地震の爪跡は、がっつり残ってはいるが、
余震もだいぶん落ち着いてきた1週間後の2007年7月22日。
預かってもらっていた作品の撤去と精算を済ませるため、
再び、新潟市にあるGALLERYN7に向かった。
「こんにちは」
「おぉ。大丈夫ですか、塾長」
このN7に足を踏み入れる時はいつも何かしらないけど嬉しくなってきて、自然と笑顔がこぼれる。
「あの日のままなんですね」
GALLERYN7は、楽雲庵塾展最終日のままだった。
壁には作品が並べられ、
中央のテーブルにはファイルが並べられていた。
「あれから1週間、作品展を続けてました。通りすがりの人も見に来てくれたんですよ」
てっきり片付けられているものだと思っていた。
片付けていないにしても、
作品展以外のN7は不定期に店を開けるから、
店は1週間閉まっているものだと思っていた。
楽雲庵塾展は7月14日から16日の3日間ということになっていたけれど、
実質、9日間おこなわれたことになる。
片付けを済ませ精算。
売り上げの3割を店に支払うことになっている。
恩返しをしたいから、少しでもバックをしたいけれど、俺の実力は微々たるもの。
これくらいしか恩返しできなくて申し訳ないと心の中で呟き、
3割分のお金をオーナーのコータさんに渡そうとした。
「いや、これは受け取れません」
えっ?俺は俺で少しでも恩返しをしたい。
「これが約束だから受け取ってくださいよ」と拒む。
「いや、今回は地震があったし受け取れません」
膠着状態。
考えた末、俺が折れる。
「わかりました。それじゃあ、このお金は地震で被害にあった人達に渡るようにします」
自宅に帰る途中、
地震で被害があった街のコンビニに寄って、
レジの隣にある箱の中に入れた。
車に戻り、コータさんにメールを送る。
「今、コンビニで募金をしてきました。1万円札を入れたのに、レジの人はびびりもしません」
楽雲庵塾展1週間後の語ることがなかった物語。
*****
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壁には作品が並べられ、
中央のテーブルにはファイルが並べられていた。
「あれから1週間、作品展を続けてました。通りすがりの人も見に来てくれたんですよ」
てっきり片付けられているものだと思っていた。
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実質、9日間おこなわれたことになる。
片付けを済ませ精算。
売り上げの3割を店に支払うことになっている。
恩返しをしたいから、少しでもバックをしたいけれど、俺の実力は微々たるもの。
これくらいしか恩返しできなくて申し訳ないと心の中で呟き、
3割分のお金をオーナーのコータさんに渡そうとした。
「いや、これは受け取れません」
えっ?俺は俺で少しでも恩返しをしたい。
「これが約束だから受け取ってくださいよ」と拒む。
「いや、今回は地震があったし受け取れません」
膠着状態。
考えた末、俺が折れる。
「わかりました。それじゃあ、このお金は地震で被害にあった人達に渡るようにします」
自宅に帰る途中、
地震で被害があった街のコンビニに寄って、
レジの隣にある箱の中に入れた。
車に戻り、コータさんにメールを送る。
「今、コンビニで募金をしてきました。1万円札を入れたのに、レジの人はびびりもしません」
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まさか見に行った後に巨大地震起こるものとは…
今考えるとぞっとします。
募金とはさすがです。
その額はかなりビビりものですけどね。
また作品展やるときは足を運びますので!
また、来てくれるなんて、嬉しいっす。
ありがとうございます。