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中間玲子のブログ

仕事のこととか日々のこととか…更新怠りがちですがボチボチと。

母の愛情

2017-08-13 08:54:50 | 生き方
昨日書いた「狐」を読んだのは,
奇しくも,誕生日の朝でした。(もう数ヶ月前ですね…)

誕生日には,あらためて母のことを思うのですが,
「狐」を読んで,自分にも
文六ちゃんとお母さんとの会話みたいなのがあったなあとあれこれ思い出し,
自分も母から大事にされてきたなあ,
母はいつも思ってくれていたなあ,ということに,しみじみ感じ入っていました。

大人になると,価値観や生き方の違いもあって,
愛情の重さや,愛情の質や内容が自分が思い描いていたようなものではないことなども
感じるようになってしまうのですが,

そして,互いに情が深いが故に,わかり合えないことに必要以上に
傷ついたりしてしまうのですが,

それでも「愛されていなかった」とはならないわけで。。。

母は母なりに私をたっぷり愛してくれていて
私も私なりに母をたっぷり愛していて

そういう視点で自分のこれまでを振り返ると
また違った自分の過去が見えてくるから不思議です。

私たちの記憶はそのときそのときで多少の編集を経ます。

未来を向かって生きよう!的なことを意味する常套句に
「過去は変えられないが未来は変えられる」
というものがあります,
たしかに,素材として存在する様々な過去の要素は変わらないかもしれませんが
それは自由に編集されて自分の人生の物語になるため,
どんなエピソードとして自分の人生を語るか,に影響する過去は変わります。

私たちの人生のはじまりなんて,実際にどんなことがあったかを
確かめようがない中,他者がどういう物語をくれるかに依存しているところがありますね。

もしかしたら,まったく別の過去が実は存在しているかもしれません。





茶柱

2016-06-12 13:46:22 | 生き方
じわじわと・・・
気づけば結構深く落ち込んでしまってた昨日。

自分が抱えてる大きな課題を認識して内省を進め
頑張らなきゃ!!となんだか悲壮な覚悟で帰宅。

まずは気持ちを立て直そうと
甘いもの食べようとお茶を淹れたところ

ピーンと茶柱が。

上から見ると


立ってるの,分かります??



迷信と思いながらも

いいことあるの!?

と気持ちが即座に元気に♪

写真撮らねばー!と注意の焦点も切り替わりますしね。


ユングの言葉に
「人は生きるための神話を必要とする」というのがあるのですが

まさに。

神話によって支えられる心の有り様,
それが真実か否かはあまり問題ではなく
そのことで注意の焦点が移り気分も変わり思考の枠組みも変わる

なんとも単純な私です。

科学的には真実とは言えない,議論のしようのない事象を
心のよりどころとして元気な気持ちをもらい
しゃきっとした態度で研究に臨める態度を
そのことによって合理的な議論が可能な研究を為そうと頑張るという
絶対的な矛盾。


・・・ノーコメント(笑)



その中で客観的なお話としてお伝えできること 

それは

深刻になったときほど
「まずは一服」の大事さでしょうかねー。


蒸し蒸しした気候になってきましたが
皆様,体調にはお気をつけてお過ごしくださいね。

お誕生日おめでとう!

2016-02-26 00:44:33 | 生き方
昨日(2/25)は,私の敬愛する素敵な女性の方の誕生日だったそうです。
たまたまメールのやりとりをしていて話のついでにそのことを知りました。
若々しい方なので年齢不詳だったのですが
(調べれば分かるんでしょうけどそこまで気にしたこともなく)
50歳になられたとのことで。

半世紀生きてこられたんですね-!!と
人ごとながら,それってすごいことだなーとしみじみ感じ入っておりました。


私の愛車は10年を過ぎて110,000kmを突破してまして
売ろうかと思って見積もりに出しても
「古いので値段つけられません」と,
年数と共に,その価値がどんどん落ちていったことを思い知らされます。
家でも,築50年なんて,ものすごい古い物件ですよね。

でも,ヒトって,50年経っても60年経っても,
まだまだしっかり動けるし働けるし生きることを自分で支える力をもっている。
もちろん,身体面をはじめ,それに伴い精神面でも何らかのネガティブな変化は起こりますが
でもそれを補うかのように,どこかが何らかの点において発達することができる。
まだまだ成長し続けていて。そう。生涯発達し続ける。


すごいことです。


かつて,40歳の誕生日を迎えたときに
「不惑」について書きました。

私もまだまだやりたいことがいっぱいあります!
50歳になったその方が,今もいつもチャレンジし続けている方なので,
そういう先輩の姿を追いかけることができるのはとっても幸せなことです。


いつもお世話になっていることはもちろん,
何よりそういう姿を示してくださっていることへの感謝の気持ちと
その方への敬意でいっぱいになりましたので,,,

「お誕生日おめでとう!!」をブログでも書いちゃいました。

部活動

2016-02-16 07:00:00 | 生き方
最近,元同僚がシェアしていました。

部活顧問「ブラック過ぎ」
「教員に部活顧問をするかどうかの選択権を」と訴える署名が始まったという記事です。

今回,これを紹介しようと「部活動」というワードを検索してみたら,
これまでにも学校の部活動顧問の仕事はかなり問題視されてきていたようですね。
ちなみに部活動顧問の仕事だけでなく,部活動に入ること自体,半ば強制になっていると…。
生徒の立場についても取りざたされているようです。

ちなみに日本の教員の労働時間はとても長いようです。
教員の勤務時間34ヶ国中1位
仕事の内容も,国によってだいぶ違いますよね。

私は兵庫教育大学で教職キャリアセンターのスタッフも兼任しているのですが
「教職キャリア」を本当に考えていくならば,
何をすべきか,いかなる能力を身につけるべきか,だけでなく,
何をしないか,どう休むのか,
そういったところも含めて議論していく必要があるなあと感じています。
要は,自身がいかに魅力的な人間としての姿を見せられる状態で,
教員という職を続けることができるか,ということです。

でも,自己犠牲を美徳とする風潮に適応している場合には,
何が魅力的かの基準もそれに準じてしまうのかなあ…。

無年齢

2016-02-07 14:42:41 | 生き方
杉村春子さんの名言

思わずメモ。


もう年だからっていうのって、やめない?
もう年だからって言葉で逃げるのって、自分に失礼だと思うのよ。
だって自分にも明日があるんだから。

オカンアート(2)

2013-12-22 10:13:08 | 生き方
昨日のオカンアート、なかなか考えさせられる問題です。

このような論考もございました。
「おかんアートという時限爆弾」

昨日紹介した定義について、このように書いています。
これって、読みようによっては、現代美術が(本来)目指すものと、まったくいっしょじゃないか。実用にならなくて、見るひとを困惑させて、オシャレ空間を一発で破壊して、勢いと熱さだけはあふれるほどあって。

同僚の方に見せていただいた「おかんアート展」のチラシには
「最強の脱力兵器」と表現されていました。

そう、温かさにひそむ「兵器」とも表現したくなる破壊力。
そしてその破壊力とは、「脱力」させる破壊力。

この威力とはいかほどなのでしょうか。

仕事に追われるビジネスマンのパソコンケースに
フエルト人形がぶら下がっていた時、
仕事の緊張感を維持できるのでしょうか。

敵を倒すという使命感に燃えて戦地に赴く兵士の銃のベルトが
革ではなくすごい配色のニットあるいはリリアン製だった場合
(重さに耐えられるほどには頑丈であるとします)
その人は敵への攻撃に集中することができるのでしょうか。

・・・書いてみたら陳腐な妄想しかできなかった自分に気づき
愕然としていますが、
引き続き考えてみようと思います。



オカンアート

2013-12-21 10:14:53 | 生き方
昨日、同僚の方に
「オカンアート」なる言葉を教えていただきました。

Wikipediaの説明によると、
「主に中高年の主婦(母親=おかん)が余暇を利用して創作する自宅装飾用芸術作品の総称である。」
と簡潔に説明されています。

幼い頃の日々を振り返った時、
オカンアートにふれながら生きてきた方も少なくないのではないでしょうか。

「オカンアートの具体例としてはドアノブ飾り、刺繍入り家電カバー、タオル掛け、人形、牛乳パックアート、かみつきへび(指ハブ)など様々。

具体的にはこのような作品集になるようです。
→画像で見る、代表的なオカンアート

しかし、Wikipediaの説明をさらに読み進めると、

マスメディアやカルチャーセンターなどで紹介される手芸や工芸の手法を参考に、紙や端布などの家庭内で生じる廃棄物を利用して素人が制作するため、概して安っぽい見た目である。制作者が飽きるまで作品が増え続けること、室内をもっさりとした脱力系の雰囲気にしてしまうことから、他人からは疎まれることも多い。

とあり、さらに

オカンアートは主婦の創作活動/作品全般を指すが、自己満足的な創作レベルの作品に対する皮肉として、あるいはそのキッチュさを評価するサブカルチャー的文脈において特に用いられる。この呼び名は文字通り制作者を「おかん」とみなす鑑賞者、すなわち子ないし近親者の視座から与えられており(2003年ごろ電子掲示板2ちゃんねるにおいて娘が母親の作品を紹介したことに端を発して命名された)、愛情や諦念といった鑑賞者側の主観的ニュアンスも強く含まれる。

という説明が続きます。

これを読むと「オカンアート」という概念化は、
ある独自の文化的価値のもとで保護され、評価批判の対象をまぬがれていたものを
その文化的価値を差し引いて作品それ自体として冷静に眺めてみようという
まったく文脈を異にする土俵に引きずりだすことを可能にする装置として見なすことができます。

概念化とは、そういうことなのですね。

さて、前者の場合はおそらく「手作り作品」と呼ばれます。
作品のできばえよりも「手作り」であることに価値が置かれているわけです。
それは無形であり見えないものであり、
何よりも、その価値は、送る側と受け取る側の共同的コミュニケーションの中で
構成されるというところに特徴があります。

それに対して後者の場合は「アート」というところに重きがおかれるため
そこに込められた気持ちや思い、あるいは労力といったものはさておき、
いかなる作品であるかが問われます。

「オカンアート」を見るときに喚起される気持ちや思いは、
以前、ブログで紹介した
母からの面白すぎるメール」にも通じるものがあるのではないでしょうか。

さらにWikipediaでは、
「オカンアートの定義」が下記のように説明されています。

オカンアートの定義の一例を挙げる[1]。
1. 基本的に、非常に役に立つとは言い切れないが勢いはある
2. いらないものの再利用(眠った子を起こす)
3. 飾る場所に困る。飾るときはビニールに入れたままにしたりする
4. 部屋のあらゆる場所に侵攻してくる
5. センスが良いなど気にせず、セメントのズレなんかも気にしない
6. なのに、暖かみだけは、熱いほどある
7. 作りすぎて置き場がなくなり、人への配布をスタートする
8. 置いた瞬間、どんなにおしゃれな部屋ももっさりさせる破壊力大
9. とぼけた顔にイラッと来るか、なごまされるかはあなた次第
10. フィーリングで作るキティとドラえもんは危険


私たちはオカンアートを眺め、
その作品のできばえの残念な感じに脱力しながらも、
「その残念さよ、永遠に…」と思ってしまっているのではないでしょうか。

同時に、そんな暖かい感じを抱けるということに、
幸せな人生を歩んできたことを確認する次第でした。

嬉しすぎると、走る

2013-12-07 17:07:33 | 生き方
先日、ものすごーく嬉しいことがありました。
嬉しくて嬉しくて
笑顔で顔が破れそうになっていました。

その後、バスに乗らないといけなくて、
バス停に向かってたのですが、
なんと、気が付くと、
別に急がなくてもいいのに
「うきゃ~~~」という魂の叫びと共に
走り出してしまいました。

都会の雑踏の中を疾走し、
お陰様で、予定より一本早いバス(20分も早い!)に
ギリギリながら乗ることができました。

人は嬉しすぎると、走るようです。
(↑一般化してよいのかどうかは、謎…)

私の場合、日ごろから時間に追われていて
会議に向かう際、授業に向かう際、
結構走っています。

なので、この度激しく走っても
へっちゃらでした。

皆さん、嬉しさや喜びを爆発させるためにも、
日ごろから体力をつけておきましょう!!

鹿児島弁講座

2013-12-06 10:50:17 | 生き方
先日、鹿児島出身の方と出会い、
しかも話してみると偶然にも住所がものすごく近かったことが判明し、
びっくりしました。

「鹿児島弁が出ませんねー」と言われたので
「しゃべれますよ-」と、
「高校を出てからこっちせ、来やったと?」と質問してみました。

また、その方からお礼のメールが来ていたので
「○○さんげーとうちんげーがちけこっがわかっせい、
 わっぜいか、ひったまがりましたがよ。」
と少しだけ鹿児島弁でお返ししました。

皆さん、わかりますか?

「○○さんの家と私の家が近いことがわかったので
 とってもびっくりしました」という意味です。

うふふ。

ふと思って、鹿児島弁の動画とかないのかな?と思って検索してみますと
あるある!!

かごっま弁論大会

なかなか手強いです・・・

結構いろいろあるのですが、
初級編としてはこんな感じでしょうか?
かごしま弁検定の寸劇

同じくかごしま弁検定のもので、「ぶんとへ」を紹介する寸劇では
その意味を解説するために「“ほがなか”ってことです」とさらにかごしま弁を用いている…
名詞はともかく、ニュアンスを表現している方言はなかなか標準語にしにくいですねー

標準語の訳付きでしたらこちら↓あの名作が!!
『ローマのやすんの日』

でも、こんなしみじみとした美しい言葉でもあるのです↓
鹿児島弁朗読『雨ニモマケズ』






びっくりしすぎるとかたまる

2013-12-05 11:02:53 | 生き方
昨日、「火の用心」の話を書きましたが、
布巾に火がうつってしまったのにもびっくりしましたが、
もう一つ私がびっくりしたのは、
くすぶって火が燃えている布巾を手に、かたまっている自分の姿でした。

本当にくすぶっている程度で、
燃え移る心配がほとんどないと思われたためかもしれませんが、
まったくあわてず、というか、フリーズして、
頭の中だけで、
「振ったら空気が送られて火が大きくなるからダメなんだよね?
 そういえば水をかけるのもNGとかいうのを前テレビで見たよなあ、
 あれ、なんていうテレビだったっけ?結局なんて言ってたっけ?
 あ、いかんいかん、とりあえず、今、どうすればいいんだろう、
 とりあえずこのままではよくないなあ…」

とわりとゆっくりとボケーと検討し、
妙案を考えつくことができなかったので、
結局、水をかけるという方法で消火して事なきを得ました。
えらく呑気な感じです。

実際にはすごく早く思考が回っていたのかも知れませんが、
少なくとも意識レベルにおいてはあわてたという感じはなく、
どちらかというと、ボケーとしてしまった、という感じだったのです。
とりあえず、フリーズしてたわけです。
このことにびっくり…

でも、びっくりしすぎると、案外そんな感じになってしまうのかもしれません。

以前、「それでも、生きてゆく」というドラマがありました。
殺人事件の加害者(少年)と被害者(少女)の双方の家族を描く物語です。
この双方の家族はもともと近所に住んでいた者同士ですが、
事件後、お互いの交流はとだえていました。
娘を亡くした被害者の母親は、加害者を許すことができず、
加害者の家族がつつがない(というわけではないのですが)生活を送ることも
許せずにいます。
双方の交流はすでに途絶えているのですが、
被害者の母親は加害者家族への憎しみによって自分を支えており、
また、加害者家族はそれによる嫌がらせを受け続けるという形で
つながり続けています。
(この有り様および双方の生き方については、
 是非ドラマを見ていただきたいところです)

そんな中、あるきっかけがあって
加害者の母親が被害者の家を訪ねるというシーンとなりました。

その時、被害者の母親がとった行動とは…?

叫ぶでも感情をぶつけるでもなく、
ものすごく冷静に挨拶し、とりあえずお茶を出そうとするわけです。
そしてそばにいた息子に
「お茶菓子ないの?なんでもっとまともなのないわけ??」
と叱るのです。

これ、ものすごいシーンだなあと思い、印象に残りました。
積年の恨みをぶつける相手と対面するという緊迫した状況において、
今そんなこと気にしなくてもいいやん!!っていうような、
ものすごく日常的で些細なことを、最優先に考えているという反応。
でも、これ、妙に、納得したのです。

(このあたり、脚本家さんのインタビュー記事も見つけました)

なんか、びっくりしすぎると、その衝撃の大きさゆえに
無意識的にちょっと意識対象をずらすという反応が起こるのかもしれません。

私の布巾に火がついちゃった事件は上記シーンほどの重みはないのですが
少し反応様式が似ていたかも…と思いました。

体罰反対論

2013-01-15 10:23:17 | 生き方
桑田真澄氏の体罰反対論について、

ブログ仲間の小野原さんが記事を書いていました。

桑田氏の言葉も豊かに引用されつつまとめられているので
是非お読み下さい。

私は、学校時代、決しておとなしいいい子ではなかったので
体罰もある程度は受けてきました。

もちろん、私の場合は、愛情を感じたことも、
それで教師に感銘を受けたこともありません。
なので、立場としては体罰反対派をとると思うのですが、
とはいえ、それにまっすぐ向き合ってNo!と憤ったこともなく。

それをネタにして笑いとばし、
ますます教師の神経を逆なでし、
教師の行為の無意味化をはかるという
いや~な子どもだったわけで、

そういういい加減な姿勢では、
しっかりとした体罰反対論をもつこともできないなあと
今回、気付きました。

私の場合は、そのような教師との関係をとっても平気だったのであり、
そうでない関係におかれていたら、教師の行為はどれほど重く響くのか
もっと想像力を働かせないといけないと、ずしんと思いました。

橋下氏は、体罰を愛情だと感じる意識の改革を、と言っておられますが、
同時に、私のような、無関心層の意識改革も大事だと感じました。
無関心って、やはり、一番やっかいだと思います。
大反省。

桑田氏の立派な反対論を聞いた後では、
それに大きく影響されながらになってしまうのは避けられませんが、
自分なりに、もっとしっかり、向き合ってみようと思います。

答えの出ていない問題にどう向き合うか

2012-07-21 21:29:38 | 生き方
福島大学時代の同僚の小野原雅夫先生のブログ
『放射線と被ばくを考えるための副読本・改訂版~”減思力”を防ぎ,判断力・批判力を育むために~』
が紹介されていました。
福島大学放射線副読本研究会という有志メンバーによる副読本で、
2012年3月に出されていた初版の改訂版だそうです。

ちなみに、上記副読本は、文科省の放射線等に関する副読本の問題点を修正する、
ということも目的の一つになっているようです。
こちらのページに、
小学校用・中学校用・高校用、および各教師用解説書が
アップされています。

情報というのは、書き手によって編集されることが多く
書き手が「何を書き、何を書いていないのか」に、
書き手のねらいが反映されます。

上記副読本は、文科省の副読本に対する批判的解説書といった感じでしょうか。
執筆者の立場がどのようなものかを解説してくれている、
少し広げた言い方をしてしまうと、
自分たちがどのような政策の元で生きているのかを知る上で
興味深いなと思いました。

* * * * *

福島の原発事故以来、私は原発の問題にとても敏感になっていますが、
本当に「考えること」はできているのかな?ということは、
いつも疑問です。

2011年3月当時は、まったく何も分からないままに
自分なりの答えを迅速に出さねばならないという現実がありました。
私はどう考え、どう行動すべきだったのか、今も答えが出ません。
そうこうしている今も、原発再稼働をめぐって、
どう考え、どう行動すべきか、差し迫った問題があります。

原発再稼働に賛成・反対か、といったような
二分法的な問題が差し迫ってくると
なかなかきちんと考えるということができなくなるものです。

ところが、「賛成も反対もあり、どっちかわからない」という
回答保留状態で居続けることと、
その問題に関与し続けることを両立させることは
結構難しく、しんどくて、関与をやめるという方法をとってしまいがちです。

「答えの出ていない問題」に「関与」し続けるためには
議論できる仲間や考える視点を与えてくれる情報が
大切なものになると思います。

ただその情報は、書き手によって編集されています。
書き手のねらいが反映されたストーリーとして
提示された情報について
書き手のストーリーに呑み込まれず
しかしその問題に関与して自分なりに考える足場を作るのは、
なかなか力のいることです。

加えて、ある日突然に、とっさの判断を求められた時
どれだけ冷静さを保ち、しっかり考えることができるのか・・・
これは本当に難度の高い課題です。

普段からそういうことを認識しつつ情報と向き合うことや
また、普段から議論し合える仲間がいることで、
少しはマシになるのかな…

うーん、分からないけれど、
「答えを急がない・でも関与し続ける」
ということがやはり重要になるのではないでしょうか。

ただ、それとはおかまいなしに事態が動いてしまうのが現状なので、
やはりその都度その都度、何らかの答えをもつこともまた
大事なことなんだろうかと
なかなか難しく、一筋縄ではいかないところだと感じています。

祝☆40歳!!

2012-05-30 01:12:00 | 生き方
本日より40年前、真夜中の1時12分に、
私めはこの世に生を受けました。

そう、お母さんが頑張ってくれたのです

ということで、今日2012年5月30日をもって、
めでたく「40歳」になりました

40といえば、「不惑」の年ですね。
「四十而不惑:四十にして惑わず」

この言葉で、『論語』の世界は自分には合わない、
その人間観は現実をあまり反映していない、と
思う方も多いのではないでしょうか。

あるいは、「もう惑っちゃいけない」と
自分の未熟さをことさらに意識するとか。

そして、「どうせあんな立派な人にはなれない」と
自分の可能性を見限ったりしてしまうとか。

でも、「四十而不惑:四十にして惑わず」とは
実はまったく別の意味である可能性がある、という話を
2~3年前に知りました。

学術的にどの程度支持されているのかは存じませんが、
とても気に入った解釈で、
自分が40歳になる時にブログに書こうと、
数年あたためてきた話題ですので紹介させてください。

安田登著『身体感覚で『論語』を読み直す。』(春秋社)
という本です。
(「不惑」に限らず、すべて面白いです。)

その中から、「不惑」に関するところを抜粋してみます。

安田氏も、『論語』全体の中でも、「四十而不惑」という言葉は
ちょっと異質に響くところなのだそうです。
それで調べてみると、「惑」という漢字は、
孔子の時代には使われていなかったらしい。
ならば、孔子は「惑わず」なんて言っていなかったのではないか。

そう考えると、では実際には、なんと言ったのだろうか?
という問いが出てきます。

「惑」という漢字がなかった時、どのような漢字だったのか。
孔子の時代、「心」の文字はなかったそうです。
それで、「心」をとってみると「或」となる。

安田氏は、「惑」はもともと「或」だったのでは、と考えます。

では、「或」とはどんな意味なのか。
この文字は、「境界」に関する文字であることは確かであるようだと。
「或」を「口」で囲むと「國」、
「或」に「土」をつけると「域」
どちらも、「区切られた区域」を表します。

つまり、「或」とは、境界によって
ある区間を区切ることを意味するのです。

「或」とは:
分けること、すなわち境界を引くこと、限定すること

「不惑」の「惑」の漢字も、その原意は、
「心が狭いわくに囲まれること」であると考えられると。

40, 50くらいになると、どうも人は「自分はこんな人間だ」と限定しがちになる。「自分ができるのはこのくらいだ」とか「自分はこんな性格だから仕方ない」とか「自分の人生はこんなもんだ」とか、狭い枠で囲って限定しがちになります。
「不惑」が「不或」、つまり「区切らず」だとすると、これは、「そんな風に自分を限定しちゃあいけない。もっと自分の可能性を広げなきゃいけない」という意味になります。そうなると「四十は惑わない年齢だ」というのとは全然違う意味になるのです。
(pp.23-24)


ということなんだそうです。

私自身は、というと、実は、
40まで生きられてかなり満足しています。
すごいな、40年も生きたのか、と驚いています。
なんだか、もう十分だな、という気もどこかでしてます。

でも、寿命というのは自分で決められるものではありません。
40まで生きたとはいえ、
今日も明日もこれからも、死ぬまで人生が続きます。
ならば、余生だなどと思わずに(余生だと思ったとしても)、
一日一日大切に、
生きている限りは「不或」の姿勢でいきたいなと思うのです。

信頼を得ること(2)

2011-11-06 19:43:12 | 生き方
前回の続きです。

番組の後半は、会津の米を売るかどうかをめぐっての
迷いがクローズアップされました。

会津の農家まで出向き、自分自身で確認して
いい米だということには強い確信を得ます。
でも果たしてどのようにすればその米を買ってもらえるのか。
社員からは会津の米を売ることに対する
反対の声もあがります。

話し合いを重ね、結局、
そのスーパーでも独自に放射線量をチェックして、
農家の独自検査、自治体(?)の検査、スーパーの検査、の
トリプルチェック体制をとることにしました。

それで販売に踏み切ったわけです。

販売初日は経営者が店頭に立ち、
お客さんの不安を聞きながら説明をし、
販促をしていました。

買われたお客さんたちは、
トリプルチェックしてることも評価にあげつつ、
「このスーパーを信頼してるから」という方が多かったです。

もちろん、判断過程自体がかなりのバイアスの中で進むわけなので、
(最初から購買に対する態度はある程度方向づけられている)
そのスーパーへの信頼は最後の一押しにすぎない場合もあるかもしれません。

でもそれでも、やはりその店がどんな店で、
さらに信頼を勝ち得ようとどう努力しているかということは
判断過程にやはりいくばくかの影響を与えていると思います。

いざというときに信頼してもらえるか否か、
それは日常の積み重ねであり、
なかなか一朝一夕に得られるものではありません。
しかも、失うのは一瞬。

すなわち、
「信頼を得るのは難く、失うのは易し」

これは、大学院時代、事務的なことを怠り
指導教官に迷惑をかけてしまった際に賜った言葉で、
「…ということは、私への信頼が今失われたのか…」
というショックのためか、深く心に刻まれたのでした。

なので、信頼を賭けて闘う姿には、覚悟を感じ、
痛く感銘を受けました。

あ、ちなみに、その後、指導教官との信頼関係は無事に回復できました(たぶん)。
それを自覚した時はとても嬉しかったです。

信頼を得ること(1)

2011-11-03 09:29:44 | 生き方
過日、たまたまテレビをつけたらNHKの『プロフェッショナル』という番組をやっていて、
思わず見入ってしまいました。

あるスーパー経営者の話で、その人は、
農家や生産者と直接会って、
作物や製品を自分の目で確かめて、
いいと思った商品だけを消費者に届けることを
信念としているとのことでした。

商品を置いてほしいという問い合わせを受けて、
実際に生産地に出向き、生産者と向き合いながら商品を審査する様子に加え、
なぜ彼がそういうことをするようになったかの経緯も語られました。

他のスーパーとの競争が激しかった時期、
とにかくどう利益をあげるか、お客をどう繋ぎ止めるか、
そればかり考えて行動していた時期もあったそうです。
本人は夢中なのでとにかくまっすぐに努力していたのだと思います。
そこではとにかく安く商品を仕入れることが目指されました。
ある日、ホウレン草が余っているという農家から連絡を受け、
タダ同然でそれを譲り受けます。
そしてそれを何束かずつに束ねて値段(再現VTRでは298円でした、
通常ルートで安く仕入れた程度の値段と考えたらよいでしょうか)
をつけてスーパーに並べると目玉商品になり連日大きな利益をあげた。
そんな折、こんな声が。

「うまく儲けたな」

ホウレン草の生産農家だったそうです。
瞬間、彼は、すべて見透かされたような気がしたと言っていました。
自分は一体何のために仕事をしているのだろう…と。

そこから彼は、真面目な農家の気持ちを理解しよう、
そしてその生産物にもしっかり向き合い、いい物を置こう、
そういう農家と消費者をつなぐためのスーパーにしよう、
と模索を始めます。
そしてそれは信念となって、そのスーパーに対する消費者の信頼に
なっているとのこと。

その一言を自分にとって大事な言葉として受け止められること、
そこから自分の受けたショックに向き合ったこと、
すなわち、自分の隠したい、目をそらしたいところにも向き合ったこと、
そして進む道を模索し、見つけることができたこと、
さらに実際に動けたこと。

いずれが欠けても今の状態には至らないと思うのですが、
いずれもそんなに易しいことではないです。
でも、それでもやれたからこそ、変わることができたのでしょう。
きっかけをきっかけに出来るかどうかは、自分次第なのだと改めて思いました。
次回に続く。