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蓼科浪漫倶楽部

八ヶ岳の麓に広がる蓼科高原に、熱き思いあふれる浪漫知素人たちが集い、畑を耕し、自然と遊び、人生を謳歌する物語です。

ビッグ・フィッシュ  (bon)

2024-05-09 | スポーツ、芸能、映画

 暑かったり、肌寒かったり・・このところ雨模様の日が続いています。
BS1の録画していた映画を観ました。

 

  原題「Big Fish」は、2003年制作のアメリカ映画で、ファンタジー、冒険、
アドべンチャードラマです。Big fishというのは、「誰も知らないホラ話」という
意味合いだそうですが、原作は、アメリカのダニエル・ウオレス(1959~)のベス
トセラー『ビッグフィッシュ -父と息子のものがたり』で、これを独特のファン
タジー映像を取り入れた父と子のものがたりとして描かれていました。

         (filmarksより)

 事件物や、サスペンスではなく父と子のよくある話を、自分の生きてきた人生を
誰しもがそのように思いたい、誇張して他人にもわかり易く楽しませる内容に仕立て
て語る・・そんな父に子供の頃には興味を持つが、次第に成長するにしたがって、
そんな話に嫌気を覚えるのですが、そのうち、それが父の一途な生き方であった
のではないかと思えてくるのです。 

 父は、現在病の床に伏していて、その死期にも気づいていますが、その父の枕
もとで、それまで聞かされてきた物語が、一つひとつ語られるのです。 そして、
その物語が展開するうちに息子に見守られながら息を引き取るのです。
 父の葬式には、大勢の、そして物語に出てきた人々にも囲まれて見送られている
シーンで終わります。


 人は、とくに若い頃、いろいろな好奇心に満ち、いたずら好きで怖いもの見たさ
も手伝いながら、恐ろしいことにも勇敢に立ち向かい、そして戦い、決して悪の
道には踏み込まず、素晴らしい女性にも出会い、時には、花園に囲まれた英雄の
ように多くの人々にも知られている・・そんな自分の夢見る人生を描き切った思い
が描かれているのだと感じました。

        落雷で焼失した住宅セット(アラバマ州)
        (映画.COMより)

 一つひとつのものがたりは、誇張された嘘に飾られてはいますが、それは自分が
歩み直面した事実を、自らの憧れで思い描く形で表現されているのかもしれません
ね。

 物語の部分の映像は、とんでもないつじつまの合わない(と思える)シーンや
まるで夢の中にいるような情景が矢継ぎ早に通り過ぎるのです。そんなバカげた
シーンの数々が流れていますが、それらは、あるいは深層で思い描いている夢を
誇張して具現化(映像化)されているのかもしれないと思え、見終わった後には
何となくほんのりとしたメルヘンチックな感覚に誘われているように思いました。
 それなりにほのぼのとした映画でした。


 劇場公開翌年の2004年に第76回アカデミー賞作曲賞にノミネートされ、第61回
ゴールデングローブ賞最優秀作品賞他にもノミネートされていました。 また、
ミュージカルとして、2013年にシカゴで初演され、2017年以降に再々日本公演が
されていたようです。

 さらに、今年(2024年)5月30日~6月16日には、宝塚歌劇星組公演が東急シア
ターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)で予定されていました。

         宝塚歌劇星組ミュージカル
         (東急シアターオーブより)

 

 

 

【コロンビア・ピクチャーズ100周年!】映画『ビッグ・フィッシュ』2003年公開 父と息子の絆を描く。ティム・バートンが贈る心あたたまるファンタジー! #TBT

 

 

 

 

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ナバロンの要塞  (bon)

2024-04-17 | スポーツ、芸能、映画

 昨日(4/16)も外は良いお天気で、日中は風邪が強かったですが少し暑いくらい
になってきました。 BS1で録画していました映画を観ました。
  この映画はもう何度も見たことがあり、ストーリーなどは分かっているのですが、
画面展開やスリルというか何度見てもいいですね。  港に出かけると、そこには
船があり、忙しく車が行き交っていたり、釣り人がいたり・・ それは行く前から
わかっていることですが、実際に現場に行ってみると、それまでは気が付かなかった
ことなど、新しい発見があったりして、楽しいのと同じような感じかもしれません。

         (ネット画像より)

 ひょっとして拙ブログに、感想などを記事アップしていないだろうか?と繰って
みましたら、なんと、2013.7.4「ナバロンの要塞」にアップしていました。 もう
10年以上前であったとは、如何に月日の経つのが早くなってきたか、改めて思い直
した次第です。初めての時は、映画館での封切でしたからこれはずいぶん昔になり
ます。
 

 前置きばかりでなかなか本題に入りませんが、この映画、1961年のイギリス・
アメリカの合作映画です。 私が学生の頃に初めて観たのですね。イギリスの冒険
小説家マクリーンが1957年に発表した同名の小説が原作で、彼の第二次世界大戦に
おける海軍の経験なども基になっているのでしょうが、これを企画し脚本を描いた
のが、あの「真昼の決闘」などを仕上げたアメリカのフォアマンでした。彼の苦難を
乗り越えた経験からどんな状況下でも信念を貫こうとした彼の不屈の精神が込められ
た作品ともいえるのでは‥ との評がありました。

                

 第二次大戦下の1943年、エーゲ海はドイツ軍の制圧下にあり、ケーロス島(架空の
島)のイギリス軍2000人の生命は全滅の危機にあった。イギリス軍救出のためには、
海路途中に睨みをきかせるナバロン島(架空)の断崖の洞窟に据えられたドイツ軍の
2門の巨大大砲を何とか破壊する必要があった。 唯一の可能性は、ナバロン島の
南部の400フィート(約120m)の絶壁は見張りも手薄で、これをよじ登り潜入する
ことだと提案されるのです。

        ナバロンの要塞  
           (ネット画像より)


 作戦を実行するために、世界的な登山家(グレゴリー・ペック)、爆薬の専門家
(デヴィッド・ニーヴン)、それにギリシャ人役のアンソニー・クイーンやアンソ
ニー・クェイル、さらにスタンリー・ベイカー、リチャード・ハリスら名優の名演技
がリアリティーと迫力を盛り上げているのです。

 作戦開始から、ナバロン島を目指す船は大嵐にあうなど危機また危機の連続で、
ハラハラドキドキですが、どんな絶望的な状況下でも任務を遂行しようとする決意、
そこには非情ともいえる局面もありますが、人間的なつながりも見せながら、成功率
の高くない作戦に果敢に取り組んで行くのです。

 しかし、ギリギリのところで、この難攻不落の要塞「The Guns of Navarone」の
爆破に成功するのです。

                

 何度見てもそのスリルと戦争の中の人間模様というか, 厳しい中にも暖かい人間
関係を改めて見ました。

                

 映画の音楽は、有名なデミトリー・ティオムキンになるもので、こちらも久しぶり
に懐かしく感じられました。 真昼の決闘、OK牧場の決闘、ローハイドなどの西部劇、
ジャイアンツ、老人と海などたくさんの映画音楽を作り出しているのですね。

 

 

ナヴァロンの要塞 (1961)  ミッチ・ミラー合唱団

 

 

 

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シャレード  (bon)

2024-02-27 | スポーツ、芸能、映画

 録画していた映画を観ました。(ダイハツのシャレードではありません。)

 ロシアがウクライナに侵略を始めて2年という長い日が過ぎ、先の見え
ない息が詰まりそうな日々が続き、一方では、アメリカ共和党候補選では
ヘイリーの地元、サウスカロライナ州でもトランプが勝利したとの報に、
一層陰鬱な流れに押し流されている日常を過ごしながら、一方で、娯楽
映画に時間を割いている矛盾を感じながらの観賞でした。

 先のスノーデンなどの事実に基づく危機映画ではなく、全くのフィク
ション、ロマンティック・サスペンス映画です。

 『シャレード』(Charade)は、1963年のアメリカ映画で、主演ケーリー・
グラント、オードリー・ヘプバーン、監督はスタンリー・ドーネンです。
日本でも大ヒットしました。
 シャレードとは、フランス語で、謎解き、言葉当て遊び、ジェスチャー
(遊び)、謎言葉などの意味があり、この映画では「謎解きゲーム」の
意味だそうです。

        (ネット画像より)

 映画は、特急列車から一人の男が殺されて外に放り投げられるシーン
から始まります。いわゆる「張り手型」の導入手法で、観客を一気に引き
付けて、画面が変わると、今度は雄大なスキー場を見晴らすテラスに、
富豪の夫と離婚を決意し、大きなサングラスをかけたレジーナ(オード
リー・ヘプバーン)が、テーブルに座りながらお茶しているシーンに変わ
ります。

 レジーナが豪華な自宅に帰ると、家財はすべて処分されてなくなって
いて警察官が一人訪ねてきていた。レジーナは、警官から列車から放り
出された男が自分の夫だと告げられ、夫は家財一式を競売にかけ25万ドル
をもってパリを離れる列車に乗ったともいわれ、遺品を受け取りに出頭
するよう言われます。
 レジーナは、警察署に出向き、くだんの警部から遺品(小さなバッグに
入った手帳、櫛、万年筆、レジーナに宛てた未投函の手紙、偽名のパス
ポート4通)を受けとり、途方に暮れて自宅に帰ってきたところに、スキー
場で知り合ったピーター(ケリー・グラント)が現れ「夫の事件は新聞で
知った。何か協力できることはないか」と申し出る。

 レジーナは、パリのアメリカ大使館から呼び出しを受け、彼女の夫は、
かって第二次大戦中対ドイツ戦に従事していて、仲間3人と共に25万ドル
相当の金塊を輸送する任務にあったところ、4人はこの金塊が盗まれたこと
にして密かに埋め、後に4人で山分けするということにしていたが、その後、
ドイツ軍の攻撃を受け4人は散り散りになってしまう中、彼女の夫が独り
金塊を掘り返し、持ち去ったのだと知らされるのです。

 そんな設定で始まったこの映画は、25万ドルを巡る人間の本性を疑い
始める展開へと進むのです。4人組の生き残りの3人は、当初、夫人である
レジーナが25万ドルの行方をしっているのではないかと詰め寄ってくるが、
そうでないとしたら3人のうちだれがそのありかを知っているか、お互いが
疑心暗鬼になり、さらにレジーナをかばうピーター(3人と旧知)も怪しい
と睨まれ、25万ドルを追って物語が進んで行くのです。

       (ネット画像より)

 夫が残した遺品を何度も調べ、どこかに鍵があるのではないか? と
並行して男4人の行動が疑われるなどサスペンスドラマの展開が続き、4人
のうち次々と謎の死体で発見されて行く流れのなか、大きなヒントから
そのありかを発見する・・そんなドラマでした。

 映像の展開や、流れはヒッチコックのそれを思わせる場面があり、一度
見たような気がしますが、雨が続いた寒い日に楽しく見終わりました。

 この映画でのヘプバーンは、あまり茶目っ気がなかったようでした。

 

 

 

Charade | Soundtrack Suite (Henry Mancini)

 

 

 

 

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「東京物語」  (bon)

2024-01-06 | スポーツ、芸能、映画

 映画を観ました。

 昨年暮れに録画していたNHKBSの小津安二郎監督の「東京物語」「秋刀魚の味」
「お早よう」の3本立てです。あの「寅さん」映画の御前様役の笠智衆が、この3本
とも出演していて、とても味があり、その他の俳優も懐かしい人ばかりが出ている、
ちょっと昔に戻ったような気がしました。「お早よう」は初めて観ましたが、その他
は過去にも観ていてなおじっくりと鑑賞出来ました。

 

 東京物語  1953年(昭和28年)に公開されたモノクロの映画です。 笠智衆、
原節子が主演で、原節子は「紀子」の名前で出ていますが、この映画より先の「晩春」
「麦秋」にも紀子の名前で出ていて、「紀子三部作」と呼ぶことがあるそうです。 
 ここでは、息子次男の嫁の役ですが、次男はすでに亡くなって8年になる一人暮らし
の心優しい嫁を演じています。
 尾道から上京した年老いた両親(笠智衆、東山千恵子)が、長男(山村聰)の家族
や長女(杉村春子)の家にも世話になるが、どことも生活が忙しくゆとりがないよう
で、言葉では優しくしてくれているがどこか冷たい感じが否めないけれども、皆精
一杯やってくれているとの感謝を抱きつつ、悲哀に似た一抹の寂しさを抱く。
 それに比べて次男の嫁は一人暮らしながら精一杯よくしてくれ、むしろ血のつな
がりよりも、元々他人だった人の方が親身にこたえる・・そんな姿を通して、家族の
絆、親と子、老いと死など人間の一生をしみじみと、しかし鋭く描かれていました。

 2012年に英国映画協会が発表した史上最高の映画ベストテンで第1位、昨年(2023年)
でも同率第4位を記録しているという。

 他に、中村伸朗、東野英次郎、香川京子、大坂志郎など懐かしい顔ぶれがいました。

         (gooブログより)

 

秋刀魚の味 1962年(昭和37年)の映画です。こちらはカラーでした。この映画の
公開翌年に死去した小津監督の遺作だそうです。
 ちなみに英題は An Autumn Afternoonだそうです。

 妻に先立たれた初老の父親(笠智衆)が男手一人で育てた娘(岩下志麻)を嫁に
出す父親の気持ち、嫁に行く娘の心境をこまやかに描き出す・・小津作品の要素を
多分に含んだ作品とあります。

 長男夫婦(佐田啓二、岡田茉莉子)は共稼ぎながら団地に暮らし、初老の父は、
娘(岩下志麻)と次男(三上真一郎)と平和に暮らし、時折中学時代からの友人
(中村伸朗ら)と仲良く酒を汲み交わしたり、今は落ちぶれている恩師(東野英次郎)
を交えた酒席を持つ、さらには軍隊時代の部下(加藤大介)とも飲んだりなど充実
した日々を送っています。

 そんなある時、恩師の老先生が酔いながら、娘(杉村春子)の話に移り、母親を
早くに亡くしたことから、便利に使って婚期をなくし独身のまま、今は中華そば屋を
手伝っている状況を後悔していると吐露したことから、自分も婚期を迎えている娘が
いることに気が付き何とかしたいといろいろと行動に移すのです。

 友人たちの協力もあって、無事に娘は結婚しますが、残った父親の老いと孤独が
切々と滲み出てくるのでした。ほのぼのとした明るい話題の展開の中に、父の心境の
変化が描かれていたのでしょう。

 この時代、一般人にもゴルフが浸透しだしていた頃で、映画の中でも、長男がマグ
レガーのゴルフクラブを先輩から月賦で譲り受ける話なども取り入れられていました。

 普通の庶民が、程よく焼けた秋刀魚を口にし、そのおいしさに満足しながらフト
自分だけでないもう一つのことに思いが行くそんな秋の物語なんでしょうか?

 良い味の映画でした。

         (松竹パンフより)

 

 お早よう  1959年(昭和34年)の監督第50作の映画で、小津監督最初のカラー
映画だそうです。これまでの作品とは、一味違った軽妙な、そしてこの時代の庶民
生活の状況をコメディタッチで描かれていました。

 多摩川沿いのよく似た一戸建てが並ぶ新興住宅地を舞台に元気な子供たちにふり
まわされる大人たちと近隣との付き合いの煩わしさなどが細かく描かれていたよう
です。この界隈で一軒だけテレビを持っている家に男の子たちは大相撲中継に夢中で
上がり込んで見させてもらっているが、この家の夫婦は派手好きで近所の評判は良く
なく、子どもたちが上がり込むのを嫌がっているが家にはテレビがなく子供たちに
せがまれている。

  この一角の組長宅夫婦(田中春雄、杉村春子)の隣にガス会社に勤めるサラリー
マン(竹田浩一)、その向かいに住む5人家族(笠智衆、妻三宅邦子それに二人の息子、
と妻の妹久我美子)の子供たちが面白く主題を演じていました。少し離れたところに
翻訳の仕事をしている男(佐田啓二)とその姉(沢村貞子)は自動車のセールスウー
マンが住み、佐田啓二と久我美子がお互いに惹かれ合っている風でしたが  それ
以上の展開はなく、これらの近隣の日常生活がもう一つの主題でもありました。

 さらに、テレビ受像機を月賦で購入したり、鉛筆などの押し売り(殿山泰司)が
あったりと時代の特徴が随所に取り入れられ、当時の地域での付き合い方、悩みなど
都市部の発展が始まる状況がつぶさに描かれていたようでした。

 小津監督の映画では、ちょっと変わった視点で捉えられていたようでした。

         (松竹パンフより)

 

  これらの映画(特に東京物語)を通して、笠智衆にしろ、東山千恵子にしろかなり
の年配に(見ている時は自分よりも年上のように)感じていましたが、妻が息を引き
取るときの年齢が68歳の設定であることがわかり、自分が捉えていた年齢と画面上の
年齢があまりにも違う(画面の年齢が若い)のに驚きました。当時の68歳はこんな
感じだったのかと改めて思いなおしながら、彼等よりはるかに年老いている現在の
自分が浮き彫りにされたような気がしました。
 もう、孤独と死のすぐ近くまで来ていると・・。

 

 

 

『東京物語 ニューデジタルリマスター』予告編

 

 

 

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かもめ食堂  (bon)

2023-12-10 | スポーツ、芸能、映画

 映画を観ました。
 2006年公開の日本映画『かもめ食堂』です。 群ようこの小説をもとに、全編
北欧フィンランド、ヘルシンキを舞台に製作された、穏やかでゆったりとした人々
の交流を広げて行く様子を描いた作品でした。

 『かもめ食堂』は、フィンランド語でRuokala Lokki (ruokala=食堂、lokki=
かもめ)というそうですが、“ルオカラ”とは、“レストラン”より気安い“ラ
ヴィントラ”、それよりもっと身近で小さい“食堂”のことだそうです。

          (Movie Walker より)

 ある夏の日、一人の日本人女性がヘルシンキに小さな日本食の食堂を開店した
ことから物語が始まります。彼女(サチエ)を演じるのが小林聡美で、現地の女性
から見ると小柄で童顔なので、一見子どもにみられ“子ども食堂”とか“小さい人
のおかしな食堂”と敬遠されお客は全く来ないのでした。

 そんなある日、日本かぶれの現地の青年が入って来て、アニソン「ガッチャマン
の歌詞」を教えて欲しいと頼まれたのがきっかけとなり、書店で見かけた背の高い
日本女性(片桐はいり)に声をかけたことが縁となり、親しくなってこの店で働く
ことになるのです。

          (ウイキペディアより)


 ある時、シナモンロールを焼いていて、その良い香りに引き込まれて何人かの
客が来るようになり、次第に店の味が評判となり繁盛するようになりました。それ
からいろんな人々と交流が広がって行くという、華奢な日本女性が我慢強く頑張る
姿が、しかし、その姿はやさしく、相手を包むようなさわやかで余裕を感じさせる
ものでした。優しい芯の強い女性が描かれていました。 おにぎりもおいしそう
でした。

         (ネット画像より)

 事件性のない、穏やかな人々の交流の中から人生を思い描き未来に向かってさわ
やかに生きて行く姿がスローライフに展開されていたようでした。

                     

 フィンランドで思い出しましたが、国連の『世界幸福度ランキング』で、6年連続
トップを占めているのがフィンランドで、拙ブログにも「世界幸福度ランキング」
(2023.7.11)で取り上げていました。早稲田大学にも留学していた、フィンラン
ド人のラウラ・コビロウさん(女性34歳)の講演録が会報に掲載されていたから
ですが、素晴らしい国のようですね。高額なはずの税金も殆どの人が納めたいと
いうのですね。
 フィンランドは、サンタクロース、ムーミンで有名ですね。オーロラ、サウナ
もそうですが、浪漫の漂う感じですね。しかしそんなフィンランドも今年4月に
NATOに加盟しましたね。

              

 お話変わりますが、少し前に韓国ドラマといっても、バラエティ番組として1時間物
21回連続の『ユン食堂2』を楽しく見た記憶があります。韓国のベテラン俳優4人
(ユン・ヨジョン、ィ・ソジン、パク・ソジュン、チョン・ユミ)が、スペインの
テレリフェ島、ガラチコという小さな村に韓国料理の小いさな食堂で、食材の仕入れ
から、仕込み、調理、配膳まですべて俳優がやってのける構成でした。
 1か月間限定の食堂でしたが、次第に現地のお客の好評を受け大繁盛するのです。
ドラマのようなシナリオもなければ、ただ、お客と俳優たちの調理からお客応対
など店員として働く自然で真剣な姿が印象的でした。 ビビンバやチャプチェを
はじめ、デザートにホットクまですべて対応していましたね。

 

 

 

映画 『かもめ食堂』 予告編

 

 

 

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キネマの神様  (bon)

2023-11-20 | スポーツ、芸能、映画

 松竹映画100周年を記念した 山田洋次監督の映画「キネマの神様」を観ました。

 この映画、ご難続きであったそうです。2020年12月公開の予定でスタートした
ものの主役の志村けんが新型コロナに感染し出演辞退となりそのまま帰らぬ人と
なってしまったのです。新型コロナは急速に拡大し政府は緊急事態宣言を発出して、
撮影などは中止せざるを得なかったのです。

 そんな中、志村けんの代役を、元事務所が同じであり仲良しであった沢田研二が
勤め、予定がかなり遅れて2021.8.6に公開されたのでした。

 映画の始まりは、テレビ映像に19年のラグビーW杯の映像が流れ、終りの方では、
新型コロナのマスク姿が写り、映画館では、三密を避けるべく座席を飛び飛びに
するなど、生々しい映像もありました。

        (映画.comより)

 作品は、2008年に刊行された、原田マハの同名の長編小説を基に、山田洋次監督
が脚色し映画化されたもので、映画の撮影現場や、脚本、監督など映画人を虜に
した題材の流れに、一人の男の人生と彼を取り巻く人々との愛や友情、家族の物語
が山田監督独特のタッチで進められていたようでした。

 

『映画監督を目指し、助監督として撮影現場で働く若き日のゴウ(菅田将暉、俳優・
歌手、箕面出身)は、撮影所近くの食堂の娘・淑子(永野芽郁、西東京市出身)や
仲間の映写技師テラシンとともに夢を語らい、青春の日々を駆け抜けていた。しか
し、初監督作「キネマの神様」の撮影初日に転落事故で大きなケガを負い、作品は
幻となってしまう。大きな挫折を味わったゴウは夢を追うことを諦めて、映画界
から離れてしまうのです。 後に、お酒と競馬に明け暮れ借金に責められる日々を
おくり家族を悲しませる毎日でした。』

        (エンタメOVOより)

  撮影技師だったテラシンは、自身の夢であった映画館を開いていて、年老いた
ゴウ(沢田研二)は、昔馴染みとして出入りしていた。 そんなあるとき、50
年も
昔に描いた脚本「キネマの神様」を孫が読み、ひどく感心し、映画雑誌の脚本募集
に応募し、見事脚本賞に輝くのでした。ゴウは昔の夢をこの年で始めて手にし、
家族に感謝しハッピーエンドを迎えますが、ゴウはテラシンの営む映画館の客席で
昔関わっていた映画を観終わると、その場で息を引き取っていたのです。

 

  以前、やはり山田監督の作品「キネマの天地」を観ましたが、こちらの俳優連中
は、まさしく「寅さん」と同じ役者オンパレードで、松竹映画の草分けを描いた
映画でした。

  山田監督としては、映画製作を対象とした映画ですからそれはお手の物だと思い
ますが、それに素人を引き込む努力を惜しみなく発揮しながら、そこに人生模様
をちりばめるお馴染みの手法が生き生きと芽生えているのですね。

  新型コロナの話題などが出てきて、一層身近に感じながら何だか変な感じもあり
ましたね。 映画は良かったです。

      ふたりのゴウ(現在と50年前) 
       (映画.comより)

 

 

 

『キネマの神様』特別映像~完成までの物語~

 

 

 

 

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「裏窓」  (bon)

2023-10-17 | スポーツ、芸能、映画

 映画を観ました。 NHKのBS映画劇場で放送されていた録画「裏窓」です。

 1954年のアメリカ映画で、アルフレッド・ヒッチコック監督、主演は、ジェームズ・
スチュアート、グレース・ケリーらのサスペンスものです。

 超有名な映画ですから、すでにご覧になられた方は多いと思いますが、もう70年
近く前の映画なんですね。この頃のヒッチコック作品で、グレース・ケリーが出演
している映画、「ダイヤルMを回せ!」(1954年)や「泥棒成金」(1955年)を数年
前に観ましたが、ヒッチコックだけあってどれもスリルとサスペンスに満ちた映画
ですね。

               (ネット画像より)

 で、この「裏窓」(Rear Window)は、ニューヨーク、マンハッタンのとあるア
パートがその舞台で、カメラマン(ジェームズ・スチュアート)が撮影中の事故で
足を骨折し、左足全体をギプス姿で、車いす生活を強いられています。 もう何
週間も部屋から一歩も出られず暇を持て余したカメラマンは、中庭の向こうのア
パートの住人の生活を覗き見る楽しみを覚えるのです。 彼を訪ねてくるのは、
彼の恋人(グレース・ケリー)と世話係の看護師くらいで、もっぱら会話の場面
が続き、画面は窓から見えるアパートの様々な人々の生活だけという、舞台劇の
ような設定なんですね。

 彼は覗き見に次第に興味を持ち始めている時、夫婦喧嘩ばかりしていた妻が忽然
と姿を消すのです。双眼鏡やカメラの望遠レンズで不審な様子を追いかけるよう
になるのです。

 彼の目線とスクリーン画面が一体となり、おまけに動作は見えるけれども中庭
の向こう側の窓ですから音が小さく聞こえる程度で言葉は聞こえない。彼の想像
がドンドンと膨らんで行くのでした。映画の視聴者は、彼と同じ状況に置かれて
いて、彼の目の動きや仕草でその状況を共有して行くのです。

          (ネット画像より)

 どうも殺人が起きたらしいと分かるのですが、その相手にこちらで覗いている
ことがバレて、逆に彼の部屋に侵入してくるシーンにはドキドキさせられるのです。
身動きが取れない車いすの彼に、じわじわと男は迫ってくるのです。 このあたり
はヒッチコックのお家芸の演出で、この映画のクライマックスでしょう。

 また、恋人役のグレース・ケリーは、シーンごとに素晴らしい衣装を着用して
その美貌を披露していました。ヒッチコックは彼女を評して "Grace Kelly is a
snow covered volcano"(雪に覆われた活火山)と述べた有名な逸話があるとあり
ました。

 話は脱線しますが、グレース・ケリーは、1929年生まれで裕福な家庭の3人姉妹
の真ん中でおとなしい性格であったようですが、20歳で女優となり、急速に上昇し
25歳『喝采』でアカデミー賞主演女優賞を受賞しており、翌年、モナコ公妃となり
ます。大きな話題になっていましたね。3人の子に恵まれますが、52歳の時に自ら
運転する車の交通事故で他界してしまうのです。 

 そういえば、まだ22~3歳の頃、渋味のある中年男の孤独と苦悩を演じるゲーリー・
クーパーと共演した、あの「真昼の決闘」にも妻役で出ていましたね。

          (ネット画像より)

 「裏窓」は、全編スタジオセット撮影という限られた空間でこれほどまでの緊迫
感や恐怖感を生み出しているのはさすがとしか言いようがありませんが、映画評
にはさらに次のような解釈がありました。
『彼(カメラマン)が裏窓を通して人生を知るという大きなテーマにある。妻の
浮気を疑い、ついには殺害してしまうセールスマンの夫はもちろんのこと、男たち
を手玉にとるように見えて、実は純情だったことが最後に分かる踊り子、失恋の
末に自殺しようとして、隣家の窓から流れてきた美しいピアノ曲に救われる孤独
なオールド・ミス。いつまでも冒険を追い求め、自分の人生を築くことから逃げ
ている彼にとって人生とは何か、自分にとって大切な人は誰かを教えるライフレッ
スンになっている。そして、人間の真の姿を知るには、表側からではなく、裏窓
から見るに限る、と。』

 かなり深いですね。

 

 

 

Caught Snooping - Rear Window (7/10) Movie CLIP (1954) HD

 

 

 

 

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Shall We Dance?  (bon)

2023-09-05 | スポーツ、芸能、映画

 今週は、ずっと雨予報でしたが、日曜日(9/3)は、これまでと同じような猛暑で
がっかりしていたところ、昨日は朝起きた時には細かな雨が降っていました。 
ようやく雨が降ってくれたと思ったら、午前中早い時刻にはもう、かぁ~っと日が
差して、期待外れに終わりました。 今日も又、お天気です。35℃こえか? 
一度、ザ~ッと来てほしいところです。

 昨日(9/4)は、BS3の映画『Shall We Dance?』を観ました。
2004年制作公開のアメリカのロマンティックコメディです。ピーター・チェルソム
が監督を務め、リチャード・ギア、ジェニファー・ロペス、スーザン・サランドン
らが出演しています。  軽いコメディですから、そのまま見ていると、どこか、
かって日本映画で観た『Shall We ダンス?』と似ていると感じながらどんどんと
進んで行きました。

        (ネット画像より)

 観ていると、主役の真面目そうな紳士は、役所広司に似ているし、ダンス教室の
講師役は、かなりのプロポーションですが、草刈民代のような雰囲気だし、競技会
に出るパートナー役も、渡辺えり(子)似の感じが出ていたり、後半で、竹中直人
が演じていたカツラがズレたりするシーンもあり、ほとんど日本の映画と同じじゃん! 


 そんなことを思いながら、映画が終わって、ネットを見ましたら・・1996年に
公開された周防正行監督の映画のリメイク版だと分かりました。 それにしても、
かなり忠実に再現されていて、配役のイメージまで似ていて これはこれで面白かっ
たです。

         (ネット画像より)

 日本の『Shall We ダンス?』は公開された頃に見ましたが、大ヒットということ
ですから、多くの方々がご覧になっていると思います。 両映画の役名と俳優を
対比させてみました。

     両映画の役名と俳優(上段がハリウッド版)
   

 真面目な会社勤めが電車の窓からダンス教室の華やかな灯りと、そこに映るダ
ンサーに心を寄せ、会社も家にも内緒でダンス教室に通う。 心をひかれた女性は、
ダンス講師で、実際教室での相手役は別人だった。 ある時ダンス教室の講師と
話す機会があり、食事に誘うが、講師からそのような下心で教室には来ないでほ
しい、ときつく諭されるが、その時はすでにダンスの楽しさを覚えると同時に、
ここでやめてしまえば、講師の言ったとおりになることからそのまま続けていた。
帰宅が遅いことに不信を抱き密かに調べるが、ダンス教室に通っていることが分
かる。

 ダンス競技会に出場するため、パートナーと猛烈な練習を重ね競技会でもいい
線を行くが、パートナーのドレスのスカートが落ち失格となる。 競技会には、
妻と娘が観戦に来て素晴らしいダンスを踊る父親に感動する。

 

 随分前に観た映画なのに、シーンなども覚えていたり、ハリウッド版に導かれ
ながら面白く拝見しました。 俳優のイメージまで合わせるとは!

        竹中直人の演技(オリジナル版)
         (ネット画像より)

 学生時代と就職後少しばかり、社交ダンスといっていた頃にダンス教室に通って
いたことがあります。就職で東京に来て、今は無き新宿コマの地下にダンスホール
があって、早い時間帯だと、プロのダンサーがいて、1ステージ(ワルツからワルツ
迄だいたい20分くらい)300円だったように記憶しています。
 そういえば、コマ劇場を正面に見て、左手のビルの2階にオデオンという名のダン
ス教室がありました。当時は、はやっていたというか、ダンス好きが多かったよう
ですね。
  懐かしい昔を想い出しました。

 

 

 

Shall We Dance (10/12) Movie CLIP - The Waltz (2004) HD

 

 

 

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「エビータ」  (bon)

2023-08-14 | スポーツ、芸能、映画

 1996年のアメリカ映画です。 観られた方も多いかと思いますが、私は初めてで
した。

 先ごろBS3で放送されていたものです。1978年初演の大ヒットしたミュージカル
『エビータ』をマドンナとアントニオ・バンデラスの主演で映画化されたものです。
 強く逞しい女性の象徴として「エビータ」の愛称で慕われた実在の女性、エバ・
ペロンが描かれたもので、恵まれない境遇に生まれながらもモデルや女優を経て、
アルゼンチン大統領夫人にまで昇り詰めた彼女の33年にわたる短くも激しい劇的な
生涯が綴られています。

           (ネット画像より)

 アルゼンチンの田舎町で私生児として生まれ、父親の葬儀にも参列を許されなかっ
た不遇の幼少期のエバは一転、15歳の時、流しのタンゴ歌手に無理やりくっついて
ブエノスアイレスに上京して女優を目指しますが芽が出ず、酔客相手のタンゴダン
サーとして生活しながらオーディションを受けるも落ち続けるうちカメラマンの愛人
となり、水着グラビアなどで売り出し、次にはプロデューサー、そして石鹸会社社長
と次々と男を変えながらのし上がって、ついに1944年に軍人ホワン・ペロンと出会う
のです。

         エバ・ペロン
         (ウイキペディアより)

 ペロンは、労働組合から絶大な支持を得、愛人関係のエバと共に権力を目指して
活動を始めます。二人は結婚後、エバはラジオ番組や演説を通じて、ペロンを応援し
広く民衆の支持を得るようになるのです。 46年にペロンはとうとう大統領となり、
エバは26歳にしてアルゼンチンのファースト・レディとなるのです。夫婦共々民衆
から絶大な支援を受け、南米におけるポピュリズムの元祖的な存在となります。

 聖俗両面を持つエバ役をマドンナが熱演しますが、アルゼンチン本国ではマドンナ
の主演に賛否両論あるとありました。

        笑顔のペロン夫妻
         (ウイキペディアより)

 エバの人気は「聖母エビータ」として慕われ、すごく盛り上がり、バルコニーに
立ってエバが演説をするシーンでも膨大な数のエキストラが動員されたとありました。

 強い意志により夢を実現してきたエバも、病には勝てず民衆とペロンの愛を乞い
ながら(You must love me)、1952年 33歳の若さで亡くなるのです。ブエノスアイ
レスで行われた葬儀には数十万の市民が参列するのです。

 

 この映画は、97年のゴールデン・グローブ賞では作品賞、主演女優賞、主題歌賞を
受賞しており、アカデミー賞ではアカデミー歌曲賞を受賞しています。

 2018年には、東急シアターオーブで、ミュージカル「エビータ」がオリジナル演出
版で上演されています。

 実話なんですね。

        東急シアターオーブでのミュージカル
        

 

 

 

Madonna - Don't Cry For Me Argentina (Official Video)

 

 

 

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折れた槍  (bon)

2023-07-27 | スポーツ、芸能、映画

 さきごろBS3で放送された、1954年に公開されたアメリカ映画です。

 1880年代のアメリカ南西部の大農場を営む、家族内の問題、銅精錬所の廃液が
川に流れる環境問題、さらにこの家族の後妻がインディアンの娘で一人息子をもう
けていることなど人種問題などが描かれた映画で、この原案を描いたフィリップ・
ヨーダンは、第27回アカデミー賞の原案賞を受賞しています。また監督のエドワー
ド・ドミトリクは、第12回ゴールデングローブ賞国際賞を受賞しています。

        (ネット画像より)

 大農場主の役は、あの「老人と海」で知るスペンサー・トレイシーで、厳格な
少々手荒い父親を演じています。 亡くなった先妻との間に3人の息子がいて、
長男役にはリチャード・ウイドマークが、息子を代表して父親に反発しているの
です。後妻には、インディアンの娘を迎え、その間に一人息子がいて、先妻の子
3人とはそりが合わないが父親には贔屓されていて、それがまた兄弟間のわだかま
りを増長しているんですね。

 ある時、牛泥棒が入ったとの知らせで、父親は長男、四男をお供にして牛泥棒を
捉えますが、なんと次男、三男の仕業で、父親のやり方に反発した行動だったの
です。 またある時には大量の牛が、川の水を飲んで死にますが、この原因が銅の
精錬所からの排水であったことから、精錬所と掛け合いますが埒が明かず、暴動
事件を起こし精錬所を壊してしまうのです。この当時のアメリカの産業は急激な
成長期にあるのですね。この暴動は当然裁判沙汰になり、農場主側が不利な立場
にあり、懇意にする知事に何とか取り持ってもらえないかと頼むシーンでは、四男
と知事の娘が懇意に付き合っているが、この結婚は許さないとの条件で、裁判の
口利きを引き受けたり、四男にはインディアンの血が入っていることに釘を刺し
ていたのでした。

        (ネット画像より)

 結局この四男が刑に服すということで決着がつきますが、長男はじめ3人の息子
はことごとく父親と対立し、自分たちの経営方針を貫く行動に出て、それをとが
めるために、既に弱っている身体を無理に馬上の人となり、息子たちを追いかける
のですが、その途中で馬上のまま死んでしまったのです。

 父親の葬儀には、四男は刑務所から一時外出が認められ、参列するのですが、
ここで、長男ら3人とは決別の意を表すインディアンの風習である槍を逆さにして、
長男の足元に突き刺し、敵対の意思を表すのです。

        (ネット画像より)

 刑を終えた四男は、その後反対されていた知事の娘と結婚し、二人で父親の墓に
参りに来た時、そこにはすでに母親(後妻)が供えておいた花束がおかれていて、
傍には槍がさしてありましたが、四男はその槍を折り、娘と二人して父親の農場
を守って行く・・そんなストーリーでした。

 発展途上にあるアメリカの種々の問題が描かれていました。先住民族との根深い
問題や都市化が進む時代の旧来の大牧場経営の歪みのような現象など、混とんと
した時代の一面を浮き彫りにしているようです。それに加えて、近代化する流れ
の中の若者たちと旧来の考えの親父とのずれなんかも描かれていたのでしょうね。

         (ネット画像より)

 荒野を馬で突っ走る姿は、西部劇のようでもありますが、街はすでに近代化の
走りの建物などが並ぶクッキリとした対象として描かれていました。ぶっきらぼう
で厳格な父親と優しい後妻、父親譲りの兄弟3人と腹違いの四男の性格の違いなど
娯楽的な要素は控えめであったようでした。

 

 

 

Broken Lance | #TBT Trailer | 20th Century FOX

 

 

 

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シェルブールの雨傘  (bon)

2023-06-23 | スポーツ、芸能、映画

 これまで何度も音楽は聴いていましたが、映画を観るのは始めてでした。
先ごろBS3で放送されたのを録画していました。

 1964年のフランス映画です。 ジャック・ドゥミ監督のこの映画は、音楽を
ミシェル・
ルグランが担当し、全編を音楽(歌う)のみでセリフが一切ないミュ
ージカル映画で、第17回カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した作品なんで
すね。そして、主題曲は世界中でヒットして、私なども音楽はよく聞いていま
した。

                 (cine tamarisより)

 原題は、Les Parapluies de Cherbourg (英題:The Umbrellas of Cherbourg)
で、フランスの北西部、ノルマンディ地区のイギリス海峡に面したコンタン半島
にある小さな港湾の町、シェルブールがその舞台で、その街の雨傘店の娘、主役
を演じるカトリーヌ・ドヌーブと近くの自動車整備工員との悲恋物語なんですね。

       ノルマンディ(白く囲んだところがシェルブール)
       (ウイキペディアより)

 ストーリーは、第1部旅立ち、第2部不在、第3部帰還、そしてエピローグに
分かれ、1957年から63年まで、アルジェリア戦争を挟んだ物語です。
 17歳の傘店の娘と愛し合う20歳の工員は結婚の約束をしますが、工員に兵役
の令状が届き旅立ち、娘は2年間の不在を苦悩のうちに過ごします。そこに裕福で
やさしい宝石商が現われ、娘の母親も気に入っているある時、宝石商から娘との
結婚の希望が告げられますがその時、娘のお腹の中に工員の子を宿していて躊躇
しますが、宝石商は、自分たちの子として育てようと結婚式を挙げます。

       (ネット画像より)

 その内、工員は兵役が終わって帰って来た時には、傘店は廃業してパリに移り
住んでいました。 工員は、一人悲嘆にくれますが、叔母さんを看病していた
やさしい女性と結婚し子供もでき、ガソリンスタンドを経営するのです。

 クリスマスの夜、パリからこの町に来ていた傘店の娘は、ガソリン補給のため
にこのガソリンスタンドに車を寄せるのです。 出てきた店主は、昔恋焦がれ
ながら分かれたあの工員だったのです。助手席の子は、あの時の工員との子供
だったのですが会うこともなく、娘から「今は幸せか」と聞く言葉にただ頷く
工員をそのままあとにして車は姿を消すところで終わります。ガソリンスタンド
には雪が降りしきりカメラはそのまま引いて行くのです。

       (ネット画像より)

 このようにストーリーは、よくあるパターンで、特にどうということもあり
ませんし、あのシェルブールの駅で別れたまま何年か後に偶然自身が経営する
ガソリンスタンドで再開するクライマックスの最後のシーンであるはずが、さ
らりと「今は幸せか」と一言聞くだけで別れてしまう・・なんだか惜しまれる
感じでもあります
が、しかしそれが、二人の今の幸せな生活を物語る、甘くほの
ぼのとした余韻として豊かなメロディーとともにフェードアウトして行くのです。

             

 ネットの評に、「何気ない普通のセリフが全て歌によって語られる。映画に
よるミュージカルの手法というものを根底から覆し、オペラの手法を導入した
革新的な表現である。 映画ではそのストーリーの部分に焦点を合わせるため
音楽は効果として使われるのが一般的だが、本作は全く逆であり、音楽ありき
ながらミュージカルの装飾的演出を排除した一般的な映画の表現である。」 
「やはり若き日のカトリーヌ・ドヌーブの存在感は圧倒的である。何より本作
に酔う人はミシェル・ルグランの音楽の魔法に掛けられていると言っても過言
ではない。」などが寄せられていました。
 イタリア映画のような心を揺さぶる激しい感情はありませんがメルヘンチック
な素晴らしい作品でした。

 

 

 

「シェルブールの雨傘 Les Parapluies de Cherbourg」~Soundtrack by Michel Legrand

 

【拾い物】追悼 ミシェル・ルグラン シェルブールの雨傘 壮大編曲ver (Michel Legrand - Les Parapluies de Cherbourg)

 

 

 

 

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黒部の太陽  (bon)

2021-03-09 | スポーツ、芸能、映画

 この3/1にBSで放送された映画(完全版)を録画して観ました。

 昭和43年(1968年)、日活から配給上映された、原作木本正次氏(毎日新聞元編
集委員)、企画・制作三船プロ(ダクション)、石原プロ(モーション)共同制作
の映画で、当時大ヒットし大きな話題となり、私も映画に感動した記憶があります。
 しかし、断片的な映像シーンなどが記憶の隅にあるだけで、ほとんどを忘れてし
まっていましたので今回改めて、黒部ダム建設の必要性そして建設工事に当たって
の難しさ、困難性など映像の奥にある当時の背景を思うとき、なお一層の感動を覚
えたのでした。

          黒部ダム
        (ウイキペディアより)

 当時。関西地域の電力需要に対する強い要望に応えるため、大規模発電所の建設
には黒部ダムの建設しかないとの決意で、関西電力(関電)の資本金の5倍もの大
規模工事が決断されたのでした。 1956年(昭和31年)着工、171人の殉職者を出し
7年の歳月をかけて、1961年1月に送電が開始 されたのでした。

 全長5.4kmのトンネルのうちわずか約83mの破砕帯を突破するのに何と7か月を要し、
文字通り死闘を繰り返した難工事であった、その部分を中心に描かれているのです。

 三船敏郎は、関西電力の担当責任者で、石原裕次郎は、難工事区間の下請けの責
任者でフォッサマグナなど地質に詳しい知識を持つ技術者を演じています。当時の
関電太田垣社長、芦原常務には、滝沢修、志村喬、黑四所長には佐野周二、熊谷組
専務には柳永二郎、などなど名だたる俳優が勢ぞろいですが、ほとんど他界された
方々です。映画の始まりでの、出演者の紹介も、主役,脇役などの順ではなく、五
十音別に大勢の名前が並ぶテロップが流れていました。

        (ネット画像より)

 映画の最大難工事の中心として描かれた破砕帯の突破部分の撮影は、メインのセ
ットが作られている愛知県豊川市の熊谷組工場内で行われていたそうですが、トン
ネルの切羽部分から大量の水の圧力に押し流されるシーンは、実際コンクリートで
作られた切羽が、水量が多すぎたためにどっと崩れ流れ、俳優,スタッフ共々必死
で逃げなければならなくなり、本気で逃げる場面の撮影に成功したとあり、撮影的
には不幸中の幸いであったようですが、実際には、裕次郎はじめ多くのけが人が出
たそうです。

        

 難敵、破砕帯は、トンネルだけではなかったそうです。仲津真二氏(東京電力顧
問)の『黒部の太陽』評の中に、この映画の熊井哲監督が自身の著作の中で『この
作品は破砕帯を突き破って黒四ダムを完成させる話だが、思いがけないところに大
きな破砕帯があったわけだ。』と述べられているように、当時の映画界における五
社協定という人為的な破砕帯を突破しなければならないことだったそうですから、
制作にあたっては、2つの破砕帯をクリアすることになったのですね。

 このようなことを思いますと黒部ダムそしてその映画がますます、信念に裏付け
られた技術と忍耐・努力が結晶した素晴らしい作品として輝いているように感じま
した。

        (ネット画像より)

 今から、半世紀以上前になりますが、私は何人かのグループで、入社2年目の夏
に、まだアルペンルートは出来ていなかった頃に黒部ダムに行ったのでした。長野
県大町から扇沢、トロリーバスで黒部ダムへ。ダムを渡って、一ノ越から立山雄山
に登り。そこから剣岳手前で、豪雨に会い、千人谷小屋へ。 翌日下山に向かい、
阿曽原あたりから、関電のトロッコトンネルの中を、ひざ下まで水につかりながら
4㎞ほど歩いた覚えがあり、ようやく欅平にでてホッとしたのでした。
 映画に写る際立った山々、峡谷の姿、暗いトンネルを見るにつけ、状況は全く違
いますが、当時も、この黒部ダムの凄さを感じていたことが想い出されてくるので
した。

 

(以下の youtubeの音声が途切れますが、その際にはカーソルを進めてください。)

プロジェクトX〜挑戦者たち〜「シリーズ黒四ダム 秘境へのトンネル 地底の戦士たち」

 

 

 

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旅情  (bon)

2018-09-19 | スポーツ、芸能、映画

   映画を観ました。
 1955年制作のイギリス映画「旅情」がBSでやっていましたので、ためらずスイッチオン
してしまいました。 その昔、
観ているはずですが、シーンなどは皆目覚えていないこと
に驚いた次第です。

 アメリカの地方都市で秘書をしていたオールドミスのジェイン(キャサリン・ヘップ
バーン)は、長期休暇を取って念願のヨーロッパ旅行を実現し、ヴェネツィアの駅に着い
たところから始まります。
 駅の雑踏を、大きな荷物をポーターに持たせて、足早に人波をかき分け『ペンシオーネ 
フィオリーナ』と言いながら、水上バスに乗り込む・・。

          

 そこは、カナル・グランデ、前方にリアルト橋らしき橋が見える。一気に映像に引き
込まれてしまいました。
 ヴェネツィアには、残念ながら行ったことがありませんが、ネットのライブ映像で 24
時間写っていて、早朝は茶色い建物と運河、空には鳥が舞う静かな風景、日中は、水上
バス、ゴンドラがひっきりなしに行き交い、多くの人の流れに賑わい、夜は川面に明かり
が映りロマンチックな空間が流れる‥そんな映像から、近くのサンマルコ広場など、何と
なく以前に疑似体験しているような感じであったからです。

         
          カナルグランデとリアルト橋          サンマルコ広場

 話はそれましたが、そんなヴェネツィアが舞台なんです。 ジェインは、16㎜カメラを
回しながら、街中を見物したり、はしゃいでいますが、そのうち一人旅の寂しさを感じた
りするのです。

 サン・マルコ広場に来て、喫茶店のテーブルに腰を下した。 しかし、背後からじっと
彼女をみつめる中年のイタリア男、レナート(ロッサノ・ブラッツィ)に気づくと、あた
ふたとそこを去ってしまう。
 翌日、彼女は通りすがりの骨董店に入ると、そこの主人は偶然、昨日サン・マルコ広場
で会った男だったのです。 うろたえた彼女は十八世紀の品だというゴブレットを買い、
早々に店を出ましたが、これがロマンスの始まりだったのです。

           
         広場の喫茶店で

 アラフォーの独身女性の一人旅の心の起伏に、ハンサムで、口説き上手なイタリア男に
惑わされ、次第に惹かれて行き、しばらく楽しい日々を過ごしますが、どこかしらモラル
に反しているとの心の葛藤から、急遽帰国を決意しヴェネツィアを去るのです。

 心を残したまま列車に乗り、ホームの人影に必死に目をやりながらレナートを求めます
が、やがて汽車は滑り出し、ホームに彼が走ってくる姿を見つけ、いつまでも窓から身を
乗り出して手を振っているあの有名なラストシーンとなるのでした。

            
       

 主人公ジェインの心の高揚や不安、分別の中にも燃える思いなどをキャサリンヘップ
バーンの演技が見事にそれを表現し、運河の都、茶色の景色など背景の美しさを惜しみな
く映し出された映像(監督 デヴィッド・リーン)にしばし引き込まれてしまいました。

  (このブログページ内の写真は、映画「旅情」のネット画像より拝借しました。)

 

 

  

 

 

 

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ヤクルトスワローズ  (bon)

2015-10-04 | スポーツ、芸能、映画

              今日から蓼科農園に行ってきます。
              今回は、下旬に予定している収穫祭の準備がメインの短期の作業です。
              少し早く目覚めましたので、ブログアップしました。

 

 野球のヤクルトスワローズがリーグ優勝しました。 大混戦だった今年のセ・リーグ、最後は、
M2あたりから、足踏み状態でしたが、2001年から14年ぶりに7度目のリーグ優勝を果たしました。
長らく低迷していて、ここ2年連続最下位に沈んでいたヤクルトが、
主力選手の殆どが同じ中で、
監督交代で1年目にして優勝したのです。12球団最年少の44
歳の真中満監督1年目の快挙です。

      真中監督胴上げ
         (ネット日刊スポーツより)

 

 真中監督の就任会見で「覚悟して勝負する。優勝を目指す」と宣言したそうですが、44歳の若い指揮官が
最初に手を着けたのは意識改革だったといいます。
 ヤフーニュースの時事通信記事を引用しますと、

 “春季キャンプで掲げたテーマは「自主性」。各選手に自ら考え、動くことを求めた。「選手は
与えられたことをやる方が楽。でも、いいチームは個々が考えて野球をやっている」という信念があった。
守備でも外野手同士が相手打者によってジェスチャーで守備位置を確認し合ったり。ベンチから指示が出る
前に行動する場面が増えていた。

 試合中の真中監督は、ベンチの中で腕組みしたまま戦況を見詰め、喜怒哀楽の感情をほとんど表に
出さない。自らが説いた自主性を発揮してくれると信じているからこそだろう。 その姿は、真中監督が
現役時代に薫陶を受けた野村克也氏と重なる。「(野村監督は)試合中は常にどっしり構えていて、
劣勢でも動じる気配がなかった」。こんな印象があるからだ。”と。 

また、同記事から、インタヴューを拾ってみますと、
“ーー就任1年目での優勝となりました。道のりは、長かったですか? 短かったですか?
「途中までは意外と早かったですが、9月からが長かったです。1試合も抜けるゲームがないような
ずっと苦しい戦いの中だったので、本当に苦しかったです」”

“ーー打線がチームを引っ張りました。
「みんながノリにノって打ってくれました。活気があってよかったと思います」”

“ーー選手には、どんな声を。
「本当によくやったと言いたいですね」”

“ーーファンの皆さんへ監督からの優勝報告をお願いします。
「ファンの皆さん、優勝おめでとうございます。以上です!」”

“ーー今後の戦いに向けての決意表明を。
「まだまだCS、日本シリーズとありますので、今までどおり、ひとつずつ戦って、最後に皆さんと喜びを
分かち合えるようにがんばっていきたいと思います」”

 こんな感じですが、ファンの皆さんへの言葉、「ファンの皆さん、優勝おめでとうございます。
以上です!」に、監督の心の内というか、人柄が滲んでいるように思いました。

 ちょっと長くなりますが、ヤクルトが発足(国鉄時代)からの全戦績の表をコピペします。

 ヤクルト全戦績(日本野球機構オフィシャルサイトより転写)
 

  こうやって俯瞰しますと、過去にも万年Bクラスからいきなり日本一に持ってきた広岡達朗監督が
いますし、黄金時代を築いた野村克也監督がいます。 当時の野村の言葉に、「勝ちに不思議な勝あり、
負けに不思議な負けなし」がありましたが、そうなんですね。 野球だけではないですね。ビジネスに
おいてもしかり。

 昔の広岡監督の時も、2位⇒1位でしたが、翌年は最下位転落となり、効力は長続きしませんでした。
この時は、管理野球などという言葉がありましたが、真中監督は、“自主性”” “力の結集”が
その本質ですからまだまだ期待できそうです。

 野球にそれほど深い関心があるわけではありませんが、この世界もやはりリーダシップと信頼関係の
なせる業と感心した次第です。

 

 

 

 

 

 

 

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国枝慎吾 優勝 2014全米オープンテニス

2014-09-23 | スポーツ、芸能、映画

国枝慎吾

先ごろの全米オープンテニストーナメントで、日本人として初めての準優勝の歴史的快挙を果たした錦織選手の活躍は、日本中を称賛の嵐とし熱くしました。
 
 ところで、国枝慎吾のことは全く報じられておりません。国枝慎吾はUS OPEN New Yorkで、錦織の準優勝に先駆け、9月5日に優勝しました。こちらのUS Open Tennisは2005年に始まったテニスの全米の車いすテニス部門で、一般テニスのトーナメントと同じニューヨークのフラッシング メドウで開催されておりました。
国枝慎吾の国枝 慎吾グランドスラムでシングルス16勝、ダブルス15勝の男子世界歴代最多記録をもつ。パラリンピックでもシングルスで2個・ダブルスで1個の金メダルを獲得している車椅子テニスプレイヤーです。まさに、日本が誇るスーパースターであり、今回のUS OPENでの優勝は、日本が誇れる快挙であると言えます。

 面白い逸話があるので紹介したい。
スポーツ評論家の西村金吾 が彼のブログで、ロジャーフェデラーから直接聞いた話として次のように話しております。

日本の記者がロジャー・フェデラーにインタビューしたときに「なぜ日本のテニス界には世界的な選手が出てこないのか」と聞いたらしいんです。
するとフェデラーは「何を言っているんだ君は? 日本には国枝慎吾がいるじゃないか!」と言った。

加えて、フェデラーが日本の記者に自身のグランドスラム(4大大会すべてを1年間で制覇すること)について聞かれたときも、

「グランドスラムは自分よりもクニエダの方が先だろう」

と答えたというのです。(Premium webより引用)

上地結衣

 更に、今回のUS Open NewYorkの女子シングルでも上地結衣が優勝したことを述べておかなければなりません。このように、日本は車いすテニスの分野で世界のトップを走っていうことを認識すべきでしょう。

 

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