宇宙の歩き方

The Astrogators' Guide to the Charted Space.

宙域散歩(番外編4) 仮死技術と二等寝台

2014-08-12 | Traveller
 医学分野における偉大な発明のうち、仮死技術ほど病院の外で使用されているものはないでしょう。長期間に及ぶ治療のために当初使用されていた仮死技術は、今や宇宙旅行とは切っても切れない関係になっています。
 帝国の科学では仮死技術は「人工冬眠(hibernation)」と「冷凍睡眠(fleezing)」の2種類に大きく分けられます。人工冬眠は人体の代謝を最低限にまで下げる一方、冷凍睡眠は人体自体を凍結させます。

人工冬眠
 TL9で実用化される人工冬眠には2つの手法があります。
 能動的人工冬眠(Active Hibernation)の利用者は、専用の低温寝台(chill berth)に入れられます。この機器は利用者を冬眠状態へ誘導し、維持します。それと同時に利用者の低下した生命徴候(Vital Signs, 血圧・体温・心拍数など)を監視し続けます。
 低温寝台に人体を載せることは低TL下では非常に複雑な手順を必要とします。医師によっていくつものセンサーを体に付けねばならず、静脈には管を挿入し、弱い脳波を診るための電極も装着しなくてはなりませんが、これも全ては冷凍寸前の利用者を監視するためのものです。しかしこれらの手順は技術の進歩によって単純になり、TL11では冬眠期間が60日を越えなければ外部からの監視は特に必要はなくなります。
 対照的に、受動的人工冬眠(Passive Hibernation)は外部からの生命維持や特別な機器を必要としません。その代わりに、TL9で開発されるファスト・ドラッグによって代謝を60倍に遅らせられます。ただしファスト・ドラッグには60日間も冬眠状態が続いてしまう、という唯一の大きな問題がありますが、TL12でファスト・ドラッグの解毒剤が合成できるようになり、薬物を投与された人をより早く起こすことが可能となります。なお、解毒剤なしにファスト・ドラッグによる冬眠を中止させようとするのは難しく、危険な行為です。
 ちなみにTL9未満の技術でも仮死状態を引き起こす薬物は知られていますが(※麻酔薬や睡眠薬のことでしょう)、ファスト・ドラッグほどの安全性や確実性はありません。

冷凍睡眠
 TL9における冷凍睡眠は非常に危険でした。意識を失った個人を過冷却液体に浸して素早く冷却しなくてはならず、作業が遅れれば細胞組織の水分が氷の結晶となり、細胞膜を破壊していました。またこの時点では蘇生技術も薬物に頼って未熟であり、6人に1人が死亡していました。
 TL11で重力音波変調器(gravisonic modulator)が発明されることにより、生物の冷凍睡眠は実用的なものとなりました。ホログラフィが複数の光源から三次元映像を作り出すように、複数の超音波投射器によって生体の正確な内部状態を得られるようになりました。そしてその情報を基に、重力変調器は適切に原子粒子運動に作用して、正確かつ素早くかつ均等に物体を冷やす(もしくは温める)のです。かくして利用者は素晴らしい速度と精度で「凍り」、そして「解凍」されることができます。
 冷凍寝台(cold berth)では次のように手順が踏まれます。まず、寝台のコンピュータが体内の地図を制作し、予想される解剖学的パターンと比較します。この手順は蘇生を容易にするために必要です。次に冷却が開始されます。コンピュータは電気信号を脳に送り、利用者を眠らせると同時に生体反応を変化させていきます。それから体組織や体液の反応を見ながら肉体を慎重に冷却していきます。そして最後にコンピュータは、予定された順番に従って重要な臓器から急速冷凍していきます。
 解凍の手順は冷凍の逆で行われます。記録された体内情報を照会しながら、コンピュータは重力音波システムを正確に制御して体を温め、電気信号を送って心臓や脳活動を刺激します。
 冷凍睡眠は通常自動化されていますが、医学の資格を持つ者が蘇生を監視することになっています。これは対象の個体差を埋め合わせ、事故や非常事態に対処するためです。

二等寝台
 帝国市民は一般的に二等寝台(Low Berth)を「冷凍旅客」のための容器とみなしていますが、実際には「二等寝台」という単語は幅広い意味を持ち、「奴隷拘束」から「薬物を投与されて詰め込まれた移民団」というものまで含まれています。
 スピンワード・マーチ宙域のソード・ワールズ連合では、人工冬眠を誘発させる低温寝台が主に使われています。乗客は普段の睡眠時間に低温寝台に入り、そのまま冬眠状態になります。人工冬眠による10日間の旅行は4時間の睡眠と実質同じで、多くの輸送船ではこういった二等船客を下船する数時間前に人工冬眠から「起こし」はしますが、到着するまでは眠ったままにさせています。こうすることで通常の睡眠よりも心地良い感覚で乗客は目覚めることができます。
 乗客が20日間以上冬眠状態に置かれる場合は、覚醒後に余計に疲れないようにするために「半覚醒状態で」乗客を運びます。上質な低温寝台では音楽や音声娯楽、睡眠学習プログラムが乗客の意識下に働きかけます。脳波は逐一監視されていて、乗客は音声チャンネルを変えたり、船医やスチュワードに「はい/いいえ」式で応答することすらできます。
 一方で帝国では冷凍寝台が一般的です。帝国暦300年代までの低TL寝台は低価格と簡素さが優先されて、製造は容易でしたがその分危険も大きく、乗客を過冷却液以外の面でも震え上がらせていました。暗黒時代には悲惨な状態で星の数ほどの人命が失われましたが、それでも多くの人々は脱出の可能性に文字通り命を賭けていたのです。そういった不遇の人々は、人的資源を必要とする企業によってあまり人が近寄らないような「目的地」に連れて行かれました。そんな二等船客のささやかな楽しみは「二等くじ」でした。船長の指示でスチュワードが乗客から10クレジットずつを集めます。二等船客はそれぞれこの旅を生き残る二等船客の数を予想し、正解者で掛け金を分配します。仮に賭けの勝者自身が死亡してしまった場合は船長が配当金を受け取りました。この遊びはえてして貧乏な二等船客に、到着時にちょっとしたお金を持って船を降りる夢を与えました。
 今では冷凍寝台はより先進の、より新しいデザインのものが用いられるようになっています。例えばTL15の緊急用冷凍寝台(emergency cold berth)は大人4人を収容し、着衣のままの利用者を60秒以内に凍結することができます。
 海軍は緊急用二等寝台を「冷凍予備兵(frozen watch)」のために利用しています。戦いの最中では、必要不可欠な人員がいとも簡単に失われることがあります。そんな時のための補充人員を艦内に乗せているのです。予備兵は一般の緊急用寝台とは逆に、TL15でも3時間程度をかけて慎重に冷凍され、問題なく即座に解凍できるようにシステムによる状態監視が続けられます。そして緊急時に解凍手順が開始されれば、5分以内に目覚めることができるのです。
 仮死技術は医療分野で最初に使われ始めました。医療用冷凍寝台は様々な負傷者や手遅れになりかねない患者を容易に取り扱うために設計され、標準的な医療スキャナを備えた診断援助システムが組み込まれていました。ほとんどの場合、寝台は患者を冷却して、病院に到着するまでの生存を確保するのに十分な程度に代謝を遅くする用途で使われていました。
 しかしTL11になると、それに加えて状況次第で患者を凍結できるようになります。一般の冷凍寝台と比べて医療用寝台は速度の面で慎重に冷凍が行われますが、これはその分、後で解凍担当者の助けとなるように進捗状況を正確に記録しているのです。
 そして(※おそらくTL12での)可動式寝台(portable berth)の発明は、医療分野における仮死技術の利用を飛躍的に高めて、数多くの命を救いました。これは冷却機構と一体化した担架(stretcher)のようなカプセル寝台で、担架はカプセル内に安置された患者の容態を監視しつつ生体機能を維持し、凍結と解凍を行います。このシステムにより、カプセルは病院どころか反重力救急車の中でさえ取り付けられるようになり、病院に向かう救急車内でも患者を凍結して応急手当の手間を軽減しました。そして必要な臓器や外世界の器具が病院に届くまで、容態の悪化を食い止めています。
 また別の用途で幅広く使われているのは、家畜用冷凍寝台です。その用途の寝台は様々な生命体に対応できるように無数の大きさや形がありますが、家畜用寝台はむしろハードウェアよりもソフトウェア面を重視しています。これは個々の家畜に対応した特別な寝台を造るよりは、ある程度汎用性を持たせた方が効率的だからです。適切なプログラムなしでの家畜の急速冷凍・解凍は非常に難しく、生物学的知識を必要とするプログラムは書き上げるのに多くの時間を必要としますが、幸いにも帝国内を冷凍寝台で輸送される大部分の品種についてはプログラムが既に存在します。一般的ではない生命体のためには、AまたはBクラス宇宙港に常駐する専門家が家畜の冷凍・解凍を担当します。

二等寝台と宇宙旅行
 帝国内での二等寝台の人気の主な理由は、おそらく長距離旅行における有用性です。可動式冷凍寝台が実用化されると、商人はそれを旅客輸送に応用しました。多くの客船(特に定期航路上を行き来する船)では可動寝台が利用され、これは二等船客が貨物輸送と同じように取り扱われることを意味します。
 とある二等船客がディンジール(ソロマニ・リム宙域 1222)からリジャイナ(スピンワード・マーチ宙域 1910)に向かうとします。その旅客はまずディンジールでセンサー付きの継ぎ目のない専用の服(※『Traveller: The New Era』時代のイラストでは「体に密着した服を着た冷凍睡眠者」が描かれているので、それと同様のものと思われます)に着替えた後、冷凍されます。その後、仮死状態に保たれた旅客を乗せたカプセルは船から船へと移され、リジャイナに着くまでは決して解凍の危険を冒すことはありません。特等・一等船客と同じく、二等船客の運賃は帝国商務省(Imperial Ministry of Commerce)の統制下にあり、帝国内で認可された恒星間運輸会社はジャンプ1回につき1000クレジットの固定運賃で二等船客を運んでいます。そして多くの船では、可動式二等寝台のために設置枠のみを備え付けています(これには寝台の新製品に対応しやすいという利点もあります)。
 二等船客は、自身が乗る寝台が「集積所」に置かれることに同意することになっています。集積所は商務省の内局である宇宙港管理局(Starport Authority)の管轄下にあり、Dクラス以上の宇宙港であればたいてい可動式二等寝台の集積所を持っています。集積所はDクラス宇宙港では「コンセントのある貨物置き場」程度でしかありませんが、A~Bクラス宇宙港になると乗客の冷凍・解凍する能力を持つ「寝台ターミナル(berth terminals)」を利用することができます。そこでは医師が解凍作業のために常駐しており、無料でサービスを受けることができます。しかし多くの信頼できる船では、自前の船医と搭載設備を使っています。
(※原文では商務省ではなく帝国運輸省(Imperial Ministry at Transportation)の管轄下にあることになっていましたが、GURPS版設定で宇宙港管理局(SPA)が商務省の下に入り、運輸省自体が見当たらないことを受けて修正しました)

仮死技術と社会
 仮死技術は宇宙空間に限らず、刑事司法の場でも冷凍寝台が利用されています。いくつかの世界での被告人は裁判を待つ間、寝台に留め置かれています。また安く囚人を社会から排除する手段として(将来世代に判断を委ねることになりますが)冷凍保存することがあります。逆に、自分がもはや起訴されない時を待つため(つまり時効を越えるため)に、犯罪者が冷凍寝台に身を隠すこともあります。
 いくつかの地方政府では、失業問題を軽減するために冷凍睡眠が利用されています。生活保護費を支払うよりは、景気後退期に貧困層の中から自発的に冷凍されてもらい、後に補償する方が安くつく場合があります。また企業内でも解雇や事業縮小に代わって、同様のことが行われることもあります。
 同様に、専門家も時折冷凍寝台を使うことがあります。例えば運動選手は競技生命を延ばすために試合のない期間に仮死状態になるかもしれませんし、芸能人も仕事の合間に凍結されることで技術や美貌を保とうとするかもしれません。
 『時間旅行者(Timers)』と呼ばれる裕福な者は、未来旅行のために冷凍寝台に入ります。多くの時間旅行者は単独ではなく、同志と安全を求めて「時間旅行クラブ(Timer club)」に加入します。こういった同好会は帝国内とソロマニ圏双方のいくつかの高人口世界に存在します。
 時間旅行者は通常10年・25年・50年といった間隔で世に出てきますが、中には1000年に5回程度という長期に渡る旅をする者もいます。そして彼らは「短命の者ども」の中に混じって新時代を楽しみ(そのための資金は投資信託で得ています)、しばらくして辺鄙な場所にある会員施設に戻って再び眠りにつきます。
 テラ(ソロマニ・リム宙域 1827)の時間旅行クラブの中で最も古いものは、地球連合の建国と同時期の-2398年に設立されたとされています。当時は4つの施設(その中の1つはルナにありました)で合計1万人の会員が冷凍睡眠していたと豪語していましたが、暗黒時代の間に100人足らずまで減少してしまいました。とはいえ現在の会員の中でも数名は、帝国暦2世紀よりも遥か以前に誕生したと主張しています。
 ちなみにそのクラブの創立当時、少数の者は既に100年以上冬眠していました。-2508年に冷凍されたある人は、自身の病気を治療する技術が開発されるのを仮死状態で待ち続け、やがて蘇生されました。そういった人々の最後の1人は、「人類の支配」時代の-1996年にようやくこの世を去りました。

帝国外での仮死技術
 ゾダーン人は低温・冷凍寝台を限定的にしか使用しません。ゾダーン人の宇宙船では俗に言う「冷たくない寝台(warm berth)」が一般的です。なぜならゾダーン人は超能力で自ら仮死状態になることができるので、この寝台は単に快適な休憩所以上の存在ではありません。同様にドロインも仮死超能力を使えます。
 超能力に疎いと言われているアスランは、瞑想や厳しい自己鍛錬の末に精神を昏睡状態に移行させられるようですが、大部分のアスランは標準的な冷凍寝台を利用します。
 ハイヴは仮死技術が必要とする薬物に耐えられず、冷凍寝台でも6分の5の確率で凍死してしまいます。一方ククリーは冷凍睡眠や人工冬眠には肉体的には容易に耐えられるのですが、閉所恐怖症のために長期間容器に入っていることができません。よって両者の勢力圏内で二等寝台は特殊な状況以外では用いられません。
 そして太古種族は明らかに、仮死技術以外に現在の科学力を遥かに越えた「時間停滞」技術を持っていたようです。この技術は時間の流れそのものを操作し、旅行者の代謝をほぼ停止させたかのように遅らせることができた、と言われています。


【ライブラリ・データ】
可動式医療用冷凍寝台 Portable medical cold berth
 標準的な救急車や多くの軍用車両に備え付けられている可動式医療用冷凍寝台は、「担架」カプセルと冷凍機構が一体化しています。「担架」カプセルは患者を包み、基本的な生命維持を行いつつ凍結させた患者を仮死状態のまま保ちます。「担架」は医療スキャナを内蔵し、反重力モジュールを搭載しています。
 TL12+、容積13.5kl、重量1000kg、価格60000Cr.。

追加ルール:『時間旅行クラブ』との接触
 時間旅行クラブは一般的には極めて珍しい存在で、TL9以上の高人口世界(人口9+)でのみ見つけることができます。条件に該当する世界にクラブが存在するかどうかは(※レフリーが)サイコロを振り、2Dで12+が出れば存在することになります(その世界がTL11+ならDM+1)。
 しかしクラブと接触するのは、超能力研究所を見つけるよりも難しいことです(※超能力研究所を見つける以上の難易度の判定を課すべきでしょう)。彼らの存在は多くの世界で合法ではありますが、クラブの存在自体が極めて隠匿されています。睡眠中の会員を保護するために、部外者によるクラブ施設への接近を厳しく制限しているからです。


【私的考察】
 二等寝台ならではの要素と言える「二等くじ」の描写が過去形で書かれていることから、帝国暦1100年代の二等寝台の安全性は相当なまでに高まっていると考えられます(きっとくじではなく保険が販売されていることでしょう)。実際、メガトラベラーの時代には解凍事故が起きてもルール上めったに死亡しない(最低でも1/36の確率で事故は起きますが、ダメージが小さめに設定されている)ことから、このような描写になったのかもしれません(※TD21号掲載の改訂版ルールでは冷凍・解凍で2回判定が必要になった上に、解凍の難易度が「難」に上げられてしまっていますが、それでも死亡するのは難しいです)。
 逆に、現行のマングース版ではクラシック版以上に死亡率が高まっており(目標値が8+になった上に、使えるDMが渋いので)、おいそれと旅行に使えないものになってしまっています。しかし「第三帝国」設定とは異なるSpica Publishingの『Outer Veil』設定では、難易度が簡易(DM+4)に引き下げられた二等寝台が登場します。マングース版での一般的な船医の水準である〈医学-2〉の者が解凍を担当すれば自動成功も十分見込める(※マングース版には1ゾロの出目で自動失敗するルールがない)ので、ハウスルールでの採用を考えてみても良いのではないでしょうか。
 その場合、上記の設定から判定書式を考えてみると、

 二等寝台の解凍による死亡を避けるには:
 〈医学〉・耐久力・簡易(DM+4)・10分
 注釈:〈医学〉技能は解凍を担当する医師のものを、耐久力は解凍される者のDM修正値を参照する。時間単位はTL14+の寝台のもので、TL11~13なら「1時間」、TL9~10なら「4時間」となる。また、TL12-では難易度は「易(DM+2)」、TL9だと「並(DM+0)」となる。

 と、このぐらいが妥当ではないでしょうか。スリルはなくなりますが、冒険とは関係ない場所で死ぬことの方が興冷めでしょうし。


【参考文献】
・Travellers' Digest #21 (Digest Group Publications)
・Starship Operator's Manual Vol.1 (Digest Group Publications)
Comments (2)
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