高齢者における転倒は、死亡にもつながる重篤な事故です。アメリカでは毎年4人に1人の高齢者が転倒しており、20ー30%が中等~重篤なケガを負い、約3万人の死亡、300万件の救急外来受診、80万件の入院へと至っています。転倒予防を目指した介入も積極的に行われており、多方面からアプローチを行う多因子介入プログラムmultifactorial interventionsの有用性を示す報告も出ています。日本骨粗鬆症学会の骨粗鬆症マネージャーや日本転倒予防学会の転倒予防指導士も同様の発想です。アメリカでは2014年にStrategies to Reduce Injuries and Develop Confidence in Elders(STRIDE)という患者中心の介入(patient-centered intervention)の有効性検証が開始されました(Bhasin et al., J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2018; 73: 1053-61)。今回の論文はその中でクラスターランダム化比較試験によってmultifactorial interventionsの転倒に伴う外傷予防に対する有用性を検討したものです。
(結果)対象となったのは70歳以上の転倒リスクが高い成人(ホスピスや介護施設入所者は除外されています)で、10のhealth care systemsの86プライマリーケア医療機関に対して介入群(intervention practices)とコントロール群(enhanced usual care)にランダムに割り付けが行われました。患者の年齢や併存症、既存骨折、転倒歴などの背景は2群でそろっていました。
介入は主として転倒予防ナース(nurse Fall Care Managers, FCM)によって行われ、①転倒リスク因子の同定②リスク因子に対する標準的治療の同定③患者へのリスクと介入の説明④FCMおよび患者共同で転倒予防プランを作成し、プライマリーケア医に提示⑤個々人の転倒リスクに対する医療供給者や自治体への対応要請⑥介入のモニタリング及び見直し、という極めて徹底したものです。
2015年3月11日からスタートし、5,451人が対象となり、介入群の86.5%、コントロール群の88.5%がプログラムを完遂しました。初回の重篤な転倒外傷について、介入群とコントロール群で有意な差は見られませんでした(4.9 events/100人・年 vs 5.3 events/100人・年; hazard ratio, 0.92; 95% confidence interval [CI], 0.80 to 1.06; P = 0.25)。診療単位ごとの解析や、参加者の共変量を調整した感度解析でも同様でした。患者が報告した初回転倒事象については、介入群25.6 events/100人・年 vs コントロール群28.6 events/100人・年(P=0.004)とわずかですが有意差がありました。重篤な有害事象に両群で差はありませんでした。死亡率(8.4% vs 8.3%)や入院率(40.6% vs 41.8%)、骨折に関連した外傷率(11.0% vs 11.4%)、骨折率(6.9% vs 7.7%)にも差がありませんでした。
ということではっきり言いまして期待外れの結果だったわけですが(著者らも"unexpected"と記載しています)、その理由として著者らは①以前の研究に比べて介入プランに対するアドヒアランスが悪かったかも②参加者に提供されたのが地域コミュニティの既存サービスのみであった③転倒予防の行動変容が十分モニターされていなかった④患者の希望によってプランを立てたので、有効性の高いリスクへの介入がなされなかったかも⑤患者や主治医によって選ばれた介入が有効性の低いものであったかも⑥介入群のうち14.2%が保険者の変更などの理由で介入を受けていなかった⑦転倒予防のためのケア改善だけでは十分ではなかったかも、などを挙げています。想定していた(14%)よりも重篤な転倒外傷率が低かった(5%)ことも関係している可能性があります。
ここからは私の意見ですが、これだけ徹底したプログラムできちんと検証された結果がネガティブだったという事実はこれまでのストラテジーに対する反省を促すものだと思います。転倒リスクが高い患者に対しては有用性の高い薬剤の投与や運動療法を徹底すること、バランス機能(脳機能)を高めるような新たな治療法を開発することなどが今後必要であると感じました。