続・エヌ氏の私設法学部社会学科

無理、矛盾、不条理、不公平、牽強付会、我田引水、頽廃、犯罪、戦争。
世間とは斯くも住み難き処なりや?

盗せしもの神罰をかうふる事

2018-10-04 | 諸国因果物語:青木鷺水
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 丹波桑田郡篠村に与八という者がいた。心よからぬ男で、神仏を蔑ろにし、人を人とも思わず、転々と雇われ歩く身であったが、雇われた先々で、欲しいと思ったものは何でも盗んでしまい、後で咎められる事があっても何とも思わない、不敵な曲者であった。
 同じく心よからぬ友に、その近くに住んでいた小左衛門という者がいた。これも能なしで、博奕に身を打ちこんで方々と稼ぎ歩いていたが、与八も無二の友なので、いつも往来して酒を呑み、人の物を貪り、面白おかしく暮らしていた。

 ある時、小左衛門は博奕に打ち呆け、散々に負けて因幡から帰ってきたが、このまま家に帰っては妻子の待つ甲斐もなく、飢えた様子を見るのも鬱陶しく思えた。そこで、誰でもいいから通りかかった奴から金目の物を剥ぎ取ってやろうと思い、新八幡宮の鳥居の陰に、旅姿のままで隠れていた。
 一方、与八は、村でこの秋に刈り入れた稲を、村人が新八幡宮へたくさん奉納して積み置いているのを、今夜にでも盗み取って食物にしようと思い立ち、天秤棒に縄を巻いたものを準備し、夜半過ぎ、空の星明かりを頼りに宮の方へ歩いていった。
 隠れていた小左衛門が、その人影をよく透かして見ると与八であったので、ひとつからかってやろうと、後からそろそろと付いて行き、与八を目がけて石を投げ、「やい、賊め」と声をかけた。
 与八は、小左衛門が戯れでやっているとは知らず、「しまった。見られた」と慌てて逃げ、森の方へ隠れようとした。
 それを追って小左衛門は、
「やい、うろたえ者。俺だと分からないか」
と、逃げ惑う与八に向かって、もう一つ小石を投げつけてみたら、小石はちょうど与八の首筋に当たり、同時に与八は、ひときわ大きな柿の木に激突してしまった。
 与八は、首に何かが当たった感触がして、また、頭から血が流れてきたように思って手をやってみた。そして手に付いたものを腰の手拭いで拭き、星の光りに透かして神前の灯明でよく見ると、間違いなく血であったので、眩暈がして、一歩も進めなくなってしまい、森の入口でどうと倒れ込んでしまった。
 そこへ小左衛門が走り寄って「与八、しっかりしろ」と言えば、与八が苦しそうな息の下から、
「俺はいつも、神仏など無いものと侮り、神社や寺の物も多く盗み取って世を渡っていた。だが今日ばかりは、その報いが来たらしい。今日も拝殿の刈稲を盗もうと手を懸けたのだが、社の内から誰かが声をかけたと思ったら、白羽の矢が一筋飛んできて、俺の首の骨を射抜いて、あそこの柿の木に射つけられてしまった。何とか逃げ延びようと思ったが、どうやら俺の命もこれまでらしい。ここは神社だから、夜が明けて誰かに見咎められたら、もう一つ罪つくりになるだけだ。そこで頼みだが、日頃の誼に、お前の手にかけて殺してくれ」
と、苦し気に言う。

 小左衛門は身の毛がよだち、恐ろしく覚えたが、まずは与八の首筋に手をあてて探ってみると、確かに血にまみれ、脳が砕けたのか、肉なども出ているようである。この傷では、どうやら与八は助かりそうもないので、小左衛門は、
「よし、わかった。お前のことは、懇ろに弔ってやる。観念しろ」
と、一刀に刺し殺して、帰って行った。

 夜が明けて、何者かの仕業で与八が宮の森で刺し殺されていると、村中が取沙汰して、我も我もと集まって見に行っていたので、小左衛門も何となく行って、人の後から与八の死体を覗き見れば、自分が手にかけた傷だけで、与八の頭には何の傷跡も残っていない。
 あまりの不思議さに、近寄って与八を押し動かしてよく見れば、かの柿の木に激突した時、上から熟柿が一つ落ちて、頭に当たって潰れていた。それを、与八は心に疾しいことがあるせいで、白羽の矢が当たって血や肉が飛び出したのだと思い込んで気弱になり、小左衛門も、罪深い自分や与八に天罰が下ったのも当然だと思い、与八を殺してしまったのだと合点した。
 小左衛門は、恐ろしくも悲しくも、これこそ真の神罰と心に思い、その場で小左衛門の名を捨てて遁世し、四国西国を巡って、年を経ても再び国に帰ることなく、懺悔の生涯を送った。

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