宇宙の歩き方

The Astrogators' Guide to the Charted Space.

星の隣人たち(6) 接触!ヴァルグル

2018-04-30 | Traveller
「天井の電球を替えるのに必要なヴァルグルの数は?」
「4人。1人が梯子をかけ、2人目が1人目を襲って梯子を奪い、3人目が2人目を平手打ちし、4人目がちゃっかり梯子を確保しておいてから、最初の1人目が鼻血を拭きながら梯子を登っていくのをにやにや笑いつつ、下でその仕事が終わるのを待って称賛だけするから」

 ヴァルグル(古ノルド語で「狼」「悪人」「破壊者」の意味)は、主要種族(Major Race)に分類される知的種族です。彼らの存在は長年に渡って異星生物学者を悩ませていました。彼らの生化学基盤や遺伝子構成は、故郷であるはずのレア星系の動植物とは根本的に異なっていたのです。この謎は、第三帝国初期の科学者が彼らを「テラ星系の動物が遺伝子改良されてレア星系に移植されたもの」と位置付け、後にそれが裏付けられたことでようやく解けました。ヴァルグルは主要種族の中でも唯一、自然進化の産物ではなく未知の目的の「実験」の成果だったのです。


■ヴァルグルの身体的特徴
 ヴァルグルは、太古種族(Ancients)がテラ(ソロマニ・リム宙域 1827)のイヌ科イヌ属の肉食動物を遺伝子操作し、約30万年前にレア(プロヴァンス宙域 2402)に持ち込んだ存在です。太古種族は彼らに知性以外に、爪先立ちとはいえ二足歩行を可能とする骨格と物を操れる指を与えたと考えられています。これら以外に改良の証拠は見つかっておらず、レアの環境に適応する過程で太古種族が予期していなかった(か計算通りの)「進化」が成された可能性が指摘されています。
 現在のヴァルグルは身長約1.6メートル、体重約60キログラム(女性は更に1割ほど小柄です)と、あまり目立つ存在ではありません。先祖であるイヌ科動物と比較すると、直立二足歩行をするために後肢は桁違いに伸び、内部構造に違いこそ見られますが、いまだ外見的には先祖に似ています。ヴァルグルの手は骨格は違えど人類と大きさや外観が似通っているので(ヴァルグルの方が細い傾向はありますが個体差の方が大きいです)、改良を必要とせずにお互いの機器を利用することができます。ヴァルグルの出し入れ不可の爪は鋭く尖っていて、格闘の際には武器として使うことができます(ただし彼らの身体構造上、格闘が得意というわけではありません)。
 霊長類から進化した人類と比べて、ヴァルグルは先祖の特徴を遥かに多く残しています。短い毛皮は灰色・茶褐色・黒色・錆びた赤色のどれか1色、もしくは他の色との組み合わせで覆われています。箒状の尾はかなり長く、鼻口部はイヌよりは短くはなっていますが今でも特徴的です。一般的にヴァルグルの反射神経は人類よりは優れていますが、個体差は大きいです。視力は人類にやや劣り、色覚の範囲も異なります。聴覚は人類より優れていますが、やはり識別範囲は異なります(人類より高音を聞くことができる代わりに低音部は聞こえないことがあります)。ヴァルグルはまた先祖同様に鋭敏な鼻を持ち、視覚聴覚を封じられても嗅覚だけで互いを認識できるほどです。
 ヴァルグルはレアの約26時間の自転周期に適応していますが、長時間の睡眠をまとめて取らずに短時間睡眠を小まめに分けて取ることを好みます。主に食後の昼寝ですが、環境によっては猛暑や厳寒の時間帯を避けるために睡眠を取る場合もあります。


■ヴァルグルの心理
 彼らが外見面で先祖の特徴を残しているのと同じように、心理面でもテラの肉食動物の本能的行動を色濃く残しています。それは他種族からは奇妙で矛盾しているかのように見え、しばしばからかいの種、悪くすれば種族的偏見にも繋がっています。
 ヴァルグルは本能に従って集団に、つまり「群れ」に属して他者との安心や快適さを求める種族です。しかし同時に、集団内での権力を求めて相争うことを厭わない種族でもあります。
 なぜなら、ヴァルグル社会では個人が持つ「威信(カリスマ性)」というものが最も重視され、現状維持に満足できないからです。彼らは集団の中で己の威信を高めることに日頃から努め、自分よりも高い威信を持つ者に付き従おうとします。仕事や任務の成功は威信を高めて自然と周囲を惹き付けますし、失敗すればその逆です。そして集団の頂点に立つ者の行いは、法律的道徳的に正しいも悪いも関係なく認めてしまいます。
 ヴァルグルは肩書も身分も意に介しません。自分と比べて威信があるかないかが全てです。よって無能であっても威信さえあれば集団の頂点に立てますが、それが集団の崩壊や更なる権力簒奪の引き金となりえます。
 また、遠方の権力には従いませんし、他者の威を借ることもできません。必然的に威信の及ぶ範囲は通信速度の影響を受け、配下を通して遠隔統治をすることもできず、集団規模を拡大すればするほど遠方から綻んでいくのです。
 このためヴァルグル社会は大きくまとまることができず、小規模集団が拡大しては分裂を繰り返すことになります。集団内でも権力争いが絶えず、安定とは無縁です。個人は集団に対して最善を尽くしますが、その集団にいつまでも残ろうとは思いませんし、集団の方もそんなことは期待していません。よって他種族からヴァルグルは、今いる集団から別の集団へと簡単に鞍替えし、忠誠心というものが無いかのように見えます。


■種族の誇り
 ヴァルグルは太古種族によって創造された知的種族、という特殊な生い立ちを持ちます。この事実は色々な意味で「ヴァルグルは特別な存在である」という種族意識を醸成しました。しかし科学者、政治家、宗教家に限らず様々な集団でそれぞれ見解は異なり、今も議論が交わされています。
 一般に広く浸透している種族的優越(kaenguerradz)を説く思想は、大きく分けて2つあります。「高優越」学派は、太古種族がヴァルグルを「完璧な」種族として設計したので、他種族よりも優れていると説きます。「低優越」学派は、イヌこそがテラで最も優秀な動物だったので遺伝子改良の対象となり、無価値ゆえにテラに放置されたサルが人類になったのだとしています。更に過激なものでは、元々ヴァルグルがテラの支配種族であり、人類の方が知性化改良を受けたのだとも主張しています。
 また極少数のヴァルグルにとって、自分たちが実験の産物だという事実は劣等感となって伸し掛かりました。彼らはこの苦しみから逃れるために極端な行動を取りがちです。
 しかし大多数のヴァルグルは、銀河征服の使命からも劣等感からも自由です。ただ単に、太古種族の意図が何であれ自分たちを星の世界に連れて行ってくれた、という特別感に浸っているだけです。


■ヴァルグルの生涯
 一般的なヴァルグルは65~75年ほど生きます。工業化以前の技術や医学、貧困や環境条件などの影響があると更に短くなりますし、最先端技術文明の下では抗老化薬(anagathics)や先端医術の恩恵を得られて寿命が延びます。ただし人類の薬品はヴァルグルには効かないため、帝国のSuSAG社などはヴァルグル向け製品を製造・輸出しています。

 誕生した彼らはまず、家庭で社会構造について学びます。家庭も集団と同じように機能していて、子供は威信を意識しながら自己を育みます。家庭内の若者は家庭の長に適切な敬意を示しつつ、自分の威信を高めて集団内の立場を確立せねばなりません。これは社会に巣立つための重要な訓練です。ヴァルグルは11~12歳で思春期に達し、17歳前後で肉体的な成長を終えます。その後の老化速度は人類と変わりません。
 先祖と異なり、ヴァルグルは年中交配可能です。妊娠期間は30週弱で、双子出産が一般的です。単子出産は三つ子と同じような確率で起こり、ヴァルグルのある集団では単独で生まれてきた子供に特別な意味を持たせます。
 農業世界や低技術世界では、家庭は大型化する傾向があります。家族が多いほど、生存に必要な狩猟役が多いことを意味するからです。技術の進歩につれて少子化が進みましたが、逆に労働力が自動化された高度技術社会では子育てに割ける時間が増えたので、かつての大家族に回帰しています。

 ヴァルグルは年齢に応じて名前が変わります。子供時代は母親の名に性別や生まれた順を意味する接尾語を付けただけですが、成人すると自身の特徴や挙げた成果を名前に選んだり、他者からの通り名を採用したり、尊敬する英雄の名を頂いたり、特に意味もなく聞こえのいい音節の並びを名乗ったりと様々です。


■ヴァルグルの食事
 肉食動物である彼らの食事の多くは、新鮮な生肉です。生の果物やワイン等の果実飲料も好みますが、それだけでは栄養が不足しがちです。ヴァルグルの消化器官は人類よりも代謝が効率的なため、彼らは頻繁に食事をしますが、その気になれば飢餓に備えて「食い溜め」をすることも可能です。
 ヴァルグルはレアの原生生物の捕食に適応はしましたが、テラのものほどには食欲をそそらなかったようです。そのため彼らは新たな調味料・香辛料の発見と研究開発に多くの時間を捧げ、日頃の食事をより魅力的にしてきました。また食糧事情を改善し、より食欲を増すように家畜の品種改良も行われました。これらの研究は現在でもヴァルグル世界で続いており、星間交易の多くは食品取引で占められています。


■ヴァルグルの統治機構
 よく誤解されていることですが「ヴァルグル連合」などという恒星間統一政府はなく、「典型的な」政府機構もありません。ヴァルグル諸国(Vargr Extents)にはありとあらゆる種類の政府組織があり、星系内に複数政府が併存したりもしています。彼らの唯一の結束力は「種族の誇り」への熱情ですが、えてしてこれで短期的に協力できても長期的には組織間の主導権争いで崩壊していきます。
 ヴァルグルの特性により、国家規模が大きくなるほど不安定になっていきます。そもそも彼らにとって政府とは統治機構ではなく、自分が忠誠を誓う指導者から福祉と保護を引き出す機関に過ぎません。法律で個人の自由を過度に縛るような指導者では、住民から支持と協力は得られないのです。そしてそんな指導者は、すぐに他の威信ある者に権力の座から追い落とされます。

 ヴァルグル国家にも当然法律はありますが、政府の執行能力の範囲内でしか遵守されていません。人類にとっては犯罪に見えるようなことでも、彼らは何とも思わない場合もあります。例えば、残虐な快楽殺人はヴァルグルにとっても重罪ですが、権力奪取のための殺人や貧しさゆえの強盗といった「訳あり」の場合は、全く違う刑罰の基準が課せられます。
 建前でも政府は市民を守らなくてはならないので、犯罪は権力への挑戦と受け止めますが、市民の側は意外と犯罪者に同情的です。なぜなら「明日は我が身」なのですから。

 独立政府の多さは外交関係を非常に複雑にしています。紛争は様々な問題で発生し、すぐに実力行使に至るのがしばしばでした。そこで紛争当事者の間を取り持つ「仲介人(Emissaries)」と呼ばれる存在が重要視されるようになっていきました。
 仲介人は熟練した外交交渉の専門家で、周囲から非常に尊敬される存在です。彼らは平和の創造と、少なくとも更なる敵対を回避することを目指しています。また、企業間の折衝にも仲介人は関わっています。


■ヴァルグルの信仰
 或るヴァルグルの宗教家曰く、「書に威信なし」。この言葉が示す通り、ヴァルグルは何百年も前の雄弁な死者の言葉よりも、目の前で語られる説法の方を重んじます。そして自身の体験を基準に考えるため、宗教は次第に数々の宗派に分裂するか、様々な解釈を受け入れて柔軟化するかのどちらかです。
 多くの宗教はヴァルグルの起源への誇りから成立し、えてして太古種族は「神」として崇められていますが、他にも祖霊崇拝、多神教、一神教と様々な形態を採ります。その教義は穏健なものから、殺人をも肯定する狂信的なものまで様々です。信仰に目覚めるヴァルグルは社会のあらゆる層に存在し、多くは信仰と仕事を両立させますが、中には信仰のために職を捨てる者もいます。
 宗教指導者の多くは仲介人としても活動しています。


■ヴァルグルの美術
 色覚が敏感ではないので、ヴァルグルの服装はしばしば明るい色で構成されて、人類には華やかに見えます。同様に絵画も、様々な技法を駆使して明るい色を優先させる傾向があります。
 絵画や彫刻は、威信ある指導者や有名な集団を題材にすることが多いです。海賊団も絵画・物語・詩の分野でよく採り上げられます。
 建築様式は文化圏の間だけでなく、同じ都市内でも大きく異なります。建物は一般的に非対称で、装飾が過剰です。建物の華やかな色彩は隣の建物と頻繁に衝突し、ヴァルグルの都市は混沌としているように見えます。
 彼らの群居性の本能は建築物にも影響を与えていて、公共空間や仕事場は広く作られることが一般的です。そして最大の特徴は、建物自体が特定の用途を念頭に置いて設計されることがめったにないことです。ヴァルグル社会の変化の多さは建物の所有者と機能も絶えず変化させるため、今の居住者のあらゆる需要に応えることこそが大事なのです。ある建物が突然官公庁になったとしても、その数週間後には怪しげな商売人が入居しているかもしれませんし、食堂になっているのかもしれないのです。


■ヴァルグルの時制・暦
 多様性の高いヴァルグル社会において、統一された計時法というものは存在しません。暦や時制はそれぞれの政府・世界どころか集団ごとですらまちまちです。ほとんどの世界では現地の公転・自転周期に基づいた暦や時刻の仕組みが利用されています。暦の紀元はたいてい、その政府の発足や入植の初日が基準となります(もちろん例外もあります)。
 それで支障が出るようなら、代わりに帝国暦と帝国標準時が用いられる場合もあります。


■ヴァルグルと人類との関係
 ヴァルグルが様々であるように、人類との関係も様々です。現在のヴァルグル諸国には人類居住星系があり、その多くは帝国国境付近に存在します。こういった世界はたいてい、旧第一帝国領が進出してきたヴァルグルに取り込まれたものです。そんな人類への態度は様々で、多くは共同体を分けたり混在したりして平和共存していますが、中には文化摩擦から敵意を持ち合っている世界もありますし、ヴァルグルが人類を奴隷化している世界もあります。
 国境沿いのヴァルグル国家や星系は、帝国の自由貿易商人や企業、政府機関との交易協定を結んでいます。帝国市民はまた、観光、使節、探検、雇用、研究、更には傭兵活動など様々な目的でヴァルグル宇宙を旅します。その際には現地の文化・政治事情に精通した仲介人(もしくは護衛)を雇うことがよくあります。
 乱暴で流動的な政治事情のため、トラベラー協会(Traveller's Aid Society)はヴァルグル諸国全域をアンバー・トラベルゾーンに指定し、危険とわかっている星系には通常通りレッド・トラベルゾーン指定を行っています。しかしヴァルグル世界の情勢は常に変化するので、帝国内での分類は必ずしも正確とは限りません。

 帝国領内にヴァルグルのみが居住する星系は数少ないですが、帝国各地にヴァルグルは拡散し、集団で居住しています。大都市にはよくヴァルグル街があり、他種族の住民と交流しています。そういった地域は本国同様に、騒がしく色彩豊かな傾向があります。
 ヴァルグルは基本的に権力に対する敬意が欠けていますが、人類の指導者をヴァルグルと同じように威信ある者と見なして従っていますし、権力奪取は人類社会では無益とも学んでいます。
 一方でヴァルグルは帝国の法律が厳しすぎると感じています。法律を尊重はしますが、帝国領内を旅するヴァルグル旅行者の多くは最低1回は軽犯罪で起訴されるのが常です。ヴァルグルの帝国への入国目的は、主に観光と傭兵活動と商売、そして犯罪です。

 帝国領外のアムドゥカン宙域を中心に広がるジュリアン保護国(Julian Protectorate)では、ヴァルグルと人類は密接な関係を築いています。この宙域ではかつて、ソロマニ系巨大企業のメンデレス社(Menderes Corporation)がヴァルグル移民を安い労働力(悪く言えば奴隷)として扱っていましたが、やがてヴァルグルが働き手としてだけではく、交易の相手としても、宙域経済を浮揚させる存在としても優秀なことに気付きました。そこで同社は方針を改め、ヴァルグルと人類の融和を目指す施策を次々と打ち出しました。
 それが結実したのは、第三帝国が旧領回復を目指して宙域に侵攻してきた時でした。人類とヴァルグルは共に武器を取って立ち上がり、双方は当時のメンデレス家当主であるジュリアンを「威信ある指導者」と認めて結集しました。やがてジュリアンを国父として建国された保護国は、最終的に帝国の進出を退けたのです。

 その一方で、ガシカン宙域近辺のヴァルグルは今でも良くて奴隷扱い、悪ければ即座に殺害の対象となっています。前述のアムドゥカン宙域と同様に、ここでもかつてヴァルグルは人類よりも低く貧しい地位に置かれていました。そんな中、待遇改善を求めて立ち上がったヴァルグルの民衆は用心棒としてヴァルグル海賊団を雇い入れたのですが、民衆の指導者はすぐに「より威信ある」海賊の頭目に取って代わられてしまったのです。海賊は宙域各地の人類星系を襲撃しては略奪を繰り返し、報復の連鎖は各地に飛び火しました。そして最終的に(群小人類イレアン人(Yileans)の母星でもある)首都ガシカンを海賊が核攻撃し、約40億人が死亡するという大惨事を招きます。これら一連の「ガシカン略奪(Sack of Gashikan)」と呼ばれる悲劇の記憶とヴァルグルへの憎悪が、現在この宙域を統治するガシカン第三帝政(Third Empire of Gashikan)にも受け継がれているのです。

 もう一つ国境を接するゾダーン人とは、最初の接触以降ずっと友好関係を築いています(もちろん海賊には関係のないことですが)。特に、ゾダーン国境に接するヴァルグル国家はゾダーン文化の影響を強く受けて安定と平和を求めるようになり、いざこざを繰り返す中央の同胞を冷ややかに見ています。また、国境沿いには超能力研究所がいくつも建設されていて、訓練された超能力者を数多く輩出しています。
(※ヴァルグルの超能力の素質は人類と同等です。しかしヴァルグル諸国では超能力の研究は進んでおらず、才能はあっても超能力を発現させることは難しいです。超能力に対する態度も奨励から排斥まで様々ですが、一般的には無関心です)

 ちなみに、ヴァルグルが金銭や目的のために(そして可能なら威信の高い)人類に雇われるのは十分ありえますが、ヴァルグルが人類を雇うことには種族の誇りが邪魔をして抵抗があるようです。少なくとも、自分ができる行為や技能に関しては異種族に任せたがらない傾向があります。一方で彼らは人類の「忠誠心」は高く評価していて、特に「正直な」ゾダーン人は信用できると考えています。


■ヴァルグルの言語
 ヴァルグル社会の多様性は言語にも及んでいて、数百もの異なる言語や方言が存在します。政府は特定の言語を採用する傾向がありますが、一部地域では交易や交渉事のためだけの共通言語が用いられることもあります。グェク=イッフ混在文化圏(Gvegh-Aekhu Cultural Region)に属するスピンワード・マーチ宙域やグヴァードン宙域では主にグェク語(Gvegh)が用いられ、全体の6割が母語としています。
 彼らの言語は己の威信によっても異なります。立場の低い者はより文語的に堅苦しく、立場が高くなるとより口語的に砕けた喋り方をします。そして聞き手にどう伝わるか細心の注意を払い、上位者には敬意を表します。ヴァルグル言語は単なる対話手段だけではなく、自身の威信を相手にどう伝えるかが重要な観念となっているのです。これを誤ると逆に威信を失うことに注意が必要です。
 身体言語(body language)もヴァルグルの会話には欠かせません。彼らは顔の構造上限られた表情しか作れないため、会話の意味を補強するために姿勢、立ち振舞い、耳や尾の動きを活用します。また、無意識に出た身体言語で相手に感情を悟られてしまうのを防ぐために、相手の気を逸らすような仕草を見せることもあります。


■ヴァルグルと〈近接戦闘〉
 〈近接戦闘〉はヴァルグル特有の技能で、単なる戦闘技能以上のものです。それは彼らの集団の中で力と威信を見せつけるためだからです。これは争い事や侮辱を解決するためだけでなく、指導者の実力や威信に疑念を抱いた際に権力を奪取するためにも用いられます。決闘は低い威信の者が最も手っ取り早く威信を得るための手段で、自分より高い威信を持つ者に勝利した場合は両者の威信が入れ替わります(※ルール上では威信の上昇は一度に4点が限界なので、集団の最下層からいきなり頂点に立つことはありません。一方で下降は無制限です)。ただし、やたらと仲間に決闘を申し込む者は一般的に威信を失い、最悪の場合は集団から追放されます。


■ヴァルグルの経済
 他種族における巨大企業のような会社機構は、ヴァルグルには存在しえません。運営に必須である階層構造と遠隔権限がヴァルグルの考え方と相容れないからです。成功している大企業は組織を小規模の子会社に分割することで遠隔権限を削減し、子会社の意欲を維持しています。このため、ヴァルグル企業は星域規模が最も良く機能します。
 企業は常に用心深く、革新的でなくてはなりません。効率性を高める企業改革は、企業が競争力を維持するための基本中の基本です。仕事に満足できない、自分が過小評価されていると考えた労働者は、さっさと転職する傾向があります。また、従業員も株式を持ち合う慣習があるため、失敗した経営者の交代は簡単に行われます(「一時的な降格」を受け入れやすい風土があるとも言えます)。

 ヴァルグル経済は国家規模止まりで、国家間経済というものは存在しません。物価は地域によって最大3割も異なります。同様に賃金も異なりますが、これには威信の方が大きく影響し、威信の高い者にはより多くの賃金と権限が与えられます。
 ヴァルグルは購入する商品価格から自分の給料まで、より良い条件を引き出すためにまず交渉を試みます。よって宇宙港や市場のような場所では、激しい交渉の不協和音で非常に騒がしくなります。
 経済学の分野は発展していないのでオプション取引は事実上存在せず、投資も珍しいです。企業は非常に不安定なので、貸し手や投資家に対しては配当を納得させるだけでなく、投資者を保護するための何かしらの担保が要求されることでしょう。


■ヴァルグルの軍事
 ほとんどの星系は何らかの形で軍事力を保持していますが、技術水準や練度はまちまちです。恒星間国家は加盟星系全ての軍隊を統制したり、逆に星系軍に権限を移譲していたりします。多くの世界では軍隊は陸軍と海軍で構成されています(海兵隊は有っても小規模です)。軍隊内の階級は気まぐれに独自のものが発行されていたり、厳格に定義されていたりします。帝国で見られる連隊・大隊・小隊といった区分けもあまり利用されていません。
 軍隊内の上下関係は威信によって定まるので、民衆を動かす力に長けた政治家が最高指揮官になりがちなのですが、軍隊指揮や戦術に関する技量を持たないことが常です。とはいえ指揮官は、地位に見合った期待に応えなくてはなりません。失敗した指揮官はすぐに他の威信ある者に取って代わられますが、その者が軍事面で有能かどうかは別の話です。
 彼らの精神面での影響は、軍隊組織だけでなく士気面にも強く出ています。威信の高い指揮官に率いられた部隊は士気も高いのですが、その指揮官に何かあった場合は一気に潰走する恐れがあります。また、ヴァルグルの兵士はしばしば任務放棄(ストライキ)や抗議集会を起こしがちです(上官への反抗も周囲から威信を得る一つの手段だからです)。そして戦闘中であっても、敵に寝返った方が得だと思えば脱走も躊躇しません(とはいえ失敗すれば重罪で裁かれますが)。


■ヴァルグルと海賊団
 ほとんどの人々がヴァルグルを想像する際に、まず思い浮かべるのは国境近辺に展開する海賊団です。しかしヴァルグル全体から見れば海賊に属する者は1割に過ぎません。真っ当な生き方を選んだヴァルグルにとっては迷惑な話なのです。
 海賊団は法律を守らず、国境を無視します。統一政府のないヴァルグルには統一された法執行機関がなく、それが海賊団をのさばらせる原因となっています。そして国境を越えさえすれば、たいていの法律問題を避けることができるのです。しかしヴァルグル領外では、海賊行為の抑止のために国家の法執行機関が目を光らせ、軍隊が哨戒を続けているので、襲撃は難しくなっています。
 大規模な海賊団は正規軍に匹敵する規模に組織され、独自に基地を構え、国家に傭兵として雇われるのは珍しくありません。大海賊団の豊富で多彩な装備はあらゆる仮想敵に対応し、紛争の抑止力として機能しています。そしてひとたび戦争になれば報酬として略奪品の一定量を受け取る契約になっています。
 大海賊団は軍隊も同然ですが、重要な利点が一つあります。軍隊の指揮官は威信はあっても能力不足の場合が多いのに対し、一般的に海賊の指揮官は威信と能力を兼ね備えているのです。これにより軍隊よりも部隊を安定させ、しっかりとした指揮系統を確保することができるのです。


■ヴァルグルの支族
 外部の者にはあまり知られていない事実として、ヴァルグル諸国にはいくつかのヴァルグル支族(subspecies)が存在します。これら少数支族は、太古種族によって開発された「完璧な」ヴァルグルから逸脱した欠陥品として見られ、偏見と差別の対象となっています。多くの支族はレアを離れ、辺境星系を隠れ里として定住しました。
 ヴァルグル支族の多くは帝国では未知であり、ヴァルグル自身でさえ社会から遠ざけているので限定的な知識しか持ち合わせていません。中には特殊な超能力を駆使する支族もいると言われています。
 帝国で知られている数少ない支族の一つがウルジン(Urzaeng)で、屈強な肉体を持つ(身長1.8メートル、体重70キログラム)ことからヴァルグル社会から追放されていない唯一の支族でもあります。ウルジンは元々重労働と戦闘のために太古種族によって設計されたと考えられており、知的・精神的能力が反対に犠牲となっています。そのため彼らは必然的に粗暴な性格となりました。


■ヴァルグルと辺境戦争
 帝国暦589年、帝国とゾダーンの間の国境問題が第一次辺境戦争(First Frontier War)に発展すると、ゾダーンはグヴァードン宙域のヴァルグル国家に同盟を持ちかけます。元々ゾダーンとは友好関係にあり、帝国とは以前直接戦火を交えた(220年~348年のヴァルグル戦役)という背景もあって、ゾダーン中心の「外世界同盟(Outworld Coalition)」に参加するヴァルグル国家が相次ぎました。
 15年間に及ぶ戦争の間、ヴァルグル軍は彼らが得意とする戦法でスピンワード・マーチ宙域の奥深くまで侵攻しましたが、最終的に両軍は膠着状態で停戦に漕ぎ着けました。新たな国境線が帝国とゾダーンの間には引かれましたが、ヴァルグルとは何の変化もありませんでした。
 615年からの第二次辺境戦争(Second Frontier War)以降、改組された外世界同盟で多くのヴァルグル国家はゾダーンと共に帝国を弱体化させるために戦いましたが、興味深いことにここでもヴァルグルの「多様性」は影響しています。いくつかの小国は帝国側につきましたし、海賊団すら両陣営に分かれて戦いあったのです。


【ライブラリ・データ】
レア(プロヴァンス宙域) Lair 2402 A8859B9-F G 高技・高人・肥沃 G Vl 首都
 ヴァルグルの母星であるレアは、実は彼らの間では様々に呼ばれており、レアというのは便宜上帝国人が付けた星系名に過ぎません。多くのヴァルグルは「野獣の巣」という意味を持つその単語で呼ばれることを侮辱と捉えますが、その割に彼らは母なる星に対して特別な感情は抱いていません(ましてや遺伝子上の故郷に過ぎないテラは尚更です)。過去800年間にこの星を治めた12国のうち、7国が星系外から統治していたという事実がそれを裏付けています。
 温暖な惑星であるレアには、現在約23億のヴァルグルが居住していますが、人類や他種族も一部住んでいます。かつての自然の多くは都市や工業地帯に取って代わられましたが、農産物や家畜のための農業地域が広く取られています。
 レアはつい最近まで星系内の一部が独立を謳歌していたという意味で、主要種族の母星では珍しい存在です。威信ある指導者によって大国の首都として統一こそされたものの、今の後継者には威信が欠けており、それを埋め合わせるべく強権に転じた政府の崩壊は時間の問題と思われています。
 なお、惑星レアの赤道傾斜角はテラとほぼ同一で、その傾きが約30万年前に引き起こされたという地質学的証拠が存在します。
(※GURPS版設定でのみ、レアには軌道エレベータ(Beanstalk)があることになっています)

選民教会 Church of the Chosen Ones
 帝国暦895年に設立された選民教会は、短期間でヴァルグル全体に広まりました。今でこそ活動は下火になっていますが、選民教会の名を知らないヴァルグルはまずいません。
 選民教会の教義は、太古種族によって「完璧な」優越種として創造されたヴァルグルこそが宇宙を支配すべきだ、というものです。これには他種族に限らずヴァルグルの間からも反論が呈されていますが、信者は聞く耳を持ちません。
 教会では集団生活が営まれ、各集団には独自の伝統や服装規則(白い服のみを着る、特定の入墨を彫るなど)があります。現在の教会には約20ほどの宗派が存在し、それぞれ複数の集団から構成されています。

グェク文化圏 Gvegh Cultural Region
 ヴァルグル諸国のスピンワード方面で広まっている文化です。グェク文化圏はヴァルグル諸国でも政治的に最も不安定な地域です。政府は大型化する傾向がありますが、それだけ内紛や国境問題や戦争が多発しています。個人もその影響を受け、他のヴァルグルよりも衝動的で、環境が自分の意に沿わなければすぐに不満を持ちます。

イッフ文化圏 Aekhu Cultural Region
 デネブ領域の帝国国境沿いに広まっている小さな文化圏です。グェク文化がゾダーンに惹かれたように、イッフ文化は帝国に関心を持っています。この文化は小さいながらも影響力は強く、隣接するグェクやロゴクス(Logaksu)との間に混在文化を形成するほどです。この混在文化圏はイッフ本体よりも広いです。
 この文化圏のヴァルグルは、特に宗教・倫理・愛郷心の面で非常に多彩です。他者と意見が合わないことは普通であり、この地域における変化は他の文化よりも頻繁かつ極端です。その分、意見の一致しやすい家族を非常に重んじます。イッフのヴァルグルは家族と定期的に接触していることが多く、特に同居している場合は一緒に働くことは珍しくありません。


【参考文献】
Alien Module 3: Vargr (Game Designers' Workshop)
Referee's Companion (Game Designers' Workshop)
Rebellion Sourcebook (Game Designers' Workshop)
Alien Vol.1: Vilani & Vargr (Digest Group Publications)
GURPS Traveller: Alien Races 1 (Steve Jackson Games)
Alien Module 2: Vargr (Mongoose Publishing)
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