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宇宙の歩き方

The Astrogators' Guide to the Charted Space.

星の隣人たち(7) グヴァードン宙域の(帝国に関係する)諸勢力

2018-05-12 | Traveller
「王子の新しい船は、新しい国を築く鍵となりました。船の名を冠した彼の国はこの宙域で最も大きくなり、今も宙域の名に残っています。王子は、船を授けてくれた恩人の名を船に付けていました。放浪者グヴァードン、と――」
――童話『グヴァードンの物語』より


 グヴァードン宙域は様々なヴァルグル政府によって統治され、帝国とゾダーンの双方国境に隣接し、多様な文化、政治的不安定、先の読めない貿易、頻繁な紛争地帯となっています。このような状況は帝国やゾダーン市民には混沌としているように見えますが、ヴァルグルにとっては日常の生活様式です。
 ヴァルグルを知る者ならわかることですが、ここでは過去2000年以上に渡って数え切れないほどの国家が生まれてはすぐに消えていきました。そのほとんどは記録にも残らず、名高い(もしくは悪名高い)大国だけが歴史書の中に記されています。


■国家
第40戦隊(エッヘー・クォフィ) Ekhlle Ksafi
 第40戦隊は元々、第一次辺境戦争のジヴァイジェの戦い(Battle of Zivije)で壊滅したヴァルグル艦隊の生き残りです。コウドヴォン准将(Commodore Koudvan)に率られたこの敗残兵たちは、内輪揉めばかりの星々を制圧して封建的な軍事政権を打ち立て、以後500年に渡って権力を維持し続けています。今ではゾダーンの支援を受けている戦隊海軍は、グヴァードン宙域の中でも最精鋭と言われています。
 国家は将校たちによって統治されており、第一次辺境戦争時に確立された階級構造と軍事規律が保たれています。ヴァルグルらしからぬことに、各艦の乗組員は生涯の大半を同じ艦で過ごすうちに相互に深い友情を芽生えさせ、それぞれ独特の閉鎖的な文化を生み出しています。
 首都をユシス(グヴァードン宙域 1738)に置いている第40戦隊は、ユシェ星域の6星系を支配下に収めています。各星系では自治がなされていますが、実際には守備艦隊司令部と星系政府の合議政です(※というのも建前で、軍部の意向が優先されるため住民には不満が溜まっているようです)。現在、政情はやや不安定化していると伝えられていますが、それでも海軍艦隊の名声はこの国の統一を保つ接着剤として機能しています。
(※ゲーム『第五次辺境戦争(Fifth Frontier War)』に登場するユシス艦隊(Uthith Fleet)とギリール艦隊(Gireel Fleet)はこの第40戦隊の所属とされていますが、後の設定変更に伴いギリール星系は無かったことになり、ユシス星系の座標も変わりました)

ケズジ共同体 Kedzudh Aeng
 この緩やかな連合はフィルグル星域における海賊行為の抑止を目的として、1044年に結成されました。現在では海賊団クフォルゼンの脅威に晒されている9星系が加盟しています。共同体の各星系政府は自治権を保持しながら、警察力と小艦隊の維持のために少額の加盟税を支払っています。なお連合体の法執行権限は、奴隷売買や密輸などの犯罪防止に限定されています。
 共同体海軍は首都アックズ(3034)にある唯一の基地に駐留し、そこから国境内の通商路を哨戒しています。海軍は領内にいる宇宙船への臨検の権限を持ち、不法行為があれば容疑者の逮捕・起訴を行います。そして発見された違法物品や盗難品は押収され、艦隊の維持費として役立てられます(窃盗の被害者は押収から1週間以内の提訴が認められています)。海軍の運営費の約3分の1はこうして賄われていますが、多くの市民は中には冤罪もあるのではないかと疑っています。

スーングリング帝国 Thoengling Raghz
 スーングリング帝国はグヴァードンとトゥグリッキの両宙域にまたがる中央集権的な大国です。この国は792年以来現在の形で存在しており、ヴァルグル全体でも最も大きく、安定した国として知られています。終身制の皇帝は議会の投票によって選出されますが、皇帝の子息がその跡を継ぐことは法律で禁止されています。またこの国には皇室に忠義を誓う貴族階級が存在します。
 国家は領内全ての警察力と軍事力を統御し、犯罪者に対する刑罰は迅速かつ厳しいものがあります。外世界(および国境間)取引には貿易許可証が必要とされますが、これは滅多に拒否されず、加盟世界はスーングリング帝国内外の諸企業との健全な取引関係を結んでいます。第三帝国もこの国の安定性と強大さを見込んで主要な貿易相手としており、ヴァルグル諸国における第三帝国の権益を強力に支えています。

第三帝国 Third Imperium
 グヴァードン宙域の世界を帝国が支配するのは困難を極め、結局、トライアド(2436)とギューツォン(3233)に属領を確保して海軍・偵察局基地を設置するのが精一杯でした。
 帝国が基地を置く目的は2つあります。帝国はヴァルグルを潜在的な脅威とみなしており、ヴァルグル領内に観測拠点を必要としていました。一方で帝国はヴァルグルとの良好な貿易関係を築くことで、帝国領への襲撃を減らそうともしています。両基地の存在は効果的に機能しており、国境付近での海賊攻撃を低減させています。


■企業
グヴァイノックス Gvaeknoks
本社:クフォリール(1421 B86AAA6-B)
商圏:グヴァードン宙域
 グヴァイノックスはグヴァードン宙域最大級の運輸会社です。同社には各星系を定期航路で回るジャンプ-2船団と、主要世界間を素早く運ぶジャンプ-3船団があり、宙域内のあらゆる世界で輸送業を展開しています。

オベルリンズ運輸 Oberlindes Lines
本社:リジャイナ(スピンワード・マーチ宙域 1910)
商圏:リジャイナ星域、アラミス星域、ユシェ星域、フィルグル星域
 グヴァードン宙域内ではグヴァイノックス社に次ぐサービスの良さで知られる帝国系の運輸会社です。帝国とヴァルグル諸国の国境越え貿易の多くをこのオベルリンズ運輸が取り扱っています。
 同社のヴァルグル諸国における象徴が巡洋艦エミッサリーで、その存在は海賊への抑止力として十分なほどに機能しています。
(※リジャイナ~ケズジ共同体~スーングリング帝国間の交易路は確保していますが、そこから先についてはさすがにグヴァイノックスの牙城は崩せていないようです。ちなみに、ラウグジルゾーラ(2040)の宇宙港をAクラスに改修したのもオベルリンズ運輸だそうです)

ラッハソール造船 Rrakhthall Shipyards
本社:アックズ(3034 A424551-E)
商圏:フィルグル星域
 ラッハソール造船は、897年に当時無人だったアックズ星系に家族経営企業として創業されました。創業者こそラッハソール家の家長でしたが、造船会社として必要とされる技術・専門知識・取引先を持っていたのは3人の息子たちでした。
 同社は最初は主に軍事用小艇の建造を担い、近隣星系に納入していきました。社の繁盛とともにアックズへの入植は進み、一族は得られた富をより大きな艦艇を建造できる造船所や、労働者の教育に投資していきました。やがて造船所は海軍基地としても機能するように拡張され、ケズジ共同体が結成される際には海賊と戦うための艦船の多くを供給しました。同社のこれらの多大な貢献により、共同体の首都としてアックズが選ばれたのは必然でした。

ウォーカー・ロボティクス Walker Robotics
本社:パンドリン(2240 B560675-A)
商圏:ユシェ星域
 スピンワード・マーチ宙域の帝国国境すぐ外にあるこの会社は、ヴァルグル市場向けのロボット設計・製造を行っている人類系企業です。ここの大規模な工場で造られた製品は、ヴァルグルの商人や代理店に出荷されていきます。
 ヴァルグル諸国ではロボットの需要はそこまでありませんが、ウォーカー・ロボティクス製品はヴァルグル系企業のものよりも優れており、非常に高い売り上げを誇っています。
 同社の主な競争相手は、帝国製のロボットを盗んでヴァルグル諸国で売りさばく海賊団です。
(※マングース版ルールから利用可能となった二足歩行兵器「ウォーカー」を製造している…ことはないと思います)

ローイギール・オッハ Rraegnaell Oukh
本社:ジエンギ(1539 B9789AA-A)
商圏:本文参照
 ゾダーンと帝国の双方の国境に近いという立地を活かし、ローイギール・オッハはヴァルグル・ゾダーン・帝国の「三角貿易」を営んでいます。そして時には直接の輸出入が許可されないような品物を第三国経由で流したりもしています。

エンクソー・オロズ Enksoe Aloz
母港:ケズジ(2833 B000525-D)
商圏:ケズジ共同体、および周囲6パーセク以内の世界
 経営者エンクソーは個人商船で旗揚げし、幸運にも今やジャンプ-2商船7隻の船団を持つほどにまで会社を成長させました。彼の船はケズジ共同体領内だけでなく、時には国境を越えて他のヴァルグル世界や帝国領内にまで旅をしています。


■海賊団
カイルーゴ Kaerrgga
 カイルーゴはグヴァードン宙域のコアワード(銀河核方向)端にある星を根城にしていますが、彼らは弱い目標をあえて狙わず、国家を相手取って襲撃することを好みます。時には、遙かスーングリング帝国や第40戦隊といったリムワード(銀河辺境方向)側の国家まで遠征を行うことすらあります。

クフォルゼン Kforuzeng
 帝国国境近辺での海賊の代名詞でもあるクフォルゼンは、ウーラツォス(3238)を根拠地にして帝国領内への襲撃をほぼ独占しており、国境付近の海軍関係者や商人たちにはその冷酷さと残虐さは広く知れ渡っています。
 1041年の結成以来クフォルゼンは様々な勢力や船舶を襲撃し、他の海賊団を吸収しては勢力を拡大し続けてきました。最近では地上戦を得意とする海賊団(事実上の傭兵部隊)イグジング(Aegzaeng)をも配下に加えて、更に戦力を増しています。
 一方で彼らは、帝国とスーングリング帝国を行き来するテュケラ運輸貨物船の「用心棒」役を(もちろん幾度となく襲ってから)買って出るなど、したたかな一面もあります。
 現在、クフォルゼンはオベルリンズ運輸の巡洋艦エミッサリーに対抗するため、多額の資金と威信をかけて大戦艦の建造に着手しています。しかし艦の規模に見合う武装の調達先は不明であり、完成が疑問視されています。
(※GDW時代のクフォルゼンは中小規模の新興海賊とされていましたが、その後HIWGで設定が盛られて、今では宙域最大級の海賊団ということになっています)

ローングゾーカーズ Llangzoekirs
 女海賊オンギグズーロ(Ongaegzlla)が率いるこの海賊団は、威信ある彼女の旗下に集った数々の小海賊団から成っています。ローングゾーカーズはスーングリング帝国の国境付近に現在4つの基地を構えており、近隣星域に進出するのも時間の問題と噂されています。


【ライブラリ・データ】
ジヴァイジェの戦い Battle of Zivije
 604年に繰り広げられた、第一次辺境戦争の最後を飾る有名な会戦です。この戦いでゾダーン・ヴァルグル連合軍に対し、帝国海軍のオラヴ・オート=プランクウェル大提督(Grand Admiral Olav hault-Plankwell)が多くの犠牲を払いながらも勝利を収めて停戦に持ち込みました。

エミッサリー(巡洋艦) Emissary
 ライトニング級巡洋艦エミッサリー(排水素量6万トン)は、現在オベルリンズ運輸がヴァルグル諸国内で運行させています。元々帝国海軍の「スパークリング・ディストレス(Sparkling Distress)」として運用された後に民間に払い下げられたのですが、その際に粒子加速砲など武装は撤去されるはずだったのを、巧妙な書類操作と官僚の対立を利用してそのままの形で1049年にオベルリンズ運輸が入手したのです(※これを画策したのは当時22歳のマルク・オベルリンズ青年であり、彼はその後エミッサリー初代艦長として16年間を過ごします)。
 もちろんこれは違法なのですが、オベルリンズ運輸は艦を帝国領外に出して戻さないことで追及をかわしました。それ以後は現在の船名に改称してパンドリン(2240)を母港にし、同社貨物船の護衛艦としても、ヴァルグル諸国におけるオベルリンズの「旗艦」としても(近年危うくヴァルグル海賊に乗っ取られかけましたが)活躍しています。

パンドリン Pandrin 2240 B560675-A C 砂漠・非工・富裕 G Va
 この砂漠の星へは第一次辺境戦争中に人類の難民が入植を始め、第二次辺境戦争でヴァルグルに占拠されるまでの20年間でその規模は随分と拡大されていました。
 人類とヴァルグルの関係は徐々に改善されてきてはいますが、両種族は宇宙港から等距離に位置する別々のドーム都市にそれぞれ分かれて住んでいます(人口比は8対2です)。とはいえ人類街に住んで働くヴァルグルも少数いますし、その逆もあります。種族間には若干の緊張があり、いざこざは珍しくありませんが、それは主に酒場や市場で発生します。
 所得面では全体的に人類の方が貧困層に甘んじていますが、唯一の例外がウォーカー・ロボティクス社で、同社従業員の賃金水準はヴァルグルのそれを上回っています。

トライアド Triad 2436 B587777-9 N 農業・肥沃・富裕 Cs
 トライアド星系は第二次辺境戦争直後(620年代)に帝国人によって入植され、広大な海で隔てられた3つの大陸からこの名が取られました。帝国はここを属領として小さな植民地を建設し、ヴァルグルの攻撃を事前に察知する観測拠点としています。
 肥沃な大地や豊富な野生生物を利用して、トライアドは繁栄した農業世界となりました。ヴァルグルと帝国との緊張が緩和されると、近隣世界は家畜や農作物の取引をトライアドと行うようになりました。食糧生産物はこの星の主要輸出品であり、それによって非常に裕福な世界となっています。
 トライアドには人口の3割を占めるヴァルグルの居留地がいくつかありますが、人類の指導者に威信を感じられない彼らの間で不満が高まっています。ヴァルグル住民の間では自分たちの中から指導者を出そうと2つの派閥が争っていますが、人類の指導者層がこの事態にどう対処するかは定まっていません。
(※オベルリンズ運輸はこの星に営業所を構えているようです)

ギューツォン Gvutson 3233 A85A7CE-9 S 海洋 Cs A
 ギューツォンはグヴァードン宙域に2つある帝国属領の1つで、ここに建設された偵察局基地を支えるために入植されました。3000万人の人口は全て、この海洋惑星唯一の大陸にある一つの都市に住んでいます。
 政府は等しい権力と権限を持つ5名からなる統治評議会によって治められています。660年に入植されて以降、人口比半々の人類とヴァルグルの社会はうまく統合されており、これまで通りに有能で威信ある指導者が選出され続ければ両者間の摩擦は起こりそうにありません。
(※アンバー・トラベルゾーン指定がされていますが、おそらく治安レベルEによるものだと思われます)


【参考文献】
Journal of the Travellers' Aid Society #21 (Game Designers' Workshop)
Traveller Adventure (Game Designers' Workshop)
Book 7: Merchant Prince (Game Designers' Workshop)
Alien Module 3: Vargr (Game Designers' Workshop)
AAB Proceedings #14 (History of the Imperium Working Group)
GURPS Traveller: Alien Races 4 (Steve Jackson Games)
GURPS Traveller: Nobles (Steve Jackson Games)
Gvurrdon Sector Campaign Book (Roger Malmstein)
Alien Module 2: Vargr (Mongoose Publishing)

(※古いグヴァードン宙域のUWPはいくつか問題があるため、今回はTraveller5 Second Surveyのものを採用しています)

星の隣人たち(6) 接触!ヴァルグル

2018-04-30 | Traveller
「天井の電球を替えるのに必要なヴァルグルの数は?」
「4人。1人が梯子をかけ、2人目が1人目を襲って梯子を奪い、3人目が2人目を平手打ちし、4人目がちゃっかり梯子を確保しておいてから、最初の1人目が鼻血を拭きながら梯子を登っていくのをにやにや笑いつつ、下でその仕事が終わるのを待って称賛だけするから」

 ヴァルグル(古ノルド語で「狼」「悪人」「破壊者」の意味)は、主要種族(Major Race)に分類される知的種族です。彼らの存在は長年に渡って異星生物学者を悩ませていました。彼らの生化学基盤や遺伝子構成は、故郷であるはずのレア星系の動植物とは根本的に異なっていたのです。この謎は、第三帝国初期の科学者が彼らを「テラ星系の動物が遺伝子改良されてレア星系に移植されたもの」と位置付け、後にそれが裏付けられたことでようやく解けました。ヴァルグルは主要種族の中でも唯一、自然進化の産物ではなく未知の目的の「実験」の成果だったのです。


■ヴァルグルの身体的特徴
 ヴァルグルは、太古種族(Ancients)がテラ(ソロマニ・リム宙域 1827)のイヌ科イヌ属の肉食動物を遺伝子操作し、約30万年前にレア(プロヴァンス宙域 2402)に持ち込んだ存在です。太古種族は彼らに知性以外に、爪先立ちとはいえ二足歩行を可能とする骨格と物を操れる指を与えたと考えられています。これら以外に改良の証拠は見つかっておらず、レアの環境に適応する過程で太古種族が予期していなかった(か計算通りの)「進化」が成された可能性が指摘されています。
 現在のヴァルグルは身長約1.6メートル、体重約60キログラム(女性は更に1割ほど小柄です)と、あまり目立つ存在ではありません。先祖であるイヌ科動物と比較すると、直立二足歩行をするために後肢は桁違いに伸び、内部構造に違いこそ見られますが、いまだ外見的には先祖に似ています。ヴァルグルの手は骨格は違えど人類と大きさや外観が似通っているので(ヴァルグルの方が細い傾向はありますが個体差の方が大きいです)、改良を必要とせずにお互いの機器を利用することができます。ヴァルグルの出し入れ不可の爪は鋭く尖っていて、格闘の際には武器として使うことができます(ただし彼らの身体構造上、格闘が得意というわけではありません)。
 霊長類から進化した人類と比べて、ヴァルグルは先祖の特徴を遥かに多く残しています。短い毛皮は灰色・茶褐色・黒色・錆びた赤色のどれか1色、もしくは他の色との組み合わせで覆われています。箒状の尾はかなり長く、鼻口部はイヌよりは短くはなっていますが今でも特徴的です。一般的にヴァルグルの反射神経は人類よりは優れていますが、個体差は大きいです。視力は人類にやや劣り、色覚の範囲も異なります。聴覚は人類より優れていますが、やはり識別範囲は異なります(人類より高音を聞くことができる代わりに低音部は聞こえないことがあります)。ヴァルグルはまた先祖同様に鋭敏な鼻を持ち、視覚聴覚を封じられても嗅覚だけで互いを認識できるほどです。
 ヴァルグルはレアの約26時間の自転周期に適応していますが、長時間の睡眠をまとめて取らずに短時間睡眠を小まめに分けて取ることを好みます。主に食後の昼寝ですが、環境によっては猛暑や厳寒の時間帯を避けるために睡眠を取る場合もあります。


■ヴァルグルの心理
 彼らが外見面で先祖の特徴を残しているのと同じように、心理面でもテラの肉食動物の本能的行動を色濃く残しています。それは他種族からは奇妙で矛盾しているかのように見え、しばしばからかいの種、悪くすれば種族的偏見にも繋がっています。
 ヴァルグルは本能に従って集団に、つまり「群れ」に属して他者との安心や快適さを求める種族です。しかし同時に、集団内での権力を求めて相争うことを厭わない種族でもあります。
 なぜなら、ヴァルグル社会では個人が持つ「威信(カリスマ性)」というものが最も重視され、現状維持に満足できないからです。彼らは集団の中で己の威信を高めることに日頃から努め、自分よりも高い威信を持つ者に付き従おうとします。仕事や任務の成功は威信を高めて自然と周囲を惹き付けますし、失敗すればその逆です。そして集団の頂点に立つ者の行いは、法律的道徳的に正しいも悪いも関係なく認めてしまいます。
 ヴァルグルは肩書も身分も意に介しません。自分と比べて威信があるかないかが全てです。よって無能であっても威信さえあれば集団の頂点に立てますが、それが集団の崩壊や更なる権力簒奪の引き金となりえます。
 また、遠方の権力には従いませんし、他者の威を借ることもできません。必然的に威信の及ぶ範囲は通信速度の影響を受け、配下を通して遠隔統治をすることもできず、集団規模を拡大すればするほど遠方から綻んでいくのです。
 このためヴァルグル社会は大きくまとまることができず、小規模集団が拡大しては分裂を繰り返すことになります。集団内でも権力争いが絶えず、安定とは無縁です。個人は集団に対して最善を尽くしますが、その集団にいつまでも残ろうとは思いませんし、集団の方もそんなことは期待していません。よって他種族からヴァルグルは、今いる集団から別の集団へと簡単に鞍替えし、忠誠心というものが無いかのように見えます。


■種族の誇り
 ヴァルグルは太古種族によって創造された知的種族、という特殊な生い立ちを持ちます。この事実は色々な意味で「ヴァルグルは特別な存在である」という種族意識を醸成しました。しかし科学者、政治家、宗教家に限らず様々な集団でそれぞれ見解は異なり、今も議論が交わされています。
 一般に広く浸透している種族的優越(kaenguerradz)を説く思想は、大きく分けて2つあります。「高優越」学派は、太古種族がヴァルグルを「完璧な」種族として設計したので、他種族よりも優れていると説きます。「低優越」学派は、イヌこそがテラで最も優秀な動物だったので遺伝子改良の対象となり、無価値ゆえにテラに放置されたサルが人類になったのだとしています。更に過激なものでは、元々ヴァルグルがテラの支配種族であり、人類の方が知性化改良を受けたのだとも主張しています。
 また極少数のヴァルグルにとって、自分たちが実験の産物だという事実は劣等感となって伸し掛かりました。彼らはこの苦しみから逃れるために極端な行動を取りがちです。
 しかし大多数のヴァルグルは、銀河征服の使命からも劣等感からも自由です。ただ単に、太古種族の意図が何であれ自分たちを星の世界に連れて行ってくれた、という特別感に浸っているだけです。


■ヴァルグルの生涯
 一般的なヴァルグルは65~75年ほど生きます。工業化以前の技術や医学、貧困や環境条件などの影響があると更に短くなりますし、最先端技術文明の下では抗老化薬(anagathics)や先端医術の恩恵を得られて寿命が延びます。ただし人類の薬品はヴァルグルには効かないため、帝国のSuSAG社などはヴァルグル向け製品を製造・輸出しています。

 誕生した彼らはまず、家庭で社会構造について学びます。家庭も集団と同じように機能していて、子供は威信を意識しながら自己を育みます。家庭内の若者は家庭の長に適切な敬意を示しつつ、自分の威信を高めて集団内の立場を確立せねばなりません。これは社会に巣立つための重要な訓練です。ヴァルグルは11~12歳で思春期に達し、17歳前後で肉体的な成長を終えます。その後の老化速度は人類と変わりません。
 先祖と異なり、ヴァルグルは年中交配可能です。妊娠期間は30週弱で、双子出産が一般的です。単子出産は三つ子と同じような確率で起こり、ヴァルグルのある集団では単独で生まれてきた子供に特別な意味を持たせます。
 農業世界や低技術世界では、家庭は大型化する傾向があります。家族が多いほど、生存に必要な狩猟役が多いことを意味するからです。技術の進歩につれて少子化が進みましたが、逆に労働力が自動化された高度技術社会では子育てに割ける時間が増えたので、かつての大家族に回帰しています。

 ヴァルグルは年齢に応じて名前が変わります。子供時代は母親の名に性別や生まれた順を意味する接尾語を付けただけですが、成人すると自身の特徴や挙げた成果を名前に選んだり、他者からの通り名を採用したり、尊敬する英雄の名を頂いたり、特に意味もなく聞こえのいい音節の並びを名乗ったりと様々です。


■ヴァルグルの食事
 肉食動物である彼らの食事の多くは、新鮮な生肉です。生の果物やワイン等の果実飲料も好みますが、それだけでは栄養が不足しがちです。ヴァルグルの消化器官は人類よりも代謝が効率的なため、彼らは頻繁に食事をしますが、その気になれば飢餓に備えて「食い溜め」をすることも可能です。
 ヴァルグルはレアの原生生物の捕食に適応はしましたが、テラのものほどには食欲をそそらなかったようです。そのため彼らは新たな調味料・香辛料の発見と研究開発に多くの時間を捧げ、日頃の食事をより魅力的にしてきました。また食糧事情を改善し、より食欲を増すように家畜の品種改良も行われました。これらの研究は現在でもヴァルグル世界で続いており、星間交易の多くは食品取引で占められています。


■ヴァルグルの統治機構
 よく誤解されていることですが「ヴァルグル連合」などという恒星間統一政府はなく、「典型的な」政府機構もありません。ヴァルグル諸国(Vargr Extents)にはありとあらゆる種類の政府組織があり、星系内に複数政府が併存したりもしています。彼らの唯一の結束力は「種族の誇り」への熱情ですが、えてしてこれで短期的に協力できても長期的には組織間の主導権争いで崩壊していきます。
 ヴァルグルの特性により、国家規模が大きくなるほど不安定になっていきます。そもそも彼らにとって政府とは統治機構ではなく、自分が忠誠を誓う指導者から福祉と保護を引き出す機関に過ぎません。法律で個人の自由を過度に縛るような指導者では、住民から支持と協力は得られないのです。そしてそんな指導者は、すぐに他の威信ある者に権力の座から追い落とされます。

 ヴァルグル国家にも当然法律はありますが、政府の執行能力の範囲内でしか遵守されていません。人類にとっては犯罪に見えるようなことでも、彼らは何とも思わない場合もあります。例えば、残虐な快楽殺人はヴァルグルにとっても重罪ですが、権力奪取のための殺人や貧しさゆえの強盗といった「訳あり」の場合は、全く違う刑罰の基準が課せられます。
 建前でも政府は市民を守らなくてはならないので、犯罪は権力への挑戦と受け止めますが、市民の側は意外と犯罪者に同情的です。なぜなら「明日は我が身」なのですから。

 独立政府の多さは外交関係を非常に複雑にしています。紛争は様々な問題で発生し、すぐに実力行使に至るのがしばしばでした。そこで紛争当事者の間を取り持つ「仲介人(Emissaries)」と呼ばれる存在が重要視されるようになっていきました。
 仲介人は熟練した外交交渉の専門家で、周囲から非常に尊敬される存在です。彼らは平和の創造と、少なくとも更なる敵対を回避することを目指しています。また、企業間の折衝にも仲介人は関わっています。


■ヴァルグルの信仰
 或るヴァルグルの宗教家曰く、「書に威信なし」。この言葉が示す通り、ヴァルグルは何百年も前の雄弁な死者の言葉よりも、目の前で語られる説法の方を重んじます。そして自身の体験を基準に考えるため、宗教は次第に数々の宗派に分裂するか、様々な解釈を受け入れて柔軟化するかのどちらかです。
 多くの宗教はヴァルグルの起源への誇りから成立し、えてして太古種族は「神」として崇められていますが、他にも祖霊崇拝、多神教、一神教と様々な形態を採ります。その教義は穏健なものから、殺人をも肯定する狂信的なものまで様々です。信仰に目覚めるヴァルグルは社会のあらゆる層に存在し、多くは信仰と仕事を両立させますが、中には信仰のために職を捨てる者もいます。
 宗教指導者の多くは仲介人としても活動しています。


■ヴァルグルの美術
 色覚が敏感ではないので、ヴァルグルの服装はしばしば明るい色で構成されて、人類には華やかに見えます。同様に絵画も、様々な技法を駆使して明るい色を優先させる傾向があります。
 絵画や彫刻は、威信ある指導者や有名な集団を題材にすることが多いです。海賊団も絵画・物語・詩の分野でよく採り上げられます。
 建築様式は文化圏の間だけでなく、同じ都市内でも大きく異なります。建物は一般的に非対称で、装飾が過剰です。建物の華やかな色彩は隣の建物と頻繁に衝突し、ヴァルグルの都市は混沌としているように見えます。
 彼らの群居性の本能は建築物にも影響を与えていて、公共空間や仕事場は広く作られることが一般的です。そして最大の特徴は、建物自体が特定の用途を念頭に置いて設計されることがめったにないことです。ヴァルグル社会の変化の多さは建物の所有者と機能も絶えず変化させるため、今の居住者のあらゆる需要に応えることこそが大事なのです。ある建物が突然官公庁になったとしても、その数週間後には怪しげな商売人が入居しているかもしれませんし、食堂になっているのかもしれないのです。


■ヴァルグルの時制・暦
 多様性の高いヴァルグル社会において、統一された計時法というものは存在しません。暦や時制はそれぞれの政府・世界どころか集団ごとですらまちまちです。ほとんどの世界では現地の公転・自転周期に基づいた暦や時刻の仕組みが利用されています。暦の紀元はたいてい、その政府の発足や入植の初日が基準となります(もちろん例外もあります)。
 それで支障が出るようなら、代わりに帝国暦と帝国標準時が用いられる場合もあります。


■ヴァルグルと人類との関係
 ヴァルグルが様々であるように、人類との関係も様々です。現在のヴァルグル諸国には人類居住星系があり、その多くは帝国国境付近に存在します。こういった世界はたいてい、旧第一帝国領が進出してきたヴァルグルに取り込まれたものです。そんな人類への態度は様々で、多くは共同体を分けたり混在したりして平和共存していますが、中には文化摩擦から敵意を持ち合っている世界もありますし、ヴァルグルが人類を奴隷化している世界もあります。
 国境沿いのヴァルグル国家や星系は、帝国の自由貿易商人や企業、政府機関との交易協定を結んでいます。帝国市民はまた、観光、使節、探検、雇用、研究、更には傭兵活動など様々な目的でヴァルグル宇宙を旅します。その際には現地の文化・政治事情に精通した仲介人(もしくは護衛)を雇うことがよくあります。
 乱暴で流動的な政治事情のため、トラベラー協会(Traveller's Aid Society)はヴァルグル諸国全域をアンバー・トラベルゾーンに指定し、危険とわかっている星系には通常通りレッド・トラベルゾーン指定を行っています。しかしヴァルグル世界の情勢は常に変化するので、帝国内での分類は必ずしも正確とは限りません。

 帝国領内にヴァルグルのみが居住する星系は数少ないですが、帝国各地にヴァルグルは拡散し、集団で居住しています。大都市にはよくヴァルグル街があり、他種族の住民と交流しています。そういった地域は本国同様に、騒がしく色彩豊かな傾向があります。
 ヴァルグルは基本的に権力に対する敬意が欠けていますが、人類の指導者をヴァルグルと同じように威信ある者と見なして従っていますし、権力奪取は人類社会では無益とも学んでいます。
 一方でヴァルグルは帝国の法律が厳しすぎると感じています。法律を尊重はしますが、帝国領内を旅するヴァルグル旅行者の多くは最低1回は軽犯罪で起訴されるのが常です。ヴァルグルの帝国への入国目的は、主に観光と傭兵活動と商売、そして犯罪です。

 帝国領外のアムドゥカン宙域を中心に広がるジュリアン保護国(Julian Protectorate)では、ヴァルグルと人類は密接な関係を築いています。この宙域ではかつて、ソロマニ系巨大企業のメンデレス社(Menderes Corporation)がヴァルグル移民を安い労働力(悪く言えば奴隷)として扱っていましたが、やがてヴァルグルが働き手としてだけではく、交易の相手としても、宙域経済を浮揚させる存在としても優秀なことに気付きました。そこで同社は方針を改め、ヴァルグルと人類の融和を目指す施策を次々と打ち出しました。
 それが結実したのは、第三帝国が旧領回復を目指して宙域に侵攻してきた時でした。人類とヴァルグルは共に武器を取って立ち上がり、双方は当時のメンデレス家当主であるジュリアンを「威信ある指導者」と認めて結集しました。やがてジュリアンを国父として建国された保護国は、最終的に帝国の進出を退けたのです。

 その一方で、ガシカン宙域近辺のヴァルグルは今でも良くて奴隷扱い、悪ければ即座に殺害の対象となっています。前述のアムドゥカン宙域と同様に、ここでもかつてヴァルグルは人類よりも低く貧しい地位に置かれていました。そんな中、待遇改善を求めて立ち上がったヴァルグルの民衆は用心棒としてヴァルグル海賊団を雇い入れたのですが、民衆の指導者はすぐに「より威信ある」海賊の頭目に取って代わられてしまったのです。海賊は宙域各地の人類星系を襲撃しては略奪を繰り返し、報復の連鎖は各地に飛び火しました。そして最終的に(群小人類イレアン人(Yileans)の母星でもある)首都ガシカンを海賊が核攻撃し、約40億人が死亡するという大惨事を招きます。これら一連の「ガシカン略奪(Sack of Gashikan)」と呼ばれる悲劇の記憶とヴァルグルへの憎悪が、現在この宙域を統治するガシカン第三帝政(Third Empire of Gashikan)にも受け継がれているのです。

 もう一つ国境を接するゾダーン人とは、最初の接触以降ずっと友好関係を築いています(もちろん海賊には関係のないことですが)。特に、ゾダーン国境に接するヴァルグル国家はゾダーン文化の影響を強く受けて安定と平和を求めるようになり、いざこざを繰り返す中央の同胞を冷ややかに見ています。また、国境沿いには超能力研究所がいくつも建設されていて、訓練された超能力者を数多く輩出しています。
(※ヴァルグルの超能力の素質は人類と同等です。しかしヴァルグル諸国では超能力の研究は進んでおらず、才能はあっても超能力を発現させることは難しいです。超能力に対する態度も奨励から排斥まで様々ですが、一般的には無関心です)

 ちなみに、ヴァルグルが金銭や目的のために(そして可能なら威信の高い)人類に雇われるのは十分ありえますが、ヴァルグルが人類を雇うことには種族の誇りが邪魔をして抵抗があるようです。少なくとも、自分ができる行為や技能に関しては異種族に任せたがらない傾向があります。一方で彼らは人類の「忠誠心」は高く評価していて、特に「正直な」ゾダーン人は信用できると考えています。


■ヴァルグルの言語
 ヴァルグル社会の多様性は言語にも及んでいて、数百もの異なる言語や方言が存在します。政府は特定の言語を採用する傾向がありますが、一部地域では交易や交渉事のためだけの共通言語が用いられることもあります。グェク=イッフ混在文化圏(Gvegh-Aekhu Cultural Region)に属するスピンワード・マーチ宙域やグヴァードン宙域では主にグェク語(Gvegh)が用いられ、全体の6割が母語としています。
 彼らの言語は己の威信によっても異なります。立場の低い者はより文語的に堅苦しく、立場が高くなるとより口語的に砕けた喋り方をします。そして聞き手にどう伝わるか細心の注意を払い、上位者には敬意を表します。ヴァルグル言語は単なる対話手段だけではなく、自身の威信を相手にどう伝えるかが重要な観念となっているのです。これを誤ると逆に威信を失うことに注意が必要です。
 身体言語(body language)もヴァルグルの会話には欠かせません。彼らは顔の構造上限られた表情しか作れないため、会話の意味を補強するために姿勢、立ち振舞い、耳や尾の動きを活用します。また、無意識に出た身体言語で相手に感情を悟られてしまうのを防ぐために、相手の気を逸らすような仕草を見せることもあります。


■ヴァルグルと〈近接戦闘〉
 〈近接戦闘〉はヴァルグル特有の技能で、単なる戦闘技能以上のものです。それは彼らの集団の中で力と威信を見せつけるためだからです。これは争い事や侮辱を解決するためだけでなく、指導者の実力や威信に疑念を抱いた際に権力を奪取するためにも用いられます。決闘は低い威信の者が最も手っ取り早く威信を得るための手段で、自分より高い威信を持つ者に勝利した場合は両者の威信が入れ替わります(※ルール上では威信の上昇は一度に4点が限界なので、集団の最下層からいきなり頂点に立つことはありません。一方で下降は無制限です)。ただし、やたらと仲間に決闘を申し込む者は一般的に威信を失い、最悪の場合は集団から追放されます。


■ヴァルグルの経済
 他種族における巨大企業のような会社機構は、ヴァルグルには存在しえません。運営に必須である階層構造と遠隔権限がヴァルグルの考え方と相容れないからです。成功している大企業は組織を小規模の子会社に分割することで遠隔権限を削減し、子会社の意欲を維持しています。このため、ヴァルグル企業は星域規模が最も良く機能します。
 企業は常に用心深く、革新的でなくてはなりません。効率性を高める企業改革は、企業が競争力を維持するための基本中の基本です。仕事に満足できない、自分が過小評価されていると考えた労働者は、さっさと転職する傾向があります。また、従業員も株式を持ち合う慣習があるため、失敗した経営者の交代は簡単に行われます(「一時的な降格」を受け入れやすい風土があるとも言えます)。

 ヴァルグル経済は国家規模止まりで、国家間経済というものは存在しません。物価は地域によって最大3割も異なります。同様に賃金も異なりますが、これには威信の方が大きく影響し、威信の高い者にはより多くの賃金と権限が与えられます。
 ヴァルグルは購入する商品価格から自分の給料まで、より良い条件を引き出すためにまず交渉を試みます。よって宇宙港や市場のような場所では、激しい交渉の不協和音で非常に騒がしくなります。
 経済学の分野は発展していないのでオプション取引は事実上存在せず、投資も珍しいです。企業は非常に不安定なので、貸し手や投資家に対しては配当を納得させるだけでなく、投資者を保護するための何かしらの担保が要求されることでしょう。


■ヴァルグルの軍事
 ほとんどの星系は何らかの形で軍事力を保持していますが、技術水準や練度はまちまちです。恒星間国家は加盟星系全ての軍隊を統制したり、逆に星系軍に権限を移譲していたりします。多くの世界では軍隊は陸軍と海軍で構成されています(海兵隊は有っても小規模です)。軍隊内の階級は気まぐれに独自のものが発行されていたり、厳格に定義されていたりします。帝国で見られる連隊・大隊・小隊といった区分けもあまり利用されていません。
 軍隊内の上下関係は威信によって定まるので、民衆を動かす力に長けた政治家が最高指揮官になりがちなのですが、軍隊指揮や戦術に関する技量を持たないことが常です。とはいえ指揮官は、地位に見合った期待に応えなくてはなりません。失敗した指揮官はすぐに他の威信ある者に取って代わられますが、その者が軍事面で有能かどうかは別の話です。
 彼らの精神面での影響は、軍隊組織だけでなく士気面にも強く出ています。威信の高い指揮官に率いられた部隊は士気も高いのですが、その指揮官に何かあった場合は一気に潰走する恐れがあります。また、ヴァルグルの兵士はしばしば任務放棄(ストライキ)や抗議集会を起こしがちです(上官への反抗も周囲から威信を得る一つの手段だからです)。そして戦闘中であっても、敵に寝返った方が得だと思えば脱走も躊躇しません(とはいえ失敗すれば重罪で裁かれますが)。


■ヴァルグルと海賊団
 ほとんどの人々がヴァルグルを想像する際に、まず思い浮かべるのは国境近辺に展開する海賊団です。しかしヴァルグル全体から見れば海賊に属する者は1割に過ぎません。真っ当な生き方を選んだヴァルグルにとっては迷惑な話なのです。
 海賊団は法律を守らず、国境を無視します。統一政府のないヴァルグルには統一された法執行機関がなく、それが海賊団をのさばらせる原因となっています。そして国境を越えさえすれば、たいていの法律問題を避けることができるのです。しかしヴァルグル領外では、海賊行為の抑止のために国家の法執行機関が目を光らせ、軍隊が哨戒を続けているので、襲撃は難しくなっています。
 大規模な海賊団は正規軍に匹敵する規模に組織され、独自に基地を構え、国家に傭兵として雇われるのは珍しくありません。大海賊団の豊富で多彩な装備はあらゆる仮想敵に対応し、紛争の抑止力として機能しています。そしてひとたび戦争になれば報酬として略奪品の一定量を受け取る契約になっています。
 大海賊団は軍隊も同然ですが、重要な利点が一つあります。軍隊の指揮官は威信はあっても能力不足の場合が多いのに対し、一般的に海賊の指揮官は威信と能力を兼ね備えているのです。これにより軍隊よりも部隊を安定させ、しっかりとした指揮系統を確保することができるのです。


■ヴァルグルの支族
 外部の者にはあまり知られていない事実として、ヴァルグル諸国にはいくつかのヴァルグル支族(subspecies)が存在します。これら少数支族は、太古種族によって開発された「完璧な」ヴァルグルから逸脱した欠陥品として見られ、偏見と差別の対象となっています。多くの支族はレアを離れ、辺境星系を隠れ里として定住しました。
 ヴァルグル支族の多くは帝国では未知であり、ヴァルグル自身でさえ社会から遠ざけているので限定的な知識しか持ち合わせていません。中には特殊な超能力を駆使する支族もいると言われています。
 帝国で知られている数少ない支族の一つがウルジン(Urzaeng)で、屈強な肉体を持つ(身長1.8メートル、体重70キログラム)ことからヴァルグル社会から追放されていない唯一の支族でもあります。ウルジンは元々重労働と戦闘のために太古種族によって設計されたと考えられており、知的・精神的能力が反対に犠牲となっています。そのため彼らは必然的に粗暴な性格となりました。


■ヴァルグルと辺境戦争
 帝国暦589年、帝国とゾダーンの間の国境問題が第一次辺境戦争(First Frontier War)に発展すると、ゾダーンはグヴァードン宙域のヴァルグル国家に同盟を持ちかけます。元々ゾダーンとは友好関係にあり、帝国とは以前直接戦火を交えた(220年~348年のヴァルグル戦役)という背景もあって、ゾダーン中心の「外世界同盟(Outworld Coalition)」に参加するヴァルグル国家が相次ぎました。
 15年間に及ぶ戦争の間、ヴァルグル軍は彼らが得意とする戦法でスピンワード・マーチ宙域の奥深くまで侵攻しましたが、最終的に両軍は膠着状態で停戦に漕ぎ着けました。新たな国境線が帝国とゾダーンの間には引かれましたが、ヴァルグルとは何の変化もありませんでした。
 615年からの第二次辺境戦争(Second Frontier War)以降、改組された外世界同盟で多くのヴァルグル国家はゾダーンと共に帝国を弱体化させるために戦いましたが、興味深いことにここでもヴァルグルの「多様性」は影響しています。いくつかの小国は帝国側につきましたし、海賊団すら両陣営に分かれて戦いあったのです。


【ライブラリ・データ】
レア(プロヴァンス宙域) Lair 2402 A8859B9-F G 高技・高人・肥沃 G Vl 首都
 ヴァルグルの母星であるレアは、実は彼らの間では様々に呼ばれており、レアというのは便宜上帝国人が付けた星系名に過ぎません。多くのヴァルグルは「野獣の巣」という意味を持つその単語で呼ばれることを侮辱と捉えますが、その割に彼らは母なる星に対して特別な感情は抱いていません(ましてや遺伝子上の故郷に過ぎないテラは尚更です)。過去800年間にこの星を治めた12国のうち、7国が星系外から統治していたという事実がそれを裏付けています。
 温暖な惑星であるレアには、現在約23億のヴァルグルが居住していますが、人類や他種族も一部住んでいます。かつての自然の多くは都市や工業地帯に取って代わられましたが、農産物や家畜のための農業地域が広く取られています。
 レアはつい最近まで星系内の一部が独立を謳歌していたという意味で、主要種族の母星では珍しい存在です。威信ある指導者によって大国の首都として統一こそされたものの、今の後継者には威信が欠けており、それを埋め合わせるべく強権に転じた政府の崩壊は時間の問題と思われています。
 なお、惑星レアの赤道傾斜角はテラとほぼ同一で、その傾きが約30万年前に引き起こされたという地質学的証拠が存在します。
(※GURPS版設定でのみ、レアには軌道エレベータ(Beanstalk)があることになっています)

選民教会 Church of the Chosen Ones
 帝国暦895年に設立された選民教会は、短期間でヴァルグル全体に広まりました。今でこそ活動は下火になっていますが、選民教会の名を知らないヴァルグルはまずいません。
 選民教会の教義は、太古種族によって「完璧な」優越種として創造されたヴァルグルこそが宇宙を支配すべきだ、というものです。これには他種族に限らずヴァルグルの間からも反論が呈されていますが、信者は聞く耳を持ちません。
 教会では集団生活が営まれ、各集団には独自の伝統や服装規則(白い服のみを着る、特定の入墨を彫るなど)があります。現在の教会には約20ほどの宗派が存在し、それぞれ複数の集団から構成されています。

グェク文化圏 Gvegh Cultural Region
 ヴァルグル諸国のスピンワード方面で広まっている文化です。グェク文化圏はヴァルグル諸国でも政治的に最も不安定な地域です。政府は大型化する傾向がありますが、それだけ内紛や国境問題や戦争が多発しています。個人もその影響を受け、他のヴァルグルよりも衝動的で、環境が自分の意に沿わなければすぐに不満を持ちます。

イッフ文化圏 Aekhu Cultural Region
 デネブ領域の帝国国境沿いに広まっている小さな文化圏です。グェク文化がゾダーンに惹かれたように、イッフ文化は帝国に関心を持っています。この文化は小さいながらも影響力は強く、隣接するグェクやロゴクス(Logaksu)との間に混在文化を形成するほどです。この混在文化圏はイッフ本体よりも広いです。
 この文化圏のヴァルグルは、特に宗教・倫理・愛郷心の面で非常に多彩です。他者と意見が合わないことは普通であり、この地域における変化は他の文化よりも頻繁かつ極端です。その分、意見の一致しやすい家族を非常に重んじます。イッフのヴァルグルは家族と定期的に接触していることが多く、特に同居している場合は一緒に働くことは珍しくありません。


【参考文献】
Alien Module 3: Vargr (Game Designers' Workshop)
Referee's Companion (Game Designers' Workshop)
Rebellion Sourcebook (Game Designers' Workshop)
Alien Vol.1: Vilani & Vargr (Digest Group Publications)
GURPS Traveller: Alien Races 1 (Steve Jackson Games)
Alien Module 2: Vargr (Mongoose Publishing)

トラベラー40年史(6) 三者並立の時代(2016年~)

2018-02-26 | Traveller
【2016年】
 前年末に17年に及ぶ歴史に幕を閉じた『GURPS Traveller』が、FFEへの版権移譲により早くも1月から電子版の販売をSJGのWarehouse23で再開しています。またFFEでは総集編CD-ROMも制作しています。CD-ROMでは他に『Traveller Hero』『Traveller Apocrypha-3』(Cargonaut製品、Marischal製品、Traveller Chronicle誌を収録)も出ています。
 他には新作小説『Fate of the Kinunir』、マーク・ミラー書き下ろし小説『Agent of the Imperium』、および『トラベラー』に影響を与えたSF小説や『トラベラー』小説そのものをまとめた『The Science Fiction in Traveller』もFFEから刊行されました。小物としては『4518th Personal Identifier』も出されました。

 Mongoose版『トラベラー』がついに第2版に移行しました(第1版製品群は電子版のみ継続販売されています)。ゲームシステムの改修整頓に加えて、全ページをフルカラー化するなど新『Traveller: Core Rulebook』は見事に「近代化」がされましたが、その分価格が上昇した上に、コアルール自体がこの他に『High Guard』『Central Supply Catalogue』、翌年発売の『Vehicle Handbook』に分散されたことで総費用が大きく増えてしまったことは少なからぬ批判に晒されました(『Core Rulebook』単体では遊べない、ということはありませんが)。

 レフリーが持っていると便利な小ネタを集めた「Referee's Briefing」シリーズが新たに始まり、『Companies & Corporations』『Anomalies and Wonders』『Going Portside』『Mercenary Forces』がこの年に、『Incidents and Encounters』『Garden Worlds』が翌年に発売されました。今後は『Garden Worlds』のように貿易分類ごとに星系の特徴を解説していく計画もあったようですが、現時点では制作が中断されているようです。
 冒険シナリオの「Adventure」シリーズは、舞台となる宙域ごとに「Reach Adventure」と「Marches Adventure」に分割されました。「Reach」シリーズでは『Marooned on Marduk』『Theories of Everything』『The Calixcuel Incident』、「March」シリーズは『High and Dry』(※過去作品『Type S』のリメイク)が発売されました。
 また、『Pirates of Drinax』の(そしてトロージャン・リーチ宙域の)追加設定集として『Theev』『Torpol Cluster』が、『High Guard』の追加データ集として『Deployment Shuttle』『High Guard: Aslan』が、スピンワードマーチ宙域の設定を解説する「Spinward Marches」シリーズからは『The Bowman Arm』(Avengerの同名製品の復刻再編集版)が発売されました。

 しかし、Mongooseが第2版に移行した影響は単にルールが変わるだけではありませんでした。第2版はOpen Game Licenseを不採用とし、Traveller Logo Licenseも廃止されました。代わって導入されたのが、DrivethruRPGのOneBookShelf社と共同で展開された「Community Content Programs」に基づく「Travellers' Aid Society」ライセンスです。これは〈第三帝国〉設定も含めてMongoose版『トラベラー』第2版互換製品を誰もが自由に出せるものとする画期的契約に見えましたが、版権をMongooseとOneBookShelfに移譲し、販路がDrivethruRPGに限られ、売り上げの半分が版権料となるこの新約款は、これまで〈第三帝国〉関連製品を出せなかったサードパーティ各社には何一つ利点のないものでした。
 以前から試作版ルールを受け取って移行準備を着々と進めていた各社にとってこれは寝耳に水であり(Mongooseは途中から方針転換をした節があります)、かなり激しいやり取りも行われたようですが、最終的には決裂に終わりました。新約款を受け入れた既存企業は結局Jon Brazer Enterprisesだけでした(※フォーイーヴン宙域に関する規約もTASライセンスに統合されたためです)。

 Open Game Licenseを採用していた旧Mongoose版『トラベラー』は、当然System Reference Document(Traveller SRD)を公開していました。とはいえさほど需要もなく、ロゴライセンス自体も開放的だったために注目を浴びることはありませんでした……この時までは。
 しかしMongooseが閉鎖的となった以上、このSRDを利用した「OGL版トラベラー」がサードパーティには必要になったのです。対応が最も早かったのはGypsy Knights Gamesで、当初後方互換性を残すために第2版と第1版ことOGL版『トラベラー』の両対応で自社の「2nd Edition」製品群を出す予定だったのを、苦渋の決断でOGL版のみで展開することにしたのです。これは元々、OGL版『トラベラー』に不足していたキャラクター作成システム(※偵察局員しか作れませんでした)を『Clement Sector Core Setting Book』で補えていたからこそできた芸当でした。

 そんな中、7月にSamardan Pressのジェイソン・ケンプ(Jason Kemp)が公開したのが『Cepheus Engine System Reference Document』でした。これはOGL版『トラベラー』を基にして、装備など不足部分を同じくOpen Game Licenseを採用した『Traveller20』から持ってくるなどして再構成した「Classic Era Science Fiction 2D6-Based Open Gaming System」だったのです。
 実用的なルールがPay What You Want(※無料も含めて価格を自由に決定できる)で手に入り、ルール本体が初めからSRDなので自由に改造ができ(そのためPDFどころかMicrosoft Word形式も公開されました)、なおかつ版権料も要らないとあって、これをきっかけにサードパーティ各社が一挙に『Cepheus Engine』になだれ込みます。Zozer Games、DSL Ironworks、Moon Toad Publishingや、個人出版のFelbrigg Herriot、Michael Brownも自社製品を『Cepheus Engine』対応に切り替えました(このため、Zozer GamesやDSL Ironworksの一部製品は絶版となりました)。また、2010年から汎用デッキプラン集を出していたBlue Max Studiosも『Cepheus Engine』対応を標榜します。

 かくしてMongoose第2版+CCP陣営と『Cepheus Engine』の「2D6 OGL Sci-Fi」陣営、そして『Traveller5』の3つに参入社が分断されることになりました。しかし幸運なことに、『トラベラー』ファンは人気や好みの大小はあれどどれも同じ『トラベラー』として扱い、コミュニティが分断されることはありませんでした。CotIは『Cepheus Engine』を『トラベラー』の1ルールとして認めて独自フォーラムを設置し、DrivethruRPGも『トラベラー』の子カテゴリとして『Cepheus Engine』を用意しています。マーク・ミラーもOGL版『トラベラー』の存在を「恩送りの表れ(pay it forward)」と肯定的に捉えているようです。

 Gypsy Knights Gamesは前述の通り、既存製品を全て「2nd Edition」として増補改訂を行いつつ、Traveller Logo Licenseを外してOGL対応の製品に切り替えていきました。『Clement Sector 2nd Edition』を皮切りに、『Anderson & Felix Guide to Naval Architecture』、「Subsector Sourcebook」シリーズ、「Ships of Clement Sector」シリーズ、「21」シリーズが次々と「2nd Edition」化されています。また10月には『Cepheus Engine』を「クレメント宙域」設定に合わせて改良を施した『Clement Sector: The Rules』を刊行しています。
 新規作品では海賊設定集『Skull and Crossbones』、艦船設定集「Wendy's Guide」シリーズなどが出されました。

 Zozer Gamesは『Cepheus Engine』対応製品として、前年発売の『World Creator's Handbook』を改訂した『The Universal World Profile』、『Orbital』の改訂版となる『Orbital 2100』に加えて、恐竜時代への時間旅行をする子供向け設定集『Camp Cretaceous』を発行しました。

 『Outer Veil』のオメル・ジョエル(Omer G. Joel)らが独立起業した新興のStellagama Publishingは、新規参入社としては初のCCPへの参加を表明してシナリオ『The Bronze Case』を投入しますが、『Cepheus Engine』の登場を受けてすぐさま離脱します。以後は『Cepheus Engine』向けに肉体蘇生ルール集『From the Ashes』、いままで有りそうで無かった汎用「宇宙警察」設定集『Space Patrol』、星域設定集『Near Space』を出しました。特に『Near Space』は『Outer Veil』でも採用した太陽系近傍4星域分の星域図とUWPデータを収めているのですが、座標・規模・大気・水界・ガスジャイアントの有無以外の全ての情報を顧客に委ね、なおかつOpen Game Licenseによって自由に改造ができ、営利非営利を問わずに「自分の設定」として公開を可能としました。これは『トラベラー』系に限らず、EN PublishingのRPG『N.E.W.』でも採用されるなど広がりを見せています。

 Moon Toad Publishingは『Ship Book: Type S Scout/Courier』を出した後に『Cepheus Engine』に移行し、「Ship Files」シリーズに改題したオリジナルデッキプラン集を出していっています。この年は『RAX Type Protected Merchant』『Polixenes Class Courier』が発売されました。

 一方のCCP陣営ですが、Mongooseが多数の書式テンプレートや挿絵素材を公開したものの出足は伸び悩みます。Jon Brazer Enterprisesが『D66 Compendium 2』、「Foreven Worlds」シリーズの星域設定集改訂版や、連作シナリオ「Prelude to War」の『The Rose of Death』『State of Chaos』と出し、他には『Book 10: Cosmopolite』の著者が星系設定集『Castrobancla, The City of Aliens』を公開し、オリジナルのデッキプランや小物を出す者もいましたが、他のCCP採用システム(当時は『D&D』『Cortex Plus』『Cypher System』)と比べると、この時点では盛り上がりに欠けていたのは否めませんでした。

 Ad Astra Gamesは自社作品『Squadron Strike』の『トラベラー』版、『Squadron Strike: Traveller』の開発を公表し、翌年には資金調達を開始します。最終的に290人から23339ドルを集めて成功しました。これは『トラベラー』系ゲームでは初の「三次元ベクトル移動」を扱う宇宙戦闘ゲームで、小型艦を扱わずに1000トン以上の艦船同士の戦いを再現します。
 製品の発送開始は2016年7月となる計画でしたが、現時点で完成はしていないようです。


【2017年】
 2月14日、ローレン・ワイズマンが心臓発作で死去しました。享年65歳でした。GDW創設時の4人組で最初に天寿を全うした彼を悼んで、多くの人々が彼の偉大な功績を称えています。ちなみにSJGは訃報の中で、カードゲーム『Illuminati: New World Order』(1994年)の「Evil Geniuses for a Better Tomorrow」のカードに描かれた人物がワイズマン(と『GURPS Traveller: Starports』のジョン・フォード(John M. Ford))であることを明かしています。
 マーク・ミラーはこれを受けて回想録『GROGNARD: Ruminations on 40 Years in Gaming』の発売を決め、8月から資金募集を始めました。最終的に633人から30300ドルを集めたものの、ミラーが予防的に心臓バイパス手術を受けたために10月末予定だった発送は遅れて、結局2017年内には間に合いませんでした。
 またこの年、FFEはGen Conでのイベント用特典として制作した『GenCant 2017 Traveller Muster Out Cards』をDrivethruRPGで公開しています。『154th Battle Riders』腕章の発売も開始しました。

 Mongooseの「Reach Adventure」シリーズの第4作目として『Last Flight of the Amuar』が発売されました。これは往年の人気シナリオ『Leviathan(リヴァイアサン)』をリメイクしたようなシナリオで、消息不明となったリヴァイアサン級アムアール号の謎を追います。また「Spinward Marches」シリーズの第2作として帝国国境付近の星系を紹介する『Lunion Shield Worlds』が出されています。
 そして(発売が1年遅れましたが)入門者向けに『Traveller Starter Set』が満を持して発売されました。『Core Rulebook』を分割編集し、マーク・ミラー公認の新星域・異星人設定を盛り込んだシナリオ『The Fall of Tinath』を加えた3分冊構成となっていますが、既に『Core Rulebook』を持っている人には改めて購入する利点が少なかったため、要望を受けてすぐさま『The Fall of Tinath』を電子版のみ緊急で単独販売しています。
 一大キャンペーンシナリオ『Pirates of Drinax』も、無料版の内容に加筆修正・フルカラー化を加えた280頁のシナリオ部に、『Alien Module 1: Aslan』の第2版相当となる200頁強の解説本『The Trojan Reach』、100頁の宇宙船設定集『Ships of the Reach』の2冊を加えた豪華装丁でついに発売されました。さらに追加設定集(DLC)シリーズも『Gods of Marduk』『Ship Encounters』『Harrier class Commerce Raider』『Revolution on Acrid』『Friends in Dry Places』『The Cordan Conflict』『Liberty Port』『Lions of Thebus』が次々と発売されました(が、最終巻となる『Shadows of Sindal』のみ編集の都合で翌年に積み残しとなりました)。

 Mindjammer PressからはトランスヒューマンSF設定本『Mindjammer: Traveller Edition』が出されました。〈第三帝国〉の技術水準を遥かに越える技術レベル19~21の超未来設定を扱うこれは、2015年11月から資金募集が始まったFate Coreシステム版『Mindjammer: The Roleplaying Game』の追加特典として元々企画され、Mongoose第2版ルールへの対応(と版権取得)を済ませた上での発売となりました。無料体験シナリオである『Dominion』も公開されています。

 前年末に開始されたHorizon Gamesによる『Traveller Customizable Card Game』への資金募集は、775人から56676ドルを集めて終了しました。文字通り『トラベラー』を題材としたデッキ編成型カードゲームであるこの作品は、運送業者や印刷業者との数々のトラブルに悩まされながらも、順次出資者への製品出荷が行われているようです。

 これまで幻となっていた『Signal-GK』第6号が、そしてそれを含めて全号が4月にTraveller Wiki内で公開され、ついにダグダシャアグ宙域の資料が出揃います。さらにその後、ライブラリ・データ部分を全て集めて原著作者ジェイ・キャンベル(Jae Campbell)らDagudashaag Development Team自らが編集を行った、総計380頁強にも及ぶ『Encyclopaedia Dagudashaag』『For your eyes only』が無料公開されています(ただし星系データに関してはT5仕様に改定されています)。

 Samardan Pressからは『Cepheus Engine』に欠けていた輸送機器設計ルールである『Cepheus Engine Vehicle Design System』が公開されました。旧来の設計ルールと異なり、宇宙船設計ルールと同じ形式を採用して簡単に車両を制作することができます。

 Gypsy Knights Gamesは新刊投入をほぼ月刊化して「Clement Sector」の拡張を進めます。『Hub Federation Navy』『Hub Federation Ground Forces』『The Cascadia Adventures』『21 Starport Places』を「2nd Edition」化し、追加経歴部門集『Diverse Roles』、追加設定集『Wondrous Menagerie』『Tree of Life』、シナリオ『The Slide』、「Wendy's Guide」シリーズ第2~4巻、『21 Pirate Groups』を出しています。

 DSL Ironworksが新展開として『Cepheus Engine』向けATU設定「Enigmatic」シリーズを開始し、第1弾として『Quick Setting 1: Event and History Generator』を発売しました。「Enigmatic」はStellagamaの『Near Space』を利用して、近未来の太陽系近傍を舞台に『2300AD』型のハードSF宇宙を構築する計画でした。しかし4月に主筆が急死したため、全ては幻のまま終わりました。

 Zozer Gamesは『Orbital 2100』設定の新シナリオ『Far Horizon』と、絶版にした『Star Trader』に全面増補改訂を行って貿易商人としてだけでなく、一旅行者として、海軍士官として、偵察局の探査者として「1人のプレイヤーで」楽しめるようルール構築をした『Solo』を発売しています。また、次回作『Hostile』で採用する(※としていましたが、実際には2018年2月発売の『Zaibatsu』でした)「『Cepheus Engine』をさらにクラシック化する」ための『1970s 2D6 Retro Rules』も無償公開しました。
 そしてその『Hostile』は年末に発売されました。楽天的な未来を描いた〈第三帝国〉とは正反対に、快適な惑星は地球以外にはなく(その地球すら環境汚染で荒廃しています)、太陽系外に居るのは過酷な環境と冷酷な企業の下で資源採掘や輸送に従事する労働者ばかりという悲観的(かつ現実的)な「80年代SFの」未来像を提示します。

 Stellagama Publishingは、長年構想を温め続けていた新設定集『These Stars Are Ours!』、その追加資料『50 Wonders of the Reticulan Empire』、シナリオ『Borderlands Adventure 1: Wreck in the Ring』を発売しました。人類は一度は異星人に征服されたものの異星技術を吸収して反乱を起こし、太陽系周辺星域に星間国家を打ち立てたところから始まるATU設定で、星系の配置は同社の『Near Space』を使用しています。また、TSAO設定を前提としつつも汎用の超能力ルール集『Variant Psionics for the Cepheus Engine』も年末に出されました。

 おそらくSpica Publishingから衣替えしたと思われるUniversal Machine Publicationsが、この年4月から表立って活動を開始しました(実際はSpicaが変調をきたした2014年から活動していたようですが)。「2d6 SF SRD(ことTraveller SRD)」のキャラクター作成ルールを補間する『Basic Character Generation』『Physical Appearance』『Family Background』『Graduate School』『University』を出していたこの会社は、3月以降『Advantage and Disadvantage (2e)』『Skills List (2e)(1e)(2d6)』と、名前こそ伏せてはいるものの『トラベラー』系ルールの「まとめ」を次々と公開し、さらに『Scouts』という偵察局関連ルール集も出しています。
 彼らはこれを皮切りに経歴別の本を出し続け、最終的に「The Universal Machine Science Fiction Role-playing Game System」にまとめ上げる構想を持っていたようですが、8月以降活動は途絶えています。

 2013年から『2300AD』の無料誌『Colonial Times』(最新号は2017年発行の第7号)を出していたStygian Fox Publishingは、シナリオ『A Life Worth Living』で『Cepheus Engine』に参入しました。このシナリオは独自の近未来地球近傍設定「The Near Heavens」が使用されています。

 その他、Moon Toad Publishingは「Ship Files」シリーズの『Atticus Class Freelancer』『DeVass Class Private Starship』を出し、Michael Brownは週刊よりも早い間隔(早ければ日刊)で多くのショートシナリオを(中には西部劇設定の異色作も)、Pyromancer Publishingは数々のデッキプランを、Surreal Estate Gamesはスチームパンク風星系設定『World Guide: Zaonia』を、Thunderegg Productionsは『Easy Settlements』を出しています。長らく『トラベラー』での活動を休止していた13Mann Verlagも10月1日付で担当者の交代と、ドイツ語版Traveller SRDを基調としての再始動を予告しました(同時に今後英訳展開を行わないことも明言されています)(※しかし翌年初頭に新担当者の辞任が発表されたようです)。また、FSpace Publicationsも再び参入しています。

 CCP陣営の方もようやく目玉である〈第三帝国〉設定の製品が揃い始めます。特に精力的なのがMarch Harrier Publishingで、シナリオ『Two Days on Carsten』『See How They Run』『Eve of Rebellion』を出しています。中でも『Eve of Rebellion』は、反乱前夜の帝国首都を舞台にストレフォン皇帝、デュリナー大公、ヴァリアン皇子、ルカン皇子、イフェジニア皇女をそれぞれ演じるプレイヤー同士で権力闘争を繰り広げるという、他に類を見ない構成となっています。
 他には新規参入のEl Cheapo Productsが「Traveller Paper Miniatures」シリーズを開始し、『Humaniti Security』『Imperial Marines(全3作)』『Adventurers(全3作)』『Vargr Pirates』『Belters(全2作)』と立て続けにペーパーフィギュアを出し、その他Jon Brazer Enterprisesの「Foreven Worlds」シリーズも続刊され、いくつかの個人出版社がデッキプラン集を展開しています。

 そしてこの40周年の年を締めくくるように、BITSから『The Traveller Bibliography』が発売されました。これは著者ティモシー・コリンソン(Timothy Collinson)の所有する約二千点に及ぶ『トラベラー』関連書籍を全てまとめたもので、1999年発売の初版、2010年にUK TravConで配布された第2版に続く、最新の第3版となっています。


【2018年~】
 前述の通り、現時点で制作されている『トラベラー』は3つに分かれています。

 まず、マーク・ミラー率いるFFEの『Traveller5』ですが、新作情報はおろかサードパーティの参入情報もありません。唯一参加していたグレゴリー・リーも2017年に未完成の原稿(「Cirque: The Usual Suspects」)を遺したまま死去してしまい、T5路線が今後発展する望みはかなり薄くなったと思われます。
 マーク・ミラー本人は「T6」の開発を否定していますが、『Traveller8』が製作中であることは認めています(随分前から商標も押さえていました)。この「8」とは「8歳児向け」を意味し、子供でも楽しめる入門者向けのシステムとなるようです。また『T5 Players Manual』を出してルール面のサポート(簡略化?)を行う計画もあるようです。
 まだ公式には発表されていませんが、T5は将来的には「Galaxiad」という超未来文明設定に進むと思われています。これは帝国暦1900年代を舞台にした「リジャイナのホロテレビ局制作の連続ドラマ」というメタ構造になっている新設定で、ジャンプ機関に代わるゲート技術によって旅の範囲は銀河系全体に広がっています。『Traveller5』で既にルールや伏線は用意されており、いつ実現するのかは全くの未定ですが、徐々に設定構築が進んでいる気配はあります。
(※ちなみに平行世界の関係にある『GURPS Traveller』の「Lorenverse」にも既知宙域文明を崩壊させる要素がそのまま存在するため、結局帝国暦1400年頃には双方の時間軸は収束して「Galaxiad」に向かうとされています)

 Mongooseの『トラベラー』第2版は、「The Great Rift」シリーズで大裂溝付近の設定やシナリオを展開し、これと『Pirates of Drinax』に加えて『Behind the Claw』を投入してデネブ領域全体の設定を再度固めてから、いよいよ「第五次辺境戦争」が開幕となります。今後3年をかけて新シナリオや改訂版エイリアン・モジュールなど、様々な製品が展開される計画となっています。その他新ボックスセットなど、次の10年を見据えた新展開が数々予告されています。
 また第2版ルールに対応した『2300AD』も発売こそ遅れていますが、再起動に向けて開発が続いています。

 そして『Cepheus Engine』。こちらは様々なサードパーティが様々な宇宙設定を展開しており、一風変わったSF宇宙を楽しむことができます。『Clement Sector』『These Stars are Ours!』『Hostile』も新作投入が続けられる見込みですし、噂段階ですが『Twilight Sector』『Outer Veil』の復活や、新規参入社の話も聞こえており、〈第三帝国〉に飽き足らない旅人の拠り所として一大勢力であり続けるのは間違いなさそうです。

 ちなみにウォーゲーム関連では、Steve Jackson Gamesが28年越しの念願叶ってようやく『Triplanetary』の復刻に着手し、日本のBonsai Gamesからは『インペリウム セカンドエディション日本語版』の再販がなされるようです。


 形を、出版社を、そして名前すら変えてもその精神は引き継がれてきた『トラベラー』。RPG界を席巻することはもはやないにしても、来たる50周年、そしてその先も古き良き名作として愛され、受け継がれていくことでしょう。

「古い版の『トラベラー』は、それらを遊び、それらの資料の思い出を持つ人々のためにあり続ける。一方、新しい人にとっては『Traveller5』かMongoose版がある。私はいずれかのプレイヤーがもう片方も遊び、最終的には双方が彼らの楽しみに加わるだろうと思う」
(マーク・ミラー)

 そして、旅人はゆく――


【参考文献】
The Future of Traveller (Gary L. Thomas, Travellers' Digest #7, 1986)
A Decade of Traveller (Challenge #29, 1987)
Keith Brothers Interview (Rob Caswell, MegaTraveller Journal #3, 1993)
Whither (NOT to be confused with "Wither") Traveller? (David Nilsen, Challenge #77, 1995)
The Big List of Classic Traveller Products (Joe Walsh, 1999)
Traveller 4: What Might Have Been... (Stuart L. Dollar, 1999)
A Backdrop of Stars (Craig Lytton, 2000)
Questions for Dave (David Nilsen, CotI, 2004)
Players' Guide to MegaTraveller (Far Future Enterprises, 2005)
The Road Not Travell(er)ed (Hunter Gordon, CotI, 2008)
Interview with Marc Miller (Theodore Beale, Black Gate, 2010)
Guide to Classic Traveller (Far Future Enterprises, 2010)
A Perpetual Traveller - Marc Miller (Allen Varney, the Escapist, 2010)
A Look at the Notaries of 2300AD & GDW (Charles E. Gannon, Colonial Times #1, 2013)
Designers & Dragons (Shannon Appelcline, Evil Hat Productions, 2013)
Hi everyone. I'm Charles E. Gannon, (r/books, 2016)
Mr.Miller's Remarks (E.T. Smith, Trollbones, 2017)
Interview with Marc Miller (Michael Wolf, Stargazer's World, 2017)
13Mann Verlag
BITS UK Limited
BoardGameGeek
Club TUBG
CollectingCitadelMiniatures Wiki
Internet Archives
Kickstarter
Lost Minis Wiki
Mongoose Publishing
RPGnet
Traveller Wiki
Wayne's Books
Wikipedia

トラベラー40年史(5) 古典復興の時代(2008年~2015年)

2018-02-22 | Traveller
 イギリスのMongoose Publishing社はマシュー・スプレンジ(Matthew Sprange)らによって2001年に設立され、当初はオリジナルRPGの製作販売を行っていましたが、その後d20システムに乗り換えて発展しました。2003年頃に「d20バブル」が崩壊するとOpen Game License製品に切り替えて社命を繋ぎ、2004年からはミニチュアゲームにも参入しています。また、他社版権製品の製造にも元々積極的で、2002年の『Judge Dredd』を皮切りに『Babylon 5』『Conan』『Paranoia』『Elric of Melnibone』『RuneQuest』といった人気作を次々と販売していきました。
 そしてそんなMongooseが打った次の一手が『トラベラー』、それも新作だったのです。

「このゲームは『王道の』SFゲームとなる可能性をまだ秘めている」
(マシュー・スプレンジ)


【2008年】
「公開プレイテストは驚くべき体験だった。ファンはルールを試して好みかそうでないかを言うだけでなく、サブシステム全体を書いたり、文章を再編集したり、統計分析を行ったり、何千時間もゲームを論じたりしていたのだ」
(ガレス・ハンラハン)

 前年の発売予告では2月でしたが、若干遅れて5月にMongoose版の『Traveller: Main Rulebook』が書籍で発売されました(電子版は7月)。懐かしのLittle Black Bookから続く黒一色の伝統の表紙はそのままに、判定方式には『メガトラベラー』以来となる2D(6面体サイコロ2個)を採用し、クラシック版では攻撃命中の指標に過ぎなかった「8+(2Dで8以上)」をゲーム全体で使用するようになりました。
 キャラクター作成も旧来通りに経歴部門に「就職」する形態を採りつつも、「人生経験表」などの導入でまさにキャラクターが人生や人脈(や時として投獄歴や借金)を背負って生成されるようになりました。戦闘システムは『メガトラベラー』などで採用された「1.5メートル四方のマス」に戻りつつ、ルールの簡略化や整理統合が進められました。クラシック版よりはキャラクターが負傷に耐えやすくなったのも特徴です。緻密だが複雑怪奇な方向に進んでいた宇宙船設計ルールはクラシック版同様の簡素なものになり、貿易ルールもクラシック版の改良型と言える範囲に留まりました。
 
 このように、このMongoose版の最大の特徴は「クラシック版への回帰」と同時に「ゲームの近代化」を成し遂げたことでしょう。この方針はファンの間でも絶賛され、発売後の売り上げは『RuneQuest』を抜いて同社一のヒット作となります。作品自体の評価としてもEN Publishing主催のENnie賞(Product of the Year部門)に選出されるほどでした(金・銀賞の受賞は逃しましたが)。
 なおルールブックに関しては、内容を192頁まで削り込んで往年のLittle Black Bookと同じ判型にした『Pocket Edition』も発売しています(書籍版のみ)。価格も『Main Rulebook』の(米国価格で)半額とお得感はありましたが、活字の小ささによって視認性に難を抱えました。

 Mongooseはサードパーティ向けにDevelopers Kitも公開しました。これはTraveller Logo Licenseに関わる条項が収められており、Open Game Licenseの採用によるゲームシステムの開放と同時に「〈第三帝国〉設定の独占」も定められていました。FFEによる「Free Sector宣言」によって全ての人に制作が開放された(と同時に公的出版物であっても非公式設定扱いとなる)フォーイーヴン宙域を除き、サードパーティ各社は今後〈第三帝国〉を含めた従来の既知宇宙に関わる出版物を刊行することができなくなったのです。
 この影響は大きく、『Traveller Calendar』のSpica Publishingは参入第一弾として計画していたスピカ宙域の設定本の制作中止を余儀なくされ(その後、汎用経歴部門集『Career Book 1』で参入します)、Avenger Enterprisesも11月に『トラベラー』ライセンスの更新をせずに全製品を一旦絶版としました。同時に、試遊キットを希望者に配布してベータテストを行っていた「Avenger Classic Traveller」の開発も中止となっています。ただしAvengerは、Mongooseによる小規模出版社支援プログラム「Flaming Cobra」に移行して、年末にシナリオ『One Crowded Hour』(2006年の再販)を出しています。

 Mongooseはサポート展開も懐かしい様式を踏襲しました。つまり「Book」と「Supplement」の両方によるゲームの拡張です。その刊行速度は怒涛のごとく、9月から年末にかけて『Book 0: Introduction to Traveller』(無料)、『Book 1: Mercenary』『Book 2: High Guard』『Supplement 1: 760 Patrons』『Supplement 2: Traders and Gunboats』が一気に刊行されました(ただし『Mercenary』は発売を急いだあまりに試遊段階のものを発行してしまい、後々禍根を残します)。
 加えて新設の「The Third Imperium」シリーズの第一弾として、マーティン・ドハティによる『Spinward Marches』が発売されています。これはGURPSの『Behind the Claw』ほどではないにしろスピンワード・マーチ宙域を詳細に解説したものですが、Mongoose版『トラベラー』は「汎用SF-RPG」を標榜したため、〈第三帝国〉ですら諸設定のうちの一つという扱いでした。「The Third Imperium」シリーズとして切り離されているのはその意思表示とも言えます。
 〈第三帝国〉以外の俗にATU(Alternative Traveller Universe)と呼ばれる設定本の刊行は翌年から始まり、Mongooseからだけでも(第一弾作品とされていた『Starship Troopers』こそ版権の都合で出なかったものの)『Judge Dredd』(2009年)、『Hammer's Slammers』(2009年)、『Strontium Dog』(2009年)、『Reign of Discordia』(2009年)、『Universe of Babylon 5』(2009年)、『Chthonian Stars』(2010年)、『Cowboys vs. Xenomorphs』(2012年)、『2300AD』(2012年)が出されています(※ただし『Reign of Discordia』『Chthonian Stars』は別出版社の作品の移植版です)。中でも『Judge Dredd』『2300AD』は発売後も、多くのサプリメント展開がなされました。

 一方でMongooseは、GDWからSJGで踏襲された「トラベラー・ニュースサービス(TNS)で宇宙の歴史を動かす」ということに関しては、頑ななまでに「帝国暦1105年から時間軸を動かさない」ことに拘りました。理由は明かされていませんが、その後Mongooseから発売された全ての設定本・シナリオが「帝国暦1105年」で固定されています。

 今回、サポート誌は特に無かったのですが、自社の電子広報誌『Signs & Portents』(※当時は無料でしたが、現在は有料化されました)内にてシナリオの掲載(その中には『Annic Nova』も)や設定・追加ルールの紹介が、同誌が休刊となる2011年まで行われました。

 ドイツの13Mann Verlag社は早くもこの年、Mongoose版『トラベラー』コアルールを独語訳した『Traveller: Grundregelwerk』を発売し、同時にオリジナルシナリオ『Blockade Runners』も出しました。13Mannは翌年以降も精力的にMongooseのサプリメント本のドイツ語版を翻訳展開していきます。

 前述の通り年末に独自の活動を終えたAvenger/Comsterですが、それまでに精力的に出版をしています。キャンペーンシナリオ「Guilded Lilly」シリーズの第3部『Into the Darkness』、「Operation Dominoes」シリーズ第4部『The Iskyar Metamorphosis』、一転して「黄金時代」のスピンワード・マーチ宙域を舞台とした『Type S』『One Crowded Hour』、そして「New Era 1248」シリーズは小国が分立するようになってしまった旧デネブ領域を解説する『Spinward States』、ウイルスとの戦いが続く『Freedom Leagues』が出されています。
 しかしこれらの製品は過去作も含めてこの年で一旦絶版となり、後にFFEの『Traveller: The New Era-2 CD-ROM』に「New Era 1248」「Guilded Lilly」「Operation Dominoes」が再録されるまでは幻の作品となってしまいました。

 QLIはこの年、『Revelation Station』という「汎用」シナリオを公開しています。もちろんT20対応なのは言うまでもなく、現在ではT20製品の一つとして数えられています。

 この他に、D. B. Game Design社が宇宙船解説本『Ares Dragon class Mercenary Cruiser』『Venture Frontier Courier』を出しています。恒例の『Traveller Calendar 2009』も出されていますが、この年からSpicaを離れて有志による発行となっています(そのためSpica時代の『2007』『2008』については現在は絶版です)。


【2009年】
 FFEは『Traveller5』試作版の配布を章ごとに順次開始しました(※2008年11月説もあります)。2007年時点での予告ではMongoose版の拡張版という位置づけとされていた(つまり互換性がある)T5でしたが、蓋を開けてみると行為判定方式はT4を踏襲し(さすがにダイス個数の端数はなくなりましたが)、輸送機器設計も同じく『Fire, Fusion & Steel』を継承するなど、全くの別システムとなったことが(一般公開こそされなかったものの)これで明かされたことになります。
 またFFEはMarischal Adventures製品の版権を取得し、DrivethruRPGにてクラシック版『トラベラー』(FASA製品・ドイツ語版・スペイン語版を含む)、および関連ゲームの電子版単品売りを開始しています。ただしGDW本体のクラシック版『トラベラー』製品群については翌年に持ち越されました。また『Traveller: The New Era CD-ROM』の販売も始まっています。
 なおこの年出された『Classic Traveller Apocrypha-1 CD-ROM』(FASA、GameLords、Paranoia Press製品を収録)には、これまで単行本化されていなかった『Pilot's Guide to the Caledon Subsector』が収録されています。
(※おそらくこの年、Quantum Enterprisesから『Classic Traveller T-Shirts』『Full Colour Printed T-shirts』の販売も開始されているはずです)

 Mongooseも「Alien Module」シリーズを開始します。この年は『Aslan』(これに関してはアスランの容姿を「ライオンに似た」ではなく「ライオンそのもの」に変えてしまったことに多くの批判があります)が、翌年には『Vargr』『Darrians』、2011年には『Zhodani』、2012年には『Solomani』と発売されていきました。各種族を詳細に解説しているのはGDWの「Alien Module」と同じですが、種族の解説だけでなくその種族が主に住む宙域の設定も収録されているのが特徴です(宙域設定部分に関してはそれぞれ別途単品売り版も存在します)。なお、Mongoose版Alien Moduleは続刊として「Droyne」が長らく予告され続けてきましたが、残念ながら執筆者不在という理由により計画は中断されています。
 経歴部門ごとにルール・データを補強する「Book」シリーズは、『Scout』『Psion』『Agent』『Scoundrel』が、輸送機器や装備を拡充する「Supplement」シリーズは『Fighting Ships』『Central Supply Catalogue』『Civilian Vehicles』『Military Vehicles』、さらにシナリオ集である「Adventure」シリーズが始まり、『Beltstrike』『Prison Planet』(両方ともGDWの同名作品とは全くの別物です)が、またこれとは別に「Third Imperium」シリーズとしてキャンペーンシナリオ『Tripwire』が発売されました。

 Mongooseの「Flaming Cobra」の下で出版を継続することになったAvenger/Comsterは、以前と変わらぬ勢いで出版を続けています。シナリオ『Fiddler's Green』『The Windermann Incident』、企業設定『Spinward Salvage LIC』、星系設定集「SITREP」シリーズとして『Callia』『Aster』を発売しました。
 加えて『Patron Encounters』といったT20時代の2006年に出した出版物の再販も始まり、シナリオ『Call of the Wild』『Range War』に新作を加えた『Project Steel』、「Golden Age Starships」をまとめた『Golden Age Starships Compilation 1-5』も出ています(※現在は単品売り版のみ)。

 QLIがかなり遅れ馳せながら「Traveller's Aide」シリーズ9作目となる『Fighting Ships of the Solomani』を刊行しました。これはソロマニ・リム戦争時のソロマニ連合海軍の艦艇や編成を解説する資料本ですが、QLI製品で唯一マーティン・ドハティが関わっていない「ことになっている」作品です。というのもドハティ本人は「この仕事は2003年に受けた」と後に語っていることから、何かしらの一悶着があったことが伺えます。
 いずれにせよ、この作品をもってT20の製品展開は完全に終了しました。

 Spicaは追加経歴部門集『Career Book 2』とオリジナル宇宙船解説本『Nemesis Class Pursuit Ship』を出しています。
 Jon Brazer Enterprisesがこの年から参入しています。初期作品はオリジナルの異星生物を1つずつ扱う「Creatures of Distant Worlds」シリーズや、巨大ロボットも含めて戦闘機械を解説する「Mech Tech 'n' bot」シリーズでした。
 K Studioはフォーイーヴン宙域を舞台にした「Denizens」シリーズを2011年までに3作品投入しています。
 Samardan Pressが「Flynn's Guide」で参入し、『To Alien Creation』『To Magic in Traveller』といったルール集や、汎用短編シナリオ『Vengeance by Proxy』を出しています。
 Terra-Sol Games LLCが『Twilight Sector Campaign Setting Sourcebook』、および無料シナリオ『Into the Star』『Somnium Mundus』で参入します。これはマーティン・ドハティによるATU設定で、設定の中核に突然変異種(Mutants)を置くなど〈第三帝国〉とは全く異なる未来図を描いています。
 Skortched Urf StudiosはオリジナルのNPCを1人1冊で徹底解説する「S.C.A.R.E.」シリーズで参入します。採り上げられたNPCは皆秘密(Secrets)を持ち、パトロン(Contacts)にも味方(Allies)にも競争相手(Rivals)にも敵(Enemies)にもなり得るように設計されています。このシリーズを翌年まで全5冊出し、オリジナルの異星種族を解説する「Minor Races」シリーズも出して刊行は途絶えました。
 Loren Wisemanはデッキプラン『30-Ton Slow Boat』を出しています。

 ファンジン『Freelance Traveller』『Frontier Report』誌が創刊されました。後者こそ創刊号のみの発行で終了しましたが、『Freelance Traveller』はオンライン無料ファンジンとして長くファンに愛されることとなります。

 Zozer Gamesのポール・エリオット(Paul Elliott)が『Mercator』を無料公開します。これはクラシック版『トラベラー』を用いてローマ帝国時代を遊ぶためのルール集で(※エリオットはローマ帝国時代を主題にした本やRPGを多く出版しています)、当然ながら宇宙船は帆船やガレー船に差し替えられ、帆船の設計ルールどころか地中海を交易で回るためのルールすら整備されているというかなりの異色作です。

 毎年恒例となった『Traveller Calendar 2010』も発売されています。


【2010年】
 Mongooseの「Supplement」シリーズでは『1001 characters』『Cybernetics』、「Book」シリーズでは『Merchant Prince』『Dilettante』、「Third Imperium」シリーズでは『Sector Fleet』『Reft Sector』が出されました。ちなみに『Sector Fleet』は2006年発売の『Grand Fleet』の復刻版ですが、内容は「宙域規模」に再調整されており、目玉であるスピンワード・マーチ宙域艦隊の編成表も『The Spinward Marches Campaign』(第五次辺境戦争)ではなく『Rebellion Sourcebook』(反乱時代)を踏襲しています(※この2冊の設定がなぜか矛盾しているため、愛好家の間では「戦後に星域艦隊が帝国内で再配置された」という解釈がされています)。
 新たに刊行を始めた「LBB」シリーズは、往年のLittle Black Bookの大きさまで「Book」シリーズを縮小した『Pocket Edition』と同じ企画のものです。『Mercenary』から『Dilettante』までの計8冊に加え、旧来のライブラリ・データ総集編である『LBB 9: Library Data』が出されています(なお『LBB 9』のみ電子版が存在します)。
 「Living Adventure」シリーズは、小売店や同好会などでのイベント用に無償公開されたものです(その代わりに事前申請と結果報告が一応必要でしたが、ダウンロードの制限は特にありませんでした)。『Of Dust-Spice and Dewclaws』『Spinward Fenderbender』『A Festive Occasion』『Rescue on Ruie』の4作品が存在し、全体の統括をドン・マッキニー(Don McKinney)が、シナリオ執筆をBITSのアンディ・リリー(Andy Lilly)、GURPS版『Sword Worlds』のハンス・ランケマドセン(Hans Rancke-Madsen)、T5開発チームのロブ・イーグルストーン(Robert Eaglestone)が担うなど、当時の『トラベラー』界の著名人が集った豪華な布陣でした。
 そしてMongooseは、全10章のキャンペーンシナリオ『Secrets of the Ancients』の無償公開を開始します。単なる復刻ではなく、GDWの旧『Secret of the Ancients』と比べて「秘密」の部分が複数形になっていることからもわかる通り、全面的な改修が施された内容となっています。他にS&P誌の『トラベラー』関連記事の総集編である『Compendium 1』も出されました。
 加えて、マーク・ミラーが最初の出版計画を明らかにしてから23年の時を経て、Mongoose版の翻訳ではありますがついにフランス語版『Traveller: Core Rulebook』が発売されました。翌年に『Livre 1: Mercenaire』、翌々年には『Les Marches Directes』と細々と翻訳展開は続けられましたが、その後は途絶えています。

 シナリオ集『Crowded Hours』は、Avenger制作のシナリオ『Type S』『Fiddler's Green』『One Crowded Hour』『The Windermann Incident』をまとめて、Mongooseの書籍版として編集し直したものです。
 なおAvenger/Comstarはこの作品をもってMongooseの下での活動を終了させています。

 FFEは『Traveller Apocrypha-2』(Judges Guild製品を収録)、『JTAS 01-36』、『Traveller More New Era-2』の各CD-ROMの販売を開始し、さらにDrivethruRPGにおいて『Starter Traveller』の期間限定無料配布を行いました(※記録は残していませんが、その後数年間は無料のまま放置されていたはずです)。

 この年、ローレン・ワイズマンが心臓発作で倒れたという情報が流れ、有志がバイパス手術の費用や術後の生活費を寄付金で募り始めました。実際マーク・ミラーがQLI/FFE版『Classic Reprints』の、BITSとAd Astra Gamesは共同で『Power Projection』シリーズの売り上げの一部を寄付しています。

 Terra-Sol Gamesは無料シナリオ『Ancient Trails: So It Begins』、有料シナリオ『Beyond the Open Door』を出していますが、興味深いのは(前年の『Somnium Mundus』、2012年発行の『Ancient Trails, Witness to History』も含めて)それぞれシナリオ本体に加えてNPCの「音声データ」を公開し、新たな演出技法を模索していることです。
 さらに追加設定集『Setting Update #1』、サポート誌『The Starfarer's Gazette #1』を発行するなど、精力的な展開が続きます。

 SpicaはNPC集『Allies, Contacts, Enemies & Rivals(ACER)』、星系設定集『System Book 1: Katringa』を出しています。この『ACER』は、Mongoose版ルールで制作されたキャラクターの持つ人脈のサンプル集として優れていました。

 Jon Brazer Enterprisesはこれまで出してきた「D66」シリーズの総集編である『D66 Compendium』を発売しました。この「D66」とは、6面体サイコロ2個で様々な名前や状況などを乱数生成するための表のことです。

 リーヴァーズ・ディープ宙域の設定を深掘りするファンジン『Into the Deep』の刊行が始まります。この年で第1~2号が、翌年に第3~4号が、2015年には第5号が出されています。
 また『Signal-GK』誌が(第6号を除いて)電子復刻され、ネット上に無料公開されています。

 Flying Buffaloは2008年から『Famous Game Designers Playing Card Deck』というトランプカードセットを出していたのですが、その2010年版の各スートの「K」にマーク・ミラー、ローレン・ワイズマン、リッチ・バナー、フランク・チャドウィックの4人が、「スペードの7」に『トラベラー』が描かれました。
(※2011年版の「スペードの7」、2014年版の「スペードのJ」にも再び『トラベラー』が採用されています)


【2011年】
 Mongooseの「Supplement」シリーズは『Campaign Guide』『Merchants and Cruisers』『Animal Encounters』『Dynasty』と『760 Patrons 2nd Edition』、「Book」シリーズは『Robot』が出されています。しかしこの頃になると粗製乱造による作り込み不足が目立つようになり、無理もないことであっても「汎用SF」なのが裏目に出る局面が相次ぎます。『Campaign Guide』は乱数生成されたシナリオが〈第三帝国〉ではあり得ない状況になりがちで不評であり、『Robot』は欠陥だらけだった上に「まるでピクサー映画のよう」という批判も上がりました。
 これまでMongooseが刊行を急いできたのには理由がありました。同社に限らず小規模出版社共通の悩みは、出版間隔が開くと会社の資金が枯渇してしまうことです。会社を回すためにも、とにかく新刊を出し続けないといけなかったのです。こういった状況は社内体制が改革される2016年まで続きました。
 なお他には、「Third Imperium」シリーズの『Starports』『Sword Worlds』『Spinward Encounters』や、S&P誌総集編の『Compendium 2』も出されています。
 ちなみにMongooseは『トラベラー』システム上でTVドラマ『スター・トレック』の世界観を再現する『Traveller: Prime Directive』を2012年春に発売すると公表し、表紙も完成していました。しかしその後全く音沙汰はなく、製作元であるはずのAmarillo Design Bureauも一切のコメントを出していません。

 Mongooseは『Secrets of the Ancients』を製本した有料版を発売しました。無料版と比べて内容の追加・変更は無いようです(無料版の配布も続けられています)。
 そしてそれと入れ替わりで、新たなる無料キャンペーンシナリオとして『The Pirates of Drinax』の公開が開始されました。プレイヤーは私掠船免状を得た「海賊」となり、危険極まりない星域アウトリム・ヴォイドに乗り出していくのです。全10章のシナリオ掲載は2015年まで順次続けられます。

 『Sign & Portents』第88号に、突如としてウィリアム・キース名義の記事「Destiny: Within the Two Thousand Worlds」が掲載されました。書き下ろしであれば実に18年ぶりの『トラベラー』復帰作となります(※転載や編集原稿の可能性もありますが、調査不足でどれも裏が取れていません)。

 さて、GDW末期の1995年に発売されたTNE小説3部作のうち、前述の通り第2巻までは発売されたのですが、第3巻『The Backwards Mask』は印刷目前で発売が中止され、その後原稿は行方不明となってしまいました。
 やがてマーク・ミラーは未完のままだったTNE小説を完結させようと、作家マシュー・カーソン(Matthew Carson)に2009年頃に執筆依頼をしました。彼らは前の2冊を熟読して構想を練り直し、新たに882頁(30万語)の壮大な完結編『The Backwards Mask』を書き下ろしてAmazon Kindleの電子書籍で発売します……が、原著作者ポール・ブルネット(Paul Brunette)による元原稿が後から発掘されてしまったのです。かくして2つの結末を持つ合本版『The Backwards Mask』がDrivethruRPGで発売されることになりました。
 なお、カーソンによる短編『The Errand』も無料公開されています。

 FFEは『Traveller 4th Edition』『Challenge Magazine 25-77』のCD-ROMを発売し、電子版『JTAS』『Challenge』誌、Judges Guild製品の単品売りも始めました。
 そして最新最後の『メガトラベラー』製品である『MegaTraveller Robots』も出されています。元々クラシック版『Book 8: Robots』のルールは『Striker』に合わせて構築されていたため、『メガトラベラー』の戦闘ルールとは噛み合っていませんでした。これを長年有志が調整を続けてきていたのですが、やがてDGPが出す予定だったロボット関連本の原稿が発掘され、制作が一気に進展します。その成果がこの一冊なのです。

 Samardan Pressの「Flynn's Guide」に「Azri Drakara」シリーズが加わります。この年は、地球から遙か1000パーセクの宙域にある幾つもの小国家や知的種族を紹介する『A Primer』、星域設定本『Rodan Subsector』、宇宙船解説本『Republic Starships』が出されました。

 Scrying Eye Gamesはデッキプラン集『Type S Scout/Courier: IISS Dreamcatcher』を皮切りに、2013年までに各種デッキプランを計11作品ほど発売しています(その内、S型偵察艦が3種、A型自由貿易商船が2種、Y型ヨットが2種)。またLoren Wisemanからもデッキプラン『40-ton Slow Pinnace』が出されています。

 Spica Publishingが傭兵資料集『Field Manual』に加えて、オリジナル設定集『Outer Veil』を発売します。これまで発売された他社のATU設定集はTL15以上の超未来を描いたのに対し、この『Outer Veil』はTL11の近未来(西暦2159年)を舞台とした異色作であり、それがかえって好評を得ました。というのも、

「我々は非常に高度な技術を想像するという問題に悩まされていた。私はクラシック・トラベラーで15以上の技術レベルを想像するのに困っていたし、メガトラベラーやTNEでさえ本当に想像を絶する技術というものが何であるかを示せなかった」
(マーク・ミラー)

 このように本家GDWであっても高度星間文明を想像し、提示しきれていませんでした。創造主にすらできないことは素人には到底無理であり、夢のような未来技術を実は皆が持て余していたのです。そんな中で登場した『Outer Veil』は地味であっても想像しやすい未来像を示したことで人気を獲得したのです。

 Gypsy Knights Gamesが「Quick Worlds」シリーズで参入しました。これは1冊ごとにオリジナルの1星系の詳細な設定を記したもので、この年から翌年にかけて計25冊が、最終作となった第26巻が2014年に発売されています。このシリーズは本来背景設定を特定しない汎用設定集として始まったものですが、この総集編となる「Subsector Sourcebook」シリーズで独自設定が徐々に積み重なっていきます。また「21」シリーズは様々な組織・施設・パトロンなどを21種類ずつ収録したもので、この年は『21 Plots』『21Plots Too』が出されています。

 Terra-Sol Gamesも勢いを増します。『Twilight Sector』の追加設定集『Setting Update Alpha』『Tinker, Spacer, Psion, Spy』、追加データ集「Six Guns」シリーズとして『Gauss Weapons』『Rescue Organizations』、『Shipbook: Mirador』に加え、文字通り「剣と魔法の世界」である『Netherell』の設定集とシナリオ『The Beast of Karridan's Hollow』を一気に投入します。

 Comster Gamesの活動停止に伴い、マーティン・ドハティのAvenger Enterprisesは提携先をAvalon Games Company(※最古のウォーゲーム『Tactics』(1952年)を発売した会社とは別です)に変更しました。新生Avalon/Avengerは年末、ATU設定集『Far Avalon Book 1~3』を皮切りに参入を果たします(ややこしいのですが、これは2009年にシステムを問わない汎用設定集として発売されたComster/Avenger版を『トラベラー』ロゴを取得して出版し直したものです)。

 拡張現実ゲーム『Traveller-AR』のベータテストが開始されています。これはスマートフォン(iPhone限定)を利用して現実の位置情報と連携させたゲームを目指していたのですが、予定していた2012年中の正式サービス移行は結局成し遂げられず、その後うやむやのうちに(おそらく2013年に)終了してしまったようです。

 なおこの年がGURPS Travellerの契約最終年でしたが、新製品が出ていないにも関わらず2015年末まで契約延長されています。


【2012年】
 Mongooseからは、「Sector」シリーズとして『Solomani Rim』『Deneb Sector』が、「Supplement」シリーズは『Campaign Guide』、および『Civilian Vehicles』と『Military Vehicles』を合本してルールの改定を施した『Vehicle Handbook』、「Special Supplement」シリーズからは『Deadly Assassins』『Biotech Vehicles』、シナリオとしては往年の『The Traveller Adventure』をMongoose版『トラベラー』向けに調整して復刻した(挿絵を原典に忠実に模写しているこだわりぶりです)『Aramis: The Traveller Adventure』が、そして新規の「Minor Alien Module」シリーズの第1弾として『Luriani』が発売されています(第2弾の企画もありましたが頓挫しました)。

 『Traveller5』のオープンベータ・テストが3月末をもって終了し、6月、ついにKickstarterにて資金募集が始まりました。結果的に2085人から29万4628ドルを集めるという史上空前の成功を収めます(当時のRPG分野における最高記録です)。
 8月にはその成功を祝して『Traveller5 Wallpapers』が無料公開されました。

 Gypsy Knights Gamesは「Subsector Sourcebook」シリーズの『Franklin』『Hub』『Sequoyah』に加えて、『The Hub Federation』を刊行しました。これにより「Subsector Sourcebook」や「21」シリーズで徐々に構築されてきた「クレメント宙域(Clement Sector)」設定の一端が明かされたことになります。この4星域の外の辺境を解説する『The Superior Colonies』や、「クレメント宙域」内の1星域を舞台としたシナリオ「Cascadia Adventures」3部作である『Save Our Ship』『The Lost Girl』『Fled』も発売されました。
 また「21」シリーズでは『21 Plots III』『21 Plots Planetside』『21 Organizations』が出ています。

 「Twilight Sector」のTerra-Sol Gamesからは『Setting Update Beta』『Starfarer's Gazette #2』『Techbook: Chrome』が発売されましたが、この頃から制作陣からマーティン・ドハティが抜けたことで勢いが落ち、その後2012年、2013年、2016年に『Twilight Sector Podcast』シリーズを計3作品出した程度で展開は完全に停滞してしまいます。2015年に「Six Guns」シリーズの『Lasers』が出たのが最後の書籍です。

 Avalon/Avengerから小説『Diaspora Phoenix』『Tales of New Era 1: Yesterday's Hero』復刻版、および新作短編『Slice of Life』『Hazard to Navigation』に加えて、追加装備集「Kitbag」シリーズが開始されます。翌年にかけて発売された第5巻までは銃や刀剣などの武器を扱い、2015年発売の第6~7巻では野外・悪環境活動に必要な装備を揃えています。
 なお、マーティン・ドハティのAvengerとしての活動はこの「Kitbag」シリーズが最後となっています。上記の通り、Terra-Solでの仕事もやめたドハティはこの後、一執筆者として各社を渡り歩きます。

 Zozer Gamesは新ATU設定資料集を展開していきます。これは以前ポール・エリオットが私的に公開していた「STL(Slower Than Light)」の全面改訂版で、超光速航法開発以前(TL9)の太陽系を舞台に、『Outpost Mars』では火星探検時代を、『Orbital』では太陽系開発時代の全体設定を、『Horizon Survey Craft』『Vacc Suit』(無料)で宇宙船や宇宙服といった装備の解説を行っています。年末には『Outpost Mars』用シナリオ『Gift of the Makers』も出されました。
 また汎用星系設定集「Planetary Tool Kit」シリーズとして『Ubar』『Korinthea』、翌年には『Mazandaran』『Antioch』と、どれもSFらしい強烈な個性を持つ設定で出されています。

 DSL Ironworksがこの年から汎用デッキプラン集「Quick Decks」シリーズや、フォーイーヴン宙域を舞台にした「The Bastards of Foreven」シリーズなどで参入しています。

 Gorgon Pressがこの年から参入し、デッキプラン集「Ship Book」シリーズの『Aegis Class Scout』『Chiron Class Hunter』『Garuda Class MSV』 に加えて汎用惑星設定集『Kalashain』を、翌年にも同じく惑星設定『Long Runner』を出しています。

 Spicaは追加経歴部門集『Career Book 3』を出しました。なおこれには自身の身体的特徴や家族構成を乱数決定するルールが追加されています。

 8月11日、CotIの管理者を勤めていたアンドリュー・ボールトン(Andrew Boulton)が亡くなりました。2003年からQLIで『トラベラー』関係の仕事を始めた彼は、数々の宇宙船のコンピュータ・グラフィクス作品を残しました。また2006年以降は『Traveller Calender』のまとめ役となっていました。
 年末恒例だった『Traveller Calender』の2013年版はイアン・ステッド(Ian Stead)が発起人となって制作され、彼の死を悼んで「Andrew Boulton Memorial Edition」と名付けられました。なおこのイアン・ステッドは、ボールトン亡き後の『トラベラー』宇宙船絵画界を牽引していく存在となっていきます。

 Expeditious Retreat PressからTraveller SRD(を核にして『OSRIC』『Castles & Crusades』といった『D&D』のOGLクローンを取り込んだ)ファンタジーRPG『Worlds Apart』が発売されました。経歴部門や技能はファンタジー風に変更されながらも、技能取得や判定は『トラベラー』を継承していますし、もちろん超能力ではなく魔法が導入されています。さらに、宇宙船が遠洋船(Voyager ship)に差し替えられ、星々に代わってそれぞれの「島」が固有の政治体系や文化を持っていることになっています。
 なお発売当時は文章はそのままで挿絵がないだけの無料版も存在しましたが、現在では削除されています。

 Traveller Wikiを置いていたWikiサービス「Wikia」の規約と『トラベラー』のフェアユース規定の衝突が問題となり(Wikiaの規約ではWikiaに書き込まれた文章をまとめて有料販売しても構わないのですが(実際されています)、それは無償公開を前提とするフェアユース規定違反となるのです)、年末をもって一時閉鎖されました。紆余曲折を経て翌年から最終的にCotI内のサーバーに移築して再開し、現在に至ります。


【2013年】
 Mongooseの「Supplement」シリーズとして『Starport Encounters』(および翌年発売の『Space Stations』『Powers and Principalities』『Adventure Seeds』)を出していますが、これは実はBITSの「101シリーズ」の合本再編集版です(内容に変更はありません)。余談ですが、同時期にBITSがDrivethruRPGで「101シリーズ」の単品売りを開始したため、同内容の電子書籍が並行で販売されるという不思議な事態となりました。
 「Adventure」シリーズは『Trillion Credit Squadron』が出されました。旧作同様に冒険シナリオと言うよりは艦隊戦のキャンペーンゲームとして構築されており、軍艦のデッキプラン集の他に、戦いの舞台となるアイランド星団の簡単な設定も掲載されています(星団については『Reft Sector』の方が詳細ですが)。
 他に『Compendium 3』や、『Vehicle Handbook』を補強する『Special Supplement 3: Vehicle Upgrade Manual』も出されています。

「私はT4が終わった直後に『Traveller5』に取り組み始めた。私がこれまで扱ってきたことを繰り返すだけでなく、私は、私自身が夢見てきたものを網羅したいと思っていた。私は1冊の本の中にそれら全てを入れたかったのだ」
(マーク・ミラー)

 3月26日付で『Traveller 5: Core Rules』の発送が開始されています。一般販売価格75ドル(CD-ROM版は35ドル)という高額設定ながらも、656頁の分厚い書籍には多くのルールと、そして膨大な量の図表が収められていました。この「T5」最大の特色は、ナイフ1本から星系1つまであらゆる物を「Maker」で制作できることでした。また、技術レベル(TL)の拡張や遺伝子操作・クローン・人工生命体に関するルールの導入など新たな知見を盛り込み、マーク・ミラーが35年分の『トラベラー』への思いを込めた、まさに究極版の『トラベラー』として満を持して送り出された…はずでした。
 しかし資金募集時の熱狂とは裏腹に、実際のルールへの評価は芳しくありませんでした。元々不人気だったT4由来の行為判定方式はさて置いても、何をするにしてもまず「Maker」で何もかも作ることから始めなくてはならず(そして指針も例示もありません)、その前に膨大な量の表という表に購入者は打ちのめされていたのです。「これは遊具(ゲーム)じゃなくて工具(ツール)だ」という言葉は、人々の困惑を端的に表していました。
 そしてシリーズ共通の悪癖として、今回も文中にかなりの数の誤植を含んでいました(7月末の段階で10頁に及ぶ正誤表が公開されましたが)。特に誤りが多かったのがキャラクター作成部分というのが致命的で、今作は3年間も試遊が繰り返されていただけにT5開発陣の無策を指摘する声は大きいものでした。なまじMongoose版『トラベラー』の完成度が高く、「顧客が求めていたもの」と合致していただけに、『Traveller5』への失望はより大きなものになってしまいました。
 結果的に、『Traveller5』は新たなファンを獲得することも、従来のファンを喜ばせることもできませんでした。熱が冷めると、多くのファンはそれぞれ自分が慣れ親しんだルールへと戻っていきました……。
 なおFFEは、『Traveller5』の発売に合わせて『Traveller5 Dice Set』『Traveller5 T-Shirts』(Player、Referee、4518thの3種類)の販売も開始しています。

 QLIのハンター・ゴードンが47歳で死去しています。彼は2011年末に末期癌であることを明かし、晩年はT20から『トラベラー』の版権に関わる部分を差し替えた『Sci-Fi20』を細々と売っていました。なおQLI製品、およびCotIの権利などはFFEに譲渡されていたため、そのまま今も存続しています。

 Greylock Publishingによる『Traveller5』用のシナリオ『Cirque: Touring the Spinward Marches』の資金募集が、262人から12072ドルを集めて成功しました。これはかつて『Lee's Guide to Interstellar Adventure』(Gamelords)を出したグレゴリー・リー(Gregory P. Lee)が31年振りに執筆した、スピンワード・マーチ宙域を巡回するサーカス団にまつわるキャンペーンシナリオで、T5へのサードパーティ参入第1弾作品となりました…が、追随する出版社は現れておらず、現時点では最初で最後の作品となってしまっています。翌年には無事に書籍版・電子版共に発行されています(現在は販売終了)。

 13Mann Verlag社製のシナリオ『Hephaestus』の英語版販売のためのクラウドファンディングが、1191ユーロを集めて無事終了しました。ただし終了間際に突然354ユーロもの匿名投資が入って目標額を辛うじて越えたので、会社側が自腹を切ったのだと思われます。その後『Hephaestus』は翌年1月初頭に無事に発売されています。
 また13Mannは2010年に発売した『Roboter』の英語版『Robots』を出しています。これはロボットに関する同社独自の制作ルール・資料集で、Mongoose版『Robot』の評価が低かっただけにこの発売は大いに歓迎されました。またMongoose版と違って〈第三帝国〉設定に密着した構成となっているのも特徴です。

 Spica Publishingは、マーティン・ドハティによる『Outer Veil』設定のキャンペーンシナリオ『Through the Veil』全10話を翌年にかけて順次無料公開しました。これは後に編集をやり直した豪華版の販売を前提としての企画でしたが、結局それが実現することはありませんでした。
 他には旅客船設定集『The Astral Splendour』、星系設定集『System Book 2: Xibalba』を出しています。

 Avengerが離脱したAvalon Gamesからは、宇宙船設定集『Apparition Class Intruder』が出されています。同社としてはこれが最後の『トラベラー』作品となりました。

 Gypsy Knights Gamesは『Clement Sector: Core Setting』を発売しました。これにより「クレメント宙域」の全貌(と追加ルール)がついに明かされ、『Outer Veil』に続くTL11のATU設定がまた一つ増えました。辺境の入植地を扱う『Peel Colonies』『Dawn Colonies』、「Dawn Adventures」シリーズのシナリオ『The Subteranean Oceans of Argos Prime』『Hell's Paradise』、「21」シリーズの『21 Plots Misbehave』『21 Starport Places』に加えて、新規の「Ships of Clement Sector」シリーズの刊行も始まりました。

 Samardan Pressの「Azri Drakara」シリーズに、パトロン集『Patrons by the Dozen』が加わっています。

 宇宙船CG絵師であるイアン・ステッドの個人企業Moon Toad Publishingがこの年から参入しています。基本的にはデッキプラン集「Ship Book」シリーズを出していますが、この年だけ『Vehicle Book: Navarro UTE』なる輸送機器データ本も発売しています。

 Zozer Gamesは、1人で貿易ゲームを遊ぶためのルール集『Star Trader』に加えて、『Attack Squadron: Roswell』を投入します。1950年代の地球を舞台に「謎の円盤」とアメリカ空軍の迎撃機が空中戦を繰り広げる、という前代未聞の作品となっています(両方とも現在は絶版)。

 Battlefield Press社は『トラベラー』システムで小説『Double Spiral War』を再現する『Warren C. Norwood's Double Spiral War (Traveller Edition)』の資金募集を開始し、55人から1250ドルを集めることに成功しました。その後、予定より1年遅れの2015年にようやく無事刊行されました。
 ちなみに同社は、2016年にこれの「Expanded Edition」、翌2017年には別の小説『The Cold Cash War』を再現する設定本の資金募集を行いましたが、いずれも不成立に終わっています。

 以前から更新頻度が激減していた『GURPS Traveller』のオンライン版トラベラー・ニュースサービスに、最後の記事が掲載されました。

キャピタル(コア宙域 2118 A586A98-F)発   1130年047日付
 帝国海軍は本日、故デュリナー大公の旗艦であった巡洋艦サーゴンが、御息女であり相続人でもあるイシス現大公閣下に返還されると発表しました。故デュリナー大公は1116年に、搭乗した小艇がキャピタルの地表に向かう途中で爆発し、暗殺されました。巡洋艦はそれ以来帝国海軍施設で厳重な警備下に置かれていましたが、海軍の調査官はこれ以上犯罪の証拠が出てこないと判断し、大公の御遺族に戻す判断をしました。イシス大公閣下は現在星系内には居られませんが、大公府関係者は艦をイレリシュに還すための人員が派遣される、と詳細は不明ながら報道各社向けに発表をしました。

 「デュリナー大公爆殺事件」で幕を開けた『GURPS Traveller』は、こうして事件捜査の終結(未解決)という形で幕引きとなったのです。その後も新製品が発売されることはありませんでしたが、製品の販売は契約終了年の2015年末まで続けられました。


【2014年】
 Mongooseは「Adventure」シリーズとして『Into The Unknown』、「Special Supplement」シリーズの『Rescue Ops』、そして久々の「Book」シリーズとして『Cosmopolite』と『Mercenary 2nd Edition』を投入しています。前述した通り、『Mercenary』の旧版は完成度を高めないまま出版してしまった経緯があり、この全面改訂を施した『2nd Edition』の発売は必然といえるものでした。なお、このBookシリーズから版組デザインが変更されています。
 そして「Vehicles of World War II」というシリーズがなぜか始まります。これは表題通りに第二次世界大戦期(TL5)の各国の戦闘車両を多数収録したもので、独米英ソ日伊仏の計7冊が発売されました。
 加えて、1989年以来25年振りにスペイン語版コアルールである『Traveller: Libro de Reglas』も出されていますが、フランス語版と違いサプリメント展開はありませんでした。

 13Mann Verlagは、入門者向け『トラベラー』こと「Traveller: Liftoff」の刊行計画を明かします。これはマーティン・ドハティがMongoose版『トラベラー』のルールを簡素にし、ルールブックをフルカラーかつ挿絵を多用して「読みやすい」作品を目指した野心的な企画でした。年末商戦に向けてボックスセットの発売を目指し、試作ルールを無償公開して意見を集め、3度に渡るルールの改定を経て、9月にようやく資金調達を開始しました。
 ところが設定された調達目標額が10万ユーロと実現不可能そうなのが敬遠されたか、わずか2649ユーロしか集められず、企画は立ち消えとなりました。これ以降13Mannは「Liftoff」に限らず、ドイツ語版『トラベラー』に関する活動もやめてしまいました(販売は継続されています)。

 そして資金調達という話に関連して、この年にはもう一つ重要な事件が起きています。
 3月、D20 Entertainment社のケン・ホイットマン(Ken Whitman)……そう、Imperium Games元社長のあのケネス・ホイットマンが映像プロデューサーとして、「Spinward Traveller」なる映像作品企画を明かし、6月から資金調達をKickstarterで始めたのです(※この影響で上記の「Liftoff」はマーク・ミラー側からの要請で調達開始を9月にずらすはめになり、年末商戦での販売を断念した裏話があります)。最終的に827人から49588ドルの投資を集めることに成功しました。
 しかし翌2015年初頭から計画の異変が漏れ聞こえ始めます(どうもこの時点で資金を使い尽くしていた模様です)。Gen Con 2015で公開されるはずだった完成品は現れず、11月末にはCGや模型製作者への代金不払いが発覚し、さらに投資者から集めた資金で購入したはずの撮影機材すら売却したことが告発され、騒動は一気に炎上します。同時進行で進められていたD20 Entertainmentが資金を募っていた複数の企画も同時に音信不通となり、事実上「逃げた」ものとみなされました。
 しかし無理もなかったのです。Imperium Gamesを追われてからのホイットマンは、RPGの出版社を作っては潰しを繰り返し、その度に周辺で騒動を起こしていました。特に、印刷会社を営んでいた2007年には複数の受注した仕事を納期に間に合わせられなかったのですが(それもよりによって最大の商戦であるGen Conにです)、そのことを話題にしたRPGnetでの自分に関する全ての書き込みを消すよう法的措置をちらつかせた…ものの運営側に拒否される、という事件もありました。さらにKickstarterによる資金調達が一般的になると、阿里巴巴(Alibaba)で仕入れた商品を自分で開発したと偽り、資金を募っては投資者に送付するという、詐欺的とも回りくどい通信販売とも言える行為をしていたことも明らかになっています。
 さて「逃亡後」のホイットマンですが、投資者からの追求もどこ吹く風で、俳優の卵に講義と宿を提供する新商売に手を出すなど、逃げも隠れもせずにのうのうと生きています(各種SNSだけでなく、自分を批判するブログにも堂々と現れています)。しかも2016年からは役者業を本格化させ、人気テレビドラマ『The Walking Dead』に端役として3話ほど出演を果たしています。そして「出演者」として会費50ドルの講演会を開いたり、小道具の売却で新たな騒動を引き起こしたりしているのですが、制作再開する気はあると主張している「Spinward Traveller」に進展がない限り、もはや『トラベラー』とは関係のない話です。

 もう一つ資金募集絡みでは、11月に『Traveller Ascension: Imperial Warrant Boardgame』が244人から35468ドルを集めています。〈第三帝国〉黎明期をモチーフに、未知の星々を発見・征服して帝国領を拡大し、他のプレイヤーよりも多くの名声を獲得することを目指すゲームです。引き渡しは2015年5月の予定でしたが完成は遅れに遅れ、とはいえ遅々としながらも発売に向けて一歩一歩進んでいるようです。

 FFEは広報誌『Imperiallines』を23年振りに(有料で)復刊しました。刊行予定のあった第3/4合併号、および第5号を引き継いでの刊行という意味で復刊号は「第6号」となっています。内容はT5で設定追加のあったリジャイナ星系(と知的種族アミンディ)についてです。翌年には第7号も刊行されています。
 他には『Charted Space Map』『Classic Traveller Orientation Pack』を1ドルで販売しています。後者の内容はドン・マッキニー作の正誤表や『Integrated Timeline』(※これにより年表の無償公開は中止されています)、『Book 0: An Introduction to Traveller』、(無料の)製品カタログである『Guide to Classic Traveller』『Guide to FASA Traveller』で、普通に買えば4.99ドルする『Book 0』を安く手に入れるならこれを選ぶべきでしょう。
 『Traveller5』関連では、『Traveller5 Starships & Spacecraft-1: Two Deck Plan Set for Kickstarter』の販売を開始しています。T5仕様の偵察艦と自由貿易商船のデッキプランを22✕34インチ(約56✕86センチ)で収録したものですが、偵察艦の8.5✕11インチに縮小した白地図のみは先行で無料公開された上、少し遅れてコルベット艦、巡洋艦、Xボート、付録としてスピンワード・マーチ宙域図を追加した『Traveller5 Starships & Spacecraft-2: Five Deck Plan Set』が無料公開されたため、わざわざ購入する意義はなくなりました。
 加えて『Traveller20 CD-ROM』や、マーティン・ドハティによる小説『Shadow of the Storm』も販売開始されています(※電子版は2016年発売)。

 Spicaは『Through the Veil』の完結後に、同じく『Outer Veil』設定のシナリオ『The Wreck of the Tereshkova』を発行します。今後の飛躍が期待されていた会社でしたが、これ以降表立った活動は途絶え、ウェブサイトも一時閉鎖されます。2015年に活動を再開したものの新製品の予告等は一切出されておらず、事実上の休眠状態にあります。『Outer Veil』等の版権は新会社Universal Machine Publicationsが受け継いだという話もありますが、継続展開についての話は現時点では出ていません。

 Gypsy Knights Gamesは、追加設定集『Hub Federation Ground Forces』『Hub Federation Navy、追加経歴部門集『Career Companion』、シナリオ『Grand Safari』、「21」シリーズ『21 More Organizations』『21 Plots Samaritan』の他、「Ships of Clement Sector」シリーズ数点を出しています。

 Moon Toad Publishingは「Ship Book」シリーズの『Lune Class Freelancer』『Panga Class Merchant』、これらとは別にR型商船を徹底解説した『Type R Subsidised Merchant Operators Manual』を出しています。

 13Mannはシナリオ『Three Blind Mice』を無料で公開し、Samardan Pressは「Azri Drakara」シリーズの『Cepheus Subsector』を、Gorgon Pressも『Gun Book: Mk8 EMA-1』を出しています。なおこの3社は、それらの作品をもってMongoose版『トラベラー』での出版展開を終了しています。

 Jon Brazer Enterprisesが「Foreven Worlds」シリーズを開始します。その名の通りフォーイーヴン宙域を独自に解説するもので、『Fessor Subsector』『Massina Subsector』に加えて『Vehicles of the Frontier』が出されています。
 なおこの「Foreven Worlds」シリーズは、2015年に『Tsokabar Subsector』が、2016年には『Alespron Subsector』が発売されました。

 『Traveller Calendar』がブライアン・ギブソン(Bryan Gibson)の葬儀費用への寄付のために2年振りに復活しました。ギブソンの遺作を含め、12名の『トラベラー』系CG作家が作品を無償提供しています


【2015年】
 Mongoose版『トラベラー』を巡る動きとしては、まずドン・マッキニーによるMongoose版『トラベラー』統合正誤表がようやく公開されたことが挙げられます。Mongooseの問題点は誤植の修正どころか公表すら非常に及び腰であったことが挙げられますが(正誤表が公式に公開されたのは初期作品のみという有様で、それ以降は誤植があるかどうかも表明していませんでした)、有志による努力(とマシュー・スプレンジの協力)により、この年全出版物の一部ではありますが修正されたことになります。
 そしてMongooseは「Referee's Aid」シリーズを開始します。基本的には宇宙船の解説ですが、小惑星帯など「星系内」に注目した解説本もあります。出版されたのは『Among the Trojans』『Type-S Scout/Courier』『Type-A Free Trader』『A Guide to Star Systems』『Type-Y Yacht』『Societies and Settlements』『Type-R Subsidised Merchant』『Traders & Raiders』の8作品です。
 加えて「Borderland」シリーズも始まりました。これは『Pirates of Drinax』の舞台となるトロージャン・リーチ宙域のボーダーランド星域を掘り下げていくもので、『The Borderland』に続いて『Into the Borderland』『Arunisiir』『Tanith』『Wildeman』『Inurin』『Counterweights and Measures』が、翌年には『Umemii』が発売されています。

 そして満を持して9月に、Mongoose版『トラベラー』の第2版ルールの試遊が早期予約者を対象に開始されました。翌年発売に向けて期待が高まりましたが、しかしこれは思わぬ余波を生みます。ドン・マッキニーは「第2版の登場で役目を終えた」として、公開されたばかりのMongoose版『トラベラー』正誤表を取り下げてしまったのです。そして必要性を訴える声にもなぜか耳を貸さないまま、不幸なことにマッキニーはこの年死去してしまいます。正誤表を置いていたサイトは翌年初頭には閉鎖され、貴重な正誤表集は喪われました(※Internet Archivesにはありますが、Mongoose版正誤表のみ収録されていません)。

 FFEの『Traveller5』コアルールは6月にようやく修正が充てられて「v5.09」に改定され、DrivethruRPGでの電子版販売も開始されています。編集も改められて総ページ数は759にまで増えていますが、以前から指摘されていた粗雑な編集による可読性の低さは改善されておらず、索引が追加されたが今度は目次が壊れている、など新たな問題も発生しています。
 他には、T20および『Traveller Chronicle』誌の復刻販売を開始し、Cargonaut Press製品の版権を取得しています。

 Gypsy Knights Gamesは、艦船設計ルール『The Anderson & Felix Guide to Naval Architecture』、追加ルール集『The Clement Sector Player's Guide』、「21」シリーズ『21 Vehicles』『21 Villains』を出しました。

 Moon Toad Publishingは「Ship Book」シリーズの『A2L Far Trader』『Type A Free Trader』を出しました。

 Zozer Gamesは『トラベラー』での活動を再開し、星系の詳細な設定を乱数生成する『World Creator's Handbook』を出しています。

 個人出版のFelbrigg Herriotが『トラベラー』向けに作品を提供し始めたのがこの年で、小物設定集「Decopedia」シリーズや、短編シナリオ「One-shot Scenario」シリーズを展開していっています。

 2014年頃から刊行間隔が開き気味だった『Freelance Traveller』が隔月刊に移行しました。それでも通巻80号以上を数える過去最大のファンジンとして活動を続けています。

「私が彼(マーク・ミラー)に直接尋ねたのは、〈第三帝国〉が本来の『トラベラー』から掛け離れていったと感じているプレイヤーたちが『3冊のLBBのみ』に回帰していることについてだ。彼は肩をすくめて『皆がそれをやりたければそれでいい』と語ったが、彼は〈帝国〉について書くことが好きなので、それは引き続き『トラベラー』の一部となり続けるだろう」
(E・T・スミス)

 そしてこの2015年頃から「プロトトラベラー(Proto-Traveller)」と呼ばれる遊び方が注目されるようになってきています。
 概念自体の登場は2005年と言われている「プロトトラベラー」とは、人によって解釈が異なりますが、クラシック版(それも1977年版が望ましいとされます)『Book1~3』のルールだけを用いて『トラベラー』の原点に立ち返った遊び方をすることで、背景設定は自分でサイコロを振って用意するか、〈第三帝国〉設定を採用するにしても『Supplement 4: The Spinward Marches(スピンワード・マーチ宙域)』までに書かれている情報のみとするのが一般的です。この影響を受けた作品としては『The Draconem Sub-Sector』(2017年)が挙げられます。
 これは40年近くに渡って積み重なっていった〈第三帝国〉設定や、増え続けるルールの数々を「重荷」に感じていた層からの反発と問題提起であり(そしてルールや設定の軽量化を求める時代の流れでもあります)、広範囲ではないにしても根強い支持を得ているのもまた事実です。


(「トラベラー40年史(6) 三者並立の時代」に続く)
(文中敬称略)

トラベラー40年史(4) 夜明けの時代(1998年~2007年)

2017-11-03 | Traveller
 Steve Jackson Gamesは1997年9月4日付の『Daily Illuminator』にて、GURPS版『トラベラー』の権利獲得を公表します。古くからの『トラベラー』愛好家であるスティーブ・ジャクソンは、既に80年代末にDGP関係者とGURPS版『トラベラー』の構想について話し合っており、1996年のGDW閉鎖直後には早くも『トラベラー』ライセンスの取得に動いていました。
 GURPSは1986年に初版が発売されたゲームで、当時は第3版改訂版(GURPS Basic Set Third Edition Revised)が最新版ルールでした。「Generic Universal Role Playing System」の名が示す通り、「包括的な汎用RPG」としてGURPSはあらゆる分野、そして様々な原作世界をも再現しようとする野心的な作品であり、また、キャラクター作成に乱数を用いず一定の点数で「特徴を買う」という形式を採った最初の成功作です。1988年にはオリジン賞(Best Roleplaying Rules部門)を受賞し、2000年にはオリジン賞殿堂入りを果たしています。一方でこの頃のGURPSは、90年代初頭の「合衆国シークレットサービス強制捜査事件」やトレーディング・カードゲームの流行によって停滞期にあり、GURPS版『トラベラー』にはGURPS復活の期待もかけられていました。
 さらに衝撃の情報が続きます。主任編集者(兼アートディレクター)として、あのローレン・ワイズマンを起用すると発表したのです。彼はGDW退社後、郵便局や内国歳入庁のパートタイムの仕事を経て当時は会社員になっていたのですが、このために生まれ育ったイリノイ州ノーマル(※ブルーミントンとは同じ都市圏です)からSJG本社のあるテキサス州オースティンに転居しています(同時に彼はSJGの営業幹部として迎えられたからです)。
 そしてもう一つは、旅の舞台を大胆にも「反乱の起きなかった帝国暦1120年」をするとしたのです。これはSweetpea Entertainmentが「従来の時間軸」の権利をまだ手放していなかったことによる回避策だったようですが、結果的に反乱とそれが引き起こした破滅的結末を望んでいなかった層に歓迎されることになりました。

 ゲームシステムの抜本変更にはファンの間でも賛否両論あったようですが、何はともあれ期待と不安に包まれながら発売のその日を待つことになります……。


【1998年】
TNSニュース速報

キャピタル(コア宙域 2118 A586A98-F)発   1116年131日付
 デュリナー・アストリン・イレシアン大公閣下が本日、艦載艇の原因不明の爆発によって亡くなられました。艇は大公の旗艦である巡洋艦サーゴンから皇宮に向かう途中に航空管制の指示した航路から逸れ、深宇宙で巨大な火の玉となりました――

 『GURPS Traveller』の開幕に先駆けて3月に「復活」したオンライン版トラベラー・ニュースサービスは、「デュリナー大公爆殺事件」の報道で連日埋め尽くされました。従来の時間軸なら皇帝暗殺事件の起きたであろう日の前日に起きたこの大事件により、人知れず〈帝国〉は崩壊を免れました。実行犯は結局判明せず、デュリナー大公の故郷イレリシュではつつがなく葬送と大公位の継承が行われ、ルカン皇子は内なる野心に未自覚なまま趣味に生き、各地の諸侯は己の職務に精励し、国境線は穏やかでした。いくつかの事件こそ起きたものの、その後の定期更新では皇女イフェジニアの婚礼などの報道が伝えられ、〈帝国〉の安定(ある意味では停滞)は盤石なものとなっていきます。この平和な時間軸は、後にファンから「Lorenverse(ローレン時空)」と呼ばれました。

「反乱は確かに魅力的でしたが、それを無かったことにして欲しいとの多くの願いが存在したのも事実です。GDWは『Challenge』誌の四月馬鹿号でその感情をパロディ化しましたし(※ストレフォン皇帝は単に6年間も長風呂をしていただけだった、という第59号付録の冗談TNS記事のこと)、反乱が起きなかった別の時間軸の企画を持った外部の執筆者がGDWを何度も訪れて来ていました。GDWは様々な理由でそれを採り上げることはありませんでしたが、それと同じ発想を今スティーブ・ジャクソン・ゲームズがやっているのです」
(ローレン・ワイズマン)

 ルールブックは9月(8日のDragonConでお披露目して14日発売の予定でしたが、印刷が間に合わず23日に延期されています)に発売されています。まず表紙にあの「ベオウルフ号からの救難信号」を載せて『トラベラー』の帰還を宣言し、内容の多くをライブラリ・データに割きました。他に、各種キャラクター・テンプレート、装備品、キャラクター変換ルール、宇宙船のデータとデッキプラン(GURPSの戦闘ルールに合わせたため、1マスが従来の1.5メートル縮尺の正方形から1ヤード≒1メートル縮尺の六角形に変更されています)、車両・宇宙船設計ルール、宇宙戦闘ルールが収録されています。
 ルール本体がGURPSに移行したので、遊ぶには『GURPS Basic Set(第3版)』が必要となり、ルール本文ではそれに加えて『GURPS Compendium』『GURPS Space』『GURPS Ultra-Tech』『GURPS Vehicles』を参照させる記述も見られます(必須とまではいきませんが)。

「『GURPS Traveller』にはもう一つの目的があります。〈第三帝国〉の歴史と設定を詳述している原書の多くは絶版となっています。この仕事によって、新規の人でも20年来の収集家と同等の情報に接することができるのです」
(ローレン・ワイズマン)

 元々高品質の資料本を数多く刊行していたSJGはこの言葉通り、10年以上絶版となっている過去作品以上の資料本を次々と刊行していき、「GURPSで遊ばなくても一級の資料として購入の価値がある」という認識をファンに定着させていきました。

 本体ルールに続いて発売されたのが『Alien Races 1』で、これは従来のエイリアン・モジュールに相当するシリーズです。この第1巻では主要種族のゾダーン人、ヴァルグルに加えて3種の群小種族の歴史・身体的精神的特徴・言語・社会・政治形態などが詳細に記載されています。
 この『Alien Races』シリーズは翌年以降も発売され、第2巻ではアスラン、ククリー(と群小種族2種)、2000年発売の第3巻ではドロイン、ハイヴ(と群小種族2種)、2001年発売の第4巻では16種に及ぶ群小種族が解説されていきます。

 そして忘れてならないのが『Behind the Claw』です。マーティン・ドハティと盟友ニール・フライヤーによる渾身の一作で、スピンワード・マーチ宙域「全星系の」詳細な設定を組み上げるという難事業を見事に実現させました(ただし、かなり新設定を盛り込んだことは賛否両論だったようです)。星系データの記述法こそ『GURPS Space』に準拠して従来のUWP式は廃されましたが、新設定の帝国暦1120年に至る歴史、大小数々の企業の紹介、政府機構や群小種族の解説、レフリーだけが知るべき秘密などを収めて、この宙域を旅の舞台とするなら必携の一冊となりました。

 電子技術の発展とともに、コンピュータをゲームの支援に使おうとする動きは当然起こりえます。古くはJTAS誌にマーク・ミラー制作のBASIC言語によるプログラムを載せる企画「Using Your Model/1 bis」などがありましたし、パソコン通信上でも『メガトラベラー』のキャラクター作成プログラム等が公開されていました。DGPは本以外にもプログラムの開発には積極的でしたし、TNE時代にも支援プログラムが発売されました。
 そしてこの年、長く『トラベラー』ファンに愛されたMS-DOS用プログラム「Galactic 2.4」(通称「GAL24」)がジム・バシラコス(Jim Vassilakos)によって開発されました(※これより古いバージョンについては調査がおよびませんでした)。GAL24はSunbaneのUWPデータを「星域図として」書き出す(もしくは乱数生成する)プログラムで、収録されたデータの差異によって幾つかの派生版が存在します。このGAL24の登場で星域図を簡単に可視化することができるようになったのです。

 12月にSJGはBITSと契約を結び、翌年1月からBITS製品の米国内での流通に協力することになりました。BITSはこの年、『101 Governments』『101 Religions』の発売と『102 Vehicles』の無料公開をしています。


【1999年】
 GURPS Travellerでは前述した『Alien Races 2』に加えて、商人に焦点を当てた『Far Trader』、偵察局に焦点を当てた『First In』、傭兵部隊に焦点を当てた『Star Mercs』が発売されています。特に『Far Trader』では宇宙港ごとの貨物取扱量から交易路を算出するルールが設けられ、従来のXボートとは違った視点から星域図を眺めることができるようになりました。翌年4月にはこの『Far Trader』ルールで描画された「Trade Routes of the Imperium(国内全通商路図)」が公開されています。

 BITSからはシナリオ『SpaceDogs』『Khiidkar Incident』が発売されました。前者は1998年のGen Con UKで使用されたもので、プレイヤー全員が事前生成された帝国籍のヴァルグルを演じ、海賊に脅かされている植民星系を守る勧善懲悪物シナリオです。同時期発売の後者は、Imperium Gamesが発売したシナリオ集『Missions of State』にマーティン・ドハティが寄稿した同名シナリオの単品売りです。元々T4用でしたがこの版ではGURPSでも遊べるように調整が施されました(BITS製品はこの頃から『トラベラー』全シリーズ対応がされていて、これらも例外ではありません)。

 Microsoft Windows用『トラベラー』支援プログラム『Heaven & Earth』の開発が始まり、最終安定版のバージョン1.0.4は2000年10月に公開されています(非公開の最終ベータ版は2001年2月のバージョン1.0.8です)。これは1999年に開発が終了した『World Builder Deluxe』を継承し、宙域データを取り込み、表示するだけでなく、星系内の惑星・衛星の詳細なデータ、異星生物との遭遇表、貨物や旅客需要、経済・軍事情報、惑星図などの自動生成機能(クラシック版の『Scouts(偵察局)』形式、メガトラベラーの『World Builders Handbook』形式、TNEの『World Tamer's Handbook』形式、GURPSの『First In』形式全てに対応)を備えていて、さらにデータや図自体の編集操作も可能な代物でした。

 そんな中、初期『トラベラー』を牽引したキース兄弟の弟、アンドリュー・キースが8月2日に40歳の若さで亡くなりました。言うまでもなく彼は『トラベラー』に多大な貢献をした偉人であり、その早い死は多くの人々に惜しまれました。


【2000年】
 GURPS Travellerでは陸軍・海兵隊に焦点を当てた『Ground Forces』、ソロマニ・リム宙域の資料集『Rim of Fire』、宇宙港を解説した『Starports』が発売されています。特に『Starports』は『トラベラー』の遊び方に新たに「宇宙港キャンペーン」を導入した一冊です。
 またデッキプラン集の発売も始まり、第1弾として『Beowulf』が出ています。これはSJGの出していたペーパーフィギュア『Cardboard Heroes』で遊べるようになっていたため、200トン自由貿易商船であっても実際にはかなりの床面積を取ってしまうのが玉に瑕でした(ベオウルフ級のメインデッキすら7枚組です)。なおこのデッキプラン集にはGURPS向けとは別に、伝統的な「1マス=1.5メートル縮尺の四角形」のデッキプランも収録されているので、従来のルールでも遊べるようになっていました(ただGURPS側に合わせて壁や障害物が設置されているので半端なマスの処理が厄介ですが)。

 2月にはJTAS誌もローレン・ワイズマンを編集長とする年額15ドルの会員制オンライン誌として復活します。公開当時の購読者数はわずか100名程度だったようですが、半年後には600名まで増えたことが公表されています。そこに記載された数々の記事の一部は2004年に『Best of JTAS Vol.1』として書籍刊行もされました。
(※単行本化されなかったものについては非会員が触れる機会がなかったのですが、2017年11月にマーク・ミラーが刊行予定の『GROGNARD: Ruminations on 40 Years in Gaming』の特典として「オンライン版JTAS総集編USBメモリ」が用意されたため、今後CD-ROM等で復刊される可能性も考えられます)

 FFEは「Classic Traveller Collecters' Edition」(通称「Hardcopy Reprints」「Classic Reprints」)シリーズの刊行を始めます。これはクラシック・トラベラーの全書籍・ゲームを「見開き2頁を1頁にして」印刷し直したもので、当然ながら判型は横長になっています。『Books 0-8』『Adventures 1-13』『Basic Books 1-3』『Short Adventures 1-6+』『Games 1-6+』『JTAS 01-12』『JTAS 13-24』『JTAS 25-33』『Alien Modules 1-4』『Alien Modules 5-8』が2003年まで順次刊行されていきます。

 Cargonaut Pressはキース兄弟の初期作品を集めた『Lost Supplements Collection』を500部限定で発売しました。これにはシナリオ『Letter of Marque』『Scam』『Faldor』、宇宙港での乱数遭遇集『Starport Planetfall』、悪環境ルール『Arctic Environment』、設定集『Reaver's Deep Sector Sourcebook』、『Imperial Calendar (Memorial Edition)』、1985年に制作されたApple II用ゲーム『The Volentine Gambit』(※現在はマーク・ミラーの許可によりフリーソフト化されています)、地図など小物類が箱に収められていました。

 BITSから『At Close Quarters』が発売されています。これはT4(もしくはクラシック版)の戦闘ルールを合理化することを意図したミニチュアゲームで、各キャラクターは「敏捷力+知力+〈戦術〉技能レベル」で求められる行動力(Action Point Pools)を消費しながら様々な戦闘行動を組み立てていきます。
 また、Gen Con UK 1998で使用されたシナリオ『Star Worn』が無料配布されています。内容は、題名から薄々感じられる某有名SF映画のパロディであり、事前作成されているどこかで聞いたような名前のキャラクターをプレイヤーは演じます。

 クリフォード・ラインハン(Clifford Linehan)による「Core Route Project」が開始されます。これは非公式ながら「ゾダーン人による銀河核方向探査」で得られたであろう167宙域分の星図を構築するものですが、事前にマーク・ミラーとの質疑応答を経ているので裏付けが存在します。ウェブサイト自体は2005年以降に消滅しましたが、ここで得られたデータは各種設定に取り込まれています。


【2001年】
 GURPS Travellerでは資料本『Modular Cutter』の他に、デッキプラン集である『Modular Cutter』『Empress Marava』『Assault Cutter』『Sulieman』が発売されました。また、新シリーズ「Planetary Survey」が始まり、特徴的な1つの惑星の設定を32頁で解説していきました。遊園地惑星『Kamsii』、GDWのシナリオ『Safari Ship』のその後を描く『Denuli』、海賊の拠点『Granicus』、小惑星都市『Glisten』、海洋惑星『Tobibak』、刑務所惑星『Darkmoon』が刊行されています。

 BITSからは資料集『101 Corporations』とシナリオ『Delta 3 is Down』が発売されています。『Delta 3 is Down』は1999年のGen Con UKで使用されたシナリオで、事前作成されたゾダーン人キャラクターを演じるという『トラベラー』史でも類を見ない構成となっています。またT4用に設計されていますが、舞台は第五次辺境戦争初期のスピンワード・マーチ宙域(エメラルド星系)となっています。

 Seeker Gaming Systemsが、自社が保有していたFASA製品の版権をマーク・ミラーに譲渡しました。翌年からは自社製品である『メガトラベラー』時代のデッキプランの再販(在庫処分かもしれませんが)を開始しています。

 久々のボードゲーム『Imperium 3rd Millennium』がAvalanche Press社から発売されます。小幅のバランス改善に留めた第2版と異なり、駒絵の刷新、艦隊戦用・地上戦用マップの導入など大幅な改定を施した内容は賛否両論を呼びましたが、オリジン賞の候補となるだけの評価は得ていたようです。なお、2006年に販売終了となりました。
 また、『インペリウム日本語版 2nd edition』が国際通信社から発売されました。ホビージャパン版と異なり『Imperium』第2版の翻訳ですが、独自にルールを明確化し、ユニット総数に変更があるので厳密には「国際通信社オリジナル版」という扱いです。同社の雑誌『コマンドマガジン』ではリプレイの掲載も行われました。

 HIWG-NZ(およびFSpace Publications)のマーティン・レイト(Martin Rait)は、これまで築き上げてきたメシャン宙域の設定を商業出版しようとマーク・ミラーの許可を得ます。しかしこの企画は翌年に棚上げとなりました。


【2002年】
 この年を語る前に、まず2000年からのRPG業界の潮流を知っておく必要があります。その2000年にWizards of the Coast社が発売した『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』第3版は大人気作品となりましたが、それ以上にこの『D&D』第3版がRPG業界にもたらした革新は、Open Gaming License(OGL)とd20 System Trademark Licenseという画期的な「契約」でした。TSR時代の『D&D』でもサードパーティは互換製品を出してはいたものの、それは「汎用」という名のオブラートに包んだものに過ぎず、堂々と銘打てばTSRからの訴訟に晒されていたのです。しかしOGLの登場で「誰も」が「自由」に堂々と『D&D』互換製品を出すことができるようになり、商業出版に対してはd20 System Trademark Licenseによって版権料と引き換えに「保護」が得られるようになりました。そしてWizards社は、OGLの下で『D&D』第3版の中核である「d20システム」のSystem Reference Document(SRD)を無償で公開したのです。
 d20システムは瞬く間にRPG業界を席巻し、2000年から2004年にかけて『D&D』互換製品だけでなく様々なRPGが、言うなれば猫も杓子もd20システム化されて出版されました。最盛期には数百もの新規や老舗の会社が参入していたとされています。
 そして、この流れは『トラベラー』とも無縁ではありませんでした。

 1998年にハンター・ゴードン(Hunter Gordon)によって創業されたQuikLink Interactive(QLI)社は、元々はインターネット上で(『トラベラー』も含めて)RPGを遊ぶためのソフトウェア『GRIP(Generic Roleplaying for Internet Players)』を開発・発売するための会社でした(GRIPには通常版の他に『トラベラー』向けに調整が施された『GRIP: Traveller Boxed Edition』が存在します)。
 『トラベラー』ライセンスを取得したQLIはまず、ペーパーバック書籍の『Basic Books 1-3』を、FFEとの共同制作で発売します。表紙は他の「Reprints」シリーズと異なり特別なカラー表紙仕様で、内容も1981年版のルールやスピンワード・マーチ宙域図に加えて、マーティン・ドハティ書き下ろしの短編小説「The Olympia Incident」が収録されていた豪華版でした。ちなみにドハティはマーク・ミラーの推薦でこの仕事を得て、ゴードンと知り合うことになりました。
 そしてゴードンは新作の開発に着手します。それこそがd20システム版『トラベラー』こと『Traveller20』(通称「T20」)だったのです。

「マーク・ミラーとの長い議論の末、d20版『トラベラー』はソロマニ・リム戦争の直前直後の時代に設定されました。そこは冒険せずにはいられない、わくわくするような時代です」
(ハンター・ゴードン)

 2001年3月にこの企画は公表され、翌年の発売まで試遊が繰り返されました。ルール本体はハンター・ゴードンが制作しましたが、ルールブック『The Traveller's Handbook』の大部分の執筆や編集はマーティン・ドハティが担いました。そしてドハティはこの後、ほとんど全てのT20サプリメント本の編集に携わります。またルールを64頁にまとめた『Traveller's Handbook Lite Edition』(通称「T20 Lite」)も無料公開されました。
 陸軍や海軍といった各経歴部門は「職業(Class)」に姿を変えましたが、「上級職(Prestige Class)」に用意されたのが「懸賞金稼ぎ(Big Game Hunter)」「トラベラー協会特派員(TAS Field Reporter)」「エースパイロット」というのには大きな疑問符がつきました。
 『トラベラー』のd20システム化で一番懸念されていたことが「レベルアップとともにヒットポイントが増加する」ことでしたが、ヒットポイントと同義の「スタミナ」に加えて決して成長することのない「生命点(Lifeblood)」という能力値を設定することで、『トラベラー』らしい「死にやすい」戦闘システムを提供しました。
 その他、輸送機器の設計や貿易、遭遇などのルールはd20システムに合わせて改定されながらも残されました。事前公表された「新設定」についてはルールブックには特に盛り込まれませんでしたが、プレイヤー・キャラクターとして選択できる種族(race)として人類以外にもヴァルグル、アスランなどの異種族を選ぶことができ、それぞれ特徴的な利点・欠点が設けられました。
 ただし、d20 System Trademark Licenseによる保護は同時に、遊ぶ際に『D&D Players Handbook(第3版)』が必須となるという制約も生んでいました。契約上、キャラクター作成や戦闘に関する中核ルールは掲載できなかったのです。

 QLIは『The Traveller's Handbook』こそハードカバー書籍で刊行しましたが、その後の「Traveller's Aide」と名付けられたサプリメント展開は主に電子出版を採用したのが時代を感じさせます。第1弾の武器データ集『Personal Weapons of Charted Space』、第2弾の『Grand Endeavor』がこの年発売されていますが、なぜか後者は短編小説集(しかもその一篇はT20が扱っていない恒星間戦争時代を舞台にしたもの)でした。これとは別に、本体ルールで触れられなかった「新設定」については極一部が『Linkworlds Cluster』で解説されました(この文書は翌年発売の『T20 Referee's Screen』に再録されています)。

 QLIの最大の功績は、自社サイト内に『トラベラー』系総合掲示板「Citizen of the Imperium(略称CotI)」を設立したことです。これにより各地に分散されていたファン共同体の拠り所ができ、情報交換や各種新設定の開発などがより進むことになりました。
 また、1987年の設立以来、1992年、1994年、1999年、2001年と管理人交代やサーバー移転を繰り返しながら存続していたTMLはこの年、当時の管理人が接続料を賄えなくなり、ゴードンの提案によりQLIのサーバーに移設されました。

 加えてQLIからはマーティン・ドハティによるTNE小説『Diaspora Phoenix』が電子出版されています。これこそがかつてドハティがGDWに持ち込み、契約にまで至ったものの出版が中止された幻のデビュー作なのです。熱心なTNE設定のファンとして知られるドハティによって(※彼はルールを把握できなかったので、遊ぶ時は自作システムを使ったそうです)、TNEの要素を余すところなく盛り込まれたこの作品は、TNE解説書としても「リプレイ小説」としても高い評価を得ています。作品自体は壮大な5部作構想を掲げ、最終的に「カーテンの向こうの暗黒帝国」との最終決戦を迎えるはずだったようですが、それは後に形を変えて披露されることになります。
 この作品は2004年にはペーパーバック書籍としても出され、2006年に一旦絶版となりましたが2012年に再度電子復刻されています。

 SJGからは『Heroes 1: Bounty Hunters』が発売されています。NPC集として新シリーズとなる予定でしたが、続刊は出ませんでした。また8月に、SJGは自社の持つ『トラベラー』ライセンスに関して3年間の延長でFFEと合意に達しました。また同時に翌年夏からの「新展開」についての予告がなされましたが、何らかの事情でそれは遅れに遅れ、実際に発売されるまでには2006年まで待つことになります。
 また、4月30日付で『GURPS Traveller』の主任編集者がローレン・ワイズマンからジョン・ジーグラー(Jon F. Zeigler)に交代しました(オンライン版JTASの編集長も交代しています)。ワイズマンは後見人的立場として『GURPS Traveller』全体の舵取り役を任され、同時に一執筆者として『GURPS Traveller』(や他のGURPS作品)に関わっていきます。

 BITSからは艦船戦闘ゲーム『Power Projection: Escort』が出ています。これはGround Zero Gamesの『Full Thrust』(1991年)を原型にして『トラベラー』に合わせて改良が施されたもので(当然許諾を得ています)、5年もの開発期間を経て満を持して発売されました。
 このルールでは「Escort」の名が示す通り、主に護衛艦規模以下の戦いを再現します。旧来の宇宙戦闘ゲームと同様に「二次元ベクトル移動」が採用されていますが、移動や射程の管理はヘクスではなくミニチュアゲームのように「物差し」を使用します。
(※ちなみにGen Con UK 2002で75部だけ初販売された際の題名は『Power Projection: Lite』でした。しかし「Lite」が無料のお試し版と誤解されやすいことから、誤植修正と合わせて改題されました)

 この年放送されたテレビドラマ『Firefly(ファイヤーフライ 宇宙大戦争)』は、原作者が大学時代に行った「SF-RPGのキャンペーン」が元になったとされています。そのゲームが何なのかに関しては本人は語っていませんが、数々の傍証からそれは『トラベラー』ではないかと言われています。


【2003年】
 QLIの「Traveller's Aide」シリーズからは、地上車データ集『On the Ground』、NPC集『76 Gunmen』、シナリオ(と超能力者の上級職試作版)『Objects of the Mind』、反重力機器集『Against Gravity』、戦闘艦艇集『Fighting Ships』が発売されました。

 SJGからは資料集『Humaniti』『Starships』が発売されました。また、ローレン・ワイズマンが長年の功績を評価されてオリジン賞の殿堂入りを果たしました。

 日本の雷鳴社からは、『トラベラー』の『基本ルール ボックスセット』が発売されました。かつてのホビージャパン版と異なり、雷鳴版は1981年の『Deluxe Traveller』を基にして翻訳を全てやり直しているため、ゲーム内用語の差異が見受けられます。表紙や箱は著作表記がGDWからFFEになったのを除いて忠実に再現されていますが、挿絵は加藤直之によるものです。この『ボックスセット』には『Book 1~3』の他に、初邦訳となる『Book 0』が封入されています(※スピンワード・マーチ宙域図は翌年発売の『Supplement 3』に同梱されました)。
 そして同年中には『Supplement 1: 1001キャラクター』『Supplement 2: 動物との遭遇』 『Double Adventure 1: シャドウ/アニック・ノヴァ』が出されています。このように雷鳴社版は「番号順」での刊行がこの後も続きます。
 サポート誌としては国際通信社の『RPGamer』誌、アークライト社の『Role & Roll』誌がその役目を担いました(後者は佐脇洋平が文を書いています)。加えて、この年発売の『RPGamer』創刊号には『アステロイド』が付録として収録されています。

 BITSから『Power Projection: Fleet』が発売されます。前年発売の『Power Projection: Escort』の完全版と言うべき内容で、大型艦艇同士の艦隊戦を再現するルールが追加されました。また『一兆クレジット艦隊』型の戦略ゲームや、『宇宙海軍』や『メガトラベラー』やT20の艦船を『Power Projection』形式に変換するルールも含まれています。

 ロジャー・マルムスタイン(Roger Malmstein)がHIWGの『Kfan Uzangou』誌などで創り上げてきたグヴァードン宙域の設定をまとめた『Gvurrdon Sector Campaignbook』が刊行され、グヴァードン宙域の歴史、各勢力の解説、ライブラリ・データ、1105年・(反乱の起きた)1120年・1200年に対応したUWPデータなどが収録されました。これは2006年にインターネット上に公開され、2008年には改訂版(Rev1.1)が発表されています。

 そして4月1日、ついにマーク・ミラーの新作『Traveller 5』の情報が公開されました。制作自体はImperium Games閉鎖直後に始まっていて(この時はT4の第2版という意味で「Traveller, 4th Edition」という仮題でした)、ファンの間では周知の事実となっていたようですが、公式情報サイトTraveller5.comの開設によってその存在が公となったのです。
 同時に公開された文書には本体ルールの目次や刊行予定書籍リストが記され、期待は高まりました……が、まさかそこから実際に製品が届くまでには長い月日を要するとは思わなかったのです。


【2004年】
 SJGから『Sword Worlds』が発売され、シナリオ集『Flare Star』が無料配布されました。

 雷鳴からは日本語版『Book 4: マーセナリー』『Book 5: ハイ・ガード』『Supplement 3: スピンワード・マーチ宙域』『Adventure 1: キンニール』が発売されています。また、『RPGamer』第5号の付録として『メイデイ』が(安田均を監修に迎えて)収録されました。一方で、『Role & Roll』誌のサポート記事は第5号をもって終了しています。

 QLIの「Traveller's Aide」シリーズは第8弾の船舶データ集『Through the Waves』が出たのみでしたが、この年は久々のハードカバー書籍(※電子書籍版もあります)でようやくT20の主舞台となる「帝国暦1000年頃のゲイトウェイ領域」を解説する『Gateway to Destiny』が発売されています。マーティン・ドハティ入魂の一冊となったこの本は、〈帝国〉、ソロマニ連合、ハイヴ連邦、ククリーといった大国やメガコーポレーション、そして大国の合間に浮かぶ中小国家の詳細な解説、そして4宙域分約1000星系の全UWPデータを収めていました。
(※この『Gateway to Destiny』の発行により、Judges Guild社がかつて起こした設定は完全に上書きされました。現在では『Gateway to Destiny』の設定の方が「公式」とされています)

 そしてそのマーティン・ドハティがAvenger Enterprisesを設立します。ドハティは以前、ニール・フライヤーと共にIlelish Free Pressという出版社を起業しようとして頓挫したこともあり、念願の独立となりました。初期のAvenger社はQLIと提携し、QLI名義で電子出版に特化して刊行していました。Avenger/QLIの書籍にはいくつかのシリーズがあり、T20だけでなくクラシック・トラベラーも対象としていました。
 「EPIC Adventure」シリーズは『Stoner Express』『Into the Glimmer Drift』『Chimera』『Merchant Cruiser』『Scout Cruiser』が出されました。また「Golden Age EPIC Adventure」シリーズは帝国暦1100年代の「黄金時代」を舞台にしたもので、『The Forgotten War』が発売されています。この「EPIC」とは「Easy Playable Interactive Checklist」の略で、前年にマーク・ミラーが提唱したシナリオ記述方式のことです(シーン制やキーイベントの概念など、DGPの「ナゲット・システム」に類似していて革新的とは言い難いのですが…)。
 「Special Supplement」シリーズでは第1弾として『Sydymic Outworlds Cluster』が出ています。レイ宙域の〈帝国〉国境付近の4星域分の解説と、噂、遭遇、シナリオヒント、傭兵チケット、シナリオ1本が収録されています。
 これとは別に、群小種族の設定を記した『The Mahkahraik』という文書が無料配布されています。

 電子出版物販売業OneBookShelf社が2001年の「RPGNow」に続いてこの年、「DrivethruRPG」を創業します。それに合わせてFFEは、過去のGDW製品の中からまず『メガトラベラー』とTNEとT4の関連商品を電子復刻してこの新市場に投入します。


【2005年】
 SJGからは『Nobles』『Psionic Institutes』が出ています。特に前者は〈帝国〉の有力貴族家の設定から、貴族の暮らしと責務、〈帝国〉の政府機構や裁判制度といったものまで網羅した他に類を見ない設定集となっています。

 QLIのT20製品は完全に停滞期に入っていました。この年刊行されたのは、Avenger制作の「EPIC Adventure」シリーズ『Mercenary Cruiser』『Merc Heaven』の2作品のみでした。

 雷鳴版『トラベラー』の展開も『Supplement 4: 帝国市民』の発売をもって途絶しました。現在もウェブサイトは健在ですが、事業の再開はなされていません。
 また、『ダーク・ネビュラ』が『RPGamer』第9号の付録として収録されています。

 ジェイソン・ケンプ(Jason Kemp)によるファンジン『Stellar Reaches』が創刊されました。当初はFLTGames Gaming Groupから、2009年公開の第9号からはSamardan Pressから出版されています。内容はエンプティ・クォーター宙域の設定紹介に特化しており、定番の帝国暦1105年に限らず、帝国暦993年(T20)、帝国暦1125年(メガトラベラー)、帝国暦1200年(TNE)のデータが揃っているどころか、「苦難の時代(ハードタイムズ)がそのまま続いた帝国暦1145年」「暗黒時代が訪れずにローマ・カトリックが国教となった第三帝国」なる別時間軸のものまであるという、ファンメイドの非公式設定とは思えない充実ぶりです。
 刊行間隔こそ広がったものの現在も続いており、最新刊である2016年冬号で通巻26号を数えます。

 FFEから『MegaTraveller CD-ROM』(と『2300AD CD-ROM』)が発売され、当然ながら「GDWが」発売した『メガトラベラー』製品のみが電子版で収録されています(※ただしDGPやSGSが出した「ライセンス製品」の表紙画像が付録として添付されています)。

 Cargonaut Pressが事業を終了し、全製品は一旦絶版となりました。

 インターネットの普及により、オンライン上で星域図・宙域図を確認したい・表示しようという動きが活発化します。この年以前にもいくつか存在していましたが、その決定版といえるものがヨシュア・ベル(Joshua Bell)が制作した「Traveller Map」で、Google Mapの仕組みを取り入れることによってマウスなどの操作で星域図を「動かす」ことが可能となりました。Traveller Mapは誕生以降、搭載機能と収録UWPデータの拡張を繰り返して『トラベラー』ファンに必須のサイトに成長します。


【2006年】
 QLIからは『The Traveller's Handbook』の分冊版『Characters and Combat』『Vehicles and Starships』『Worlds and Adventures』、「Golden Age EPIC Adventure」シリーズの第2弾『Gabriel Enigma』、TNEシナリオ『The Guilded Lilly』の復刻版、T20を利用して『2300AD』の20年後の宇宙を描いた『2320AD』を発売しています。

 しかし2月になって、Avenger EnterprisesはQLIとの関係を解消し、同時にComstar Media社と提携して(後に傘下に入って)製品を発売すると発表しました。理由は定かではないですが、後にマーティン・ドハティがQLIからの原稿料が不払いになっていたことを示唆する発言をしています。これ以後のAvenger製品はComster Games名義で発売されます。
 優秀な執筆者かつ編集者であるドハティを失ったQLIは、これにより実質上の終焉を迎えました(前年の段階で実質休眠状態であったとする指摘もあります)。一方、枷が無くなったAvengerはT20の「Gateway Domain」「Special Supplement」シリーズを継承しつつ、帝国暦1100年代の「Golden Age」シリーズと、帝国暦1200年代の「The New Era」シリーズを新たな看板とし、ここから怒涛の出版展開を見せます(マーティン・ドハティは原稿を書き溜めておいて一気に刊行する傾向があるので、以前から大量の原稿を書き上げていたと思われます)。

 「Golden Age Starships」シリーズでは、『Fast Courier』『Sword Worlds Patrol Cruiser』『Archaic small craft, shuttles, and gigs』『Boats and Pinnaces』『Cutters and Shuttles』『Corsair』『Modular Starship』『Armed Free Trader』が出ています。
 帝国暦1110年のスピンワード・マーチ宙域を舞台にした「Adventure」シリーズでは、『Call of the Wild』『Range War』が、1星団を掘り下げる「Cluster Book」シリーズでは『Bowman Arm』『Starfall』(前者は268地域星域、後者はゲイトウェイ宙域)が、1星系をさらに深く掘り下げる「System Guide」では『Datrillian』『Flexos』が刊行されています。
 T20を拡張する「Special Supplement」シリーズでは、ロボット関連の『Robots of Charted Space』『Robot Adventures』、遭遇集『Patron Encounters』、シナリオ『One Crowded Hour』が出ています。

 単発で出された『Grand Fleet』は、これまでなぜか出ていなかった帝国海軍の組織そのものの設定集です。これは元々2000年に発売予定だった「GURPS Traveller: Imperial Navy」の原稿でしたが、訳あって企画自体がなくなり、この機会でようやく日の目を見た作品です(GURPSルールに関する部分は削除されています)。

 「New Era」シリーズでは単発シナリオ『Early Fallen』の他にキャンペーンシナリオ「Operation Dominoes」が始まり、第1弾として『Moonshadow』が発売されました。さらにTNE小説として『A Long Way Home』も出しています。これは『Traveler Chronicle』誌第11~13号で連載された同名小説をまとめ、同誌の廃刊によって幻となった後半部分を書き下ろして完結させたものです。この作品は後にChaosium社から2012年に『A Long Way Home: Tales of Congressional Space』という題名でペーパーバック書籍化されていますが、版権の事情でTNEに関する設定は別の物に置き換えられています。
 加えて、マーティン・ドハティによるTNE小説『Tales of the New Era 1: Yesterday's Hero』も出されています。これは主人公の15年間に及ぶ「経歴」を11本の短編小説にまとめた回想録的な体裁をとった構成になっていますが、『Diaspora Phoenix』との接点は特にないようです。

1248年設定の既知宇宙図
 そして「New Era」にはもう一つ、「New Era 1248」シリーズが加わります。ウイルスによって〈第三帝国〉が滅亡してから〈第四帝国〉が再建されるまでの激動の118年間を解説しつつ、過去の『トラベラー』シリーズで積み残された数々の伏線を次々と消化していったマーティン・ドハティの豪腕に、ファンが色々な意味で騒然となりました。もちろんマーク・ミラーの許可を得ての出版なので、今では「公式の」時間軸に加えられています。ただし『トラベラー』宇宙の真相を知る一人であるデイビッド・ニールセンに対してはドハティ側から接触はなく、独自の推論で1248宇宙を構築していきました(ニールセン本人も真相については「忘れた」と語っています)。また「大人の事情」で一部設定(「Children of Earth」など)が取り込まれていません。

「何よりも私は、1248年設定に全ての『トラベラー』を提供したいと思っている。時間軸を動かして安定感が戻ったところで、TNEの1202年設定が好みと大きく異なると感じていた古参ファンに何かを提供できると考えたのだ」
(マーティン・ドハティ)

 「New Era 1248」は特定のルールに依存せずに過去のあらゆる遊び方を許容するように設計されており、「安定した帝国」での商業活動や貴族の陰謀劇をしたければ〈第四帝国〉が、スターヴァイキングとしてウイルスとの戦いを続けたければ〈再建同盟〉改め〈自由連盟(Freedom League)〉が、群雄割拠の反乱時代を体験したければ荒野地域の小国家群が、T20のように小国家間や中立星系を巡る旅をしたければ「スピンワード諸国(Spinward States)」が用意されています。
 このシリーズは、まず「帝国暦1248年」に至る歴史と宇宙設定の全体像を解説する『Out of the Darkness』と〈第四帝国〉を解説する『Bearers of the Flame』、1248年代の宇宙船を解説する「1248 Ships」シリーズの第1弾として『Small Merchants』が刊行されています。

 更にAvengerは新たな『トラベラー』の開発に着手します。「Avenger Classic Traveller」と名付けられたこの企画は『メガトラベラー』の判定システムとT20の設計システムを併せ持ち、クラシック版のBook1~8と同等の内容を備えて出版される計画でした。

 Seeker Gaming Systemsが、3Dグラフィックソフトウェアの制作・販売に業態変更するために『トラベラー』事業を終了しました。FFEへの版権の譲渡は現時点で行われていないので、SGS製のデッキプランは全て絶版となりました。

 元HIWGのレイトン・パイパー(Leighton Piper)によって、電子版『Signal-GK』誌がインターネット上に公開されました(が、何らかの事情により長らく第6号のみが欠けた状態でした)。
 そしてネット上での最も大きな動きといえば「Traveller Wiki」の開設が挙げられます。『トラベラー』シリーズの膨大な設定が有志の手によって続々と書き記され、資料の有力な情報源として今も編纂され続けています。

 Mega Miniatures社はこの年、25mmサイズの宇宙船(ベオウルフ級自由貿易商船・S型偵察艦・小艇)と知的種族(ドロイン・ヴァルグル・ブワップ・ククリー)のメタルフィギュアの製造販売を始めました。

 2003年夏発売を目指して開発が続けられていた『GURPS Traveller: Interstellar Wars』が、ようやくこの年発売されました。2004年にGURPS基本ルールは第4版に移行したため、遅れ馳せながらこの『Interstellar Wars』も第4版ルールに対応した「新展開」となっています(※厳密には前年発売の『Psionic Institutes』から第4版対応です)。
 旅の舞台は帝国暦から遙か以前の、西暦2170年の恒星間戦争期に置かれました。この本には、恒星間戦争に至る歴史(そして「未来」も)、地球連合やジル・シルカ(第一帝国)の詳細な設定、戦争に関わった各種族、後のソロマニ・リム宙域にあたる太陽系周辺星系の全データ、宇宙船、シナリオヒント等々が盛り込まれています。また同時に、宇宙戦闘用に『Interstellar Wars Combat Counters』も別途発売されました。
 今後の展開も期待させる内容ではありましたが、残念ながら『GURPS Traveller』自体が結果的にここで終了します(※GURPS自体も2007年以降終息に向かっていました)。

 ローレン・ワイズマンは電子自費出版ブランドLoren K. Wisemanを立ち上げ、デッキプラン集『30-Ton Ship's Boat』『600-ton Subsidized Liner』の販売を開始します。データ部分に関しては『宇宙海軍』、『メガトラベラー』、『GURPS Traveller』の3作品に対応していますが、マス目は「1マス=1.5メートル四方」のみとなっています。

 FFEからは小説『The Force of Destiny』が電子出版されています。これは数奇な運命を辿った作品で、著者は元々FASAの『Far Traveller』誌などで編集者として参加していたのですが、同誌の廃刊後にファー・フロンティア宙域を舞台としたこの作品を書き上げてGDWに出版を持ち掛けていました。合意していればおそらく初の『トラベラー』小説となったでしょうが、その前にGDWは閉鎖されてしまいます。
 その後、自身の原稿をEbayで販売していたところCargonaut Pressから声をかけられ、200部の発行で合意に達します。しかしこの時は版権的には疑義の残る形での出版でした。そこで2003年にHamster Press社が正式に『トラベラー』ライセンスを取得して改めて出版されたのですが、編集に難のある残念な形となってしまったようです。かくして2006年になって、ようやくちゃんとした形での発行にこぎつけたのです。

 7月、ドン・マッキニー(Donald E. McKinney)が『MegaTraveller Consolidated Errata(メガトラベラー統合正誤表)』の初版を公開します。これは過去に公開された『メガトラベラー』関連製品の公式な正誤表や、CotIでの討議を経て指摘された誤植修正をまとめたものです。これ以後改版を繰り返し、2013年まで修正作業は続きました。
 またマッキニーは『Integrated Timeline』を9月に公開しています。これは30万年前から帝国暦1116年までに起きたあらゆる出来事を、過去に発売された膨大な公式資料の中からことごとく拾い上げて歴史年表としてまとめたものです。

 年末、新興のSpica Publishingから『Traveller Calendar 2007』が発売されました。これは児童福祉事業への寄付を目的とした企画で、T20やGURPSで挿絵を担当したアンドリュー・ボールトン(Andrew Boulton)、ジェシー・デグラーフ(Jesse DeGraff)、ウェイン・ペータース(Wayne Peters)がCG絵画を提供しています。
 このカレンダー企画は翌年以降も恒例化し、参加するCG作家も増えていきます。


【2007年】
 『RPGamer』の後継誌である『季刊R・P・G』第3号に、最後の『トラベラー』記事が掲載されています。これをもって日本における『トラベラー』の展開は事実上の終了となりました。

 実はこの年、2005年創業のTud Glas社からクラシック版『トラベラー』のフランス語版が出る予定でした。編集はやり直され、「ルールブック」「スクリーン」「主要種族」「ソロマニ」「技術」「反乱」と分冊されて9月から翌年にかけて販売される計画でしたが、公式サイトは更新されないまま2009年頃に閉鎖され、書籍が実際に出た形跡は見当たりません。

 HIWGの中核会員として多大な貢献をしたクレイ・ブッシュ(Clayton R. Bush)が6月12日に48歳で死去しました。生前はHIWGの主席(Chairsophont)として会を牽引しただけでなく膨大な量の設定を起こし、公的出版物の方でも『Travellers' Digest』第18号掲載の「第三帝国概史(A Concise History of the Third Imperium)」や『MegaTraveller Journal』第1号掲載の「反乱概史(A Concise History of the Rebellion)」といった歴史解説やいくつかのシナリオを遺しました。

 Ad Astra GamesはMega Miniaturesから権利と金型を譲り受けて、宇宙船メタルフィギュアの製造販売に乗り出します。さらにBITSの『Power Projection: Fleet』の米国内販売権も獲得し(※これまではSJGが販売していました)、「自社製」フィギュアですぐに遊べるようにしました。またこれに合わせてルールブックが第2版に移行しました。
 加えて、プランクウェル級などの縮尺が75000分の1となる艦船フィギュアの製造と予約受付も開始しました。

 BITSはGen Con UK 2005で使用したシナリオ『Cold Dark Grave』を発売します。イリース星系(リジャイナ星域)の小惑星帯を舞台に、破産寸前の採掘業者に舞い込んだ「簡単でおいしい仕事」が当然のごとく思わぬ事態を巻き起こす話です。
 この本が現時点でBITS最後の出版物ですが、会の活動は今も続いています。

 Loren K. Wisemanからはデッキプラン集『20-ton Launch』『40-ton Pinnace』が出されています。

 FFEからついに『Classic Traveller CD-ROM』の販売が開始されました(2006年末の発売予定でしたが、パッケージ印刷の遅れでずれ込みました)。このCD-ROMにはこれまで幻となっていた作品がいくつか収録されており、『Double Adventure 7』に収録された「A Plague of Perruques」と『Short Adventure 8: Memory Alpha』は、元々ゲーム大会向けに30部程度が制作されたのみであり、原稿自体が失われていたのを有志が所有していた原本から電子復刻したものです(※ただし『Memory Alpha』は舞台を変えてT4の『Game Screen』に収録されています)。また、『Double Adventure 7』には「Stranded on Arden」も再録されています。加えて、『Special Supplement 4』として『Lost Rules of Traveller』が新規に制作されています。これは1977年版・1981年版・1983年版(『Starter Traveller』)の各ルールブックの文章の差異をまとめたものです。
 一方、同時期に発売された『JTAS CD-ROM』には旧JTAS誌第1号~第24号、および『Challenge』の誌内誌時代の該当分第25~第36号、総集編『Best of the JTAS』第1号~第4号が収録されました。
 そしてFFEはこの年、Gamelords社製品の版権を取得しています。

 Avengerはこの年も好調でした。新設の「Gateway Domain Campaign」シリーズでは第1弾の『Homecoming』が、T20の「Special Supplement」シリーズでは『Short Adventures』『Guns, Gadgets and Gear』が、「Operation Dominoes」の続編として『Minds of Isdur』『Isdur Gambit』が、「Guilded Lilly」の新作続編として『Belly of the Beast』が、「New Era 1248 Ships」からは『Scout Ships』、と続々と発売されました。

 加えてComstar Gamesは『トラベラー』の新たなルールブックを刊行しました(※出版の名義上Avengerから出ていますが、制作には関与していないようです)。それが『Traveller Hero』です。「Hero」とはHero Games社の『Hero System』を指し、『GURPS Traveller』と同様に別の汎用RPGシステム上で『トラベラー』を再現する試みでした。
 『Hero System』の歴史は古く、その起源は1981年のスーパーヒーローRPG『Champions』にまで遡ります。その後1989年に第4版に移行した際にルール部分が独立して『Hero System』となり(その際『指輪物語ロールプレイング(MERP)』のICE社と背景設定を共有していました)、紆余曲折を経て2007年当時は第5版改訂版が最新ルールでした(※現在は2012年発売の第6版改訂版が最新です)。
 『Traveller Hero』は「Book 1」「Book 2」の分冊で出され、第1巻ではキャラクター作成、超能力、戦闘、種族について、第2巻では背景設定、装備品、輸送機器、ロボット、宇宙船についてのルールが記載されています。設定は〈帝国〉を前提としていますが時代背景には特に指定はなく、過去作品の帝国暦0年から「新時代」(ウイルスに関するルールも載せられています)、『GURPS Traveller』の別時間軸、そして自社製品の「帝国暦1248年」まで全て対応していることを打ち出しています。
 ただこの『Traveller Hero』はサプリメント展開に恵まれず、この年から翌年にかけて「Golden Age Starships」シリーズを『Traveller Hero』に合わせて変換したものが計8冊出されただけで終了してしまいました。

 QLIからは『The Traveller's Guidebook for Players』が発売されています。これは「for Players」が示す通り、プレイヤー向けにT20ルールブックから「キャラクター作成と成長」「装備品」「戦闘ルール」を抜き出して再編集したものですが、キャラクターが選択できる「職業(クラス)」が大幅に増強された上に(上級職も含めて16種類が29種類に)、ゲームを遊ぶ際に必ずしも『D&D Players Handbook(第3版)』を参照しなくても良いようになっています(※d20 System Trademark Licenseによる保護と制約を脱してOpen Game Licenseのみによる刊行としたため可能になったのです)。
 またこの本には、ローレン・ワイズマンが序文を贈っています(が、文中の表現からこの序文は2004年頃にハンター・ゴードンから依頼を受けて書き上げたものと推測されます)。

「しばらくの間、サイエンス・フィクションは科学技術が悪用された陰惨な未来への警句でした。1980年代後半から1990年代初頭のロールプレイングゲームはこの気分を反映しています。一方、『トラベラー』は違いました。『トラベラー』のゲーム世界は、来るべき未来について楽観的です。未来は鬱屈としたディストピアではありません。未来社会は生活するだけの価値があり、宇宙は素晴らしい場所です」
(ローレン・ワイズマン)

 11月、イギリスのMongoose Publishing社は新たな『トラベラー』ルールブックの発売を予告し、年末にFFEは電子版『Traveller 5』の予約受付を開始します。この時点では1000頁に及ぶ内容が予告され、販売開始は当初翌年1月31日とされていましたが、実際に「ベータ版が」購入者に送付されたのは2009年になってからです。

 このように30周年を迎えた『トラベラー』は、また新たな時代に向けて一歩一歩動きつつありました……。


(「トラベラー40年史(5) 古典復興の時代」に続く)
(文中敬称略)