続・エヌ氏の私設法学部社会学科

無理、矛盾、不条理、不公平、牽強付会、我田引水、頽廃、犯罪、戦争。
世間とは斯くも住み難き処なりや?

巻5の2 百鬼夜行 附 静原山にて剣術を得たる人慢心をいましむる事

2018-06-03 | 御伽百物語:青木鷺水
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 富田無敵とかいう名前の、丹後より京都に登り、剣術の師をする人がいた。剣術は元陰流で、この流派は、鵜戸大権現が夢に現れ、僧慈恩と言う者に伝えた妙手ということである。無敵の剣術は人気を博し、門弟になって秘技に与かる事を思う人も少なくなかったので、一門は日夜に繁栄し、朝暮、剣術の稽古が止むことはなかった。無敵は、これも偏に摩利支天毘沙門の冥慮だと思い、月に一度ずつは、稽古の暇を窺って、日が暮れてから鞍馬に参詣し、夜の内に僧正の谷を経て貴船に下り、夜明けには必ず京の宿に帰りつくのを例としていた。

 頃は元禄十年の秋八月十四日の暮、月が見頃であったこともあり、例の参詣を思い立って二条堀河の家を出て、暮れかかった道を、煩わしい用事なども忘れて、夕暮れの鐘とともに、只一人、北を指して行くと、月も華やかに、光りを惜しまず東の峯を分けて登っており、明日の夜(十五夜の満月)が今宵であったらいいのにと言ったのは小町だったが、その気持ちがよく分かると思うにつけて、
 「月見れば 慣れぬる秋も 恋しきに、我をば誰か 想い出ずらん」
などと歌われた古い眺めも、こうであったろうと想像された。
 そうして進んでいくうち、車坂のほとり迄は普段通り変わりなく着き、さらに、古人も見たであろう静かで美しい景色を楽しみながら進んでいくうち、ふと前を見ると、自分より先に行く者がいた。今までは自分だけがこの道を踏み分けていたはずであるが、どうしたことだと思って怪しみ、さし覗いて見れば、その者は世捨て人と見えて、黒地の衣の、随分やつれたものの裾を短かく絡げ、種子とかいう袈裟を念珠と共に首にかけているが、旅の姿というわけでもなく、生活のため里に下りて、逮夜(忌日の前夜)の説法などを勤め終わり、月に嘯きつつ山へ帰るような雰囲気であった。
 すると突然この僧が、経の一節を声高く誦したのが、無敵にはいかにも尊く感じられ、思わず走り近づき、道すがらの友となって語らうと、僧も心置く気色なく打ち解けて語りつつ、共に鞍馬寺に詣でた。

 さて、心ゆくばかり念誦も終わったので、僧と別れて、例の僧正が谷に向かおうと思ったが、この僧が名残り惜しげに無敵の袖を控え、
「ふとした道連れになって、楽しいお方に出会うことができました。しかしこのままでは、何となく名残り惜しいような気がします。お見受けしたところ、貴方には武道の誉を顕される相がございます。私の庵はこの山蔭にありますので、ご迷惑でなかったら、お出でください。いろいろとお聞きしたい話もございます」
などと親しげに語るので、無敵も心が解けて、
「では参りましょうか。私も、月に浮かれ歩く身です。共に庵からの月を見ましょう」
などと戯れて、元の道に戻ると、僧は大門を降りて少し北へ進み行くので、無敵も後について行けば、とある家の裏手から鞍馬川を渡り、細い道芝を踏み分けて、また山深くへ入っていった。

 これはどうしたことか、無敵は心もとなくなって問うたが、僧はただ「こちらです」とばかり言って詳しくは言わず、なお、山深く道もない方へ分け入っていくので、無敵の不審はいよいよ晴れ難くなり、「もしかするとこれは只者ではなく、当山の天狗が自分の胆気を試すつもりか、または山賊が自分を騙して仲間のいる場所へ連れて行くに違いない。おのれ何にもせよ、ただではおくものか」と、懐より弾丸(注)という物を取り出し、僧の頭の鉢も砕けよとばかりに打ちかけた。
注:鉄砲の弾丸ではなく、「弾き弓」(玩具のパチンコやスリングショットのようなもの)で使う小さな鉄球。達人は道具を使わずに手で投げて、相手を殺傷できる。
 ところがこの僧は、事も無さげな気色でてくてくと歩いて行くので、無敵は、確かに狙ったと思ったが外したのか、と無念に思い、続けて同じところを狙って打ち、既に弾丸の数が五発に及ぶとき、この僧は手を挙げて首筋をさすり振り返って、
「おふざけは止しなされ」
と、何事もなかったかのように言った。これには無敵も攻撃する気をなくしてしまい、「さては名に聞く僧正坊とかいう天狗(鞍馬山僧正坊、俗にいう鞍馬天狗)かもしれない。それならば下手に攻撃するよりも、一緒について行って、ひとつ道術の奥義でも学んでやろう」と思うようになって、その後は手向かいもせず、ただ念のため、心の中で摩利丈夫の呪を唱えながらついて行った。

 やがて、とある山あいの茂った木立ちの中から、炬火(たいまつ)の光が多数群がってこちらへ向かって歩み来るのを、あれは何だと見ていると、それは僧を迎えに出てきた人々であった。いずれも屈強な男たちで、素襖の肩を絞り上げ、袴も高い位置で括り結った者が数十人、恭しく僧の前に畏まった。僧は無敵を指差し、
「このお方は、旅の途中で懇意になったので、お連れした客だ。皆、お供せよ」
と命じたので、男たちが無敵の前後をとり囲んで、この並木の中を十町ばかり行くと、大きな屋敷に着いた。
 その佇まいは大きな国の国守でも住んでいそうな立派なもので、主人の僧がまず入って無敵を招き入れて上座に直り、その後ろにある屏風を、少し押し退けたのを見れば、年の頃十八九の美しい女が二三人、居並んでいて、
「今宵の客人は、なかなか素敵な御方ですわ。出て来て、おもてなしなさいませ。奥方はまだお休みではないでしょう」
と、奥をさし覗くと、僧の妻と思える女が一間を隔てた方に控えていた。妻は、屏風を畳んで、木丁の帷子を半ば絞り上げ、物深く思い患っている様子で机に寄り掛り、何やら手まさぐりしていたが、無敵の方を少し見起こして涙を拭い、それでもまだためらっているところを、僧がひたすらにすかし招くので、少しこちらへいざり寄って座った。

 それにしても、客人が来たというのに、そんな妻の態度が訝しく思えた時、僧が重ねて無敵に語るには、
「私は元々、この田に住んで年久しく、山賊や強盗を生業とする身で、日夜、このやつれた僧の姿に本心を偽り隠し、ある時は都に出て、ある時は丹後や若狭、江州の地を踏み、多くの旅客や女、富貴な家の若い奴などを欺いて連れて来て、衣服だろうと太刀だろうと何でも剥ぎ取って、生活の糧としています。今、あなたを伴って来たのも、実はそのつもりだったのですが、あなたの武勇が人に超え、天晴れの手利きだったので、私も悪念を翻し、今宵の月を一緒に楽しむ友にしようと思いました。先ほどの弾丸も、私だったから命を保ちましたが、普通の人があなたの武勇に逢ったなら、助かる人はいないでしょう。お互い様ですから、今は心をお許しいただきたいと思います。私もまた、あなたを害する心はありません。ほら、あなたが打った弾丸は全部ここにありますので、お返しいたしましょう」
と手を挙げて首筋を払ったかと思えば、先ほど打ちかけた弾丸が五つともはらはらと出てきた。
 無敵はこれを見て大いに驚き、
「さては、ことごとく中ったのですな。それなら、この弾丸が和尚の脳を疵付けないはずはないのだが、和尚の首の後ろを見ても、ひとつも傷がないのは、どうしたことですか」
と言うと、僧がまた答えるには、
「私は元々、護身の妙を得ており、剣術もまた、人に超える腕前ですので、今まで一度も疵を蒙った事がありません」
と語った。

 程なくして、料理が出来たようで、無敵の前に数十膳が運び据えられた。続いて、奥の間より美を尽くした直垂を着飾った男が数十人出てきて、皆、膳についたので、僧がまた、この人らに引き合わせて言うには、
「彼らは皆、私達一党の義弟たちです。お前ら、この客人に武勇をあやかるがよい。もし、何も知らないままこの人に出会ったなら、きっと今頃、お前らの手足はばらばらになり、骨は狼の腹の中だ。さあ、存分にもてなせ」
と言いつけ、酒を二三献参った。
 座の趣もだいぶ進んできた頃、僧がまた無敵に、
「私は、最前も言ったように、この生業を勤めて四十年余りになります。今はもう年老い、力も弱くなってきたので、この辺で生業を止めて、後生の罪も恐ろしく思うので、仏への勤めもしなければと考えています。ところで、私には子供が一人いて、剣術も受身も軽業も、みな私より勝る腕前です。しかしながら、つくづく思うに、このような事を生業とするのは、人としての道に背くことです。振り返ってみれば、私が長年この道に長じてきたのは、その昔、何某と名乗って仕官していた頃、剣術の妬みから私を恨む人がいたのを、その人を返り討ちにして官を退いたのですが、その後は世を渡る術もなく、食に飢えても、再び奉公することもできず、心ならずも盗人になってしまいました。それでも、倅だけはどこかへ修行に出し、武芸の家でも起こさせようと思ったのですが、悪事には進みやすく、盗賊の仕方ばかり鍛錬して、なかなか私の手にも負えなくなってしまいました。今は、あなたの手を借りて、かの倅を手打ちにしようと思っています。このようなこと、あなた以外に頼むべき技量を持った人はいません」
と、切実に訴えた。
 無敵も、僧が俗世間から身を隠して生活を営むとすれば、このような生業に身を落とすのも無理はないが、さすがに元は武士たる者、零落したとはいえ、その子にまでも、辻斬りや追剥ぎなどの生業をさせるのは、これまた人の道ではないと納得し、「あなたがそこまで思い詰めているのならば、如何様にも御心にお任せいたしましょう」と請け合った。
 僧が、実に嬉しそうに笑み、「おい、林八」と呼んで、出てきた者を見ると、未だ十六七に過ぎない年頃で、髪形や物腰、手足の先まで美しく白く、まるで玉を刻んで人にしたかの如く光り輝くようで、無敵も、思わず心が揺らいでしまった。
 どんなに耐え難いことだとしても、これほど立派な若者を、殊に剣術の妙を得たような人を、僧の思うようにならないからといって、自分に殺させようとするとは、無敵には、僧の心の底が測り難かった。無敵は、
「他人の身としても惜しいと思うのに、ましてあなたは父でしょう。それを憎んで殺そうと思うとは。慈悲の道を考えることはできませんか」
と言ったが、僧は笑うばかりで何とも答えず、ただ「殺し給え」とばかり言って、もう、無敵の前に、かの弾丸五つと、二尺ばかりの棒を得物として差し出している。
 僧は林八を招いて、
「お前は、この客人の御相手をして、逃げきってみせよ。仕損じるのは恥だぞ」
と言い付け、両人を連れて一間に入れ、外から錠を下ろした。
 その中は、二間の板敷で四方に聖行燈という物をかけたばかりであった。
 林八は、馬鞭一本を手に取っているばかりで、刃物などは持っていない。無敵はたやすい相手だと思い、常に鍛錬している弾丸を打ちかかったが、林八は鞭を振り上げて、過たず弾丸を叩き落とし、すぐさま飛び上がって梁の上に逃れた。無敵が二発目を打てば、また飛び退いて、今度は無敵の後ろに回った。払えば前、くぐれば馬手(右手)、あるいは戸の桟を走り、鴨居に立ち、壁を伝うこと蜘よりも早く弾丸をかわし、ついに無敵は、五つの弾丸を悉く打ち尽くしてしまった。
 止む無く無敵は、腰の物を抜いて飛びかかり、真二つにしてくれんとばかりに、丁と斬りかかれば、林八は鞭で刀を受けて払う。それはさながら神か鬼か、神通力を得た人のようで、無敵から僅か二尺に足らずのところを付き巡り、無敵も幾度か手を尽くしたが、斬れども突けども林八のいいようにあしらわれて、疵ひとつつけることができなかった。

 無敵も、力の限りを尽くして、冨田一流の極意、秘術を用いて縦横無尽に攻撃をしかけたが、なかなか薄手の一つをも負わせられず、もはや戦う意欲も殺がれてしまい、しばし控えていたところ、僧が表より声をかけ、「両方とも互いに引き給え」と、錠を開けて両人を部屋から出した。
 僧は無敵に向かって、
「さてさて比類なき働き、おそらく貴方は、この道の奥義を得たものと見えます。しかしながら、今しばらく戦い続ければ、御身も無事では済みますまい。ただ林八のことは、我が子ながらこれ程の妙手を得て、立派な若者になったので、不憫と思わない訳ではありませんが、ひたすら盗賊の業を悦ぶので、所詮、亡きものと思い、貴方の働きを願って託したのですが、それさえ及ばないとなれば仕方がありません。今はお休みください」
と、酒を勧めた。

 夜もすがら、二人は兵法の口伝、秘術など、まだ話し足りなかったところを委しく伝えあっているうち、早や夜も七つの頃になるようで、月の光もやや薄らぎ、鶏の声が微かに聞こえてきて、無敵は帰ろうとした。僧もまた名残惜しげに立ち、しばらく無敵を見送って、屋敷の中へ戻って行った。
 その後は、朝霧が深く立つ中を二三町も過ぎたと思うに、早や、棟門が立ち並んでいた屋敷も見えなくなっていた。茫然としつつ、踏み知らぬ山道を分けつつ、よく分かららないままに歩いて行くと、漸く人里が見えてきた。急いで近づき、都への道を尋ねているうちに、そこが静原より大原に通う山道だということが分かった。
 無敵は、この出来事がどうしても訝しくて、二三日後に、また、かの道を尋ねてみたが、道を間違ったのであろうか、ついに、再び屋敷を探し当てることはできなかった。


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