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夜噺骨董談義

収集品、自分で作ったもの、見せていただいた品々などを題材に感想談など

比べて見たくなる作品 獨釣浅絳山水図 釧雲泉筆 文化2年(1805年)頃

2021-12-26 00:01:00 | 掛け軸
当方の玄関には毎年恒例になったクリスマスツリー。



クリスマスイブには息子はサンタさん向けのクッキーとジュースを準備していました。



明け方にはサンタさんからのプレゼントが届いていました。



さて本日の作品紹介です。

ある特定の好みの画家の作品を蒐集している過程で、同時期に描かれた可能性が高く、その作品が互いに何らかの関連性のあることに行き当たることが多々あるようです。当方においても伊勢正義、寺崎廣業、平福父子などの本ブログで紹介している郷里出身の画家の作品の紹介でもそのような作品を幾つか紹介していますが、本日紹介する釧雲泉の作品については以前にそのような作例を紹介しており、ふ複数回の同じような話題かもしれません。

本日の作品は釧雲泉の他の所蔵作品「浅絳山水画双幅」(真作)と同一印章(「釧就之印」の朱方印と「仲孚」の白方印)が押印され、落款は同じ書体「懶就」が記されている作品です。

そのような作品は蒐集する上で数多くあるのではと思われる方が多いでしょうが、真作の少ない(贋作の多い)釧雲泉の作品の中で、しかも真印がどれかという特定も難しい資料の中から、このような作例を見つけるのは素人では至難の業かと思います。場合によっては模倣作品をそのように勘違いする危険性もあります。

比べて見たくなる作品 獨釣浅絳山水図 釧雲泉筆 文化2年(1805年)頃
水墨淡彩絹本軸装 軸先象牙 合箱
全体サイズ:縦1728*横410 画サイズ:縦928*横280

 

概して釧雲泉の作品は、「寛政年間の大胆な構図ですっきりした人気の高い若書きの作品」から、「享和年間の中国絵画の影響を受けた変遷期」を経て、「重苦しいと評される文化年間の晩年の作行」となります。この作品は変遷期を経て間もない文化年間の初期の作品と推定されます。



あっさりとした作行きから真贋の判断が難しい部類の作品となるでしょうが、全体の筆致から真作と推定しています。





比較した双幅の作品は下記の作品です。

浅絳山水画双幅 釧雲泉筆 文化2年(1805年)頃
水墨淡彩絹本軸装 軸先陶器 鑑定箱入 二重箱
全体サイズ:縦2045*横638 画サイズ:縦1365*横505



 巻き止めには「吹笛泳詩黄大痴 董北苑後真畫師 維吾東方受衣鉢 雲泉子外復為誰」(竹田翁之詩)とあります。「居民に雲仙あるを説けども、邑に雲泉あるを知らず」と雲泉を敬慕した田能村竹田はその著『屠赤瑣瑣録』で嘆いている資料がありますが、巻止に書かれている詩は、竹田の詩の出だしの部分です。「居民に雲仙あるを説けども、邑に雲泉あるを知らず」の部分は詩の最後尾の部分になります。

 


落款は左幅「仿槑道人 懶就」と右幅には「法況迂 釧就」と著され、印章は「釧就之印」の朱方印と「仲孚」の白方印が押印されています。「仿槑道人」については「法倪迂」:倪迂は水墨の元末四大家の一人である倪雲林の事と思われ、「倪雲林に倣う」という意味かと思われます。まだ中国絵画への修練を強く意識している頃の作であり、本作品は落款から推察すると、越後に赴く前の江戸在住時(1802~1806頃)前後と思われる作品です。

*入手時にはとくに左幅のシミがひどく、シミ抜き改修の必要がありましたので、2013年10月に両幅共に染み抜き・改装を施し、同時に二重箱+タトウを誂えています。

この所蔵作品「浅絳山水画双幅」の左幅の落款と印章との比較は下記の写真のとおりです。釧雲泉の落款や印章は短い期間で変遷しているように推測されますが、この落款と印章も文化年間初期のものと推定しています。

 

箱裏にある書付についての詳細は不明です。

 

箱にあるのは所蔵の整理番号のようなものでしょうか? 作品にある左下の印章は作者によるものか、所蔵印のようなものかは不明です。

 

保管箱は下記のようになっています。



表具などの誂えはいいものを使っているようです。



このような作品の比較検証は収集家における大いなる特権であり、良き修学の機会でもあります。





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