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沼津東高校の想い出

2009-04-11 12:34:21 | りんどう・エッセイ
りんどうです。

ウィキペディアの「静岡県立沼津東高等学校」が面白い!という話を受けて読んでいました。・・・今は編集されてしまいましたが、長~いバージョンがありまして、行事別に並んでいたのを見て懐かしく思いました。

バンガラな学校で、応援団が行事では高下駄を履いて、柔道部や空手部は道着姿に下駄、剣道部に至っては竹刀持参・・・という感じで、数学でクラス分けされると、りんどうがいたのは44名くらい居たような中に女子はたった4名。しかも運動系がそのうち3名というところで、男性の中でユニセックスのような感じで育ちました。

卒業した戸山高校も昔は男子校で、男女比3:1でした。
私と同じく、途中で都立高校へ転校した卒業生には、キャスターで有名だった筑紫哲也氏もいたようです。
全く違うタイプの学校ではありましたが、どちらからも多分に影響を受けました。

警察官・消防官希望の方を教えたりすると、大変に体格の良い男性もあうわけで、
警察官は柔道・剣道初段で第一次試験に加点される制度があります。

最近も「高校3年間剣道を続けて2段とった」という体格の良い人々に出会うと、なぜか東高のことを想い出します。

何か夢中になれることを頑張ってみるという経験は、色々なところできっと生きてくると思います。
継続は力なり!と言いますが、体力づくりも自分にとって良いことだと思います。

追記:部活はどこかと聞かれましたのでお答えします。
最初は放送部にいました。私は小・中・高と放送の人間で、しかも機械を見ながら食事が常でした。
ただ諸々の理由で在学中は「文藝部」に移って、肩書きは副部長だったか?部室の主(ヌシ)をしていました。RPGのロードス島戦記のポスターをはったりして、私物を持ち込み、HRよりも部室に根を張っていました。
「ミネルヴァ」という歴代から続く同人雑誌があって、芥川賞も出ていたりするのですが、色々とかかわったものの、あーでもないこーでもないというコメントはよくしていたものの、執筆以外が専門でして、投稿原稿がないんですよね。。今となっては何かしておけば良かったなぁ~と心から思っています。

さらに理数科の男子の先輩から、自分は名古屋大・理系を受ける準備があるので「福祉同好会」の会長をしてくれないかと言われ、これはもう本気で取り組みました。校内で使用済ハガキ・切手・ベルマーク等を集めたり、定期的に学習参考書等を集めて売って、ブックバザーをして福祉団体に寄付したり、児童養護施設に寄付をしたり、赤い羽根募金も街頭で行いました。結構私の代で活動は行っていましたし、今もそれぞれ活動を継続していると聞いています。

ちなみに、文芸部からは三人の日本ペンクラブ会長の輩出をしています。芹沢光治良氏、井上靖氏、大岡信氏です。近年も全国高等学校文芸コンクール・文芸部誌部門で入選を果たしています。
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