続・エヌ氏の私設法学部社会学科

無理、矛盾、不条理、不公平、牽強付会、我田引水、頽廃、犯罪、戦争。
世間とは斯くも住み難き処なりや?

巻4の2 雲の浜の妖怪 附 鵜取兵衛あやしき人に逢う事

2018-05-05 | 御伽百物語:青木鷺水
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 能登の国、一宮にある気多神社は、能登の大国主にして羽咋郡に鎮座する神である。多くの祭祀がある中で、毎年十一月中の午の日は鵜祭りといって、丑の刻に至ってこれを勤めるのに、十一里を隔てた鵜の浦という所より、いつもこの神事のため、鵜を捕え、籠に入れて提げ来る役人がいる。彼の名は鵜取兵衛といって、代々同じ名を呼び伝える習わしであった。
 去る元禄の頃、この鵜取兵衛が、いつものように神事のため、鵜の浦に立って鵜を捕えようとしていたが、数ある鵜の中でも神事を勤める鵜はただ一羽のみであるところ、今宵は珍しく二羽の鵜が寄って来たのを、何気なく一羽だけ捕えようとしたが、思いがけず二羽とも捕まってしまったので、不思議だとは思いながらも、ついでに二羽とも持って帰ることにした。
 そして捕えた鵜を籠に収め、一宮へと急いでいたところ、年の程は二十ばかりと見える惣髪の男で、書物を懐に入れていかにも学問などに通じていそうな書生が、この鵜取兵衛に行き逢って道連れとなり、しばらく話などをして連れだっていた。ところがどうしたことか、俄かに書生が腰を引き始めたので、「どうしたのですか」と問えば、書生は、
「急に疝気が起こって、今は足を運ぶのも難しくなりました。どうかその鵜籠に、暫くの間、乗せてください」
と言うのを、鵜取兵衛は冗談だと思い、
「お安い御用です。乗ってください」
と言えば、書生は立ち上がって、
「では、乗せていただきます。御免ください」
と言ったかと思えば、書生はたちまち鵜籠の中にいた。しかし、それほど重たいわけでもなく、書生が鵜と並んでいるのを、不思議なことだとは思ったが、咎めるほどのことではないし、なお道すがら話して行くほどに、一宮まで、あと二里ばかりになった頃、かの書生が鵜籠より出てきて、
「さてさて、今宵は良い道連れに出会えたので、足を休めることができました。このお礼に、ぜひ振舞いをしたいと思いますので、しばらくこちらでお休みください」
と申し出た。鵜取兵衛も不敵者なので、
「では、御馳走になりましょうか」
と、荷を下ろした。
 すると書生は口を開いて、何か物を吐き出すと見えたが、それは、大きな銅(あかがね)の茶弁当一つ、高蒔絵をした大提げ重一組を吐き出した。この中にはさまざまの珍しい食物や、魚、野菜、あらゆる肴が満ち満ちており、鵜取兵衛に食べさせ、酒も数盃に及んだ時、かの書生が、
「私は、一人の女を連れて来たのですが、あなたに遠慮して言い出せず、今に及んでしまいました。お邪魔でなかったら、呼び出して一緒に呑もうと思うのですが」
と言うので、鵜取兵衛が、
「何の遠慮することがありましょうや」
と言えば、又、口より女を吐き出せば、年の頃十五六ばかりと見え、容顔美麗で愛らしい女であった。書生もいよいよ興をもよおして酒を呑んでいたが、だいぶ酔ったようで、そのうち横になって寝てしまった。
 すると、その女が鵜取兵衛に向かって、
「私は、この人と夫婦になった時、兄弟のない身の上で、気を遣う親類もいないと偽ったので、この人も、私一人ならば何所までも一緒に行って養ってやろうと誓いを立て、私もここまで慈しみ恵み申して来ました。けれども本当は、私には一人の弟がいて、この夫に隠して養っていおりました。今、この夫が酔い伏している隙に、呼び出して物を食べさせ、酒なども呑ませようと思います。ですから、夫の眠りが覚めても、決してこのことを夫に言わないでください」
と口止めをして、この女もまた、一人の男と金屏風一双とを吐き出し、夫の方にこの屏風を立てて目隠しとし、かの男と語らいながら酒を呑んでいた。

 そのうち、早や夜も七つ過ぎになろうかと思う頃、かの酔い伏したる書生が欠伸をして起きようとする様子を見せたので、女は驚いて、先ほど吐き出した男と屏風とを呑んて、何事もなかったかのように、傍らに座っていた。書生はようようと起き上がり、鵜取兵衛に向かって、
「さても今日は、さまざまと御世話になり、ここまでの道をご一緒いただきました。また、酒にもお付き合いいただき、楽しく過ごすことができて、誠に忝ない次第です」
などと一礼し、さて、かの女をはじめ弁当敷物など悉く呑み尽くして、白銀の足打ち(折敷)一具だけを残して、鵜取兵衛に与え、別れて行った。
 鵜取兵衛は、この足打ちを持って宿に帰り、まず、この怪しい話を妻に語り、貰った足打ちを自分の家の什物として他人にも見せたりした。
 しかし、初めに、確かに二羽捕まえたはずの鵜が、一羽しか籠に入っていなかったのも、また怪しい事であった。


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