歌庭 -utaniwa-

“ハナウタのように:ささやかで、もっと身近な・気楽な庭を。” ~『野口造園』の、徒然日記。

あおい

2011年06月21日 | 徒然 -tzure-zure-
やっと復活しました、
家のネット環境。

ほぼ一ヶ月ぶりです。接続までにもひと悶着あったので、
今、ちょっと感動です。




咲き誇ってますね。アジサイ。






家でネットがつながらない間。

静かに本を読んだり、
先日見た映画のことを黙々と考えたり、
片付けしたり、
たっぷり寝たり。

ゆっくり、静かめに過ごしていました。

一方、仕事の現場では:緊迫的問題発生中で けっこう大変だったので
たぶん、ちょうど良かったです。バランス的に。


最初は
「あー、せっかく素敵な写真撮れたけど、アップできない!くやしー!」
とか
そもそもテレビも無いので、入って来る情報量が格段に減ったことに 不安になったりしたものの、

だんだん ちゃんと慣れて来てね。

まーあ、楽になりました。

気持ち的には、「休暇」みたいな感じでした。


超大量情報奔流社会システムの 目まぐるしい怒濤の渦から
いったん飛び抜けて、

ちょっとお休み頂きました。っていう感じ。


休んでみると、
「ああ、こういう機会を、今まさに必要としてたのかも。」って想えて来ます。


偶然のような必然のような。







パソコン。ケータイ。iPod。インターネット。

一度手を染めると、
それが「無かった」頃のサイクルには、なかなかどうして、戻り難いもの。


あれ。
なんか、電気系ばっかりですね。
現代文明の利器っつったら、やっぱり電気系だからでしょうか。

でも、

無きゃ無いで、なんとかなるもんです。
ふつーに、生きられるもんです。

(原発だって、きっと。)







「それが無いと、私は 生きられないのか?/死んでしまうのか?」

あるモノの取捨選択を迫られる時。あるモノを買おうとしている時。
自分にそう、問い質してみる。

極論的な命題ですが、これは効きます。

だって、
大概のモノは、無くても「命に別状は無い」レベルのものばっかり。
無くても、それはそれで、大丈夫なものばかり。

無くても、ふつーに、そこそこ、生きられるんです。

一度、明日さえ生きられるかどうか、、という極貧恐慌状態に陥った時に、悟りました。



「生きるか死ぬか」基準で、考える。
そのモノの、「今この瞬間の自分の生死にとっての価値」を、考える。

この自問行為で、だいぶ“断捨離”、できると思うのです。


もちろん、
「これ無くても確かに死にはしない、、けど、、やっぱりどうしても手放せない!!」
っていうモノも、あります。

それはたぶん、
自分の“精神的な生命”にとって、必要なものなんだと、想います。
それがないと、自分の「魂」が、“死んだようになる”というくらいのもの。

身の回りに集まったモノの中には、そのくらいに強く結びついているものも、やっぱりあります。

どういったご縁か、巡り合わせかは いざ知らず、
ただの「物質」という次元を超えて、自分の魂的なものと密なる絆が生まれてしまったもの。


どうしても手放せない。やっぱり、どうしても棄てられない。

そういうものは、もちろん棄てる必要ない。






さて

なんの話なんだか、結論があるんだかないんだか、脱線してるんだかしてないんだか よくわからなくなって来ましたが

そうこうしているうちに、



タチアオイが、ぐんぐん背を伸ばしています。


梅雨と共に伸び続ける、
夏の入りを告げる、この花。


この花を見るたびに、内心、盛り上がって参ります。

夏がいよいよ来る!というか、もう来てる!

っていう興奮に。


梅雨が明けたんだか明けてないんだかの、際の時季。
この季節は、期待感でいっぱいになるので、大好きです。


曇っていようと、雨が降ろうと。







この時季特有の 風がまた、
とても好きです。

夏寸前の陽射しの、ちょっと本気出してきましたみたいなじりっとした熱さを
ひゅっ、と かわすような、
そして、心をひゅっと透き通らせるような、
ひんやり潤った風。


夜明けのような。
ひたすら静かな、潤んだ空気をたたえた雲の波のような、
雨の気配。

これから落ちてくる雨の気配をこっそり含んだ、
澄まして踊るような風の、眼に見えない、青い香り。




タチアオイの花と、この風。


造園を志し始めた頃の 初々しい気持ちを じんわり、憶い出します。

花の名前を 手当たり次第に覚え始めた頃の、我武娑羅な、
初々しい熱の感覚。









さて、
結局なにが言いたかったんだか。

なにをどうしたいんだかよくわからないまま、
想うがままに書き連ねてしまいました。


そんなこんなで、ちょびっとながら、お久しぶりな気持ちです。



アジサイと対照的な鮮やかさで
ノウゼンカズラも、あふれんばかりです。








ついでに。




これは、ゼニアオイ。

タチアオイより小さめで、ちょっと早く咲き始める お仲間。


ちなみに、
タチアオイと同じくらい大きめで、ちょっと遅く咲き始めて、秋まで咲いて、
木みたいになるのは、
「ムクゲ」。


ムクゲが咲くのは、まだまだ。もう少し先のこと。


、、、なんて
悠長に想ってたら、すぐに見かけるようになるんでしょうね。


もうすぐ 六月も終わりです。




そういえば、
同僚の娘さん(=まだ幼稚園)が、アオイちゃんって名前なの。これがまた、超可愛いの。
お父さんは自分と同い年だって。あはははー。笑えなくって、むしろ笑える。







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