワールズ全体の人々の生活に影響を与えています。神殿は「自然の力」が強く働く場所、森林や都市部なら草地を確保して建てられ、1名以上の司祭を中心にして信徒が集う場所となっています。信徒の義務は少なく、礼拝への出席も必須ではありません。その代わり敬虔な信者は、自分が崇める神に倣って技能を身につけようとします。主神オーディンなら〈リーダー〉、豊穣の神フレイヤなら〈牧畜〉、戦いの神トールなら〈白兵戦(棍棒)〉といったようにです。
 しかしアース信仰は負の側面、混沌の神ロキの信者も生み出しました。元々はアース信仰が弾圧されていた500年代に反ティソーン帝国のテロリストが信仰し、やがて何者にも支配されたくない無法者が崇めるようになりました。現在のロキ信仰は秘密結社と化していて、連合当局は彼らへの監視と犯罪行為への対処に追われています。

ソード・ワールズ人の衣服
 帝国には多種多彩な装いがありますが、ソード・ワールズでは軍服が基本となっています。正規軍の軍人は非番でも非常呼集に備えて軍服を着ていますが、人口の多くが軍人なので街中に軍服が溢れることになります。税関の係官や政府官僚、建設作業員といった「制服」が求められる職種でも着ているのは軍服ですし、形式的な場に赴く際の「一張羅」も軍服です。民間人の私服ですら「軍的な装い」であり、シューズよりもブーツの方が一般的です。これは多くの成人男性が退役後も地元の民兵組織に所属することが多いからで、彼らは普段から誇らしげに従軍記章や階級章を着けて歩いています。
 一方女性は、男の仕事に就かない限りは過度に古式ゆかしい、床まで届くような服装をしています。富裕層・上流階層の女性は非実用的な、着用に時間のかかるような服装をして出掛けていますが、これは周囲に使用人がいることを誇示するためのものです。未婚の成人女性は家の資産を強調するような魅惑的な装いを好みますが、結婚後は一転して伝統的な格好に戻ります。

ソード・ワールズ人の暦
 初期入植者の出身国であるOEUが用いていたテラの暦、修正グレゴリオ暦(Revised Gregorian Calendar)(通称:西暦)を今も彼らは使用しています。1年が365日となるのは帝国暦と同じですが、テラの公転周期に合わせて4年に1回(厳密には400年で97回)1日を追加する「閏年」という概念があります。そしてこの修正グレゴリオ歴は、「西暦4000年を閏年としない」ことで3320年間で1日のずれを補正したものです。またこの暦には、1年を28~31日ごとに12分割した「月」という概念があります。
 帝国では毎年001日が全星系共通の祝日(建国記念日)と定められていますが、ソード・ワールズではフレミング・ハンセン中佐(Commander Flemming Hansen)がグラムに最初に降り立った5月5日が同様の祝日(植民記念日)となっています。またアース信仰由来の祝日として、12月21日の「冬至」(もちろんその星の実際の冬至とは異なります)と、信仰の復活を祝う3月8日(※ティソーン帝国が第二統治領に降伏した日)の「賛歌の日」が挙げられます。
 もう一つ彼らにとって重要なのが6月23日の「聖なる日(Sanktans)」で、この日は平日でありながら夜になると賑やかな祭りが各地で行われて人々が集い、花火が打ち上げられ、騒ぎは明け方まで続きます。この祭りは、地元の権力者の人形が焚き火で燃やされる(問題がある場所なら立体映像で代用)ことで最高潮を迎えます。

ソード・ワールズの技術
 ソード・ワールズ人も人類である以上、帝国の装備品を何ら問題なく扱えますし、逆もまた然りです。しかしそれはお互いの装備品に互換性があることを意味しません。帝国の装備品とは全く設計思想が異なるのです。
 ソード・ワールズの装備品は、民生品ですら軍用装備のように無骨で頑丈に作られています。そして最大の違いは、例え辺境でも工具一つで修繕可能なように設計され、工具や部品は全て標準化されていることです。そのため、ソード・ワールズのどんな星でも別の星で製造された装備を直すことができますし、占領下の小さな町工場でも部品を製造することができるのです。これは抵抗戦において大きな助けとなります。

通信技術:TL10
 ソード・ワールズの技術開発は、新技術にすぐに移行するのではなく今ある技術をとことん突き詰める傾向があります。そのため彼らが無線通信からレーザー通信に移行するのに多大な時間がかかりましたし、一度移行した後はレーザー通信機を完璧に追求しました。
 ソード・ワールズ連合軍ではTL10のコムドット(Commdot, 貼付式通信機)が現役で、小隊間や船同士の通信にはより高性能なレーザーが用いられています。より初歩的なTL9以下の通信機を利用する場合、軍では「野戦話術(Field Speak)」が使われます。これは帝国の手信号(hand signals)と同様の省略言語で、少ない単語で的確に応答することで充電寿命を倍以上に延長することができます。
 民間では通信に光ファイバーや無線が使われるのが標準です。現代的基準からすれば「遅い」技術ですが、運用・保守・修理が容易な点が利点として挙げられます。

電子技術:TL11
 手仕事を重んじるソード・ワールズ社会では、コンピュータは自分の手には負えないような複雑な計算(科学や数学、宇宙船の運用など)をするためのもので、個人用の小型コンピュータ(ハンドコム)以上に高性能なものは人気がありません。ましてや、楽をするためにロボットに頼るのは恥ずべきことです(例えそれが危険物の運搬であっても)。よって、学者や商人といった「女々しい」職業ぐらいでしかロボットは利用されません。

エネルギー技術:TL12
 ソード・ワールズでは、中央の巨大な発電所で電力全てを賄うのではなく、小規模発電所が分散して電力を供給するようになっています。これは一箇所への攻撃で電力を喪失しないようにするためです。基本的に核融合や地熱発電が主ですが、星系によっては風力、火力、水力も利用されています。

医療技術:TL9~13
 ソード・ワールズの医学は帝国やダリアンと比べれば進歩しているとはいえません。臓器移植は一般的ではありますが、人工臓器は普及していません。ロボットに対する不信と同様に、自分の体を機械化してまで生き長らえたいという人は少ないのです。
 ただし戦闘用のものとなると話は別で、彼らは「便利な道具」として捉えています。サイバー科学分野の研究は戦闘用に偏っていますが、実際に「改造」を受けた兵士には仲間から哀れみの視線を受けるのが実情です。

輸送技術:TL9~11
 ソード・ワールズの車両は帝国のものより単純かつ堅牢に作られていますが、これは軍用車両の設計が民生品にもそのまま流用されているからです(もちろん街中で反重力戦車が売られているわけではありません)。そして有能な整備士は、有事の際に民間車両を軍事用にすぐに転換させる技量を持っています。
 彼らの祖先が海に生きていたこともあって船舶も(アース信仰の強い世界では特に)一般的ですが、あくまで趣味なのであえて風力や内燃機関といった低技術で動かされています。
 彼らが設計する宇宙船は古の地球連合(Terran Confederation)の様式を模していて、星域内を行き来するためにジャンプ-2を基本としています。内装は実用を重んじているので窮屈かもしれませんが、乗組員は乗員を確実に守るために一般水準の倍の能力を持っているのは珍しくはありません。

武器技術:TL9
 ソード・ワールズ人は伝統的な近接武器を好み、どこの家にも剣や斧や鎚が置かれています(決闘のためとも言います)。もちろん銃器を使わないことはないのですが、彼らは安定性の低いエネルギー武器よりも実弾銃を好みます。ソード・ワールズ製の銃器は誰でも簡単に引き金を引け、信頼性が高く、交換整備が容易に作られています。

ソード・ワールズの通貨
 ソード・ワールズ連合には歴史的経緯から今も統一通貨はなく、各星系(や星系内国家)が独自に貨幣を発行しています。そのため基本的にはジャンプする度に両替が必要となりますが、連合財務省はその手数料を1.5~3%と定めています(場所によってはその2~3倍取られることもありますが)。両替はCクラス以上の宇宙港や大都市ならたいてい可能です。
 連合内で広く流通している通貨としては、グラム・クローネ(krone)、ナルシル・ナイマルク(nymark)、サクノス・マルク(mark)が挙げられます。他にダリアン、ゾダーン、アーデン、268地域星域の有力星系の通貨も一部上流階層で取り引きされています。帝国クレジットも使用可能ですが、帝国への不信感と偏見から額面の95%で扱われるのが常です。

ソード・ワールズ人と超能力
 友好国のゾダーンとの関係もあり、超能力を公的に禁止するようなことはありませんが、少なくともソード・ワールズ人の男性は「男らしくない」という理由で超能力に嫌悪感がありますし、人前で堂々と使うことはありえません。これは彼らの伝承で「千里眼」のような超能力を扱う者が女性ばかりであった、ということに由来します。
 サクノスに超能力研究所があるのは公然の秘密ですが、社会の超能力に対する偏見で活動は抑制的にならざるをえず、それでも星系間対立の影響で他星系に余計に反超能力感情を醸成させてしまっています。


【参考文献】
Journal of the Travellers' Aid Society #18 (Game Designers' Workshop)
GURPS Traveller: Sword Worlds (Steve Jackson Games)
Sword Worlds (Mongoose Publishing)