できるだけ歩く鳥

サラリーマンエンジニアによる日常メモ。たまにMac偏り気味。

抽象と具体

2007-03-14 23:50:00 | diary
小学生の頃、自分のいたクラスはどんなクラスだったか。
思い出せなくてもいいけど、まあちびまる子ちゃんの教室でも思い浮かべてください。
まるちゃん、たまちゃん、他、いろんな子がいて、そしてどんな雰囲気のクラスか、それぞれ具体的なイメージがすぐわくと思います。

最近の小学校の教室、どんな感じになってるでしょうか。
僕はこういうとき想像するクラスは、すんごく無機質です。
任意の小学生A、B、C…(A≠B≠C≠…)の集合を、3年2組{A, B, C, D, ...}とする
って感じ。

これは、僕が「最近の小学校の教室」をリアルなものとして想像できないってことです。
でも、こんなんでも、頭のなかでいろいろこねくり回して「それっぽい教育論」とかを述べることはできてしまうわけで。

そう思うと、自分が考えている対象を抽象的な感覚で捉えているか、具体的な感覚で捉えているか、たまに見直してみないと自分がとんでもない方向に突っ走ってないか怖くなります。
抽象化すべきでないところで、抽象化しすぎた思考をしたり、逆に具体化すべきではないところで、具体化しすぎた思考をしたり。


さっき外を珍走団が爆音立てて過ぎ去って行きました。
あいつら死ねばいいのに、と思いました。たぶん、抽象的な「いわゆる珍走団」を思い浮かべての思考。
でも、
・彼ら一人一人、珍走しはじめてしまった理由はそれぞれ異なっているんだろうな
・子供を愛してくれない親だったとか
・彼らにも家族、友人、恋人、幼なじみ、などなど、珍走といえども死んだら悲しむ人がいるだろうな
なんてことを少しでも想像すると、死ねとまでは思わなくなりました。とりあえず迷惑な行為さえしないでくれ、程度に。

でもやっぱうるさいから死ね。バイクで事故とかだと迷惑なので、人知れずひっそりどっかで死ね。

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