宇宙の歩き方

The Astrogators' Guide to the Charted Space.

ぶらりTL11の旅(2) 『Clement Sector』

2015-11-16 | Alternative Universe
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 シリーズ2回目のお題は、Gypsy Knights Gamesの『Clement Sector』。この会社は、元々マングース版向けに『Quick Worlds』シリーズ(※現在は第26巻を除いて販売終了)という「宇宙のどこかにありそうな星系の詳細設定」や、シナリオフックやNPCや団体を21個ずつまとめた『21』シリーズを展開していました。
 やがて、その数が増えていくにつれて(汎用設定集ではありつつも)独自設定が実体を持ち始め、『Quick Worlds』の総集編である『Subsector Sourcebook』シリーズの発表を経て、2012年の『Hub Federation』、そして2013年の『Clement Sector』の登場で独自宇宙としての展開が開始されました。
 では、その「クレメント宙域」とはどんな所か、その歴史から紐解いていきたいと思います。


 戦争や災害が相次いだ21世紀初中期の激動の時代を経て、地球の各国は生き残りのためにより内向きに、国家主義的になっていきました。統一地球政府の夢こそ潰えましたが、2070年代後半には各国は復興を終えて再び繁栄を始めました。国家主義による国家間競争の激化は、新たな資源を求めて宇宙への進出を促しました。21世紀末には企業や国家が数多くの入植地をルナ(月はこの頃からそう呼ばれていました)に築き、小惑星を占有しては採掘し、幾つかは火星にも進出していました。
 西暦2160年頃には、地球の主要国は太陽系各地に広がっていました。イオンエンジンは科学者や労働者をガスジャイアントまで運び、莫大な量の鉱石や化学製品や資源を地球にもたらしました。その間にも新たな推進力の研究が進められていましたが、ドイツの科学者であるヨハン・ツィム(Johann Zimm)は「量子もつれ」を利用した画期的な推進機関を開発しました。物体を異次元空間に通すことで超光速航法を実現したツィム機関、またの名を「Zドライブ」の実証実験は2179年に始まり、まずはほんの数分で地球からセドナまで、後に26時間で1光年を、84時間(3.5日)で1パーセクの距離を「Zシップ」が移動できることが確認されました。
 2180年にはプロクシマ・ケンタウリ星への飛行計画が立てられ、110時間(4.5日)で到達しました。実験が続けられた結果、Zドライブは2パーセクを7日間で移動できるものの、一度に2.4パーセク以上は移動できないことも確認されました。続く20年で人類は地球周辺の星々に進出していき、エリダヌス座イプシロン星には初の太陽系外入植地「ノイベルリン(Neu Berlin)」がドイツ人によって築かれました。
 西暦2200年、そのイプシロン星から1光年離れた場所に直径2mmのワームホールが発見されました。2205年からはそのホールを拡張する計画が進められ、科学者は3年後には探査装置を通すに十分な大きさの「橋」を確保しました。EB1と名付けられた探査装置はワームホールを通過し、様々なデータを集めて無事帰還しました。

何とそのワームホールは、6万光年離れた銀河系の反対側に通じていたのです!

 2210年にはワームホールは宇宙船が通過できる規模に拡大され、「オクタゴン」によって固定化されました。そして様々な宇宙船がそこを通過していきました。そこから1光年先にはK7V型の主系列星があり、植民に適した惑星もありました。「ハブ」と名付けられたその惑星は、新宙域へと旅立った全ての人々が訪れる最初の世界となりました。
 この「クレメント宙域」は「アース宙域」と異なり、居住に向いた惑星が豊富であることがすぐに判明しました。地球の各国は競うようにハブ星系周辺に入植していきましたが、2235年の国連総会で締結された「独立世界条約(Independent Worlds Treaty)」よって、ハブ星域外の植民星は全て独立国と同じ扱いとなるよう取り決められました。このことにより、ハブ星域に隣接したフランクリン、カスカディア、セコイアの各星域には、地球上では独立を勝ち取れなかった民族(ウクライナ人(※この時代のウクライナはロシアの支配下にあるらしい)、イグボ人、バスク人など)や、宗教団体や完全自由主義者(リバタリアン)や社会主義者といった思想集団、地球での生活に幻滅した人々が押し寄せ、「自分たちの新たな故郷」を次々と開拓していきました。
 人と資源が行き交うようになったワームホールはいつしか「コンジット(導管)」と呼ばれるようになり、国家や企業の注目はアース宙域からクレメント宙域に集まるようになりました。入植に適した星の少ないアース宙域の開発が停滞する一方で、クレメント宙域の入植地と通商路は拡大を続け、ワームホールの発見からわずか130年でクレメント宙域のリムワード方面を除いてほぼ植民地が置かれ、さらに隣接宙域へと入植が始まりつつありました。

しかし西暦2331年4月15日、「コンジット」は突如消滅しました。

 大きなエネルギー波を検知した数秒後にホールは閉じ、たまたまオクタゴンに居た数百名は崩壊に巻き込まれて死亡しました。科学者は現場に急行しましたが、ホールが量子レベルに縮んだだけという予測に反して、原因不明の理由で文字通り消滅したことがわかりました。はっきりしているのは、クレメント宙域の人々がいきなり地球から6万光年の彼方に取り残されてしまったことです。
 「コンジット」の崩壊を受けて、即座にハブ星系大統領ヒョードル・ハウザーは他星系の指導者と連絡を取り、地球からの統治に代わる恒星間政府を提唱しました。最終的に2332年7月30日にハブとその植民地星系、および隣接する4星系の計6星系が自由通商と一括防衛を基盤とする「ハブ連邦(Hub Federation)」を結成しました。
 その後10年間、科学者たちは必死に「コンジット」の復元や新たなワームホールの発見に取り組みましたが、2342年現在、全く成果は得られていません。クレメント宙域の全ての人々は今、地球から離れた自分たちがこれから進むべき道を模索しています。


 このように、近年の観測技術の進歩により「入植に適した太陽系周辺の星々」という王道にリアリティが無くなってしまったところに「銀河系の反対側に通じたワームホール」というハッタリをかますことによって、トラベラー的な「入植に適した星だらけ」の環境を生み出したというのは、非常に上手いやり方だと思います。
 また、ハブ連邦がわずか6星系の小国家であり、他の星系は全て独立扱いなので、勃興期ならではの成り上がりや英雄譚も不可能ではないでしょう(巨大企業の存在感がOTUほどでもありませんし)。加えて、歴史が浅いながらも入植者が元々「異端児」だらけなので、各星系の個性もかなり際立っているのも注目点です(ハブ連邦が主に独英米系の移民で構成されているので、そこから見ての「異国感」ということになりますが)。
 始まりが「オリジナル星系の詳細設定本」なので、各星系設定の細かさはOTUを遥かに超えます。星系内惑星の軌道や主要惑星の詳細なデータ、惑星図、地方政府や各都市の情報(人口から気温まで)、文化様式、はたまた地方暦の数え方(例:ハブ星系は入植初日を紀元として、公転周期116日なので1年は116日…ではなく3公転の348日であり、1公転ごとに前期・中期・後期と呼び表す(例えば、123年前期101日))に至るまで、必要十分過ぎる情報が手に入ります。残念ながら、NPCは自前で準備しないといけませんが。

 「クレメント宙域」設定で、OTUと最も違うのがジャンプドライブに代わる「Zドライブ」の存在です。OTUのジャンプドライブは航行距離に関係なく異空間に約168時間(7日間)留まるものでしたが、Zドライブは2パーセクの移動に168時間を要するのを基準とし、1パーセク移動なら半分の84時間、1auならわずか1秒で移動できます(この設定により、全ての恒星間宇宙船は設計段階で「ジャンプ-2」相当の性能が義務付けられます)。ただしOTUと同じく「重力井戸」の設定は存在し、惑星・恒星の「直径100倍圏」の外でジャンプしなくてはならないのは同じです。
 また、各星系(ゲーム的に言えば星域図のヘクス)には16ヶ所の「ツィム点」が存在し(ただし「点」と言っても直径50万~100万kmの空間ですが)、航法士は目的地の特定のツィム点を狙って航路算出を行うことになります。星系から「出る」には(100倍圏の外であれば)どこでも構いませんが、星系に「入る」のは特定のツィム点なのです。当然ながら、ツィム点に「出現」した船は衝突防止のために速やかに別の場所に移動することが求められます(ツィム点は航法データに記載がある他、星系によってはビーコンが設置されていることもあります)。
 ジャンプの際に宇宙船は「バブル」に包まれて異空間を移動するのはOTUと同じですが(※ただし古い設定ではバブルは無いことになっていたので、変更されたと思われます)、そのバブルは5000トン以上では形成できず、2000トン以上でも一定確率でジャンプ中に「破れて」しまいます。この設定により、OTUよりも小型艦が主力となっていることが伺えます(※さらに言えば、制約のない防御側が圧倒的に有利のような気もしますが…?)。
 そしてこの設定により、星系内移動がかなり便利になっています。100倍圏の外にさえ出てしまえば太陽系規模の星系内ならどこでも1分かからず移動できてしまうのですから、星系内物流を前提とした地方経済やOTUとは異なる艦隊戦術も成立しそうな感じです。

 このクレメント宙域でも、今のところ他の知的生命との接触は果たされていません。ただし、惑星改造の疑いのある星があったり、300万年前の異星文明の痕跡が発見されたりと「何者か」の存在を伺わせる要素は存在します。
 その代わりと言ってはあれですが、プレイヤーキャラクターとして「知性化種」が使えるようになっています。用意されているのはエイプ、ドルフィン、ベアーといった定番から、クラーケン(外見は『クトゥルフの呼び声』に出てきそうな感じ(笑))、イェティといったものまで!(イラストではパンダも知性化されていた) 他にも、人類に遺伝子改良を施して低重力環境に適応させた「オルトラン(Altrans)」もPCとして使えるルールが整備されています。
 人類といえば、クレメント宙域の平均寿命は何と254歳なのです! 宇宙植民が始まる頃には画期的な延命・抗老化医療が普及していたらしく、見た目と実年齢が倍ぐらい違うのは既に当たり前の社会となっています。ルール上で老化が始まるのは76歳以降とされるなど、古くから『トラベラー』に付いて回る「中年の世界」というイジリを設定で回避してみせています(ただしキャラクター作成時には「4レベル制限」があるので、達人は作れても超人は作れないようにはなっています)。

(※『2300AD』と違って植民地獲得競争にならなかったのも、この寿命設定のせいだったりします。地球諸国が延命によって膨れ上がった自国民を一刻も早くクレメント宙域に「棄てる」必要に迫られた結果、植民星を「他国」とみなせる独立世界条約が締結されたのです)

 なお、基本的にTL11設定ではありますが、極一部の先進星系ではTL12に到達していたり、OTUではTL13扱いの「対話型コンピュータ」やクローニング技術がTL12で存在しています。あくまでトラベラーなので言うまでもないですが、例によって超光速通信はないので「旅の速度=情報の速度」です。また、超能力は「ない」と明言されています。


 ATUの中でも特に販売点数の多いこのシリーズは、結局何を買ったらいいか解りづらくなっているのも否めません。ということで簡単にまとめてみます。

●『Introduction to Clement Sector』
 最近刊行された「クレメント宙域」の無料ガイドで、宙域史とサンプル星系(でも『Quick Worlds』1つ分と同量)を収録しています。

●The Clement Sector Central Core Setting Pack
 「まずはこれを買っとけ」と言わんばかりの中核設定をまとめたバンドルパックです。収録されているのは以下のものです。

『Clement Sector』
 「クレメント宙域」全体の背景設定、宙域全体のUWP、キャラクター作成ルール、サンプル宇宙船などを収録。全てはここから始まる。

『Career Companion』
 新たな経歴部門の追加、追加知性化種族とオルタントPC作成ルールの追加、年齢効果ルールの改定、社会身分度の意味付けの変更(「生まれついての社会階級」ではなく「今の生活水準から来る見た目や威厳」になったので、高い社会身分度を維持するにはそれだけ毎月生活費を掛ける必要がある)。

『Clement Sector Player's Guide』
 さらなるキャラクター拡張ルール(若年キャラクター作成や大学ルールの導入)、新技能などの追加。

『The Anderson & Felix Guide to Naval Architecture』
 宇宙船建造ルール(小艇およびZドライブ以前の宇宙船も含む)と、わずかながらサンプル宇宙船を収録。ちなみに「Anderson & Felix」というのは、ハブ連邦海軍の艦船建造を一手に担う大手造船企業の名前。

『Clement Sector Fillable Character Sheet』
 おまけのキャラクターシート。

●The GKG Core Subsectors Pack
 『Subsector Sourcebook』シリーズの初期4作品をまとめたものです。ハブ、カスカディア、フランクリン、セコイアの4星域内の星系の詳細な設定が記載されていますが、ハブ星域内のハブ連邦加盟6星系に関しては別途『Hub Federation』の購入が必要です。そもそも『Hub Federation』はその名の通りハブ連邦そのものを解説しているため、いずれにせよ購入必須ですが(そのため、『Hub Federation』と『Hub Subsector』のセットである「The Full Hub」を先に購入する手もあります)。

●The Colonies Bundle
 クレメント宙域内外に広がる「植民星群」をまとめた資料集で、デイド(Dade)、ピール(Peer)、スペリオル(Superior)、ドーン(Dawn)の4星域分が入っています。クレメント宙域中心4星域とは異なる「辺境」が旅人たちの新たな冒険の舞台となります。
 なお、総集編の『The Clement Sector Colonies』は現時点でソフトカバー版のみなので注意。

●The Hub Federation Military Character Pack
 ハブ連邦の軍事部門である、連邦海軍を解説した『Hub Federation Navy』と、連邦陸軍を解説した『Hub Federation Ground Forces』のセットです。それぞれ組織図(特にハブ連邦では陸軍の下に海兵隊と惑星防衛軍が置かれているのがポイント)や制服設定、上級キャラクター作成ルール、装備品などが記載されています。
 これにさらに『Ships』シリーズから初期2作品を加えた「The Hub Federation Bundle」もあるのでお気をつけを。

●The 21s
 様々なものを21個ずつ集めた『21シリーズ』のバンドルです。企業や団体、中には「女性だけの特殊部隊」とかもあったりする『21 Organizations』『21 More Organizations』、トラベラーではお馴染みの「パトロンとの遭遇」を集めた『21 Plots』シリーズ7作品、宇宙港内のカジノや小売店といった施設(とデッキプラン)を集めた『21 Starport Places』、反重力バイクから戦闘車両まで収めた『21 Vehicles』、チンピラから独裁者まで「悪役」を集めた『21 Villains』、の全てがこれ1つに収まっています。
 これらに関しては「クレメント宙域」に限らず、設定を少しいじればOTUや他のATUに移植することは容易でしょう(元々はそういう用途の製品ですし)。

●The Cascadia Adventures
 カスカディア星域を舞台にした3部作シナリオ『Save Our Ship』『The Lost Girl』『Fled』を集めたものです。これに『Subsector Sourcebook 1: Cascadia』を加えた「The Cascadia Subsector and Cascadia Adventure Pack」もあります。

●The GKG Adventure Pack
 上記カスカディア3部作に、ドーン星域を舞台にした『Dawn Adventures』シリーズ2作品を加えたものです。
 なお、最新作『Grand Safari』は単品売りしか存在しないので注意。

●The GKG Starship Bundle
 1つの宇宙船を1冊かけて詳細に解説する『Ships of Clement Sector』シリーズと、Zシップ以前の時代の宇宙船を解説する『Historical Ships of Clement Sector』シリーズを収めています。

 居るかはわかりませんが「俺は出てる物は全部買うぜ!」という剛毅な方には、その年に出た全ての作品をまとめた「Gypsy Knights Games Bundle」シリーズがおすすめです。現在「2011」「2012」「2013」「2014」があり、来年には「2015」がきっと出ることでしょう。


 このように、本気で集め出すと結構お金がかかるのは否めませんが、その分ATUでも群を抜いて設定が深いのがクレメント宙域。『トラベラー』の王道設定を踏襲しつつもアレンジを加え、最近流行りのトランスヒューマンSF的な要素も少々盛り込んで、異彩を放つ魅力的な宇宙に仕上がっています。今後の設定の拡大も期待できる、今、最も活発なATUです。「貴族がのさばってて、何だかんだで身分がものを言う社会にはうんざりだ!」という方には、こんな新天地はいかがでしょうか?

 ……あとはまあ、妙にドイツ推しですよね(笑)。これまでアメリカ主導型のSF世界が多かったので、個性を出すためにそうしたのかもしれませんが。


(※なお、マングース版トラベラー第2版の刊行に合わせて『Clement Sector』や『Anderson & Felix Guide to Naval Architecture』の改訂版も予定されているそうですが、旧版購入者には便宜を図ってくれるそうなので安心してください)
Comments (2)
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