織内将男の山旅の記録

若かりし頃よりの山旅の記録です・・!!

尾瀬・燧ケ岳紀行(21)燧ケ岳  「胸突き八丁」

2011年06月29日 | 尾瀬
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 尾瀬・燧ケ岳紀行(21)燧ケ岳 「胸突き八丁」   、





山頂付近からミノブチ岳と雪面の尾瀬沼-


燧ケ岳にアタック、取り付いてから凡そ、1時間も経過してであろうか、見通しの比較的良いところなので大休止をとることにした。

高曇りの上空は、時折薄日が指すほどで、眼下の尾瀬沼周辺が箱庭のように望めた。
普段はほとんど口にしないが、山歩きには必ず持参する板チョコを頬ばる。 
併せて、山での常備品であるレモンをかじる。 

本来、強烈に酸っぱいレモンの味が、山へ来て一汗流すとさほどでもなくサッパリと美味しく感じられるのである。
体調のほうも意外と良さそうである。

さて、一息入れて後半のスパートである。


この辺りまで来ると一段と勾配がきつくなってきた。 
胸突き八丁”などといわれるように正に其の通りで、四つん這いでもなりたくなるような急傾斜である。 
雪崩の発生も心配したが、よくよく確かめると、ここのところ好天が続いており、雪も全体には締まっているので、それは無さそうである・・?。
とに角、今はただ足元を確かめながら、ひたすらに黙々と前進するのみである。


植生群もトド松やブナ林の混成で、ブナの小枝の先端に付いている褐色の小蕾も、時節柄やや膨らんでいる気配も感じられる。 
だが、このあたりへ来るとブナ林からダケ樺が主体となり、その奇妙な姿も印象的である。 

更に、高さが増すにつれて、次に現われたのは這い松であった。 
今は未だ大部分が残雪をかぶっていて重たそうであるが、身軽になるのも時間の問題であろう。
時折、スズメに似た「岩ひばり」がチッチッとないて、這い松の茂みの中に潜ってゆく光景も見られる。 
きっと、新芽か種でもついばんでいるのであろうか・・?、

「 暖かい雪解けの春も間近だよ・・! 」 と思わず声を掛けたくなる。 


高度を推定すると2100~2200m近辺へ来ているだろうか、赤ナグレ岳の巨大な山塊が左頭上に迫りつつある。

最後の踏ん張りどころである。 
後は一気に登った。


壁のように塞いでいた急斜面が、ここへ来てようやく姿を消してくれた。 
信じられないような平坦地に出たのである。 
ホッと胸を撫で下ろす瞬間であった。
安心の道をゆっくり歩を進めると、間もなく右側より他のルートからの合流点に達した。 

先ほど来、沼の縁で通過した「長英新道」との合流であった。
一息いれた後、一直線に頂上を目指した。

次回、「俎、柴安の山頂




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尾瀬紀行(20)燧ケ岳 「雪崩っ窪」

2011年06月29日 | 尾瀬
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 尾瀬紀行(20)燧ケ岳 「雪崩っ窪」   、




ひと息ついて振り返ると、尾瀬沼とその奥の日光連山が、まるで墨絵のように美しく見えていた。 
ただ、当初思っていた尾瀬ヶ原方面は今のところ谷間の道筋なので、遮られて全く展望は利かない。 足元正面はナデック窪という沢筋になっているのである。

前述したが、ナデッ窪とは「雪崩っ窪」が訛って付けられたもので、当然ながら冬場には多くの雪崩が発生するところでもある。


当初、樹林帯の中で倒木も結構あり、結構歩きにくい感じであったが、さすがにこのあたりまで来ると、雪崩の巣でもあるので大きな樹木があまり見掛けなくなっている。

このコースは、直線的急登のコースでもあるので、歩くには相当なアルバイトも要求され、息も切れるが、最も短時間で山頂に到着できる利点もある。 
どちらかと言えば、足に自信のある健脚向きのコースで人気があるようだ。

ステップ・バイ・ステップそしてキックステップを繰り返しながら徐々に高度を増す。 
更に、勾配のほうも段々ときつくなる。

昨年夏、白馬大雪渓の登路を思い出させる。
スケールは問題にならないが、この勾配は勝るとも、劣らないであろう・・!。

概ね山登りはそうであるが、円錐状の競り上がっている、所謂、富士形の山は上部程、勾配が急になっているのが普通である。


変化の無い単調な登りが続く。
薄日に照らされている雪面は、時間の経過と共に気温も上がり、軟らかくなりつつあるようだ。 
足元のアイゼンが時折、ズルッと滑る。 


見上げると「赤ナグレ岳」の大きなコブが見て取れる。 
そこまでは遥かに遠く感じられるし、又、見ようによっては直ぐそこいらのような気もする。
この感覚は、体調の様子を反映、映し出しているのかもしれない。

しからば、現在のおかれている身体状況はどうなのであろうか・・?、妙な感覚に自分自身を客観視しているところが面白い。


車中では殆ど寝ていない。 
沼田からのバスでもマドロンだくらいで、ともかく昨夜は不眠・無睡の状態には違いなかった。 
三平峠を越えたあたりで気の重みを感じたときもあったようだが、不調といえる程ではなかった。 
そして、長蔵小屋の休憩所で10数分の仮眠・・否、熟睡をとった後は曇りがちな頭もスッキリとし、今でも何とか其の調子を維持しているようであるが・・?。
脚のほうも一歩一歩、確かな歩みを保っているようである。

次回、「胸突き八丁



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尾瀬紀行(19)燧ケ岳  「ナデッ窪」

2011年06月28日 | 尾瀬
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 尾瀬紀行(19)燧ケ岳  「ナデッ窪」  ,




やや薄暗い「ナデッ窪」のルート


沼尻から周遊道と別れ、燧ヶ岳へまっすぐ北に延びる雪の木道を行く。
この木道が切れるとトド松の樹林帯に入る頃から段々と本格的な登りになってくる。 

体調のほうは先ず先ずの様に感じられる。
本来なら雪質は硬く締まっているのが望ましいが、陽が高くなるにつけて気温が上がっているようで、今は若干軟らかくなっているようだ。

上空は相変わらず薄曇りで、若干の薄日が見て取れ、上々の天候であろう。


真正面に「ナデッ窪」という、やや陰りのあるリートが現われた。 
正面頭上には頂上と見られる突尖部が見えていて、目標が定まって登りやすい感じではあるが果たして・・?


傾斜も徐々にきつくなってきて、ゴロ岩の急登が続く。
この道はナデッ窪道と呼ばれ、深田久弥氏の「日本百名山・燧岳」によると「雪崩の窪」(なでくぼ)の意味になると書いてある。  

尾瀬沼は、凡そ8000年前に柴安と俎板が生成した土石流によって沼尻川が堰き止められて誕生したことは先に記した。 
その時の土砂が流れた跡が「ナデッ窪」と呼ばれる凹地で、窪地の左右には大きな尾根が立ち上がっていて、確かに、厳冬期の積雪期にはこの谷に向かって落ちてきそうな気もする。  この地が、沼尻から燧ケ岳への登山道にもなっているのである。

夏季シーズンの頃は、谷筋に石ゴロゴロの登山道らしいが、今は完全に雪に埋もれてジグザグと上るようになっている。 
それにしても直線的には、斜度が平均45度位もあろうか、かなりの急斜面である。


気が付くと女性が二人が、程よいところで休憩をとっていた。 
驚いたことにこの両人はスラックスにズック履きであった。 

いやはや無謀というか、無知といおうか、此方の方がオーバーな身支度なので、いささか気が引けるほどである。


雪面には充分な踏み跡もあって、滑って滑落すような特に危険なことは無いようであるが、
やはり、安全無事を祈らずにはいられない。

小生の方は、十本爪のアイゼンに足元はロングスパッツ(登山用語では短靴用の足首・臑を保護する用具し、雪やほこりを除ける)を着け、ピッケルを手にしているので、完全氷雪地帯を歩く装備なのである。 

このコースから察すると確かにオーバーな身支度のような気もするが、安全には安全を加味するのが山家としとの常識でもある。 
ヤボな常識と笑わないで欲しい、身の装備は心の装備でもあるのだから。


女性たちに軽く挨拶を交わしながら・・、
「これから天辺まで行かれるのですか・・?」と尋ねたところ、

「否、この辺りで下ろうと思っています」ときた。 

やはり、そうだったのか・・!。


尾瀬ヶ原、尾瀬沼界隈の雪の散策に来たのだろうが、ここへ来て燧ケ岳の余りの美しさ、気高さに引かれて、吸い寄せられるようにここまで登ってきてしまったのであろう。

小生の当てずっぽうな予想は外れてしまって、このことはこれで良かったし、彼女たちの気持ちも少しは理解できるのである。

そして、
「下りは登りより滑りやすいので、気をつけて降りてくださいよ」

「ありがとうございます、そちらさんも気をつけて」


次回、「ナデッ窪ルート




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尾瀬紀行(18)燧ケ岳 「沼尻休憩所」

2011年06月25日 | 尾瀬
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尾瀬紀行(18)燧ケ岳 「沼尻休憩所」 ,




オープンを間近に控えた「沼尻休憩所」



この長英新道を横に見ながら更に前進する。
アザミ湿原(浅湖湿原)であろう雪原を横切る。 

アザミとは浅い湖の意味で浅湖と書くようで、沼に大きく入り込んでいる大入洲半島の付け根部分を占め、北岸道では大江湿原に次いで大きい湿原であるとか。 

一般に、沼や沢、川の水辺に接する部分で湿原が形成されている部分は、最も初期の段階にある湿原地帯で、概ね沼沢地のように湿潤となっているという。

勿論、木道が直線的に延びているようであるが、今は雪原地帯となっているため木道から反れて足跡が付いている。 夏道とは違って雪に覆われているため、厳密に木道を通らなくてもよいのかも・・?。


間もなく、林の中の階段状を緩やかに登るようになる。 
大入洲半島は尾瀬沼へ大きく張り出している高台になっているようで、小高い丘を何度か上り、下りをしながら雪の中を歩む。

気が付くと、軽装(山支度ではない)の女性二人がのんびりと先を歩いている。 
間もなく追いついて、どちらともなく軽く朝の挨拶を交わす。

「どちらへ・・?」
「これから原っぱをへ抜けて、三条の滝へ参るつもりです」

20歳前後のうら若き女性達で、昨夜は長蔵小屋へ泊まったらしい。

「小生は、この先の沼尻から燧(燧ケ岳)の天辺(てっぺん)へ参るところです」
「ああ、やはりそうですか、お気をつけて」
「三条の滝方面は、チョット雪が深くなるかもしれませんよ。 それじゃお先に」

・・と、こんな調子であった。


この周辺は燧ヶ岳の溶岩が流れ込んだような地形が沼の水面や湿原部より高くなっていて、複雑な台地状を形成している。 
そのため、シラビソ林と小さな湿原群が交互に現れ、道は林を出たり入ったりしている。 
特に新緑の季節のウォーキングなどは楽しそうな処でモある。

小高い、丘のようなところを2,3箇所越えて、オンダシ沢とかいう沢を渡り超えると、間もなく大きく開けた沼尻平の湿原に出る。 
そして燧ケ岳下の沼尻休憩所に達する。
今は五月の始めで残雪に囲まれた山小屋休憩所は、未だオープン前で深閑としている。


沼尻は尾瀬沼の展望が開けた場所で、本来の時期なら対岸の遠くの山並みが湖面に映えて美しいところであろう。 
沼尻湿原湖畔のベンチで昼食を取るのも良いようだ。
沼尻休憩所は、かなり大きく重厚な建物である。
尾瀬沼と尾瀬ヶ原の連絡路の中継点とし一休みするには格好の場所柄であろう。 
シーズンともなるとこの休憩所では軽食や飲み物、それにトイレが利用できるので有難いところでもある。


次回、「尾瀬の沼と原



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尾瀬紀行(17)燧ケ岳 「長英新道」

2011年06月22日 | 尾瀬
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尾瀬紀行(17)燧ケ岳 「長英新道」




雪の大江湿原



長蔵小屋に隣接する大きな休憩所は、未だ朝早いこともあってハイカーは一人の姿を見せていなかった。 
鳴りのあまり良くない携帯ラジオを聴きながら、やや、さみしい朝食を摂る。
直後、猛烈な睡魔が襲ってきて、テーブルにうつ伏せになって真っ暗い、無意識の世界に吸い込まれた。

ハッと気が付くと時間にして僅か15分程度の事であったが、頭の中の霞が取り払われた感覚で清清しくも思われた。
気が付くと炊事場のおばさんが、まだ眠気を残しているようにのんびりした仕草で片付けものをしている。
「これから燧ケ岳のテッペンへ向かうのですが、天気予報のほうは如何ですかね」
「今、7時のニュースをかけますから、その後で天気予報をやりますから聞いておくんなせい」と、そっけない返事が返ってきた。
予報は「晴れ・時々曇り」といい、先ず先ずを示していた。



現在の長蔵小屋は東岸、大江湿原の南にある。
大江湿原は未だ雪の中であるが、沼山峠へ向かうルートは既に歩道が露出していて、遥かに先へ延びていた。

その大江湿原を横切り、沼北岸を行く歩道は樹林中に入るとまもなく木道で浅湖(あざみ)湿原を横切る。 
この湿原を巻くように「長英新道」が始まっていた。 

ガイドブックによると、この新道コースは距離的には比較的長いが、なだらかなので初心者でも楽しみながら登ることが出来ると記してあり、時間的にも沼尻コースと余り変わりが無いようだ。 

尚、長英新道とは長蔵小屋二代目主人・平野長英氏の名を付したものでる。 
この歩道は昭和35年につけられたというから、尾瀬の登山史の中では比較的新しいものであろう。
それまでは、沼西岸の沼尻平に始まるナデッ窪がこの山の登山に用いられていたらしく、古き明冶22年、平野長蔵氏が初めてこのナデッ窪から登ったことが、尾瀬の開拓をはじめ長蔵小屋創設のきっかけでもあったらしい。
そして、最初に建てられた初代の長蔵小屋は沼尻であったこのは前に記した。


地図を観察しても長英新道は妙味、変化には乏しいようにも思える。 
つまり、地形的には尾瀬沼の展望は得られるが、尾瀬ヶ原は無理があるような気もする。
どちらかといえば沼尻からのナデッ窪の斜面のほうが急な登りが予想されるが、視界はこちらのほうが期待できそうなのである。
従って、小生はこのまんま沼尻コースを採ることにした。

次回、「沼尻休憩所



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