中間玲子のブログ

仕事のこととか日々のこととか…更新怠りがちですがボチボチと。

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「ジーサンズ はじめての強盗」

2017-08-31 04:22:46 | 映画日記
突然年金を打ち切られた3人のじいさんたちが,
銀行強盗を企てる話。

1979年の映画「お達者コメディ シルバー・ギャング」のリメイク版ということで,
愉快そうなので見てみました。

結果,なかなか(かなり)愉快でした。おすすめです!

冒頭の方は,シルバー川柳的なネタがちりばめられていたのがおもしろかったのですが,
銀行強盗するとなってからは,結構,ドキドキハラハラです。
これ以上書いたらネタバレになってしまいそうなので,書きません。

ただ,ちょっとだけ書くと,最後の最後は,
再びシルバーネタ的なサプライズで終わります。

結構最後までドキドキさせてくれました。

補遺)
解説の入ったwebサイトを見つけました。→こちら
これ見たら,多くの人が見たくなるのではないでしょうか!?

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「湯を沸かすほどの熱い愛」

2017-08-30 04:07:56 | 映画日記
宮沢りえさん演じる双葉さんと,その娘の安澄ちゃん(杉崎花さん)との関係を中心にしながら,
夫,夫の連れ子(?あゆこちゃん),先妻,実母との関係などが描かれます。

前半,安澄ちゃんが学校でいじめにあっている場面があります。
絵の具を制服にたくさんつけられて
唇をかみしめている安澄ちゃんを迎えに行った双葉さん。
安澄ちゃんも強がって「11色つけられた」と言います。その姿を見て,
「何色が一番好きなの?」と声をかける双葉さん。そしてぎゅっと抱きしめて,
笑顔で「服着替えて一緒に帰ろう」。
その後も安澄ちゃんは学校でつらい目に遭うのですが,厳しく向き合う母。
でも,ものすごく心配で学校から帰るのをずっとずっと待っています。
それを不思議そうに見るあゆこちゃん。
娘を心配する母親を「ふーん」と不思議そうに眺めます。
あゆこちゃんは,お母さんが迎えに来てくれないのです…。
「誕生日に迎えにくる」というお母さんの言葉を信じて,
誕生日の日,前すんでいた家に一人で出かけたあゆこちゃん。
双葉さんと安澄ちゃんがようやく探し当てたとき,
暗い家の前でぽつんとうずくまっていました。
「帰ろう」というと,おしっこをしてしまったあゆこちゃん。
双葉さんはそれを見守り,「全部出た?」と抱きしめます。

そんな感じで,双葉さんの愛情たっぷりの姿が描かれるのですが,
でも,それぞれの登場人物がそれぞれ背負っていることがあって,
見ていてかなりつらいです。
双葉さんは最後,末期ガンであることが分かって,余命いくばくもなく,
それ故に,強い気持ちで現実に向き合っていくのですが,
その過程で知らされる事実が,もう,あまりにつらかったです。
もちろん,それでも,それを受け止めて,乗り越えるだけの愛情が描かれるのですが…。

でも,それ以上に,安澄ちゃんやあゆこちゃんの健気な一生懸命な心,
それが,本人たちにはどうしようもない事情のために強いられたものであること,が,
見ていてつらかったです。

双葉さんの深い愛情がテーマの映画だとしたら,
愛情って,そんなにつらいことをてんこ盛りにしないと描けないの?と疑問でした。
双葉さんの愛情よりも,亜澄ちゃん・あゆこちゃんの心の悲しみの方に
私は気持ちをもっていかれてしまいました。

それに,「余命いくばくもない」という要素,好きじゃないんです。。。
そんな事情がなくても,現実に向き合わないといけないこともある。
それだけのことをしながらも生き続ける人の難しさも,描いてほしい。


ただ,そういった厳しい現実をつらいつらいと思っていては,人を支えることはできないし,
ましてや育てることはできないんだろうなあということをつくづく思いました。

また,上記に書いたように,すっごくつらくて気持ちが張り裂けそうな時に,
ふっと気持ちがほぐれるような,
ちょっとしたユーモアを含んだ言葉を言える心の余裕っていいなあと思いました。

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『Wild』

2017-08-29 02:58:18 | 映画日記
一人の女性が「トレイル」と呼ばれる山の道を延々と歩く旅をしている。
最初の場面は,彼女の足の指が傷ついたところから。
足を痛めた彼女は,岩場のところで休憩をする。
靴を脱いで靴下を脱いで,足を眺めて,「痛い…」と顔をゆがめる。
そのとき,靴がなんと岩場に落ちてしまう。
焦るも,なすすべなく,呆然とそれを眺める彼女。
そして,「くそ-!」と言って,もう1つの靴も投げ捨てる。

旅の間のシーンに,彼女の過去が織り交ぜて描かれる。
でも,この映画のおもしろかったところは,「歩く」ことが描かれていることだ。
差し挟まれる回想シーンや彼女にかかわりある人との連絡内容から,
彼女の過去が推測され,どうやら,それらがトレイルを歩くことにつながっていることはわかる。
でも,なぜ,トレイルを歩こう,と決意に至ったのかはよくわからないし,
自分探しみたいな自意識も過剰には描かれない。
また,トレイル歩きという過酷な選択を賛美する感じもない。
それがよかった。

とはいえ,劇中を貫く回想と最後に出てくる独白からは,
彼女もまた,母と娘の重たい絆につぶされていたことが分かるのですが…。

でも,歩いている間は,「歩いている」ということこそが大いなる現実。
なんでトレイル歩いているのだろう?
歩いている本人さえ,なぜ歩いているのか,そのことに対して自分自身ツッコミ続けている。
「いやになることない?」と聞かれれば「2,3分に1回くらいなるわ」という感じだし,
自問自答の場面でも「いつでもやめていいんだ」と自分に言う。
もちろん,若い女性であるため,はっきり言って色々危険がいっぱい。
冒険譚にもならない。それでも歩くし,映画の最後に,華々しいゴールが待っているわけでもない。

でも,彼女の歩く姿,自分で決めたけど投げ出したくなるし,
目的もよくわからないし,いつだってやめていいし,
何かいいことがあるわけでもないけど,
なぜか,歩き続ける姿,は,とても親和性があるし,
そうやって,意味ないじゃん,と思いながらも,歩き続けていることで,
やっぱり何か変わっている。
たとえそれを求めていなくても。

そういう意味で,なんだか励まされた映画でした。
熊倉伸宏先生の『あそび遍路』を思い出しました。

それにしても,一人でのトレイル歩きは本当につらそうです。
途中,彼女は何度もキレます。
キレて,キレた勢いで状況を打破したり,悪化させたりしています。
いいと思う。そんな感じで。

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長い名前

2017-08-23 11:23:35 | トリヴィア
だいーぶ昔に,長い英単語について書いたことがありました。

そのとき,「そういえば、昔、誰か作曲家か何かで本名がやたらと長い人がいたなあ」と書いていたのですが,

ようやく分かりました。

パブロ・ピカソでした。

Pablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno María de los Remedios Cipriano de la Santísima Trinidad Ruiz y Picasso
(パブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ)

というのが本名だそうです。

最後のルイスが父親の第一姓,ピカソが母方の第一姓で,それが,ピカソの姓になるそうですが,それ以前の長いところは親がピカソのために勝手に命名したのでしょうかねえ??

こちらのページによると,尊敬する画家・聖人・知り合いの名前を加えたとのことで,

①パブロ⇒名前first name。新約聖書のパウロPaul名を持つ亡伯父名。

②ディエーゴDiego ⇒ 画家Diego Velasquez ( ディエーゴ ヴェラスケス )
あるいは、旧約聖書の預言者ヤコブ?の名にあやかる父方祖父名の説。

③ホセ ⇒ バロック期スペイン画家ホセ・デ・リベーラ(José de Ribera)

④フランシスコ・デ・パウラFrancisco de Paula ⇒ 聖人名パオラのフランチェスコ(海上での守護者)の名を取る母方祖父名。

⑤ホアン・ネポムセーノJuan Nepomuceno⇒14世紀後半ボヘミアの守護聖人ジョン・ネポマックの名にあやかる(洗礼の代父)父友人の弁護士名。

⑤マリーア・デ・ロス・レメディオスMaría de los Remedios ⇒聖母マリアの名を持つ洗礼の代母名とされる。

⑥クリスピーンCrispin ⇒靴修理の守護神と誕生日10月25日が同じことでなずけたとされる。

⑦クリスピアーノ ⇒ 三位一体のクリスピアーノ
:Trinidad 三位一体のクリスピアーノ(クリスピンの愛称)[三位一体名を最後にもってくるのは古い習慣] ルイス・ Ruiz イ・ y ピカソ Picasso (父方の姓) ルイスと(母方の姓)ピカソであると。

⑧デ・ラ・サンティシマ・トリニダード ⇒
ラ・サンティシマ・トリニダード・デ・パラナJesuit Missions of La Santisima Trinidad de Paranaというイエズス会伝道施設の名前、世界遺産。



この他に,ネットに出回っている情報として

やたら長いと評判の ピカソの本名を 語源を辿って訳すと 大体こういう意味になる ⇒ 『小さな使徒よ お前は神が与えた人間である 神の恵みである 聖母マリアの救いである 渦巻く三位一体 それはキリスト教徒の戦いである ツルハシ便利』

というのがあるようです。


ピカソの他にも,ディエゴ・リベラというメキシコの画家も長い名前の持ち主のようです。
彼の本名は,
Diego María de la Concepción Juan Nepomuceno Estanislao de la Rivera y Barrientos Acosta y Rodríguez
(カタカナ読み,わかりません…)
だそうです!

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2017-08-12 08:18:48 | 読書日記
新美南吉さんといえば「ごんぎつね」で有名ですね。
私の時代からずっと国語の教科書に載っているようです。

私は,おなじく教科書にあった「てぶくろを買いに」という話が
大好きでした。

新美さんの文章はとても優しく柔らかな感じで,
読んでいるだけであたたかな気持ちに包まれます。

というわけで『新美南吉童話集』を買って読んだのですが
そのなかで,「狐」というお話がありました。

月夜に7人の子どもたちが歩いていました。
お祭りの日でした。
その中に,文六ちゃんという甘えん坊の男の子がいたのですが,
まずはその子が下駄を買いに行くことになりました。
下駄屋さんで下駄を買おうとしていたとき,
おばあさんがお店に入ってきて
「夜に下駄をおろすと狐がつく」ということを言います。

下駄屋のおばさんは,狐がつかないおまじないをしてくれて
その場は落ち着くのですが,

遊んだ帰り道,夜道の不安の中で,
ふと6人の子どもたちの心の中に,文六ちゃんに狐がついているかも…という
不安が広がっていきます。
その不安は,文六ちゃんが「コン」と咳をしたときに
恐怖になって,文六ちゃんをこわいと思って,文六ちゃんを置いて
めいめいの家に帰ってしまいました。

「文六ちゃんは,ぼけんとしているようでも,もうちゃんと知っているのです。みんなが,自分の下駄のことでなんといいかわしたか,また,じぶんが咳をしたためにどういうことになったかを。」

それをなさけなく思うと同時に,文六ちゃんの気持ちにも心配が生じます。
もしかしたら,じぶんは本当に狐にとりつかれたのではないかと…。


このあたりから,読者である私は,
文六ちゃんの心のうごきに共鳴してしまって,
さびしい思いになって読んでいたのですが…。


帰宅後のお母さんとのやりとりを読むとさらに,
文六ちゃんの不安や心配にさらに共鳴してしまう感じで
ドキドキしながら読み進めることとなりました。

そして,最後は号泣です。。。

以下,内容を書きますが,それまでの文章もしっかり読んだ方が
なんで文六ちゃんがそんな気持ちになるのか,感じ取ることができると思います。
短いお話ですので,読まれることをおすすめします!
ただ,立ち読みしていると泣いちゃうかもしれません。


では,以下,内容の抜粋+引用です。

----------

文六ちゃんは家に帰って,お母さんにお祭りの話をひとしきりしたあと,
思い切ってこう聞きます。

「お母ちゃん,夜,新しい下駄おろすと,狐につかれる?」

お母さんは,文六ちゃんがなぜそういうことを聞くのかを察して
「嘘だよ」と答えます。

でも,文六ちゃんの心配は消えず,
「もし,ほんとだったらどうする?」
とたずねます。

「もし,ぼくが,ほんとに狐になっちゃったらどうする?」

お母さんは笑いますが文六ちゃんは真剣で,「ね,ね,ね」と迫ります。

「そうさね」…お母さんは,ちょっと考えてから

「そしたら,もう,家におくわけにゃいかないね」

文六ちゃんを狐のいるところに連れて行くと言いました。

文六ちゃんはさびしい顔になって
「母ちゃんや父ちゃんはどうする?」
と聞きます。

するとお母さんは
「父ちゃんと母ちゃんは相談をしてね,かあいい文六が狐になってしまったから,わたしたちもこの世になんのたのしみもなくなってしまったので,人間をやめて,狐になることにきめますよ」

文六ちゃんは大きい眼を輝かせます。
そして3人の狐になって暮らすことを想像するのですが,
また心配になって,猟師はいないの?と聞きます。

お母さんはみつからないよ,みつかっても逃げたら大丈夫だよ,ということを言うのですが,
文六ちゃんの心配は止まらず,「でも,~~~なったら?」を繰り返します。
不安で不安で仕方ないのです。
自分は子どもの狐だから,猟師の犬につかまってしまうと。

お母さんはちょっとだまったあと,ゆっくりと,しんからまじめな声でこう言います。

「そしたら,母ちゃんは,びっこをひいてゆっくりいきましょう」
「どうして?」
「犬は母ちゃんにかみつくでしょう,そのうちに猟師がきて,母ちゃんをしばってゆくでしょう。そのあいだに,坊やとお父ちゃんはにげてしまうのだよ。」
文六ちゃんはびっくりしてお母さんの顔をまじまじとみました。
「いやだよ,母ちゃん,そんなこと。そいじゃ,母ちゃんがなしになってしまうじゃないか」
「でも,そうするよりしようがないよ,母ちゃんはびっこをひきひきゆっくりゆくよ」
「いやだったら,母ちゃん。母ちゃんがなくなるじゃないか」
「でもそうするよりしようがないよ,母ちゃんは,びっこをひきひきゆっくりゆっくり……」
「いやだったら,いやだったら,いやだったら!」
文六ちゃんはわめきたてながら,お母さんの胸にしがみつきました。涙がどっと流れてきました。
お母さんも,ねまきのそででこっそり眼のふちをふきました,そして文六ちゃんがはねとばした,小さい枕をひろって,あたまの下にあてがってやりました。


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叫び

2017-05-10 09:01:23 | トリヴィア
以前,カレーを食べに行ったら,ナンの焼き目が「叫び」ににていたので


「叫び」にしてみました。



実は,「叫び」,この人が叫んでいる訳ではないのですね。
最近になって教えていただきました。→wikiによる解説はこちら

これまた,へえ~~~


ところが,上記写真はその話をお聞きする前の作でした。
置いてしまったフォークの位置で,知らなかったのがばれますね…。
それが非常に悔やまれます。

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USB

2017-05-09 09:31:06 | トリヴィア
作業を手伝ってくださる方とのやりとりで,

「あの,これを入れる,あれ,貸してください」と言われて,

文脈から「ああ。USBですね。はい,どうぞ」

とUSBをお渡ししたのですが,

USBって何の略??? と疑問が。


Universal
Serial
Bus

だそうです。すなわち:

USBとは、パソコンと周辺機器(キーボードやマウス、CD-RWドライブ、スキャナー、ジョイスティックなど)との間でデータを伝送するインターフェースの規格のひとつで、インターフェースの共通化・統一を目的としてMicrosoftやIntelらによって開発された規格のことである。
こちらより)

同じページに,マイクロソフト用語集でのUSBの意味というのもあり,

An external bus that supports Plug and Play installation, which enables you to connect and disconnect devices without shutting down or restarting your computer.

ふむふむ。

でも,plugとplayの辺りで文法が少し混乱してしまいました。
そして,"Plug and Play"というのも,ひと続きの熟語であることを知りました。

Plug and Play 名詞 :
プラグアンドプレイ《コンピューターに周辺機器などを接続すると自動的に認識・設定が行なわれ, すぐ使用できること; またそれを実現する規格; 略 PnP》.
plug-and-play 【形容詞】 プラグアンドプレイ(方式)の.

そうなのかあ~。

へえ~~~



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オーケストラ!

2017-05-07 06:02:57 | 映画日記
今日はピョートル・イリイチ・チャイコフスキーの誕生日です。

あまり詳しくない中でのチョイスです,という限定付きではありますが
チャイコフスキーは,間違いなく私の中でのベスト3に入る,
かなりかなり,好きな作曲家です。

交響曲5番を大学時代に初めて聴いたとき,
その旋律の美しさ・優しさに感動して大泣きした記憶があるほどです。

そして,「ヴァイオリン協奏曲二長調」も大好きです。


というわけで,以前観た「オーケストラ!」のお話。

今は清掃員として働く元交響楽団の指揮者アンドレイ・フィリポフが
元の団員達とボリショイ交響楽団になりすまして演奏会をしてしまおうと
思いつくことから,この物語は始まります。

なぜ元指揮者,元団員かというと,当時のマネージャーが
熱心な共産党員で,
ソ連でも起こったユダヤ人追放の指令にもかかわらず
ユダヤ人の団員を追放しなかった楽団を解散させてしまうのです。
演奏会の途中で壇上に上り,指揮棒を折る,というショッキングなやり方で…。

そんな彼らが,どうしても演奏したいと願うのが
チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲二長調」なのです。

30年前に上記事件を起こしたイワン・ガヴリーロフも,
その実現のために中心的な役割を果たします。

ただ,30年前にそんな事件があって,元団員たちもそれぞれ別の人生を送っています。
メンバーを集めるのは容易ではないし,集まったところで
おそらく以前のように演奏することはできないでしょう。


そんな中での「間に合うのか!?」「演奏できるのか!?」という
ハラハラドキドキがありつつ,

しかし,この映画ではやはり30年前の事件が扇子の要のように
それぞれの人生を一つの物語として束ねる役割を果たしており,
そして,
「ヴァイオリン協奏曲二長調」,それを演奏するということが,
その事件後,あたかもそれまでの人生はなかったかのように
その後の人生を送ることを余儀なくされた元団員達にとって特別な意味をもつ
彼らが団員である(あった)ことの証の象徴のようなものとして
位置づけられています。

事件およびその後の出来事,それらをめぐる様々な思いが語られ
あるいは回想されるシーンにおいて,
その曲は効果的に劇中に流れてくるのですが,
(それが情感を高めます)
最後にやってくるクライマックスではその音楽によって
緊張からの解放による大笑い&感動の涙があふれます。

物語の流れだけでも十分興奮するのに,それをさらに盛り上げるチャイコフスキー。
チャイフスキー好きにはたまらない映画です。
ソ連・ロシアの人にとってのチャイコフスキーということを
想像することもまた楽しく。


・・・と,ここまで書いてある思いに至りました。
チャイコフスキーって,演歌かしら???
あの情感にガツンと訴えてくる感じ,
悲哀の中からふつふつとエネルギーが立ち上がり,高らかに歌い上げる躍動感。
演歌かもしれない。


ソ連時代の政治的事情,そこに生きた芸術家達の現実についても
垣間見ることができます。

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object と thing

2017-04-30 22:54:03 | トリヴィア
昨日の最後に objectについて言及していました。

気になったので調べてみました。

「もの」といえばthingですよね。
そこで,objectとthingの違いは?と思って
「object thing 違い」でググってみました。

これは覚えておくべし,なので,以下,羅列的に引用しておきます。

1日1単語!英英辞典を制する者は英語を制す!のサイトより:

この二つの違いなんですが「もの」を表す際の違いは、ほとんどありません。
英和辞典で“object”を調べると、
物、物体(thing) と表記されているくらいです。

ただ“thing”は「こと」という意味があります。
お母さんの叱り言葉の王道である、
「そんなバカなことはやめなさい!」という言葉は、こう表します。
“Stop such a silly thing!”
この場合、“object”は使えません。



ワールド翻訳サービスのサイトより「物体」を表す単語についての解説:

(2) object
日本語の「物体」という意味でのobjectは、何らかの「対象物としての物体」を意味する場合に使用されます。言い換えれば、主観的に見たり、触ったり、操作したり、研究したりする対象物であることを意味します。

(3) thing
objectと同様,日本語の「物体」という意味でのthing は、基本的に何らかの「対象物としての物体」
を意味する場合に使用されます。
ただし物体としてobjectほど明確になっていない、あるいは明確に表現したくない場合に使われます。



以上,メモでした。



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DOI

2017-04-29 23:59:35 | トリヴィア
昨日の日記の話の続きの前に「DOI」について。

昨日,「論文の引用文献のDOIが公開されている場合はそれを付けること」という指令に従い
地味に地道に,引用文献のDOIを探しつづけては貼る,という作業を延々やっておりました。

延々やっていると頭が空になるので色んなことを考えるのですが,
そのとき痛切に感じたことは

「いつの間に,DOIが標準的に共有される時代になっていたんだ!?」

ということです。謎。謎。謎すぎる。
気づかないうちに,いつの間に,時代が移り変わっていたのでしょう。
日常的に目にはしていましたが,「引用につけるべし」となるほどまでに
DOIが成長していたとは…。
でも言われてみれば,最近の論文には,DOIが付されているものが少なくないですね。。。
私が論文を書いていなかっただけなのですね。
ちょっと油断していると,すぐにこうして隔世の感を抱かせるように
事情が変化しまくっている現代社会の諸行無常ぶりを実感しておりました。

同時に,「私はネットに依存している…」ということも痛切に感じました。
DOI検索,ネットがないとできませんし,先日書いたように,
CiNiiの状況が変わったことで「研究できないじゃん!!」とジタバタする始末です。

ところが同時に,「ネットが私のネット依存を作り出している」とも思いました。
そもそもネットがなければDOI検索など必要ありません。
あるから求めるし,あることが当たり前になると
それがないとやっていけなくなる。。。

となにやら大げさなことを書こうとしているようにも思えますが
そこまで深く考えてはいません。
面倒くさい作業を延々としていたので頭の中でぶつくさ愚痴っていただけです。

それらは本日のお題ではありません。
今日のカテゴリーは「トリビア」です。

さて本題。

DOIとはなんでしょう?

コンテンツに付けられたアドレスです~くらいは答えられるのですが,
DOIとはなんぞや?となると分からなかったので調べてみました。

国立国会図書館によると
DOIは、Digital Object Identifierの頭文字で、コンテンツの電子データに付与される国際的な識別子です。

なるほど-。
Document of Identification?とか(意味が逆です,残念)思ってましたが
Identifierなのですね。Digitalかあ。Objectは出てきませんでした。
でも,ObjectとIdentifyとくれば,Unidentified Flying Objectですね。
Objectって,「対象」とか訳してしまいますが,あんがい「もの」くらいに
日常的に使われる言葉なのでしょうか?

上記のページを見ると,DOIについて非常にわかりやすく説明されています!
へえ~~~

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