goo blog サービス終了のお知らせ 

ぴかりんの頭の中味

主に食べ歩きの記録。北海道室蘭市在住。

【本】切腹の話

2006年10月19日 19時22分57秒 | 読書記録2006
切腹の話 日本人はなぜハラを切るか, 千葉徳爾, 講談社現代新書 287, 1972年

※グロ注意。 人によっては気分が悪くなると思われる文章が含まれています。ご注意ください。

・日本固有の自殺法、『切腹』について。興味本位のカタログ的書物ではなく、柳田國男の教えも受けた著者の学術的な研究成果をまとめたもの。「切腹」を通して「日本人とはなにか」を考える。
・テーマがテーマだけに、戦時中の詳細な切腹体験談などの記述はなかなか読むのがしんどいです。
・「このAという女性の場合、あとで聞いたところでは傷口から膝まで内臓があふれ出て、下半身血まみれであったという。それに対してBや報告者の場合は腹壁が切断されず、苦痛が少ないために意識も行動もしっかりしていたのである。」p.21
・「さて、いよいよ突き立てたところでなかなか引廻せるものではない。まず痛い。ただ、突立てた部位と、それが腹壁内にとどまるが、それとも腹壁を突破って腹腔内に入ったかで、痛さの程度や感じは異なる。」p.40
・「切腹とはやはりまず第一に、できるだけ可能な方法で腹壁を切開するために、手の形として力を入れやすく、腹部の部位としてあまり痛みのないところを、とにかく完全に切断することを目的とした形式であると考えてよいようである。」p.42
・「何しろ血は出るし、痛いし、息ははずむし手はすべるしという具合だから、考えただけでもきれいな十文字腹を切るのは、なまなかな気力、体力ではできないことといえる。」p.45
・「本書で問題とする切腹という形式は、古来日本人独特といわれているし、インドネシアにみられるアモックという自殺法は、日本ではきわめて稀なように思われる。ワレースの記すところに従うと、この方法は19世紀のジャワ、セレベスなどにしばしば発生していた。自殺したい者はまず刀を抜いて村の広場や街中の人ごみの中で、誰でもかまわず通りかかった者に切りつけ、その血をあびて刀を正面に突出しながら、無二無三に突進しつつ「アモック、アモック」と連呼する。たちまち群集が刀や棒でこの自殺志望者を打ち、切り、一瞬の間に死体と化せしめるのだという。」p.59
・「筆者の知る限りでは、中国文献上の華南の住民には服毒自殺が多いようであり、19世紀のロシア正教のある宗派の信者には、焼身自殺が多かったと記されている。アメリカ合衆国ではピストルや銃を用いるものが多く、ヨーロッパでは縊死や投身自殺の比率が高いといわれるけれども、ひろく各民族、各国民について、それぞれどのような形態が特徴的であり、それはどのような理由によるかといった研究は、筆者の知る限りではまだないようである。」p.59
・「だから、私の取り扱う切腹という自殺形式も、当面はこのように「日本人としてみずから腹を切ることにより、精神的な何ものかを象徴的に示そうという意図がうかがわれる」事例は、傷は軽微でも切腹に含めることにしたい。」p.62
・「むしろ表-2から、そのような身分差をはっきりあらわした自殺形式としてよみとれるのは、首くくりや投身という形態が武士の間では男女ともに認められない点で注意されるべきであろう。」p.67
・「そのほか、さまざまな変形があった。嘉吉の乱に滅亡した赤松氏の武将、朝積(あさか)某はやぐらの上で腹を十文字に切って、腸を引き出してやぐらの下に投げ落し、城内に引き返して自分で自分の首を切り落して死んだという。」p.90
・「要するに、戦時体制としての武士階級とその慣行とを、平和体制の中で依然として維持してゆかねばならないという、封建制の矛盾した社会構造が、切腹刑における前代の原型との差異としてあらわれてくるのである。」p.105
・「女性で切腹に強く惹かれる精神的傾向をもつ人は現今も意外に多く、むしろ男性よりも多いことが明らかだからである。」p.114
・「さらに四川省栄県では、何なにがしという者の祖母、89歳になるものが病が重くなったので、孝行な何は刀で腹を切り肝をえぐり取って祖母に食べさせた。これは中国では割股とよばれ、みずからの肉や内臓の一部をとって重病の親に食わせ、その生命を救おうとするもので最高の孝とされる行為である。」p.133
・「単に腸がはみ出したくらいならば、手当てさえ適切なら腹膜炎にもならず治癒する。」p.143
・「人の真心を見せるためには、腹あるいは胸を切りひらいて、内臓を示すという方式が唐代には信じられ、また実行されていたという事実なのである。」p.143
・「人間の生命についても同様であって、人が死ねば再びその霊は新しい姿で生まれてくる、決してそのままには終わらないという、再生、転生の思想は、草木虫魚が春ごとに生きいきと生育する風土、たとえばアジアのモンスーン地帯の住民に深く信じられており、逆に死は永遠の暗黒の国、戻って来られない他界への旅と考えるのは、極寒の地や密林の世界に住む人びとに抱かれる考え方であろう。」p.149
・「現在、切腹はどのような意味で行われはじめたかについて知られている説明は、大きくいって次の三つにわけられる。第一は「切腹はその死に当って苦痛に堪える勇気を示す形式である」という、例のブリタニカに説かれたもので、外人追随派のとるところである。第二は切腹研究家中康弘通氏らが述べる「自己の肉体に加虐することでよろこびを覚える心理、サディズム、マゾヒズム、エロティシズムなどを満足せしめる行為の一つ」とみる考えかた、第三は故新渡戸稲造氏が唱えた「自己の潔白あるいは赤心の表明形式である」という、『武士道』の中で与えた定義である。」p.152
・「このように切腹そのものを想像しあるいは行為することに、肉体的もしくは精神的快感を味わう人の数は意外に多いようである。」p.194
・「要するに、切腹という自殺形式をとる者が16、7歳から急増して、30歳前後までがもっとも多くなる一つの理由は、私の体験に照らしてみても、性的な肉体の変動、情緒不安定などを底流にしており、自己及び他人の肉体の内部を観察したい、あるいは提示したいといった欲求と無縁ではない。」p.199
・「つまり見る者にも共にきわめて悲愴感を起させ、同情死を誘うものであったらしい。現にこの個条(『太平記』)を学校で先生から話された小学五年生の児童が、感動して放課後教壇の上で切出小刀で一文字に切腹し、それを見た友だちが「痛いか」とたずねたところ、「痛くない」と答えたので、その友だちもやはり切出小刀で割腹し、二人とも大腸露出で重態となった事件がある。」p.203
・「なぜなら美は、はじめに芸術のめばえについて考えたように、エロスと死に裏打ちされた情緒だからである。」p.208
・「虚心にただただ、腹を切って天に祈ろうと思いつめて行う形が、だれでも似た形式の腹の切りかたになるのではないかという気がする。だから、要するに現代日本人にも、古代的、原形としての切腹は形態上からみても、また心理面からみても、伝承されつつあると考えてよさそうである。」p.210
・「さらにこれにくらべると、先ごろの三島由紀夫氏の切腹は、男でありながら腹部の切開創は十数センチにすぎず、さらに介錯人に依頼して首を落とさせた点でも、より新しい近世封建制の下での刑罰的形式にしたがったものにすぎない。古来の日本固有の美を追求しようという三島氏の意図からしても、これは惜しむべき錯誤といえる。」p.213

?きこう【稀覯・希覯】 めったに見られないこと。珍しいこと。「稀覯本」
?そげん【遡源・溯源】 みなもとにさかのぼること。根本をきわめること。さくげん。
?ふげん【誣言】 (「ぶげん」とも)わざと事実をいつわっていうこと。また、そのことば。誣語。
?そっきょ【卒去】 (「しゅっきょ(卒去)」の慣用読み)律令制で、四位・五位の人および諸王が死去すること。卒。また一般に、身分ある人が死去すること。
?けんきょう‐ふかい【牽強付会】 道理に合わないことを、自分に都合のいいように無理にこじつけること。
?しょうひつ【省筆】 1 語句を省略すること。  2 文字の点画(てんかく)を省略すること。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】科学者はなぜ一番のりをめざすか

2006年10月14日 09時22分30秒 | 読書記録2006
科学者はなぜ一番のりをめざすか 情熱、栄誉、失意の人間ドラマ, 小山慶太, 講談社ブルーバックス B-808, 1990年
・『一番のり』という観点から振り返った科学史。これ以上の紹介文が浮かばない。それそのまんま。
・「ところで、発見という幸運は、最初にそれを成しとげた人間、つまり、たった一人の人間にしかめぐってこない。未知の謎も、誰か一人が解き明かしてしまえば、もはや謎でもなんでもないからである。そうなると、必然的に科学は「早い者勝ち」の様相を呈してくる。」p.6
・「つづいてオルドリンが月面に足をおろしたのは、アームストロングから遅れること、わずかに18分後である。(中略)月面に立ったという事実は同じでも、二人の立場には――極論すれば――天と地ほどの違いが生じてしまった。」p.17
・「1972年12月、最後のアポロ宇宙船となった17号まで、総勢12人のアメリカ人宇宙飛行士が月面に立ち、400キログラム近い月の岩石を地球に持ち帰った。(中略)しかし、二回目以降の月面着陸を、いったいどれだけの人が記憶にとどめているであろうか。」p.18
・「近代以前も人間は、各時代、文化に固有のスタイルで自然に関心を抱きつづけてきたが、何かを発見した場合、その先取権を広く世間に向けて主張するという意識は、きわめて希薄というか、ほとんどなかったといっても過言ではなかった。」p.28
・「事実、コペルニクスは『天体の回転について』の冒頭で、地球が動いていると考えたのは決して自分が最初ではなく、すでに何人もの古代の先哲たちが、同様の説を唱えていると、具体的な人名を挙げて論述している。革新性に価値をおくのではなく、古代の学問の権威を重んじる精神が、まだ強い時代だったことがわかる。」p.41
・「ところで、ガリレオの時代、学者が自ら手を汚して道具や機械をつくるという風潮はほとんどなかった。そういう仕事は職人が行うものとみなされ、一段低く評価されていたのである。 しかし、ガリレオはこういう偏見にとらわれなかった。反対に、職人たちの伝統を積極的に取り入れ、新しい学問――それは、単に思弁的な段階にとどまるのではなく、実験、観測にもとづく実証性、客観性の高い学問――を生み出そうとしたのである。」p.46
・「ここで思い出すのが、「遠くを眺めることができるのは、自分の能力が優れているからではなく、巨人の肩に乗ったからである」というニュートンの有名な台詞である。」p.80
・「その有様は、先ほど引用したアラゴーが、「人が呼吸をするように、鷲が空を舞うように、オイラーは計算をした」と表現したとおりであった。 御本人も、自分が死んでも20年間は、ペテルブルクのアカデミー紀要は原稿に困らないだろうと豪語したほどである(実際は20年どころか死後半世紀近く、オイラーの論文は刊行されつづけた)。なお、1911年に彼の業績を集大成した『オイラー全集』の刊行が始まったが、いまだに、いつ完結するのかわからないという。」p.92
・「フランスの物理学者ビオが、「キャヴェンデッシュは科学者の中で最も金持ちであり、金持ちの中で最も偉大な科学者である」と称したほどである」p.122
・「「なぜエヴェレストに登るのか?」という問いかけに対し、「そこに山があるから」という有名な名文句を吐いたことで知られるあのマロリーである。」p.128
・「このように、人名に由来する用語を、「エポニミー」という。」p.
・「賭けごとに熱中していたサンドイッチ伯爵が、勝負を中断せずに食べられるものはないかと考えたいうエピソード――ただし、どこまで本当かは知らないが――は有名である。」p.156 エエッ!?そうだったの!?・・・って一瞬びっくりしたけど、以前にも聞いたことあるような気がしてきた。

チェック本 『天体の回転について』コペルニクス著 矢島祐利訳 岩波文庫
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】美徳のよろめき

2006年10月11日 19時24分05秒 | 読書記録2006
美徳のよろめき, 三島由紀夫, 新潮文庫 み-3-9, 1960年
・最近のマイブーム作家は、三島由紀夫と大江健三郎。そんなわけで古書店でその著作を見かけるとせっせと買い集めています。
・いいとこのお嬢さんで良家へ嫁いだ節子(28)と、飄々としてとらえどころのない青年土屋との不倫の話。
・不倫なんて経験ないのでよくわかりませんが、女の気持ちがクルクル回転する様や、男の気のなさっぷりなど全編通じてすごい描写ですね。冷静な目が二人の関係の起承転結をじっと見ている。"天才"を感じる文章。
・「なぜなら男が憧れるのは、裏長屋の美女よりも、それほど美しくなくても、優雅な女のほうであるから。」p.6
・「もし土屋が強いて頼んだら、この脚にだけは接吻させてやってもよいと節子は考えるのである。」p.17
・「「あなたとお会いしていると、私、このごろとても疲れるようになった」 と節子は、そこで、病人の訴え方をした。
「きっと春のせいだよ」 土屋はそう言った。
」p.36
・「節子は急に男の襟足が見たくなったので、立止まって、彼を先にやった。土屋は二三歩歩いてから振向いてそのわけをたずねたが、何でもないの、と節子は笑って答えた。」p.50
・「そのくせ、何も考えていない筈の瞬間に、土屋がズボンのベルトをきりりと締めるときの、小気味よい鰐革のきしみを、突然あざやかに思いうかべたりしている。」p.69
・「「あなたって何も不安がないのね。私一人不安を持ってびくびくしていなければならないのね」」p.85
・「彼が他の男とちがう点だけを、節子が愛していたということはできなかった。個性を愛することのできるのはむしろ友情の特権だからである。」p.93
・「与志子は女にはめずらしい美徳を持っていた。聴手になることのできるという美徳を。」p.105
・「彼女の半眼の目のふちの潤いは、枕頭(ちんとう)のあかりに艶やかに光り、その睫はいかにも深く、今じっと良人の肉体とわが肉との距離をはかっていた。」p.131
・「この世で一等強力なのは愛さない人間だね。」p.134
・「女はどんなに孤独になっても、別の世界に住むことはできず、女としての存在をやめることができないからなんだわ。そこへゆくと男はちがう。男は、一度高い精神の領域へ飛び去ってしまうと、もう存在であることをやめてしまえる!」p.
・「奥様、よくしたもので、女が一等惚れる羽目になるのは、自分に一番苦手な男相手でございますね。」p.140
・「死をとおりぬけた今では死は怖かった。」p.159
・以下、解説(北原武夫)より「氏が自分の力量を心ゆくまで発揮し、自分の技能をほしいままに愉しんで、丁度声豊かな大歌手が、お気に入りの聴衆を前にして即興の小曲をでも歌い上げるような、気楽にのびのびと書いたのが、この『美徳のよろめき』ではないかと僕は思う。」p.184
・「悪徳や背徳というものを、これほど見事に美化してみせた作家を、少なくとも日本の作家の中で僕はかつて見たことがない。」p.189
・「僕に言わせれば、ここで、不羈奔放なこの作者は、彼一流の錬金術によって、背徳という銅貨を、魂の優雅(エレガンス)さという金貨に見事に換金したのである。」p.190

チェック本 レーモン・ラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】数学的思考法

2006年10月06日 20時06分03秒 | 読書記録2006
数学的思考法 説明力を鍛えるヒント, 芳沢光雄, 講談社現代新書 1786, 2005年
・本書のメインテーマは「試行錯誤のすすめ」で、その内容ははこのテーマと数学に関連した小文・雑学で構成されています。個々の文章でみるとわかりやすく楽しく読めるのですが、それぞれの扱う内容がバラエティーに富んでいて、全体としてみるとメインテーマがボケてしまっている印象を受けました。
・「この試行錯誤の過程こそ、考える力を育てるための大切な"栄養"なのである。」p.5
・「いま日本人に求められている最も重要な能力は、「ねばり強く考える」ことと「論理的にきちんと説明する」ことである。」p.8
・「「論理的思考力は地図の説明を練習させると育まれる」とか、「入社試験では知識だけを問うような質問をするのではなく、最寄の駅からこの試験会場までどのような道順で来たかを説明させると、受験者の論理的説明力が一発で見抜ける」などと、いろいろなところで発言してきた。」p.22
・「「小学校から高校までの教育をどう改革したところで、大学入試が変わらなければなんにもならない」という話がある。たしかにそういう面がある。」p.32
・「4択、5択問題で出題者が正解を3番目に置きがちだという傾向は一般にも認められ、たとえば人々が特急列車の自由席に真っ先に座るのも、車両の端から3列目の席が最も多いそうである。」p.34
・「試行錯誤して考える楽しさを味わってもらおうと思って出題しているのだが、そんな当方の気持ちが伝わるどころか、取り組む前から「先生、これどうやって完成させるんですか?」と質問してくることがしばしばなのだ。」p.52
・「人生において本当に役立つのは戦略的思考であり、結果論的思考はせいぜい気休め程度にしかならない。」p.54
・「数学家庭教師の成功の秘訣はいくつもある。子供が何をわかっていないのか、瞬時に見つけられるような質問をすること。弱気な子供には上手にほめて自信をもたせること。反対に、「そんなこともできないのか」という素ぶりすら見せないこと。目的に至るまで長い説明を要する事項に関しては、目的とその事項が何に応用できるかを先に示してやること。等々である。しかし最も重要なのは、「やり方を一方的に説明しつづけるのではなく、なるべく時間をとって子供自身に考えさせること」に尽きる。」p.57
・「スポーツのルール改正ばかりでなく、国際的な商取引に関しても、あるいは重要な法改正についても、およそ日本人はお人好しで、規則が変更されるまではそれほど騒がず、後になってから大騒ぎする傾向があるような気がしてならない。マスコミ報道もしかりである。それではまさに「後の祭り」だ。」p.78
・「あみだくじのたて棒の本数に限らず、各自然数1、2、3、…に対して成り立つ性質を子供たちに教えるとき、「3」で教えるとだいたい一般的な性質も理解できるものである。」p.97
・「大切なことは、勉強でも仕事の課題でも何でもよいが、対象としているものに対して日頃から置換や互換の作用を意識的に想像してみることである。多くの場合はつまらないことしか導かれないだろう。しかし時として行き詰まっていた問題に突破口が見つかったり、重要なことの発見につながったりする場合があるのだ。」p.104
・「このような状況にもかかわらず、日本の教育はこれまで「学年別」という類別を死守してきたのである。一部の生徒にとっては退屈でたまらない数学の授業も、一部の生徒にとってはちんぷんかんぷんである。そのような授業を延々と続けてきたのであるから、相当多くの生徒たちが、ひたすら静かに我慢を強いられてきたのに違いない。」p.113
・「「(対象とするものには)有意水準5%で~という性質が認められる」ということは、「対象とするものに~という性質は認められないと仮定する。しかるに、年単位で行っている農業実験で20年間に1度、あるいは何らかの試行で20回に1回起こるか否かのような珍しい出来事が起こった。それゆえ対象とするものには~という性質が認められると考えよう」ということである。」p.127
・「どうやら人は「3番目」を好む性質が認められるようなのである。」p.129
・「グー、チョキ、パーを出す確率は、数学の問題ではそれぞれ1/3と暗黙に決めているが、実際には「傾向」があるはずだ。そこで学生に協力してもらってデータをとってみると、のべ1万1567回でグーは4054回、パーは3849回、チョキは3664回であった。(中略)有意水準1%で人は「グー」を出しやすいのである。」p.129 おおー。これは使える。
・「欧米の若者は約7割が「数学は生活に役にたち面白い」と考えている一方で、日本の若者でそのように考えているのは、よくて3割程度なのである。」p.150
・「「すべての正の数qに対して、ある正の整数nがあって命題P(q,n)が成り立つ」 この文の否定文は次のようになる。 「ある正の数qに対しては、どのような正の整数nをとっても命題P(q,n)は成り立たない」」p.154
・「UCLA教授の大前研一氏は、「日本人留学生の中にも英語がペラペラの学生はいるのだが、そういう人たちもディベートとなると黙ってしまう。そもそも日本人には論理的思考に基いて議論をする習慣がない」と述べている。」p.156
・「また、「5%」がよく使われる由来は、「農業実験からであると言われる。」」p.175
・「日常の買い物、学習、仕事などでさまざまな見通しを立てるときも、多くの場合は直線的に考えている。ところが実際は、「ロジスティック曲線」に従う現象が思いのほか多いのである。」p.180
・「作文も英作文も証明も、恥ずかしがらずに積極的に書いていれば必ず上達するものだ。「書くは一時の恥、書かぬは末代の恥」なのである。」p.184
・「ところが日本では、右の例の3次元めの"時間"の軸をあまり重んじていないように思える。外国のほうが、家庭のルーツから現在の社会問題まで、より昔に遡ったところから時間的な流れに沿って説明しようとする。」p.189
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】幸運を引きよせる スピリチュアル・ブック

2006年10月04日 20時07分33秒 | 読書記録2006
幸運を引きよせる スピリチュアル・ブック, 江原啓之, 王様文庫 D8-1, 2001年
・昔、テレビで著者を見かけたときは"霊能者"として活躍していましたが、いつの間にかキャラクターが変わってすっかり売れっ子さんですね。
・"スピリチュアリズム"とは何なのか、わかったようなわからないような。丹田・呼吸法(気功?)だの、チャクラ(ヨガ?)だの、アストラル体・アカシック・レコード(神智学(シュタイナー)?)だの、西洋東洋問わず、いろーんな思想からいいとこ取りしてきた健康法や人生訓の寄せ集め、といった感じか。あまり目新しい主張は見られません。一貫した矛盾の無い思想体系というものには重きをおかず、むしろ『なんとな~く幸せになった気がする~』と人に感じさせる"話術"にその本質があるのではないでしょうか。
・出てくる悩み事を見ていると、つくづく日本は平和だと感じました。人付き合い、恋愛、健康、お金、仕事・・・
・「決して偶然ではありません、あなたがこの本を手にしたことは……。」p.3 たしかにちょっと疲れてるかも・・・
・「スピリチュアル・カウンセラーといっても、私は特別な人間ではありません。ただ目に見える世界だけでなく、目に見えない世界、人の過去や未来までもが見える能力を持って生まれただけのこと。ごくごく普通の生身の人間です。」p.4 これはつっこむところ?
・「この世に偶然はありません。これが、スピリチュアリズムの中で最も重要なメッセージです。」p.19
・「一般の家庭でも、「最近よく花が枯れるな」と思ったら、家族の誰かが悲しんでいたり、疲れていたりします。植物は、そういうシグナルを出してくれているのです。」p.42
・「ただ、勘違いしてはいけないのは、石を持つことで人生が変わったりはしないということ。鉱物も植物もあくまで補助食品、サプリメントのようなものです。」p.44
・「愛されずに生きてきた人は、誰もいません。 人間は愛されないと生きていけない存在なのです。」p.53
・「人の行ないは、すべて神が見ています。アカシック・レコードに記録されているのです。」p.58
・「親友が欲しいと思うときは、まず自分から周囲の人に対して心を開きましょう。」p.61
・「結婚に夢を抱く人には酷な話かもしれませんが、結婚自体は試練であり、修行です。ラブラブ状態が続くのは、せいぜい3年。あとは「家族」へ変化していきます。」p.70
・「きちんと謝罪して正式に離婚したなら、恥じることはありません。相手との将来を本気で考えている真剣な恋なら、不倫でもOKなのです。」p.84 コレ一番の衝撃!!
・「私たちのスピリット(心・精神)と体は密接に結びついています。何となく疲れやすいというとき、それは体を休めてゆっくり静養しなさいというガイド・スピリットからのメッセージなのです。」p.106
・「スピリチュアリズムでは、肉体の上に、幽体(アストラル体)があると考えます。そして、その二つをあわせて、スピリチュアル・ボディといいます。 肉体とアストラル体をつなぐものが、シルバーコード(魂の緒)です。これはヘソの緒のようなものだと考えてください。」p.107
・「人は、眠っている間、スピリチュアルな世界に里帰りをしているのです。そして、そのときに新たな人生の計画を植えつけられています。」p.121
・「10年後の自分を具体的な映像として思い浮かべることができない人は、なりたい自分には絶対に到達できません。」p.123
・「「そうか、磨けばいいんだ!じゃあ、やろう!」と思って、すぐに何かを始める人。こういう人は、すぐにきれいになります。」p.127
・「自分のために浪費したお金は戻ってこない。人のために使ったお金は戻ってくる。これがお金の法則です。」p.140
・「眠いときは眠るのが一番。無理して起きていても、仕事の効率は上がりません。」p.153
・「特に大切なのは、「ありがとう」という感謝の言葉、「うれしい」という喜びの言葉、「大好き」という愛の言葉、「素敵ね」というほめ言葉です。そういうポジティブな言葉の力を借りましょう。」p.161
・「いい転職をする人は、だいたい「今の会社に文句はないんだけど」と言います。今の職場環境に満足はしているけれど、新しいところで勝負をしてみたい。そう考えられるときは、自分にとっていい時期です。いい会社に転職ができます。」p.171
・「人間が最も学べるのは、上司になること、独立すること、親になること、この三つです。」p.177
・「人は、仕事をするために生まれてきたのではありません。魂を磨き、学ぶために、生まれてきたのです。」p.180
・「日本の神道では言葉に宿るエネルギーを「言霊」と呼び、言葉を尊重してきました。言葉には「霊」が宿っているということです。昔、商家の人はお金を擦ることを忌み嫌い、「スルメ」を「アタリメ」と言ったり、去ることを嫌い「猿」を「えてこう」と言いかえたりしていましたが、それも言葉の持つ力を知っていたからこそでしょう。」p.216 これ知りませんでした。『忌詞』というやつですね。
・「☆気になる人がいるなら、その人の写真を壁に貼って、それに向かって一日一回、できれば夜に話しかけよう。その人が実際にそこにいると思って、ニコニコと明るい感じで。いい恋愛をイメージしていると、素直に自分の思いを伝えられるようになる。」p.256 これはちょっとヤバくないだろうか。。。他の読者の皆さんは普通に実行できるのかな。。。
・「日本はもともと精神性の高い国です。これからは日本が精神性の高い生き方を示して世界をリードしていかなければなりません。」p.264 これまたスゴイこと書いちゃってますね。
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】心で見る世界

2006年09月30日 10時06分58秒 | 読書記録2006
心で見る世界, 島崎敏樹, 岩波新書(青版)370(C75), 1960年
・精神病理学専攻の著者による書。感想→なにいってんだかわからーーん!!ひさびさに読解困難な文章にぶち当りました。『簡単・明解』な文章が主流の最近の本ではあまり見かけなくなったタイプの文章です。柔らかいものばっかり食べるからアゴが弱くなってるようなものなのでしょうか。こんなことではいかんですね。
・著者名をググってびっくり。"島崎藤村"のいとことのこと。
・「したがって、私という主体の前方は明るい認識と行動の場である知的(ロゴス)空間、上方は神秘的(ミトス)空間、側方は情的(パトス)空間、そして背後は無の空間ということになる。  最後に下の方向はどうかと考えると、これは本来ならば空間ではない。地盤である。」p.14
・「自然界のなかで、私どもが日なた向きの生物にひとりでに好感をもち、日陰の動物や植物が気味悪く嫌らしくみえ、蛇、とかげ、げじげじなどに出あうとすぐさま逃げだすか、それとも踏み殺したくなるのは、おそらく人間自体が向日性の生物系に属しているからであろう。」p.38
・「婦人の心理学者のシャルロッテ・ビューラーの見解によると、業績を生みだす独創的な生活と、生の一瞬一瞬をゆたかに生きる生活とは互に反極にある。」p.64
・「生活を喰らいつくすことが男の欲であるならば、女の欲は生活を生きつくすことにあるのだといえよう。」p.65
・「そういえば、悲しみは長く喜びは短いということをだれでも知っている。人間は憂いには同感しやすく、陽気な気分には同化されにくいのがふつうである。人の苦しみに接して、自分も相手とともに悲しむのは至ってやさしいことで、同情ということばが相手の苦しみをともにするという語義であることからも理解がつく。しかし逆の場合、相手が喜んでいる状態において、自分も彼と一緒に喜ぶというのはやさしいわざでない。」p.70
・「そうしたわけで、私どもに必要なのはまず自分の方をあけはなして先方にあたえることである。」p.84
・「男の方は今まで説明してきたように、事業を拡大してゆこうとか相手をだしぬいてよい地位についてやろうといった利我的前進欲がふさがれて思うようにならないときに、破壊的方向に一転するのがふつうであるが、女の場合では自分が一緒にいたい相手が自分から去ったときのように、共生存の欲望がみたされないときに、相手を傷つけようとしたり、自分を抹殺してしまおうとする衝動が発生しやすいようにみえる。」p.98
・「ある学者が伝えるところによると、第二次大戦を開始したとき、ヒトラーは自分がこの戦争を体験できるようになったことを彼の神にひざまずいて感謝したという。この戦いのはじまりの日から彼は自分の攻撃性を自由に発揮できることになったのだとこの学者はのべている。」p.100
・「変り者ということばの意味は、世に入らぬ人間ということであり、つきあいをしない者、まわりの人々に顧慮しないでふるまう者、年配になっても結婚して世帯をくまない男などがこの仲間である。だから世の中向けだけの顔で生活している人物――それなりに尋常ではない人であるが、そうした人は変り者という悪い語感のことばで焼印をおされる心配はない。」p.161

?ひょうびょう【縹渺・縹緲】 ほんのりかすかにみえるさま。かすかではっきりしないさま。また、広くてはてしないさま。「神韻縹渺」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】カオスで挑む金融市場

2006年09月27日 19時22分25秒 | 読書記録2006
カオスで挑む金融市場 ないようで必ずある規則性を探る, 倉都康行, 講談社ブルーバックス B-1103, 1996年
・全6章のうち、カオスが出てくるのは最後の2章のみという構成で、『カオス』の文字にひかれて本書を手に取った私のような読者には少々物足りない内容です。前半の経済分野の話は、かなり噛み砕いて書いてくれているようですが、それでも私のようなド素人には理解が少々厳しいです。
・まだまだ制御するなんて程遠いカオス現象。カオスは『つかえる』という話ではなく、『つかえる か も し れ な い』というまだまだ予測の段階です。おそらく本書の出版から10年経った今でも状況はあまり変わっていないのではないでしょうか。このカオスの分野は、『なにかとんでもないものがでてきそう』という期待感があって、個人的にはとても注目しています。なにかひと山当てられないかな~♪
・「近年、複雑系というシステムの見方が自然科学の間で用いられはじめていますが、この見方を借りて金融の世界を別の角度から見直してみようというのが本書の狙いです。」p.18
・「市場の動きで大切なのは、相場そのものの水準だけでなく、市場が内包する読みのベクトルもそうなのです。」p.55
・「いろいろ悩んだあげく、最も現実的な対応法は、かなり高い確率でこうなりそうだという場合にのみ行動を起こし、そうでないときはまったく何もしないという戦略です。これを遂行できれば、金融市場での成功は間違いないかもしれません。ただ、現実的にこれを完璧に行うことのできる人は、残念ながらそう多くはありません。」p.84
・「このように経済現象は、人間が介在しているという点で物理現象と大きく違いますが、人間の行為に関しては、ひとつ不思議なことがあります。つまり、個性豊かな色々な人たちがいるのにもかかわらず、政治は歴史的に安定方向へ向かい、経済も成長し、文化活動も発展していくという方向性が保たれていることです。」p.99
・「決定論によって、支配されているはずの系での動きが予測できない、という衝撃的な考え方が、いま自然を見る方法論として一般化されつつあります。」p.106
・「こうしてみると、金融政策の変更や金融市場の動向は、生物が生きていくための自己組織化過程と同じです。」p.123
・「つまり、試行回数が比較的少ない場合には確率を用いた期待値の世界の論理は、必ずしも通用しないということです。」p.137
・「データの蓄積が豊富であるのが米国の最大の利点ですが、それに加えて何か新しい動きを掴み取ろうとするチャレンジ精神は猛烈です。我々は、革新的なものや、斬新な見方への取り組みが、少しのんびりすぎるのかもしれません。」p.140
・「極論すると、解析に頼る段階は既に過去のものとなっており、現実にある状況をモデル化する際に、どのように簡素化して近似させるかという作業が最も大変な過程であって、ロケットサイエンティストたちのエネルギーの大部分はこの分野に費やされているようです。」p.148
・「もともとの「カオス」の語源は、ギリシア語で"大きな口を開けること"を意味することから、できた言葉のようですが、その後、"空虚"あるいは"混沌"を表すものとなり、宇宙の秩序が生まれる前の状態を指す表現になりました。ただし、ここで言うカオスは、ほんの20年前に新たに定義づけされたものです。(中略)硬い説明をすると、カオスとは、決定論のなかで、ある値が初期条件に敏感に反応する性質をもっています。その結果として、その値の不規則な動きが、引き起こされるときのその挙動のことだということになります。」p.160
・「生物の脳でのカオス生成は、実際の生物を使用して確認されていますが、人の脳の機能にもカオスが関わっているとすれば、人が寄り集まって形成している金融市場にも何らかの形でカオスが関与していると見るべきでしょう。」p.191
・「もちろん、大多数の学者は、経済や金融に関してカオスが適用できるとは考えていないようですし、化学実験や数値実験などに比べて、カオスの探し方が難しいので、実証研究にもあまり乗り気ではないようです。」p.197
・「極論すれば、ひとりひとりの脳のカオスが金融市場に影響を与えているのですから、やはりマーケットにもカオスが存在すると考えるほうが自然ではないでしょうか。」p.201 ちょっと話が飛躍している感はありますが、『カオスは伝播するか』とは興味深い問題です。
・「予測に関しても、短期間での予測精度を高めるのが現実的ですから、10年とか20年とかの記録を頼りに分析するよりも、1~2年単位の市場を対象に、分析を繰り返していかざるを得ないのではないでしょうか。」p.203
・「以上をまとめてみると、カオスの機能として、金融市場において応用しうるのは、市場価格推移の予測、及び市場収益率推移の予測といった予測問題と、オプション理論への見直しという価格問題、さらには市場でのリスク管理問題といった分野を想定することができるかと考えられます。」p.211
・「迅速に結論が出せるのは、おそらく常に思考回路の神経が揺らいでいるからではないでしょうか。不安定な状態にあるからこそ、論理的な準備作業は、むしろ邪魔だということかもしれませんが、生物学的に言えば、まさに脳の進化がこのような形態を望んだわけです。」p.212
・「金融市場は揺らいだ心が集約されて投影されたものだと言えるでしょう。」p.213

?ポートフォリオ(英portfolio) (紙挟み・折鞄の意) 1.投資信託や金融機関など機関投資家の所有有価証券の一覧表。  2.機関投資家の資産運用に際し、最も有利な分散投資の選択。ポートフォリオ・セレクション。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】星を継ぐもの

2006年09月22日 19時08分14秒 | 読書記録2006
星を継ぐもの, ジェイムズ・P・ホーガン (訳)池央耿, 創元推理文庫 663-1, 1980年
(INHERIT THE STARS by James Patrick Hogan 1977)

・「月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行われた結果、驚くべき事実が明らかになった。死体はどの月面基地の所属でもなく、世界のいかなる人間でもない。ほとんど現代人と同じ生物であるにもかかわらず、五万年以上も前に死んでいたのだ。謎は謎を呼び、一つの疑問が解決すると、何倍もの疑問が生まれてくる。
・SFの名作。SFなんて読むのはいつ以来だろうか・・・名作だけあってさすがにおもしろく、SFを堪能させてもらいました。上は扉の紹介文ですが、この数行だけでワクワクしてきませんか?
・時代は2020年代、原子物理学者ヴィクター・ハント(主人公)が謎解きに挑む。脇役である融通の利かない、いわゆる"嫌な奴"の生物学者ダンチェッカーがとってもいいキャラしてます。外伝とか書けそう。
・読了後、「あの話はどうなったんだろう・・・」という疑問点がいくつかありましたが、これは続編の方ではっきりするのでしょうか。続編要チェック。
・「エアカーの機種に格納されたDECミニコンピュータはポートランド地域交通管制センターの地下のどこかに設置されているIBMの大型コンピュータを呼び出し、」p.36 IBMはまだ残っていますが、DECはもう消えてしまいましたね。。。
・「「われわれは科学者ですよ。神秘主義者の集まりではないのです。」教授は言った。「科学の方法において最も基本的な原則は、観察された事実が、すでに確立された理論によって充分説明し得るものである限り、新たな思惑による仮説は考慮するに値しないということです。宇宙全体を導く超越的な力などはここ数十年の探査、研究によっても明らかにされてはおりません。これまでに観察された事実は私が大略お話いたしましたとおり、従来の理論によって充分に説明できるのですから、ここでこと新しく別の考え方を持ち出したり、こじつけたりすることはありません。超越的な力であるとか、摂理であるとかいう考えは、観察者の歪んだ意識の中にあるのであって、観察の対象となった事実の中にあるのではありません」」p.88
・「「人間の適応は種々な点で完成には程遠いものです。内臓の配置などはまだまだ改良の余地があります。というのも、もともとこれは上体が水平に置かれた動物に適した構造として発達したものを人間が受け継いだからであって、直立の姿勢には不向きだからです。例えば、呼吸器系を見ても、老廃物や汚染物質は咽喉部に溜まって、本来は対外に排出されるはずのものが、体内に排出されています。これが四つ足の動物には見られない気管支や肺の故障の最大の原因です。この例一つからでも、人間の姿は到底完成されたものとは言えないのではありませんか?」」p.90
・「世界の名だたる言語学者たちが多数動員され、ある者はヒューストンに居を構え、またある者は遠隔データ伝送網を介して研究に携わった。」p.106 インターネット。。。
・「ところが、それでは問題の解決にはならない。常識で考えて当然と思われることが現実にはそのとおりでないという場合、どこが間違っているかを突き止めるには独創的な発想が必要だ。」p.115
・「「トラック一杯のハンバーガーから一頭の牛を復元しろと言われたら、あなたはどうなさいますか?」」p.142 「できない」とはこうも言い換えることができるのか。
・「21世紀初頭30年の間に、月への旅客便の座席は大手の旅行代理店で予約できるようになっていた。」p.218
・「<ジュピター>IVではマイクロウェーブ調理機で各自が勝手に好きなものを作る無人厨房が採用されたが、これは乗組員の間で評判が悪く、<ジュピター>Vでは古き佳き時代の方式が復活したのである。」p.234 電子レンジ。。。
・「コールドウェルは会議場の後ろの映写窓に向かって手を上げた。場内の明かりが暗くなった。 コールドウェルは壇を降りて最前列の席に腰をおろした。場内がすっかり暗くなると、正面のスクリーンに、UNSAの正規のフィルムであることを示すマークが浮かび、しばらく続いてマークが消えると、画面はデスクを隔ててカメラに向かったハントの顔に変わった。」p.262
・「太陽系には本来、十個の惑星がありました。現在われわれが知っている九個、それにミネルヴァです。」p.263 なんだかタイムリーな話題。
・解説(by鏡明)より「小説として、SFとして、おそらくは数多くの欠点を持っているこの作品には、その全てを帳消しにする魅力がある。読んでいる内に、胸がワクワクしてくるのだ。サイエンス・フィクションなのだ、これは。」p.307

?ほうし【放恣・放肆】 勝手気ままでしまりのないこと。「放恣な生活」
?とうしょ【島嶼】(「島」は大きなしま、「嶼」は小さなしま)いくつかのしまじま。しま。
?せつぜん【截然】 1 区別のはっきりとしているさま。「截然と区別する」  2 きりたっているさま。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】脳とテレパシー

2006年09月18日 19時05分45秒 | 読書記録2006
脳とテレパシー あなたの脳には巨大な力が潜んでいる, 濱野恵一, KAWADE夢新書 S-103, 1996年
・わりと常識的な本をずっと読みつづけていると、ふと、こういう怪しげな本に手が伸びてしまいます。わかっちゃいるけどやめられない。
・表紙紹介文「テレパシー、透視、予知、念力……。人間の脳には、既存の科学では説明できない不思議な能力が秘められている。それは、一体どこに、どのように存在しているのか?!人間の脳は宇宙の一部であり、また宇宙全体を内蔵しているという「脳ホログラフィー理論」で、脳の謎に鋭く迫る、新ビジョンの脳科学の書!
・「天才とよばれた人たち、たとえばあのアインシュタインですら、わずか30パーセントの脳を働かせていただけだという説もあるくらいだ。」p.23 心臓や肺や肝臓などその他の臓器も、普段は30%くらい(?)で、かなり余力を残して動いてるのではないかと思います。脳の働きが30%だとしても何の不思議もない気がするのですが、筆者は不思議に思って、『未知なる力』とかそういう方向に走ってしまうのだなぁ。。。
・「もし現在の地球に人間がいなかったらどうなるか。宇宙は存在するだろうか。  私の答えはノーだ。宇宙に知的生命が存在しなければ、宇宙は誰にも認識されることがない、人間がいなければ宇宙は認識されず、したがって存在しないも同然である。」p.27 『存在しない』ことと『存在しないも同然』は全く異なると思うのですが、筆者の頭の中では"イコール"のようです。
・「つまりわれわれは、頭蓋骨のなかにたった一つ、「人間の脳」という脳をもっているのではない。これまでの進化の過程をあらわす、三つの異なった脳をもっているのである。  その三つの脳とは、2億年前の爬虫類の時代にすでに完成していた爬虫類型の脳と、1億5000年前に完成した原始哺乳類型の脳、そして、われわれ人間においてとくに発達した新哺乳類型の脳だ。」p.29 筆者オリジナルの脳の分類。
・「リンゴをふくめすべての物質はエネルギーの波動からなっている。(中略)このようなプロセスは、ほかの感覚にもあてはまる。匂いや味や音も、それ自体が独立して存在するのではない。すべてはエネルギーの波動であり、それぞれの感覚器官につながっている神経はこの波動をキャッチするだけのことだ。」p.55 また『波動』か。。。この手の筆者は『波動』が大好き。
・「物質の本質とは何か?…それを調べているのが量子力学で、「あらゆる物質は粒子であり、波である」というのがその結論だ。つまり、最先端科学によると、我々の世界は無数の波動で織りなされているのだ…。」p.58 その『波動』の根源は量子力学の誤解・曲解。
・「レオナードはさらに、人間は「情報」からできていると主張する。律動的なエネルギーの波動で表現される「純粋な情報」からできたもの、それが人間だというのである。」p.72
・「更新速度の遅い部分もあるが、結局、5年たつとわれわれはすべての細胞を更新してしまう。つまり、現在のわれわれは5年前には存在していなかったのだ。」p.74 エエエエエ~~。『すべての皮膚細胞』と勘違いしてなかろうか。
・「カメラのフィルムの場合、半分に切って現像すると被写体は半分しかあらわれない。しかしホログラムは、半分にしても、さらに半分にしても、どんなに小さく切ってもその断片に光を照射すると完全な三次元の立体映像があらわれるのだ。」p.82 『ホログラフィー理論』の核となる原理だが、これ以上の説明が一切ない。どういう原理か興味あるのだけど。
・「プリブラムの考えはこうだ。  脳は、外界のエネルギーの波動パターンを一瞬にして分析する。それをホログラムと同じような方式で脳内に組織化する。その結果、組織化された記憶は脳の全体にちょうど干渉縞のように数学的に変換され、符号化される。」p.83 結局、メインテーマも他人の受け売り。さびしい。
・「東洋には胎蔵界曼荼羅というものがある。大日如来を中心にして、その周囲にたくさんの仏や菩薩を配したものだ。それらのすべてがいずれも大日如来の特性をもっている。なおかつ、全体も一つになって大日如来を形成しているのが曼荼羅だ。脳はまさに、この曼荼羅と同じような構造だったのである。」p.89
・「いったいその「秩序」とはどんなものなのか。彼(ボーム)はそのために、しばしばグリセリンを使った簡単な実験を紹介する。」p.94
・「真の「知」の働きは、直観的である。言葉による分析さえ必要としない。  われわれの脳は、物事を分析したり記憶したりするような、消極的な「知」のためにあるのではない。(中略)脳は究極的には、宇宙を創造し揺り動かすエネルギー、すなわち全体性に合一するためにあると見て間違いない。」p.196 力強いお言葉です。
・「われわれは一人一人は独自の存在だが、同時に宇宙と結びつく無数の波動に共振する複合体でもある。この全体性への合一こそが、真の創造性であり、精神的発達の最後の到着点なのだ。」p.197
・同じ怪しげな本でも、こちらはオリジナリティすらほとんど感じられない最悪の部類に入ると思われます。書題にある『テレパシー』についての記述は、わずか10ページ程度。いったい何についての本なんだか。
・こんな科学本には気をつけよう:やたら引用が多い、筆者が文系出身、数式が出てこない、etc.
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】読書について

2006年09月15日 18時31分41秒 | 読書記録2006
読書について 他二篇, ショウペンハウエル (訳)斎藤忍随, 岩波文庫 青632-2, 1960年
(PARERGA UND PARALIPOMENA : KLEINE PHILOSOPHISCHE SCHRIFTEN, Arthur Schopenhauer, 1851)

・『思索』、『著作と文体』、『読書について』の短編3本収録。

「読書は量より質!!」 言わんとするところはこれがメインです。
・文章は平明ながら非常に密度が濃い。昨今出版されている『読書の方法』的本の内容の原形はすべて、この本に出ているのではないでしょうか。 国語(ドイツ語)の乱れについての記述は、ドイツ語がわからないので話がサッパリ通じず。
・高校生くらいの若い人に是非オススメしたい一品です。
・「数量がいかに豊かでも、整理がついていなければ蔵書の効用はおぼつかなく、数量は乏しくても整理の完璧な蔵書であればすぐれた効果をおさめるが、知識のばあいも事情はまったく同様である。」p.5
・「学者とは書物を読破した人、思想家、天才とは人類の蒙をひらき、その前進を促す者で、世界という書物を直接読破した人のことである。」p.7 前出、デカルトの著作でも同様の言い回しがでてきた(『世界という書物』)。
・「もともと自分のいだく基本的思想にのみ真理と生命が宿る。我々が真の意味で充分に理解するのも自分の思想だけだからである。書物から読みとった他人の思想は、他人の食べ残し、他人の脱ぎ捨てた古着にすぎない。」p.8
・「読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。」p.11
・「読書で生涯をすごし、さまざまな本から知恵をくみとった人は、旅行案内書をいく冊も読んで、ある土地に精通した人のようなものである。(中略)これと対照的なのが生涯を思索に費やした人で、いわば自分でその土地に旅した人の立場にある。」p.13
・「第一級の精神にふさわしい特徴は、その判断がすべて他人の世話にならず直接自分が下したものであるということである。」p.18
・「低劣な著作家の大多数は、新刊書以外は読もうとしない民衆の愚かさだけをたよりに生きているにすぎない。すなわち彼らの名はジャーナリスト。適切きわまる名前ではないか。これをドイツ語に訳すと日給取り。」p.27
・「というのは一般に天才の作品には、どの部分にも精神がくまなく行き渡っていて、それが常に作品の特徴をなしているからである。」p.68
・「少量の思想を伝達するために多量の言葉を使用するのは、一般に、凡庸の印と見て間違いない。これに対して、頭脳の卓抜さを示す印は、多量の思想を少量の言葉に収めることである。」p.74
・「一般に、フランス語、つまり膠(にかわ)でつないだような卑しい言語の貧しい文法をはるかに高貴な言語であるドイツ語の中に取り入れたりすることも、頽廃的なフランス趣味である。」p.80
・「つまり思想というものは、頭から紙に向かうのは容易であるが、逆に紙から頭へ向かうのは大変なことで、その場合には手持ちのあらゆる手段に助けを求めなければならないのである。」p.107
・「無知は富と結びついて初めて人間の品位をおとす。貧困と困窮は貧者を束縛し、仕事が知にかわって彼の考えを占める。これに反して無知なる富者は、ただ快楽に生き、家畜に近い生活をおくる。」p.127
・「したがって読書に際しての心がけとしては、読まずにすます技術が非常に重要である。その技術とは、多数の読者がそのつどむさぼり読むものに、我遅れじとばかり、手を出さないことである。」p.133
・「悪書を読まなすぎるということもなく、良書を読みすぎるということもない。悪書は精神の毒薬であり、精神に破滅をもたらす。  良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである。人生は短く、時間と力には限りがあるからである。」p.134
・「読み終えたことをいっさい忘れまいと思うのは、食べたものをいっさい、体内にとどめたいと願うようなものである。その当人が食べたものによって肉体的に生き、読んだものによって精神的に生き、今の自分となったことは事実である。」p.137
・訳者あとがきより「ところでショウペンハウエルは、翻訳者に対して非常に苛酷な姿勢を示す。「汝、非礼な翻訳者よ、すべからく翻訳に値する書物を自らあらわし、他人の著書の原形をそこなうなかれ。」」p.156

?蒙を啓(ひら)く (「啓蒙(けいもう)」を読み下したもの)道理や知識にくらいのを教え導く。啓蒙する。
?しょうけつ【猖獗】 1 勢いがさかんで荒れ狂うこと。また、そのさま。多く有害なものが猛威をふるうことにいう。「インフルエンザが猖獗をきわめる」  2 激しかった勢いがしだいに衰えること。また、そのさま。
?アフォリズム(英aphorism)簡潔な形式の中に深い思考による真理を含ませた文。ヒポクラテスの「芸術は長く、人生は短し」の類。格言。箴言(しんげん)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする