とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

サイトカインストーム患者に対するメチルプレドニゾロンおよびトシリズマブ治療

2020-07-25 22:18:31 | 新型コロナウイルス(治療)
RECOVERY trialからメチルプレドニゾロン(MP)の有効性が示されましたが、この論文ではサイトカインストーム(cytokine storm syndrom, CSS)に陥った患者を対象にMPおよび抗IL-6受容体抗体トシリズマブ(TCZ)の有効性を検討したものです。CSSの定義は酸素飽和度≤94%あるいは頻脈(>30/min)を示し、CRP高値(>10 mg/dL)、高血清ferrtin(>900 μg/Lあるいは入院後48時間以内に2倍以上の増加)、高D-dimer(>1500 μg/L)のうち2つ以上を満たすというものです。入院後すぐにMP投与(250 mg IV on day 1, 80 mg IV on days 2–5)を行い、反応が無かったり呼吸状態が悪化した患者に対しては8 mg/kg(max 800 mg)のTCZを単回投与、反応があるも乏しい患者にはMP投与の2日間延長というもので、比較対象は以前に治療した患者から重症度などをあわせて選ばれています(historical control)(いずれもn=86)。Primary outcomeである退院あるいはWHO重症度分類2段階以上の改善を達成した患者は、治療群で79%高く(HR: 1.8)、secondary outcomeである院内死亡率は65%低く(HR: 0.35)、補助換気が必要な患者も71%少ない(HR: 0.29)というものです。現在RECOVERY trialでもTCZの有効性が検証されていますが、重症COVIS-19患者に対するMP→TCZ治療というのはどうも確立されつつあるようです。

ネアンデルタール人は痛がりだったか?

2020-07-25 22:18:31 | 整形外科・手術
ネアンデルタール人Homo neanderthalensisは約40万年前に出現し、2万数千年前に絶滅したホモ属ですが、DNAの解析から現生人類Homo sapiensの祖先ではなく別系統のHomo属であると考えられています。しかし最近の研究から、 現生人類の遺伝子にネアンデルタール人類特有の遺伝子が 1~4 %混入していることから、両者の混血が存在したことが明らかになりました(Green et al., Science. 2010 May 7;328(5979):710-722)。両者に共通した遺伝子の中で、現生人類遺伝子の変異につながっているものがいくつか存在し、中でも1つの遺伝子中に数個の変異があるものは、変異に何らかの意味が存在すると考えられています。そのような遺伝子の1つが電位依存性ナトリウムチャネルであるNav1.7をコードするSCN9A遺伝子です。ネアンデルタール人のNav1.7にはM932L; V991L; D1908Gという3カ所のアミノ酸変異が100%存在し、共通した変異であったと考えられます。Nav1.7は末梢神経に発現しており、疼痛刺激の脊髄や脳への伝達に関与していますが、ネアンデルタール型Nav1.7はヒト型Nav1.7と比較して活性が高い、つまり疼痛刺激に対する閾値が低い可能性が示されました。このような変異は現代人にも見出され、すべての変異を有するヒトでは1.16倍疼痛の訴えが強いことが示されました。ネアンデルタール人がなぜ全員このような変異を有していたのかはわかりませんし、実際にネアンデルタール人の方が痛覚過敏であったという結論にはなりませんが、ちょっとしたことで痛がっているネアンデルタール人の姿を想像すると可笑しくなりますね。

COVID-19診断法のブレークスルーを目指すアメリカ版マネーの虎

2020-07-23 11:39:52 | 新型コロナウイルス(疫学他)
"Shark tank"というのは何かと思ったら、アメリカ版の『マネーの虎』(どちらが最初か知りませんが)なんですね。このマネーの虎に出資するのは一般投資家ではなく、NIHです。アメリカではCOVID-19の感染拡大に歯止めがかからず、経済活動や文化活動にも計り知れないダメージを与えています。感染拡大抑制が難しいのは、無症状感染者が周囲に感染を広めるためですが、無症状感染者を検出するには検査を行うしかありません。しかし現在行われているRT-PCR検査にはいろいろな問題点があります。責任あるデータを出すのであれば通常の研究室レベルのPCRでは不十分で、然るべき認可を受けた機器や設備、スペースが必要ですし、検査を行う人手や結果が出るまでの時間の問題もあります。ただ単に「PCR検査を1日**万件に増やそう!」という掛け声や気合いで解決できるものではありません。以前にも述べましたが頻度が少なく、いつ感染するかわからないという状況でPCR検査を大量のヒトにランダムに行うのではコストパーフォーマンスが悪すぎるのも大きな問題です。個人的には抗原検査に期待していますが、現在の感度ではまだまだという感じです。
アメリカでは12月までに1日に人口の2%(600万件)程度の検査ができる体制を目標にしているようですが、もちろんそのためには現在の検査法や検査体制では無理で、簡単に精度よくできて、結果が速やかに出て、コストが安いという吉野家の牛丼ののような検査が求められています。
そこでアメリカ政府は15億ドル(1,607億円くらい)の予算をNIHに配分し、COVID-19の検査に関する提案を中心に広くアイデアを募って出資するプロジェクトをスタートさせました。Rapid Acceleration of Diagnostics(RADx) programと名付けられたこのプロジェクトは下記の4つのInitiativeに分かれています(https://www.nih.gov/…/medical-research-i…/radx/radx-programs)。
①RADx-Tech:医療現場での簡易検査や在宅検査の開発、検証、商業化の加速検査法の改善をめざす(5億ドル)。
②RADx–Advanced Technology Platforms (RADx-ATP) :短期間で迅速なスケールアップや検査場所の拡大と性能アップをめざす(2億3000万ドル)。
②RADx-Radical (RADx-rad) :従来とは異なる新しい(radicalな)アプローチによる診断をめざす(2億ドル)。
③RADx–Underserved Populations (RADx-UP):罹患率と死亡率の格差に関連する要因の理解と感染率や死亡率の高い人々への対策をめざす(5億ドル)。
当然研究費をどのようなプロジェクトにどの程度配分するかという采配が重要になってきます。日本でこのようなプロジェクトを立ち上げると、有名な方々や偉い人のお友達にお金をばらまいて成果は?という結果になりそうですが、そのあたりはNIHですので、それこそマネーの虎に出てくるような鬼のように厳しい審査員の評価をくぐり抜ける必要があるのだと思います。是非良い成果が出てほしいものです。
Tromberg BJ et al., Rapid Scaling Up of Covid-19 Diagnostic Testing in the United States — The NIH RADx Initiative. N Eng J Med July 22, 2020 DOI: 10.1056/NEJMsr2022263

オルガノイド研究に対する期待

2020-07-22 17:20:56 | 発生・再生・老化・組織修復
オルガノイドの話が出だした頃は今一つ有用性が理解できなかったところもあるのですが、最近のこの分野の進歩は目を見張るものがあり、完全に動物モデルとヒト病態をつなぐ実験系というポジションを確立したように思います。自分が関心のある分野でいえば、京都大学の小川誠司先生および慶応大学の佐藤俊朗先生らが今年発表された患者細胞から作成したオルガノイドを用いた潰瘍性大腸炎の遺伝子変異同定に関する研究などは、オルガノイド研究の強みを発揮したすばらしい研究です(Nature. 2020 Jan;577(7789):254-259; Nature. 2020 Jan;577(7789):260-265)。整形外科分野においても京都大学の戸口田先生らは骨オルガノイドを用いて創薬スクリーニングを行っておられます。今後例えば脊髄オルガノイドを用いた脊髄損傷研究や脳のオルガノイドによる慢性疼痛分野の研究などが進めば、これらの分野に新たな光を当てるものになのでは・・などと妄想しております。
Kim, J., Koo, B. & Knoblich, J.A. Human organoids: model systems for human biology and medicine. Nat Rev Mol Cell Biol (2020). https://doi.org/10.1038/s41580-020-0259-3.

カテプシンK阻害薬Odanacatibは骨形成を阻害することなく骨吸収を抑制する

2020-07-19 18:45:58 | 骨代謝・骨粗鬆症
カテプシンKは破骨細胞に高発現するシステインプロテアーゼとして当時明海大学におられた久米川正好先生、手塚健一先生らによってはじめて同定されました(Tezuka et al., J Biol Chem. 1994 Jan 14;269(2):1106-9)。Odanacatib(ODN)はカテプシンK特異的な阻害作用を有する骨粗鬆症治療薬として開発が進み、大規模なphase III studyであるLong‐term Odanacatib Fracture Trial(LOFT; NCT00529373)において脆弱性骨折予防効果が示されましたが、脳梗塞の有害事象が有意に増加した(1·7% [136/8043] vs 1·3% [104/8028], HR 1·32, 1·02-1·70; p=0·034)ということで開発が断念されたという悲しい経緯があります(McClung et al., Lancet Diabetes Endocrinol. 2019 Dec;7(12):899-911)。これは本当に残念なことで、ODNが市場に出ていれば、少なくとも日本ではNo.1骨粗鬆症治療薬になっていたのは疑いないと思います。最新号のJBMRにLOFT試験に参加した患者の骨生検標本の詳細な解析についての論文が掲載されました。 全部で386例(baseline: ODN n = 17, placebo n = 23, month 24: ODN n = 112, placebo n = 104, month 36: ODN n = 42, placebo n = 41, month 60: ODN n = 27, placebo n = 20)という膨大な数の生検標本を解析した結果、ODNは骨吸収抑制薬でありながら、骨形成を抑制せず、中でも外骨膜における骨モデリングは年とともに増加していくという極めて興味深い結果が確認されました。これは破骨細胞の分化には影響せず、活性化のみを抑制し、破骨細胞数はむしろ増加するというODNの特徴的な作用によるものと考えられます。
Fig. 2の活性を失った破骨細胞が骨表面にならぶ組織写真とか、Fig. 4のきれいなdouble labelの蛍光写真とか、本当にゾクゾクものですよ。このような結果を見るにつけ、どこかの会社が頑張って日本だけででも販売してくれないものか・・と切に望んでるのですが(検討してくれた会社は何社かあったのですが、いずれも断念という結論でした(´·ω·`)ショボーン)。。