歌庭 -utaniwa-

“ハナウタのように:ささやかで、もっと身近な・気楽な庭を。” ~『野口造園』の、徒然日記。

祭りのあと

2009年08月31日 | 遊興 -pleasure-
日曜日、

高円寺で「阿波踊り」を見て来ました。





阿波踊りの現物を見たのは 初めて。




ちょうど、踊りのスタートする地点に陣取れたので、



スタンバイ状態も見ることができました。


よーい。



ドン!








色んな “連” が、それぞれちがう舞いや音頭で 流れて行きます。




一瞬ぱっと華やがせたと思ったら
たちまち 過ぎ去って行く。



お囃子、
喚声、



激しく打ち鳴らされる 鉦(かね)の
クラクラしそうな高音と、

ズン ズンと からだの芯に重く響いて来る 太鼓の震えに、


うっすら 惚(ほう)けて来ます。

お祭り特有の、熱と空気に。


接近中の台風が招いた 雨に
ずぶぬれになりながら

やけッぱちなロック風に 三味線をかき鳴らす人も。




絶対に、

沿道で見ているより 踊ったり奏でたり
やっている方が、百倍楽しい。




色が 溢れていました。
華々しい “ハレ”の色。

カラフルな「お祭り」の色が、
現れては行き過ぎて、
また現れては




余韻も へったくれも吹っ飛ばす 激しい音と勢いで

ぐんぐん 流れ去って行く。



くるくると
目の前を めくるめく 流れてゆく。 


色とりどりの 熱いかたまりが
飛び跳ねながら さらさらと 流れてゆく。


照明に照らされて 白く細かく立つ、雨の中。






























踊りが終わると


祭も終わり


風も無くなって

雨も終わると





モノトーンの 静けさだけ残して





夏も 終わりました。



日課、弁当、ボンビボン

2009年08月29日 | 徒然 -tzure-zure-
毎日 朝起きるとまず必ずやること。 つまり、日課。



窓辺のジギタリスたちに、水をやること。




いつぞやの「夢の島」で ゲットして来た苗たちです。
東の窓辺に、並べてあります。

 ジギタリス
  Digitalis L.
  ゴマノハグサ科ジギタリス属
  英名:Digitalis、foxglove
  和名:狐の手袋(キツネノテブクロ)

ジギタリスは、秋田でも育てていたので、馴染みがあります。
結構 背がぐーんと高くなって、花もたわわに成るのです。





最近、めっきり涼しくなって

いつまでも、
いつまでも 寝ていられそうなほど、

すんっごく 気持ち良い。




セミの声もいつのまにか パッタリ落ち着いて、
あれ?っていうほど 静か。


早朝の風は
ひたすらやわらかくて涼しくて、

すやすや寝るのには、絶望的に最高すぎるコンディションです。


「寝てたいな、、起きるの やだな、、、もうちょっと寝てようかな、、」

よこしまな心が 一瞬 よぎる。


しかし
二度寝しようと つむる目の片隅には、
まぶしい朝日の直射に じりじりと灼けている、
彼らの姿が。。


いかにも カラカラに乾いてしまって
「、、オ、オ、、オ水ヲ、、オミズヲ クダサイ、、」

という命乞いが聞こえてきそうな、
彼らの姿が。。。



「ああーー、いかん! あの子らに 水やらなきゃ!」


バッと、起きる。やむなく。


ある種 “強迫的”な義務感が
心地好すぎる邪念を なぎ払う、

そんな毎日です。


おかげで、ちゃんと朝早く 起きられます。




しかし、
ものを育て始めてしまうと、

「命あるものを育て続けるって、ほんとに大変だ。」
ということに気づきます。


途中で辞めることが出来ないのだから。



「自分が世話してやらねば、あの子ら、死んでしまう。」
なんて、

赤ちゃん(子ども)を育てるのと 全く同じ感覚だと思います。


毎日毎日、

来る日も来る日も、
「なにか 妙なことが起きて、あの子ら、死にかけてやしまいか。」
と、心配しながら、生活するのです。



そう思うと、

子育てをしているお母さんは、ほんと、大変ですね。

リスペクト。





命あるものの面倒を 見つづけるには、

自分の命の面倒も 見つづけられなきゃ、いけません。

毎日毎日、食べ続けなきゃいけません。


私、線はかなり細い方ですが
なぜか 食はかなり太い方なので、

なんか食べないと、やってられません。
おなかがすくと もう死にそう。みたいな、絶望的な顔相になります。
心も、「もうダメだ。何をしてもダメだ」と、すこぶるネガティブになります。
極端になると、「もしかして、不治の病にかかったのかも」とか思ったりします。


なんかを食べたら、すぐにケロッと治ります。


ある意味、わかりやすい。



最近は 諸事情により、ほぼ100%、自炊。
地道にこつこつ、手料理する日々。

職場には お弁当とお茶を持参です。



のぐっこさんの弁当箱。


大したもんじゃあ 全然ないけど、
最近のヒット物を ご紹介。



コーンポテトコロッケ。


夏は、トウモロコシが食べたくなる季節。


勢いづいちゃって、スイートコーンの缶詰 まるまる一個使っちゃったので、
ポテトより コーンが多くなってしまいました。


でも、美味しく出来た。




こちらは



フーチバーじゅーしー。

沖縄の方言で、
「ヨモギ炊き込みご飯」のことです。
写真じゃ あんまりわかんないけど。


この前 近所に偶然発見した沖縄ショップで、買いました。
「ごはんに混ぜて炊くだけ」っていう、レトルトものです。




沖縄大好きの “ひいき目”を差し引いても、

これは、でかしてる。美味しい。

ヨモギの ちょっと薬膳っぽい感じが、ヘルシーっぽくて、
「良いもん食べてるなあ、今」

って、
なんか グッと来る。


なにより、
楽なのが 一番!




というわけで

第一回「のぐっこさんの弁当箱」でした。
、、、すみません、ほんとに大したこと無くて;




そしてそして、オマケ。


今日(土曜)、お茶のお稽古で
新百合ケ丘に行ったので、

また「Bon Vivant(ボン・ビヴォン)」のパン、買って来ました。
(詳しくは こちら:Bon Vivantと出逢った~。の巻

種類がとにかく豊富なので、今回も未知ネタを。




左から
チョコバナナデニッシュ、シナモンロール、and, ごまおさつなんたら。

とくに



シナモンロールが、最強だった!

普通のシナモンロールと違って、
チョコとくるみが巻き込んでありまして、、、初めての感じで、、激ウマ。。


あまりの感動的戦慄のため
キャメラの方、手ぶれしております。


食道楽/Back to the Future

2009年08月27日 | 徒然 -tzure-zure-
ここのところ、正直、ド貧困なのですけれども、

なぜか
それなりに、美食街道 突っ走って居ります。


季節の変わり目のせいなのか
色々な友人の 色々な集まりが 色々重なった
ってのも、あります。


せっかくなので(今後しばらくご縁が無さそうなので)
どっと まとめて。(したがって、ちょっと長めです;)


麗しき思ひ出に、したつづみを打ちたいと思います。



[その1:金曜日。摩天楼にて。]



新宿の夜景を見下ろす 都内某所の ハイセレブな高層マンションの最上階の
御宅にて。


海外へ旅立つ友人の送別会でした。


ちゃっちゃーっと
手作り料理が並びます。

シュウマイのほか、杏仁豆腐の味がするタネの入ったサラダとか、
手羽元が添えられたサラダとか。

盛りつけが おそろしく美しかった。




もうすぐ一歳になる、赤ちゃんも。

赤いパプリカやハッピータン(袋のまま)をしゃぶっていました。

友人の子なんだけど、生まれたばかりの頃から 見守って来ているせいか、
我が子のように可愛くてたまらない!
友人の赤ちゃん。

勝手に「ポニョミ」と呼んでいます。


ポニョミを抱える、旅立つ友人。

照明のせいか
ヨーロッパの教会で見る「聖母子像」のような 荘厳な雰囲気。

聖なる子が 輝いて見える。



聖母のブラひも(?)をほどこうとする 聖なる子。


ほんとうにしばしのお別れなんだか よくわからない
いつもと同じ感じに ケラケラと盛り上がった パーティーでした。

別れあり、そしてまた、新たな出逢いあり。




[その2:土曜日。お茶の稽古の後に。]

お茶メイツとともに、
新大久保にある タイ料理屋さんへ行きました。

建築学科時代の、共通の友人を交えて。


新大久保は、なかなか来たことがない街なのだけれど

早稲田の学生や、アジア系の外国人がごった返す、
異国的カオスな感じの街。




何はなくとも 生春巻き。

大好き、生春巻き。



これは 空心菜(クーシンサイ)。

「赤唐辛子ごま油炒め」 みたいな感じだったかな。
美味しかった。しかし 油断すると むせる。案外辛かった。

惹かれたのは、名前。
芯がフキみたいに空いてるから、そういう名前なんですって。

空なる心。なんか詩的で、素敵。




なにかに添えられてきた、花。南国っぽいパッショネイトな色。

エディブル(食べられる)なのか わかんなかったけど、
食べてみました。


味は、
特に無し。




デザートでも、またあの花が 登場。

ちなみにデザートは、マンゴーのなんたらかんたらと、もち米のなんたらかんたら。


直前の お茶の稽古での「すん.とした心持ち」も なんとやら

この日も 楽しく笑い合ったのでした。

この店が、安くて美味しかったんだけど、
名前が 全く憶い出せないんです。





[その3:日曜。高円寺でモロッコ。]



ひと月ほど自分も住んでいた、
高円寺の、友人の家にて。
ちょっと古い一軒家を、三人でホームシェアしています。

突然のホームパーティー。

なんでも、
一週間前にカフェで偶然知り合った モロッコ系フランス人のモモさんを
招来して、モロッコ料理を作ってもらおう!という計画。

降って湧いたような 美食パーティー。
住人がインターナショナルなので、客人もインターナショナル。

ドイツ、フランス、アメリカ、イギリス。



じゃがいもと卵の炒めたやつ(名称知らず)は、
モロッコの家庭料理だそうですが、
いろんなスパイスが入っていました。

バジルとか。。。あと、なんだろ。

スパイスは、こだわりの部分だそうです。




基本的に、あんまり食べたこと無い味付けでした。

よっぽどの料理人なのかと思ったら、
普段は全然、しないんだって。

今回のは、お母さんの料理を見よう見まねで覚えたものを作ったそうです。

不慣れとは思えない、すごい出来。

さらに
クレープまで!

いつのまにやらー



これが、絶妙にふっくら・もっちり、美味しいクレープでした。

クレープなんて、めったに食べない。たぶん人生で 2回目か3回目くらいでした。


そして

この家の主要キャラクター、
愛しの 太いネコ「文鎮」は、


騒がしいのが嫌いなので、
基本的に、雲隠れ。

餌の時だけ 突然登場。
ねこまっしぐら。

この時ばかりは別の生命体のように 恐るべき俊敏なるスピード。

美味しそうに、まっしぐら。


ネコは、そういえば、
いつも同じ餌だけど。

「飽きた」とか言わないし。まっしぐらに、がっついている。
餌については「飽きる」っていう感覚がないのだろうか。
果たして、どう思ってるんだろう。

あれやこれや 酸いも甘いも知りすぎて
毎日同じものばかりは 食べてられない人間は、
贅沢すぎるのだろうか。やっぱり。


この日も
おなじみの顔ぶれも たくさん、
新しい出逢いも たくさん。




[その4:飛んで、水曜日。]

森のテラスのお客さまとして知り合った方と、再会。

仙川の駅前にある、アジアンダイニング屋上レストラン「空(KUU)」。

今まで全然知らなかった。



プールがすぐそばにある 屋外テラス席に座りました。
大きなスクリーンに、映画チャンネルが流れてた。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だった。




雰囲気が、素晴らしかった。

もう風が、うっすら冷えるほど。
夏の終わりを、改めて実感。



Yさんが作っている、写真日記を見せてもらいました。
葉書サイズのファイルに収めてありました。

原則、一日分が見開き2ページ。Wordで作ってるんだそうです。
厳選された写真に、少ない言葉。

これは、
去年の 秋の秋田の、「紅葉の滝ツアー」に来てくれた時のもの。

特別待遇で 4ページに渡っていました。
これはまた、なんとも懐かしい。


言葉少なでも ちゃんとキャプションがついていると
ただのフォトアルバムとは違って、色々憶い出し易い。
でも、その労力、根気たるや。ひたすら感心。




Yさんが 初めて東京の「森のテラス」を訪れたときの記事も、載っていて。

そこには
自分も写っていました。


自分のやった写真展に、来てくれたのでした。
そうそう、それがお初。懐かしい。




辛かった時とかを見守っていて下さった方と、久々に色々お話して、

ハッとさせられる嬉しいことばや、
未来へ向かう、指針となるアドバイス。

目からウロコが落ちました。


自分が 何を得意とするのか って、
自分じゃ案外、わからないのです。

自分じゃ 普通にみんなも出来ていることだと思って、
ふつうに意識せず やったりしているから。


「あなたの○○は素晴らしい」と言ってもらえるのは、
けっこう衝撃だったりするし、
まさに、目からウロコだったりするわけです。


どうしても答えが出なくて もやもやしていたものが
パッと いきなり晴れる感覚。


自分だけじゃ やっぱりエンドレスにぐるぐる同じところを回っていただけだった。
「ないものねだり」をしてしまうから。
そして、
「あれができない」「これができない」「自分にはまだ○○が無い」
と、
”無い” ばっかり気にしてしまう。そうしたら、進めない。


そうじゃなくて
「あれができる」「これができる」に変えるんだよ

と、言われました。

心の中で
「なんということでしょーう」と、誰かが叫んだ気がしました。
ビフォーがアフターになったときの、嬉しい悲鳴を。


どうしても行き詰まるのが、独りで生きるヒトの性なら
引っ張り出してくれるのは、自分でない誰か。

「迷ったり 行き詰まったら、ヒトに会う。」
と決めているけれど

やはり、でした。


やっと、重たい霧が晴れた。


折しも その日、
やはり森のテラスで知り合った詩人の方から、嬉しいお手紙を頂いて、
嬉しい言葉を頂いて、揺れ動いていたところだった。


ヒトって、ちゃんと見ていてくれるもんなんだなあ、
ありがたいなあ、

と、改めて思いました。




色々と経験させてもらって 糧になっているのが、
過去。

なにも、無かったかのように無視したり、切り捨てたり
そんなことはする必要ないし、
出来ない。

過去をうしろめたく思う必要は、無いし
隠す必要も無い。

自分自身が体験した過去は、
本人にとっては、れっきとした事実で
他の誰のものでもなく
本人の、モノなのだから。

過去は
確実に自分の中に「ある」ものだから。


なんとなく「断ち切らなきゃ」と思っていたのだけど
断ち切るにも、やり方がある。
断ち切ろうとしても、断ち切れないものがある。
むしろ
断ち切るべきでないものばっかり だったりする。
なぜなら、
過去は、糧だから。



せっかくの 自分にとって糧になっているような 素敵な過去は、
ちゃんと、堂々と、大事にしよう。

そして、
ちゃんと、未来に活かせるように。


がんばろう。



月並みだけど
そう、思いました。




「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、

いつのまにか

「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」に変わっていました。






明鏡止水

2009年08月25日 | 遊興 -pleasure-
明鏡止水(めいきょうしすい)。好きな言葉です。

曇りのない鏡と静かな水。そのように、なんのわだかまりもなく、澄みきって静かな心の状態 の意。


* * *

土曜日。茶道のお稽古でした。



お客役をやっているときでした。

何かのタイミングで、先生の声も 生徒の声も ふっと途絶えて
しーんと、静まり返った瞬間。

お湯の立つ 小さな「くつくつ...」という音以外には
しー   ん と静まり返った 静かな部屋の中。


それまで曇っていたところに 突然 憶い出したかのように

昼下がりの 陽が射して来て


障子の上に、外の庭の木の 影が すうっと浮かび上がり

さわさわ。。と 揺れたのでした。


すると

茶室の、実際はまったく「無音」なわけではない、けれど 確かに在る

或る「静けさ」が

さらに深まった気がして


自分の心も 同時に
ぴた っと静まり返り

すん. と、 心の背筋が まっすぐのびた気が、したのでした。


茶室という空間の 空気の静けさに 自分も融け入って同化したような感覚。

わずかな一瞬だけれど
それがとても、心地好かった瞬間。


そして
その瞬間より以前においては、まだ「つもり」だったことを 知ったのでした。


つまり
茶室の雰囲気に とりあえずひたって、自分の心もすんなり同調した「つもり」になり、
あたかも
自分の心も 清らかに・静やかに・しゃんと真っ直ぐしたものに切り替わっていた
と 思って居たけれど、

実際は、その時点では まだ「つもり」で、

本当の意味で 静かな厳かな気持ちに ストンと 落ち着いては居なかった。
と、
思い知ったのでした。







床の花:

 シュウカイドウ(秋海棠)
  Begonia evansiana  宿根草
  シュウカイドウ科シュウカイドウ(ベゴニア)属
  英名:hardy begonia
  別名:ヨウラクソウ(瓔珞草)


 タムラソウ
  Serratula coronata subsp. insularis
  キク科タムラソウ属  多年草
   ※オオアザミ」(大薊/マリアアザミ:Silybum marianum, キク科オオアザミ属)かと思った。
   そしたら、似て非なる。トゲが無いのが、見分けるポイントだそう。
   また、
   「アキノタムラソウ」(秋の田村草:Salvia japonica, シソ科アキギリ属)ともまた、ちがうものでした。


ヤバネススキ(矢羽根薄)
  Miscanthus sinensis 'Zebrinus'
  イネ科ススキ属
  別名:タカノハススキ(鷹ノ羽薄)/英名:Zebra grass
  葉に矢羽根のような斑が入ってるから。





玄関には、ユリとキク。白い花。

その日の主菓子(おもがし)は、山のユリを抽象的に見立てた
「嶺の百合(みねのゆり)」という、
白くて丸いところに緑の笹状の葉っぱを模したラインが入った、お菓子でした。





すん. と落ち着いたこの心持ちは 俗世間、、というか、外の雑踏に出れば
あえなくたちまち消えてしまう、
あっけない 儚いものなのだけど、

ちょっとでも長く保っておきたいと
努めて静かに
なるべく大事大事に 内に抱えるようにして


されど 帰るべき場所は、やはり俗世間。俗世間の、街の、渦の中。


街へ帰るのです。




新宿の街で、

紫の夕焼けを見ました。



ムラサキの空。好きな空です。


こどもの絵、おとなの絵

2009年08月21日 | 仕事 -work-
木曜日、仕事場の「高円寺プラットフォーム・ワークショップ」では

「親子で絵を描くワークショップ」が開かれておりました。




窓ガラスいっぱいに、お絵描きしてしまいます。





ちっちゃな子供たちが 思い思いに ぐりぐり。




最初はさすがに おそるおそる?

しかし

こどもの順応は速い!



だんだんと テンションが上がってまいります。

勢い良く ばーっとクレヨンを引っ掻き回す子も居れば、




丁寧に じっくり細かく子も居ます。



そういえば

窓に描いても 大丈夫なの?



そう、大丈夫なの。



水拭きで落とせる「キットパス」という、
特別なクレヨンを使っているのでした。



こどもたちの絵は

やっぱり、おとなじゃ太刀打ち出来ない すごさが溢れています。



勝てないなあ と、 羨ましく思いながら、

ながめていました。

子供の絵に、おとなの絵は太刀打ち出来ないと思って。


でも、やっぱり、おもしろそうなので、

すみっこにちょこちょこ 描いてみたり。





こどもは、すごい。

まず、「わけわかんないもの」を描けるのが、すごい。


そして、
前に描いたものにも 一切執着せず、

「たつまきーーー!!」と言って、

どんどん、ぐるぐると、上書きしてゆく。そこがさらに、すごい。





自分の絵も 「たつまき」に 一瞬にして 呑み込まれてゆきました;


それもまた、おもしろい。

一緒になって、「たつまきーー!!」




とにかく、ただこつこつ絵を描いてるだけじゃなくて、

いちいち あっちこっち、せわしなく動いている!

感動的な行動力です。

それに、物体として、見ててとても面白いし、可愛い。

にこにこ感心して眺めてたら、

あの“おじさん”に描いちゃえ!という いたずら攻撃が始まりました。


次から次へと 新しいゲームを創り出しています。

そして

油断していると、どっぷり巻き込まれて「被害者」になってしまいます。

すんごく面白いんだけどね。とにかく延々と同じことが無限に続いたりするから、

大変なんだ。おとなになっちゃったヒトにとっては。




一時間強。

集中力からあっさり醒めた子供たちは

たちまち消え去り、



窓のキャンバスの前は、すっからかん。


嵐はたちまち荒らして、 たちまち過ぎ去る。



いやあ、

すばらしい。

勉強させてもらいました。




その後、感化されたのか、

重い腰をあげて、「野口造園」のチラシの原画描きに着手。


おとなって、きっちりしてしまうんだよなあ、、と思いつつ




描き上げ。

あとは、レイアウトとか、キャッチコピーとか。

パソコンに取り込んで、
明るさやコントラストを補正したり、
プリントして比べてみたり、
また描き直したり。

おとなの仕事って、どうしてこう、手数が増えるんでしょうね。



しかし

描いてるうちに 楽しくなって



気づけば 色々コネタが 加わっていくのでした。





どうせなら、なんとなく見てても、なんか楽しげで、
よくよく見つめても、楽しくなるような絵が、いいなあと思って。


子供の絵の教訓です。


しかし



一番最初に描いた ラフな下絵が 一番よかった気がして来たり。。。


おとなって、どうして こう、
後悔とか 考え事が、多いんでしょうね。


チラシ完成まで、もうちょっとです。


一夜咲きの幽霊

2009年08月19日 | 徒然 -tzure-zure-
日が暮れた井の頭公園の

薄い闇のなかで

 ぼんやり



 ぼんやり 白く浮かび上がる

 “幽霊” みたいな




カラスウリ を 見つけた。

  烏瓜(カラスウリ)
  Trichosanthes cucumeroides
  ウリ科カラスウリ属  つる性多年草
  英名:Japanese snake gourd
  別名:玉章(たまずさ)、土瓜、山瓜、狐ノ枕



夏の夜に、ひと夜だけ 咲く花。
ひと夜咲きの 儚い花。



どこにでもある野草だ と云うけれど
いざ探してみると、夜だけ咲く花だからか、
そう簡単には出逢えない。


夏の宵闇に かすみかける眼を じっと凝らして、
今宵、
やっと 出逢えた。


 *

昔住んでいた東京のアパートの 小さな小さな庭で

ある夏の夜、暑くて、
窓を開けようと
カーテンを バッと開けたら

眼の先に 白い ぼんやりとしたモノが


ゆうれいの影か と、
死ぬほどびっくりした。

それが 初めて出逢った 烏瓜の花。


よくよく見てみたら
不思議な もしゃもしゃのレースの毛。
不思議な花。


夜の闇には そのふんわりした純白が 妙に 浮き立っていて

レースの繊細な毛の もしゃもしゃが
怪しい幻のような その白の おぼろげな様を
なおさらに引き立たせていて 

見れば見るほど幻想的で

幽霊のように儚く
幽霊のように美しくて

すっかり惚れ落ちた。


それ以来、
夏になると、
この花を、なんとなしに、探してしまう。

宵闇の始まる暗い薮のどこかに 蔓をからませて じっと座って
ふふっと微笑んでいるはずの
幽霊のような この花を、
つい 探してしまう。





今年の夏は、
こうして、出逢えた。

今とても流行っている「緑のカーテン」

自分は、この花でやりたい。
今年は間に合わなかったから
来年は、ぜひ、やってみたい。


夏の闇に、

毎夜毎夜
白い小さなゆうれいたちが ぽつりぽつりと浮かんでいる 風景。

幽玄。

暑さなど忘れて、ぼうっと、眺めてしまうだろう。
それこそ 魂をぬかれたように。


そんな 夢を 想い、浮かべる。






のぐっこさんの台所

2009年08月18日 | 料理 -kitchen-
ワタクシゴトですが、

実は、
この世で、一番、
心の底から愛してやまない、大事な人がいます。

それは、、、





Coccoさんです。
(写真は、肖像権を考慮して、全く別モノのCoccoさんです。)

Coccoさんは、
沖縄出身の歌手です。

要するに、ファンです。いや、ただのファンじゃないよ。けっこう熱めのファンなのです。

大好きすぎて、
ライブツアーを追っかけて、果ては沖縄まで行き、かの地で 無一文になった。
という 素敵な逸話もあるほどの、
命がけな、ファンです。



そんなCoccoさんが、このたび(8月15日付で)、
お料理をテーマにした
『こっこさんの台所』というエッセイ本を出しました。



ついでに
ひさびさの新曲も出してくれまして、(現時点ではPC配信限定ですが)
当然ですが、エンドレスにリピーティングしております。

ついでに申しますと、
去る8月15日、
出版記念の特別ライブが 渋谷のタワーレコードでありました。
当然ですが、行って参りました。
200名という限定枠を、なんとか勝ち取り。

人前で歌ったのは、一年半以上ぶりになります。
そんな激レア・フリーライブ。

それはそれは、
感極まるものでした。

詳しくは申し上げますまい。

とにかく、嬉しかったです。
また復活してくれて。また歌が聴けて。


大好きな誰かが活躍してるのって、それだけで とてつもなく励みになるし、
大好きな誰かが頑張っていると思うと、
一日一日が、いちいち嬉しく、楽しくなります。


四季をテーマにした四つの新曲も素晴らしいし、
肝心の本のほうも、ボリュームたっぷりで、良かったです。
(良かったら買って下さい。)




以上、宣伝でした。すいません、ありがとう。


で、

当然ですが、
早速 影響を受けまして。


よーし自分も、積極的に台所に立とうかな!
と、奮起。


第一号は、

かぼちゃの煮物。

  セイヨウカボチャ(西洋南瓜)

   Cucurbita maxima
   ウリ科カボチャ属  アンデス山地原産  
   英名:Pumpkin, Squash
   語源:ポルトガル語で「カンボジアのウリ(Cambodia abóbora)」


出来は、
まずまず。まずまずの滑り出し。


これ 実は、初挑戦でした。

以前 友人が サラっと作っていたのを目撃してから、
あれ、もしかして簡単なのかな?と、頭の片隅にあったもの。

ネットで調べてみたら、
ほんとに簡単!
しかも所要時間10分くらい。あっという間でした。

 1:かぼちゃ(4つ切り)をレンジで2分チン。
   種わたを取り除き、一口大(大きめに)切る。
   そして、鍋に敷き詰める。(皮を下に。)

 2: だし(粉末) 適当
    水     200cc
    酒     大さじ2
    みりん   大さじ2
    醤油    大さじ2
    砂糖(黒糖)大さじ2

   を入れて、ぐつぐつ煮る。

 落としぶたをするといいのだけど、無いから、ただの鍋ぶたをして、
 12分くらい。

、、以上。


半分食べて、半分はお弁当用にストック。



もひとつ、ご飯モノも。



枝豆(もちろん秋田産!)の十六穀入りご飯。

ふつうに塩ゆでした枝豆をまぜて、だし粉末入れて、十六穀の素みたいなのを入れて、炊くだけ。



これだけで、やたらと満足。
これだけで、急に「出来る男」になった気分。

いい気なもんですね。
これを毎日続けるのが、大変なわけだ。

* * * *

そして、第二弾。


「そういえば、冷蔵庫の中に、、」と
取り出したるは




ブルーベリー!

   Vaccinium spp.
   ツツジ科スノキ属シアノコカス節  落葉低木
   英名:blueberry
   別名:ヌマスノキ(沼酢ノ木)、アメリカスノキ


これ、
「うちで採れたの。」と、
植木屋さんの友人がくれたもの。

けっこう大量に頂いたので、なかなか食べ尽くすきっかけもなく
冷蔵庫にて 安らかに眠っていたのでした。


さすがにそろそろヤヴァイんじゃないかな、、と、引っ張り出してみると


 ・・・芳醇な ワインのかほり。・・・


あらら、良い匂い。。。つーか、もしかして“発酵”が始まっちゃったのか?


慌てて「調理せねば!」と思い立ったのですが、

さしたるネタが無い。

結局、
ジャムにすることにしました。



煮詰める。
ぐつぐつ。



たちまち
甘いワインのかほりが~~~♪

煮え立ってトロトロしてきてる、、っぽくなったら、

砂糖(=沖縄産の黒糖)を、適量(きもち、多め)に。



これも、あっという間。

ブルーベリーはなかなか固まらないので、ペクチンを加えるといいそうですが、
ペクチンなんて無いので、きもち長めに煮詰めてみた。
でも、煮詰めすぎると風味が落ちるので良くないらしい、ので、

早々切り上げ。



出来上がりー!


だがしかし。

そういえば。

詰めるビンが無い。


となると、早速消費してしまわねば!
ということで

ホットケーキを作って、垂らしました。



ホットケーキは どっちかというと得意なはずなんだけど、、

新調したばかりのフライパンの加減が まだ読めず、
ちょっと焼きすぎた。あんまり見栄えよく出来なかった。。

盛りつけも、ちょっと酷いけど。まあ善し。


一気に平らげて、
グッタリ。




おともには、紅茶を。

友人から頂いた、ウバの紅茶(from スリランカ)と、
これまた友人から頂いた KUSMI のアールグレイ(from パリ)を、
適当に調合して、ミルクティーにして 頂きました。


ごちそうさまでした。


自分で料理すると、内容自体は大したもんじゃなくても、
満足感が違いますね。


以上、きまぐれ「のぐっこさんの台所」からお届けしました。


 *


ちなみにのぐっこさんの台所から見えるのは



 シラカシ。お隣さんのお庭より。

  白樫
  Quercus myrsinifolia
  ブナ科コナラ属  常緑高木(15~20m)
  英名:Japanese White Oak
  材が白色だから、「シラカシ」。
  だけど、樹皮が黒いから「クロカシ」とも呼ばれる。
  、、どっちや;




四季の折り返し地点

2009年08月16日 | 徒然 -tzure-zure-
8月の、15日。

8月の、ちょうど真ん中の日。
真夏の、ちょうど真ん中の日。




8月15日。

この日を境に、
日本の一年は 切り替わる気がします。

前半から、後半へ。

上昇してゆく「春」と「夏」が終わって、
下降してゆく「秋」と「冬」へ。




この日を境に、「海に入ってはいけない」と言われます。
クラゲが出るから。
海に入って良い季節は、お盆をもって 終了。

つまり、
一般に夏休みの終わりとされる8月31日を前に、
実は、
夏は、終わっている、、、!




8月31日は、ゆえに、
もはや とても虚しく、
無性に哀しく、
なんだか、やりきれない。


買ったばかりのサンダルの出番も、



もう、終了。




ここまでなんとかやって来て、
やっとそろそろ忘れかけてきた、冬。

じりじりと耐え忍んで、
じりじりと待ち焦がれて、やっと来た、夏。

そしたら
もう やって来てしまった。

夜の、
「肌寒さ」、、、!


もう 窓を開けっ放しでは ちょっと寝てられない。
掛け布団無しには おちおち寝てられない。

もう
あの「肌寒さ」ってやつが、忍び寄って来ている。


ああ、終わったのか。

夏好き&冬嫌いの私は、気が遠くなります。


「先へ進まなきゃ。」

、、などと、
わざわざこっちから思わなくても
事態はどんどん、勝手に、進んで行きます。


気が遠くなります。






夏の終わりは、特に速く
「残暑」という罠に ウッカリだまされ


光が まだまだ とても強いから

さすがに花が まぶしいなあ

とか

突き刺さる光が とても強いから

さすがに影も 深くて濃いなあ


なあんて 思って


よし 夏の風景を残しておこうと カメラを携え

よくよく見つめてみれば


影は 


伸びて かすれ始めてるし


空は 


うっすら 遠ざかっている。


もうそこには 夏本番の、
劇しくおしよせる姿は無くて、

「予感」の頃が
実は「本番」だったと気づき

気づいた頃には、
もう終わってる。



そして 秋は、
しらじらしく、もうそこに居る。
そうとは気づかれないうちに、そっと忍び寄って 居る。

気づいた頃には、もう始まっている。

付いて来れないならば、
置いてけぼり。

憂えようが 喜ぼうが
そんな ヒトの気分などは、
一向に、お構い無し。








夏の花は逝き



秋の色が生まれ





後ろ髪を引かれても
終わりは来て

前髪を引っ張られるように
始まりは来て




どうしようもないのに
途方に暮れて。




四季の折り返し地点。


この節目は

無性に 置いてけぼり感が募って

無性に 何かをやり残した感が募って

無性に このままじゃいけない感が募って

無性に 途方に暮れるのです。






 *


8月15日。
八月のちょうど 真ん中の日にして
真夏のちょうど 真ん中の日。

そして
奇しくも、終戦記念日。


その一日の前後で、ガラッと 世界が変わった日。



切り返し地点。



あるいは、

折り返し地点。



ひと仕事して、また明日

2009年08月14日 | 仕事 -work-
都内は 杉並区某所、
記念すべき“ファーストクライアント” :I邸へ、ちょっと久々に。

「野口造園」なんて 勢いで看板を掲げるきっかけにもなった、
記念すべき最初のお仕事を頂いたところでございます。

最初のお仕事は、
ボサボサすぎる高木たちの “強剪定”を主に、
手が付けられなくなっていた鬱蒼状態の庭に、
風と光を通すこと。
つまりは 一斉大掃除。


明るくなって、風が抜けるようになって、よかったよかった。



、、なんて言ってた日から、早数ヶ月。

ちょっとご無沙汰の間に

梅雨が来て、
夏が来て、

ボーボーに繁り返ってしまった庭。

今回は 雑草取りを中心に、お掃除しました。
プラス、ちょいちょい、剪定も。





ビフォー。


アフター。

すっきり。

ほそながーい裏も


勢い良く


すっきり。



あら かわいい



と一瞬思うけど、
木に絡まってしまうから、これは、雑草。



大活躍の、雑草鎌。

わずか200円たらずのツワモノ。




前回、実は慣れない “強剪定”(ざっくり伐っちゃうこと)をしたので、
その後の消息が心配だった カキの木やウメの木も、

なんのその。



ボッサボサになっておりました。


自然は強し。

ほっとひと安心 半分、
「大変だ、また透かしてやらねば」戦々恐々、半分。

ああやれば こう来る。
次から次へ。
ぜんぶが次に繋がって、

庭に 終わりは無いのです。





ほかにも色々と、“やりがい”のある、お庭です。

シロアリに食われて半壊している縁側とか、さらに崩れて、やばいことに。

草抑え用の 布状のものが敷いてあるのだけど、
それもずいぶん古くて汚れて、あんまり雰囲気が良くない。

なので、
今度きれいに改造したいですね。
まずは縁側から。

ということで。

次につなげて下さいました。有り難し。





今日も花に出逢った。


お昼休みに

お盆休みの

静まり返った小学校の 金網に

顔をおしつけるようにして こっちにのびていた

キクイモ(Helianthus tuberosus キク科ヒマワリ属)
あるいは、
ルドベキア(Rudbeckia キク科オオハンゴンソウ属)
、、、たぶん、どっちか。

その膝元には



ヤブラン、かな。

 ヤブラン(薮蘭)
   Liriope muscari
   ユリ科ヤブラン属
   別名:リリオペ、サマームスカリ





ひと仕事成し遂げた日は、ほんとうに、嬉しい。

しかも 新たに「先」にも つなげて頂けたら、
なおさら 嬉しい。


「仕事がある」って、

ほんとうに有り難い。


帰りの空も、



やたら美しい。



こんな日は、
特別に、小さなお祝いを。

お金も無く 一歩先も知れぬ身としては、
こまごま ケチケチしなきゃいけない毎日だけど

気分が良くて 嬉しさがふくらんでいるときは、
押し殺したらもったいないから
思い立って、
解き放って、

自分にご褒美を。


誰がいちいち褒めてくれる訳でも ないのだから。
自分で自分を労ってやらないとね。


そんなわけで、
ちょっと懐かしい、昔の馴染みの居酒屋さんへ。


けっこう自分ひとりで抱え込んでなんとかしようとして、結局ドツボに落ちてしまうタイプ
なので、

危ないこのままじゃ危ないという時には、なるべく極力、
人に会うように、心がけます。

人に会って、なんでもいいから、しゃべって、聴いてもらって、
解き放つ。

そうすると
解決出来ない出来ない、重い重い、無理!
と思っていた問題が
なにげない一言で
さらっと 片付いてしまったり、します。

実は全然大したことじゃなかったり。

考えてると思ってたら、何も考えられてなかったり。

自分に自分で嘘をついて、泥沼にハマっていたり。

一人で沼にハマって、ずぶずぶ落ちてゆくのは、とても簡単です。

這い上がるには、一人より二人。二人より三人。

一人でなんとかしようと しない ほうが、
たいがいサラリと、
問題は片付いて行く。

これが、ngchのこれまでの人生で得た教訓。


答えはとっくに 見えていて
ただ 不安というだけで、
避けているだけだったりする。
逃げてるだけだったりする。

前へ進みたい筈なのに、
前へ進むことを恐れたりしている。

そこを ぐいっと、引っ張り出してくれるのは、
しかも とても軽々しく持ち上げてくれるのは、
自分じゃない、誰かの力。

そこんとこは、思い切って甘えたり、頼っちゃったりしたほうが、
案外サラッと、うまくいくものです。




明日に 一歩また新たに 前進するために

今日を頑張った自分に、ご褒美を。

そして
つい すがりたくなってしまう 甘い過去には、
キッパリ、さよならを。


それが、その一日の教訓。


、、なんて言ってみたけど
「御褒美デザート」の巻で、すでに「自分にご褒美!」とか言っておりましたね;
「お前、自分にご褒美しすぎじゃねーか;」と言われそうな。


まあ、いいじゃない。


人は忘れちゃう生き物。
何度でも失敗と成功と、たまのご褒美を繰り返して、そのたびに一喜一憂して、
しょうがない生き物。

まあ、いいんじゃない?

あたかも今日初めて知ったかのように、毎日、
新しいようで結局同じ「気づき」が、あるのも。

「気づけた」だけで もうけもの。




明日 力強く歩き出せるように

昨日までのことは さっぱり片付けて、

今日の終わりに、“美味しい” ご褒美を。



誰かと話をして、
内に抱えているモノを解いて、放って、吐き出して、
すっきりさせてから、

余裕があれば、ちょっとほろ酔って、

余裕が無くても、美味しい・ちゃんとしたものを食べて、


家に帰ったら

お気に入りの信楽焼の湯呑みに

お茶をいれて、

一息入れて。



調子に乗って、
焼きプリンなんか 食べちゃったりして。


それから、
たっぷり寝よう。


睡眠と食は、やっぱり、心を安定させる基本。
そこを欠かすと、だいたいどこかが、うまくいかなくなったりする。


よく食べ
よく寝る。
お茶を飲む。


それだけで、
なんだか、もしかしたら毎日が、
きっと、

やけに楽しく
妙に心地好い流れのままに、転がって行く気がする。







2009年08月12日 | 徒然 -tzure-zure-
大家さんに依頼されまして、
庭の雑草取りをしました。


夏の庭の草取りは、
体力勝負というより、気力勝負。


花畑の草取りならば、おかげさまで、
秋田でさんざんやりましたので、手慣れたものでございます。
全然へっちゃらです。どんと来い、です。



地面に這いつくばっていると

見える世界が違います。

出逢う世界も違います。


左足が板状になっている奇形のヒキガエルに
出逢ってしまったり、

脱皮真っ最中のセミに
出逢ってしまったり。

(残念ながら、写真は撮って居りません;)


まことに 「グロテスク」です。

そこをじっと 冷静に見つめ

見つめれば見つめるほどに

グロテスクきわまりなくて、

どうしてこうして、複雑怪奇な、不思議な造形。



脱皮後のヌケガラなんて

わざわざ あそこまで完璧にかたちを残す必要なんて、無いはずだし。



虫は花より、意味が解らん。




虫より 花が好きなのです。
というより
虫はあんまり 好きでないのです。
理由はなんだろう、
「わけがわかんないから」でしょうか。。。
人は、得体の知れないもの(=エイリアン)には、不安を覚えるそうで。


そう。エイリアンっぽいのですね。

こればっかりは どうしようもなく
虫には どうも、あんまり興味が湧かないのです。


、、なんて、
“人間サマ”ふぜいが 偉そうに言って、申し訳ないが。

でもね。

GO.QUI.BVRI とか

QUA とか

DANNY とか

出逢って良い思いをしたことが無い、イヤな害虫も多いし!




そういうわけで、虫は好かないんです。

、、んですが、

セミの鳴き声や

コオロギの鳴き声。

キリギリスの鳴き声。

彼らの鳴く歌声は、けっこう好きです。

羽を振るわせて 生まれる歌声。



もし チョウチョが
実は鳴いてるのだとしたら、

いったいどんな声で鳴いてるのだろう

とかも、思ったり。
さて、どうなんだろう。


蝶は好きだな。
ひらひらと 花びらみたいで、きれいで、軽やかだから。

身勝手ですね。
”人間サマ”は。



あと、そうそう。



トンボは、けっこう好きです。



すうっと はかなくて、きれいで、

涼しげで、軽やかだから。


東京では 全然見ないけれど

秋田の森では すでに たくさん飛んでいました。

赤や エメラルドや 黄色や 透明の

細くて はかなくて、きれいな

トンボたち。


今日も飛んでいるでしょう。
ちょっと、懐かしい。


俄雨

2009年08月10日 | 徒然 -tzure-zure-
ひさしぶりに

「あ、いたた」と思うくらい
ピシピシピシッ!と肌を撃ちつける
強(したた)かな雨を 浴びました。



真昼の夏の、にわか雨。

少しぬるくて

香りは甘い。




 *


八月。

台風の前触れのような 甘い 重たい雨が降ると

サルスベリを、探してしまいます。



ほわほわの紅い花が 容赦ない雨の平手打ちで
たっぷり落とされて

きれいな ほわほわのじゅうたんを作ってないかな と。



でも
残念。

花のほうも、そんなにやわじゃない。

咲いたそばから そう簡単に、どっさり落ちてたまるか。
と。




散っても 心ばかり。


夏の花は、雨に負けじと したたかです。

春の花は、雨に打たれると
あっけなく散って
見事なじゅうたんを作ります。

たとえば、サクラのような。
たとえば、アカシアのような。

雨に散ってしまう春の花の、あの
「生の儚さ」は
夏の花には 無くて

熱帯からおしよせる 甘い雨を 勢い良く飲み干すくらいの
明るい「生の強さ」が、
夏の花には あります。

ひと雨降るごとに
あからさまに ぐんぐんっ!と、伸びてゆく。
強(したた)かな、
「生の強さ」。



強かな雨。 強かな花。

その「強さ」に
びっくりしながら。


しこたま濡れすぎて
服もびっしょりで、真っ黒。
「もう、どうだっていいや」
って、

ギブアップ。良い意味で。

いいよ、思う存分、濡らしていいよ、もう。
ギブアップ。


という、
コインランドリーへ行く 道すがら。

傘なんか持っていなくて、
びっしょり濡れてしまった バックパック(ぎゅーぎゅー服詰め)を背負って。




ランドリーにつくや

雨はぴたりと 止んでしまった。




犬と猫

2009年08月09日 | 徒然 -tzure-zure-
7月の一ヶ月だけ、ホームシェアで住んでいた高円寺の友人宅。

ちらっと野暮用で、ちょっと久しぶりに、行きました。


秋田の森にも行った、デカ“チワワ”。
うまるくん(♀)。

相変わらず、心配になるほど狂おしく はしゃぎ回る子。

そうかと思って撫でようとしたら、噛もうとする。フリだけだけど。

動き回りすぎて、シャッターチャンスが切れません。



秋田の森に行かなかった、ふとい猫。



文鎮(♀)。

相変わらず 低反発まくら(あるいはタワラ型スライム)のように、
テーブルにのびて、寝そべっていました。一部は あふれて、垂れ落ちてる。


動かなすぎて、真っ黒い、謎のカタマリにしか見えない。

実はツチノコ という噂。


二者の力関係。
年上なのは犬の方。ちょっとだけだけど。



薔薇と黒猫。



黒猫と薔薇。



癒され。


月見月

2009年08月08日 | 徒然 -tzure-zure-
最近、毎日のように

「あれ、今日は満月か」

と思ってしまう。


それくらいに、月がきれいだ。


一昨日の もったりと暑い 重い夜空にも
昨日の雨上がりの さっぱりした夜空にも

月は変わらずに、
遠くもなく 近くもなく

そして、
きれいだ。



チャリで ゆらゆら帰る、深夜。

なんにも急がなくてもよくて、のろのろ帰る、深夜。

街は黙りこくっていて、
ちょっとまどろみそうな、帰り道。
ちょっとまどろんでるくらいがきっと 正しい、帰り道。


オレンジ色の灯が優しい、街路樹並木の道々。

並木の葉の影に切り取られた、深い錆藍の色の、夜。

よどむ夜雲。


そして、
月がきれいだ。





世間が どんなに騒がしくても

焦れったい心が どんなにざわめいていても


仰ぐ月の光は
いつも ひたすらに、

無言。




そして、

いつも、ひたすらに、

きれいだ。




イヤホンから注ぐ音が やけに沁み通る。


「秋田森のテラス」旅・4:滝とカフェ

2009年08月05日 | 旅録 -travelogue-
ひと月経ってしまいました。

7月4・5の一泊二日:初夏の「秋田 森のテラス」への旅。
レポート、第4章です。

 

  
  第1章>>
  第2章>>
  第3章>>森と湯と蛍
  まとめてぜんぶ見る場合はこちら→カテゴリー「旅録 -travelogue-」より
  (5月中旬の、引っ越しの際のセンチメンタルな旅録もくっついてます。)


さて今回は、「滝」編。

ホタルを見た夜から 一夜明けて

ひとしきり のんびりタイムを過ごしてから、
「森のテラス」を しぶしぶ後にしました。

それから立ち寄ったのが、滝。




森のテラスから歩いていけるところに、
「阿仁川(あにがわ)」という川があります。

それを越えて もうちょっと行くと、
滝があります。

「四十八ノ滝(しじゅうはちのたき)」という滝。


薄暗く、冷ややかな空気の、杉の木立の中。


 

神社の杜の、奥にあります。

 (※)

聖域特有の、時間が止まったような空気。

その奥に。

 (※)

滝を目撃するや、俄然上がるテンション。


 

みんな 一目散に 岩を越えて

 



 

真下の滝壺に 足を浸して、

ほおお~、と、

見上げます。

 

こういうとき、言葉は出ない。

 (※)

こういうとき、言葉は要らないんでしょうね。


 

光を散らす。

あふれる水の飛沫の粒子が、光を散らす。

なにかが解き放たれていく気がして

 

笑みだけが こぼれる。



 


自然とこぼれるんですね。

なんでもない、笑みが。

 (※)


 *


しばしの放心・マイナスイオンタイム。

 
 

その滝の大きさや 凄さや、

そこに立っているときに包まれている キラキラした水と光の粒子の

清らかな感覚は、


言葉には、表現しにくい。

無理に表現しなくてもいいかな。


とにかく、なぜだか まっさらな気持ちになれるのが、
「滝」なのです。

 


しかも、大変な山奥とかじゃなくて、簡単に行けてしまうところにあって。


「こんな滝が すぐそばにあったら、、、」


そんな、
願いはしても到底叶いそうもない夢が、
秋田では、叶っちゃっていたんですね、、。吃驚。




それでは



ここも しぶしぶ名残惜しみつつ

帰路へ、参りましょう。

東京まで10時間、走らなければ。



“シシ神さま”になった デカチワワも、


ぐったり おやすみモード。





その前に 立ち寄るところが もう一つ。



秋田市の「FULIO CAFE」さんです。
お犬も入れる、素敵カフェ。
秋田市では唯一無二の、馴染みのカフェ。お世話になりっぱなしです。


さらに森テラを通じて知り合った「秋田美人」をお呼びたてして、

にぎにぎしく。

ここで、昼下がりのランチ。がっつかせていただきました。

(※)
鍋焼きカレー。
これを ただ一人注文したMさんの、
勝ち誇った戦士の ほくそ笑み
 ↓
 


自分は日替わり定食を頼みました。

しかし、、こういうときって、大概お腹すかせていっぱいいっぱいなので、
写真を撮り忘れ。運良く撮ってても、どーしようもないものだったり。

というわけで、蔵出し。

 
フリオさんの定食は、例えばこんな、豪勢なプレートなのです。
ちなみにこれは、5月に秋田から引っ越す折、送別会をやって下さったときの。
いわゆる「最後の晩餐」です。多めにゴージャスに、盛ってくれました。その節はほんとうに、有り難う。



食べるときは本気なので、うっとりしつつ、黙々。


当然 デザートも頼むでしょ。
 

贅沢な「デザートプレート」を、山分け。


ほんとに美味しくて、素敵なメニュー。


まったりというか、やんややんやと、談笑。
お騒がせしました。。

そして

美店長:フリオさんが
「うちで採れたの、よかったら」とサービスしてくれた
ブルーベリー。添えたミントが心憎い!



ごちそうさまでした。いつもいつも、ありがとう。




そんなこんなで、最大限楽しんだ秋田旅。





さらに「錦秋湖サービスエリア」で温泉にも入って、
スッキリさっぱり。完璧な状態。



願わくば、
少なくとも3日~1週間弱くらい居ると、ちょうど良いくらい。
そんな スローライフな旅プランがおすすめな、秋田の森への旅。

というのも、
「何もしないで、のんびりする」というのが、
この場所で出来る、都会では出来ない、特別な“醍醐味”だからです。

まあそれは、現実的には、難しいのだけど。

でも、
一日だけでもいい 思い切って飛び込んじゃうと、

環境のちから・場所のちから というのだろうか、、からだも脳もちゃんと
スイッチが入るみたいで、

気づいたら
すごーく リラックスできたのでした。

ゆる~くなって、でも、スッキリなって。



、、というわけで、

 終了です!!ありがとうございました!!


註:(※)印の写真は by canawayさんでした。


* * * * * * * * * * *

 <エピローグ>


移動往復20時間・一泊二日
という強行スケジュールなのに、

森めぐり、温泉(×2)、ホタル見、BBQ、晴れ+曇+雨、滝、カフェ、
さらに「のんびりタイム」も盛り込んで、

結果
かなりのボリュームを、やり遂げたのでした。

、、一泊二日でも、いけますね。
無理矢理になるけど、なんとか。


妊婦さんも居て、
犬も居て、
ヘルニア持ちさんや ぎっくり腰さんも居て、
だいじょうぶかな、、と 不安になる要素もあり、

ETC云々関連で失敗したり(多くは語るまい)したけど、

無事 事故もなく。


心残りなことは 掘り下げるほどに尽きないけれど
それは、旅の常なる宿命。


旅はこれにて、無事完了。


お疲れ様でした。



楽しかったです。なにより、自分がとっても、楽しんでしまいました。
そして、嬉しかった。


旅を実現させてくれた同行者の皆様も、
このレポートを楽しみに読んで下さった方も、

どうも ありがとう。

 





今回「お客」として初めて行ってみて、想った。

いいとこだなあ、ここ。

って。



また、行きます。


今度はのんびりね。


良かったら、遊びに行ってみて下さい。






ここで終わると思いきや。

番外編として
次回:「花」編をお送り致します。

だって、この旅でなにより感動したポイントのひとつが、花だったので。

だって、
予想外に、満開だったのです、、、手塩にかけた花たちが、、!




というわけで

良かったら、お付き合い下さいな。


もちろん、
現実の時間も 着々と進んでいるので、
次回の森レポートは、いつになるやら。。。

期待しないで、お待ち下さい。


 * *




  *  


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